138 嫌疑
数頭の馬の足音が警備館の前で止むと、8名のヘルゴンがドカドカと
ざわつく警備や職員を横目に、その8名はある部屋に一直線に向かう。
「バン!」
激しい音を立ててドアを開けると、そこにはノデスに加え、死体発見現場の捜査をしている5名の警備の姿があった。
6名のヘルゴンが警備を一人ずつ部屋から連れだす。
驚いた警備B~Fは声を上げる。
「え?」
「ちょっ、ちょっと!?」
「な、なんなんだいったい?」
「誰なんだお前達!?」
「おっ、おい!?」
するとそこに、10名近い警備が何事かと訪れ、声を荒げる。
「誰だお前達は! ここは警備館だぞ!」
それに一人の隊員が応える。
「私たちは
「えっ?」
へ、ヘルゴン……
「時間は取らせません。少し確認したい事があるだけです」
「……は、はい」
集まって来た10数名の警備は、その場から距離を取ってゆく。
「ドンドン!」
「ん、誰だ?」
ノデスの隊の部屋から少し離れた部屋のドアがノックされた次の瞬間、返事も待たずにドアは開かれる。
「誰だ!? 勝手に!」
「落ち着いて、私たちはヘルゴンです」
ヘルゴン!? なんだってヘルゴンがここに?
「すまないが、しばらくこの部屋を借りたい」
その部屋に居た警備は、驚きながらも指示に従う。
ヘルゴンの隊員がいるその部屋に、警備Bが通される。
「な、何ですかいったい!?」
「今から質問をするからそれに答えてくれ。良いな?」
「え? は、はい……」
一方、ノデスがいる部屋では、まるでノデスの身体を撫でまわすかのように、ロルガレの気味の悪いイフトが溢れ出ていた。
「ノデスとおっしゃいましたよね?」
「はっ、はい……」
「もう一度報告書を見せて貰えるかしら?」
「勿論です、どうぞ……」
ノデスは、再び訪れると言ったロルガレの為に用意していた最終的な報告書を渡す。
机の上には、もう一部同じ報告書が用意されており、ロルガレはそれを部下に取るように促す。
「それも同じ物?」
「はい。ここに保管する物と、
「そう」
一人の部下が報告書を持ってノデスの部屋から出て行き、警備Bが連れていかれた部屋に居るヘルゴンの隊員に渡す。
「これだ」
受け取った隊員はその報告書に目も通さず、直ぐに警備Bに渡した。
「その報告書を書いたのはどなたでしょうか?」
「え、勿論
「あなたも既に読んでいますか?」
「ええ、現場にいた者は皆最終的な報告書に目を通してチェックしています」
「なるほど。ですがもう一度今、目を通してくれますか?」
「わ、分かりました」
な、何だってんだよ、いったい?
数分後、報告書にさっと目を通したBが顔を上げると、直ぐに質問をされる。
「どうでしょう? 書き損じなど、何か気付いた事はありませんか?」
「……はい。あ、あの」
「なんだ?」
「嘘を書く必要もありませんし、馬を見つけた事も、書き加えましたし……」
ヘルゴンの隊員は、そう口にするBをジッと見詰めている。
……本当に、なんなんだよ?
「そうか…… では、外で待ってもらえますか」
「は、はい……」
警備Bが部屋から出ると、入れ替わってDが入って来る。
その間Bは、一人のヘルゴンと共に、先ほどまでいた部屋から離れた場所に立たされていた。
……俺達は何も、何もしていないのに、どういう事なんだ!?
ノデスの部屋では、ロルガレが報告書の隅々にまで目を通している。
やはり、記されてないわね。その子供の事が……
それなら、今回の件に全く関係のない取るに足らない事なのか、それとも……
もう一つの部屋では、先ほどBに行われた事と全く同じ事がDにも行われていた。
「何か書き損じは?」
「はい。ありません」
「そうですか。では、部屋から出て指示に従ってください」
「はい……」
Dが部屋から出ると、次にEが代わりに入り、さらにその後Fの聞き取りも終わり、最後にノデスの指示でBに首を絞められたCが入って来た。
何だよいったい!? 俺達が何をしたというんだ!?
「その報告書に目を通してくれますか」
「はい……」
Cは言われた通り、報告書に目を通してゆく。
「些細な事でもいいので、書き損じはありませんか?」
「……ええ、別にありませんけど」
そう答えていたその時、報告書を捲っていたCの手がピタリと止まる。
そして、一度目を通したページに戻って何かを確認しているような動作を取る。
「……」
その様子を、ヘルゴンの隊員は見逃さず、別の隊員にロルガレに報告するようアイコンタクトを送る。
ノデスの部屋で黙って椅子に座って何かを待っていたロルガレの元に、一人の隊員がやって来て何かを耳打ちする。
立ち上がったロルガレは、ノデスを一瞥した後、そのまま部屋から出て行き、代わりに報告に来た隊員が、まるでノデスを見張る様にそこに居座る。
「……」
この時ノデスは、落ち着かない様子であった。
警備Cのいる部屋に、ロルガレが入って来て、直ぐに質問をする。
「報告書に記載されていない事を思い出したのかしら?」
「いえ、あの……」
現場に居た、あの浮浪者の子供の事が記されていない……
もしかして、こいつらそれを知りたいのか……
Cは報告書から、ロルガレに一瞬だけ目を向ける。
「……」
どうしよう…… 言ってしまうか…… Bに突然俺の首を絞めさせるような
ここで記載漏れをチクって、奴の評価を下げてやろうか!
「どうしたの? 悪いようにはしないから、気付いた事があれば正直に言ってみて……」
「え、ええ……」
けど…… けどどうしてヘルゴンはこんなにも必死になっているんだ?
それと、子供の事を書き忘れるなんて、神経質な上士らしくもない。
この時、警備Cは何かに気付く。
もっ、もしかして、あの子供は犯人を…… それなら、上士はどうしてあの子供を庇うんだ?
ヘルゴンに教えて、点数稼ぎでもすればいいのに。
上士が言わないのなら、俺がここでチクって、点数稼ぎでもしておくか!?
けど…… けどどうして、どうして上士は子供を……
黙って報告書を眺めているCに、ロルガレは鋭い視線を向けている。
こいつ、知っているわね……
「……」
何かを決心したCは、顔を上げる。
「この報告書……」
この場に居るヘルゴンは、Cの言葉に集中している。
「この報告書に……」
「……」
「書き損じはありません!」
「……確かなの?」
「はい。適当な事を言えば申し訳ないので、何度も確認致しましたが、間違いなく全て書かれております」
「……そう。では、他の警備の所で待っていてくれる?」
「はい! 失礼します」
Cが部屋から出て行くと、ヘルゴンの隊員が、ロルガレに話しかける。
「
「……馬鹿ね~」
「はい?」
「ここは泳がす方が賢明よ」
「は、はい……」
「今の奴の態度といい、何かを隠しているのは間違いないわ。だからこそ、泳がすのよ」
「はい」
「慌てない、慌てない」
「分かりました」
隊長の
ロルガレは、舌なめずりをした。
ノデスとヘルゴンの隊員がいる部屋に、別の隊員が報告書を持って現れる。
「お待たせして申し訳ない。全ての者に確認しました」
そう言って、報告書を机の上に置いた。
「上級警備士、ご苦労様でした」
「い、いえ、自分達の仕事をしたまでです」
「……後でその報告書を、教会に届けて頂けますか?」
「は、はい。勿論お届けします」
「では。おい、行くぞ」
「はい」
二人の隊員が部屋を後にすると、入れ替わる様に警備B~Fが入って来た。
「上士、いったい何だったんですかあれ?」
「……さぁな」
「ひでーよな。俺達はちゃんとチン〇探してたのに、何だよあの態度」
「全くだよ。警備長に報告して、教会に文句行って貰いましょうよ!」
「おいおい、そんな事、無理に決まっているだろ」
「そうですよ、無理無理」
ヘルゴンに対して文句を言っている警備達であったが、Cだけは黙ってノデスを見つめていた。
ふん、チクってもよかったんだけど、そんなんであんたに仕返ししても、つまらないからな。
だけどこれは、貸しだからな…… いつか必ず、返して貰うからな。
「よし、俺達深夜組は、もう今日は終わりだ」
「はい」
「ふぅ、ヘルゴンが来なければ、もっと早く上がれたのに」
「まぁまぁ」
「あ、上士」
警備Bが、ノデス部声をかける。
「なんだ?」
「教会に報告書を出しに行くのでしたら、お供しますよ」
「大丈夫、俺一人で行って来るよ。ちょうど帰り道だからな」
「そうですか、分かりました」
深夜から昼過ぎまでの長い勤務時間が終わり、私服に着替えた後、各自家に帰って行った。
その頃プロダハウンのスタジオでは、歌の練習が続けられている。
相変わらずユウは一人で悩んでおり、その間発声を教えているコリモンは、一人の少女に注目していた。
それは……
「んふ~ふ~♪」
コリモンの目に映っているのは、キャミィであった。
うん…… うんうん、透明感がって美しい声だの。リズムは褒められんがの、個性的な歌い方で、発声も素晴らしいのぅ。最初はどうなるものかと思ったがの、素質があったんだの~。
コリモンは、他の少女達にも目を向ける。
他の子もの、上達して来て悪くはないがの……
ただの……
「……」
あのガーシュウインさんが納得する水準とは、とてもじゃないがの、思えんがの……
制服で教会に現れたノデスは、職員に報告書を手渡す。
「これが事件の報告書です」
「はい。伺っておりますので、預からせて頂きます」
「お願いします」
報告書を渡して教会から外に出たノデスは、自宅に向け歩き始めた。
そのノデスの跡を、つける者がいた。
この時既に、ノデスだけではなく、現場に居た警備B~F全てに、ヘルゴンの尾行が付いていたのであった。
店に寄って食べ物と服を買ったノデスは、自宅へと戻る。
魔法で鍵を開けて中に入ると、死体発見現場に居た幼い子供がノデスを見つめている。
その子供に笑顔を向けたノデスであったが、部屋を見回して笑顔は消えてゆく。
「あ、あー……」
花を活けてあった花瓶は割れてしまい、棚にしまっていた本、それに服も床に散乱している。
「ふっ、ふふふ」
だが直ぐに笑顔を見せたノデスは、床に座っている子供を抱きかかえ、立ち上がらせる。
そして買って来た服に着替えさせ、椅子に座らせた。
「お腹がすいているだろ? 少し待っていてくれ」
買って来た食べ物を皿に移し、子供の隣に座ったノデスは、スプーンですくったスープを、子供の口に運ぶ。
「ズズズー」
「おっとぅ!? 音を立ててはいけないけど、今日は特別だ」
「ズズー」
「美味しいかい?」
「うん」
「そうか。スプーンを使って食べれるかい?」
「うん」
ノデスから受け取ったスプーンで、スープをすくい口に運ぶ幼い子供の母親は、既に数年前に死亡しており、最近まで面倒を見ていた父親も、数日前に路上で死亡していた。死因は、長年に至る酒の飲み過ぎによる病死であった。
父親の死を知らないまま、ゴミに埋もれて過ごしていた子供は、ノデス達に気付かれなければ、恐らく近いうちにその短い命を終えていただろう。
聞き込みからその事実を知り不憫に思ったノデスは、自宅へ連れ帰っていたのだ。
パンをかじる子供を、ノデスはまるで父親の様に優しい表情で見守り、頭を二度三度撫でる。
この子を、どうしようか……
幸いなことに、この町には預ける施設はいくらでもある。
ましてや警備の自分が連れて行けば、断られる事も無いだろう。
だけど…… この子は、恐らく犯人を目撃している。この子の口からそれが施設の職員に知れ、さらにヘルゴンに知られれば、この子がどういう運命を辿るのか、何となくだが想像できる。
「……」
「おっ……」
「うん? なんだい?」
「お、美味しい」
「……そうか」
ノデスは再び子供の頭を優しく撫でる。
いっその事、私が面倒を……
この時、ヘルゴンの隊員がノデスの自宅の様子を伺っていた。
教会では、ノデスの報告書を、職員がブラッズベリンに届けていた。
「司教様、失礼します。これが報告書でございます」
「ご苦労様です」
「バタン」
報告書を届けた職員が部屋を後にすると、ブラッズベリンは直ぐに目を通し始める。
「……」
しばらく後になって馬が発見された…… か。
気持ちは、分からなくもないがレリス……
少々、おいたが過ぎるな。
警備から正式な報告書が提出された事で、本部に今回の件を報告する為、レトロ石板のある特別な部屋に向かった。
本部は、どの様に動くやら……
出来れば、私の想定外であって欲しい。
その方が…… 楽しめる。
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