139 風が吹けば


 ヘルゴンは警備の尾行と並行し、現場付近に居たと思われる子供の聞き込みも行っていた。


「ジケフの子供?」


「はい。ジケフは変わり者……」


「?」


「と、いいますか、家が無い分けではないのに、なぜかあの辺りに・・・・・住みついてまして」


「……家があるのに?」


「はい。浮浪者と変わりないですが、あの…… 嫁が亡くなってから、おかしくなってしまったようで……」


 なるほど……


「そのジケフは、数日前に路上で死んでいたと聞きました。たぶん、そのジケフの子供じゃないかと……」


「……父親が亡くなってからどなたが子供のお世話を?」


「いや~、そこまではちょっと……」


「教会はそういう行き場のない子供のお世話もしておりますので、次からは教会に……」


「は、はい、勿論存じてましたけど、誰かが言ってくれてると思ってまして…… すみません」


「いえ。お時間を取らせて申し訳ない」


「とんでもありません」


 その情報を持って、ヘルゴンの隊員はロルガレの元へと戻って行く。

 別で聞き込みをしていた隊員たちも同様の証言を得ており、恐らく警備が連れていたであろう子供が、普段から死体発見現場に居た事をヘルゴンは確信する。 


「と、いう事です、副隊長フィツァ


「そう…… で、その子供の行方は知れないのね?」


「はい……」


「どこへ、どこへ連れて行ったの……」


「……」


 それにしても、分からないわ…… 警備はどうして子供を隠すの?

 まさか、警備奴らが隊長の死に関わっているなんて事はないわよね……

 いえ、そんな単純じゃない。もっと…… もっと違う大きな何かを隠している。私の勘が、そう言っているの……




「そう言う訳じゃいじゃい~」


「ヘルゴンが……」


 シャリィはゼスとイドエとセッティモの中間地点の森の中で会っていた。


「そうじゃい~。警備館の職員から聞いたから間違いなさそうじゃい。ヘルゴンが動いているとなれば、死体はそれなりの奴じゃい~」


「……」


セッティモを出る直前だったから、恐らくまだ外には漏れてない情報じゃい」


「そうか……」


「しかし、息子・・を切り落とされてるとは、おお~、考えただけで身震いするじゃい!」


「……」


 もしかしたら、恋愛絡みで女の犯行かも知れん。それなら、今頃その女は二本のチ○ポを家に飾っておるのか!? まるで花の様に花瓶に活けているかもしれん。

 いや、明るみに出ていないだけで、実は他にも数本並べて……


 その想像で、身体がブルっと震えたゼスは声を上げる。


「じゃっ、じゃい~」


 ゼスは一瞬、あの看護師の女性を思い出す。


 いやいやいやいや、確かに異常な好き者だがまさかな!? 


「いや…… けど……」


「心当たりがあるのか?」


「いやいやいや無い、何も無い。何も無いじゃい!」


「……」


 おっ、俺様も気を付けないとな…… 一応犯人が捕まるまでは、頂きに上るのは辞めておこう。

 

 そう思ったゼスは、股間を両手で抑え隠すような仕草をする。


 この時シャリィは、遠くを見る様な目をしていた。 



  

 警備の家族構成を調べていた隊員が、教会内にあるヘルゴンの拠点ローコスに戻って来る。


副隊長フィツァ


「ここよ。それで?」


「現場に居た警備の中で、子供がいるのは3人です」


「3人…… 誰なの?」


「BとDとEです」 


「ふ~ん、では上級警備士のノデスに、子供はいないのね?」


「はい! 間違いありません!」


「そのノデスですが、帰り道に子供服を買っていたとの報告が入っています」 


「そう……」


 たぶん、決まりね。最初から、あの男が怪しいと思っていたわ……


「乗り込みますか?」


「そうね……」


 だけど、仮に子供が何かを目撃していたとしても、何故庇うのかしら? 

 いくら考えても、奴の気持ちは分からない。それなら…… 


「本人に聞くのが一番ね」


「……はい」


「行きますよ。ヘルゴンとして、堂々とね」


 隊員たちは、一斉に返事をする。



「はい! フィツァ!」



「まずは奴の家を気付かれないように包囲して」


「はい!」


「騒ぎになり警備が駆けつけてくると、当然奴の味方をするでしょうね」


「警備館に干渉しないよう言っておきましょうか?」


「いえ、何処から話が漏れるか分からないから、やめておきましょう」


「はい」


「兎に角、邪魔する者がいれば、その時は……」


「……」


「遠慮なく魔法を使いなさい。必ず確保してここに連れて来るわよ」


「はい! フィツア!」


「おい、聞いただろ、直ぐに準備をしろ!」


「はい!」


 ヘルゴンの制服を着た23名の者が、ロルガレを先頭にして馬でノデスの家に向かう。


 この時すでにブラッズベリンは、ヘルゴンのカピティーンが殺された事の報告を終えていた。

 それに対して本部からの返答を待っていたのだが、今の所何の音沙汰もない。


 重要なポストの大半がセラドール派で占められている今、私よりもヘルゴンの報告待ちといったところか……

 警備の報告書を読んだ限りでは、レリスに行きつくことはまずないだろう。だが、イドエが不穏な動きを見せている今、そして私が司教を務めているこの町でのカピティーンの死を切り離すことは、恐らく出来まい。


 ブラッズベリンは机に両肘をついて手を重ね、一点を見つめている。


「……」


 しかしレリス女性とは、実にやっかいなものだ……

 だからといって、縁を切る事も出来まい。

 それが、さらにやっかいな問題だ。

 ……おもしろい。

  




「うーむむむ……」


 スタジオで腕を組んで頭を不規則に動かすユウに、休憩時間を利用してナナが声をかける。


「ユウ君、ずっとどうしたっぺぇ?」  

  

「んーーー……」 


「……どうしてずっとうーうーうーうー魔獣みたいに唸っているっぺぇ?」  

 

「うーん、グループ名かぁ~。うーん、うーーん」


 ユウは聞こえるか聞こえないかぐらいの、絶妙な声の大きさでぶつぶつと呟いている。


「……ユウ君?」


「むむむー、うーん」


 ナナは大きく息を吸い込む。


「スゥーーー、ユウくーーーん!!」


「うわあぁぁぁぁぁ」


 ナナの大声に驚いたユウは、椅子から転げ落ちてしまう。


「だっ、大丈夫っぺぇか?」


「あいててて、う、うん、大丈夫だよ」


 立ち上がって椅子に座り直すユウを見て、ナナはホッと胸を撫で下ろす。


「大声出してごめんっぺえけど、ユウ君が悪いっペぇーよ、いくら呼んでも返事もしないっぺぇから」


「うーん、そうなんだけど…… どうしてもこれだってのが思いつかなくて。うーん、うーーん……」


「……ユウ君?」


「うーん、うーーむむむ」


 ナナだけではなく、その場に居る全員が口をポカーンと開けて、また振り出しに戻ってしまったユウを見ていた。


 

 

 セッティモのノデス宅では、走って逃げる幼い子供を、ノデスが追いかけている。


「ほら~、もっと早く逃げないと、追いついちゃうぞ~」


「きゃきゃきゃきゃ」

 

 笑顔でテーブルの周囲をぐるぐると回る二人は、まるで仲の良い親子の様である。  


「ほら~、捕まえた~」


 両脇に手を入れ、子供を高く持ち上げた。


「きゃきゃきゃー」


 満面の笑みを浮かべる子供を、ノデスは見上げている。


 良かった…… 現場で見た時は頼りない歩みだったけど、水と食事で幾分か元気になったようだ。

 本当に良かった……

 だけど、まだ無理はさせられない。それに俺自身も……


 子供を高く抱き上げているノデスは、大きなあくびをする。


「ふぁ~~~。さぁ、まだ明るいけどそろそろ休もうか?」


「うん!」


 ベッドに抱きかかえた子供を降ろし、西日が射しこむ窓のカーテンに手を掛けたその時、外に一瞬だが見覚えのある顔をした者が建物の影に消えるのが見えた。


 今のは…… 間違いない、警備館に来ていたヘルゴンの一人だ。

 何故建物に隠れる様な動きを…… 偶然通りかかっただけなのか? それとも……


「……」


 まずい! もしずっと跡を付けられていたのなら、既に……


 そう思いながらノデスは、ベッドで横になっている子供を見つめる。

 

「……」


 せめて、せめてこの子だけでも……


 部屋着から普段着に着替えたノデスは、ウトウトとしている子供をゆっくりと抱きかかえ、タオルケットの様な物を被せて裏口側の窓から外を覗く。

 

 たぶん、いないようだ…… こちら側は家が詰まっていて道も無いし、簡単には入ってこられない。

 仕事柄この一見裏口に見えないような戸が気にいってここに住んでいたが、まさか役に立つ日がくるとは。


 小さな裏口を開け、眠る子供を抱いたまま身を屈め素早く外に出る。

 家と家の狭い隙間から正面側を除くと、見覚えのあるヘルゴンの隊員が二人見える。


 やはりそうか……


 ノデスは子供を抱きかかえたまま、他人の家の庭を通り、正面とは逆方向の道に出る。そして早歩きで進み始めると、次第にスピードを上げ駆けて行く。


「タッタッタタタタッ」


 俺は…… 俺はいったい、何をしているんだ……




 ヨコキの店の女性たちが後にしたプロダハウンに、シンが現れる。

 ロス達も既に作業を終え、片付けや魔法機の整備をしていた。


「すみません、少しよろしいですか?」


 シンが声をかけたのは、振付師のエレ・ビシャンとその部下達であった。


「あっ、さっきまで言われた通りの事をしてましたが、女性達はもう帰ってしまって……」

 

「そうなんですね。実はその件では無くて、もう一つ話がありまして……」


「え!? あー、この村の為になるのでしたら、何でも言ってください!」


「うーん、村の為というか…… まぁ、そうですね。あの~」


 シンはポケットから魔法石を取り出すと、その手をビシャンが見つめている。


 これは、ヴォーチェ……


「お願いというのは……」


「……はい」 


 この後シンはビシャンとその部下と共に、遅くまでプロダハウンに留まっていた。



 

 子供を抱いたノデスは、警備館の敷地内にある馬小屋に現れる。


「あれ? ノデスさん、どうしたんですか?」   

 顔なじみの厩務員が、ノデスに声をかける。


「すまないが、私の馬を直ぐに用意できるかな?」


「えっ? ええ、出来ますけど……」 


 厩務員の視線は、ノデスが抱いている子供に向けられている。


「申し訳ないが、急いでくれ」


「あ、はい……」


 厩務員が馬を用意する間、ノデスは子供を抱きかかえたまま外の様子を伺う。


 その頃ノデス宅では、23名+ノデスを見張っていた2名、総勢25名が家を包囲していた。


 道行く者達は何が始まるのかと驚いて足を止める者も居たが、隊員がそれらの者を離れるように促す。


「ドンドンドン!」


「上級警備士ノデス、いるのであろう。我々はヘルゴンだ。ドアを開けてくれ」


 当然の如く、室内から応答はない。


「ドンドンドン」


「ノデス、いるのは分かっている。我々も手荒な真似はしたくない。ただ拠点ローコスに出向いて貰い、話を聞きたいだけだ。素直に開けてくれ」


 だが、いくらノックを繰り返し呼びかけても、静まり返っている室内から応答はない。


 ドアをノックしていた隊員が、ロルガレに目を向けると、ゆっくりと頷く。

 それを合図に二人の隊員は、すぐさま魔法でドアを破壊する。


「バーン! ガラガラ」


 紙の様に破れたドアから、ぞくぞくとヘルゴンの隊員が室内になだれ込む。


 いない!?


 だが、そこにノデスの姿は無く、隊員たちはシーツを捲り、ベッドの下を覗いたりと、ありとあらゆる場所を探す。


「裏側の窓から出られないか!?」

「小さすぎて無理です」

「なら室内を徹底的に探せ!」

「はい!」


 しかし、どこにもノデス、そして居ると思われていた子供の姿は無い。


「いません!」


 その声を聞いたロルガレは、見張りをしていた隊員に視線を向ける。


「い、いいえ、あ、あのたっ、確かに中に入って出てきてません! ず、ずっと見張っていましたので!」


 その時、室内にいた隊員の一人が小さな裏口を見つける。


「裏口だ! こんな所に裏口があるぞ!」


 裏口を蹴破って外に出ると、他人の家の庭を通り道に出る。


「どうやら裏の道に繋がっているようです!」


 これで本当に確定ね。

 奴は…… 絶対に、絶対に何かを知っている!


「8隊に分かれて追うわよ!」


「はい!」

「分かりました!」


「カロ、あなたは正門に急ぎなさい!」


「はい!」


 25名のヘルゴンは8隊に分かれ、カロ隊以外は命令も受けていないのに、まるで申し合わせていたかのように別々の方向へと馬で駆けてゆく。 


 逃がさない! 絶対に、逃がさないわよ……




 ヨコキの宿は、今日も村内外の客で賑わっており、忙しい時間の合間に、笑い声が聞こえている。

 

「でね~」

「ふふ、本当なのその話?」

「本当も本当」


 会話する二人を、他の女性達が不思議そうに見ている。


「ほえ~、いつのまにあの二人は仲良くなったの?」

「今日でしょ! もっと厳密に言うのなら、ついさっきからでしょ!」

「だよね~。どういうことなの?」


 女性達が驚くのも無理はない。

 仲良く話をしているのは、ロエとルシビであったからだ。


 ルシビはロエを認めた事により、心にあった一方的なわだかまりが消え、ロエに対する接し方が今までとは真逆になっていた。

 ロエもそれに気づき、ルシビを受け入れたのだ。


「不思議な事もあるものだね~」

「ねぇ~」

「まぁ、仲良くなるのは良い事でしょ」


 女性達の会話を聞いていたウィロが口を開く。


「他人を認める気持ちって大切なのよ」


「あ、ウィロさん」

「うーん、認める気持ちかぁ~」

「つまりあの二人は、お互いを認め合ったってことかな?」

「あの二人がね~」


「ほら、ナレリー、リフス、アリエ、お客さんだよ」 


「はーい」

「誰だろう? 初めての客なら燃えちゃう気分」


「わしの客は誰かの?」


「やめてアリエ、それまじでうける~」

「あははは、ねぇー」


 アリエはまたしてもロスの真似をしていた。

 女性たちが各部屋に戻って行った後、ウィロは一人佇んでいた。


 認め合う気持ちか……


 ウィロはこの時、ガーシュウィンを思い出していた。  

   




「ドドドドド」


 2頭の馬が街道を駆けて向かっているのは、ストビーエの方角。

 正門から子供を抱いたノデスらしい人物が、馬で外に出た事を耳にしたヘルゴンの隊員カロは、一人を報告に行かせ、二人でノデスの後を追っていた。


「ハイ! ハイハイ!」


 馬を操るカロの鋭い視線は、常に街道の先に向けられている。

 

 まだ…… まだ見えない。何とか、何とか街道で追いつきたい。村や町に入られると、探すのに手間がかかる。だいぶ時間は空けられたようだが、私とリマンの馬なら、追いつくのも不可能ではない。


「ドドドドドド」


 カロともう一人の馬は、スピードと体力に定評があり、ロルガレはそれを承知しているからこそ、カロを正門に向かわせたのであった。

 

 その頃ノデスは子供を抱いている事もあり、馬を早く駆けさせる事が出来ずにいたのだが、目的地であるストビーエの直前まで来ていた。

 森の木々が開けたところで、後ろを気にして振り返ると、遠くに猛然と駆ける二頭の馬が見える。


 うっ!? ま、まさか!? 

 いや、あの服の色…… 間違いない、ヘルゴンだ!


「ハイ!」


 手綱を振るい、馬のスピードを上げるノデス。

 そしてカロたちもまた、ノデスに気付いていた。 

 見えた! 一瞬だが見えた! あれに違いない!


 馬を走らせながら後ろを振り返るノデスだが、木々に阻まれヘルゴンの姿は見えなくなっていた。


 まだ、まだまだ距離はだいぶあった。

 奴等は恐らく休憩も無しで追いかけてきているのだろう。それなら、馬も疲労しているはずだ。

 大丈夫、大丈夫だ。


 ストビーエに住んでいる、以前タレコミ屋として使っていたチンピラ宅に向かっていたノデスであったが、追って来るヘルゴンに目的地を悟られないよう、一度ストビーエを素通りする。


 だいぶ遅れてストビーエに到着したカロとリマンは、ここで二手に分かれる。


「お前はストビーエに行け! 私は街道を行く!」


「おぅ!」


 カロには先を走るノデスは見えていなかったが、着実にその距離は縮まっていた。


 街道を進むノデスは後ろが気になり、何度も何度も振り返る。


 どうする? 森に隠れてやり過ごすか? 

 いや、確かこの先には見通しの良い場所が…… そこで、そこでバレてしまう。

 例え隠れる事であいつらを撒いたとしても、後ろから更に多数のヘルゴンが来ている可能性は高い。

 それなら…… もうストビーエには戻れまい。

 兎に角、兎に角今は、距離を少しでも空けよう。


 子供を左手に抱きかかえている状態では、思うようにスピードが出せず、見通しの良い場所で再び互いを目視する。


「いたな!!」


 くっ、何と、何という馬だ!? 僅かだが、追いつかれている!


 ノデスは限界まで馬のスピードを上げる。

 そして、再び見通しの良い場所で後ろを確認すると、やはり距離が縮まっているように感じた。


「……」

 

 まだ距離はあるとはいえ、縮まっている事でノデスは再び選択肢に迫られる。


 どうする……

 やはり森に隠れてやり過ごすか!?

 いや、暗くなったから魔獣も気になる。森は、森は無理だ。

 

「バフゥバフゥバフゥ」


 馬の呼吸が荒くなっているのに気付いたノデスの胸に、ある事が浮かぶ。 


 そういえば…… この先には、イドエが……

 それなら必ず、必ず……



 ヘルゴンの隊員カロが最後にノデスを目視してから数十分後。


 くそ! さすがに俺の馬もバテバテだ! だがそれはノデスも同じなはず! どうする!? 馬を置いて、強化魔法で俺が走るか!? いや、それだと戦闘になった時の魔力が心配だ。暗くなったので魔獣の事もあるから、出来るだけ魔力は温存しておきたいところだ。 

 くっそ! 見通しの良い場所が無くて、あれからノデスを確認できていない。

 もしかして、森の中に隠れていたかも知れない。

 どうする!? 引き返すか!? それとも……


 そう考えていたその時、暗い街道の真ん中に、人の様なものが立っているのが薄っすらと見えた。


 魔獣!? いや、人だ……

 

「ドウドウ。ゆっくり、ゆっくり止まるんだ」


 馬はカロの指示通り、徐々にスピードを落としていく。


 あれは…… ノデスだ、間違いない。


 警戒しながら馬から降りたカロは、視線を合わせて確認を取る。


「お前は上級警備士のノデスに間違いないな?」


「……そうだ」


「私はセッティモ教会所属のヘルゴン、カロ・ミシャだ」


 そう名乗って周囲を見回した後、再びノデスに視線を向ける。


「……馬と子供は何処だ?」


「何の話だ? 私は見ての通り……」


 俺の馬は、俺に似ず、かしこい馬だ。あの馬なら必ず……


「……一人だ」


 その言葉を聞き、ノデスが逃がした子供を追う為、カロが馬にまたがろうとしたその瞬間、ノデスのイフトに変化が現れる。


 どうやら、魔力を温存しておいて正解だった…… 

「ようだな!」


 カロは馬にまたがるのを止め、すぐさま魔法で応戦する。

 警備のノデス、そしてヘルゴンのカロの戦いを、森の中からある人物が見ていた。

 その人物は月明かりも無く、星の僅かな光しかない中で、まるで夜行性の動物の目を持っているかの様に二人の戦いを見ている。


「二人共っわ。あらららら、先に仕掛けた方が負けちゃった」


 

「くっ!」


「大人しくしろノデス! 暴れなければ、これ以上の危害は加えはしない」


 だっ、駄目だ、やはりヘルゴンには勝てない。それにもう、魔力が…… 


「わ、分かった。大人しくする……」


 そう言うとノデスは剣を置き、地面に座り込む。


 くそ! 時間稼ぎにまんまと付き合わされてしまった。


「ノデス! 子供をどこに逃がした!? 言え! 正直に言え!」



 俺は…… ただ単に…… 



「ハァハァ」


 だんまりか…… くっそ! もう暗い。子供はどこか知らないが、もう既に魔獣に襲われているかも知れない。

 まぁ仕方ない、最悪ノデスだけでも確保出来て良かった!


 そう思い、息の乱れたノデスを見詰める。


「ハァハァ」


「今からお前を拠点ローコスに連れて行く」


 そう口にしたその時、ストビーエの方角から馬の足音が聞こえてくる。


 この足音は? 


 カロが振り向くと、仲間のリマンが馬で走って来るのが、暗闇の中微かに見えた。


「おぅ、リマン来たか!」


「ドウドウ」


 ストビーエには入っていないと判断して追いかけて来たリマンの目に、地面にしゃがみ込んで俯いているノデスが映る。


「子供は、子供は何処だ!?」


「それが、どうやらこいつが馬ごと逃がしたらしい」


「何!? よし、俺が追う!」  

  

 そう言ったリマンが、再び馬を駆け始めようとしたその瞬間!

 ノデスが剣を拾って立ち上がり、馬の前に立ちはだかる。

 リマンを見ていたカロは反応が遅れてしまい対処できずにいたが、邪魔をされたリマンは素早く手綱を引き馬の向きを変えると、咄嗟に剣でノデスを突き刺す。


「ぐわぁ!」


 リマンの剣は、ノデスの首に突き刺さり、大量の血飛沫ちしぶきが飛び散る。



「あーあ~、物騒だね~」

  


 この時ノデスは、自分が倒れていくさまを、スローモーションの様に感じていた。


 俺は…… 俺はただ単に……

故郷セッティモで大きな争いが起きるのが嫌だったんだ。それに、あの子を…… 身寄りのないあの子を助けてあげたくて…… ただ、ただそれだけ……


「ドサン」

 

「しまった! 直ぐに血を止めろ!」 


「もうやっている!」


 慌てる二名のヘルゴンと倒れたノデスを、ゼロアスは腕を組んで森の中から見ている。


「ガルルルゴォル」


「ん? そう、さっきから血の匂いがするよね。だけど駄目だよ」


 甘えてくる魔獣を、幼い子供に見られたもふもふの耳をピンと立て、尻尾であやしている。


「何が原因で争ってたかは知らないけど、刺された奴は助からないね。ふふーん」


「グァルル」


「ぷぷ、そんなに食べたいの?」


 ん~、まぁこの辺りならいいか……


「じゃあ死体を置いていったら、こっそり持ってきてあげるからね」



 同じ頃、新街道と旧街道が交わる場所の近くで、タオルケットの様なもので鞍に縛り付けられている子供を乗せた馬が、見回りをしていたバリィによって発見されていた。

 それは、今のイドエ周辺には必ず警護が居ると思っていたノデスの読み通りであった。


「ドウドウドウ。お馬さん止まって」


「うぁああああん、うあああああん」


「はいはいはい、どうちたの? 泣かない泣かない、大丈夫よもう。あちきがついているからね」


 鞍から降ろした子供を、バリィは優しく抱きかかえる。

  

 辺りに人の気配は無し。もう暗いのに馬に縛られてこんな場所に…… これは何か、確実に裏がありそうね……


「うぎゃあああん、えええーーん」


「あら、どうしましょう」


 泣き止まない子供に慌てたバリィは、ハゲ頭を両手で抱きかかえた子供に向ける。


「ほらほら、お月様よ~。しかも満月~」


「うあああん…… ひっく、ひく。まんげちゅ?」


「そうよ、満月よ。ほらお月様に触ってみなさい。つるつるして気持ちいいわよ」


「……つるつる、つるつる」


「そうそう、気持ちいいでしょう?」


 バリィは己のハゲを使い、子供をあやす事に成功したことで、満面の笑みを浮かべた。




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