148 再会

   

 フラソたちを送り届け、後をゼスに任せたシャリィが宿に戻って来ると、準備を終えていたオスオたちも馬車を率いて出発する


 あー、宿は凄く豪華で異世界のお城みたいだったし、この町も凄く雰囲気が良い。


 みんなとセッティモに来れたユウの心は、ウキウキと子供の様に踊っている。 



「見えてきた。あそこだ」

 

 そう声を発したシャリィの先には、レリスと会ったカフェが見える。 その目の前にある、つい最近まで内装工事が行われていた建物で、一団は馬車を止める。

     

「ドウドウ」

 

 馬車から降りて来たオスオたちは、さっそくキッチンカーの準備を始める。


「ここっぺぇかぁシン」


「らしいな」 

     

「この前とは違う場所っペぇ。今日はここで売るっぺぇ?」


「あぁ、もう話はつけてある」


 シンはヨコキの店の女性達が馬車から降りる手伝いをする。


「足元気を付けて」


「は~い、ありがとー」

「よいしょっと。へぇ~、ここもりっぱな建物~」

「ほんとー、凄いね~」

「随分久しぶりだわ、こんな大きな建物を見るのは」

「だよね~。ママのとこに来てから、だいぶ経つもんね~」

 

 女性達の中には大きな町の出身者もおり、ここの雰囲気から故郷を思い出して懐かしむ者もいた。


 女性達の声が聞こえたラペスが、建物の中から迎えに出てくる。


「どうぞどうぞ、こちらです」


「あ、ラペスさん。はーい」

「入り口も大きいね~」

「ねぇねぇ、ソフォー君のも大きそうだよね?」

「今その話と違うし~」

「ねぇ~」

「きゃはははは」

   

 別の馬車からユウと共に降りた来た少女達の目に、シャリィが食事をしていた素敵なカフェが映る。


「クルクル~、綺麗な店~」

「ほんとだー、お花をいっぱい飾ってあって、凄く素敵だね」

「何屋さんかな?」

「見たまんまお花屋じゃねぇっぺぇか?」  

「かな? でもテーブルとイスもあるよ。もしかして、食事する所とか?」


 馬車から降りたばかりだというのに、少年少女達の足は止まることなく、興味のある物目がけ歩み始める。

 女性達を室内に送り届けたシンが、それを制止するべく声をあげる。


「みんなぁ、悪いけどちょっと集まってくれる」

      

 その声を聞いて、少年と少女達はシンの元に集まる。


「イドエで何度も説明したけど、絶対に一人になっては駄目だ」


「分かってるっペぇ」

「そうだっぺぇ」


「ここから見えない所に行っても駄目だからね。必ず、シャリィの目の届く所に居てくれ」


「クルクル~、クル言うこと聞くよ」

「おねえちゃんも聞くからね」

「あたいもシンの言う事なら聞くよ」

「了解っぺぇ」


 みんなの目を見ているシンの動きが、一人の少年と目が合った瞬間止まる。


「特にフォワ」


「フォワ?」


「今日は絶対に一人にならないでくれよ」


「フォワ~」


「ピカワン、みんなを頼む」


「分かってるっぺぇ。任せておくっペぇ」


 シンはユウにも声をかける。


「ユウ」


「何?」


少女あの子たちを頼むよ」


「うん、大丈夫。言われた通り、目を離さない様にするよ」


 いつもより神経質なシンを見て、何か大きな問題を抱えている事にユウは気付いていた。

 だが、シンから自分はアイドルことだけに集中するようにと何度も言われており、素直にその言葉に従う事がシンの気苦労を少しでも減らす事になる、と、ユウはそう考えていた。

 


「シン君、少しええかの?」


 コリモンからそう声をかけられたシンは、二人で建物に入ってゆく。

 屋内では、照明を担当していたテディ・ツムスを始めとする裏方の者達が慌ただしく動いている。


「おいラペス! すまないがそこに立ってくれ」

「はい、ここですか?」

「そうそう。少し歩いて」

「こっちですね」

「もう少しだけ左に。もう一人誰でも良いから、ラペスの横に立ってくれ。床に印があるだろ、そこだ」 


 バタバタとしたその様子から、時間に追われているのは明らかであった。


 ここは…… 俺が頼んだ通りの形になっている。綿密な打ち合わせをした訳でもないのに……   

 それに、宿泊する屋敷も……


 シンはルカソールと始めて会った時を思い出す。


 イドエにちょっかいを出してきた組を潰し、尚且つこの辺り一帯を仕切っている組の直参になる事で、落としどころにするなんて……

 そんな事は、誰にでも出来る事じゃない。ルカソール若頭だからこそ出来た事だ。

 ……やはりあの時決心したのは、間違いではなかった。


 シンはルカソールの偉大さを改めて感じていた。


 その頃外では、準備しているオスオ達の馬車を見つめる者がいた。


「……おい」

「うん? 何だよ?」

「み、見ろよあの馬車」

「馬車…… あっ!?」

「なぁ、もしかしてあれって?」

「おぉ、あのおじさん。前にイモテン売ってた人だよな?」

「だろ!? 間違いないよな!?」

「……って、ことは?」

「って、事だよなー!?」


 興奮気味の二人がオスオの元に駆けだすと、周辺にいたイドエの者達が警戒する。


「おじさーん!」


「ん? なんだの?」


「イモテンの人だよね?」


「おー、そうだの。よく分かったの?」


 客かの……

 驚いたの……

 びっくりした……


 イドエの者達は警戒心を解いて、再び準備に精を出す。


「忘れる訳ないよ! あれからどれだけイモテンを食べたかったか、夢にまで出て来たんだよ」


「そりゃ嬉しいの。もう直ぐ準備できるからの、今日も買ってくれの」


「勿論だよ! 全部買いたいぐらいだよ。なぁ!?」

「うんうん!」


「あっ」


「どうしたのおじさん?」


「前はの、初めてというのもあっての安く売ってたでの。今回から申し訳ないがの、値上がりしてるでの」


「あ~、何だよそんなことか~。おじさん達がイモテンを売ってたあの後ね、色々な所で偽物が売られてて、値段は高いくせにクオリティは低い物ばっかりだったよ。本家の値段が上がった所で、買わないなんていう奴はいないさ。なぁ!?」


「あー、そうだそうだ!」


「そう言って貰っての、嬉しいの~。この前なかった新しい食べ物もあるでの」


「ええー、新しいのも!? どんなのどんなの?」


「ふふ、隣の馬車で準備しておるでの、それも楽しみに待っててくれの」


「いくらでも待つよ! 仕事なんて後回しだ! なぁ!?」

「おぉ、イモテンと新しいのも食べれるなら、仕事なんて行ってられるかってんだ!」


 横一列に並んだうちの2台の馬車で芋天を準備しており、残りはうどんの入ったランゲ、そしてオスオ達が考えた新しい具材の天ぷら、さらに焼うどんと、計5台の馬車でオープンする。


「ダガフ、そっちの準備はええかの?」

「もうええでの」

「マイジもええかの?」

「勿論いいよ」


 その他の者達も、オスオをみて笑顔で頷く。


 よーし……


「さぁさぁ、以前食べた人はもう知っておるのー、イモテンはいかがかのー?」


 オスオは声を高々と上げた。


「くれくれくれ! 塩と砂糖を~…… 二つ、いや、三つずつだ!」

「俺も俺も! 三つずつな!」


 オスオと話をしていた二人は、真っ先にイモテンを注文する。


「はいの! 一人3600シロンだの」


「あいよ! ここに置いとくよ!」


「ジュ~、パチパチパチ」


 イモテンを揚げる音と香ばしい匂いが、辺りに広がってゆく。


「ん? この匂い……」

「どうした? ……あー!! イモテンじゃねーのあれ!?」

「そうだよこの匂い!! 間違いない! あの時の人だ!」


 匂いに気付いた者達が、次々とオスオの元に駆けてゆく。

 そして、それを見ていた他の者達も…… 


「え? なんだあの集まりは? 普段はあんなとこに馬車はいないはずなのに…… なんか売ってるのかな?」 

「うん? 並んでるな…… ちょっと行ってみるか?」

「だな」


 少年少女たちが客引きをするまでもなく、自然と人が人を呼び、直ぐに行列が出来てしまった。


「凄いっペぇ!」

「開いたばかりなのに、こんなに人が集まってるっぺぇ!」

「クルクル~、クルもお仕事するよ~」


 そう言ったクルは、並んでいる者にチラシの様なものを配る。


「クルクル~、どうぞ」


「ん? あらら、可愛い子だね。これ、貰って良いのかい?」


「うん、どうぞ。クルクル」


 行列に並んでいる者がクルから受け取ったのは……


 ……なんだこれ? お、凄い構図のチラシだ、芸術性を感じる。これは…… どうやら野外劇場のようだけど、どこの劇場だこれ?

 何々? 10月20日に、イドエで…… 演劇!? 演劇をやるのか、イドエで?

 劇団イドエにイドエ交響楽団…… うーん、知らないな……

 それにファーストアイドルに、ルーチェ…… 全くもって分からない…… 

 総指揮総監督、ヴィセト・ガーシュウィン……


 何処かで聞いた事あるのその名を、イモテンの順番を待っている客は、呟くように口にする。


「……ヴィセト・ガーシュウィン」

「あん? なんだって?」


「いや、この子がくれたチラシに……」

「チラシ?」

 

 そう口にした者に、クルは手に持っているチラシを配る。


「どうぞ。クルクル~」


 ……ふむふむ。なるほど、イドエで演劇をするのか…… つまり今日は、その宣伝にきたのかな? イモテンで人を集めるとは、良いアイデアだ。

 劇団イドエ…… イドエ交響楽団…… 小さい頃に聞いた記憶があるような無いような…… ファーストアイドル? なんだそれ?

 

 先にチラシを受け取った者と同じ様な反応を見せていたが、次に目を通したその名に、その者は驚愕する。


 総指揮総監督、ヴィセト・ガーシュゥイン……


「ヴィセト・ガーシュウィン……」


「そうそう、その名前。俺も引っかかっててよ、何処かで聞いた事あるよなないような?」


「なっ! なぁ、なっ、なぁーーー」


「どっ、どうしたんだおい?」


「なぁーーにぃーーー!?」


「おぉー、だから何だよ!?」


「だから何だよってお前!? ヴィヴィー」


「落ち着けよおい。どうしたんだよ?」


「いや、落ち着けるか! ヴィセト・ガーシュウィンって言ったらよ、伝説の舞台監督だろうが!?」


「伝説…… あっ! どこかで聞いた事があると思ってたら、そうか! そうだよな!?」


 周囲の者達にガーシュウィンの名が聞こえると、行列を崩してまでもそのチラシを欲しがる者が数名現れる。


「お嬢ちゃん、ちょっとそのチラシ貰えるかね?」


「クルクル、どうぞ」


「私にも貰えるかね?」

「俺にもくれるか?」


「はい、どうぞ」


 あとの二人には、姉のプルが渡した。


 ……本当だ! 総指揮総監督に、ヴィセト・ガーシュウィンと書いてある……


「お嬢ちゃん」


「クルクル?」


「ここに書いてるのは、本当なのかい?」


「うん! 10月20日にね、演劇するよ。クルも出るよ」


「ほぉー、そうなのかい。それは楽しみだね。えーとね、ここの所を聞きたいんだけね」


「うん?」


「この総指揮総監督の所に、ヴィセト・ガーシュウィンと書いてあるがね、これは本当なのかね?」   


「クルクル~、本当だよ」


「……」


 質問をした男は、懐疑的な目でクルを見ている。


「クルね、会ったことあるよ、そのおじさん」


 え? ガーシュウィンに、あのガーシュウィンに会った事があるって…… 


「ほっ、本当かいお嬢ちゃん!?」


 真実を知りたくてつい大きな声になってしまい、驚いたクルが後退りし始めると、ある者がそこに現れる。


「なんだいあんた、うちの可愛い妹が嘘をついているとでもいうのかい?」


「いやいや、嘘を言っ…… !?」


 クルからフルに視線を向けた年配の男性は驚愕する。


 でっ、でかい! なんだこのおとこ…… いや、女の人は!?


「そこに書いてあるのは全部本当だよ」


「えっ、け、けど……」


「10月20日にイドエで演劇をやるし、それにズモウの大会もやるよ!」


「え?」


 年配の男性は、チラシを見返す。


「たっ、確かに、ズモウも書いてある」


「でしょう。それにはあたいが出るからね」


 なっ、なるほど…… 

 

 フルの言葉に納得して、改めて足先から頭の先までジッと見てゆく。


 この体型、実に、実に強そうだ! 


「あの、聞きたいのはこ、このヴィセト……」


「だから、そこに書いてあるのは全部本当だよ。何度も言わせるんじゃないよ」


「は、はい……」


 ほ、本当に…… 本当にあのヴィセト・ガーシュウィンが…… もし本当なら、これは一大事だぞ……


「ほらクル~」

「クルクル?」

「他にもチラシを欲しがっている人が沢山いるからね~、配ってあげてね~」

「クルクル、まかせて~」

「さすがあたいの妹、かっ、可愛い。ハァハァ」


 フルと中年の男性のやり取りは、並んでいる者達殆どに聞こえており、チラシを欲しがる者がさらに増え始める。


「配るっペぇ配るっペぇー」

「任せるっペぇ。ほい、ほい、ほいっぺぇ」

「フォワフォワフォワ」


 チラシを受け取り目を通した者達のざわめきが、まるで波紋の様に人々に伝わってゆく。


 ほう、イドエで演劇……

 劇団イドエ…… 懐かしい~。久しぶりに聞いたな……

 ズモウの大会? ほむほむ、なんだって!? 景品が出る!? なら俺出ちゃうよ~。

 ヴィセト・ガーシュウィン…… 嘘だよな?

 うん? 明日この建物で、新しい下着の……

      

 チラシを見た者の中には、少年少女達ではなく、買ったイモテンを受け取る時に、大人・・のオスオらに確認をする者もいた。


「これ本当なのかい?」

「あー、それかの。本当だの」

「まさか……」   


 いつの間に馬車の前には、100人を超える者達が列をなしていた。

 その様子を、話を終えて出て来ていたシンが見ている。


 予想通り良い感じだ。

 イモテンは前に売りに来た時、大きな噂になっていた。そして、案の定真似をする者達が大勢現れて勝手に宣伝してくれ広めてくれた。

 あの味を知った者や食べれなかった人達は、次はいつ食べれるのかと、ずっと心待ちにしてくれていると思っていたけど、どうやらその通りだったようだ。

 それに……


「なんだこの炒め物は!? 変わった食感で味も美味い!」


「ありがとうございます。これも10月20日にイドエに来て頂いたら、沢山食べれますので」


「へぇ~、行こうかな~って、けどあの辺りは……」

 

「是非いらしてください。魔獣も退治してますので、安心ですよ~」


「そうなのか?」


「はい~。それに前日から当日は、乗り合いの馬車も出ますよ。勿論無料で帰りもです」


「往復の馬車も? 無料で?」  


「はい」


 そう、シンは既にイドエを訪れる者達の交通手段も考えており、馬や馬車の手配の目途も付いていた。

 

 うーん、どうしようかぁ…… そういえば、イドエに関わって良いのかな……


 客の男はキッチンカーや行列に目を向ける。


 関わるも何も、もう既にこんな沢山の人が客として関わっているじゃないか…… それで誰かに怒られたなんて話も聞かないし…… そもそも、どうしてイドエって嫌われてたんだっけ?


 若者の中にはあまりイドエに関心がなく、20年前という時間の経過もあり、事情を知らぬ者も中にはいる。


「うーん、それなら連れを誘って行こうかな~。演劇とかズモウとかを見て、この料理がまた食べられるのなら楽しそうだし~」 


「是非是非おいでください」


 焼きうどんの評判も良さそうだ……


 だが、全てがスムーズに進行している訳では無く、問題点はまだまだ多々ある。

 その中でも大きな問題点の一つは、今回も浮き彫りになった護衛である。

 セッティモやストビーエ、その他の町からイドエに向かう道中、魔獣や山賊や強盗、そして、かつてイドエを狙っていた裏家業や無法者達などから、馬車を守る者が圧倒的に足りていないのだ。


「あー、スリだスリ! 誰かそいつを捕まえてくれ!」

「フォワー!」

「おー、フォワがスリを捕まえったっぺぇ! フォワ凄いっペぇ!」

「フォンワ~」


 それを見て、シンは心の中で笑う。


 フッ……


 だが、表情は直ぐに引き締まる。


 目の前の光景の様に、人が集まる所には必ず犯罪者も集まってくる。

 その点を解決するためにシンは手段の一つとして、冒険者ギルドに依頼する事を考えシャリィと話を進めていたのだが、イドエと聞いて尻込みする者が大多数であると予想される中、その様な依頼を受ける者たちが必ずしも好意的な連中とは限らない。つまり、自ら邪魔をする者を招き入れてしまう可能性があるかもしれない。と、考え結論を先送りにしていた。 


 犯罪者を止めるためには…… それもルカソール若頭に相談してみるか……

 だけど今一番の問題は、やはりヘルゴンだ……


 ヘルゴンを思い浮かべた事で、警戒して周囲を伺うシンの目に、見覚えのある人物が映る。


 あっ……


 その人物は、スリ騒ぎの声を聞きつけて集まって来た人混みから、少し離れた場所にいた。

 

「あいつは……」

                     

                      

                        

 フォワがスリの男を抑えている所に、ユウとナナが共にやってくる。


「フォワ君、大丈夫!?」

「フォワ、凄いっぺぇ!」

「フォンワ~」


 褒められたフォワが二人に笑顔を向けていると、スリの男が激しく暴れだす。


「フォワー!」

「何だっペぇこいつ!」

「逃げようとしてるっペぇ!」

「フクロにするっぺぇ!」


 スリを殴ろうとしている少年達を、ユウが制止する。


「ちょ、ちょっと待って。僕達はイドエから来てるって周りの人達は知っているから、殴るのはまずいよ」


「フォワ?」


「イドエの評判が悪くなって、人が来てくれなくなるかも」


「……確かにそうっぺぇね」


「フォワ~」


 スリは逃げようと、再び暴れ始める。


「フォワフォワフォワ」

「良いアイデアってなんだっペぇフォワ?」


 フォワは抑えていたスリを羽交い絞めにして、仲間達に命令する。


「フォワフォワフォワー!」


「確かにそれ良いアイデアっペぇ」

「だっぺぇ」

「まかせるっぺぇ」


 少年達はスリの靴を脱がし、足の裏や脇をくすぐり始めた。


「うぁあー、あははははは、やめっ、あはは、やめてぇーくれあははははは」


「フォワフォワ!」


「もっとくすぐるっぺぇ!」

「こいつの足臭いっぺぇ。脇と変わってくれっぺぇ」

「脇も臭いっぺぇよこいつ!」

「いんや、股間が一番臭いっぺぇ!」


「ぎゃはは、たすっ! 助けてぇ! 悪かったあははは、俺が悪かったからぁはははは」


 その後、口元に笑みを浮かべたシャリィが近付いてくるまで、スリはずっと少年達にくすぐられ続ける。


「もういい、離してやれ。警備が来たので引き渡そう」


 シャリィにそう言われて、フォワはスリを警備に引き渡す。


「フォワフォワ、フォワフォワフォワ」

「ユウ君、これなら評判が悪くならないって言ってるっペぇ」


「ふふふ、確かにね」


 

 その頃シンは、様子を見ていた見覚えのある男の背後に、いつの間に立っていた。

 フォワ達を見ているその男に、隣にいた身長180㎝を超える、頭にスカーフの様な物を巻いた女性が話しかける。


「ねぇねぇねぇ! あれってシャリィ様じゃないの!?」


「うーん…… どうかな~?」


「どうかなって、絶対シャリィ様だよな! 見てみ、あの美しさを!」


「うーん、確かに美しいけど…… それだけだとシャリィ様かどうかは……」


「はぁ!? お前うぜぇ! 元々はお前がシャリィ様がこの地方に居るみたいってあたしに言ってきたんだろ!?」


「いや、確かにそうだけど僕も良く知らなくて……」


「知らないって何だよ!? お前がシャリィ様の仲間かって聞かれたとか何とかって言ってて、それが最初だろうがよ!」


「ま、まぁ確かにそうだけど…… それがあのシャリィ様のことかどうかは…・・・・」


「今更何いってんの!? それにね、あたしがシャリィ様って言えば、その人はシャリィ様なんだよ!」


「いや、意味分からないからそれ。だって今まで何回も同じ事あったでしょ? この前だって、立ち寄った村の市場で野菜売ってるおねえさんを、シャリィ様だって言ってきかなくて、その前は別の町で、夜のお仕事をしている人をシャリィ様って、結局そうじゃなかったし……」


「そんな事知らないね! 覚えてないね!」


「つまり自分好みの人を見かければシャリィ様だって、いつもそう言って決めつけているだけだろ?」


「こっ、好みとか関係ねーから! それにあれは確かにシャリィ様なんだよ! ほらぁ! 何ジッとしてるの? お前が声をかけて来いよ!」


「え、どうしてまた僕が…… やだよ、自分で行けばいいだろう」


「馬鹿かお前! 馬鹿だ! また他人だったらあたしが恥をかくだろう! だからお前が行けや!」


「また他人って…… さっき知らないとか覚えてないとか言ってたくせに」


「うるせぇ! 早く行けよ! 違く・・っても、彼氏とか好きな人いるか、それと女もイケるか絶対に聞いてこいよ!」


「……」


「おい! なに黙ってんだ!? シャリィ様がどっか行ったらどうするんだよ!」


 二人の会話を後ろで聞いていたシンは、思わず吹き出してしまう。


「……プッ、プフゥ」


 その笑い声に女性が反応して、突然振り返る。


「ああん!? 後ろで笑ってるのは誰だぁこらぁ!?」


 一瞬遅れて男性も振り返る。


「あー、すみません。気にしないでくだ…… あれ?」


「あん? 何だ、お前の知り合いか?」


 シンは男性に視線を向けて口を開く。


「よう、久しぶりだな」


「あ…… はい。お久しぶりです……」


「確か名前は、カンス」


「……」


「カンス・グラッドショー、だったよね?」


「えっ…… えぇ。覚えてくれてたんですね」


「勿論だよ」


 シンはニコリと笑顔を見せる。


「あなたは確か…… シンさん…… シン・ウースさんですよね?」


 そう、このシンさんは、イドエに魔獣の警告に行った時会った無法者…… 凄くもったいないと思って、だから覚えていた……


「あぁ、そうだよ。カンスも覚えてくれてたんだね」


「え、えぇ、勿論です。凄く印象深かったので……」


 シンとカンスの会話を、隣に居る一目で冒険者と分かる井出立ちをした女性が、顔を歪ませて聞いている。


「ちょっといいか?」


「ん? なに?」


 その女性の問いかけに返事をしたのは、シンである。


「……なぁ、なんだお前らのその会話は?」


「え?」


「できてんのか?」


「……何が?」


「何がじゃねーよ。お前ら好き好きなのかって聞いてんだよ!?」


「すきすき?」


「だから~、両想いかって聞いてんだよ!?」


「両想い?」

「両想い?」


 シンとカンスはハモってしまい、顔を見合わせる。


「きっしょ! ハモってやがる。お前らきしょいから~」


「ちょっ、ちょっと待ってよヘル!」


 名を呼ばれた女性は身体がピクリと動き、突然怒りだす。


「あ~ん、こらぁカンス!」


「なっ、何?」


「なにじゃねーよ! 人前であたしの名前を呼ぶなっていつも言ってるだろがよ~」


「あ、ごめん…… なさい……」


「こんなどこの馬の骨か分からない奴に、あたしの名前を聞かれちまったじゃないか! どうしてくれんだよ!」


 へルはカンスの胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「やっ、やめてよ。謝っているじゃないか」


「はぁ? 謝ったぐらいじゃゆるさねーよ!」


「じゃあどうすれば、許してくれるの?」


「……こいつを殴れ!」


「えっ?」


「こいつを殴って記憶を奪え! そうしたら許してやる!」


「そっ、そんな…… そんな事、出来る訳ないだろう!」


 その言葉を聞いて、へルは掴んでいたカンスの胸ぐらを離す。

 

「じゃあ、あたしがやってやるよ!」


「へル、やめろよ! あ、ごめんまた……」


「チッ! おい兄ちゃん、覚悟しな!」


 へルは自分の拳を交互に掴み、ポキポキと指を鳴らす。


「ふん! 痛いのは一瞬さ、それよー!」


 へルの速い右ストレートが風を切り、シンの顔面目掛けて飛んで来る。


「ビュン!」


 だが、シンはその場から一歩も動かず、ヘッドスリップだけで簡単に避けてしまう。


 へっ!? あたしのパンチが空ぶった!? こいつ、どうやって避けたんだ……


 確実に当たると思っていたパンチを避けられてしまったことで、大きく態勢を崩したヘルは、頭に巻いていたスカーフが取れてしまい、真っ赤な長髪を露わにする。


「へル! やめろって!」


 カンスが抱き着いて、必死に動きを止める。


「くぅ、うぜぇな! 抱きつくなや!」


「だって、離せばまた殴るだろう!」

 

「……お前今、乳掴んでるの分かってる?」


 カンスの右手は、背後からヘルの右乳を鷲掴みにしていた。


「えっ!? こっ、これは!? ごめん! わっ、わざとじゃないからね!」


 頬を真っ赤に染めたカンスが焦って離した瞬間、シンにそっと視線を向けたヘルは、不意打ちでジャブのように軽くて速い左のパンチを、再びシン目掛け二発連続で繰り出す。


「シュシュ」


 だがそのパンチもシンは、先ほど同じヘッドスリップだけで簡単に避けてしまう。


 なっ!? なにぃ!? カスリもしないなんてこいつ…… 魔法を使っていないはずなのに頭を振るだけで……


 へルは鋭い視線でシンを見つめる。 


「お、お前…… 何者だ?」


「俺か? 俺はあそこにいるシャリィのシューラさ」


「へ?」

「え?」


 カンスとへルは驚いた顔を見合わせた後、再び視線をゆっくりとシンに戻す。


「……シャリィ様のシューラぁ!?」

「……シャリィ様のシューラだぁ!?」 


 二人は呼吸を合わせたかのように、同時に驚きの声を上げた。


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