144 報告



 村長宅にはレティシアを始め、村役場の職員が数名と、シンを探していたマテオ・ヒンスとその職人仲間と広報の者達。そしてロスも来ている。

 シンとユウの二人が到着すると、さっそく打ち合わせに入る。


「それではの、ユウ君の出し物と名前を頼むでの」


 出し物?


「あっ、はい。えーと、アイドルのライブをやろうと思ってます」


「アイドルのライブ?」

「アイドルのライブとな?」

「ライブ?」


 数名の者が同じ疑問の声を上げ、広報の一人が質問をする。


「あの、アイドルとういうのは、今までにない新しい分野の演劇の様なものだとお聞きしましたが、具体的には何を?」


「ええとですね」


 アイドルは以前にもレティシアさんとかにも説明したから理解してくれているみたいだけど。まいったな、ライブは通じないみたいだ。もっとシンプルに…… そうだ!


「えーと、アイドルというグループによる…… そう、音楽会です」  


「音楽会…… コンサートですね」


 そうか、コンサートと言えば通じるのか。


「はい、そうです」


 レティシアがユウに質問をする。


「それでユウさん」


「はい?」


「あの子たちのグループ名は?」


「あっ、はい」


 ユウは大きく一呼吸した後、自信満々の表情を浮かべてその名を口にする。


「ファーストアイドルです」


「ファースト…… アイドル」


「ほう、ファーストアイドルとな?」


 その名前に、みんなは感心しているようだ。

 

「良い名ですね。凄くおしゃれと言いますか」


「ありがとうございます、レティシアさん!」


 広報の一人が、シンにも同じ質問をする。 


「シンさん、ピカワン君たちのお名前は?」


 え、シンも考えていたんだ。そうか、それはそうだよね。


「ピカワン達の名前は、ルーチェです」


「ルーチェ? 響きが良いですが、すみません、私には意味が分からなくて」


「意味は光とか輝きです。ピカワン達が、星の道を輝かせる。そういう気持ちを込めてつけました」


 星の道をあの子達が輝かせる……

 そのような意味が…… 素敵な、素敵な名前。


 レティシアは意味を知り感心している。そして、ユウもその名に反応していた。


 うぅ、なかなかピッタリな意味の名前を…… 流石シンだ。


 そう思ったユウは、シンに声をかける。


「シン」


「うん?」


「申し訳ないけど、あの劇場を輝かせるのは、ファーストアイドルだからね」


 その言葉を聞いて、シンはニヤリと笑う。


「フッ、言うね~。だけどあいつらだって、負けてないからな」


「ふふふ」

「ンフフ」


 二人は互いの顔を見つめながら笑う。


「うちの孫もその一員かの。たいそうなことだの」


「コリモンさんから、お孫さんは凄く頑張っていると聞いてます」


「そうか、あの子がの…… シン君、それにユウ君も。二人が来てからの、孫達の目の輝きが違うでの。本当にありがとうの」


「い、いいえ。なっ、ユウ」

「うん、そ、そんな……」

 

 ことあるよね! 頑張っているもん、僕達!


 広報の一人が話をまとめる。


「では、ファーストアイドルというグループと、ルーチェというグループのコンサートですね」


「はい」

「はい」


「では、その他にもコリモンさん達のイドエ交響楽団」


 その話を知らなかった役場の職員が声を上げる。


「え、あの楽団も復活するんですか?」


「そうだの。だいぶ人数が減っておるがの、コリモン達はやる気満々だの」


 嬉しさと懐かしさから、職員の目に涙が溢れる。 


「それにフラソさん、ビシャンさん、ラペスさんと、その他の人達による劇団イドエも公演予定です」


「おぉ! 劇団までも!」


 みんな忙しくて時間もないのに、俺の無理なお願いを……


 シンは改めてみんなに感謝する。


「ですけど楽団もですが、特に劇団はご存じの通り以前と違い人数が少ない。それに時間も無いので、新しい出し物を今から作りあげるのは無理です。ですから定番の演奏と演劇になると聞いてます」


「イドエの楽団も劇団も、昔は沢山支持者がおったがの…… その楽団と劇団が公演をするとなると、少しは人を呼べると思うがの……」


 その言葉を聞いてシンとレティシアの視線が合う。


「大丈夫です。この村には今、あのガーシュウィンさんがいらっしゃいます」


「そうだ! 忘れては駄目ですよね。あのガーシュウィンさんの名があれば」


 職員は自信満々で声を上げるが……


「そうだの、その名で人はくるでのぅ。それは間違いは無いとわしは思うっておったがの。だがの、こういう失礼な言い方で申し訳ないがの、所詮、過去の人かもしれんの。そういうのもの、一応考えておかんと、そう思うての」


 わしも同じでの、そう手放しで喜んでおったがの、確かにのぅ。一理あるの。


 ロスはヒンスの言葉に納得する。


「事実ガーシュウィンさんは20年前あの一件の後、法と秩序が無くなったこの村に、何故か隠れる様にいつのまにか住んでおったの」


「……」


「外部との情報が遮断されたの村では、何故あのガーシュウィンさんがその様な行動をしたのか、分からんからの」


 マテオ・ヒンスのその言葉を聞き、職員の一人が口を開く。


「実は…… ガーシュウィンさんに関しましては、外部から情報を得ようとしておりましたが……」


「分からんかったということだの。あれほど知名度がある人がこんな村に住んでいるのにの、その理由が噂程度でもの、耳に入らんとはの……」


「……」


「ガーシュウィンさんが名前を貸してくれるという事での、それで安泰だと高をくくっとったの。勿論わしもそう思っておった一人だの。その名が今でもある筋には伝説級に知れ渡っておるのは間違いではないの。だがの、ヒンスが言いたいのは、実際蓋を開けてみないと、分からんということだの」


 ロスの言葉に、ヒンスは頷く。


「それにの、いくら名声があってもの、やはり一番の問題はの」


 ロスの言葉を静かに聞いていたレティシアが口を開く。


「この村ですね」


 その言葉を聞き、ヒンスが再び口を開く。


「この辺りの者達はの、イドエに関わってよいのかという思い込みが、強くあるでの。20年間の悪名…… それは簡単に消えるものではないの」


 前向きであったはずのロスとヒンスの言葉に、レティシアが反応する。


「そうですね。ヒンスさん、そして皆様もどこかで同じ不安が消えずに、絶えることなくお持ちなのはごもっともだと思います」


「……」


「ですけど、その為にシンさんが二の矢三の矢を用意しております。イモテンを始め、他にも村の小麦粉を使用した今までにない食べ物、そして画期的なデザインの下着など…… そうですよねシンさん」


 レティシアはすがる様な目でシンを見る。


「ええ、その通りです。それに……」


「……」

「……」

「……」

「それに?」


 この場に居る者全員がシンに注目する。


「俺じゃなくて、この村の人達を信じましょう」


「……」


「あの子達もそうですけど、村長さん」


 シンは優しい視線をレティシアに向ける。


「は、はい」


「それと、みなさんも」


「……」


「みなさんがこの村を思う純粋な心とその願いは、必ず大きな何かをやり遂げます。自分達を、信じましょう」


 シンさん……


「そうですよ!」


 興奮して立ち上がり、声を張り上げたのは…… ユウであった。


「ナナちゃん達は、この村に沢山人を呼んで、活気を取り戻させ、必ず昔の様に戻します!」


「フッ、ピカワン達もな」


「うん!」


 何故かのう…… この青年たちの言葉を疑うことなく信じてしまうのは。


「いかんのぅ、歳をとると直ぐに悪い方を多めに考えてしまうの。自分は兎も角の、仲間を疑ってどうするでの」


「うんうん、そうだの」

「ヒンスさん、最高の広告を作りましょう!」


「ではの、本題に戻るかの」


 ヒンスがそう口にした瞬間、ドアが大きな音と共に突然開く。


「バーン!」


「うわぁぁぁ、なっ、何!?」


 驚いたユウがドアに目を向けると、そこには……


「……あー!?」





 いったいどうしたっぺぇ?


 エレ・ビシャンとネル・フラソの突然の訪問に驚いた少女達は二人を見つめている。


「あのー実は、シン君から頼まれて」


 え? いったい何をだっぺぇ……


「みなさん、これを」


 シンから預かった魔法石を一人一人に渡してゆく。


「……これ、ヴォーチェだっぺぇ?」 


「うん、そうです」


 何が入ってるっぺぇ? 


「実はそのヴォーチェには……」





 大きな音と共に、突然開いたドアに視線を向けたユウの瞳には……


「あーー! フッ、フルちゃ いや、フルさん!」


 そう、ユウの瞳にはフルが映っていた。

 そのフルの張り手によって開かれたドアは、反動でまだ動いており、心なしか泣いているような音を立てている。


「ギィー、ギィー」


「ねぇ?」


「は、はい!」


 フルの問いかけに、何故か怯えたユウが返事をする。


「今度色々な出し物をするんだよね?」


「は、はい。しますです」


「あたいも案を持ってきたよ」


 ふふ、フルちゃんが持って来る企画ってことは……


 この場にいるユウ以外の全員が、その案が何なのか既に理解していた。


 あ、案!?


 ニヤリと笑みを浮かべたフルが口を開く。


「ズモウよ、ズモウ」


「ズモウ……」


 そ、そうだった! この世界には相撲にそっくりな競技が人気だって……


 突然のフルの訪問に驚いて頭が真っ白になっていたユウは、ズモウの事を思い出す。


「なるほどの、それは良いのぅ」


「ええ! フルちゃんの言う通り、ズモウの大会も開催しましょう!」


「ズモウ好きは多いから、それだけでも集客は見込めますよ。それに、フルちゃんの知名度もかなりのものですし!」


「そうですよね!」


 レティシアも興奮気味に賛同する。


「それでね、新しい土俵ゲイヒガをどこか広い所に作って欲しいのよ」


「分かりました。お任せください」


 職員と広報が笑みを浮かべる中、シンだけは俯いて何かを考えている。

 一拍置いて、そのシンが口を開く。


「どひょ、いや」


 どひょ?


「あのー、ゲイヒガって作るのは難しいですか?」


「いえ、そんなに難しくはないと思います」


「なら、撤去も簡単にできますか?」

 

 その質問の真意が分からないレティシアは、フルと目を合わせた後に答える。


「ええ、今なら魔法石もありますし、設置も撤去もそれほど時間はかからないと思います」


 その言葉を聞いたシンの口元が微笑む。


「それでしたら、星の道で、舞台でやるのはどうですか?」


「舞台で……」


「ええ。あの舞台はかなり広いですし、設置も撤去もそれほど難しくないのなら、楽団や演劇の前にズモウも」


「うーむ、舞台でズモウをやるなんて聞いたことがないですね」


「ええ、そうですけど……」


 そう口にしたレティシアの目が見開く。


「けど、面白そうですよね! ね、フルちゃん!」


「舞台でズモウ…… あたいにぴったりで華やかだね」


 華やかがぴったり?

 

 ユウは心でそう疑問を感じていた。


「あそこならの、人も沢山見に来れるしの。舞台でするのは聞いたことは無いがの、おもしろい試みかも知れんの」


「ええ!」


 シンは更にアイデアを出す。


「ツムスさんやケプンさんに頼んで、照明やセットなんかも凝ってさ」


 そうか、分かったぞ! シンは元の世界の格闘イベントと重ねているのかもしれない。


「それ! 凄く良いですね!」


 シンのアイデアに、全員が大賛成であった。 


 むふふふ、あたいはその舞台で、まるで女優の様に美しくズモウをとるんだね。

 いいね…… いいねぇ~。


 フルはシンを見つめる。


 流石、あたいの事を理解してるねシン…… あ~、結婚したいねぇ~。


「それでいこう。文句ある奴がいたら、あたいの張り手を食らわすと言っておきな」


 うっ!? それなら邪魔する者は、一人たりとも現れるはずないよね!

 つまりこれはこの時点で決定事項!


 ユウは怯えながらそう思っていた。


 ガーシュウィンさんの名にズモウ。それにかつてではあるが功績あるイドエ楽団に劇団に、新しい食べ物や新しい下着。

 そして、シン君とユウ君が孫達を使ってやろうとしているもの……


「うん! うんうん! 何かが、わしの頭に何かが降りて来たのぅ!」


「え?」


「わしは失礼するでの」


「え、まだ打ち合わせが……」


「後でまた聞くからの」


 インスピレーションが降りて来たヒンスは、止める広報の言葉などまるで聞かず、数人の者と共に村長宅を後にする。


 ふふ、職人魂に火が付いたな……


 シンは笑みを浮かべてヒンスを見送る。


「じゃあ、ちょうど休憩を入れますか?」


 広報の一人の提案に、レティシアが賛成する。


「そうですね、そういたしましょう」


 うう、行きたい! ヒンスさんに付いて行って、広告を作る魔法を見たい! けど、僕もここが終われば帰らないと…… だけど、あーもぉー、見たいよー。休憩ってどれぐらいの時間だろう? その間に少しだけでも見に行けないかな?


 シンとは対称的に、ユウは表情を歪ませて苦悩していた。


 そんなユウを、微笑を浮かべて見ているレティシアに、シンは声をかけて別室に呼ぶ。


「どうしました?」


「実は昨晩の事なんですけど……」


「はい、ヘルゴンが村の目前まで来ていた件ですね?」


「ご存じでしたか……」


「ええ、村で噂になっております」


「そうですか……」


 みんな知っていたのに、俺には何も聞かずに…… 気を使わせているな。申し訳ない……

 そうか、もしかしてさっきのヒンスさんとロスさんの弱音は、昨晩の事が関係あったのかもしれない……


「あのー、まだハッキリとした事は分からないんですが、昨晩街道に子供が一人で居たらしくて、その子供をバリィが保護したんですけど」


 子供……


「どうやらヘルゴンは、その子供を追ってこの村にまで来たみたいで……」


「そうですか…… それで、今その子供は?」


「俺達が泊っている宿のモリスさんが預かってくれています」


「その子供を…… どうなさる、おつもりですか?」


「……」


 その質問に、シンは直ぐに返事をする事が出来ずにいた。


「ヘルゴンが探している子供を、このまま村に置かれるつもりですか? それは……」


「ええ、村を元に戻そうとしている今、村長さんが危惧している通り、得策だとは思えません」


 それなら…… 子供を引き渡すの?

 私の…… 私の立場、いえ、イドエからすると、それがベストだと言わざるを得ない。

 そう、余計な争いを避ける為にも…… ましてや、相手は教会……


「今シャリィがセッティモに行って、その子供の事について調べてくれています。答えは、その後に……」


 答えは後…… 事情を知らなくても、もう分かっています。この人は…… 子供を引き渡したりしない。

 たぶん、いえ、絶対に。

 

 この時レティシアは、シンの優しさと共に、危うさも感じていた。


「分かりました。また進展があればお聞かせください」


「はい、それは勿論」


 ちょうど話が終わったタイミングで、二人のいる部屋のドアがノックされる。


「コンコン」


「はい」


「すみません村長さん、そろそろ再開しましょうか?」


「はい。行きましょうか」


「はい」


 先に部屋を出るシンを、レティシアは複雑な表情を浮べて見ていた。


 

 その頃、スタジオでは……


 シンに頼まれたことを伝え終えたネル・フラソとエレ・ビシャン、二人の姿は既にスタジオには無い。  


「……どうするっぺぇナナ?」


 少し俯いていたナナは、無意識にキャミィに目を向けてしまう。


「……」


 だが、そのナナの視線に気付いたキャミィが口を開く。


「ナナちゃん」


「な、なんだっぺぇ?」


「心配しなくていいから」


「え?」


「私の事は、心配しなくていいからね」


「……」


「だから、ねっ」


 その言葉を聞いたナナは再び俯いた後、ゆっくりと顔を上げ、キャミィを見つめる。


「……うちは、最初からやる気だったっぺぇ! みんな、やろう」


「クルクルクル~。あのね、クルがね沢山教えるからね」


「あー、ありがとうクルちゃん。頑張るからね」


「なんて優しいのクル。お姉ちゃんも沢山協力するからね」


 新たな課題にも前向きな少女達の目は、キラキラと美しく輝いていた。


「じゃあ、今日からさっそく始めるっぺぇ!」


「了解っぺぇ」

「うん!」

「クルクル~」

「はーい」


 だが、そんな前向きな少女達の気持ちを削いでしまう事件が、この先に起きてしまう。

 それはなんと、ユウの手によって引き起こされるものであった。




 インスピレーションを得て戻ったマテオ・ヒンスは、魔法機ドウケンに腰を下ろす。


「コーピア」


 魔法石ディンタから光の三原色が現れ、ヒンスのイメージが用紙に謄写されてゆく。

  

「おお、あっという間に数種類ができている」

「昔と変わらず仕事が早いのぅ」   

 

 広報の者やヒンスのかつての仕事仲間や弟子とも呼べる者達は、出来上がった用紙に目を通す。


 うん、この前とは違う構図の星の道が…… 前のも良かったがの、これも素晴らしいのう。流石だの……


「おい、これをさっそくわし達がの」

「分かっとる分かっとるの」


 仲間たちはヒンスの作成した物を、まるでコピー機のように寸分の狂いもなく、魔法機と魔法石を使い作り上げてゆく。


「おい、張り切るのはいいがの、まだ確定ではないから作りすぎるなの」


「くふふ、そのセリフはの、ヒンスに言ってやれの」


 その言葉を聞いた者達が目を向けると、そこには一心不乱に新しい広告を次々と生み出しているヒンスの姿があった。


 シン君、ユウ君、それに村長さんに孫達よ。待っておれの、最高のものを見せるからのぅ。


 作業場には魔法機ドウケンの稼働音が、心地良く鳴り響いていた。



      

 打ち合わせを終えたシンとユウは、二人でプロダハウンに戻る。

  

「おつかれ、昨晩は寝た?」


「うーん、何時まで起きてたか分からないけど、そんな疲れはないかな」


「そうか。健康第一だからさ、気を付けような」


「そうだね」


 なんだか、おじさんみたいだな。だけど、シンの言う通り、健康は大切だ。

 あ、そうだ!?

 

「ねぇ、セッティモに行く予定に変更はない?」


「あぁ、今度はみんなでセッティモに行こう」   


 シンから10月20日の事を聞いた時に、セッティモに行く話も一緒に聞いており、ナナ達にも既に伝えている。


「楽しみだな~、あっ! どんな町だったかは言わないでよ」  


「ふっ、あぁ。見てのお楽しみってやつだよな?」


「そうそう!」


 この後シンは、プロダハウンと野外劇場を行き来し、忙しい時間を過ごしていたが、ずっとシャリィが戻って来るのを気にして待っていた。



 森の緑と夕焼けの赤い光のコントラストが美しい時間帯に、シンが待ち望んでいたシャリィが戻って来る。

 気持を抑えきれず何度も門を訪れて待っていたシンは、門番と談笑しながらも旧街道に目を向けていた。そのシンの目にシャリィが映ると、思わず駆けだしてしまう。


「あ、シンさん?」


 そしてそのまま、二人で村から離れるように歩き始める。


 急に駆けだしたので驚いたでごじゃるけど、シャリィ様が戻ってきたでごじゃるか……


 二人はイドエから十分な距離をとると、自然と歩みを止めた。


「申し訳ない、疲れただろう?」


「この程度の距離の往復など、たいした問題ではない」


 魔法って言うのは、やはり俺の想像以上に凄いようだな…… いや、シャリィは例外か……


「それで、あの子供は?」


「子供の名はケトン・ジケフ。年齢は4歳だ」


「ケトン・ジケフ……」


「母親は数年前に亡くなっていて、父親はその死によって精神に異常をきたし、家があるのにも関わらず、浮浪者の様に外で寝泊まりをしていたらしい。あの子と共に」


 そんな生活を…… それで、それであんなにも痩せていたのか…… 見た目もだけど、話をした感じからも、とても4歳とは思えない。


「そしてその父親も先日亡くなっている。その後、一人で現れるはずのない父親を待っていた様だ」


「……その待っていた場所が」


「そう、死体が見つかった辺りだ」


 つまりは、やはり目撃者か…… いや、本当に見たかどうかわからないのに、少なくともヘルゴン奴らは何かを見たと思い込んでいるだけなのか? まだ確信ではなく、単に話を聞きたいだけなのかもしれない……

 それなら、やはり俺の立ち合いの元で会わせて穏便に事を収めるのも……


 そう思ったシンが再びシャリィに目を向けると、待っていたかのように話を続ける。


「やはり、イドエここは特別なようだ」


「……つまり、奴らはここにはこられない」


「そうだ。セッティモに戻った奴らは、当然イドエを捜索する許可を求めたらしいが、無駄だったようだ」


 正式な許可を求めたとなると、やはりロルガレと裏からこのイドエを支援している者は対立関係にあると考えてもよさそうだな。少なくとも、それほど通じてはいない…… 

 しかしザルフ・スーリンは、教会の者ですらこの村に関わらせないよう徹底しているくせに、俺がこの村でしようとしている事は、逐一耳に入っているはずなのに止めようとしていない。

 そして、この村を裏から支援している者も、同じく止めようとしていない……


「……」


「シン」


 シャリィに名を呼ばれたシンは、ハッとして俯いていた顔を上げる。


「あ、すまない。それで、街道まではいったい誰が連れて来たんだ?」


「連れて来たのは、ノデスという警備らしい」


「警備…… どうしてそいつはあの子供を?」


「さぁな。どうやら匿っていたのをヘルゴンに知られて、こちらの方面に逃げて来たようだ。あの子供を最初からイドエに預ける意思があったのかたまたま偶然だったのかは、本人に聞かなければ分からない」


「そいつは今何処に?」


「……行方不明だ」


「行方不明? まさかあの子供をイドエに丸投げして、姿を消したって事か?」


「……」


 その質問に答えず自分を見つめるシャリィの目を見て、シンは何かを察する。


「やられたのか、奴らに……」


「恐らくだがな」


「……」


「いくらヘルゴンであろうと、警備の者を殺したとなると」


「……それなりの、対立が起きる」


「そうだ。双方にとって一番都合が良いのは」


「行方不明…… か」


「警備はそのノデスを必死になって探しているらしいが、実際の所は発見を望んでいない者も多いだろう」


「……」


「そういう訳で、あの子供はここに置いていても問題はない」


「……」


今はな・・・


 そう一言残して、シャリィはその場を離れて行った。


 ……この世界には、妙な石板がある。あの冒険者ギルドにあった石板によって個人情報はだだ漏れだ。

 だけど、俺とユウは身元を偽装出来ている。そして、それをしたのは、間違いなくシャリィだ。

 だが、その部分についてシャリィは口を閉ざしている。聞いても答えないだろうし、無論、聞くつもりはない・・・・・・・・さ。

 そして、その偽装を他の者にするつもりは無い。俺とユウは…… この世界では異世界人特別なんだ。


「……」


 あの子供もヨコキさんも、この村に再び石板が入って来たその時は、身元を隠しようがないのは分かっている、勿論そんな事は、分かっているさ……


 思案を巡らせているシンを、呼ぶ者が現れる。

 

「シンさん、もう日が暮れるでごじゃるよ」


「……」


「……シンさん?」 


「ん? あ、あぁ、あれ、わざわざ迎えに来てくれたの?」


「シャリィ様が一人で戻って来たので、気になったでごじゃるよ」


「そうか、すまない」


 様子がおかしいでごじゃる。あまり良い話が聞けなかったでごじゃるね……


「よし、戻ろうか」


「はいでごじゃる」


 イドエに向かう途中、俯き加減で歩くシンをごじゃるが見ている。


 やはり、あの子供は何かを知っている。そして、それに気づいたノデス警備は、理由は分からないが、あの子を庇った。

 そう、だけど庇った事で、ヘルゴン奴らはあの子が何かを目撃していると確信したんだ。それで、それで余計に必死になって……


 シンさん? 大丈夫でごじゃるかね……


 諦めるはずがない。気味の悪いあの男は……


 シンの脳裏に、またしてもロルガレが浮かぶ。

 幾度となく思い出すその理由は、あの男の特別スペシャルな異常性を感じとっていたからこそである。


 奴は絶対に、絶対に諦めない……


 ノデスが殺されていると聞いたシンは、ロルガレと子供を引き合わせる考えを消し去り、あの子供の詳細を出来るだけ隠す事にした。

 そしてシャリィは、シンは警備のノデスと同様に、子供を庇うとそう確信していたのだ。


 ……ユウには予定通り変更は無いと言ったが、修正をせざるを得ない。

 セッティモに行けば、ヘルゴンの嫌がらせにあう可能性は十分に考えられる。

 かといって、今更この計画を別の町に変更する訳にもいかない。

 それと、あの子供を置いて村を離れるのに、かなりのリスクがある。許可が下りなかったとはいえ、ヨコキさんの店の客を装えば、誰でも入ってこれるからな…… だけど、当然セッティモに連れて行く訳にも……

 いや…… 村に置いて行くぐらいなら、あの子も俺達と一緒に連れて行って、目の届く所に置いておくのが良いのかもしれない。

 それは…… 違う。奴らが大人しくするのは、イドエだけだ。セッティモだと、イドエここ威厳・・は通じない。それならやはりここに……


 シンの思案はまとまらず、二転三転する。


 前回と違い、今回は大所帯で行くつもりだったから、バリィにも同行してもらうつもりだったが、子供の為に残してゆくしかない……

 だけどそれなら、ヘルゴンと揉めた今となっては……

 くそっ! 足りない! どうしても人が、足りていない……

 だけど、止める訳にはいかない。

 

 シンの脳裏に、ユウが浮かぶ。


 俺達には、進むしか道はないんだ。

 どこの誰が邪魔しようとも、絶対にやり遂げてみせる。

 

 俺は、俺は…… 

 

 俯いていたシンは、顔をあげて真っ直ぐ前を見据える。


 ユウの為に……

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