141 一触即発


 シンとバリィ、そしてごじゃるの前に、ロルガレを先頭にして、十名のヘルゴンが馬に乗って現れる。

 その距離は、およそ20メートル。


 全員が同じ服を…… こいつらは、何者だ!?


「……」


 シンは目を凝らして、ロルガレを見ている。


 暗くて良く見えないけど、先頭の奴だけマントに違いがある。


 ヘルゴンは馬を操作して、ゆっくりと10メートルほどまでその距離を詰めてくる。

 すると、ごじゃるの足は、その距離が近付くにつれ、ガクガクと震え始める。


 あ、足が!? 今度は足が…… 

 ヘッ、ヘルゴンが、なっ、何しに来たでごじゃるか!?


 バリィは敵味方関係無く、この場にいる全員のイフトに注意を払っている。

 それは、この状況をコントロールする為である。 

 

 どうやら、こちら側だけではなくて、ヘルゴンも緊張しているようね。いくら取り繕っていても、イフトがそう言っているわ。でも……


「……」


 んふ、シンからは全く動揺が感じられないわ。まだ若いのに、どんな修羅場をくぐってきてるのかしら? 頼りになるわ。

 それにしても、ヘルゴンがいったい何の用なの? って、タイミング的に、あの・・件しかないわよね…… 

 

 

 シン達との距離が10メートルを切った所で馬を止めたロルガレは、強者のイフトを放つバリィに向けていた視線を、隣に立っているシンに変える。


 こいつ……


「……少し良いかしら?」


「あぁ」


 薄気味悪くて、まともな感じがしない……


「馬に乗った子供を見ていない?」


「見てないな」


 は、速いでごじゃる。即答したでごじゃる。

 何の不自然も無く、流石シンさん、場慣れしてるでごじゃるね。


「ところで」


「……何かしら?」


「お前らは、誰だ?」


「……」


 シンのその問いかけで、ロルガレのまなざしが変化する。


 お前ら・・・ですって……

 私個人なら兎も角、ヘルゴンに向かって誰だって聞いてるの?

 ……いや、そんなまさかね。私たちを見てそんな意味じゃないわよね? いいわよ、答えてあげる。


「セッティモよ」


「はぁ? そりゃ町の名前だろ? お前達は誰だと聞いているんだ?」


 くっ!? 

 所属を答えてあげたのに、しらばっくれて!?

 あなたこそ誰だか知らないけど、ここで・・・私たちは手を出せない、そう高をくくっているのよね。

 だからそんなに、えらそうにしているのよね?

 それとも…… 腕に覚えがあるのかしら?


 シンへの怒りから、ロルガレのイフトが荒れ始めると、ヘルゴンの隊員達にさらなる緊張感が走る。

 そして、それを感じ取った数頭の馬が足踏みを始めた。


「ブルルゥ」

「ブフー、ブフ」


「ドゥドウ」

「止まれ」


 隊員たちが馬を落ち着かせようとしている最中、ロルガレは手綱を強く握りながら、シンに鋭い視線を向けている。


 いいこと。あまり、隊長を失った今の私を舐めないでね……

 いいのよ別に、そっちが望むのならってあげても…… ね。


 そう思ったロルガレのイフトが、明らかに変化する。

  

 うっ!? やっ、やばいでごじゃる!?

 こいつのイフトが荒れているでごじゃる! かっ、隠す気が無いでごじゃるね!?


 オロオロとするごじゃるは、バリィに視線を向ける。するとバリィは、口元に笑みを浮かべていた。


「バッ、バリィさん……」


 んふふ、シン。あなたって見ず知らずの子供の為にヘルゴンと……

 見た目同様、やっぱり心も素敵なのね。

 うん、イプリモで始めて会った時から知っていたわ。あ~、痺れちゃうわ~。 

 んふふ、何処にだって何にだって、付き合うわよ~シン。


 この時ロルガレは、様子のおかしいバリィを警戒しつつも、シンから視線を外すことは無かった。

 そして、ロルガレ同様、ごじゃるもバリィの変化に気付く。


 シンさん、それにバリィさんまでも、ヘルゴン相手にまさかでごじゃるか……


 そう思ったごじゃるの手は、再び足と共に震え始める。

 外壁に登ってその様子を見ていた相方も、やり取りを聞いて動揺していた。


 おいおいおいおい! 完全に喧嘩を売ってやがる! やるのか!? 今からヘルゴン相手に、一戦交えるのか!? 

 けっ、けどよー、かっ、勝てるのかよ!?



「ぷぷぷぷぅ、あいつヘルゴンをおちょくってる。馬鹿だけど、おもしろ~」


 んっ!?


 笑って見ていたゼロアスは、何かの気配に気付き、その笑みを止め素早く振り返る。


 するとそこには、シャリィが立っていた。

  

 シャリィ…… 


「あっ…… あー、ぼっ、僕が悪さをして来たんじゃないからね! ヘルゴンあいつら、勝手にここに来たんだから」

 

「分かっている」


「あっ、あのーそれとね、僕は止めたんだけど、この子達が勝手に食べちゃって。それで、それでね……」


 シャリィはゼロアスの声が聞えていないかのように、鋭い視線を合わせているシンとロルガレを森の奥から見ている。


「あなた…… 誰だか知らないけど、随分おちょくってくれるわね?」


「おちょくる? そんなつもりはないさ。ただな……」


「なによ?」


「こんな夜に突然訪ねて来て名乗る事もせず、それに……」


「それに?」


「馬から降りる事も無く質問してくるような奴らに……」


「……」


「礼を尽くす必要は無いと思っているだけだ」


「……」


 そう言われ、合わせていた視線を落としたロルガレは、ゆっくりと馬から降りる。

   

 へ、ヘルゴンが、言われるがまま馬から降りただと!?


 外壁の上から見ている相方が、驚きの表情を浮かべた。


 ロルガレが馬から降りるのを見た隊員たちは、次々と馬から降り始める。


 いいわ。隊長のオティ○ポを探す為なら、これぐらい、容易たやすいことよ。


「……失礼したわね」


「別に、気にしなくて良いよ」


 じ、自分で言っておいて、気にしなくていいって!? それもおちょくってるだろ?


 相方は唾をゴクリと飲んだ。


「私はセッティモ所属のヘルゴン、副隊長フィツァのロルガレよ」


「俺はシン・ウース」


 シン・ウース……


「改めて質問させてもらうわ。馬に乗った子供を見ていない?」


 ロルガレは、まるでシンを観察するかのように、その挙動をジッと見ている。


「あぁ、見てないな」


 嘘を答えたシンに、微塵の動揺も無い。


「……そう」


「なんなら、中に入って探していくかい?」


「……」


「今門を開けてもらうから」


 そう言うと、シンはロルガレに背中を向け、門の方に向かって声をだす。

 

「おーい。悪いけど、門を開けてくれるか?」


 その声を聞いた相方が、急いで梯子を下りながら指示する。


「おい! 門を開けろってよ!」


「おっ、おう」


 門に集まっていた者達は、言われた通り門を開け、ヘルゴンが通れるように左右に分かれて並ぶ。その様子を、ロルガレは無言で見ている。


「……」


「さぁどうぞ、中に入ってくれ。ただし、村人は既に寝ている者もいるから、馬は外に置いて少数で頼む」


「……」


 無言のロルガレは、なんとシンの目の前で、再び馬に乗る。


 う、馬に乗ったでごじゃる! ほっ、他のヘルゴンも次々と!?

 シンさんの言葉を無視して、馬で入るつもりでごじゃるか!?

 これは起きるでごじゃる! 争いが、起きるでごじゃるよ!!


 そう思い槍をぎゅっと握りしめたごじゃるの目に、手綱を引いてUターンするロルガレが映る。


 もっ、戻っているでごじゃるか!?


 シンに背中を向けた状態で、ロルガレは口を開く。


「……こんな夜に、失礼したわね」


「いいさ。またいつでも来いよ」


 シンの言葉を聞いたロルガレは、街道目指して戻って行った。


「はぁー、はぁー、良かったでごじゃる」


 安堵したごじゃるは、まるで全ての力を失ったかのようにその場にへたり込むと、直ぐに相方が走ってきた。


「おい! 大丈夫か!? だから中に入れって言ったんだよ! 緊張しすぎて、体のどこかがおかしくなってねーか?」

 

「だっ、大丈夫でごじゃる」


「大丈夫には見えないぞ!」


 それにしても…… 


 相方は、まだ警戒を解かずヘルゴンが去って行った方角を見つめるシンに目を向ける。


 流石だな。ヘルゴン相手に、まるでびびってなかった……

  

「もう大丈夫そうね。離れて行ったわよ」


「そうか……」


 警戒を解いたシンに、バリィが再び声をかける。


「それにしてもシン」


「うん?」


「あれだけヘルゴンのプレッシャーを受けている状態で嘘をついているのに、微塵も動揺していなかったわね。イフトの乱れも無く、完璧だったわ」


「ん? あぁ、だってさ、子供は見たけど、馬に乗った・・・・子供を俺は見てないから」


「え?」


「嘘はついてないだろ?」


「ぷっ! うふふふ、確かにね」


 た、確かに嘘はついて無いけどよ、そっ、そんなペテンで、そんな屁理屈でヘルゴンの副隊長を相手に!?


 相方はシンの話を聞いて動悸を感じ始める。


 こいつらと居たら、心臓がもたねーよ!


 シンはへたり込んでいるごじゃるに、手を差し出す。


「さっ、戻ろう」


「……はいでごじゃる!」


 ごじゃるはシンの手を掴んで立ち上がり、全員で村に戻っていった。




「ねっ! と、いうことで、僕は全然悪くないんだ!」


 あれからずっと言い訳をしていたゼロアスに、シャリィはやっと視線を向ける。


「わっ、分かってくれたよね!?」


 この目は…… 良かった! 怒られそうにない。


「もう一度」


「えっ!?」


「最初から聞かせてくれ」


 うっ!? 最初から!? ってことは、まっ、まだ、怒られるかもしれないの!?


「えっ、えーとね……」


 どんな話をしたか忘れちゃったよ。


「そっ、それでね」




 旧街道を出たロルガレは、ノデスの死体を置いていたところに戻って来ていた。


「手がかりは?」


「魔獣の足跡を発見したぐらいで、他には……」


「……」


「何も、ありません」


 森の中を捜索していた者達からの報告を聞き、残念そうに目を伏せたロルガレは、ストビーエを目指し再び馬を走らせ始める。


「ドドドドドォ」


 さっきのあの若者…… シン・ウースとかいったわね……

 それにしても、中に入って探せですってぇ? 目の前で門まで開けさせて、本当、散々おちょくってくれたわね。


「ギリギリギリ」


 ロルガレは、歯を食いしばった。


 でもまぁ、あの若者がイドエの者なら、教会私たちを嫌っているとしてもそれは当然ね。


「……」


 現時点では、あいつらが隊長の死に関係があるかは分からない。

 だけど、タイミング的に全く無関係とは思えないわ。現に私たちが追っていた子供は、このイドエに近い場所で行方をくらませている。

 どうやらイドエを、調査する許可を貰わないといけないようね。


 この時ロルガレの脳裏には、ブラッズベリンが浮かんでいた。

 

 ……奴を頼りたくないけど、モスエートに行った者達を、待ってなんかいられない。早急に本部と連絡を取ってもらうしかないわね。

 そう、セッティモに戻ったら直ぐにでも……


 馬を操作して、部下の隣に並んだロルガレは指示を出す。

 

「私は一足先にセッティモに戻るわ。あなた達は先発の者と合流して、ストビーエ周辺を徹底的に洗って」


「はい!」


「二人は私に付いてきなさい。セッティモに戻るわよ」


「はい!」


 絶対に、絶対に隊長のオ○ィンポは探して見せるわ! 

 そして、この私を、ヘルゴンをおちょっくったあのシン・ウース…… 


「今晩の事は、絶対に、絶対に忘れないわ」


 暗闇の街道で、馬の足音だけが響いていた。





「僕に任せるって言うから、死体はそうやって処理したんだよ。一応説明した通り一枚かませて……」


「方法は任せたのでどうしようと勝手だ、問題はない」


 ホッ! 良かった。


「目撃者は?」


「目撃者? そんなのいる訳ないじゃん。だって僕だよ!? 気配に気づかないとか、そんな訳ないよー」

  

「……ご苦労だった」


 よし! 怒られなかったぞ!

 もしもこれで怒られてたら、さっきのヘルゴンを追いかけて、憂さ晴らしに皆殺しにするところだったよ。


 

 モリスの店では、門番のごじゃるとその相方、そして、バリィとシンが遅い晩飯を取っていた。

 ジュリとバリィが保護した子供、そしてモリスは既に休んでおり、オスオが食事の用意をしている。


「さっきはよ、ヘルゴン相手に一歩も引かず凄かったな~。しかしよ、ほんとお前もよく外に出たな!?」


「内心ドキドキ、手足はガクブルでごじゃるよ」


「確かにな。暗くても分かるぐらい震えていたよな。けどよ、それでもたいしたもんだよ」


「シンさんとバリィさんが居てくれたからでごじゃる」


「だけどよ、良いのかな? 村をまっとうにするって言っている今、教会相手にあんな態度を取って?」


 そうか、やはりあいつらは教会の者だったのか……


「おまたせしたの~」 


「おっ! きたきたきたぁ!」


「良い匂いでごじゃる~」


「おかわりはあるからの、沢山食べてくれの~」


 テーブルに置かれた料理を、三人はかき込むようにがっついて食べる。


「うーん! 美味しいでごじゃる~。この炒めたのは最高でごじゃるよ~」


「うんうん! 俺はどっちかというと、スープに入ってる方が好みだな」


「そーね、甲乙つけがたいわね。どちらも美味しいからね~」


 食事を楽しんでいる三人と違い、シンは考え込んでいる。


 教会奴らはこの世界で、かなりの権力ちからを持っているくせに、村には入ってこなかった。


 シンは一瞬だけ、レリスを思い出す。


 そういえば、あの子も……

 俺は公に出来ないから村に入らなかったと思っていたが、どうやら違うみたいだな……

 まぁ今更だけど、やはり村長さんの言う通り、並大抵の者では、この村には干渉できない様になっているみたいだ。

 だが、農業ギルドの様に、金が絡むと話が違ってくる。

 どの世界でも、人間ってのは欲深いようだな……

 それよりも、干渉させないようにしているのは、恐らくザルフ・スーリン……


 だけど、どうして教会があの子供を?


「シン」


「うん?」


「食べないの? 美味しいわよ」


「あぁ」


 促されたシンは、短く切られた焼きうどんを少しだけ口に運ぶ。


 この世界の人間なら、誰もが分かるような服装で来たさっきの奴らと、真新しい服で魔法石を持って来た女の子。


「……」


 恐らくだが、両者は教会内で敵対関係にある。

 そうでなければ、魔法石を恩に着せ、子供の事を聞いてきたはずだ。公に出来ず、知らせてないという線もあるけど、少なくとも、良好な関係ではない感じがする。

 まぁ、そう思っていたからこそ、おちょくった訳だが…… 

 つまり、子供を庇うことが、この村に協力的な教会関係者の為になるということなのか……

 今この村に子供はいない事になっているけど、情報は直ぐに洩れるだろう。

 だけど、それは悪い事ばかりではない。何処の誰にまで情報が漏れているのか、これでまた大まかな見当がつくかもな。

 とりあえず、子供の事はシャリィに調べて貰うか。


 その時、食堂のドアが開いた。


「あっ、シャリィ様でごじゃる!」

「ブッー」

「きっ、汚いでごじゃる! 何を吹いているでごじゃるか!?」

 

 会うと緊張するから、ちょっと苦手なんだよ。


「あらシャリィ。先に頂いているわよ」


 シャリィはバリィを見てコクリと頷く。


「私はハンボワンスープとパンを頼む」


「分かったの。直ぐに持ってくるでの」


 注文をして席に着こうとしたシャリィに、フォークを置いたシンが声をかける。


「シャリィ、ちょっといいかな?」


「あぁ」


 二人は食堂から馬小屋に移動した。



 その頃……

 

「うーん。本当に駄目だー! 全部元の世界に居たアイドルの名前と似てしまうよ……」


 ユウは部屋で一人、まだ悩んでいた。


 けど、それも仕方ないよね……

 うん? そういえば少し前まで外が騒がしかったけど、いつの間にか静かになっている。

 何かあったのかな?

 いや、今はそれどころじゃない。

 明日までだから、こっちを優先しないと!




「ヘルゴンが……」


「あぁ、そうなんだ。近くですれ違わなかったか?」


「見ていない。私が魔獣を捜索しながら、旧道の奥から戻って来たせいだろう」


「そうか。奴らはいったい何者なんだ?」


「早い話が、教会の軍だと思って良い」    

    

「やっぱりな…… ちょっと聞きたいんだけど」


「……」


「奴らは国々が教会に派遣した者たちなのか? それとも独自の?」


「……その両方だ」


 両方……


「国が優秀な者をヘルゴンにさせる為に送る事もあれば……」


 恐らく教会に強いコネを作るのと、機嫌取りが目的かな。


「教会が一から育成した者もいる」


 俺達の世界に昔居た、十字軍のようなものだと考えて良いのかもしれない。


「中には元冒険者もいる」


「冒険者も?」


「他にも優秀な者で、教会に対する真の信仰があればヘルゴン、いや、教会の様々な職につける」


 真の信仰? いったいどうやってそれを見分けているんだ?

 だけど、外部から優秀な者を受け入れているとなれば、それほど頭の固い連中ではなさそうだな。と、思わせたいのかもしれない。


「それで、奴らは何しに来てたのだ?」


「それが、どうやら子供を探していたらしい」


「子供?」


「あぁ、今はモリスさんに預けている。バリィの話では、馬に縛り付けられた状態で街道に居たって」


「そうか……」


「悪いけど、調べて貰えるかな?」


「恐らくは……」


「え?」


「私は今日、セッティモへ行っていた」


 シャリィはゼスからの話を聞いた後、セッティモを訪れていた。


「ヘルゴンの隊長が、セッティモで殺されたという情報を聞いた。恐らくその関係だろう」


「それってまさか…… あの子供が犯人だという訳じゃないよな!? 魔法のあるこの世界では、子供に変装する事も出来るのか!?」


「結論から言えば、無いとは言えない」


「……」


「私でも関知し得ない魔法があるのは、間違いないからな」


 前に聞いた特別な魔法。確か、ファブラリス……


「だが、今回の件でその可能性は低いだろう」


 じゃあ、奴らはどうしてあの子供を……


「もしかして、犯人の子供…… いや、目撃者か?」


「……その可能性はある」


 それなら、誰が、一体、どうして、あの子供をイドエここに……

 やはり、村に魔法石を持ってきた者達に関係があるのか……

 

「私は明日再びセッティモに向かう。明日になれば、今日得られなかった情報もあるだろう」


「……分かった。すまないが、そうしてくれ。けど……」


 シャリィは何かを言おうとしたシンの言葉を遮る。


「分かっているだろうが、この村は特別だ。首輪をつけている奴らが、何の前触れも無しにこの村を襲うとは考えられない」


「そうか……」


 じゃあさっきのは、隊長を殺され、怒り狂っての行動だったということか……

 だけど、子供がここにいるという確証は持っていないくせに、怒りに身を任せてイドエに来るような奴らが、このまま大人しく黙っているとは思えない。

 それに、子供がここにいる情報は遅かれ早かれ必ず誰かの耳に入る。つまりそれは、さっきの奴らの耳にも入るかもしれないということだ。シャリィも承知のはずなのに、こんな時にイドエを離れるなんて……


「村にはバリィもいる。心配する必要はない。お前たちは今まで通りにすれば良い」


 シャリィはシンの懸念を承知していた。


 バリィは、そこまで強いのか?

 いや、それとも……


 シンはこの時、馬小屋の中に居て外は見えていなかったが、森の方角に目を向ける様な仕草を一瞬だけする。


「……」


「分かったよ。すまないけど、ロルガレって奴の事も調べて貰えるか?」


「あぁ、調べておこう。今晩は警戒しておくから、心配するな」


「頼むよ」


「明日は朝早く出発して、遅くとも夜までには戻って来る」


「了解だ。腹が減っているだろう? 戻ろう」


 そう言って食堂へ歩き始めたシンの後姿を、シャリィは見つめていた。



 

 シンが食事を終えて部屋に戻ると、ユウがベッドで胡坐をかき、腕を組んで唸っている。


「う~、う~う~」


 周囲には、文字が殴り書きされた紙が散らばっており、その様子からユウの心境が伺える。


「ユウ」


「うーん、あれ? シン、いつ戻ってたの?」


「今だよ」


「そうなんだ。うーん……」


「そういえばトイレ、魔法が使えるようになっていたよ。匂いもだいぶしなかったし、気付いてた?」


「え? そうなの? 全然知らなかったよ。うーん……」


 ふふっ、今は何言っても頭に入らないようだな。

 たぶん、騒動の事も気付いていないみたいだ。それなら、今は子供の事を別に言わなくてもいいか……


「悪いけど、俺は先に休ませてもらうよ」


「あ、うん。どうどどうぞ」


 どうど? 今噛んだよな?


 フフフ。


「うーんうーん、ん~~……」 


 シンは服を着替えてからベッドに入る。


 明日のシャリィの情報が待ち遠しい。

 その内容によっては、計画を大きく変更せざるを得ないかも…… いや、子供が来た時点でもう既に……


 目を閉じていたシンは、薄目を開けてユウを見る。


「うーん、うーーーーん」


 フッ、おやすみユウ。

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