142 執念


 次の日。


 シンが朝早く起きた時には、既にシャリィはセッティモに向かってイドエを後にしていた。

 

 隣のベッドには、沢山の紙をまるで掛け布団代わりにして眠っているユウ。それを見て笑みを浮かべたシンは、起こさないように静かに部屋を出てゆく。


「うー、今朝も肌寒いな」


 馬小屋の手前で、話声が聞こえて足を止める。


「お馬さん」


「そう、お馬さんだよ」


 その声は、ジュリと昨晩の子供であった。

 一瞬躊躇したシンだが、馬小屋に入って行く。


「おはようジュリちゃん」


「あ、シンさん。おはようございます」


「えーと……」


「つるつる君だよ」


 何て呼ぼうか戸惑っていたシンを察して、ジュリが名前を教える。 


「つるつる?」


「うん。名前を聞いたらつるつるって言ってたよ」


「そっかぁ、おはようつるつる君」


 子供は挨拶をしたシンを見ながら、笑みを浮かべて小さく頷く。

 馬小屋には、昨晩子供が縛り付けられていた馬もおり、全部で4頭の馬がいる。


「馬の散歩?」


「うん」


「ごめんねジュリちゃん。最近忙しいせいで馬の世話を替わって貰って」


「ううん。全然大丈夫です。フォワ君のお父さんが中庭に柵を作ってくれたから、放せるようになったよ」


「そうだったんだ」


「うん。あのね、つるつる君はお馬さん好きみたい」


「そうなんだね」


「あ、シンさんお願いします」


「うん」


「見ててねつるつる君」


 シンが子供の手を取り少し離れると、ジュリは一頭ずつ馬を出して、誇らしげに中庭に連れて行く。

 その様子を、子供は嬉しそうに見ている。


「お馬さん、お馬さん」


 たまたまかも知れないが、自分が乗って来た馬をジュリが引っ張っていく様子を見て、一際はしゃぐ子供にシンは目を向ける。


「……」


 もし俺の想定が間違っていて、この村に魔法石を提供してくれた者がこの子供を渡せと言って来たら……

 その時は…… その時はどうする……

 普通に考えれば、こんな小さな子供が殺人事件に関わっているはずはない。

 だけど、子供は善であいつらを悪と決めつけたような態度は、とるべきでは無かったのかもしれない。それは、この世界なら特にな。


「……」


 もし本当に、憶測通り単なる目撃者なら、あいつらと話をさせるのが丸く収める最善の策なのかもしれない。

 けどな、こんな小さな子供が何かを知っていたとしても、そんな情報がたいして役に立つとは思えない。なのに奴らはこのイドエを訪ねるという選択をするぐらい必死だった。それは、全く手がかりが無い焦りからなのか、それとも、こんな子供からでも、情報を引き出す自信があるのか? 

 まさか子供に、拷問なんてしやしないだろうな?

 いや…… そもそもこの世界の魔法は、俺からすれば完全に想定外。

 その魔法で、この子供から情報を引き出せたり出来るのかもしれない。

 それは、もしかしたら拷問に等しい行為なのかもな……

 それなら、俺が立ち会ってそんな事はさせないようにすれば……

 けど、あまりにも庇うと、それによって余計な誤解が生まれるかもな。


「フッ」


 今更そんな事を気にしなくても、相手が誰であれ昨晩おちょくった時点で、既に誤解以上のものが生まれている。

 だけど、今はまだ早いが、時が来ればそんな事はどうにでもなる。

 そう…… このまま順調に進めば、どうにでもな。

 兎に角今は復興の足を止める事なく、シャリィの報告を待つしかないけど…… 昨晩のあいつ……


 シンがロルガレの事を思い出したその時、4頭の馬を中庭に出したジュリが戻って来て二人を呼ぶ。

 

「シンさん、つるつる。見て見て、馬が喜んでいるよ」


 シンと子供が馬小屋を出ると、4頭の馬は楽しそうに柵内で駆けていた。

 

「お馬さん、お馬さん」


 子供はシンと繋いでいた手を離し、柵に駆け寄って馬を見つめる。その隣では、まるで姉の様にジュリが寄りそっている。

 その光景に、シンは心が洗われた気分になるが、思い出したロルガレがそれを汚す。


 ……あいつのあの気味の悪い感じ。とてもじゃないが、まともな奴とは思えない。昨晩のやりとりだけでは、絶対に納得していないだろう。このまま大人しく引き下がるわけないよな……



 この数時間前、セッティモに戻ったロルガレは、深夜だというのに、教会の敷地内にある司教邸を訪ねていた。


「ドンドンドン」


 ノックされたドアが開き、ロルガレの前にレリスが現れると、互いに乾いた視線を向け合う。

   

「……いったい何の用なの、こんな深夜に?」


「失礼は承知の上よ。急を要するので、直ぐにブラッズベリン司教に繋いでほしいの」 


「こんな時間に訪ねて来るのだから、急を要するのは分かっている」


 キィ、要らない嫌味を…… 


「内容を教えてくれないと、判断できないのは分かるでしょ?」


「……」


 いいわ、教えてあげる。


「カピティーンの殺害現場に居たと思われる子供が、警備によって町外に逃がされたの」


 ふん、殺害現場? それって何処の事を言っているの?


 レリスは、心で笑っていた。


「ええ、聞いているわよ。それをあなた達が追っていたのもね」


「その子供が…… どうやらイドエに逃げ込んだようなの」


 イドエに……


「それは確実なの?」


 なーに? イドエと聞いて、興味があるのかしらレリスちゃん。ねぇ……


「確実とは言えないけど、兎に角直ぐに本部と連絡をとって、イドエを捜査する許可を頂きたいの」


 さっきまで乾いていたレリスの瞳に、僅かだが変化が生じる。


「もし可能なら……」


「……何?」


「ブラッズベリン司教から、イドエ捜査の許可を貰えないかしら?」


 ……確かにそれは、私では判断できないね。


「入って。ブラッズベリン司教様に聞いてきます」


 レリスが開いたドアをロルガレが通ると、目の前には既にブラッズベリンが立っていた。


「……これは、ブラッズベリン司教」


 ロルガレは、片膝を折って平伏す。

 だが、伏せた表情に、尊敬の念はまるで感じられない。


 起きてきた…… いや、私が訪ねて来るのが分かっていた。そうなのかしら?


 ブラッズベリンがドアの前に立っているレリスに目を向けると、軽く会釈したレリスは、ドアを閉めてその場から離れて行く。


「ついてきたまえ」


「はい、ブラッズベリン司教」


 ブラッズベリンの後を黙って付いて行くロルガレ。


 ここは……


 普通のドアを開けると、地下に降りる階段が見える。


「コツンコツンコツン」


 足音が怪しく響く薄暗い地下室には、大量の書物が無造作に置かれている。

 それらを避けて縫うように進んだ先にある壁に、ブラッズベリンが手をかざすと、特殊なドアが現れる。 


 ここが…… ここがそうなのね……


「ここは、司教専用の入り口だ」


「……」


「フィツァは教会側から入る様に」


 と、いう事は……


「……はい」


 私に…… 私にも、授けてくれるのね。  

 カピティーンの代理として……


 通路を歩いて行くと、再び手をかざして特殊なドアを開いたその部屋の中には、レトロ石板が台座の上にのっている。


 あれが…… あれがレトロ石板なのね……


 ロルガレの目前にあるレトロ石板は、まるで人の様にイフトを纏っていた。


 な、なんなのこのイフトは…… は、初めて感じるわ、こんなイフト……


 その異様なイフトでプレッシャーを受けたロルガレは、自然と息が荒くなり、一瞬で口が渇く。


「はぁぁはぁはぁぁ」


「私と共に、両手を石板に置きたまえ」


「はぁはぁはぁ、は、はい」


 言われるがまま、ブラッズベリンに続いて石板に両掌を置くと、今まで一度も感じた事の無い、不思議な感覚に陥る。


 なっ、なんなのかしら、この感覚は!? ウクエリ石板とは全然違うわ!?

 ま、まるで、イフトをいいえ、体中の血液さえも吸い取られているかのような、そんな重く奇妙な……


 ロルガレのそこから先の記憶は失われ、気が付くと自分の両掌を見つめて立ち尽くしていた。


「あっ……」


「もう終わっている。これで君にも魔法が授けられた。因みに、本部には私が君を推薦しておいた」


「……」


「君の功績と信仰心のお陰だろう。直ぐに受理されたよ」


「い、いいえ、とんでもございません。ご推挙をいただきまして、誠にありがとうございます」


 ロルガレの礼を聞いたブラッズベリンは、部屋を後にした。


 私に…… 塩を送ったつもりかしら?

 

 見送ったロルガレはそう思いながらも、ブラッズベリンに感謝をしていた。


 一人になると、奇妙な感触が残った掌を指でさすった後、再び目の前にあるレトロ石板に両掌を置く。


「レトロ…… セッティモ所属ヘルゴン、フィツァのヴァリアン・ロルガレ」


 レトロ石板のイフトが、まるでロルガレを包むかのように一体化すると、隊長の死、そしてここまでの流れを報告した後、本題を口にする。


「よってイドエを捜査する決定を、許諾をいただきたく存じます」


 その返事には時間を要すると考えていたが、直ぐにレトロ石板から魔法紙が現れる。

 その魔法紙に書かれている文字を読んだロルガレの手は、ぶるぶると震え始める。


 なっ……


「何故なの!? どうしてぇ! どうしてイドエはぁ!?」



 この数時間後……


 セッティモから遠く離れた場所にあるゲルツウォンツ王国。

 経済、文化、資源、人口、軍事力、その全てが他の国より際立つ超大国であり、その中心部分に存在するスバルビア市国は教会の総本山であり、教皇聖座に居所を提供している領域としての国家であり、この世界の人間の国で唯一王国ではない国である。

 ロルガレの要望は、この市国内のとある機関によって否認されていた。

 

 スバルビア市国は、周囲の全てをゲルツウォンツ王国に囲まれた形で存在しているため、超大国であるはずのゲルツウォンツ王国は、しばしスバルビア市国の城壁と揶揄される。

 セッティモがある国との時差の関係で、夕刻を迎えようとしているゲルツウォンツ王国の中、スバルビア市国にほど近い場所に建っている歴史ある建物の一室で、ハーブティーをたしなむ者がいた。


「コンコン」


 ドアがノックされ、若く美しい女性が入って来る。


「失礼いたします枢機卿」


 近従ディーナからそう呼ばれた男は、一枚の魔法紙を受け取る。

 しかしその魔法紙には、何も描かれておらず、両面とも真っ白である。だが、男の瞳は何かを読んでいるかのような仕草をする。


「……」


 読み終わると、白一色の魔法紙は光を失っていくかのように消滅した。

  

 ……今や対等の立場ではあるが、私がこの地位に就けたのは、ザルフ・スーリンの支援ちからあってこそ。

 そのスーリンの望みは、イドエを始め、数ヵ所への不干渉。あれほどの支援の見返りが、ただそれだけ……

 

「今夕食をご用意いたします」


 照明を灯し、全てのカーテンを閉め会釈をして部屋を後にするディーナを見送った男は、ハーブティの入ったカップを手にする。


 ……現時点では、スーリンのはかりごと・・・・・の真意は定かではないが、教会に大きな不利益をもたらさないのであれば、何も問題はない。

 だが、もしもそうでなければ……


「いくら貴様とて、ただでは済まないのは分かっていよう、ザルフ・スーリン」 


 枢機卿は、手にしたカップを口にする事無く、ゆっくりとテーブルに戻した。





「ああー、やだぁダメ、イキそうイキそう」


「じゃいじゃい~」

 

 ゼスはセッティモで、早朝から女を抱いている。


「いいー、震えて気持ちいー」 


 ゼスに抱かれて絶叫している女性の名は、レヴィーナ・フレント。年齢は33歳。背が高く細身で胸は大きく形良く色も美しく、シンの世界でいうFカップの持ち主であった。

 そして職業は警備でありその役職は、上級警備長。日本の警察であれば、警視に相当する位。

 あまりにも美しいその見た目から、美貌によってのし上がったと嫉妬されるほどの女性である。


「駄目ー、もうだめぇー」


「じゃいじゃい~、俺様も、もうもたん」


「出してぇー、私の中に出してぇー」


「うううぅ」

「あああぁ」

「出るぅ」

「いっちゃうぅ」


 同時に絶頂を迎えた二人はベッドで放心状態となり、しばらくの間荒い呼吸だけをして横たわる。

 それはまるで、余韻を楽しんでいるかの様な動きであった。


「ふぅ~、自然と・・・一緒にイクだなんて、やっぱりお前が最高じゃい~」


「ふふ、何人の女にそう言っているの?」


「このセリフは、お前とした後にしか出てこんじゃい~」


「……ふふふ、嘘でも嬉しい。けど」


「なんじゃい?」


「私以外にも、うちの警備館だけで4人は居るんでしょ、女が?」


 バッ、バレとる!


「あ、ありゃ仕事上の付き合いじゃい! そう…… そうじゃい!」


「まぁいいわ。それで、ノデスの事だっけ?」


「そのノデスいうのが、子供を連れて行方をくらませたんじゃい?」


「そうよ。ノデスの部下から直接聞いたけど、どうやらその子供は、死体発見現場に居たらしいの」


「ほう~、現場にね~」


「どうやって知り得たのか知らないけど、ヘルゴンの耳に入ったらしく、子供を匿っていたノデスの自宅に突入した」


「ほうほう」


「でも、その時ノデスは既に子供と消えていたの」


 死角が多い町中・・とはいえ、ヘルゴンから逃げるとは、なかなかどうして優秀な奴じゃい。

 いや、それともここのヘルゴンが……


「警備館に来たノデスは馬を一頭出して貰って、そのまま子供と共にセッティモから消えた。そして夜が明けた今も行方知れず。警備館はそれはもう大騒ぎよ。ヘルゴンが深夜にまた怒鳴り込んで来たらしくて、上は教会の機嫌取りの為に、非番の部下まで使ってノデスを探しているらしいわ」


「じゃい~、忙しい時にベッドに誘って悪かった」


「うふ、旦那の監視が厳しくて、逆にこんな時にしか会えないからいいのよ。あー、本当に気持ち良かったわ~」


「じゃいじゃい~」


「けど……」


「なんじゃい?」


「緊急時でもないのに町中でそんな・・・魔法を使うなんて、本当は駄目なんだけどね」

 

「じゃい~、捕まえてみるか? 俺様はお前をよがらせる為なら、どんな罪でも背負うじゃい」


 その言葉を聞いて、レヴィーナはクスリと笑う。


「……そういうところよ」


「うん?」


「私があなたから離れられないのは、そういう言葉が直ぐに返って来るから」


「ふっ。それと、ここじゃろ?」


 そう言って、ゼスは駄目だと言われた魔法で股間の者を震わせる。


「バカ」


「じゃいじゃい~。それでノデスとかいう奴は、どうして子供を隠していたんじゃい?」


「そこなのよね~」


「うん?」


「そこが誰にも分からないのよ」


「うむ、まさか……」


「いいえ違うわ。ノデスは真っ白よ。発見された遺体の殺人には、関わってなんかいない」


「うむむむ」


 レヴィーナは、一度目を伏せる。


「たぶんだけど……」


「うん?」


「ただ単に、浮浪者の子供に情が移ってしまって、それで……」


「そんな理由か?」


「何度も見た事あるけど、印象的に優しそうな人だったからかな、それ以外思いつかなくて」


 レヴィ―ナの勘は良く当たる。今回も……


「……一緒に発見された死体については何か分かったのか?」


「それもなんだけど、二人には今の所まるで接点がないの」


「ほう~」


「一緒に殺されていた男は、発見場所の近くに住んでいる飲んだくれで、どうしようもない男だったらしくて」


「……」


「そんな男と一緒に死んでいたなんてね」


 それじゃい! ヘルゴンのカピティーンがあそこが無い状態で殺されていたなんて、前代未聞じゃい!

 その割にそれほど大事おおごとになっておらんのは、遺体の発見場所と、その一緒に殺されておった者に関係がある。


「変な噂が回っててね」


「うん?」


「その一緒にあった遺体とヘルゴンのカピティーンは、実は出来ていたんじゃないかってね」


「ふっ! 男色の二人がお互いのチン○を斬り合ってその後無理心中でもしたとでも?」


「そっ。そのチ○ポを食べた後にね」


 うげげげげぇぇぇー。


 ゼスの表情は激しく歪む。


「ヘルゴンは隠密に捜査していたみたいだけど、もう現場近所ではバレバレで隠す事が出来ない状態よ。だからあそこの住民が好みそうな噂が回っている」


「じゃい~」


「男には女の人ツレがいたらしいけど、両刀だったって噂もあるのよね~」


 く、詳しいな…… やっぱり女は、噂話が大好きじゃい!


「ヘルゴンも一緒にあった遺体の事は、血眼になって調べているだろ?」

 

「それが表向きは全然」


「……」


「事情を聞きに警備館に来ていたのに、もう一体の遺体については、部下に殆ど確認すら取らなかったみたいよ」


「なるほど、その遺体は無かった事にしたいわけか……」


「そっ、万が一にでも噂通りならとんでもないからね。それが表沙汰にでもなれば大スキャンダルよ。威厳の大好きな大好きなヘルゴンからすればね」


「ふっ、言うね~。じゃいじゃい~」 


「うふ、ここだけの話だけど、警備には教会の一部を良く思ってない人は沢山いるの」


 遺体の関係性にちょっと興味が湧いてきたが、シャリィからそこまで調べておけとは言われてないからな……

 あとはその子供の身元を一応俺様自ら調べてっと。

 しかしこれでまた、大金が手に入るじゃいじゃい!


 この数時間後に、ゼスからの報告を聞いたシャリィは、セッティモのカフェの様なおしゃれな店で、遅い昼食を取っていた。


「トントントン」

「カンカンカン」

「その資材はそっちじゃない、こっちに運べ」

「あいあい」

「バッキャロー! なんだそのやる気のない返事は!」

「とっつぁん、相変わらず弟子には厳しいねぇ」

「へん! 当たり前でぃ、こちとら職人だ! 甘やかして良い職人になれる訳ねーだろがよ!」


 そのカフェのすぐ前にある大きな建物では、内装工事が行われている。

 おしゃれな店とは似つかわしくない喧騒の中、一人の客がカフェを訪れ、何の躊躇も不自然さもなくシャリィの後ろの席に座る。


「いらっしゃいませ。今日もこのお席ですね」


「うふ、好きなのこの席。いつものお願いします」 

 

「はい、かしこまりました」

 

 店員に向けられていた笑みは、その店員が離れると次第に消えてゆく。

 背中合わせで座っている状態で、シャリィに向け口を開く。


「まさか、ここに居るのは偶然じゃないわよね。それで、何の用なの?」

 

「……」


 話しかけられても、シャリィは無言で食事を取っている。


「うふふ、美味しいでしょここのパン。イドエの小麦粉の中でも、最も質の良い物を使っているらしいよ」


「……」


「あー、もしかして、子供の事かな? それなら安心して、ロルガレあの馬鹿の要望は、恐らく、いえ、承諾されなかった。今にも泣き出しそうな馬鹿のあの顔を見れば、一目瞭然よ」


 ほぼ初対面に近い間柄なのに、まるでシャリィの心を読んでいるかの様に話しかける。


「ねぇ、イドエっていったい何なの? 上辺だけの私と違って、あなたは全てを知っているんでしょ?」


 シャリィはそう問われても、手にしているスプーンを止めることなく無言で食事を続ける。


「まぁ、いいか……」


 注文された物を持った店員が現れる。 


「お待たせいたしました。どうぞ、いつものです」


「ありがとうございます」


 スープとパンを運んできた店員に、優しく丁寧な礼を述べ、教会の近従ディーナらしい美しい笑みを向けた後、食事を始める。


「う~ん、今日も美味しい」


 しばらくして、食事を終えテーブルに硬貨を置いたシャリィに、レリスは再び声をかける。


「ねぇ、シンをる邪魔をした奴は、あなたの・・・・でしょ?」


「……」


「本気でむかついたから、そのうち殺しにいくから」


「……」


「邪魔をするのなら、あなたもただでは済まないからね」


「……」


 席から立ち上がったシャリィに、レリスは再び声をかける。


「そうそう、もし私の殺しが出たらその時は、また処理をお願いね。フフフフゥ」


「……」


「あとね……」


「……」


「二度とこの店に来ないで。こんな田舎町で、唯一私好みの店なの~」


 シャリィはその言葉を聞き終えると、カフェを後にした。


 一方、本部からイドエの捜査を許可されなかったロルガレは、ヘルゴンの拠点ローコスで一睡もする事無く、悔しさから身体を震わせている。


 このまま…… 隊長のオティ○ポを探す綱を見逃すなんて、そんな、そんな理不尽な事があっていいの……

 教会の為に、実を粉にしてきたカピティーンの死を、悲しんでいないの? 悔しくないの!?


 ロルガレの前に、一人の隊員が現れた。


「失礼します、フィツァ」


「……なに?」


 打ちひしがれてはいるが、ただならぬ雰囲気を醸し出しているロルガレに、隊員は驚愕して言葉がスムーズに出ない。


「じっ、じ、実はその、シ、シン・ウースなる……」


 シンの名を聞いたロルガレは、ピクリと反応し、身体の震えが止まる。


「何か分かったの?」


「はっ、はい! シン・ウースなる者は、Sランク冒険者、シャリィのシューラです」


「……」


「そしてもう一人のハゲた方は、バリィ・ヘリントン。あの者はAランク冒険者です!」 


「あのハゲも……」


「はい! あと一人に関しましては、まだ分かっておりませんが、恐らくイドエのただの住人ではないかと……」


「ぼっ……」


「はい?」


「冒険者……」


「はい! そうであります!」


「冒険者でありながら……」


 隊員は、ロルガレから洩れる異様なイフトに怯えだす。


「ひぅー、ひぃぃぃぃ」


 教会からの魔法恩恵を特に強く受けた冒険者でありながら、ヘルゴン私たちに向かってあの態度……


「うわぁぁああああ、たっ、助けてぇーーー」


 報告に来た隊員は、ロルガレのイフトを恐れて、錯乱し飛び逃げて行った。


 ゆっ…… ゆる……


「ゆるせないわぁぁぁぁ!!!」

 

 今に、今に見ていなさい! 例えこの地位を失うことになっても、必ずオティン○を探し出してやるから……

 私をおちょっくた事を自慢でもしながら、待ってなさい、その時をね。


「……」


 そして、ブラッズベリン司教にディーナのレリス……

 愛が、カピティーンを愛していた私の強くて信仰心に勝るとも劣らない純粋無垢な愛が、教えてくれているの。


 あなた達も、関わっているとね。そうでしょ、ねぇ~……


「ウ…… ウヒ、ウヒヒヒ、ウヒヒヒヒヒヒヒィ」


 先程まで打ちひしがれていたはずのロルガレは、不気味声を出して笑った。


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