147 アゲイン



 まだ薄暗い早朝、イドエの門前には馬車が行列を成している。その殆どは、農業ギルドから提供されたものであった。


 見送りのモリスとジュリ、そしてつるつるに向けていた視線を

前方に戻したオスオは、声を高々と上げる。


「出発するでのー」


 先頭の馬車には、オスオにダガフやマイジなど、主に調理関係の者達が乗っており、その馬車が進み始めると、キッチンカー仕様の馬車が数台後に続いていく。

 そして、先頭の馬車の前には、単独で馬に乗っているシャリィがいる。


 キッチンカー仕様の馬車が通った後には、少年達が乗っている馬車が門を通過してゆく。 


「おうー!」

「うひょーっぺぇ!」

「行くっペぇ!」

「フォワー!!」


 馬車が旧街道に出てゆくと、少年たちは歓喜の雄たけびを上げた。

 そして、その後ろの馬車からは……


「クルクルクルー、馬車が動いてるよ」

「うんうん、動いたねー」

「前回はストビーエ、今度はセッティモっぺぇ」

「ストビーエでひと揉めした話は聞いたよ。今回はあたいがいるからね、安心しな」


 うん、またもしあんな事があったとしても、フルさんがいれば僕の出番はなさそうだ……

 

 同じ馬車に乗っているユウは、そう思っていた。


 先日、ガーシュウィンから何の評価もして貰えなかったユウ達であったが、その日のうちに気持ちを切り替え、あれからいつも通りの日々を過ごしていた。


「フル、頼りにしてるっペぇよ」


「まかせときな。どすこーい!」


 門の辺りで動き出した馬車の行列を見ているシンに、見送りに来ていたロスが声をかける。


「シン君、孫達を頼むでの」


「はい、お任せください」


 そう答えたちょうどその時、服飾関係者とラペス達演劇関係者を乗せた馬車が、シンとロス達の前を通過してゆく。


「行ってきます」

「気をつけての~」


 その馬車には、つい最近までセッティモ服飾協会の組合長をしていたアルス・ノアも乗っていた。


 やれやれの…… イドエに戻って間もないというのにの、またセッティモに行く事になるとはの……

 人使いが荒いの、シン君は。


 だがの……


 アルスの脳裏に、ドロゲンの姿が浮かぶ。


 息子はどうしておるかの…… せっかくだからの……


「会いに行ってやるかの」


 アルスは微笑んだ。


 その馬車を見送ったシンは、隣に立っているバリィに声をかける。


「バリィ」


「どうしたの?」


「俺達が留守の間、この村を頼む」


 奴らはこの場所に手を出す事は出来ない、そう理解していても確証がある訳でもなく、ロルガレの異常性を見抜いていたシンの危機感は、依然晴れぬままであった。


「うふ、何度も何度も律儀ねぇ。まかしときなさい。この村の心配は、何一ついらないわ」


 その言葉を聞いて頷いたシンに、次の馬車に乗っているヨコキの店の女性達が声をかける。 

 

「あれ、シン乗ってないじゃーん!」

「そりゃこの馬車に乗る為に待ってたのよね? そうでしょシン?」

「違う違う、シンはわたしに・・・・乗りたいのよ。ねっ、シン」

「ぎゃははは、下ネタ~」

「言う事が客のおっさんと同じだから~」

「きゃははははは」


 冗談を言ってじゃれ合う中、一人の女性がシンの側にいるヨコキとウィロに声をかける。


「あ、ママー、ウィロさーん、行って来るからね~」 


 その声を聞いて、他の女性達も馬車の後方から身を乗り出して声を出す。


「お土産買って来るからねー、ママー、ウィロさーん」


 ウィロは笑顔で返事をする。

 

「うん、気をつけてね」


 女性達を乗せた馬車は、ゆっくりと門から出て行った。


「坊や……」


「はい」


「あの子達を頼むよ」


「はい、必ず無事に」


 シンの後方を、最後の馬車が通り過ぎていく。 


「ウィロさん」


「……なに?」


「すみませんが、俺がいない間ガーシュウィンさんに食事を……」


「……えぇ、いいわ」

 

 プロダハウンと野外劇場に現れたガーシュウィンに、期待する村人は大勢いたのだが、当の本人は時間に関係なくフラっと現れて、ただ眺めて指導も助言もせず直ぐに帰るという、そんな行動を繰り返すだけであった。

 さらに現れる場所はプロダハウンの舞台と野外劇場のみで、少女達が稽古をしているスタジオには一度も顔を出していなかったのである。

 シンとフォワが交代で持っていっている食事は、綺麗に平らげられており、身体の健康面には問題がなさそうだが、人前に現れても、極端に言葉が少ない事で、みんなは精神面の心配をしていた。


「お願いします。では、行ってきます」

 

 シンは最後の馬車を追いかけて飛び乗る。


 その様子を、レティシアは少し離れた場所から見ていた。


 シンさん、みなさん…… お願いします。



 イドエを出発した馬車の行列が新街道に出ると、シン達一団には気づかれなぬ様、距離を空けて馬で跡を付いてくる一人の男がいた。


「じゃいじゃい~」


 あの馬車の中には、綺麗なねえちゃんたちがいるというのに、こんな後ろとは…… 

 もしかして、あの新しい下着を履いているのか!? 


「ぐぅ~、たまらんじゃい!!」


 まぁけど、今は仕方ないじゃい。一応表立って俺様がシャリィと関係があると知れ渡ると、少々動きにくいじゃい~。

 それでも受けた依頼はやりとげるじゃい~。


「後はまかせるじゃい」


 それにしても……


「……」


 この辺りの魔獣はほぼ全て掃討したと聞いてたが……

 森の中から少々妙な気配を感じる…… ような……


「……いや、気のせいか。珍しく俺様が過敏になっているじゃいじゃい。綺麗なねぇちゃんが馬車にいるのに、近寄れないせいじゃい! じゃいじゃい~」


 ゼスが気になった森の奥からは、ゼロアスが馬車の行列を見ていた。

  

 どうして僕がまたセッティモまで行かないといけないの?

 しかも、僕だけ森の中を走ってだよ!? それにその後はセッティモ周辺で待機って……


「うっざぁ~。どれもこれもあの馬鹿とヘルゴンたちのせいだよね!?」


 ゼロアスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。




 ガーシュウィン宅のドアを、食事を持ってきたウィロがノックする。


「コンコン」


 応答するまでノックを続けるか、それとも呼びかけようかと一瞬迷ったウィロだが、食事を足元に置いてそのまま去って行く。


 その時、ドア一枚隔てた玄関にはガーシュウィンが立っており、その弱々しいノックから、食事を持ってきたのはウィロだと気付いていた。


「……」

 

 わざと時間をおいてからドアを開け、ウィロが持ってきた食事を見つめると、手に取らず再びドアを閉めてしまった。


 私は…… いったい何がしたいのだ……


 部屋に戻る途中で歩みを止め、ガーシュウィンは肩を落とす。



 

 イドエを出発して数時間後……


 後方は気にしなくても良いとシャリィに言われたシンは、ピカワン達と同じ馬車に移動していた。


「うぉー、凄い谷っぺぇ! 岩があんなにも…… あんなの、初めて見たっぺぇ……」


「フォワフォワフォワフォワ~」


 俺は二回目だと言っている。


「嘘つくでねぇっぺぇ。おらたちは隠れてたからあの谷は見てないっぺぇ」


「フォワフォワフォワ!!」


「帰りって、この辺りではフォワは寝てたっぺぇ」 


「フォワ? フォンワ~」

 

 ユウの馬車では……


「クルクル~、凄い遠くまで来たよー」

「ねぇー、お姉ちゃんも一緒だよ」

「あ~、クルもお姉ちゃんも可愛い。あたいが絶対守るからね。どすこーい!」


 フルの気合の入った声を耳にして、ユウの身体がビクッと強張る。


 突然のどすこいで驚いちゃうよ。 

 けど、それ以外は何のトラブルもなくて良い感じだ。

 いやー、それにしても…… 東京では絶対に見られないこの景色…… ここが異世界だってのを、嫌でもまた思い出しちゃった。あー、楽しみだな~。早くセッティモに着かないかな~。

 いったい、どんな町なんだろう?


 馬車の一団は、休憩を挟みながら順調にセッティモを目指している。


 

 セッティモでは……


 剣の手入れをしているロルガレの元に、一人の部下が現れる。


「フィツァ」   

 

「……なに?」


「街道を見張っていた者の一人が、先ほど戻りました」


「……それで?」


「イドエの者と思われる馬車の一団が、こちらに向かっているようです」


「……そう」


「はい、恐らくあと1、2時間ほどで……」


「それなら…… 手筈通り」


「はい、フィツァ」


 報告に来た部下が去って行くと、ロルガレは手入れをしていた美しくも怪しい剣を見つめる。


 シン・ウース……

 

 鏡の様に磨かれた剣に映っている己の表情が、シンの顔に変化するかの如く思い浮かべ視線を合わす。


 元凶は、お前たち…… そうでしょ……  


 


 数時間後にセッティモに到着した馬車の一団は、大きな門を通ってゆく。


「なんだっぺぇ、この大きな門は!?」


 少年達は口をぽかんと開けて上を見上げる。


「フォワ~、フォワフォワ」

「珍しくもないって、上から目線で言うでねぇっぺぇ。フォワだって一度見ただけだっぺぇ!」 

「フォワフォワフォワ」

「これで二度目って、だからそう言ってるっぺぇ!」

「フォワ!?」


「何これ? すごーい……」

「クルクル……」

「まぁまぁでかいね」

「まぁまぁ? 凄く大きいっぺぇ~」

「ほんと……」


 少年と少女達は、セッティモの大きな大きな門と外壁に圧倒されていた。

 その門を抜けると、大勢の人が往来しているのが目に入ると、たまらずユウも声を上げる。


「うわぁぁぁ、すごーい!」


 うん! うんうん! これだよこれ! これこそ異世界って感じの町だよ! あ~、イプリモを思い出すなぁ……


 コレットちゃん…… 


 元気だよね、きっと…… きっと今頃は、正式な冒険者になれて、もしかするとこっちに向かっ、いや、違う。

 そうだよー、妹さんを迎えに行っているのかもしれない。 

 でも、その後にでも途中でもいいから、イドエに来てくれないかな~。あっ! 駄目駄目。僕が立派な冒険者になって探しに行くんだ。そっちの方がいいよね!


 急に大人しくなったユウを、ナナが不思議そうな顔をして見ていた。


 どうしたっぺぇ……


 久しぶりにコレットの事を思い出したユウであったが、コレットはイプリモの酒場での一件以来、現在も行方不明のままであった。



 後方を付いて来ていたゼスは、無事にセッティモに入って行く馬車の一団を見守っている。

   

 じゃいじゃい~。無事についたが、問題はここからじゃい……

 喧嘩を売ったにも等しいヘルゴンが、セッティモここにおるじゃい~……


 シャリィを先頭にして一団は馬車から降りることなく宿泊場所に向かう。そこは、表向きは健全な宿泊施設であったが、実際はブガゾ組若頭、ロンガン・ボーベンの企業舎弟が運営している一流の宿であった。 

 シンからの手紙をゼスを通して受け取ったルカソールが、交渉しにいくと、イドエとの関係をより強固なものにしたいロンガンは二つ返事で引き受ける。

 本来なら二日前に到着する予定であったが、ルカソールはその5日前、そしてこの先一週間、この施設を貸し切りに出来るように話をつけていた。 

 その理由は、シンの計画に急な変更があっても対応できるようにと……

 だが、ルカソールのそんな気配りを知らなかったシンは、様々な理由から、出発日の変更のみで留めていた。


 下手をすれば、セッティモに着いて直ぐに何かあるかもと思っていたけど、どうやらヘルゴンらしい奴らは見当らない……


 馬車から周囲を警戒していたシンに、シャリィが声をかける。


「見えてきた、あの建物だ」


 シャリィの言葉を聞いて前方に視線を向けると、高い塀を備えた広い敷地の、まるでちょっとした城の様な屋敷が目に入った。


 こんな、こんな立派な屋敷を…… ここなら皆で泊まれる。それに、塀も高いし門も頑丈そうで助かる。


 馬車の一団は、屋敷の前で一度停止する。


 すると……


「お待ち! して! おりました! 自分は! ソフォー! と! 申し! ます!」


 あいつは確か、前に組事務所で…… 


 そう、ルカソールが用意したのは、宿泊場所だけでは無い。


「今! 門を! 開けます! ので! 馬車! の! まま! お入り! ください!」


 門の側に立ち、誰とも視線を合わせずくうを見ているソフォーに、シンが声をかける。


「久しぶり」


 そう言われても、ソフォーは視線を合わすこと無く返事をする。


「はい! お久! ぶり! です! ここ・・! だけに・・・! なります! が! おまかせ! ください!」


 ふふ、相変わらず変わった話し方だな。

 ヘルゴンとのいざこざは、シャリィに伝えて貰っている。

 それを知っても、若い衆を付けてくれるなんて……

 しかも屋敷ここだけ……    


「凄く助かるよ、宜しく頼みます」


「は! い!」


 ルカソールはヘルゴンと、いや、相手が何者であっても、揉める事を1ミリも恐れてなどいない。

 揉めてなんぼこそがヤクザの本分であり、常道・・なのだ。

 だが、それによってシンの計画に影響が出る事に対して、かなり繊細になっていた。

 その結果、屋敷のみの警護ではあるが、信頼出来るソフォーを向かわせたのであった。

 シンは一人で来ているソフォーを見て、ルカソールのその考えを読み取る。


 馬車から降りているシンを見た少女と少年達が、ゆっくり進む馬車から次々と飛び降りて来る。


「あれ? みんな何処行くの?」

「興奮してジッとしていられないみたいっぺぇ」


 ユウが降りないのを見たナナも馬車からおりず、そのまま屋敷の敷地内に入って行った。 


「クルクル~、大きいね」

「凄い建物だっぺぇ」

「本当だね」

「う~ん、あたいにぴったりの宿だね。庭も広くて、ズモウの練習が出来るね」


「シン、ここに泊るぺぇーかぁ!? 凄い屋敷だっぺぇよ!」

「ふぁ~、村長さんの家よりも凄いっペ……」

「うんうん、こんな立派な屋敷は、イドエには無いっペぇ」


 ほとんどの者が屋敷に釘付けになっている最中、一人だけ違う方向を見ている少年がいた。

 それは……


「フォワフォワフォワ」


「うん? どうしたフォワ?」


 シンの声に反応して、近くに居たピカツーが通訳する。


「誰だそいつはって言ってるっぺぇ」

  

 フォワは何故か半笑いでソフォーを見ていた。

 だが、見られているソフォーは、相変わらず空を見つめ誰とも目を合わせない。


「今回お世話になる人で、名前はソフォーさんだ」


「フォワ~、フォワフォワフォワ~」


「そうか、宜しく頼むって言ってるっぺぇ」


「こちら! こそ! よろ! しく! お願い! します!」


「フォワ!? フォワフォワフォワフォワ~」


「何だその変な話し方はって笑ってるっぺぇって、口を慎むっぺぇよ」


 話し方を揶揄われても、ソフォーは眉一つすら動かさない。


「フォワフォワフォワ~」


「仲良くしようって、言ってるっぺぇ」


 それに対しても、ソフォーは何も答えず微動だにしない。


「フォワ?」


「ほら、早く中に入って部屋を見て来いよ」 


 シンのその声で、少女と少年達はいきりだつ。


「もしかして貸し切りっぺぇ?」


「うん、たぶんね」


「それなら一番良い部屋はあたしが貰うっぺぇーよ」


 むふふ、その部屋にシンを誘ってみるっぺぇ。


 リンは良からぬことを考えていた。


「クルクル!?」 

「フォワフォワフォワ!」

「おらも行くっペぇ!」

 

 嵐の様に去ってゆく少女と少年達に視線を向けていたシンは、

 馬車から降りているオスオに気付き、話をする為その場を離れる。

 そのタイミングで、次に入って来た馬車から降りて来たのは……


「きゃははは、凄いよこの家~」

「本当だー」

「やっべぇ~、ここに泊れるの? やっべぇ~」

「こりゃ遠くまで来た甲斐があったってもんだね~」

「あれ? 誰かいるよ」


 ヨコキの店の女性達は、ソフォーを見つけて突然絡み始める。


「ねぇねぇ、誰なのあなた?」


「ソフォー! と! 申し! ます!」


「え!?」    


 その話し方に驚いた女性達は、一斉に顔を見合わせる。


「うっそぉー、やだ何その話し方~? 可愛くなーい?」

「ねぇ、私もそう思ったのよ」

「きゃははは、確かに個性的で可愛いかも~」

「ソフォー! と! 申し! ます!」

「ぎゃはは、アリエがもう真似してるよー。しかも上手だし~」

「ねぇソフォー君。彼女はいるの? いないならイドエにおいで、私が相手してあげるから」

「いやいや、いてもいいでしょ! おいで~」


 ソフォーはほんの一瞬だけ女性をチラ見して視線を戻すが、じわじわと頬の赤身が増してゆく。


「え~、何その反応!? まぢで可愛い~」

「あれれ、ほっぺ赤くなってるよ~」

「ねぇねぇ、もしかして童貞じゃない?」

「まぢ!? 童貞は匂いで分かるし~」


 そう言ってスイラは、ソフォーの股間に顔を近付けてゆく。

 直立不動で立っていたソフォーであったが、スイラの顔が己の股間に近付くにつれ、腰だけが後ろに引けてしまっている。

 それでも構わず顔を近付け、クンクンと匂いを嗅ぐスイラを見て、女性達は一斉に笑い始める。


「ぎゃははは」

「うふふふ」

「かわいそうじゃん。もっとやれ! ウヒヒヒ」

「うける~」

「やばい、二人のポーズにつぼった~」   

「で、どうなのスイラ?」

 

 匂いの余韻を楽しむかのような、そんな得意気な表情を浮かべたスイラにみんなが注目していると、何と、フォワに揶揄われても構わなかったソフォーまでもが気にして横目で見ている。


「……」


「うん! 間違いない! これは童貞の匂いだし!」


「!?」


 ソフォーは何故バレたのか分からず、目を大きく見開く。


「ぎゃははは、その驚いた目~。こりゃ当たってるわ~」

「えー、本当に童貞だったの~。ねぇねぇ、初めての相手に私はどうかな?」

「ソフォー君、童貞は病気と同じよ。早く私で捨てなさい」

「ちょっと待ってよ! ソフォー君はあたしのものよ!」

「ソフォーは! 貰う! から!」

「アリエ~、そんな上手に真似したら、立つものも立たないって~。きゃはは」 


 ソフォーはどうして良いか分からず、動揺して目が泳ぎ始めていた。


「絶対あたしに入ってよ。イドエで待ってるからね~。はい、これ手付け~」


 そう言ってリフスはパンツを脱いでソフォーの頭に置くと、ソフォーから不思議な声が漏れる。


「ふぉ!?」


「ちょっと、ソフォー君がなんか変な言葉出したよ~。面白いから私のもあげる~」

「あたしも~」

「私のもあげる~」

「あげ! る!」

 

 ソフォーを揶揄っていた女性達は、パンツを脱いで次々と頭に置いたり、中には耳に引っかける者もいた。


「あたしのはこっちの耳ね~」


「ふがっ!」


「ぎゃはは、困ってる困ってる」

「どう? あたしの良い匂いするでしょ?」

「何言ってんの? 私のが一番良い匂いだよね?」


 美しい姿勢で、微動だにしていなかったソフォーの上半身が、前後左右に大きく揺れ始めたその時、オスオと話の終わったシンが戻って来た。


「ちょっちょっ、何やってんの!?」


「え~、ソフォー君が可愛いから一緒に遊んでるの~」

「あー、もしかしてシン嫉妬してるの? 大丈夫よ、シンにはパンツの中身をあげるから~」


「ちょっとちょっと、取りあえずみんな中に入って。部屋決めておいでよ。ねっ!」


「え~、つまんなーい。まぁけど、確かに部屋割りは重要だね~」

「だね~」

「またね~、ソフォー君」


 最後にスイラは、パンツで目の塞がったソフォーに抱き着いて軽いキスをする。


「チュッ」


 この時パンツで覆われたソフォーの目は、飛び出さんばかりに大きく見開いていた。

 そう、これがソフォーのファーストキッスであったのだ。


「あー、あたしもしたい~」

「私も~」


「だめだめだめ、さぁ、中に入って入って」


 シンは女性たちの背中を押して屋敷に入るように促す。


「ちぇ。またね~、ソフォー君」

「じゃあね~」


 女性達が屋敷に入るのを見届けたシンは、ゆっくりと幾重ものパンツを被っているソフォーの方を向く。


「……あの~」


「……」


 ソフォーから返事は無い。


「……なんか、ごめんね」


 そう謝りながら、ソフォーの頭に置いてあるパンツを一枚一枚丁寧に取り除いて、最後に左右の耳に引っかけられたパンツを外す。


「……」


 シンはソフォーの顔を見る事が出来ず、集めたパンツを手に持つと、下を向いたままそそくさと早歩きで屋敷に入って行った。

 

 その後、一人残されたソフォーは……


「スー、ハー」


 顔を上げて、理由は分からないが大きな深呼吸をしていた。



「……くっ!」


 あのやくざもんがぁ、羨ましいじゃい!  

 今回の報酬で、俺様もあのプレイをしてやるじゃい!




 宿泊施設に到着してまだ間もないというのに、演出家のネル・フラソを始めとして、演劇に関わる者たち全員がある場所を目指して馬車で出かけてゆく。

 そしてその一行には、シャリィが付き添っている。


 門まで出てきて見送っていたシンに、ピカワンが話しかける。


「シン」


「うん?」


「オラたちも早く行きたいっぺぇ!」  


 ピカワンの後ろには少年達がずらりと並んでおり、潤んだ瞳でこちらを見ている。

 シンは少年達の奥で準備をしているオスオたちに目を向ける。 

「……もう少し待ってくれるか。みんな準備しているからさ」


 安全確保の為に必要な人手が足りていない現状では、分散してではなく、全員である場所に向かうつもりであったのだが、本来ならこの二日前に到着していたはずのフラソたちは、時間を惜しみ少々無理を言って先に出かけてしまったのであった。


「それなら早く出かけるれる様に手伝うっペぇ」

「フォワ~」


 オスオの所に向かった少年達を見た後、シンは門に立っているソフォーを一瞥する。 

  

 ルカソール若頭が送ってくれたソフォーは、恐らくかなりのものなんだろう。本当に、本当に助かる……  

 それに、たぶん色々調べてくれているシャリィが雇っているゼス人物も手を貸してくれているはずだ。

 それでも…… 使える者があと二人、いや、せめて一人でもいいから居てくれたら……


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