146 冷厳
スタジオには、以前とは明らかに見た目の異なるガーシュウィンが立っていた。
「ガ、ガーシュウィンさん…… ですよね?」
「うん?」
「あ、いえっ。何でもありません」
こ、この人は、元々背が高くてスタイルは良い感じだった。前に見た時と違って、髭を切りそろえ、髪もまとめて後ろで縛っている。それに…… 服も奇麗だ。
ユウはガーシュウィンの顔を見つめる。
何か精悍な顔つきというか……
そう、そうだよ。もしかしてこれがイフト!? いや、これは…… オーラだ! 元の世界で偶然出会った女優の森沙織を見た時に感じた、芸能人が発しているようなオーラ。あの時の輝きと同じだ!
明らかに変貌したガーシュウィンが、ユウを見つめながら口を開く。
「久しぶりだ」
「……」
あまりにも変貌したその姿に驚き、返事をしないユウの背中を、掌で軽く叩きながらナナが声をかける。
「ユウ君?」
「え? あ、はっ、はい! お、お久しぶりです!」
ナナはユウの背後から覗くように見ている。
……この人が噂のガーシュウィンっぺぇ? こんな小奇麗な人、村に居たっペぇかぁ?
その頃シンは……
「ドンドンドン!」
「ガーシュウィンさん! いますか? ガーシュウィンさん!?」
激しくドアをノックしながら、ガーシュウィンの名を叫んでいた。
シンがあまりにも強くノックしたせいで、元々ボロボロのドアが外れて倒れてしまう。
「ガタ、バタン」
足元にはフォワが持ってきた食事が置いてあるが、手は付けられていない。
「入りますよ!」
室内に入ったシンは、直ぐその異変に気付く。
「えっ!?」
部屋は以前とは違い物がキチンと整頓されており、綺麗に掃除もされている。
シンの脳裏に、嫌な考えが浮かぶ。
まさか…… 最後に片付けをして、村を出て行ってしまった訳じゃないよな!?
「……」
最近ガーシュウィンさんが、外を歩いているのを見かけたという話をよく耳にしてたけど、それは俺達に協力するために、体力を回復していると、そう思っていた。
だけどそうじゃなくて、まさか村から出て行く為に……
ロルガレの件で大きな問題が増えたシンは、どうしてもネガティブな考えをしてしまう。
「くそ!」
今も散歩しているだけならいいけど、食事にも手を付けていないし、フォワが来てからだいぶ時間が経っているはずだ!
ガーシュウイン宅から飛び出したシンは、再び走り始める。
「シン! どうしたっぺぇ!? はぁはぁはぁ」
「フォワ! フォワフォワ」
心配して跡を追って来たピカワンとフォワと会うが、シンは足を止める事なく声を出す。
「ガーシュウィンさんがいないんだ! 探してくれ! 俺は門番に聞いてくる!」
「分かったっペぇ!」
「フォワフォワフォワフォワ」
この時フォワは、しょうがねぇジジイだなと言っていた。
「悪口は後だ、兎に角探してくれ!」
「フォワ!?」
自分の言葉を理解したシンにフォワは一瞬驚いた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
ユウは未だに目の前の人物が、以前に見たガーシュウィンと同一人物だと思えず呆けている。
「……あ、あ」
「突然で申し訳ないが、ユウ君が言っていたアイドルというものを見せて頂きたい」
「あ、ああ、は、はい」
返事をしたユウを一瞥した後、ナナは階段下にいる少女達に声をかける。
「上がってくるっペぇ」
その声に反応して、真っ先にリンが階段を上りスタジオに入りながら口を開く。
「結局誰だっ」
ガーシュウィンを見た途端、目を見開いて驚く。
「ペぇぇ!?」
かっ、ジッ…… ジジィなのに、この人かっこいいっぺぇ……
どうやらリンは、シニアでもイケるようだ。
他の少女達もリンに続き、スタジオに入って来る。
「クルクル~、誰?」
「ねぇ、誰かな? お姉ちゃんも分からない」
「見た事ない」
「村の人じゃないのかな?」
少女達がそう口々にする中、キャミィだけは黙ってガーシュウィンを見つめている。
この人が、ウィロさんの……
門番をしているごじゃるの目に、走って来るシンが映る。
「あ、どうしたでごじゃるか?」
「はぁはぁはぁ、ガーシュウィンさんが来なかった?」
「村にいる有名な人でごじゃるね? 面識はないでごじゃるけど、今日は知らない人は来てないでごじゃる」
ごじゃるのその言葉に、相方も相槌を打つ。
「うんうん」
「朝の交代の時にも、そんな報告は受けてないでごじゃるから、たぶん来てないでごじゃるよ」
「そうか。はぁはぁ、ありがとう」
それなら、取り越し苦労か……
そうだ! もしかすると、ウィロさんの所に行っているのかも!?
シンはヨコキの宿に向かって再び走り出す。
その様子を、ごじゃるの相方がジッと見ている。
「……なんかよー」
「どうしたでごじゃるか?」
「
「……」
「大変そうだよな~」
「……大変かそうでないかに、顔は関係ないでごじゃるよ」
「そうかな? なんかよ、平凡が一番だなって、ふいにそう思っちまったよ……」
平凡でごじゃるか…… 本当に、心に変化が表れているようでごじゃるね、この村の様に……
椅子に腰を下ろしているガーシュウィンが見ている前で、少女達はいつもの様に体操から始めている。
「クルクル~。あのお爺ちゃん、ずっと見てるよ」
「ねぇ……」
「えらい人らしいね」
「何か、リンちゃんの様子が変じゃない?」
少女達は、体操をしながらもガーシュウィンをチラチラと見ているリンに目を向ける。
「あ~、しぶいっぺぇ……」
「……クルクル。おかしいね」
「うんうん、お姉ちゃんもそう思う」
リンは体操をするのを止めて、うっとりとした瞳でガーシュウィンを見ている。
ちょうど宿を出てプロダハウンに向かおうとしていたヨコキの店の女性達は、走って来るシンに気付く。
「うん? ねぇみんな、あれってシンじゃないの?」
「本当だ。迎えに来てくれたのかな?」
「何朝から走ってんの? うけるんだけど~」
全力で走って来たシンは、地面を滑りながら止まる。
「はぁはぁはぁ、ガーシュ!」
「え?」
「ガーシュウィンさんを見てないか? はぁはぁはぁ」
「ガーシュウィン? 誰だっけそれ?」
「ねぇ」
「ウィ、ウィロさんは?」
「中に居るよ」
シンは宿の中に駆け込む。
「ウィロさーん!」
ちょうど入り口近くに居たウィロは、シンの声に驚いてしまう。
「はっ、はい?」
「はぁはぁ、ガーシュウィンさんは?」
「え…… 来てないけど……」
シンはその言葉を聞くと、何の説明もなく走り去って行った。
もしかして、あの人に何かあったの……
その頃プロダハウンでは、一階にいるロスやビシャン達にも、ガーシュウィンが来ている事が耳に入っていた。
「ガーシュウィンさんがスタジオに……」
「いったいいつ来てたんかの?」
「それだの、誰も見とらんでの」
「わしらは6時には来とったからの」
「ではその前から?」
「かもしれんの。人の出入りが多いから、鍵はかけてないからの」
「何しに来たんかの?」
「何しにって、稽古を付けに来たにきまっとろうがの!」
「そうだと思います!」
下から階段を覗き込むみんなの元に、ピカワンがやって来る。
「爺ちゃん!」
「おっ! どうしたのピカワン?」
「ガーシュウィンさんを知らないっペぇかぁ?」
「ガーシュウィンさんなら、この上におるでの」
「ほっ、本当っペぇかぁ!?」
「ん、あぁ」
「ありがとうっぺぇ!」
「どうしたんかの?」
今度はシンを探す為、ピカワンはプロダハウンを後にする。
二階のスタジオで準備運動を終えた少女達は、普段なら鏡と向き合って整列するはずだが、ユウに言われて今はガーシュウィンに向かって並んでいる。
「ふぅー」
ユウは大きな息をついた。
「みんな、準備はいい?」
「大丈夫っぺぇ」
「いいっペぇ」
「クル!」
「はい」
「うん」
「はーい」
最後に、キャミィが返事をする。
「お願いします!」
大きく頷いたユウは、ヴォーチェを手に取りガーシュウィンと視線を合わす。
ガーシュウィンさん…… 今から、今から見せるのが、アイドルです!
ユウの胸は、いや、ユウだけではなく、少女達も胸が高鳴っていた。
「ふぅ。行きまーす!」
大きな声の後に発動させたヴォーチェから、音楽が流れ始める。
シンは再びガーシュウィン宅に戻って来ていた。
「ガーシュウィンさん!」
駄目だ、戻っていない。
外に出たシンの元に、ピカワンが走って来る。
「シン! 居たっペぇ!」
「えっ!? どこに!?」
止まって息を整えるピカワンを見ながら、シンは今か今かとその言葉を待っている。
「ハァハァハァ、プロ、ハァハァ、プロダハウンっぺぇ!」
「プロダハウン……」
「ハァハァ、そうっぺぇ。す、スタジオ、ハァハァ。スタジオにいるみたいっぺぇ」
スタジオに…… そうか、ガーシュウィンさんは……
「良かったぁー」
思わずその言葉が口から出たシンは、安堵の表情を浮かべる。
「ハァハァ、どうするっぺぇ? スタジオに行くっペぇかぁ?」
「……」
何かを考えていたシンは、口元に笑みを浮かべる。
「いや、俺達は戻ろう」
「分かったっぺぇ。ハァハァ」
「ありがとうピカワン。助かったよ」
「いいっペぇいいっぺぇ。みんな待ってるっぺぇ、早く戻るっぺぇ」
「あぁ、そうだな。戻ろう」
野外劇場に戻る二人の姿を、心配になってシンの跡を追って来たウィロが、建物の影から見ていた。
「……」
目当てのガーシュウィンの居z場所が分かった事で安堵していた二人は、ある人物をすっかり忘れてしまっていた。
ガーシュウィンの元に連日朝も昼も夜もシンに代わって食事を運び、さらに話し相手や散歩にまで付き合っていたフォワは、探しに行った空き家のベッドで眠ってしまっていたのだ。
「ムニャムニャ、スヤ~」
うん…… うんうん! 良い! みんな凄いよ! よくここまで……
全体に目を向けていたユウであったが、ある一人の少女に視線を合わす。
あの…… あのキャミィちゃんが、こんなにも上達して……
ユウは感慨深げな表情を浮かべる。
こ、これなら……
こぶしを固く握り締めて少女達を見ていたユウは、ガーシュウィンをチラ見する。
どうですか、ガーシュウィンさん。初めて見るアイドルは!? あの子たちの歌とダンスは!?
ユウの熱意とは真逆で、少しも動くことなく静かに座っているガーシュウィンは、瞬き一つせず真剣な面持ちで少女達を見つめている。
同じ頃、食堂では……
「えー!? それじゃあの、わしら夫婦がストビーエに行くのは無しかいの!?」
そう声を荒げたのは、おしどり夫婦の夫、ダガフであった。
数日前、シンからみんなに言付けを頼まれていたオスオであったが、直ぐに伝えることはなく、それからもシンとギリギリまで話し合いを続けていた。そしてこの日になって初めて報告していたのだ。
食堂の厨房に集まっている者達は、その話を聞いてざわついている。
「声が大きいの。すまんがの、もう少し落としてくれんかの」
この時オスオは、ジュリに話を聞かれまいと気を使っていた。
「あ、すまんの。だけど、急にどうしたんかのと思っての…… あー、かぁちゃんはどう思うの?」
ダガフはまた大きな声をあげて嫁のマイジに聞く。
「……あんた、今声が大きいって言われたばっかりだよ」
「あっ。かぁちゃん、すまんの……」
ここに集まっているダガフ以外の者達は、つるつると門の直ぐ近くにまで来ていたヘルゴンにその原因があることに何となくだが気付いていた。
少し考えこんでいたマイジは、オスオを呼ぶ。
「オスオ」
「……なんだの?」
「もしかして今回も…… あたしらはいけないのかい?」
「えー!? かぁちゃんは行けないのかいの!?」
「声が大きいって言ってるだろ!」
「す、すまんかぁちゃん……」
ダガフから自分に視線を戻したマイジを見て、オスオが口を開く。
「それがの……」
「……」
「実はの、数日前からこの件はシン君と何度も何度も話し合っておっての、最初はピカワンらも連れていかん方が良いとの、シン君はそう言っておったがの。わしは最初反対したがの、けどの、安全を考えるとの、どうしてもシン君の意見に一度は傾いておった。だがの、今度はシン君の考えが変わったようでの、一緒に連れて行くそうだの」
「あの子達が良いなら、それならあたしら女も行っていいってことだよね?」
「そうだの。大人はの、男女問わず各々の判断に任せるという結論になったでの」
「……そう? じゃあ、あたしは勿論行くからね。待ってるだけなんてもう嫌だから。もっともっと役に立ちたくて仕方ないんだから」
「わしはの、ストビーエでかぁちゃんとのデートプランを寝ずに練っておったがの、それが無駄になるのは悲しいがの、だけどの、一緒にセッティモに行けるならの、また喜んで練り直すの!」
その言葉で、マイジは声を荒げる。
「あんたは何しに行くつもりだったんだい!」
「バシーン!」
マイジのオーバーライトハンドのビンタが左頬にクリーンヒットしたダガフは、フラフラとして尻もちをついてしまう。
「きっ、きいたのぅ」
ダガフは柱を掴みながら立ち上がって口を開く。
「大人はってことはの、ジュリちゃんとあのつるつるとかいう子は連れていけんだの?」
オスオがその質問に答えようとした瞬間、つるつると馬小屋に行っていたはずのジュリが突然厨房に入って来る。
「おぅ、ジュ、ジュリ。どうしたんかいの?」
目を伏せたままのジュリは、オスオの呼びかけに何も答えず、しばらく立ち尽くした後、食堂にいたつるつるの手を引いて外に出て行ってしまう。
「……こっ! この馬鹿あぁ! もう一発食らわすよ!」
「ごっ、ごめん、かぁちゃん……」
「あたしじゃなく、ジュリちゃんに謝ってきな!」
「うぁ、あぁあ」
ダガフはどうして良いか分からずオロオロする。
「マイジ、ええからの。ダガフのせいじゃないの」
「けど……」
「遅かれ早かれの、言わんといけんかったでの」
「……」
「かしこい子だからの、ここ数日のわしの態度から、既に何かを感じ取っていたと思うでの。それにの、今まで伝えず直前で伝えようとしてたのはの、わしが言い出した事での、ダガフに罪はないの」
そう言われても気持ちが収まらないマイジは、みんなに気付かれない様にダガフの腕を掴んで爪を喰い込ませていた。
いぢぢぢぢ。すまん、ジュリちゃん、かぁちゃん。
「あなた……」
「うん…… そういう訳での、お前も連れて行けんでの。ジュリとあの子を頼むでの」
「……」
「村にはの、バリィさんが残ってくれるそうでの、ここならの、安全だからの……」
「……はい」
ジュリ…… 本当に、すまんの。
よし、ここでフィニッシュだ!
「うん! 決まった!」
まるで一体化したかのように揃ったフィニッシュを見て、ユウは思わず声を上げてしまった。
「パチパチパチパチ」
「みんな、素晴らしかったよ!」
ユウは拍手をしながら、少女達に労いの言葉をかける。
そんなユウを見ていたガーシュウィンは、ゆっくりと目を伏せた。
「ガーシュウィンさん! いかがでしたか? 初めて見るアイドルは!? 僕が以前に説明したアイドルの魅力が少しでも伝わりましたか!?」
そう問われたガーシュウィンだが、一言も発することなく、ゆっくりと椅子から立ち上がりドアに向かって歩き始める。
それに驚いたユウは後を追い、近付いてから再び声をかける。
「あ、あの、ガーシュウィンさん?」
その声に反応して一度立ち止まったガーシュウィンは、ユウや少女の方を一瞥しただけで、階段を下りて行ってしまった。
え…… どういう事なの? どうして感想を言ってくれないんだろう……
呆然としているユウの背後から、文句の声が聞えてくる。
「何だっペぇあのジジィ! ちょっとかっこいいからって、気取ってるペぇ!」
「え!? リン今かっこいいって言った?」
「クルクル~。クルね、一生懸命やったよ」
「うんうん、クル頑張ったね~」
ガーシュィンさん…… どうして……
プロダハウンを去ったガーシュウィンが次に現れたのは……
うん? あれは……
「ガーシュウィンさん!」
そう、シンやピカワン達のいる野外劇場であった。
「んがぁ? 誰だっペぇあのジジィ?」
「こっ、こら! ガーシュウィンさんに向かってジジイとか言うでないの」
コリモンが慌てて注意する。
「あのジジィが村に勝手に住みついてた演劇でえらい人だっぺぇ?」
「だからの、口を慎めの!」
シンはガーシュウィンの元に駆け寄る。
ガーシュウィンさん…… 髭も髪も服装も……
「わざわざ見に来てくれたんですね?」
「あぁ、そうだ。かまわないか?」
おっ、何か口調まで……
「勿論ですよ! どうぞどうぞ、こちらへ」
案内されているガーシュウィンは、とある事に気付く。
「……うん? フォワはおらんのか?」
「え、フォワ…… あっ!?」
ここでシンはやっとフォワが居ない事に気付いた。
「やっばぁ! まだガーシュウィンさんを探してるのかも!?」
「うん? 私を? どういう事だ?」
「す、すみませんガーシュウィンさん。少し待っていただけますか?」
「それはかまわないが……」
「おーい、フォワがいないじゃん!」
「あっ! そういえばいないっペぇ」
「あー、忘れてたっぺぇ!」
「昔から存在感があるのか影か薄いのかよく分からない奴っぺぇーよ」
「探すっペぇ探すっペぇ!」
少年達はフォワを探す為、バラバラになって走って行く。
観客席まで下りて来たガーシュウィンに、コリモンを始め楽団の者達が声をかける。
「ガーシュウィンさん、光栄です」
「本当に夢のようです」
「わ、わしも夢見たいです」
コリモン達は方言を消して丁寧に挨拶をする。これは、ガーシュウィンを慕っている証である。
「うむ。それにしても……」
「はい?」
「随分にぎやかですね」
「えぇ、以前の村とは違い、本当に賑やかになりました」
「あの子達も頑張っております」
笑みを浮かべるガーシュウィンに、コリモンが問いかける。
「あの……」
「何でしょうか?」
「ここに来る前はプロダハウンに……」
「……はい。アイドルというものを、見せて頂きました」
「そっ、それで、いかがでしたか、あの子たちは?」
「そうですね……」
その頃、シン達は空き家で寝ているフォワを発見していた。
「やっぱり、ここに居たっペぇ!」
「フォワ?」
「何だじゃねぇっぺぇ! なーに練習さぼってるっぺぇ!」
「フォワ!? フォワフォワフォワ!」
「うっかり寝てしまったじゃねぇーっぺぇ。フォワが面倒みてる偉いジジィが来てるっぺーよ」
「フォワ!?」
「居たのかじゃねぇっぺぇ。代わりにお前が居なくなってどうするっぺぇ。早く戻るっペぇよ」
「フォンワ~」
コリモンに感想を聞かれたガーシュウィンは、巨石を削って出来た客席に腰を下ろす。
「そうですね……」
コリモン達は息を飲みこむ。
「あのような無駄な時間を経験したのは、初めてでした」
何とガーシュウィンは、さらっとそう言い除けた。
……やっぱりのぅ。かなり厳しい言い方だがの、舞台の事では嘘をつけん人だからの。
「……」
そうなると、ピカワン達を見てもの…… 答えは、分かっておるの……
ガーシュウィンがプロダハウンに現れていた事は、既に村中に伝わっていた。
「聞いたかの?」
「聞いたの! あのガーシュウィンさんが演劇指導を開始したらしいの」
「こりゃえらい事だの」
「これでの」
「うん?」
「演劇に関しては安泰だの」
「そうだの~」
だが現実は、いや、ガーシュウィンは演劇に関してそんなに甘くはない。
そのガーシュウィンは、野外劇場でシンと共に客席からピカワン達の
スタジオの時と同じ様に、瞬き一つせず見つめるガーシュウィンを、シンは気にしていた。
舞台を見ている時のガーシュウィンさんは、以前とは別人だ……
隣に居ると、何か威圧感の様なものを感じる。
そう思っていると、演奏が終わる。
「どうだっぺぇ!? 上手くいったっぺぇ!」
「フォワフォワ~」
「うっしゃー! きまったっペぇ!」
「やばいっぺぇおらたち」
舞台の少年達と違い、シンは落ち着かない様子で訪ねる。
「……いかがでしたか?」
「そうだな…… 口で楽器の音を奏でる…… か」
「はい」
「アイデアは、非常に面白い」
「そうですか!」
「だが……」
シンの表情が強張る。
「賞するのは、それのみだ」
やはりな……
だけど、それはどうしても仕方がない。
音楽に触れずに育ってきたし、まだやり始めて間もない……
舞台にいる少年達も、シンの表情から何となく厳しい評価だと分かっていた。
「ただ立ち尽くし、口をパクパクと水から上がった魚のようにしているかと思えば、リズムも悪く、音色も音程も何一つ安定していない」
「……」
「人前で演じるには百年あっても足りない、と、そう言わざるを得ない」
コリモンが予想していた通り、かなり厳しい言葉であった。
「……そうですか」
ピカワン達は確かに凄いスピードで上達している。
だけど、一流のガーシュウィンさんからすれば、そう思うのは当然だろう。
ジャンルは違えど、ラペスさん達の演劇と比べても見劣りしてしまう。かと言って今更……
「……ラペス」
シンは何かを閃く。
そうか…… そうだよな! これなら、今からでも間に合う!
なぜなら、ピカワン達は……
「ガーシュウィンさん」
「うん?」
「わざわざ見に来てくれて、ありがとうございます」
「……いや」
手厳しい言葉をぶつけたのに、笑顔でそう答えるシンに驚いている。
「俺はちょっと席を外しますが、好きなだけ見ていって下さい」
「あ、あぁ」
ガーシュウィンの返事を聞くより先に、シンは既に駆け出していた。
「フォワ?」
「シンどこに行くっペぇ?」
「ジジィになんか言われたっぺぇーか?」
ガーシュウィンはシンの行動に少し驚いていたが、笑みを浮かべる。
「……フッ」
私の言葉から何かを思いついたのだろう…… お前のその行動力は褒めてやろう。
それから数時間後……
昼休みで賑わう食堂に、シンは一人で現れる。
「シン! どこに行ってたっぺぇ!?」
「あー、ちょっとな。ガーシュウィンさんは?」
「フォワフォワフォワ」
「え?」
「家に戻ったって言ってるっぺーよ」
「そうか」
「シン、ここに座るっぺぇ」
「おっ、ありがとう」
席に着いたシンがパンとスープを注文すると、モリスが直ぐに持って来てくれた。
「ありがとうモリスさん」
「いいえ、ごゆっくり」
ピカワンと談笑しながら食事をするシンは、いつも手伝いをしているジュリの姿が無い事に気付く。
「あのー、モリスさん」
「はい。何か追加ですか?」
「いえ。あのー、ジュリちゃんは?」
「……」
モリスのその表情から、シンは何かを察する。
もしかして、伝えたのか……
シンにだけ聞こえる様、モリスは小声で耳打ちする。
「そうですか……」
食事中にもかかわらず、シンは席を立ち食堂を出てゆく。
その様子を、フォワが見ていた。
「フォワ?」
馬小屋に入ったシンの目に、つるつると一緒に馬を撫でているジュリが映る。
「ジュリちゃん……」
シンに背を向けているジュリは、その呼びかけがまるで聞こえていないかのように反応しない。
「……」
ジュリの気持ちを考えると、シンはかける言葉が見つからずただ立ち尽くす。
すると、馬を撫でている手を止めたジュリが、シンに近付いてくる。
「あのねシンさん」
「うん…… なに?」
「わたしね……」
「……」
「セッティモ行くのやめて、お留守番することにしたの」
ジュリちゃん……
「だってね、つるつるはまだ小さいから、大きな町に行くのは怖いかもしれないし…… それにね、もし迷子になったら大変だもん。だからね、つるつるとお留守番してるね」
この子は……
「……ごめんね、ジュリちゃん。俺がセッティモに行っていいって、そう言ったのに」
「……ううん。シンさんのせいじゃないです」
そう口にしたジュリの身体は、わずかだが震えていた。
「う…… うぇーん」
ジュリちゃん……
泣いているジュリを見たシンは、ゆっくりと顔を上げ、馬小屋の天井を見つめる。
そんなシンに、ジュリはしがみ付いた。
「うぅぇえん、うぇえええん」
ジュリちゃんは初めて、初めて他の町に行けるのを、どれだけ楽しみにしていたか…… それなのに……
シンは、ジュリの気持ちを痛いほど理解していた。
本当に、本当にごめん。
これは、これは俺のせいだ。何の力もない、情けない俺のせいなんだ……
だから…… 俺が、必ず決着をつけるから。ごめんなさい、ジュリちゃん……
「うぇええん」
ジュリが涙を流す傍らで、つるつるは無邪気に馬を撫でていた。
家に戻ったガーシュウィンは、椅子に座った状態で俯いてふさぎ込んでいる。
ゆっくりと顔を上げると、テーブルに置かれているシンが以前に持ってきた本を手に取る。
「……」
私の名を使わせるのは、全てはウィロのためだ。そう決心して、一度は、一度は区切りをつけたはずであったが、なのに、これほど、まさかこれほど苦しいとは……
「うぅ、くぅ……」
うめき声の後に、強く目をつむって顔をクシャクシャにする。
あの者達を残りの日数で一流にすることなぞ、そんな事は、誰であろうと出来るはずもない。
ガーシュウインは胸に手を当て、強く握り締める。
私の演劇に対する情熱は、今も失われる事無く、心の奥底で強く息づいていた。
だがそれは……
「今は、今は必要ないのだ!」
「ガシャーン」
立ち上がると同時にテーブルをひっくり返したガーシュウィンは、落とした本を両手で持ち、その表紙をジッと見つめる。
私は…… いったいどうすればよいのだ。
「エヴァナ……」
ガーシュウィンは、大切な者と演劇に対する情熱の狭間で…… 苦悩していた。
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