140 素性


 子供との会話から、獣人が教会幹部を、いや、セッティモで人間を殺した、または殺人に関わっていると知ったノデスは、その事実を子供事隠蔽する。

 その理由は、故郷と子供を思っての事だったが、結果ノデスは隠した事で、まさか今日自分が死んでしまうだなんて、夢にも思ってもいなかったであろう。 

 

「駄目だ! 死んだ」


「すっ、すまない、体が勝手に……」


「いや…… しかたがない。反省よりも、子供を追うぞ」


「あぁ…… 死体をどうする?」


「おいて行こう」


 カロとリマンは、ノデスの死体をそのままにして、街道を馬で駆けて行った。


 あらら、本当に置いていっちゃった……

 まぁ、子供の方は僕関係ないよね。だって脅威じゃないんだもん。


 街道に横たわるノデスの死体の元に、ゼロアスと2頭の魔獣が現れる。


「ゴァガルルル」


「ちょっちょっちょっと待って。うーん……」


 あいつらはどう見てもヘルゴンだったよね。

 どうしよう、手を付けないでおこうかな……


「ん? あー!?」


「グチャグチャ」

「ガリゴリゴリ」


 ゼロアスが死体に目を向けると、既に魔獣が喰らっていた。


「あっ…… あ~あ」


「ゴリゴリバキン」

「グチャン」


 確かに、置いていけば食べて良いっていったけど……

 まぁ、いっか。ここならイドエから離れているし、魔獣が少しぐらい残っていても不思議じゃないよね。


「早く食べてね~、あいつらが戻って来たら面倒……」


 でもないか、あんな弱っちいの。


 一心不乱にノデスの死体を貪り食う二頭の魔獣を、ゼロアスは見詰めている。


 それよりも問題は…… どうしよう、シャリィには黙っておこうかな。この子達が勝手に食べちゃったから仕方ないと思うけど、やっぱり僕が怒られちゃうのかな。


「……」


 それにしても…… 


「クチャクチャガリ」

「ゴリゴリ」


「……グッロ」




 旧街道との分かれ道に来たカロとリマンは、馬の手綱を引く。


「ドウドウドウ」


 二人は無言でイドエの方角に視線を向ける。


 どちらに…… 馬はどちらに向かった……

 それとも、森の中に隠していたのか?


「どうする?」


「……このまま進もう。ハイ!」


「ハイハイ!」


 二人は旧街道に入らず、街道をそのまま進んで行った。





「ほら~、着いたからね~」


 バリィは子供と馬を連れ、イドエの門にまで来ていた。


「ご苦労様でごじゃるバリィさん。って、どうしたでごじゃるかその子供!?」


「う~ん、実は黙っていたけど、あちきとシンの子供なのよ」


「ええ!? 本当でごじゃるか!?」


 驚くごゃるとちがって、相方は鼻で笑っていた。


 へん、んな訳あるかよ。もう疲れてヘトヘトで腹も減ってるのに、よくそんなバカ話しに乗っかるな。 


「って、冗談はそれぐらいにして、その子供と馬はどうしたでごじゃるか?」


「それがね~、街道の近くでこの馬に縛り付けられていたのよ」


 馬に…… もしバリィさんやシャリィ様が魔獣を退治してくれていなければ、この子の命は馬と一緒に亡くなっていたでごじゃるね……

 だけど、いったいどこから…… 誰が……


「周囲に人はいないし、ほっとく訳にもいかないから」


「そうでごじゃるね……」


 ふん、誰の仕業が知らないけど、罠じゃないのか? って、嫌な予感がする。


「誰か呼んで人数増やしてくれる? しばらく警戒してて」


 やっぱりか!? 残業だなこりゃ。


「分かったでごじゃる。直ぐに人を呼んでくるでごじゃる」


 はいはい、俺が行くんだろ。分かってる分かってる。


「呼んでくるよ」


「あ、ちょっと待って。モリスに子供を預けてくるまで居て。すぐ戻るから馬をお願いね」


「はい」 


 モリスの食堂へ向かうバリィを、門番の二人は見ている。


「大丈夫なのかね?」


「何がでごじゃるか?」


「何がって、何処の誰かも分からない子供を連れて来てよ」

 

「バリィさんの話は聞こえてたでごじゃるじゃろ。もう暗いのに、街道に一人でいたでごじゃるよ。放っておけないでごじゃる」


「そりゃそうだけどよ。みえみえの罠じゃないのか?」


「かも知れないでごじゃるね。それでも、放っておけなかったのでごじゃるよ」


 そう、そんな今のイドエを、好きでごじゃる。


「ふん!」


「何か文句があるでごじゃるか?」


「ねーよ、別に」


 素直じゃないでごじゃるね。


「けどよ」


「何でごじゃるか?」


「悪い気はしてないよ」


「ほっ!?」


 変わり始めたでごじゃるか…… いや、本来の心が戻って来てるでごじゃるね。


「残業は嫌だけどな」


「……そうでごじゃるね。シンさん言って、色をつけて貰うでごじゃる」


「あぁ、是非そうして貰おうぜ」


 その頃、モリスの食堂では……


「どうしたんですかその子供?」


「それがね……」


 馬に……


 オスオは、バリィが抱いている子供をジッと見ている。


「ちょっと門で警戒に当たるから、お願いね」


「あ、はい」


 門に戻ったバリィは、呼ばれて来た10名の者と周辺の警戒に当たる。


 床に降ろされた子供に、ジュリが近付く。


「わたしジュリ。お名前は?」


「……つるつる」


「つるつるって言うの?」


 ジュリの問いに、子供は小さく頷く。


「そっかぁ、つるつる君」

  

 子供は再び頷いた。


「お腹減ってる?」


「……うん」


「お母さんイモテンあるよね。分けてあげていい?」


「勿論いいわよ。けど、小さくしてあげてね」


「うん! 分かった」

 

 ジュリは子供の手を引いて、厨房に連れて行った。


「ねぇ、ジュリがあんなにも嬉しそうに」


「……そうだの」


 あの子供が何者か、まぁ、わしらが心配する事ではないの。


「シン君がええというなら、しばらくうちで面倒みるかの?」


「本当!? ええ、そうしましょう」


 一応、早めにシン君に伝えておこうかの……



 その頃ユウは、宿の部屋で引き続き悩んでいた。


「うーーー。駄目だー、全然駄目だー。ピンとこないよー」


 出来れば明日までって言ってたけど、期限が迫っているのもプレッシャーになってよけいに思いつかないよ。

 でも、頼まれていたもう一つの方は、簡単に出来そう。


 ユウは何かを書いた紙を手に取る。


「うん! 良い感じだ! こっちを先に提出するなら良いんだけど……」


 はぁ~、憂鬱になりそう。




 プロダハウンに居るシンの元に、オスオはやって来た。

 奥の舞台が見える所まで入ると、シンと他数人が何かをしているのが見えた。


「……すまんがの」


 その声に、俳優の一人が気付く。


「シン君」


「え? あ、オスオさん。どうしました?」


 あまり良いとは言えないオスオのその表情から、シンは何かを感じていた。


「実はの……」


「子供?」


「そうだの。旧街道と街道の分かれ道辺りに馬と一緒におったそうでの。バリィさんが保護しての、今はうちにおるがの」


「……分かりました。直ぐ行きましょう」


 シンは舞台上に居た者達に事情を話し、プロダハウンを後にした。


 子供が…… どういう事なんだいったい……




 子供を探す事が出来なかったカロとリマンは、ノデスの死体があった場所付近で、遅れて来たロルガレと合流していた。


「ここ?」


「はい。死体は、ここに置いて行きました」


 ロルガレは、地面を調べる。


「……どうやら、魔獣に食われたようね」


「はい…… そのようです」


「で、あの警備は死ぬ前に何て言ってたの?」


「あの件については何も…… 子供の事も知らないと、そう言っておりました」


「子供が一緒に居るのは見たの?」


「いえ…… 暗くて距離があったので、馬で駆けている姿しか見ていません。ですが、セッティモの門番の話では、子供を抱いていたと聞いてましたので」


「ストビーエに子供だけおいた線はないの?」


「はい」


 返事をしたのはリマンである。


「ストビーエの門番に確認しました」


「そう……」


 だけど自分をおとりにして、誰かに子供を託し、そいつが町や村に連れて行った可能性は捨てきれないわね。

 何の当ても無くこちら方面に来る訳が無い。協力者が居ると考えるのが普通よね。 


 それに……


「旧街道は探してないのよね?」


「は、はい」


 その返事を聞いたロルガレは、隊員に指示を出す。


「あなたとあなた、それにあなたの隊は、ここに来るまでの全ての町や村に聞き込みに行きなさい。もう一度ストビーエにもね」


「はい!」


 9名の隊員が、その場を離れて行った。


「あなたとあなたは、この辺りの森の中を徹底的に探しなさい!」


「はい!」


 6名の者が馬から降りて、3人一組で森の中に入って行った。


「残りは付いてきなさい」


 カロとリマンをはじめ残りの隊員たちは、ロルガレの跡を黙って付いて行く。


 大義はこちらにあるわ。

 隊長のオティ〇ポを探す為なら、何処にだって、そう、何処にだって行ってやるわ……

 たとえ相手が、誰であろうともね。


「ドドドドドド」


 十頭の馬が暗闇の中、地鳴りのような音を立てながら駆けてゆく。



 

 モリスの食堂に来たシンの目に、ジュリと仲良さそうに遊んでいる子供が映る。


 この子か…… 随分痩せているな。 


「あ、シンさん」


「モリスさん」


「はい」


「この子、何か言ってましたか?」


「いえそれが、あまりしゃべらなくて……」 


「そうですか……」


 シンは子供をジッと見詰める。


 ……どう見ても普通の子供だ。

 バリィが連れて来たということは、それなりのチェックもしているだろう。

 つまり、この子自身には何も問題ないはずだ。

 ただ、どうして暗くなった街道で、馬に縛り付けられていたんだ?

 普通に考えれば、誰かに託すつもりだったという事か……

 強盗や魔獣に襲われて、子供だけでも逃がすつもりで……


「……オスオさん」


「なんだの?」


「しばらくこの子の面倒を見て頂けますか?」


「シン君が良ければ、そうするつもりだったの」


「お願いします」


 オスオは頷いた。


「あ、バリィは?」


「たぶん門に向かったと思うがの」


「ありがとうございます」 


 シンはジュリに笑顔を向ける子供を一瞥した後、門に向かう。



 

 その頃、ロルガレを先頭にして、馬で駆けるヘルゴンは、迷うことなく分かれ道で旧街道に入って行く。

 その様子を、ゼロアスが森の中から見ていた。


 こいつら…… やっぱりイドエに向かう気だ。うーん、どうしよかな~。やっちゃおうかな?

 だけど、この前・・・と違って何も言われていないからね。


「……」


 まっ、ハゲも居る事だし任せるか。うん、そうだよ、僕の仕事じゃない。


「って、後で僕が怒られたりしないよね……」




 シンが門に行くと、十数人の者が立っているのが見える。その中にバリィを見つけ、声をかける。


「バリィ」


「あらシン」


 二人は門から少し離れた場所で話を始める。


「子供に会って来たの?」


「あぁ、オスオさんが呼びに来てくれて、ある程度は聞いている」


「そうなのね。びっくりしたわよ。馬が無人で駆けけていると思って止めてみれば、あの子が縛り付けれていたのよ」


「馬はどちらの方向から?」


「ストビーエよ」


 ストビーエの方から!?

 もし強盗や魔獣に襲われて子供を逃がす為なら、安全を考慮すればこちら方向に馬を駆けさすはずはない。


「……」


 いや、ただ単にそんな余裕がなかったのかもしれない。


「周囲には誰も?」


「ええ、人の気配は無し。他に馬もいなかったわ。子供の安全を優先する為に、ほんの近くだけしか確認してないけど」


 と、いう事は、強盗や魔獣に襲われて逃がされたとしても、だいぶ離れているのか。


 俯いて思案するシンが顔を上げたと同時に、目の前に居るバリィの様子がおかしいのに気付く。


「……バリィ?」


「静かに!」


 ……どうしたんだ? まさか……


「誰か…… 誰か来てるわよ。馬で……」


 そう言った次の瞬間、バリィは凄まじいスピードで門から飛び出すと、臨戦態勢で仁王立ちする。


 速い!



「おっ!?」

「おおぉ」


 その姿を見て驚いた門番達は、慌てて剣を抜き槍を構え、門に蓋をするかのように立ちはだかる。


「門を閉めて!」


 バリィの指示に応え、門番数人が門を閉めようとしたその人の隙間から、シンが外に出る。


「シンさん、中に入るでごじゃる!」

「俺はいいから閉めろ!」

 

 ごじゃるは一瞬躊躇するが、門を閉める。


 だが……

 

「おい! 何してるんだ? 戻れ!」


 相方の声に反する様に、ごじゃるは外から門を閉めるのを手伝い、そのまま残ってしまう。


「ギィギギギギィ、ドーン」


「ああああ!?」


 馬鹿野郎! どうして中に入らなかったんだ!?

 二人なら心配ないだろう! 奴等は冒険者だ、しかも一流の! 

 お前は、お前に何かあったら、どうするんだよ!?


 ごじゃるを心配して、壁にある梯子を上って外に目を向けると同時に、相方の耳に馬の足音が聞こえてくる。


「ドォドォドドドドドォ」


 うっ、この音! 一人や二人じゃない!? なっ、何頭だいったい!? 何人が来ているんだ!?

 やっぱり! やっぱりあの子供は、罠だったんだ! 


「ドドドドドドドォ」



「あららら、馬鹿まで外に出ちゃって……」


 ちょっと面白くなってきたね。

 けど、しっかり守ってやってよハゲ~。そうじゃないと、僕が怒られちゃうんだから。



「ドドドドドドォ」


 ドキドキドキ。きっ、来てるでごじゃる。

 間違いなく沢山の馬が、来てるでごじゃる!


 槍を握る手をぷるぷると震わしながら、ごじゃるはシンに目を向ける。


 ……シンさん。


 シンは微動だにせず、馬の足音が聞こえる方に鋭い視線を向けている。

 そんなシンを見て、自分も落ち着かねばと深呼吸をする。


「スー、ハー、スー、ハー」


 すると、ごじゃるの手の震えが止まった。


「ドドドドドドドォ」


 馬で駆けているロルガレは、まだ距離があるのにも拘らず、自分達に向けられているバリィのイフトを感じる。

 

 誰か、誰か居るわ。

 しかも…… 


「ただ者じゃないわね」


 ロルガレが左腕を横に伸ばすと、跡に続いていた者達が手綱を引いて馬のスピードを緩める。

 それに合わすかのように、ロルガレも馬のスピードを落とす。


 馬の足音が変わった事に、ごじゃるは気付く。


 スピードを、スピードを緩めたでごじゃるね。

 そろそろ、そろそろ見えるはずでごじゃる…… 


「……」


 暗闇に目を凝らすごじゃるに、ロルガレの乗っている馬の姿が微かに見えた。


「来たぁ! 来たでごじゃる!」


 ごじゃるの叫び声を耳にしながら、シンは先頭のロルガレに視線を向けていた。


 全員が同じ服を…… こいつらは、何者だ!?



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