109 心の叫び
無言で自分を見つめるシンを、ガーシュウィンは瞬きもせず見ている。
「……」
「答えてくれぬか……」
シンはもう一度目を伏せた後、再びガーシュウィンの瞳を見つめ口を開く。
「……えぇ、良いですよ」
「……」
「まずはアイドルについてですが……」
「うむ」
「あれは、ユウが空想から生み出した架空のものです」
シンの口調はおだやかで、何一つ乱れていない。
「ほう、空想……」
更に鋭い目をして、シンを見つめるガーシュウィン。
「はい。いつも時間を持て余していた空想好きのユウは、演劇に興味を持ち、その未来をいつも考えていました。その結果、アイドルというものを生み出したのです」
「……なるほど、全てはあの者の想像の賜物という事か?」
「はい」
……ふん、そんな訳はない。
ユウとか申すあの者、悪く言えば単純で、馬鹿正直に話ておるのを簡単に感じ取れた。
つまり、嘘をついているのは、こやつであるのは明白だ。
それなのに……
「それで、次の質問の答えは?」
ガーシュウィンの問いかけに、シンは直ぐに口を開く。
「この世界というのは……」
「ふむ……」
「名前の通り、俺達はウースという田舎の村の出身なので、その俺達からすれば、ウース村以外は別世界だと感じています。ですから、無意識にこの世界という言葉を使っていたのだと思います」
自分とユウの二人が異世界から来た事実を、シャリィ以外には絶対に知られてはいけない。
この村に、その真実が広まれば、どの様な騒動が起きるのか…… 村人達にとって、好ましくない状況になるのは確実である。
「……そうか」
「はい」
この者の瞳、息遣い、挙動に何の気負いも乱れも無い。
ウィロからは冒険者だと聞いておったが、そうとは思えない…… いったい何者なのだ!?
ガーシュウィンは、シンに興味を持ち始める。
少し、
「ユウとか申す者の話は……」
「はい」
「私にはとても空想で作りあげたなどとは思えない」
「……」
「あの者は……」
「……」
「アイドルというものの存在を知り」
「……」
「その目で見て」
「……」
「感じ」
「……」
「己の心に、強烈に焼き付けておる」
「……」
「そうであろう?」
ガーシュウィンは、一瞬の瞬きすらしないで、シンを見つめる。
「あなたほどの人がそう感じる、それほどまでに、ユウの想像力が優れているという事です」
「……ふっ、ふぉほほほほほほほほ」
シンの言葉で、ガーシュウィンは大声で笑う。
ふぉほほほほ、実に、実に幼稚な返しだ。
だが、先ほどからこやつの演技は……
「シンとやら……」
「はい」
「お前は、何を隠しておる?」
そう問いただされても、シンは微動だにしない。
「幼稚な返事をしても、お前自身から嘘を匂わすものは、僅かしか感じない」
「……」
「おもしろい、実におもしろい。見事である。この私が、褒めてやろう」
「……」
「たかだが一介の冒険者が、ヴィセト・ガーシュウインを演技で魅了するなど、そんな事が…… ふぉほほほ」
「……」
笑い終えた後、ガーシュウィンは目を閉じ、口も閉じた。
そして……
「この世界…… か……」
突然ボソッとそう呟いた。
「シンとやら……」
「はい」
「お前は…… もしや……」
シンの中で、ピーンと緊張の糸が張り詰める。
プロダハウンで少女達とダンスの練習をしていたユウは、一人腰を下ろし、上の空であった。
今頃シンは……
「あのユウとか申す者の話……」
「はい!」
「いたく感動した」
「そっ、それでは!?」
「うむ、私の中で眠っていた演劇への情熱を、あの者が再び呼び起こしたのだ!」
「本当ですか!?」
「このヴィセト・ガーシュウィンが、お前達に協力してやろう」
「やったー! ユウ、お前のお陰だぁー」
「あの者に伝えてくれ。私は、お前と共にアイドルというものを育ててみたい、いや、お前の元で、勉強をさせてくれと」
「はい! では直ぐにでもユウを呼んできます!」
ふふふふ、ってな事になっているんだろうな~。
と、いうことは、そろそろシンがここに駆け込んできそう~。
もう直ぐこのドアが急に開いて、皆が驚く姿が容易に想像できる。
「うひっ、うひひひひ」
不気味に笑うユウを、少女達は怪訝な表情を浮かべ見ていた。
「ナナ」
「何だっペぇ?」
「ナナには悪いっぺぇけど、正直気持ち悪いっぺぇ……」
「……リン」
「何だっぺぇ?」
「うちも今、そう思ってるっぺぇ」
それを聞いた他の少女達は、照らし合わせたかのように、同じタイミングで何度も頷いていた。
「お前はもしや……」
「……」
「もしや、この人間の世界では無く……」
「……」
「インフェルノからやって来た、魔族なのか!?」
「……いいえ、違います。俺は人間です」
ガーシュウィンの瞳をジッと見つめながら、シンは返事を返した。
……むう、乱れた。初めて乱れおったな!
だが、嘘で乱れた訳では無い。今のは、安堵感……
いったい、何に安堵したというのだ!?
「お前達は、何の目的でこの村に関わっている?」
「この村で失われた信頼、冒険者の名誉を、回復する為です」
その言葉で、ガーシュウインは下を向き、身体が揺れ始める。
「ふふっ、ふぉほほほ」
ガーシュウィンは、再び笑う。
「いいぞ…… 実に良い」
「……」
「先ほどの乱れを直ぐに消し去りおったな」
「……」
「……お前はいったい、誰に演技を習ったのだ?」
「誰にも、習っておりません」
「ほう、自己流か…… ますますおもしろい。どの様な環境で育ったのか、興味を惹かれる」
「……」
「だがな……」
「……」
「お前ほどの者も、それ以上の者も、私は腐るほど見てきておる。素晴らしい名優達をな」
「……」
「その名優達を脳裏から消し去るほど、お前がスペシャルという訳では無い」
「……」
「つまり、私の気概を刺激するほどではないのだ。……だが、久しぶりに楽しめた。夕食はまた芋のスープを持ってこい。良いな」
「……はい」
これは一歩前進だと捉えたシンは、素直に従う。
「話はこれで終わりだ」
「……分かりました。失礼します」
安堵と落胆の入り混じった感情のシンが、ガーシュウィン宅を後にすると、直ぐに入れ替わるように一人の者がドアを開け中に入ってゆく。
「誰だ……」
それにしても、遅いなぁシン……
いくらなんでも、そろそろ僕を呼びに来てもいいと思うけどな~。
一人落ち着きのないユウを、少女達はみている。
その視線に気付いたユウは、ばつの悪そうな表情をする。
「昼から急におかしいっペぇよ?」
「えっ!? そ、そうかな……」
「そうっぺぇ、全然あたし達に取り合ってくれないっぺぇ」
「そっ、そんな事無いよ」
ユウがリンの言葉を否定すると、ナナが口を開く。
「そんな事あるっペぇ」
「えっ……」
「うちらがやる気を出してるっぺぇのに、ユウ君が変だっペぇ」
ナナの言葉を聞いたリンは、他の少女の元へ行き、小声で耳打ちをする。
「ユウ君って言ってるっぺぇーよ」
「うんうん」
「クルクル~」
そう言って、優しくナナを揶揄う。
「ちゃんとして貰わないと、うちらが困るっぺぇ」
「あ…… うん、ごめんなさい」
ユウが少女達に謝ったタイミングで、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「あっ!? 来たー!」
急に大声を張り上げるユウに驚く少女達。
「だっ、いったい、誰が来たっペぇ?」
ユウはドアを開け、ついでに口も開く。
「もう~、遅いよシン! あー、分かってるって、
ユウがそう口を開いた相手は……
「お、遅かったかの、すっ、すまんのう。これでもだいぶ急いだんだがの」
「えっ!?」
ユウの前には、一人の老人が立っていた。
「だっ、誰?」
キョトンとするユウを見た少女達は、一斉に吹き出す。
「プッー!」
「ププププゥ、あれはコリモンさんだっぺぇ。どう見てもシンには見えないっペぇけど~」
「クルクル、クルクルクル~」
コリモンは何かをユウに差し出す。
「シン君から頼まれていた物だの。短時間で仕上げた割にはの、良い出来だと思うがの」
「あ…… はい。ありがとうございます」
「まだまだ修正は入ると思うがの、取りあえずの。あー、鍵言葉はかけてないからの。それではの」
「……はい、ご苦労様です」
老人が去って行くのを見届けたユウは、渡された物を見つめる。
これは…… ヴォーチェ!?
「あー!? もしかして!?」
「びっくりしたっペぇ。何度も大きい声を出すんでねぇっぺぇ!」
「ごめんごめん、けどこれ見て!」
ユウはヴォーチェを右手で掲げた。
「ウィロ……」
シンと入れ替わるように訪ねて来たのは、ウィロ。
「今の様なあなたを見るのは、随分久しぶりね」
「そうだったかな……」
「あの子達に、どんな刺激を受けたの?」
「刺激? ふん、無礼な態度で、私を怒らせたのだよ」
「ふーん、そうなの……」
「そうだ」
数秒間、沈黙が続く。
「それで?」
「それでとは?」
「あの子達に、協力してあげるの?」
「ふぉほほ、する訳なかろう」
「……」
「あ奴等に協力して、何のメリットがあるのだ? 私はどちらかというと、これからも今のイドエのままであって欲しいと思っておる」
その言葉を聞いたウィロの目が鋭くなる。
「
「あー、言わなくても覚えておる。それなら、お前もイドエが今のままの方が良いだろう。そのキャミィとか申す者も、イドエが今のままなら問題無かろう。それなのに、何故あの者達に加担する?」
「ええ、確かにイドエが変わらなければ、キャミィは助かるかもしれない。だけど、ずっと安全だって、そういう保証はないわ!」
「どういう意味だ?」
「
「……」
「そいつらを、ママが操作できる保証あるの!?」
「……」
「この村が普通じゃないのは、あなたも知っているでしょ?」
……なかなか、考えておったのだな。
「私達はしょせん、魔法が使えないただの女なのよ!」
「……」
「駒にされることはあっても、指す側にはなれないの……」
「……そう思うのなら、ヨコキに直接言えば良かろう」
「えぇ、後悔してるわ。キャミィがあんな事になる前に、ママを止めるべきだったと、後悔してる…… だけど、今となっては……」
「……別に、今からでも遅くは無かろう。ヨコキに……」
ウィロはガーシュウィンの言葉を遮って口を開く。
「私が言っているのは! ママがキャミィを、キャミィの命を出しに使ったって事なの! そんな事、そんな事をする人じゃなかった! なのに…… なのに……」
項垂れるウィロ。
……人は、信頼している者からの仕打ちを疑問に感じ始めると、その関係は破綻してゆく。
「うっ、うう」
ヨコキとの事は、何を言っても、もう、無駄かも知れない。
だが、そもそも私には、何の関係も無い話だ……
「うぅ、お願い……」
「……何をだ?」
「あの子達に…… あの子達に手を貸してあげて……」
数秒間沈黙が続いた後…… ガーシュウィンの出した答えは……
「……無理だ」
「……」
「先ほども言ったが、私には何のメリットもない。あ奴等は、只の暇つぶしだ」
「……そう」
「ウィロ、君は少々混乱している様だ。大人しくして、ここで落ち着きを取り戻した方が良い」
「……」
その言葉を聞いて俯いたウィロは、少しの間、ピクリとも動かなくなる。
「……」
「そう、そうやって黙って、気を落ち着かせよう」
「……さんざん」
ウィロは下を向いたまま、言葉を発した。
「……何だ?」
「長い間、さんざん私と一緒にいながら」
「……」
「頼み事も聞いてくれないの……」
一拍置いて、ガーシュウィンは答える。
「それとこれとは……」
「関係ないっていうの!?」
そう言うと、涙を流しながら顔を上げ、ガーシュウィンを見つめる。
「……」
「ねぇ!?」
「……何だ?」
「あなたは何しにこの村に来たの!?」
その問いかけに、沈黙するガーシュウィン。
「ねぇ、私は、いったい誰に似ているの!?」
「……」
「どれぐらい外見が似ているか知らないけど、その人じゃないものね私は!?」
ガーシュウィンの視線が、テーブルに置かれている本に一瞬だけ向けられる。
「……よせ」
「止めないわ! あなたがおかしくなったのは、私のせいなのでしょ!? 似ていても、私はその人じゃない! だから、あなたの心は壊れていった! 殻が似ていても、中身は似ても似てつかない私をそばに置いて、失った者を忘れようとした! だけど私がいる限り、逆に忘れる事はできない! あなたは私を見る度、その人の事を思い出していた! その人に似ている私を、遠ざける勇気もなく!」
「……」
「だからあなたは…… 心を閉ざしていった、そうでしょ?」
「……」
「そうでしょぉー!? 答えてよぉー!」
大粒の涙を流しながら、喚く様に問いかけるウィロ。
「そして…… それに気付いていた私も、あなたから離れる勇気がなかったの」
「……」
「だから、私のせいなの! あなたが心を閉ざしたのは! 私のせいなのよぉー」
ガーシュウィンは、ここで初めて、ウィロが自分の事で責任を感じていたのを知る。
俯いて、何も答えないガーシュウィンを見たウィロは、裏口に向かって走ってゆく。
「……お前の」
ドアを閉める事も無く、ウィロは飛び出して行った。
「……せいではない」
ガーシュウィンは、ウィロを引き留めようと伸ばした左手を、ゆっくりと下ろした。
「ウヒヒ、ウヒヒヒヒ」
気味の悪い声でニタニタと笑うユウを、白い眼で見つめる少女達。
あ~、僕が初めて作詞した曲が、こんなにも良いなんて……
嬉しくて涙が出そうだよ。
これ、唄っているのはバリーさんだよね?
驚くぐらい上手に唄ってくれている!?
それに、声も美しい……
人には、意外な才能があるものなんだねー。
「ウヒ、ウヒ、ウヒヒヒ」
再び気持ち悪い声を出したユウは、少女達の視線に気付く。
「あっ……」
素早く笑みを消し、咳払いをした後、少女達をチラ見する。
「ううん。ゴホンゴホン」
「チラッ」
や、やばい。凄い目で僕を見ている……
「あっ、あのー」
ユウが呼びかけると、少女達は後ずさりをした。
うっ!? そんな、声を出しただけで逃げなくても……
「あ、あの」
「な、何だっペぇ?」
「いや、あの…… ごめんなさい、一人で楽しんじゃって」
あれって楽しんでいたっペぇか?
どう見ても、良くない事を考えていたように見えたっペぇ。
「クルクルクル~、そのヴォーチェに何が入っているの?」
「あっ、クルちゃん偉い! よくぞ聞いてくれました!」
「クルクルクル~、クル偉いよー」
「この中には、あの僕が書いた詩を、唄ってくれている曲が入っています!」
その言葉で、顔を見合わす少女達。
「いったい、誰が唄ってるっぺぇ?」
そうナナが質問をすると、リンが何かを思いつく。
「あっ、もしかしてシンっぺぇ!?」
その言葉で、ユウは再び笑い始める。
「うふふふ」
……もっと男らしく笑うっぺぇ!(ナナ)
ふふふでいいっペぇ、うはいらないっぺぇやろ……(リン)
クルクルクル~ (クル)
今日のユウさん気持ち悪い…… (プル)(キャロ)(パル)
「なんと、唄ってくれているのは……」
もったいぶるユウだが、少女達の興味は薄い。
「なんと、バリーさんでーす!」
「バリーさんっぺぇ!?」
「聴きたいっぺぇ!」
「クルクルクル!」
バリーの名前が出た途端、少女達は興味津々になる。
「早く聴かせるっぺぇ!」
「クルクルクル!」
「ちょっ、ちょっと待って」
えーと、スピーカーみたいに鳴らしたい時は、何て言うんだっけ…… そうだ!?
「オープン再生!」
ユウの言葉で、バリーが唄っている曲が、ヴォーチェから流れ始める。
「うわ~、この声がバリーさんなの!?」
「クルクルクル!?」
「意外にも良い声だっペぇ!」
「へぇ~、すごーい」
はしゃぐ少女達を、ユウは笑顔で見ていた。
時刻は18時過ぎ。
ガーシュウィンに言われた通り、芋のスープを持ってきたシンは、裏口のドアが開いたままになっている事に気付く。
ドアが!? 何かあったのか!?
スープとパンを持ったまま部屋になだれ込むと、そこにはベッドで横になっているガーシュウィンが居た。
「ガーシュウィンさん! 大丈夫ですか!?」
思わず名前を呼んでしまい、また怒られると思っていたシンだが、ガーシュウィンは、無反応であった。
「ガッ、ガーシュウィンさん……」
ベッドで横になっているガーシュウィンからは、何の覇気も感じられず、初めて会った時の事を、嫌でも思い出す。
また…… また心を閉ざしてしまったのか……
説得が間に合わなかった、そう感じていたシンは、項垂れながら、テーブルにスープとパンを置く。
そして、再びベッドで横になるガーシュウィンに目を向ける。
「ガーシュウィンさん!」
何度その名を呼んでも、ガーシュウィンは反応を示さない。
「俺の…… 俺のせいだ……」
ただ黙って一点を見つめるガーシュウィン。
「何も…… 何も思いつかなかった……」
己の髪を掴み、項垂れたシンは、ゆっくりとドアに向かって歩き出す。
すると……
「……待て」
心を閉ざしていると思っていたガーシュウィンの言葉に驚いたシンは、硬直したかの様に動きを止める。
「……女性は」
「……え?」
「……本当に不思議だ」
「……」
「演技を見破れるはずの私が、何も分かっておらず……」
「……」
「逆に見透かされておったのだ……」
そう言った後、ガーシュウィンは大きなため息をした。
そして……
「シンとやら」
「……はい」
シンは、背中を向けたまま返事をする。
「お前は……」
「……」
「……ザルフ・スーリン」
その名を聞いたシンは、一瞬目を見開く。
「……を、知っているか?」
シンは、ゆっくりと振り向いて、ベッドで横になったまま自分を見ているガーシュウィンを見つめた。
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