145 さらなる
薄暗い村の中を俯き加減で歩いているシンの行き先は……
レティシアの所であった。
村長宅に着いたシンがドアに近付くと、マテオ・ヒンスや職員、広報、そしてレティシアの話し声が聞こえてくる。
「素晴らしいですね。村長さんこれを見ましたか?」
「ええ、見ました。私はですね…… こちらが好みかも」
「そうなんです、そうなんですよ! 甲乙つけ難いですよね」
「いや~、これも良いですよ。流石ヒンスさん」
「照れるのぅ」
レティシア達は、出来上がったばかりの試作段階の広告を楽しそうに見ていた。
「……」
その声を聞いたシンは、ドアをノックすることなくその場を後にする。
その頃、練習を終えていたユウは一人で食堂にいた。注文していたシチューとパンを、ジュリがつるつると共に運んで来る。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ジュリに続きつるつるもパンをテーブルに置く。
「ありがとう」
「良く出来ました」
ジュリがそう声をかけるとつるつるに笑顔がこぼれる。
つるつると戻ろうとしたジュリが何かに気付く。
「あれ、それ何ですか?」
「あー、これはね……」
笑顔で答えようとしたユウだったが、少し困ったような表情を浮かべる。
「ごめんなさい。まだ内緒で……」
「あ、はい。分かりました」
「ごめんね。これを発表する時は、ジュリちゃんも招待するからね」
「はい。つるつるもいいですか?」
ユウはジュリの傍らに居る子供に目を向ける。
「うん、勿論いいよ」
そう返事をすると、ジュリは笑顔でつるつるの手を繋ぎ厨房に戻って行った。
それを見届けたユウはスプーンを手に取り、テーブルに置かれたシチューをすくい口に運ぶ。
「うん、美味しい!」
ユウは食事をしながらナナ達を思い出す。
10月20日までは時間がない。でも、今から舞台に立っても良いぐらい仕上がってきている。と、いうのは大袈裟かもしれないけど、本当にみんな凄く頑張ってくれている。
そう、そんなみんなへ、プレゼント代わりにこれを……
ユウはテーブルに置いている紙を見た後、つるつるが運んできたパンを手に取り一口かじる。
「うん、このパン美味しい。シチューに良く合うな~」
食事を楽しみながらも、紙に何度も目を通していた。
同じ頃、ユウと一緒にプロダハウンを後にしたはずの少女達は、何故かスタジオに戻っていた。
そこには、演出家のネル・フラソ、振付師のエレ・ビシャン、そして俳優のラペスも居る。
「では、そろそろ始めましょう」
「やるっぺぇ」
「はい」
「クルクル」
この後、少女達は夜遅くまで汗を流した。
食事を終えて部屋に戻ったユウと、入れ替わる様にシンが入って来る。
「あ、シンさん」
「お父さんいるかな?」
「はい」
ジュリに呼ばれて厨房から顔を出したオスオは、シンを見て何かを感じとる。
「……ちょっと頼むでの」
「はーい」
モリスの返事を耳にしながら、シンとオスオの二人は馬小屋へ移動する。
「もしかして、あの子のことかの?」
馬小屋の戸を閉めた瞬間、オスオがそう口を開いた。
「あの子は、この村に置いてても問題ないとシャリィが」
「……では、セッティモに行く件かの?」
「はい。実は、色々な町や村に分散して行くつもりでしたが、セッティモだけに変更しようかと思いまして」
「……」
「それと三日前から分けて出発するつもりでしたが、前日に全員で行こうかと思ってます」
「……そりゃかまわんがの」
「申し訳ありません」
「……どうかしたんかの?」
「少し…… 人手が足りなくて」
人手か……
村人の中には、自分も何か手伝いが出来んかと言って、手の空いた時間にわしを訪ねて来る者もおるでの。
わしらの人手は逆に余っとるぐらいだの。つまりシン君が言う足りない人手というのはの……
この変更はの、どう考えてもの、タイミング的にあの子が関係しておるんだろうの。それなのにの、置いててもいいとはの……
この時オスオは、つるつるをこのまま家に置いて良いのか悩んでしまう。
それは、家族の安全を思うのなら、当然の迷いである。
「……」
俯いたオスオを見て、シンはその気持ちを察する。
「オスオさん」
「……ん?」
「この村には、誰であろうと手出しは出来ませんので」
手出しは、出来んか……
シンの言葉を疑う訳ではないが、イドエはこの20年余り、その手出しをされない事で無法地帯と化していた。
その頃と今は状況が違うとはいえ、オスオはシンのその言葉に、複雑な心境を憶えた。
「……
「……」
「連れて行けんのかいの?」
「ええ、この村に置いて行きます」
やっぱりの、あの子が原因かの……
「あと、ジュリもかの?」
「……はい」
「……そうか。仕方ないとはいえの、ジュリが悲しむの」
「……すみません」
「シン君が謝ることはないの。それと、ピカワン達はどうするの?」
……そうだ。ジュリちゃんとあの子だけじゃない。ピカワンやナナちゃんたちも今回も連れてはいけない。
かといって、説明したところでピカワン達が納得するとは思えない。前みたいに勝手に来るかも知れないし、どうやって説得する……
無言のシンを見つめながら、オスオが口を開く。
「シン君」
「はい」
「確かにの」
「……」
「子供は巻き込めんがの」
「……」
「わしらはの、シン君の船に乗った時点での、覚悟は決めているの」
「……」
「男女関係なく強い決心での、それなりの覚悟をの」
「……はい」
「それはの、ピカワン達もナナちゃん達も同じだと思うがの」
「……」
「わしらより、ピカワン達がシン君と先に関わっての、先に信じていたんだからの」
「ええ、そうですね……」
「あいつらの中にはの、まだ幼いのもおるがの、どうしても行きたいというならの、連れて行っても良いのではないかの?」
「……」
「この前もの、ピカワン達は役に立ったでの。客を沢山連れて来てくれたの」
「……」
「わしらがどれほどの力になれるか分からんがの、目を離さないと誓うでの」
「……直ぐに答えは出せませんが、考えてみます」
オスオは目を伏せているシンを見つめている。
「分かったの…… 変更はわしからみんなに伝えておくからの」
「はい、宜しくお願いします」
「それとのジュリには……」
「……」
「直前で伝えるでの。それまでは内緒にの……」
「はい。そうしましょう」
申し訳なさそうに俯いたシンに、オスオは直ぐに声をかける。
「シン君」
「はい……」
「食事はまだだの?」
「えぇ、まだ食べてません」
「シャリィ様もユウ君も食っていったでの、シン君も食べていけの。今ならすいとるでの」
「はい、いただきます」
食堂に戻り席に着いたシンに、まるで競争しているかのようにジュリとつるつるが笑顔で駆け寄る。
この時シンは、二人の笑顔を見るのを辛く感じていた。
……ごめんねジュリちゃん。どうしても、どうしてもその子は連れて行けないんだ。
「何にいたしますか?」
「あ、うん。そうだね~」
「さっきユウさんはシチューを食べて美味しいって言ってましたよ。ねっ、つるつる」
そう聞かれたつるつるは、笑みを浮かべて小さく頷く。
「じゃあ、同じの貰えるかな?」
「はい、分かりました」
ジュリに笑顔を向けた後、シンはゆっくりと俯く。
どうする…… ジュリちゃんとあの子は無理でも、ピカワン達は連れて行くか……
セッティモには
もう既に今回の事で色々と頼みごとをしているけど、さらに護衛を頼むか……
けど、それによってヘルゴンとの軋轢が生まれ、もし抗争にでもなれば、全ての計画が狂ってしまう。
相手は教会だ。ヤクザ者同士の揉め事とは訳が違う。仮にそうなれば、落としどころは……
それだけは……
「はい、お待たせしました」
ジュリはテーブルにシチューの入った木の皿を置いた。
「あ、ありがとう」
ユウの時と同じ様に、パンはつるつるがテーブルに置く。
「ありがとう」
礼を言われたつるつるは、シンを見て微笑む。
いくら見ず知らずの子供とはいえ、それだけは…… 絶対に駄目だ。
結局ピカワン達を連れて行くのか答えを出せないシンは、その事を先送りにする。そして、自分のすべきことと同時に、ヘルゴンからの嫌がらせや妨害工作を繰り返し頭の中で想定し、対策を考える日々を過ごす。
数日後、何も聞かされなかったレティシアは、シンやユウの他にも、村人の意見を広く取り入れた数種類の広告をヒンス達と作りあげた。
「この芸術的な美しさで、必ず人目を引きます」
「ええ、村長さん! そうですとも!」
ロス達も言われていた数以上の下着を、既に作り終えていた。
「うん、全てが良い出来だの」
「あぁそうだの、間違いないのう」
毎日プロダハウンに通っていたヨコキの店の女性達も、フラソやビシャン、ラペス達も納得するほど仕上がっている。
「良いですよみなさん! 凄く上達しています! とても素敵です」
「聞いた? 素敵ですって褒められちゃったよ」
「とても素敵です」
「まねしなくていいから~」
「キャハハハハ」
一方セッティモでも、シンから頼まれてサヴィーニ一家が進めていた準備が、今終わろうとしていた。
「ふぃ~、やっと終わった~」
「馬鹿野郎! まだ片付けが残っているだろうがよ!」
「うわっ。親方~、最後まで厳しいねぇ~」
「あったりめーだ、こちとら職人よ!」
同じ頃、セッティモの教会の一室では……
イドエに大量の魔法石が入っている事など、既に知れ渡っているはず。
それなのに……
「いや……
ブラッズベリンは、口元に笑みを浮かべる。
それなら……
「レリス」
ドアを開けて、レリスが部屋に入って来る。
「はい、お呼びでしょうか」
さらなる大きな一歩を…… 私は踏み出す。
シン以外の者には穏やかな日々であったが、セッティモへ出発する三日前の朝、その時は突然訪れる。
「おはようっぺぇユウ君」
「クルクル~」
「あ、みんなおはようー」
プロダハウンの前で会ったユウとナナ達は、談笑しながらいつもの様に階段を上ってゆく。
「それでねー」
「本当っぺぇかぁ、そのはなしっ!?」
先頭で階段を上がっていたナナは、急に口を閉じて立ち止まる。
「どうしたっぺぇナナ?」
「……」
リンの後ろからユウも声をかける。
「あれ? どうしたのナナちゃん?」
「……誰かいるっぺぇ」
「え!?」
「スタジオに誰かいるっぺぇーよ」
どういう事だ?
「もしかして、シンっぺぇか?」
そう言ったリンは、急いで髪型を直す。
「いや、シンはピカワン君達のところに行ったはずだから……」
「え? じゃあ誰だっペぇ? ジジイの誰かっぺぇか?」
「ジジィってリンちゃん……」
「クルクル~」
「大丈夫、お姉ちゃんが守るからね」
一瞬静まり返った後、ユウが口を開く。
「ぼっ、僕が、僕が最初に入るよ。みんなは階段を下りてて」
「うちも一緒に行くっペぇ」
「え…… う、うん! 何かあったら僕の事は良いから、直ぐに逃げてね」
「……分かったっぺぇ」
本当は逃げないっぺぇけどね……
クル達が階段を下りた事を確認したユウは、ドアに手を掛けて音を立てずに少しだけ開け隙間を作り、そこから静かに中を覗く。
……あっ、ナナちゃんの言う通り、誰かが奥で椅子に座っている!
その人物の背中にピントを合わせたユウは、さらに目を凝らす。
誰だろう?
「何か見えるっぺぇか?」
「……」
「ユウ君?」
すぐ後ろに居るナナの声は、集中しているユウの耳に届いていない。
あ、あれ? 見た事ある感じがする。誰だっけ?
スタジオにいる人物は、椅子からおもむろに立ち上がり、覗いているドアの方を振り向いたその瞬間、ユウが驚きの声を上げる。
「あぁーーー!」
「なっ、なんだっぺぇ!?」
強い力でドアを開け放ったユウは、口をあんぐりと開けていた。
「カァ、カァ」
「カ?」
ユウの目には……
「おーい、みんなおはよう~」
「おはようっぺぇシン~」
みんながシンに挨拶をする中、フォワが何やら話しかけて来る。
「フォワフォワフォワ~」
「うん? どうしたフォワ?」
ピカワンが通訳する為に近付いて来て、二人の間に入る。
「フォワフォワフォワフォワ~」
「珍しく居なかったって言ってるぺぇよ」
「珍しく? 誰が?」
「フォワ、フォワフォワフォワー」
「誰がって、決まってるっぺぇって言ってるっぺぇ」
「え?」
いったい、誰の事を言っているんだ?
「フォワフォワ」
「……っぺぇ」
その名を聞いた瞬間、シンは全力で走りだす!
ユウの目には……
「ガッ」
「ガ?」
「ガーシュウィンさん!」
立ち上がってこちらを見ている、ガーシュウィンの姿が映っていた。
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