126 必然
噴水から溢れる水の音が、心地良く辺りに響く中、まるでその音を邪魔するかのような音が隣の店主の耳に届く。
「ピチャピチャ、ジュジュジュー」
うん? 何の音だ?
音の正体が気になり、いつの間か戻って来ていた隣の店主は再び話しかけて来る。
「何を作っているんですか?」
「イモテンっていう物だの。ちょっと待ってくれの」
馬車を露店代わりに設置し、地面よりもだいぶ高い位置で調理しているため、目で見ることは出来ず、耳で音を聞くしかない。
この音…… 油の音? と、いう事は、炒め物かな?
オスオは出来上がったばかりの芋天を2つ木の皿に載せる。
「お隣さんだからの、お金はいらんからの。挨拶だと思ってくれの」
そう言って芋天を差し出した。
……なんだこれ?
「あ、ありがとう。あの~」
「うん?」
「これはいったい何ですか?」
「芋だの」
「芋?」
芋…… には、見えないけど。
「塩味との、砂糖を一つずつだからの。真ん中に置いているのがの、塩だの。縁のがの、砂糖になってるでの。熱いからの、気を付けてくれの」
塩と砂糖…… よく分からないが、塩から食べてみようか……
隣の店主は、芋天を摘み、恐る恐る口に運ぶ。
その様子を、シャリィを始め、全員が見ていた。
口を開けて芋天に噛り付く瞬間。
隣の店主はその視線に気付き、一度皿に戻す。
くぅ! 早く食べるっぺぇ! 何してるっぺぇーか!?
フォワフォワ!
「そんなに見られると…… 食べにくくて……」
その言葉でオスオ以外の全員が白々しく目を逸らす。
「そっ、そうだの。申し訳ないの。さてと、まだやる事があったの」
オスオ達は作業に戻る振りをして横目で見ている。
他の者達も同じで、シャリィさえも、遠くを見ているような雰囲気を醸し出していながら、実は隣の店主を見ていた。
視線が気になるけど…… もういいや、食べちゃえ。
再び手で摘んだ芋天を口に持って行った瞬間。
オスオ達は、感想を気にして喉を鳴らす。
「ゴクリ」
食うっぺぇ!
フォワ!
「パリパリカリ」
うん!? 何だこの食感は!?
「カリカリパリサク」
うん、うんうん! これは!? 歯応えが心地いい~。
それに…… うんまっ!! この芋、美味い!
カリカリの何か分からない物の中に、凄まじい芋の風味が閉じ込められていて、さらに中の食感が、外側とは全くの別物でふんわりというか、ねっとりというか実に不思議だ!
「どっ、どうかの?」
オスオは、恐る恐る聞いた。
「うっううう」
「う?」
「ううぉおおおおお」
フォワフォワフォワ~?
この時フォワは、声を上げる隣の店主を見て、頭がおかしいのかと言っていた。
「美味い!!」
その言葉で全員が笑顔になる。
「いったい何ですかこれ!?」
「イモテンだの」
「いえ、名前じゃなくて、そのっ」
「悪いがの、流石に作り方を教える事は出来んからの」
「そっ、そうですよね。申し訳ない」
「ええでの。気にってくれたみたいでの、良かったの」
オスオ達は仲間と目を合わせて、笑みを浮かべる。
うん、やっぱりいけるの! 間違いないの!
隣の店主の反応で、自信をより一層深めるのであった。
「よし、うどんも準備するでの」
深夜に踏んで寝かしていた塊を取り出す。
「伸ばして今から切るからの。お湯は準備できてるかの?」
「沸いとるでの」
それにスープも沸いたしの、イモテンもどんどん出来ているでの……
「やるかの!」
オスオのその一言で、全員が声を、口を揃えて返事をする。
「おおーーー!」
「フォワー!」
だが、フォワだけは若干ずれていた。
「カンカンカンカン」
人目を引く様に、オスオが食器を打ち鳴らす。
「注目してくれのー。みなさんが今まで食べた事のない、新しい食べ物だの! 塩味と砂糖の二つが選べるでの! 一口サイズが5個入って一皿300シロンだの。今日だけの特別価格だの」
通りを歩く者達は、新しい食べ物という言葉に惹かれ、首を伸ばすような仕草をする。
「へぇ~、新しい食べ物だってよ」
「食べてみるか? 300シロンなら、安い物だよな」
周囲に居た二人が、馬車の元に歩いてくる。
その様子を見たオスオ達は、再び仲間と目を合わせる。
「わしの前に並んでの、金を渡してからの、塩か砂糖か選んでくれの。そのあと隣のこいつがの、渡すでの」
その声に反応して、一番に並んだのは、隣の店主であった。
「塩と砂糖を両方頼みます!」
「おっ、わ、分かったでの。オスオ、両方だの」
「分かったの」
並ぼうとしていた者達が、隣の店主が受け取った皿を覗き込む。
……なんだこの食べ物? 確かに見た事も無い。
ふんふん、匂いは悪くないな……
「カリカリ。美味い! サクサクカリ。うん、美味い!」
変った音だな? だけどこのオヤジ、サクラ失格だ。わざとらしいし、がっつきすぎ~。
隣の店主は、サクラと間違えられていたのだ。
まぁ、食ってみるか。たった300シロンだ。ドブに捨てても惜しくない。
「えーと、良く分からないけど塩をくれ」
「はいー、塩一つ~」
「じゃあ俺は、砂糖で」
「はい~、砂糖も一つ」
芋天を受け取って口にした二人は、驚愕する。
「うーまっ!!」
「うん!? 美味い! 何だこの食感!? 味も甘くて癖になる!」
「いや、塩も美味いぞ! 芋の風味がもの凄い!」
「本当か!? 一個交換しよう!」
「おう!」
交換した芋天を直ぐに頬張る二人の客。
「……甘くてうまーい!!」
「くう~、塩もやばい!」
隣の店主と二人の客は、あっという間に平らげてしまう。
「もう一皿頼む! 今度は塩で!」
「はいー、塩一つ~」
「俺は砂糖だ!」
その様子を見ていた他の店の者や、歩いている者達は、全員が同じ事を思っていた。
演技が下手なサクラだな~、っと。
「ピカワン」
「何だっペぇ、オスオさん?」
「三人で客引きして来てくれんかの?」
「まかせるっぺぇ! ピカツー、フォワ、行くっペ―」
走って行く三人に、オスオが声をかける。
「くれぐれも揉め事を起こすでないでの!」
「分かってるっペぇー」
三人が見えなくなったとほぼ同時に、サクラと思っていても興味を持った数人が、馬車の前に並び芋天を買う。
「これは本当に美味い!!」
「サクラじゃねーのかよ!? うんまい!」
その歓喜の声は、まるで波紋のように広がって行き、気がつけば、馬車の前には十数人が並んでた。
「いっ、いきなりこれかの! 嬉しいけどの!」
「どんどん芋を入れるでの! 急げの!」
「オスオ、うどんはどうするでの?」
「茹でるのは任せるからの。準備が出来たらの、そっちも売って行けの。あーっと、皿はどんどん洗っておけの」
「まかせておけの」
今日来ていた者達はシンに言われ、役割分担を決めていたのだが、始まったばかりという事もあり、少し慌てていた。
……まだ開けたばかりなのに、客足は上場。
どうやら、シンの狙い通りに事が動きそうだ。
シャリィは警護も兼ねて、露店を見ていた。
そして、シンが向かった方向に顔を向ける。
そろそろ着いた頃か……
うーん、そろそろ
道で子供も遊んでいるし、主婦みたいな感じの人達も立ち話をしているし。
こんな所に、サヴィーニ一家の事務所が……
歩いている通り沿いの家の二階から、シンを見つめる者がいたのだが、その視線に気付いていない。
「……」
おっ、あれか…… フッ。
それらしい建物を見て、シンが笑ったその理由は……
厚みのあるドアの前に、まるで門番みたいに
周囲の建物と比べて窓が極端に少ないし、元の世界のヤクザの事務所と、同じじゃないか……
二人に近付くと、距離が近い人物がシンに目を向ける。
「すいません。サヴィーニ一家の本部ですか?」
「はい! そうですが! 何か! 御用でしょうか!?」
「自分はシン・ウースと申します。実は大きな噴水の近くで、今日から露店を出しておりまして、そのご挨拶に伺いました」
「それは! ご丁寧に! ありがとう! ございます!」
面白い話し方だ……
「少々! お待ちください!」
「はい」
その人物がドアをノックすると小窓が開き、中の人物にシンの来訪を告げる。
その間、シンはもう一人の者に目を向ける。
するとその人物は、シンをまったく見ることなく、辺りに目を配り、警戒している。
随分真面目な奴だな……
そう思っていると、厚みのあるドアがゆっくりと開いた。
「シン・ウースさん! どうぞ! 中に! お入り! ください!」
「はい。失礼します」
中に入ると、暗く狭い廊下になっている。
「……」
「どうぞ、私の後を付いて来て下さい」
案内をする者にそう言われ、シンは頷く。
暗いし狭いし、随分雰囲気が悪い……
この世界のヤクザの事務所は、みんなこんな感じなのかな?
それにしても、おかしなぐらいドアがある……
たぶん、いくつかはフェイクのドアだろう。
沢山ある中の、一つのドアの前で、シンを案内していた者は歩みを止める。
ここか……
「コン、コン、コン」
比較的ゆっくりノックした後、声をかける。
「親分、シン・ウースさんが、露店のことで挨拶に参られました」
……親分? 露店の挨拶に来ただけなのに、親分がわざわざ……
そう声をかけた後、返事も待たずにドアを開ける。
「どうぞ、お入りください」
「……ご丁寧に、ありがとうございます」
中に入ると、広い空間に別のドアが一つと、あとは机と椅子が一つあるだけの、妙な感じの部屋であった。
なんだこの部屋? えらい殺風景だな? で、この人が親分さんか……
シンの目の前には、50代半ばぐらいの男が椅子に座っている。
「どうも親分さん、私はシン・ウースと申します。この度、この町に露店を出させて頂けるよう、挨拶に参りました」
そう言って、シンは軽く会釈をした。
「そうか。それはわざわざご丁寧に。こちらからお伺いする手間が、省けましたよ」
「……」
的屋の親分なら、こんなものか……
わざわざ来る必要も無かったのかもしれないな。
「さっそくで申し訳ありませんが、シャバ代は、おいくらでしょうか?」
シンは、さっさと要件を済まして、露店に帰ろうと思っていた。
「……」
親分はシンの質問に答えず、無言で見ている。
その時、ただ立っているだけのシンに、突然異常が現れる。
……なんだこの感じは?
息が…… 息が突然重くなって、呼吸がしずらい。
どうしたんだ急に?
シンの額に、汗が噴き出し始める。
「ふぅー、ふぅー」
もしかして、過呼吸を起こしているのか? 俺が……
「今、
「わっ、分かりました」
過呼吸なら、呼吸を少し抑えないと……
自分に起きた異常をコントロールしようと試し見たその時、ドアがノックされる。
「コンコン」
「入れ」
ドアが開き、シンが振り向いて立っている人物を見た瞬間。
額いっぱいに掻いていた汗が引き、息苦しさも一瞬で消え去る。
「シン・ウースさん。初めまして、サヴィーニ一家で若頭を務めさせていただいている、ルカソール・ラベンティーニです」
「ルカソール・ラベンティーニ……」
シンはまるで、その名を心に刻むかのように、無意識で口にした。
そして、時が止まったかのように、瞬き一つすらせず、その人物を見つめている。
「……」
カリスマとは…… 大衆を心酔させる超人的な能力。
その能力の正体とは、いったいなんなのであろうか。
一説には、ルックス、声の周波数、話し方、匂い、立ち振る舞い等だが、他にも様々な源が存在し、感じ方は人それぞれであろう。
そして、この世界で忘れてはならないのが、イフトである。
この時シンは、ルカソールからいったい何を感じとったのであろうか?
呼吸を忘れ、瞬きも惜しむかの様に見つめている。
……フッ。
シンは我に返ったかのように、心の中で、笑った。
そして笑みを浮かべ、口を開く。
「私は、シン・ウースと申します。今日はイドエから露店の事で、ご挨拶に伺いました」
そう口にしたシンは、頭を下げる。
ルカソールも、挨拶をするシンを見て、自然と笑みを浮かべる。
「フッ、ご丁寧にありがとうございます。それでは、隣の部屋でお話をしましょう。こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
シンはルカソールの開けたドアを、親分に軽く会釈をした後に通って行く。
隣の部屋は、ソファーとテーブルなどが置かれており、応接室の様な感じであった。
「親分、失礼します」
「うむ」
親分に挨拶をして、ルカソールはドアを閉める。
「どうぞ、おかけになって下さい」
「はい、失礼します」
ゆっくりと腰を下ろしたシンの正面に、ルカソールも腰を下ろす。
「シン・ウースさん」
「はい」
「今日はシャバ代の事でいらしたのですね?」
「はい。いや…… もう一つ」
「何でしょうか?」
「実は……」
サヴィーニ一家の者だと思っている三人のチンピラの件は、いずれ知られるのは分かっていたが、初日の今日は邪魔されるのを嫌がり、内緒にしようと思っていた。だが、なんとシンは自ら打ち明ける。
「と、言う事でして」
「……」
「この件は、どう落とし前をつければ宜しいでしょうか?」
そう言って、自分を見つめるシンの瞳に、一点の曇りもない事に、ルカソールは気付いていた。
自分の目の前に居るこの人物は、一人で必ずこちらが納得する落とし前をつけるであろう。
そう思わざるを得ない何かを、シンから感じていた。
「シン・ウースさん」
「はい」
「ご心配なさらずに」
「……」
「その者達は、サヴィーニ一家の者ではありません」
「そうですか……」
シンは、正直少しホッとしていた。
「それは良かったです。できれば、良いお付き合いをさせていただきたいと思っておりますので」
その言葉で、ルカソールは再び笑みを浮かべる。
「フフ、私も同感です」
お互い笑みを浮かべたまま、見つめ合う。
「ルカソールさん、あっ、何てお呼びすればよろしいですか?」
「どうぞ、お好きなように」
好きな様にか……
「では、俺より少し落ちるイケメンさん」
その呼び名に対して、
「……長いな」
「アハハハハ」
「フハハハハ」
その言葉を聞いた瞬間、二人は見詰め合ったまま、無邪気に大声で笑う。
まるで子供の様に、身体を大きく揺らしながら笑う二人の声は、隣の部屋にいる親分を通り越え、さらに奥の部屋にいる人物の耳にまで聞こえていた。
「……」
「あはははは、すみません。冗談です」
「ふははは、本気だと正直困る。どう見ても、私の方がイケメンだからな」
「あはははは」
「ふふふふはは」
二人はまるで、昔からの親友の様に笑い合う。
「あは、はは、では、
「フッ、そうしてくれ。私はなんと呼べば良い?」
「シンと呼んでください」
「……分かった」
ルカソールは、笑みを浮かべてシンを見つめている。
「さっそくで申し訳ないけど、若頭」
「なんだ?」
「シャバ代はおいくらですか?」
「年10万シロンだ。これは、相手が誰でも一律だ」
「分かりました」
シンは、自分のカバンの中で革袋を開けて中身をぶちまける。そして、10万シロンだけを再び革袋に入れて、テーブルに置いた。
「どうぞ、収めてください」
シンのその行為は、サヴィーニ一家への敬意の表れだとルカソールは判断し、笑みが絶えることは無い。
そして、革袋の中身を確認しない。
「確かに…… あっと、そういえば、お茶も出さずに申し訳ない」
「実は……」
「うん?」
「
「嘘つけ。ふはははは」
「あはははは」
この後二人は、時間も忘れて、会話を楽しむのであった。
一方、露店では……
「美味い! 何だこれ!? 美味い美味い!」
「なぁ! 言っただろ!? やばいって、このイモテンとか言うの」
芋天を食べた者達から、歓喜の声は止むことは無く、店の前には長い行列が出来ている。
その為、オスオ達はあまりの忙しさで、
「オスオ!」
「何だの?」
「今更だがの、ハーブを添えるのを忘れとったの!」
「あー! そうだの! わしも忘れておったの!」
「どうするでの?」
「今からつけるとの、最初に買ってもらった人達に悪いからの、後で考えるとするかの」
「あー、オスオ!」
「今度はどうしたんだの!?」
「砂糖の方から焦げた匂いがするがの」
「そっちの火加減は慎重にの! 中まで強く火を入れるなの。ただ硬くなってしまうからの」
「すまんの」
その頃、客引きに行った3人は、バラバラに分かれていた。
ピカワンは……
「噴水の所でイモテンって誰も見た事のない、イドエの新しい食べ物を売ってるっペぇ! 馬車で売ってるっぺーから、直ぐに分かるっぺぇ。安くて美味しいっぺぇ! 売り切れになる前に、早く行くっぺー。食べないと、後悔するっぺぇーよ」
大声で道行く人に声をかけ、真面目に客引きをしていた。
ピカツーは……
「は~、凄いっぺぇ~。綺麗な店がいっぱいあるっぺぇ~。あー、あの建物は何だっペぇ?」
一人観光をしていた。
そして、フォワは……
「うーん……」
一人の老人が、フォワの目の前で首を傾げている。
その困った様子の老人に、たまたま目に入った二人の者が声をかける。
「どうしました、何かお困りですか?」
「うん? いや、この若者がね」
「はい?」
「私に何かを訴えて来ているみたいなのだがね」
「はい」
「言葉が変でしてね、何を言っているのか全然分からなくて…… どうやら困っているようなので、無下にも出来なくてね」
「なるほど、そういう事でしたか。お優しいですね」
「いやいや、それほどでも」
「実は私とこいつは、ルラベルゲイルで主に言語の研究をしている者でして」
「ルラベルゲイル!? この町一番の学校ではないですか! 二人共そこの先生ですか? それは凄い!」
「いえいえ、それほどでも。色々な国の方言が大好きでしてね、私達が聞いてみますよ」
笑顔で会話が終わるのを待っていたフォワは、二人に芋天の話をする。
「フォワフォワフォワフォワ、フォワーフォワフォワフォワ~」
「うーん……」
「うーん……」
二人の先生は、同時に首を傾げた。
「はははは、本当の話なのかそれ?」
「いや本当だって。だから期待して冒険者の講習に行ったのにさ、俺は襲われたんだよ、ハゲたおっさんに」
「はははは」
「だけどそいつがめっちゃくちゃ良い奴でさ、今もイドエにわざわざ来てくれて、色々手伝ってくれているんだ」
「フフッ。人との出会いというのは、不思議だよな」
「あぁ、若頭の言う通りだ」
「これも何かの縁だ。
その言葉を聞いたシンの笑みは、次第に薄れてゆく。
そして……
「実は…… 聞いて貰いたい話がある」
シンの表情を見たルカソールの笑みも、消え去ってゆく。
2時間後……
サヴィーニ一家の本部事務所を後にするシンを、ルカソールは外にまで出てきて見送っていた。
そして、シンの姿が見えなくなると、再び事務所の中に入って行き、親分の居る部屋に入る。
「若頭」
「ご苦労、もう下がって良い」
「はい、失礼します」
親分と呼ばれていた者は、そう丁寧に返事をした後、部屋から出て行く。
すると、ルカソールは壁に手を当て、特別な魔法が施されたドアを開け、狭い通路をゆっくりと進む。
行き止まりで再び壁に手を当てて、ドアを開けたと同時に、何者かが話しかけて来る。
「人との出会いは不思議か…… 確かに、これほど奇妙なものはない」
「はい」
「人は人によって、その生き方と死に場所を、大きく変化させてしまう……」
「……はい。おっしゃる通りです」
「……若頭」
「はい」
「二人が話しているのを聞いて、軽い嫉妬を憶えた」
感情を、口に……
「フフ、まさかお前の様な男が、他にも居るとは、思ってもいなかった。この私が、世界の広さを再認識させられるとは」
「……」
「全ては…… 任せる」
「はい、失礼します、バルチアーノ様」
隠された部屋から出たルカソールは、薄っすらと笑みを浮かべ、出会いの余韻を楽しんでいた。
この男は、シンの味方になるのであろうか。それとも、敵になるのか……
出会ってしまった二人の間に、無縁などあり得ない。
なぜなら、似ている漢同士は、友になるか、殺し合うかの、二つに一つしかないのだから……
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