110 不穏



 ガーシュウィンさんは、いったい……


「知っているか……」


「……」




 数日前……



「シン」


「うん?」


「ロスさんやスピワンさん達が言っていたザルフ・スーリンって、いったい何者だろうね?」


「……さぁな。そいつの事はシャリィも何も言ってこないし、昔の事で今の俺達には関係ないのさ」


「……」


「俺達は一つになったこの村を、復興させるためにただ頑張ろう」


「うん…… そうだね」


 本当に、考えなくてもいいのかな……

 僕には、そうは思えない…… かも……



 ザルフ・スーリン……

 奴は村長さんの言うように、今は何の手出しもせず、ただ傍観している様だ。

 だが、今の状態がいつまで続くのかなんて保証など無い。

 やはり、少しでも急ぐ必要があるな。



 

「シャリィ、どうやら聞いていた通りの様ねこの村は」


「あぁ」


「これから、どうなるのかしらね?」


「シン次第だ」


「うふ、痺れてきたわ~。感動していっぱい泣いちゃったし、頑張っちゃうからね」


「……」

 

 笑顔のバリーとは裏腹に、シャリィの表情は険しかった。



 


「ザルフ・スーリンを、知っているか……」


「……はい。イドエを今の様にした張本人だと、村の人から聞きました」


 そう口にするシンを、瞬きもせず見つめるガーシュウィン。



 嘘は、ついておらぬな……



「うっ」


 ゆっくりと身体を起こすガーシュウィンに、シンは近寄って手を貸す。


「すまぬが、そこにある水を……」


「は、はい」


 シンから手渡された水袋から、喉を鳴らし水を飲んだガーシュウィンは、ゆっくりと口を開く。


「ザルフ・スーリンは……」


「はい」


「この村で、何をしようとしているのか」


「……」


「お前なりの答えを…… 聞かせては、くれぬか」


「……」


 この時シンは直ぐに返事をせず、少しの間思案する。


 ガーシュウィンがザルフ・スーリンの手の者とは思えない。

 だが、その名がガーシュウィンの口から出た時点で、何らかの接点があったのは間違いない。

 何処まで自分の考えを打ち明けて良いのか、シンは悩んでいた。


「答える事が出来ぬのか?」


「……」


「お前は、もしや……」


「いいえ。俺は、ザルフ・スーリンとは何の関係もありません」


 ジッとシンの目を見つめるガーシュウィン。 


「では、申してみよ。奴の名を知っておきながら、この村を改革しようとしているお前が、今更何を恐れておるというのだ」


「……」


 是が非でもガーシュウィンの名が欲しいシンは、自分の考えを語る決心をする。


「俺が思うに、ザルフ・スーリンは……」





 シンの考えを聞いたガーシュウインは、俯いてただ黙っている。

 そのまま5分近く経過した後、口を開く。


「お前は……」


「……はい」


「この村をどうしたいのだ……」


「……」


「私が協力する事で、どの様な事が生じるのか、それを理解しておるのか……」


 再び水を飲んだ後、俯いたまま口を開いていたガーシュウィンは、頭を動かして、シンに視線を向ける。


「お前の思い描くこの村の未来を、全てを…… 偽りなく申してみよ」


 悲嘆するガーシュウィンを見たシンは、数秒間目を伏せた後、再びガーシュウィンの瞳を見つめる。



 この者も、そしてあのユウと申す者も、実に良い目をしておる。



「さぁ、申せ」


「……はい」


 返事をした後、シンはガーシュウィンの質問に、ゆっくりと答え始める。


「この村を……」



  

 その頃ユウは……


「うん! いいよー、凄くいいよー! 唄が苦手なんて、とても思えないよー!」


「本当っぺぇ?」


「クルクルクル~」


 19時を過ぎてしまっているのに、出来上がったばかりの歌の練習をしていた。


「クルクル~、楽しい」


「お姉ちゃんもクルが楽しいなら楽しいよー」


「クルクル~」


「ほんと、唄うって、なんか楽しいね」


「そうっぺぇねぇ、悪くないっぺぇ」


「最初よく分からないって思っていた曲だったけど、何回も何回も聴いていると、好きになってきちゃったこの曲……」


「うんうん」


「分かるっぺぇそれ」


 パルのその言葉で、ユウはハッとする。


 そう…… そうなんだよ。初めて聴く曲って、一度や二度聴いたぐらいでは、良い曲って思えない時が多い。

 何度も何度も聴いていると、あー、この曲ってこんなに良い曲だったんだって思えるようになるんだよ。

 皆にも、同じ現象が……

 僕とシンが作った曲を、良い曲って感じてくれるなんて…… 

 

 ユウの瞳に、涙がにじみ出て来る。


「クルクルクル~、泣いてるの?」


「え!? ユウさんどうして?」


「なんで泣いてるっぺぇ?」


 ユウは少女達に背中を向けて、涙を拭く。


「どうしたっぺぇ、ユウ君……」


 ナナの問いかけに、全ての涙を拭った後に答える。


「いや、その…… グスン。皆と……」


「……」


「皆と、同じ曲で共感できたのが……」


「……」


「嬉しくて……」


 それを聞いた少女達は、優しい笑みを浮かべて、顔を見合わせる。


「ふっ、そんな事で泣くなんて……」


 リンはナナに一度視線を向ける。

 

「ふさわしくねぇっぺぇよ!」


 リンはそう言って、ユウの背中を平手で叩く。


「ふさわしく?」


「バン!」


「うっ!? い、息が……」


 苦しそうに、前のめりになるユウ。


「クルクルクル!? 苦しそうだよ!?」


「大丈夫、ユウさん!?」


「たったそれぐらいでぇ、情けないのか頼りになるのか分からない男っぺぇねぇ~」


「リンちゃん、今のはけっこう強かったよ」


「そうっぺぇか? けど、フル・・に比べたら、全然だっぺぇ」


「いや、比べちゃ駄目だよー」

 

「ゴホッゴホッ」


「大丈夫っぺぇか?」


 優しく寄り添うナナと、目が合うユウ。


 うっ、ち、近い。


「う、うん。大丈夫だよ。それではまた最初から唄いましょう!」


 ユウの掛け声に、少女達の反応は鈍い。


「あ、あれ? どうしたの?」 


「……別に楽しいからまだ唄ってもいいっぺぇけど、窓を見るっペぇ」


「……窓? あっ!?」


 いつの間にこんなにも暗く……


「今何時?」


 えー、19時越えてるじゃないか!?


「ごっ、ごめんなさい。集中し過ぎちゃって、つい……」


「いいっペぇ、うちらも楽しかったっぺぇ。ねぇ」


「そうっぺぇ、シンの唄声なら、もっと楽しかったっペぇけど、バリーさんの声も素敵だったっペぇ」


「クルクルクル~」


 ユウは笑顔で少女達を見つめる。


「では、今日もありがとうございました。終わりましょう」


「クルクルクル~」


「はーい」


「沢山踊って唄ったっぺぇから、腹減ったっペぇ~。あっ、あたしダイエット中だったっぺぇ」

  

「うふふ」


「クルクルクルー」


 リンの言葉で皆は笑顔になり、今日の練習を終える。






「……」


「それが俺の思い描いている脚本です」


「……」


 嘘偽りのない計画を聞かされたガーシュウィンは、言葉を失っていた。


 この者…… 何かを秘めておるのは分かっていたが、そこまで考えておったとは……

 だが、そんな事が、本当に実現するのか……

 田舎者で、若輩から生じる知識の乏しい部分を、想像力で埋めておるのだな。

 だが、辻褄はあっていても、この者のシナリオ通りに進む保証など…… 何一つ無いに等しい。

 それに、肝心な事を…… この者は、言っておらぬ。


「ガーシュウィンさん……」


 名を呼ばれたガーシュウィンは、伏せていた視線をシンに向ける。


「あなたの、大切なものは何ですか?」


 そう問われたガーシュウィンは、テーブルに置かれている本に目を向けようとするが止めてシンに視線を戻す。


「俺は…… 俺の大切な者を守るために」


 ……そう


「この計画を、必ず実現させる」


 肝心なこのシナリオの根源は……


「たとえ…… この命にかえても」


 そこなのだな……


 真っ直ぐな瞳で、本心を語るシンのイフトは、ガーシュウィンの心に響き、忘れかけていた何かが脳裏をよぎる。



 


「シーン! 曲を聴いたよー!」


 あれ? いない……


 モリスの食堂には、シンだけではなく、シャリィもバリーの姿も無い。


 うーん、シャリィさんとバリーさんは連日遅くまで魔獣の退治をしているから居ないのは分かるとしても、シンはいったい何処へ? 部屋に戻ったのかな? それとも馬の散歩……

 あー、そうか!? ガーシュウィンさんの所かな!?

 もしかすると、最後の詰めの部分で困っているのかもしれない。僕も行って、アイドルの話を更に追加で聞かせてみよう。

 それならガーシュウィンさんも重い腰を上げるはずだ。


「うん!」


 外に出て行こうとするユウにジュリが声をかける。


「あの、夕食は?」


「あっ、また後で来るね。ありがとうジュリちゃん」


「は、はい」


 大急ぎで出て行ったユウを見たジュリは、モリスと顔を見合わせる。

  


「急げ急げ、シンの応援に向かって、ガーシュウィンさんに止めを刺すんだ!」


 走って行くユウの前方に、シンの姿が見えて来る。


「あっ、シン!」


「おっ、ユウ。どうした、そんなに急いで?」


「ガーシュウィンさんの所に行ってたんだよね?」


「あぁ」


「僕が止めを刺そうかと思って、それで」


 止め!?


「そっ、そうか、それは助かるよ。けど……」


「けど? どうしたの?」


「ガーシュウィンさんはしばらく一人で考えたいって」


「……それって前向きな感じなのかな?」


「どうだろう……」


 シンの言葉を聞いたユウは、俯き、少し落ち込んだような仕草をする。


 やっぱり、僕のアイドル論を聞かせたりなかったんだ。

 異世界人だとバレないように、言葉を選んでいるから、そのせいだ……


 そんなユウを見たシンは、口を開く。


「ガーシュウィンさんが今考えてくれているのは」


「えっ?」


「ユウ、お前のお陰だ」


「僕の?」


「あぁ、あの人が今考えているそのきっかけは、間違いなくユウのアイドル論から始まったんだ」


「……」


 ユウは照れくさそうに笑みを浮かべる。


「そ、そうかな?」


「あぁ、間違いないよ」


 ……そうなんだ、やっぱりそうだったんだ!? 僕のアイドルへの愛が、この世界の演劇で名を馳せた人にも、分かって貰えたんだ!

 アイドルは、世界を超えたんだ……


「果報は」


「え?」


「寝て待とう」


 そう言って、ユウに笑顔を向ける。

 ユウもシンの笑顔に応え笑みを浮かべる。


「うん! 分かったよ!」


 ユウの返事と笑顔で、シンの心は満たされる。


「シン、夕食は?」


「まだ食べてないよ」


「じゃぁ、モリスさんの食堂へ行こう! 僕お腹ペコペコで」


「あぁ、俺も腹が減ったよ」


 食堂へ向かうユウの後を、シンは歩いて付いていく。


 ガーシュウィンさんとザルフ・スーリン…… 二人の間に、何かがあったのは間違いない。

 全てをさらけ出した俺の話を、どう捉えるのだろう……


 笑顔を浮かべていたシンだが、心は決して穏やかではなかった。

 

 ユウには申し訳ないが、ガーシュウィンさんがアイドルについてあれ以上言及しなかったのは、恐らく興味がないからだ……

 だが、結果としてユウの話が俺達への関心を示すきっかけになったのは間違いない。

 そして今、あの人の興味は別のものに移り通つある。



 ちょうど同じ頃、この辺りでは最大の町セッティモでは……


 薄暗い通りを歩く者の前に、明らかに異質と分かる者が現れる。

 

「……止まれ」


 その異質な者に言われた通り、歩みを止める。


「お前は何者で、何の用事でここに来た?」


 そう質問する者から、威圧的なイフトが溢れ出る。

 

「私は…… 冒険者のシャリイだ」


 その名を聞いても、何の動揺も見せない。

 

「組長に」


「……」


「私が会いに来たと伝えろ」


 立ちはだかった異質な者は、鋭い眼光でシャリィを見つめている。

 そして……


「……分かりました。こちらへどうぞ」


 



「歌、凄く良かったよ!」


「ほんとか? 俺はまだ聴いてなくてさ」


 ユウと話をしながらモリスの食堂まで戻って来たシンが、食堂のドアに手を伸ばしたその時、同時にドアに手を置く者が現れる。

 ユウの方を向いていて、気付かなかったシンが謝る。


「あ、すみません。どうぞ」


 そう言って譲ったシンを、走って来た息の荒い男は驚いた表情で見ている。


「あ、あー、では、お言葉に甘えて」


 先に食堂に入った男の後を追う様にシンとユウも入っていくと、ジュリの大きな声が聞こえてくる。


「あー!?」


 驚いた二人は、先に入った男の背後から覗き込む様に目を向ける。

 するとそこには、一瞬で瞳を潤ませ、男を見ているジュリが立っていた。

 


「ジュリ…… ただいま」


「お、お父さん…… お父さーん!」


 駆け寄ってきたジュリを、優しく抱きかかえる。


「ジュリ、会いたかったよ」


「うん。ひっく、グスン。ひっく」


 その声を聞いたモリスが厨房から飛び出してきた。


「あなたー!」


「ドリス……」


 駆け寄ったモリスと夫は、ジュリを間に挟み強く抱き合う。


 何事かと思っていたシンとユウの二人が、優しい笑みを浮かべその光景を見ていると、背後からバリーが現れる。


「あ、バリー」


「あぁ~、良い光景~。痺れちゃうわ。うふ、また泣いちゃいそうだわ」


 バリーの顔を覗き込みユウ。


 バリーさん、もう泣いちゃってるし…… って、僕もか……


「グスン」


「ふっ、もしかしてバリーが……」


「ええ、魔獣退治で遠くまで行ってたら、もう薄暗いのに街道を歩いていたの。だから声をかけたら、聞けばジュリちゃんのお父さんだって言うから驚いちゃってね。それで3人・・で一緒に帰って来たの」


「……ありがとうバリー」


「いいのよ~。あちきはこの村が気に入っちゃったから」



「ジュリ、ドリス……」


「お父さん……」


「あなた……」 


 シンとユウ、そしてバリーは、その微笑ましい光景を眺めていた。



 同時刻、一人の者が大きな荷物を持って村の中を歩いている。


「んふふふ、んふふふ」


 不気味に笑いながら、ある一件の家の前で立ち止まる。

 そして、ドアに近付きノックをすると、家の中から声が聞こえてくる。


「クルクルクル、どなたですか?」


 そう言ってドアを開けるクル。


「……あーーーー!?」


 クルの声に驚いたプルが玄関に駆け寄る。


「どうしたのクル!? 大丈夫!? あーーー!?」


 その者は、驚く二人を見ながら口を開く。


「んふふふ、帰ったよク~ル」


 クルは口を大きく開いてポカーンとしている。

 そして、次にクルの背後で同じく口を開けて立っているプルに視線を向ける。



「ただいま…… お姉ーちゃん」


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