137 隠し事
警備館の受付近くで警備Aを見詰めている者はそのイフトから、異様な雰囲気を
「……」
この数時間前……
「こちらでございます」
窓も無い薄暗い部屋の中には、レリスに殺された男の死体が、薄い布を掛けられて横たわっている。
「……」
その死体を見た途端、その者はワナワナと身体が震え始め、それに気づいた者達は、そそくさと部屋を後にする。
「……たっ、たいちょう~」
死体に掛けられている薄い布を、ふわりと優しく捲ると、その視線は死体の表情ではなく、股間に向けられていた。
「オッ、オティ〇ポを…… 傲慢で誇り高き
レリスに殺された男の股間を見詰め涙を流す者から、うす気味悪いイフトが溢れ出る。
「どぉー、こぉー、よおぉぉ!」
その時、部屋の外で待っている者達は、体がぞくぞくと震え、冷や汗を流していた。
「たいちょう~、必ず…… 必ず仇を取りますからねぇ」
そう言った後、遺体の前で平伏した。
自分の隊の部屋に通した警備Aは、報告書を鞄に入れると、まずは
「私は上級警備士のラキン・ノデスです。どうぞよろしくお願いします。直ぐに準備をしますので」
警備Aことノデスはこの時、目の前にいる者から異様なイフトを感じていた。
「その必要は無いわ」
うぐっ……
「私は、セッティモ教会
ヘルゴン!? フィツァ!?
それにしても、こ、この声は……
「ヴァリアン・ロルガレ」
まるで、頭の中に直接……
「早速ですが、報告書を見せて貰えるかしら?」
ロルガレの髪の毛は女性の様に長く、199cmと身長は高いが、その身体つきは、病気ではないかと心配してしまうほど
そしてその異常に甲高い声に一瞬表情歪めそうになったノデスは、一度鞄に仕舞った報告書を取り出すと、丁寧に手渡す。
「どうぞ……」
てっきり使いが来て、俺が出向くと思っていたのに、逆にヘルゴンの
しかし、服装も普通で、一見ではヘルゴンとは分からない。
一体何故?
受け取ったロルガレは、いくつかある椅子の中から、無言でノデスの椅子に座り、一枚一枚目を通してゆく。
その様子を、ノデスは立ったまま見ている。
「……」
読み終えると、机に報告書を置いた。
「質問をいいかしら?」
なっ、慣れないな、この声……
「はい」
「目撃者はいないと記されていますが」
「……」
「これに、間違いはございません?」
「……はい、今の所間違いありません」
ロルガレは椅子に座ったまま、立っているノデスを見詰めている。
「今の所…… では、捜査も継続中?」
「勿論です」
「そう…… でも」
「……」
「もう必要ないわ。後は、
ぐくっ…… な、なんてきっ、気色の悪い声……
その時、警備Bが突然部屋に入って来る。
「上士、馬が見つかりました!」
ロルガレが居る事に気付いたBは驚く。
「あっ、あの……」
「……」
「すみません、来客中でしたか……」
ノデスがロルガレに目を向けると、どうぞとばかりに頷く。
それを見たノデスは、Bに問いかける。
「馬?」
「はい。したっ…… いえ、遺体の方の馬が、ロテイ地区で見つかりました」
ロルガレは、鋭い目でBを見ている。
「何処かに繋がれていたのか?」
「いえ、ほっつき歩いていたみたいで、Fが見つけました」
「間違いないのか?」
「はい、たぶんですが……」
「たぶん?」
「ええ、その…… 現場近くに居た教会の方に確認して頂いたのですが、あまり多くは教えて貰えず……」
「そうか……」
馬か……
つまり、馬でロテイ地区まで訪れていたということは、教会の業務か……
そう考えていたノデスは、自分の椅子に座っているロルガレをチラ見する。
隊長の馬が見つかった……
「馬が見つかった場所は、ロテイ地区で間違いないの?」
うっ! だ、誰だこの人?
困った警備Bは、ノデスに視線を向けると、ノデスは頷いて促す。
「は、はい。間違いありません」
その甲高い声に一瞬驚いているBは、誰かも分からないロルガレの質問にそう答えた。
隊長の遺体が発見されてから、
「……」
そう、そうね…… これは間違いなく、
町への出入り口は既に抑えてある。
つまり、隊長を殺した者、もしくはその共犯者はまだ、
そう思ったロルガレから、イフトが漏れ出す。
うっ!?
くくっ!
ノデスと警備Bは、そのイフトに思わず顔を歪めた。
「それで…… 馬は今何処?」
「かっ、確認を求めた教会の方に、お渡ししました」
「そう……」
ロルガレは立ち上がり、部屋から出て行こうとドアを開けると同時に歩みを止め、警備たちに背中を向けたまま口を開く。
「また後で現場に居た警備全員から話を聞きたいの、一応ね。宜しいかしら?」
「は、はい、勿論構いません」
返答を聞いたロルガレは、部屋から出て行った。
「……ふぅ」
ノデスが息を大きく吐くと、Bも釣られたかのようにそれに続く。
「はぁー、凄い声ですね。どなたですかあれ?」
「……
「えっ!? ヘルゴンの、しかもフィツア!? じゃあ、現場に居た教会の人達もまさか……」
そう、恐らくそのまさかだろう。普通ヘルゴンの仕事といえば、教会内の警備と要人の警護…… 本来ならあまり表に出て来ることは無いはずだ。それなのに…… 普段着を着て欺いているのに、わざわざ名乗るとは…… よほど俺たちに、圧力をかけて情報を引き出したかったのだろう。
「……ところで、現場はどんな感じだ?」
「
「そうか……」
「俺達はどうします?」
「……もう俺達は必要なさそうだ。つまり、捜査は終わりだ」
「そうですか!」
警備Bはホッとしていた。
「だが、馬が見つかった事を、報告書に書き加えておく。詳しく教えてくれ」
「はい」
数分後……
「では、皆に戻るように伝えてきます」
「あぁ」
部屋から出て行くBを見送ったノデスは、視線を落とし俯いていた。
「……」
警備館を出て自分の馬の所に向かっていたロルガレは、やってきたレリスとすれ違う。
お互いその姿を視界には捉えているが、視線を向けようともせず、ロルガレは馬に乗り去って行った。
うふ、お茶目のおすそ分け。気に入ってくれればいいけど。
レリスはそう心で呟いて笑みを浮かべた後、警備館に入って行った。
スタジオでは……
コリモンと他数名が訪れ、少女達に発声や歌い方のアドバイスをしている。
その間腕を組んで椅子に座っているユウは、上を向いたり俯いたり、はたまた目を閉じたり突然見開いたりと、落ち着きのない様子であった。
「うーん…… グループ名……」
シンが言ってたけど、確かあの野外劇場の名前は星の道だったよね。
シンプルだけど、凄く良い名前だ。
うーん、それに因んだ名前にしようかな…… それとも…… イドエという村の名前を入れるとか…… いっそのこと下り道13にしようか? いや、14にして姉妹グループという事に!?
つまり異世界にクダミサの妹グループが……
うん! これは良い!! いや…… だ、駄目だよ、クダミサは僕が作ったアイドルじゃないし、許可も貰って無いし、いくらここが異世界だからといっても、そんな勝手に……
うーん…… やっぱりこの世界の人に合わせた方が良いよね。だけどそれだと、直ぐに思いつかないんだよな~、困ったなぁ。
シンプルに皆の頭文字を取って、それを良い感じに並べて……
えーと、ナナちゃんのナに、リンちゃんのリ、パルちゃんのパ、キャロちゃんのキ、プルちゃんのプに、クルちゃんのク、そしてキャミィちゃんのキ、ナリパキプクキ。
これを並び替えてっと……
パクキキナプリ…… 不味そうなアイスクリームみたいな名前だ。
また並びを変えて、プパキクキナリ…… なんだこれ?
えーと、他には、プクキナパリキ、リキナプクキパ、ナクリキキパプ、キパキリプクナ。だっ、駄目だ! 変な魔法の呪文みたいになってしまう。
頭文字のアナグラムは諦めよう……
「うーん……」
おかしなユウの様子を見て、少女達は気にしていた。
「いったいどうしたっぺぇ?」
「クルクル、頭がおかしくなったの?」
「クル、そんな真っ直ぐに言っちゃ駄目だよ。でも、かわいい~」
「何か悩んでいるみたい」
「シンさんに何か言われたのかな?」
答えが分からない中、ナナだけは黙っていた。
「……」
またシンに何か押し付けられたっぺぇかな?
何を悩んでいるか知らないっぺぇけど、うちに…… うちに相談してくれればいいっぺぇのに……
「うーん、明日までに…… 困ったなぁ」
その頃下の階では、演出家のネル・フラソを中心として、シンと話し合って決めた事を着々と進めていた。
「フラソさん、いかがでしょうか?」
振付師のビシャンが、問いかける。
「うーむ、ガーシュウィンさんがおられるのに、私が主導しても宜しいものか……」
「それはそうですが、この件に関してはシン君が、フラソさんにと」
「それなら…… ですが、演劇とは違うので、いったい何が良くて悪いやら……」
「そうですね……」
シン君からは、見た目の美しさに拘ってくれと言われている……
取りあえず言われた通りそこに拘って、後でシン君に確認して貰おう。
「ではビシャンさん」
「ビシャンと呼んでください、
そう言ったビシャンの目を見つめながら、フラソは微笑む。
「……分かりました」
「ビシャン」
「はい!」
「あと2、3パターンの振り付けもお願いします」
「分かりました。直ぐに! おーい、ラペス」
走ってラペスの元へ向かうビシャンを、フラソは口元に笑みを浮かべて見ているが、直ぐに気持ちを切り替える。
「ツムス、こっちに来てくれ」
「はい、監督!」
「照明の当て方なんだが……」
「はい!」
「この図面からして、それもあと数パターン欲しい」
「はい。ではこの方角から……」
「ふむ、背後からのも欲しい」
「はい!」
「さっそく試してみよう」
まるで昔のあの頃に戻ったかのような会話を、心から楽しんでいた。
警備館の一室で、レリスは報告書に目を通していた。
予想していた通り、手がかりは無しね……
まぁ、誰かに見られたりとか、流石にそこまで馬鹿じゃないよね。
「お時間を取らせてすみませんが、最終的な報告書を教会に届けてくれますか?」
「はい、勿論お届けします」
「ありがとうございます」
「い、いえ…… あ、あの……」
「何でしょうか?」
ノデスは好奇心を抑える事が出来ず、いや、どうしても知りたくて、つい口にしてしまう。
「な、亡くなれた方は、いったい……」
レリスはゆっくりと俯き、悲しそうな表情を浮かべる。
そんなレリスを、ノデスは見ている。
「……」
「亡くなった方は、
「なっ!?」
何!?
「本当に、惜しい人を亡くしました」
かっ、カピティーンだと!? だ、だから、だから
……なるほど、普段着で捜査しているのも、その為か。
公には、したくないのだな……
驚愕の表情を浮かべるノデスを、レリスは見ている。
クス、広めちゃっていいよ。ヘルゴンのカピティーン様が殺されちゃったってね。うふふふん。
レリスは心で笑っていた。
そしてこの後直ぐに、教会へと戻って行った。
「上士」
Bに言われて先に戻って来たDが、レリスとすれ違う形で現れた。
「……」
「……上士?」
「え? あ、あぁ」
「……どなたですか、今部屋から出て来た少女は?」
「……ブラッズベリン司教様の
「えっ、えー!? そんなえらい方だったのですか!? 俺すれ違ったのに、あいさつもしなかったですよ! 大丈夫ですかね?」
「……」
「あ、あれ? 上士?」
しかし、まさか殺されていた男が、ただの幹部ではなく、ヘルゴンのカピティーンだったとは……
思っていた以上に、
「……」
そ、そうだ、とりあえず報告書に…… いや、駄目だ。
警備長には、直接伝えよう。
この時ノデスの身体は、小刻みに震えていた。
上士…… どうしたのだいったい?
プロダハウンで下着を制作している者達が慌ただしく動いている中、ワイルだけはシンから渡されたデザイン画をジッと見つめていた。
何度確認してもこれは、今までのものとは色彩に大きな変化がみられる……
それに、形がシンプルで、これはこれで素晴らしいけど。
「……」
これとか、ゆったりしていて、従来の下着に近い。
「新しいデザインの型は出来たかの?」
「あ、今から作ります」
「頼むの」
「はい」
会話が終わると、ワイルは再びデザイン画に目を戻す。
あえて斬新さと奇抜さを外して、万人にうける様なデザインにしたのか……
だけどもしそうなら、意図的に今まで避けてきた問題に直面する事になる。そうそれは、この辺りの確立している製造業に波風を立てる行為だ。
……まぁ、作ったからといっても、採用するとは限らない。まだ、試作の段階だ。
それに、今作っている下着も、全く無風という訳でもないし、決めるのは消費者であって、我々ではない……
ワイルはそう自分を納得させ、制作に取り掛かった。
警備館を後にしたロルガレは、セッティモ教会の敷地内にある、
「隊長の馬は何処?」
「こちらでございます」
「もう調べたの?」
「はい。見た感じ、おかしなところは見当りませんでした」
「……そう」
歩いているロルガレの前方に、殺された男の馬が見えて来る。
その周囲には、数十人の
「ブルルルルル」
「落ち着きなさい」
「……」
何もないわね……
「ブルルルル~」
「よしよし、あなたは隊長の大切な馬……」
馬の顔を撫でながらそう口にすると、突然剣を抜き、首を一刀両断にする。
「ザシュッ」
切り落とされ地面に横たわる馬の目は激しく瞬きをし、頭を失った身体は、足を上下に二度三度動かした後、その場に倒れていく。
「ドスン」
倒れた音と同時に、馬は瞬きを、しなくなった。
「最後まで…… お供しなさい」
剣を振り、血を飛ばしてから鞘に納めると、近くに居た者に問いかける。
「馬以外に何か新しい報告はないの?」
「……はい、ご、ございません」
「そう……」
……お〇ィンポは、まだ見つかってないのね。
ロルガレは、周囲の者達を見回す。
「どんな些細な事でもいいから、今一度考えて。何か私に伝え忘れはないの?」
だが、隊員たちは、誰も口を開かない。
「……」
不甲斐なさを感じたロルガレから、怒りで気味の悪いイフトが漏れ始めると、恐怖から一人の隊員は気が動転し、口をあわあわとさせながら苦し紛れに言葉を発する。
「あっ、あの……」
「……なに?」
「けぅ、警備の一人が、子供を連れていたと聞きました」
ばっ、馬鹿、そんな事言ってどうなるというのだ!? 意味のない事を言えば、余計に怒らせてしまうだろ!?
他の隊員たちはそう思い、中には震えている者もいる。
「……子供?」
「は、はい。げっ現場で、警備の一人がぁ、浮浪者の幼い子供を連れていたと…… い、やっ、野次馬が、そう言っておりました」
浮浪者の子供…… 報告書にはそんな事、書かれていなかった…… わね……
ロルガレの瞳が、暗い闇の様な色に染まっていった。
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