149 衝撃



 驚愕の表情を浮かべている二人に、シンが口を開く。


「おいおい、何ハモってるの? もしかして~、好き好きか?」

 

 さっき言われた台詞を冗談で返しても、二人は反応するどころかその表情に変化はない。


 ……随分驚いているな。

 さっきの会話からして、シャリィが今何をしているのか知らないみたいな感じだけど、この辺りではだいぶ噂になっているはずなのに……


「ちょへ!?」


 おかしな声を上げたのは、ヘルである。


「ちょへ?」


「ちょっ、ちょまっ、待て待て!」


「何を?」


「あそこにいるのは、ほん、本物のシャリィ様なの?」


「あぁ、そうだよ」


 ヘルはユウと会話をしているシャリィに視線を向ける。


「……」


 あ、あれが、本物のシャリィ様…… 


「ビュ、ビューティフォ~」


 ヘルはうっとりとした目でシャリィを見ている。


「……なんなら、紹介しようか?」


 ヘルは素早くシンに視線を戻す。


「ばっヵ!」


「え、ばか?」


「いや…… いえ、ち、違います。い、いきなり、そんな事言われても……」


 言葉使いが変わって来てる……


「な、いえ、ねぇカンスさん・・・・・


「え?」


 先程までの鋭い視線はどこへやら。ヘルはまるで、少女の様な目でカンスを見ている。


「あ、あー、そうだね。僕達のランクでシャリィ様にお目通りするなんて、まっ、まだまだだから…… けど、せっかくシンさんが言ってくれてるから、甘えてもいいかもね~。ハハ…… あははは……」


「そっ、そう? ふっ、二人がそこまで言うのなら……」


 ヘルはモジモジしている。


「う、うん、そうだよ」



 なんだこの三文芝居は……



 シンが冷めた目で二人のやり取りを見ていたその時、カンスがやっとある事に気付く。


「あっ、ヘル頭!」


「え、何ですか? カンスさん」


「髪! 髪髪!」


「うん?」


 赤く美しい髪が露わになっている頭に手を持ってゆく。


「あー!? やっべぇー!」


 ハッとして元の口調に戻ったヘルは、地面に目を向けて落ちていたスカーフを拾うと、素早く頭に巻く。そして辺りをキョロキョロと見回す。


 ……ホッ、大丈夫そうだ。こんな大切な時にもし見つかりでもすれば……


 そう安心したその時!


「その色! やっぱりヘルだな!? 見つけたぞ!」


 大きな声で怒鳴る男が現れる。


「あっ!? 見つかったぁ見つかったぁ! カンス、なっ!?」


 ヘルはカンスにアイコンタクトを送る。


「うっ、うん……」


 突然走り始めたヘルを、怒鳴り声をあげた男が追いかけてゆく。


「ヘルゥ! 待てこらぁ! おーい、誰か居ないか!? ヘルがいたぞ!」


 逃げるヘル、そして大声で怒鳴りながら追う男。その光景を、シンはポカーンとして見ている。  


「……つ、ツレはどうしたのあれ?」


「あー、あの~…… ねぇ、どっ、どうしちゃったのかな~」


 そう答えたカンスの表情は明らかに困っており、笑って誤魔化そうとする。


「あは、あははは……」


「……フッ。ツレは忙しそうだから、カンスだけでもシャリィに紹介しようか?」


 そう誘ったシンの言葉を、カンスは直ぐに断る。


「いえ!」


「うん?」


「あのー、その~…… ぼ、僕あの~……」


「……ツレと落ち合う場所に行かないといけないの?」


「えっ、いやその~…… は、はい。そうです……」


 そう答えて俯いているカンスを、シンは観察するかのように見ている。


 ふっ、素直な奴…… 知っていたよ、初めて会った時から、ずっと思ってたよ……

 

 その時、シンを呼ぶ声が聞こえる。


「ねぇシン。あれ、どちら様?」

 

 両手いっぱいに何かを抱えて現れたユウに、シンは目を向ける。


 そう、ずっとユウに似てるって…… そう思ってたよ。


「ユウ、ちょうど良かった。この人は、カンス・グラッドショー」


 カンス・グラッドショー…… かっこいい名前にこの出で立ち…… もしかして? いや、間違いないよね!!


「あ、僕はユウ・ウースと申します。宜しくお願いします」


「カンス・グラッドショーと申します。こ、こちらこそ……」


「あの~」


「はっ、はい?」


「カンスさんは、もしかして……」


「……」


「冒険者さんではありませんかぁ!?」


 そう口にするユウの瞳が、キラキラと輝いていた。


「え…… はい。まだまだですけど、一応正式な冒険者です」


 ああー、やっぱりそうだ、そうなんだね! むふふふ、だって、だってさぁ、まるで異世界ものの漫画に出て来る冒険者の姿そのものなんだもん。

 うわ~、革の装備に腰には大きな剣。バリィさんみたいにハゲ散らかしてないし、かっこいいな~。憧れちゃうな~。


 ユウはまるで、店頭に置かれたトランペットを見つめる少年の様な目でカンスを見ている。


 歳は同じぐらいかな? あー、僕も魔法が使えるようになって一人前の冒険者になれたら、カンスさんみたいな装備を付けたいな~。


 目の前のカンスを穴が開くほど見つめた後、自分が装備を付けた姿を想像して、ユウは突然ニヤニヤし始める。

 そんなユウを、カンスは少し怖がるような目で見ている。


「……あ、あのぅ」


「うん?」


「僕そろそろ……」


「あぁ」


 え、もう行っちゃうの!? 沢山聞きたい事あるし、いっぱいお話したかったのに……


「では、失礼します」


 軽く会釈した後、その場を離れてゆくカンスにシンは声をかける。


「カンス」


 シンに呼ばれて、歩みを止めて振り返る。


「……またな・・・


 カンスはその曇りのない瞳で、シンを見つめる。


 またな…… か……

 そういえば、初めて会った時にも確か同じ事を…… あの時既に、また僕と会う事を知っていた…… いや、まさかね。ただの社交辞令の様なものだろう。


「はい、では」


 再び歩み始めたカンスは、何故か後ろ髪を惹かれるような気持ちで離れていった。


「……ユウ、悪いな持って来て貰って」


「……え? そうそう、これをシャリィさんが」


 ユウは手に抱えていた大量の広告をシンに渡す。


「おっ、ありがとう」 


 受け取ったチラシやポスターを、シンは鞄に入るだけいれて、あとは手に持つ。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


「うん」


 一度は少年や少女達を連れてこないでおこうと考えていたシンであったが、ある事を思い付いてその考えを変える。


 うーん、一人であんなに沢山配れるのかな?


 ユウは振り向き、キッチンカーに並んでいる行列に目を向ける。


 ここなら芋天を目当てに人が沢山集まってきている……

 そりゃ分散した方が確かに効率は良いとは思うけど、一人で大丈夫かな……


 心配するユウをよそに、シンは人混みの間を縫って行き、あっという間に見えなくなる。


 シンは自らをオトリにすることで、ヘルゴンを己に集中させ、ピカワン達を守ろうとしていた。

 その話を聞かされたシャリィは、その行動を止めはしなかった。

 なぜならシンとの約束は、何事よりもユウの生命を守る事であったからだ。


「おじさん! イモテン塩を五つくれ!」

「俺は砂糖を六つだ! おい、押すなよ!」 

「はいのはいの、まだまだ沢山あるからの、慌てんでええからの」


「お~、食感が良いなこのランゲは」

「のってるハーブがたまらん。うま~」

「このハーブ周りのスープの味が美味いよな?」

「そう! そこの味が違うのよ!」


「カリパリサクッ」

「うぉ!? イモテンより食感が軽くて美味い!」

「川魚をイモテンみたいに料理してるのかな? やばいなこれ」

「野菜も美味いぞ! イドエって凄いな!? こんな美味しい料理を次々と」

「うわ~、たまらない。口の中が幸せ~」


「ジュ~ジュ~」

「う~~ん、食欲をそそる良い音と匂い」


 イドエの者達が作る焼うどんを、おかしなポーズで凝視している客がいた。


「なるほどぉ~、太いランゲを肉と野菜と一緒に炒めてぇぇぇ、恐らくぅ、何らかの味の付いた濃い目のスープをかけるぅぅ。そしてぇぇ、そのスープを鉄板で熱する事でぇぇ水分を飛ばすぅぅぅ、するとぉ濃縮スープの味とぉぉ、溶けだした肉と野菜の旨味をぅぅ、この太いランゲの中に効率よく閉じ込めるぅぅ。そうぉぉぉ、この太いランゲだからこそぉ、肉野菜スープの味がぁぁ、深くぅそしてぇ強くぅぅ染み込むぅぅぅ」


 変なポーズで何を言っているんだ?

 誰だこいつ?

 うわ、おかしなのいる……

 説明はありがたいけど、聞き取りにくい……

 頭は大丈夫かの?


 周囲の者達は、誰もがその客に軽い恐怖心を抱いていた。

 

「そうぅ、これはぁぁ、ゴクリぃぃぃ」


 先に買って食している客の声が聞える。 


「うっまぁ!」


「そのとおぉぉりぃぃ! 美味しいに決まっているぅぅ! 誰ですかぁぁ、イモテンにぃ新しいランゲェ! テンプラァ~。そしてこの炒め物ぉぉをぅ思いついた料理人はぁ!? もし一人の料理人からぁ、これら全てが誕生したのならぁあのハンボワンを発見したぁぅ伝説のぉ~、料理人にぃ匹敵するぅぅ!」


 いちいち変なポーズを決めながらのそのしゃべり方…… 疲れんのかの?


「ううぅぅ~、私にもぉぉ一人前ぇぇ~」


 まだ注文してなかったのかよ!?

 まだ注文していなかったのか!?


 そのおかしな客の声が聞えていた人達は、全員が同じ事を心の中で突っ込んでいた。


「ああああ、小競り合いするでねぇっぺぇ。頼むから大人しく並んでくれっペえ」

「おーい、ピカワン! ちゃんと並ばせてくれるかの」

「分かったっペぇー。みんな、チラシを配りながらするっペぇ」


「フォワ! フォワフォワフォワ!」

「そこ! ちゃんと並べっていってるっぺぇーよ」


「フォワ! フォワフォワフォワ! フォワフォワフォワフォワ!」

「そっちも! 横入りするな! オラは見逃さないって言ってるっペぇ」


 フォワはまるで、鬼軍曹の様になっていた。


「クルクル。はい、ここに並んでね」


「俺が先に並んでた!」

「いいや、俺だよ!」


「クル、クルクル……」


「だれぇ、妹を困らせてるのは?」


「え?」

「ハッ!?」


 でぇ、でかい!

 でけぇ!


「あんた達の並び順を賭けてあたいとズモウとるかい?」


「……あ、あの、お先にどうぞ」

「いえいえ、あなたこそどうぞどうぞ」


 芋天、短いうどんの入ったランゲ、天ぷら、焼うどん。どのキッチンカーも大大大盛況であった。


 その頃シンは……


 さてと…… 元の場所からだいぶ離れたな。

 それなら、大きな声を出して注目を集めるか。


「はいはい、そこを通るイケオジさん」


 シンに声を掛けられた男性は、自分の事か分からず後ろを振り向く。


「お、俺の事?」


「そうだよ」


 シンは近付いて行き、手に持っているチラシを一枚渡す。


「今さ、この先で大きな建物の前でイモテンとかを売っているんだけど、そこで明日、新しい下着の発表会があるんだ」


 新しい下着!? こいつまさか……


「それと、イドエで演劇なんかもやるんだよ。詳しいことは全部書いてあるからちゃんと見てくれな」


「……イドエ」


 男は渡されたチラシに目を通してゆく。


「あっ、そっちのイケオジも、このチラシを見てくれ」


「イケオジ? なんだねそれは?」


「おじさんみたいに年齢を重ねてもイケてる人のことを言うんだよ」


「褒めてくれてるの?」


「勿論だよ~。良かったらこれに目を通してくれ。この先でイモテンも売っているからさ。行列が出来ているから直ぐに分かるよ」


「イモテン!? あのイモテンかい!? 行く行く! こっちか?」


 その声が聞こえた道行く人達も、シンの言葉に耳を傾ける。


「そうそう、そっちそっち」


 シンが指差した方向に向けて、数人が駆け出してゆく。


「あー、待てぇ! 教えて貰ったのはイケオジの私だ! 先に行くな!」 


 お腹の出た太ったイケオジは、ドタドタと走って後を追っていった。


「そこでもチラシ配ってるからさー、みんな宜しくねぇ~」


 わざと大きな声を出しているシンに注目していた者達の中から、チラシを欲しがる者が現れる。


「お兄さん、私にもそのチラシを」


「はいはい、どうぞどうぞ」


「私もいい?」

「あらぁ、綺麗な人~、勿論ですよ」

「やだぁ、こんなおばさんにぃ」

「はいどうぞ。本当に綺麗だから心の声がつい出ちゃった」

「あ…… あら、そう?」

「ここにも書いてあるけど、明日ね、新しい下着の発表会があるから、時間合ったら来てね。あとイドエでも演劇とか色々するからさ」

「……ねぇ」

「ん? なに?」

「あなたはそこに行けば居るの?」

「もちろん居るよ~。あっ、ごめんごめんお兄さんお待たせ。はいどうぞ」

「お、ありがとう。なになに、演劇~」


 シンの周囲には、あっという間にチラシを欲しがる人だかりが出来ていた。


 あ、新しい下着の発表会……

 一番最初にシンからチラシ受け取った者は、まだその場で足を止めて目を通している。


 イドエ…… じいさん、もしかして来てるのかな、ここに……


 そう、最初にチラシを渡されたのは偶然にも、現在セッティモ服飾組合の組合長を務めるドロゲンであった。


 アルスがセッティモから去った後、ドロゲンは一時的にではあるが、苦しい立場に追い込まれていた。

 どの様な事情があれど、ドロゲンは新作を生み出しているイドエと大きな大きなパイプを持つアルスを追い出した張本人。尚且つアルスの存在があったからこそ副組合長になれた者であり、以前からその能力を疑問視されていた。

 しかし、皮肉にも現段階でイドエと太いパイプを持つのは、アルスと家族同然の付き合いをしていたドロゲンである。

 だが、時間の経過と共に、能力のないドロゲンを疎ましく思う者は、あからさまにドロゲン派から反ドロゲン派に寝返る者も現れ始める。

 イドエとの未来を度外視してまでも、アルスを更迭したドロゲンに責任を負わせ、服飾組合から追い出す流れに染まり始めた頃、ある噂が組合内で広まる。

 すると、反ドロゲン派はあっという間に息をひそめ、表面上存在しなくなり、ドロゲンは満場一致で組合長に選ばれる。

 大混乱に陥っていた服飾組合内で、終わってみれば意外にすんなりと組合長になれたその理由とは…… サヴィーニ一家の存在である。


 ヌンゲを使い服飾組合に混乱をもたらせたコンクス組は、ご存じの通りサヴィーニ一家に完膚なきまでに叩き潰された。そして、その事でヌンゲも自ら組合を去って行った。

 その件によって服飾組合の一部の主だった者達は、アルスとドロゲンの背後にサヴィーニ一家が存在しているのではないか、と、勝手な想像をするようになる。

 すると、ドロゲンに反する者はサヴィーニ一家を敵に回し、ヌンゲの二の舞になるのではないかという噂が、組合内に広まり始めたのだ。

 その結果掌を返したように、こぞってドロゲンの機嫌を取り始める者達が数多く現れ、今現在の結果となったのだ。


 じいさん…… 俺は組合長なんかになりたかった訳じゃない。

 仲が良いと思っていた奴らも、今では勝手に俺を恐れてしまって、言葉使いまで変わってしまった…… そんなの、望んでなんかない。

 今の組合なんてどうでもいいけど、俺が辞めちまうと、また組合内で争いが起きてしまう。

 そうなると、ヌンゲの時みたいに裏の奴らが介入して来るかもしれない。いや、きっと来るよな……

 だから変な噂を信じている奴は、そのままで良いんだよ。そして、俺も今のままで……

 だけど、だけどよ、こんな組合に居ても嬉しくも楽しくもないよ。


 ドロゲンはシンから受け取ったチラシをぼんやりと見ている。


「会いたいなぁ…… じいさん」


 


 明日に向けて準備をしている中、一人の女性がアルスに質問をする。

 

「ねぇ、アルスおじいちゃん」


「うん、何だの?」


「どうして独身なの?」


 スイラのその言葉に、他の女性達が反応する。


「えー、そんなの聞く普通?」

「本当だよ~。聞いてやるな」


「えー、だって気にならない?」


「うーん、まぁなるっちゃなるかな~。どうしてなのアルスおじいちゃん?」


 アルスは作業の手を止める事なく、質問に答え始める。


「……わしだけが幸せになる訳にはいかんからの」


「え? どういう意味?」


「無理矢理イドエから追い出されておったがの、イドエの惨状は耳に入っておったからの…… どれだけ大変な目に合っているのか、知っておったからの」


「あー、それで結婚しなかったんだ~」

「なるほどね~」

「もしかして、女遊びもしてないの、イドエを離れてずっと!?」

「そりゃ、一撫ですれば出るね!」

「白いのが? うけるんだけど~」


 ふーん、随分義理堅いのね……


 まだ先の話ではあるが、アルスはこの場に居た女性と、48歳の年齢差を越えて、めでたく結ばれる事となる。 





「はいはい~、みんなこのチラシには凄い事が書かれているよ~。おっとそこのおじさん!」


「うん、何だい?」


「その顔は間違いなくこのチラシに書かれている事にハマるよ」


「……顔で分かるのかい?」


「だって俺と一緒で、女好きそうな顔してるもん」


 シンのその言葉で、周囲の人々に笑いが起きる。


「分かった分かった、そのチラシ貰うよ」


「ありがとう~。はいどうぞ」     

 

 シンのコミュ力で、鞄に入りきらないほどあったチラシはあと半分ほどになっていた。その後も場所を変えながら順調に配っていたが、そのコミュ力を持ってしても、ポスターを貼らせてくれる場所は探せないでいた。


 チラシは受け取ってくれるけど、内容を説明してポスターを貼らせてもらおうとしても断られてしまう。

 店先には色々なポスターを貼ってある場所もあったから、貼る行為が駄目な訳じゃない。やはり、イドエを敬遠している……

 イモテンなどは、イドエと分かっていても大勢の人が買ってくれる。

 集団なら恐れなくても、個人で責任を負うとなれば、人は臆病になる。


 シンは考え事をしながらでも、常にヘルゴンへの警戒を忘れてはおらず、辺りを警戒する。


「……」


 妙だな…… 俺が一人になってからも、人込みやチラシを受け取る者の中に怪しい奴はいない。離れた所から監視しているのか? まさかピカワン達の方に!? いや、向こうはシャリィが警戒しているからそれはないと思うけど…… 俺達から完全に手を引くなんて事はありえない。奴は、何を企んでいる……



 再び移動しながらチラシを配り始めたシンの目に、とある建物が映る。


 ん? 


 その建物を見て、思わず声を出してしまう。


「あれは…… もしかして?」


 手に持っていたチラシを鞄に仕舞い、その建物に近付く。


「やっぱり、そうか……」


 イプリモで見たのと、似てると思ったよ。


 シンの目前にある建物は、冒険者ギルド、セッティモ支部であった。


「おーおーおー、それっぽいのが沢山いるね~」


 ……ユウには悪いけど、一人で中を見てみるか。


 馬車の警護についての対策を先送りにしていたシンは、少しでも知識を得ようと冒険者ギルドの建物に入って行く。


 ふ~ん、建物内は階段の位置まで似ている。イプリモと、ほぼ一緒の作りだな。 

 シンはあの時と同じように、まずは掲示板に向かう。


 こっちだな……


 目の前の掲示板には、沢山の依頼書が張られていた。


 イプリモよりも多い気がする。場所だけじゃなくて、季節とかも関係あるのかもしれない。なになに、魔獣退治。この辺りは、駆除関係か……

 

 沢山張られている中で、一枚の依頼書がシンの目に留まる。   


 ……ゴブリン。こいつは、俺が戦った奴にそっくりだ……

 一匹に付き5000シロン。なかなかの報酬だな。それだけ危険も多いんだろうな。

 こっちはフリーゴブリン? 生け捕り…… へぇ~。 


 シンは隣の掲示板に目を向ける。


 植物採取…… それに鉱石か……

 

 そこでも、一枚の依頼書が目に留まる。


 スパぐさ……


「フッ、あの草か…… ふふ」


 こっち側は…… ユーリカ村までの護衛。食事付きで、一人に付き5万シロン…… 3名募集。討伐した魔獣やゴブリンは各自…… へぇ~、つまり護衛中に駆除をすれば二重に金が入るのか。

 ここは他の掲示板に比べると、あまり数が張られていない。と、いう事は、元から依頼が少ないのか、人気の依頼って事かな……

 兎に角この辺りのを見れば、だいたいの事が分かりそうだな……


 真剣な表情で掲示板を見ているシンに、話しかける者が現れる。

 

「よぉ、にいちゃん。値踏みか? 相談に乗るぜ」


「え?」 


 話しかけて来たのは30代半ばぐらいで、カンスの様な格好をした冒険者であった。

  

「護衛の依頼を出しに来たんじゃないのか? それで報酬額を調べていたのだろ?」


「うーん、まぁそうだけど……」


「さっきからやたら熱心にこの掲示板を見てたから直ぐ分かったよ。で、どんな依頼なんだ?」


「えーと……」


 シンはこの時、正直に言うか迷っていた。


 まぁいっか……


「実は街道で馬車の護衛を頼みたいんだ」


「ほう、何処から何処までなんだ?」 


「うーん、まぁ4、5時間の距離から、色々な距離を……」


「うん? まだハッキリとした場所が決まってないのか? 危険な場所ならそれだけ報酬額も上がるからな…… 因みに護衛する馬車は何台で積み荷はなんだ?」


「うーんそれも……」


「え? なんだそれも決まってないのか? そうか…… 良い話しなら乗ろうかと思ったけど、どうやらまだまだ先の話らしいな」


「あぁ、そうなんだよ。すまない」


「良いって事よ。俺の名はセドリク・パリン」


「……」


「覚えておいてくれ。にいちゃん良い目をしてるから、依頼が決まった時には優先するよ。まぁ……」


「うん?」


「報酬しだいだが。ナァハハハハ」


「フッ、その時は色付けるから頼むよ」


「おっ! 言ったな~。その言葉忘れないぞ。ナハナハ、ナァハハハ」


 二人で談笑していたその時、冒険者ギルドの職員が同じ依頼書を2枚掲示板に貼った。


「……おっ! ついてるね~。もしかして、にいちゃんから運を貰ったかな~」


 そう言ってニヤリと笑みを浮かべた後、2枚張られている同じ依頼書の1枚を手に取る。

 

「よしよし。じゃあな」


「あぁ」 


 パリンが受け付けに向けて去った後、シンは残された1枚の依頼書に目を向ける。


 これは、移動劇場の警備。人員に急な不足が出た為…… この町で残りの30日前後…… ふ~ん、報酬が書いてないし、色が他の依頼書と違う…… 何か特別なのかな?


 そう思っていると、直ぐに他の冒険者がやって来てその依頼書を剥す。


「すまないが、これは俺が貰うわ」


「あぁ、どうぞ」


「イヒヒヒヒ、ついてるついてる」


「……」


 よく分からないけど、どうやら人気の依頼のようだ。

 おっと、長居をし過ぎている。オトリの役目に戻らないと……


 冒険者ギルドセッティモ支部の建物から外に出ると、直ぐ前におしゃれな日傘をさしている女性が立っていた。


 あらら、俺には後ろ向きでも分かる。この若い・・女性は、かなりの美人とみた。


 微笑を浮かべて鞄からチラシを一枚取り出すと、その女性に声をかける。


「おねーさーん、もしよろしければこれを~」


 シンに声を掛けられた女性は、一拍置いてから返事をする。


「……もしかして、わたくしの事でしょうか?」


 まるで、ヴァイオリンの音色の様に美しい声でそう答えた女性が振り向くと、シンは時が止まってしまったかのように目を離せなくなってしまう。

 

 こ…… この人……


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