111 ズモウ
早朝、いつもと同じ様にガーシュウィン宅の裏口のドアをノックした後、食事を置くシンの姿があった。
「……」
ドアをジッと見つめた後、シンはゆっくりとその場を離れて行く。
その頃食堂では、バリーとユウの二人が同じ方向に目を向け、注文した朝食が届くのを待っていた。
……ジュリちゃん、ずっと厨房を覗いている。
あんなにも笑顔で…… そうだよね、お父さんが戻って来たから、嬉しくてたまらないよね。
うん、あちきの行動は間違っていないわ。
あんなにも嬉しそうに厨房を覗いて……
「よっしゃー! これからも一丁やったるでぇ!」
バリーのドスの聞いた声に驚いたユウは椅子から転げ落ちそうになる。
「バッ、バリーさん」
「あら~、失礼しちゃったわね~。うふふふ」
そう言って笑うバリーを見ていると、食事がテーブルに届く。
「ユウさん、バリーさん、はい、どうぞ」
運んできたのはモリスである。
「あ、ありがとうございます。わぁ~、良い匂い」
「今日は主人が仕込みましたので、いつもと味が違うと思います」
「あら~、そうなの。それはそれで楽しみだわ~」
全ての料理がテーブルに置かれたタイミングで、ユウはモリスに礼を述べる。
「ありがとうございますモリスさん」
その言葉に、厨房から出てきていた夫が反応する。
「いいえ、沢山食べて下さいな」
ユウは少し呆気にとられた表情をする。
あ、そうか!
二人共モリスさんだ。それに、ジュリちゃんも……
「うふ、うふふふ」
モリスに向けられた言葉に夫が返事した事で、モリスが笑い始める。
たわいもない光景かも知れないが、ユウにはモリスの笑顔がいつもと違って見えた。
モリスの笑い声で、夫は自分に向けられた言葉でないのに気づいて照れ隠しで笑い始める。
「あは、あははは。ユウさん、バリーさん、わしの事はオスオと呼んでください」
「オスオ?」
「はい。わしの名前は、オスオ・モリスです」
「分かりました。これからはオスオさんと呼びますね。モリスさんは今まで通りモリスさんで」
「はい、お願いします」
その時、シンが食堂へ戻って来た。
「あ、シンさん。お食事できてますよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
席に着いたシンにユウが話しかける。
「どうだった?」
「取りあえず、食事だけ置いて来たよ」
「そう」
会えなかったのか……
「バリー、シャリィは?」
「昨日は一緒にセッティモ方向の魔獣を狩っていたわ。そこで別れたから、その後は知らないけど、引き続き魔獣を狩ってると思うわ」
「そうか……」
「あちきは今日は反対側に行って戻ってくる村人を守るわ」
「助かるよ」
食事を終えた三人は、それぞれの場所へ移動する。
野外劇場に着いたシンは、ピカワン達の様子がいつもと違う事に直ぐに気付いた。
「……どうしたピカワン?」
「あっ、シン!」
「なんか皆、ソワソワというかざわざわしてないか?」
ピカワンは周囲の者と目を合わす。
「それが……」
ピカワンが説明をしようと口を開いた時、大きな声が聞こえてくる。
「ピカワーン!」
声のする方を向くと、一番年少のオーブリンが走って来ていた。
「おー、どうだったっぺぇ!?」
「はぁはぁはぁ」
「どうしたオーブリン? 何を慌てているんだ?」
シンの問いかけを無視する形で、オーブリンは口を開く。
「ピカワン! 居た! 目撃情報は本当だったっペぇ!」
その言葉を聞いた少年達は、驚愕の表情を浮かべる。
「ほらの、わしの言った通りだっただの」
一人の老人がそう言った。
「あ~、終わりっぺぇ。また憂鬱な毎日が始まるっぺぇ」
「おら嫌だっぺぇ、まだ死にたくないっぺぇ」
口々に嘆き悲しむ少年達を見て、シンは訳が分からずポカーンとしている。
「オーブリン、何処で見たっペぇ!?」
「あっ、歩いてたっぺぇ!」
「何処をっぺぇ?」
「クルと、プルと一緒に歩いてたっぺぇ!」
「クルとプルと一緒に……」
ピカワンは何かをハッと閃く。
「シン!」
「おぉ、どうしたピカワン?」
何事かと思案していたシンは、急に名前を呼ばれて驚く。
「ユウ君が!?」
「ユウがどうした?」
「ユウ君が危ないっペぇ!」
ユウが…… 危ない!?
その言葉を聞いたシンは、全速力で走り始める。
「あっ、シン待つっぺぇ! おらたちも行くっペぇ!」
ピカワンの言葉はシンの耳には届かない。
ただ全力で、プロダハウン目指し走っていた。
「どうするの?」
「わしらも行ってみるかの?」
「そうだの。場所は分かっておるの」
「やっぱりそうかの?」
「あそこ以外はないと思うがの~」
老人達は小走りで移動を始める。
プロダハウンでは……
いつもの様に待っているユウの元へ、少女達がやってくる。
あ、皆来た。
そう思っていたユウだが、見覚えのない一人の姿に目を奪われる。
……あれ? あの人…… いったい誰なんだろう?
数分後、シンが到着する。
「ユウ!?」
大きな声でユウの名を叫ぶが、返事はない。
「何処だユウ!? 返事をしろ!」
ユウの名を叫びながらスタジオまで一気に駆け上がるが、そこにもユウはおろか、誰一人の姿も無い。
一度プロダハウンの外に出たシンの元へ、ピカワン達が追いついて来た。
「シン!」
「ピカワン! ユウが居ないんだ! 心当たりはないか!?」
「はぁはぁ、居ないっペぇ? そしたら……」
追いついて来た他の少年達が口々に言いあう。
「もしかして……」
「そうっぺぇ、絶対そうっぺぇ」
「何処なんだ!? 早く教えてくれ!」
「ついてくるっペぇ」
シンは走り始めたピカワンの後ろを付いていく。
ユウ…… 頼む、俺が行くまで、無事でいてくれよ……
その頃ユウは……
「あわわわわわ」
「乱暴にするでねぇっぺぇ!」
「……ナナは黙っておきな。言ったはずだよ、あたいのやり方でやらせてもらうってね」
そう言った者は、ユウの首根っこを掴み、ある一軒の建物の中に無理矢理引きずり込む。
「さぁ、入んな」
「いっ、いててて」
こっ、ここはいったい!?
「ベナァ」
その言葉で、室内に明かりが灯る。
「……あいつらぁ」
室内の様子を見たその者は、怒りの声をあげた。
ちょうどそのタイミングで、外が騒がしくなる。
「あっ、あそこっぺぇ」
走って来てヘロヘロのピカワンが指差した建物の入り口に、数人の少女が見えた途端、シンはピカワンを追い抜き、全速で走って来て少女を押しのける。
「すまない、道を開けてくれ!」
室内に入ったシンが見たものは……
「ユウ!?」
「あっ、シン!?」
ユウの首根っこを押さえている大きな大きな少女の姿であった。
でかい……
身長は俺よりも高いし、その体型…… 120キロ……いや、それ以上はありそうだ……
「おい、ユウを離せ!」
その者は、シンを睨みつける。
「ふん、あんたがこの村を変えようとしてる元締めだね」
「え? あー、そうだ! 話は俺が聞く! 兎に角ユウを
離せ!」
そこにピカワン達が雪崩れ込んでくる。
「あーーー! やっぱりっぺぇ!」
「居たっぺぇ居たっペぇ! 本当に居たっペぇ!」
入って来たピカワンを睨みつける少女。
「ピカワン……」
「なっ、何だっペぇ!?」
「あたいはここの管理を頼んでいたよね」
「そっ、それがどうしたっぺぇ!?」
「どうしたもこうしたも無いよ。見ての通り、掃除も何もされてないじゃないか」
「しっ、知らないっペぇ!」
「知らないってどういう事よ…… あんた、あたいとの約束を守ってないんだね……」
その者の迫力に、言い返そうにも言葉が詰まってしまう。
「やっ、やく、そくなんて、してねぇっぺぇ……」
その言葉を聞いた少女はユウを離すと、ドスドスと音を立ててピカワンに近付いてゆく。
「ユウ、大丈夫か?」
「うっ、うん。大丈夫」
少女は、ピカワンの前で歩みを止めた。
「やっ、やっ、やめ…… っぺぇ……」
恐怖で身体が硬直し、逃げる事すら出来ないピカワン。
「その話し方、やめろと前から言ったよね」
「ひっひぃ」
ピカワンが悲鳴を上げた瞬間!
「どすこーい!!」
大きな掛け声と同時に、ピカワンの胸に向けて張り手が飛んだ!
「どすこい?」
「どすこい?」
「ぶっひょ~」
奇妙な声を発したピカワンは、壁まで吹っ飛ばされ倒れ込む。
「ふん、相変わらず弱いねぇ」
「ああああ、大丈夫っぺぇ!?」
「ビガワン!?」
倒れ込むピカワンを心配した少年達が駆け寄る。
その一部始終を、口をポカーンと開けてシンとユウは見ていた。
どっ、どういうこと!?
確かに今どすこいって言ったよね!?
……いや、ちょっと待って、もしかしてこれは僕達だけにそう聞こえてるのかもしれない。
つまり翻訳によって、そう理解しているだけ…… なのかな?
「シ、シン……」
「あぁ……」
話をしようとしたシンとユウを睨みつけた少女は、大きな身体を見せ付けるかのように胸を張り、見下ろしながら近付いて来た。
やっぱり、おっ、大きい! シンと並ぶと、その大きさがよく分かる……
「……もう一度確認するけど、あんただよね?」
「……」
「あんたがこの村をおかしくしている張本人だろ?」
「おかしくっていうか、まぁ……」
歯切れの悪いシンを見て、少女は鼻で笑う。
「ふん、びびってるの?」
「びびる? 俺が?」
「そうよ」
「えーと、その前に…… 俺はシン・ウースと申します。どちら様で?」
「……あたい? あたいは」
大きな少女が名乗ろうとした時、その背後から声が聞こえる。
「クルクルクル~、フルお姉ちゃんだよ」
「お姉ちゃん?」
「お姉ちゃん?」
シンは思わず目を向けたプルと目が合う。
「え、ええ、妹です。名前はフル」
「妹!?」
「妹!?」
クルちゃんの姉でプルちゃんの妹!?
と、言う事は…… 三姉妹の真ん中って、そういうこと……
その事実を知ったユウは、ただただ驚いている。
ちょっと待って!? プルちゃんは18歳だったよね? と、いうことは、この人は17とか16歳とかってこと!?
申し訳ないけど、とてもそんな歳には見えない……
そう思ってフルをチラ見する。
「……何見てんのよ」
ユウは全力で目を逸らす。
「うんん」
何者かを知り、咳払いをしたシンが口を開く。
「フルちゃん」
「あ~、何気安く呼んでいるの?」
「あっと、申し訳ない。俺達は決してこの村を悪く変えようとしている訳では……」
シンの言葉を、フルが遮る。
「そんなのどうだっていいよ」
「え?」
「あたいが我慢ならないのは、大切な大切な妹とお姉ちゃんを、罪に問わない代わりに見世物にするって聞いたからだよ」
「見世物…… 確かに間違っていないけどさ、その言い方は……」
「やり方が、気に入らないのよ」
その時、ピカワンが口を挟む。
「シンに…… 何も分かっていない癖に、シンに文句つけるでねぇっペぇ!」
その言葉で、フルはギョロリとピカワンを睨む。
「あんたまだ分かってないようだね。本来なら、こいつらを止めるのはあんたの役目だろう。それなのに…… あたいは妹を見世物にされるのを黙って見てられないよ」
そう言って再びピカワンに近付こうと歩き出す。
「やっ、やめ、来るでねぇっぺぇ!?」
その時、クルの声が聞こえる。
「クルクルクル~、けどね~、楽しいよ~」
その言葉で、フルは素早く振り向く。
「そうなの~? でもね、お姉ちゃんは、こいつらとお話し中だから、クルはちょっと見ててね」
「クルクルクル~、うん、分かったよ」
「はぁ~、可愛い可愛い。会えなくて淋しかったよ~」
「クルもね、淋しかった」
その言葉を聞いたフルは、クルを抱きしめる。
「ああ~、クル~」
ピカワンとの態度の違いよ……
ピカワン君への時とは、声と態度が大違いだ……
シンとユウは同じ事を思っていた。
クルとのハグを楽しんだフルは、再びシンの前に立つ。
「あんた」
「何?」
「あたいと勝負しなっ!」
「勝負? 理由は?」
「理由? あたいがお前達を気に入らないからだよ。あたいと勝負して、負けたらこの村から出て行きな」
ユウと顔を見合わせるシン。
「シン、そんな話聞く必要ねぇっぺぇ!」
「そうだっぺ、そうだっぺぇぁ」
「お前が出て行くっぺぇ!」
「ぞうだっべぇ」
少年達のヤジがフルに向けられる。
「じゃあ…… まずはあんた達からやる?」
そう言い返されると、ヤジはピタリと収まり、少年達はフルから目を逸らす。
「……勝負って何でするんだ?」
「シ、シン!?」
心配して、シンの名を呼んだピカワンをフルは一瞥する。
「……」
ピカワンは口を閉じてしまった。
「ふん。あたいの体格とここを見れば分かるだろう。ズモウだよ、ズモウ」
「ずもう?」
「ずもう?」
またしてもシンとユウがハモる。
「どうしたの? びびってるの?」
「いや…… その…… 俺達は田舎者でさ、ずもうってやつを知らなくてさ……」
「ズモウを知らない…… そんな嘘をついてあたいと」
「いや、嘘じゃなくて、本当に知らないんだ」
自分の言葉を遮ってまで話すシンを見て、フルは黙り込む。
どうやら本当に知らないみたいだね……
「ルールは簡単よ、そこを見て」
部屋の中央には、拳闘と同じ六角形で、ちょうど土俵の俵と同じぐらいの大きさの丸太を地面に半分埋めて囲ってあった。
土俵だな……
うん、土俵だね……
「このゲヒイガの中から相手を外に出せばいいのよ。拳で殴ったり、蹴ったりするのは駄目よ。だけどあたいがさっきピカワンに食らわした張り手はいいの」
うん、相撲だ……
うん、相撲だね……
「あと、髪の毛を引っ張るのも駄目」
うん、一緒だ……
うん、同じだ……
「そして、当然魔法も駄目よ」
魔法も駄目…… この世界は凄く便利な魔法があるのに、だけどあえてそれを使わない競技が…… シンがやった拳闘もそうだったし……
「もしかして、倒されても負け?」
「そうよ、知っているじゃないの」
「いや…… 勘で……」
その時、皆からだいぶ遅れて老人達もやって来た。
「おったおった、やっぱりここだったのう」
「ひぃひぃ、若い気でおるけどの、走るのはきついの~」
「おう、おう、フルちゃんじゃないか。本当に帰って来てたんだの?」
老人達は、フルを見て笑顔を浮かべている。
「頑張っておるかいの? 成績はどうかの?」
「ぼちぼちよ。取りあえずハイプには上がったよ」
「おぉー! もう上がったのか!?」
「ぼちぼちじゃないの! 流石フルちゃんだのー」
喜ぶ老人達を見て、シンとユウは顔を見合わせる。
「シン、どういうことだろう?」
「うーん。もしかしたら、大相撲みたいな組織があって、そこでこの子は……」
「あー、そうか!? そうかもしれないね!」
老人達と談笑していたフルが、再びシンに迫る。
「兎に角、今からあたしとズモウで勝負してもらうよ」
「フルちゃん、どうしてシン君と勝負するんかの?」
一人の老人が問いかける。
「この村から追い出す為よ」
「え!? いや、それは困るがの…… 凄く困るがの、試合は見てみたいの~」
「はっ!?」
老人達が止めると思っていたユウは、思わず驚きの声を出してしまう。
「シン君はなかなかバランスの取れた良いガタイをしておるからの~」
「これは楽しみだの! どれ、タポラボはわしがつけてやるの」
「おお、じゃあシン君のタポラボは、わしがつけさせてくれの」
たぽらぼ?
老人達は、部屋の隅に置かれている棚を開けて中から太いロープの様な物を出してきた。
もしかして、まわしか?
「シン君、こっちに来るの」
「え…… はい」
言われるがまま近付いて来たシンに、一人の老人がズボンの上から、まるでまわしを付けるの様に腰にタポラボを巻いていく。
「どうだの? 苦しくないかの?」
「ええ…… 大丈夫です」
その様子を見ていたフルが口を開く。
「あたいにもお願いね」
「あー、分かっとる分かっとるの」
老人は嬉しそうに返事をして、フルにタポラボを付け始める。
この時ユウは、ピカワンに近付いて小声で話しかけた。
「ピカワン君大丈夫? あの子はいったい?」
「大丈夫っぺぇ…… フルはこの村ではズモウのスターっぺぇ」
「スター?」
「そうっぺぇ、こんな村で唯一の爺ちゃん達の期待の星で、ズモウの為に、バブラって大きな町へ行ってたっペぇ」
「バブラ……」
「普段は大人とズモウしてたっぺぇけど、おら達はフルに逆らったり、難癖付けられて、事あるごとにズモウの相手をさせられてたっぺぇ。情けねぇっぺぇけど、全然勝てなかったっぺぇ……」
それは……
ユウはフルをチラ見する。
仕方ないかと……
「まさか、フルまで帰ってくるっぺぇなんて、思ってもなかったっペぇ」
なるほど……
だから
「どう? つけ終わった?」
「おう、もういいのー」
シンのタポラボを巻いた老人がそう答えた。
なかなか、しっくりくるな……
シンはタポラボに満足しているようだ。
「あたいはちょっと準備運動するからね。あんたはその間好きにしな」
へぇ、いきなり試合はしないで、運動からか……
ちゃんとしてるな。
身体を動かし始めたフルを見て、シンも柔軟体操をして筋を伸ばし始める。
その様子をチラ見するフル。
「……ふん」
ユウはこっそりとシンに近付いて声をかける。
「シン……」
「うん?」
「大丈夫なの?」
「女の子と相撲なんて、あ、ずもうか。そんなのやりたくないけど、この雰囲気だと、もう断れないよな?」
確かに……
「まぁ、少し聞いただけだけど、相撲と同じ感じだし、兎に角やってみるさ」
「……うん」
「ユウ」
「何?」
「掴まれていた所は大丈夫か?」
シンは再度ユウの怪我を心配する。
「あ、うん、全然大丈夫だよ」
「そうか」
柔軟を終え、ゲヒイガの感触を確かめようと中に入ろうとしたシンに声が飛ぶ。
「待ちな!」
「え?」
「ゲヒイガに入る時は靴を脱ぐんだよ」
一緒だな……
一緒だ……
「悪かったな」
シンは靴を脱いで裸足になり、ゲヒイガに入る。
赤土…… いや、かなり粘土質だな。土俵より、摩擦を強く感じる……
感触を確かめたシンは腰を落とし、片足を大きく上げて四股を踏む!
「ビィターン!」
室内に、足裏をゲヒイガに激しく打ち下ろした音が響く渡る。
シン…… 四股がさまになっている。もしかして、相撲の経験があるのかな……
「ビターン!」
それを見ていたユウ以外の全員がポカーンとあっけにとられている。
「あんた、何してるの?」
「え? 四股を……」
「シコ?」
「……いや、ただの準備運動さ。えーと、俺流のね」
「ふ~ん。まぁ、好きにしな」
四股は無いみたいだな……
四股はやらないんだ……
再び四股を踏んでから腰を落とし、すり足で移動するシンを見つめるフル。
すり足…… こいつ、ズモウを知らないなんて、やっぱり嘘だったんだね。
「暑いね、窓を全部開けてくれる」
「おう、まかせておけの」
老人達はフルに言われると、率先して窓を開ける。
すると、ちょうど前を通りかかっていた村人達が何事かと覗き込む。
「おぉー、フルちゃんだの!? 戻って来てたんかの!」
「もしかして試合するのかの!? 相手は…… 冒険者かの! これはおもしろいのー」
シンとの対戦を知り、外がざわつき始める。
「さて、汗もかいたし、そろそろ始めようか?」
そう口にしたフルの雰囲気が明らかに変化する。
え、何か更に迫力が増したような……
驚くユウの傍らで、少年達はゴクリと喉を鳴らす。
シンの事を…… 舐めてないっペぇ。
本気に…… 本気モードに入ったっペぇ……
首と肩を回しながらフルがゲヒイガに入る。
「さぁ、やるよ!」
ドスの効いた声を、笑みを浮かべながらシンに投げかけた。
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