125 ABC


 馬車がセッティモに近付くと、少年達とシンは驚きの声を上げる。


「ほえ~」

「うわ~」

「フォワ~」

「へぇ~」


 大きな大きな門を潜りながら上を向いて眺めていると、再び驚きの声が漏れる。


「フォ、ッワー」

「すげぇっペぇ」   

「うわ~だっぺぇ」

「ふ~ん」


 門に関しては、イプリモよりも大きいな……


 馬車は門を入って右に曲がり、広くなった場所で止まる。

 そこには、他にも馬や馬車が数多く止まっている。


 ここは、駐車場みたいな所か……

 

「この馬車と馬はここに預けて行く。必要な荷物を移したら、そちらの馬車はこの道を真っ直ぐ行った先にある、噴水の辺りで止めて待っていてくれ」


「了解」


 キッチンカーの様に改造した馬車は、シャリィに言われた通り、荷物も積み終えるとゆっくりと進む。

 沢山の荷物を積んでいる為、乗れない者は歩いて馬車の後ろを付いてゆく。

 少年達は歩きながら、キョロキョロと頭を動かし、初めて見る町の景色を珍しそうに見ている。


「フォワ~」

「人が、人がいっぱい歩いているっぺぇ~」

「みんな、綺麗な服を着てるっぺぇね~」


 周囲の人達と比べると、自分達の着ている服を恥ずかしく感じてしまうほどであった。


 せめて、ちゃんと洗った服を着て来れば良かったっぺぇ……


 フォワの服に比べたら、まだましだっぺぇけど、ちょっと恥ずかしいっぺぇ。


 フォワ~。


「どうやらの、あそこのようだの」


 前方には大きな大きな噴水が見えており、それを囲む様に露店が数多く出されている。


「フォワ~~」

「水が…… 水が綺麗に飛び跳ねてるっペぇ~」

「大きいっぺぇ! めちゃくちゃでかい噴水っぺぇーねぇ」


 少年達は見上げるほど大きな噴水を見て驚きの声を上げていた。


 店の数はおよそ…… 70ぐらいか。思っていたより多いな。


「ドウードウードウー」


 噴水の近くに着くと、広くなった場所に馬車を停めて、辺りを伺う。


「沢山露店があるの~」


「ほんとだの~。イモテンと新しいランゲは売れるかの?」


「なーに心配しとるんだの? 売れるに決まっておるだの! こんなの、他には無いんだからの!」 


「そうかもしれんがの……」


「オスオ、なんでこんな心配性を連れて来たんだの!?」


 そう言われたオスオの目に、警備が数人立っているのが映る。


「ちょっと警備に聞いてくるからの」


「俺も行きます」


 オスオとシンの二人は、警備に話しかける。


「すみません」


「なんだ?」


「ここに今から、店を出したいのですが?」


「うん? それなら私達じゃなくて、商工ギルドに行って許可を貰ってこなければいけないぞ」


シャリィ連れが今、許可を貰いに行ってます」


「そうか、それならそこの空いている場所を使ってかまわない。許可を貰った者が来たら、私達の誰かに許可証を見せる様に」


「分かりました」


 知らないという事は……


「お前達は、初めてここで物を売るんだよな?」


「そうだの」


 ……だの?


「それなら我々に従い、くれぐれも揉め事は起こさないように! もし揉め事を起こしたら、許可があろうがなかろうが、ここから叩き出して二度と店を出せない様にするからな! いいな!?」


「はい」


「はい。それはもう、分かっとるでの」


 馬車に戻るオスオとシンを、警備の者達が見ている。


「おい、聞いたか?」


「聞いたよ。あの方言って確かイドエだろ?」


「だな。服も汚らしいし、間違いないだろう」


「最近何やら騒々しいと噂に聞いたがな」


「ふん、俺達には関係ないよ。だけど、揉め事を起こさないか、気にかけておこう」 



 戻って来た二人に、ダガフが心配そうに話しかける。


「どうだったかの?」


「全然大丈夫です。そこの空いている場所に、店を出して良いそうです」


「それは一安心だの」


「ただの、揉め事を起こさんようにと、強く言われたがの」


「わしらをイドエの者だと分かって言ったんかの?」


 ピカワン達も、大人しくその話を聞いている。


「そうかも知れんの。揉め事を起こすと、叩き出して二度とここで店を出させないと言われたからの。気をつけようの」


 オスオの話を、みんなは真剣に聞いていた。


「みなさん、さっそく準備しましょう」


 言われた場所に移動して、シンが馬車から外した馬を、二人の者が預けに行く。

 他の者達は、車輪を動かない様に固定したり、全体的に水平になる様に馬車を調整する。

 それが終わり幌を半分外すと、次第に露店のような形になっていく。

 その様子を、隣に店を出している者が見ていた。


 ……うん? もしかして、馬車がそのまま店になるのか?


「あんた達、セッティモここの者か?」


「いや、わしらはイドエから来たんだがの」


 オスオが隣の者の質問に答えた。


「イドエから…… それはまた、遠くから来ましたね~」 


「そうだの。朝四時に出ての、今着いたの~」


「へぇ~、そんなにも? ところで、何を売りなさるので? もしかして、服ですか?」

 

 確かイドエは、昔は服飾で有名な所だったはずだ。


「それがの、食い物を売りに来たんだの」


 食い物……


「食材ですか?」


「いや、ここで作るんだの」


「遠くからわざわざ来たから、沢山売れるといいですね」


「ありがとうの」


 隣は良い人そうで、良かったの。



 食べ物か…… 残念だが、ここの広場には食べ物を扱う店は沢山ある。

 しかも近所にはランゲで有名な店もあるから、初めて出す店が売れるとは思えない。

 しかし、馬車がこんな見栄えの良い店になるだけでも驚いたが、調理場にまでなるとは!? これは珍しい……


 隣の者は、その後もずっとオスオ達を気にするのであった。


 

「シン」


 ピカワンが作業をしているシンに声をかけた。


「どうした?」


「フォワフォワフォワフォワ」


「何て言っている?」


「他の店を偵察してくるって言ってるっぺぇ。いいっぺぇか?」


「フフ、あんまり遠くに行くなよ」

 

「分かったっぺぇ! この広場から出ないっぺぇ!」


「お前らの、揉め事を起こすなの」


 オスオの忠告に、即座に返事を返す。


「分かってるっペぇ」


「行くっペぇ!」


「フォワ!」


 三人は嬉しそうに走って行った。


 ……できる事なら、他の皆も連れてきてあげたかったな。


 そう思いながら、シンは無邪気に走る三人を見ていた。



「見ろっぺぇ。あれは何を売っているっぺぇ?」


「フォワフォワフォワ」


「馬のウンコじゃねっぺぇフォワ」


「フォワ~」


「確かにワラが混じってて、馬の糞に見えるっぺぇけど、たぶんレンガの材料っぺぇ」


「フォワ~」


「あっちは何を売ってるっぺぇ?」


 ピカツーの質問に、ピカワンが答える。


「うーん、パンとスープっぺぇ?」 


「ってことはっペぇ、あの店は商売敵っぺぇ!」


「フォワフォワフォワフォワ!」


「店先にウンコをするとか面白そうっペぇね」


「フォワ、ピカツー、揉め事を起こそうとするでねぇっぺ」


「フォワ~」


「分かってるっぺぇ。冗談だっペぇーよ」


 そう返事をしたピカツーの目に、飲み物屋が見えた。


「見るっペぇあの店! 飲み物売ってるっぺーよ! 買うっぺぇ買うっペぇ!」


「フォワ!」


 興奮して駆け寄るピカツーとフォワを、ピカワンはなだめようとしたその時。


「ドン!」


いてーなコラァ! 何処見て歩いてんだこのガキ!」


 男とぶつかってしまったフォワは、地面を転げてしまう。


「フォワ~」


「はぁ? 何言ってんだコラァ!?」


 かぁ~、咄嗟に立ちふさがったけど、なんだこいつらの身なりは? 汚ねーガキ共だな!


 なんと、ピカワン達の前に、突如としてチンピラABCが現れた。


「おい、このガキが当たった所が汚れてないか?」


「勿論汚れているんだぜ~」


 チンピラCが、そう答えた。


「だよな~。おいコラ糞ガキ! どうしてくれるんだよ!? ああ~ん」


 明らかに風貌のおかしなチンピラABCの三人は、フォワにいちゃもんをつけてきたのだ。


 ……おらは見てたっぺぇ。フォワの前に、わざと立ちふさがったっペぇ。けども……


「おいコラァ! さっさと立てや!」


「フォワフォワフォワ!!」


「なんだこいつ? まともにしゃべれないのか?」

 

 怒って今にも殴りかかりそうなフォワとABCの間に、ピカワンが割って入る。


「ぶつかって悪かったっぺぇ。ツレは上手くしゃべれないっぺぇから、許してくれっペぇ」


「ああ~ん? なんだそのおかしな話し方は!? どこの田舎者だ!? それにしゃべれないから許してくれとか、ふざけてんのかコラァ! こいつを見ろ!」

 

 そう言ってチンピラAは、チンピラCに目を向ける。


「こいつは頭が悪い!」


「兄貴!? だぜ~」


 そう言われたCが突っ込みを入れた。


「だからといって、おいた・・・をしても許してもらえる訳じゃないよな?」


「フォワフォワフォワ!!」


「フォワ! 待つっペぇ!」


 立ち上がってAに殴りかかろうとするフォワを、ピカツーが必死で止めている。


「俺の言っている事が分かるか、うん?」


「……どうすれば良いっペぇ?」


「まぁ幸い怪我はしてないからよ~、洗濯代だけで許してやるよ」


「ププッ、怪我はしてないとか、兄貴今日は随分優しいですね~」

  

「いやいや、優しい訳じゃないんだぜ~。こいつらの身なりを見て、出せる金額を計算してるんだぜ~。頭良いんだぜ~」


 ⅭはAを絶賛している。


 こいつら…… 特にだぜっていう奴が腹たつっぺぇ…… けども、揉め事を起こす訳にはいかないっぺぇ。


 ピカワンがシンの居る方向に目を向けると、ちょうど大きな噴水の反対側で、その姿は見えなかった。

 さらに、噴水から大量に湧き出る水の音で、揉めている声も届いていない。


「フォワフォワフォワ!!」


 フォワは払う事無いと言っていたが、ピカワンはポケットから革袋を取り出す。

 それを見た途端、フォワとぶつかったチンピラAは、素早く取り上げる。


「あっ!? 返すっペぇ!」


「お~お~、けっこう入ってんじゃねーかよ」


「本当ですかい? 俺にも見せて下さいよ」


「汚らしい服着てるのに、意外と持っていたんだぜ~。こういうのを、予想外って言うんだぜ~」


「全部は渡さないっぺぇ! 返すっぺぇ!?」


「おいおい、返す訳ないだろう」


「そうだぜ~。素直に降参するんだぜ~」


 その時、ピカツーを振りほどき、フォワがチンピラAが持っている革袋を奪い取ろうと突進する。


「おおっと、あぶねぇ~」


 チンピラAが避けた事で、フォワは勢い余って転んでしまう。

 そんなフォワにピカツーが覆いかぶさり、再び押さえつける。


「フォワ、落ち着けっぺぇ!」

 

「ったくよ~、これで終わらせてやろうかと思ったのによ~」


「なっ、なにがだっぺぇ!?」


「この馬鹿の粗相を、お前が代表して膝をついて謝罪しろよ」


 それは、元の世界の土下座と同じ意味であった。


「ほら~、さっさとしろよ~」


 くっ……


 揉め事を避けたい一心でゆっくりと膝を折ると、ピカワンの目から悔し涙が流れる。


「むふ、むふふふふふ」


 平伏すピカワンを見て、チンピラAは満足そうに笑った。


「ブハハハ、泣いているよ~、こいつ~」


 Bが揶揄っていると、Cがボソッと呟く。


「兄貴、やばいんだぜ~」


 その時、警備の者が一人近付いて来ていた。


「おい! お前等何しているんだ!?」


 その声に驚いたチンピラAは、ピカワンの革袋をCに渡す。


「これはこれは、警備の方。いや~、突然ぶつかってこられて怪我したんですけど、今こうやって丁寧に謝るので、ゆるしてやったところです」


 警備は膝をついて頭を下げているピカワンに目を向ける。


「フン、話が付いたのなら、さっさと立ち去れ! ここで騒ぎを起こして俺の仕事を増やしたら、ただではすまさないぞ。いいな!」


 その言葉を聞いたピカワンは、警備に助けを求める事をせずにゆっくりと立ち上がる。


 Cからピカワンの革袋を受け取ったチンピラAは、BCを伴って去って行く。

 警備はそんなABCを見た後、佇んでいるピカワン達を一瞥し、何も言わず巡回に戻って行った。


「ピッ、ピカワン! あれで良いっペぇかぁ!? みんなの金も入ってるっぺぇーよ!?」


「フォワフォワフォワ!!」


「……今日は、揉め事に来たわけじゃないっぺぇ。シンとかオスオさんの事を思ったら、我慢するしかないっぺぇ……」 

「フォワ……」


「ピカワン、おら…… おら、悔しいっぺぇ……」 



 その頃シャリィは、商工ギルドで露店の許可が下りるのを、通された特別な部屋で待っていた。


「シャリィ様、何かお飲み物はいかがでしょうか?」


「必要ない。それよりも、急いでくれるか?」


「はっ、はい! 直ぐに、もう直ぐ出来ますので、しばしお待ちを。それと、お時間は取らせませんので、今ちょうどおりますサブマスターが、是非挨拶だけでもと申しておりまして」


「……」


「お急ぎの様ですが、何卒……」


「いいだろう」


「ありがとうございます! 直ぐに呼んで参りますので!」


 イドエの噂を既に耳にしていた商工ギルドは、逆らうこともなく、言われるがまま許可証を発行しようとしていた。

  


 ピカワンから取り上げた革袋に、思っていた以上にシロンが入っていた事で、機嫌が良くなっていたチンピラABCは、噴水の周りを肩で風を切って歩く。

 そんなAの目に、何かが映る。 


「おい、見ろよあれを!」


「ん?」


「兄貴、どうしたんだぜ~」


 ABCの視線の先には、準備をするオスオ達の姿があった。


「これはこれは、さっきのガキ共の保護者なんだぜ~」


「でしょうな。ここでは一度も見た事も無いし、あの汚らしい服といい、間違いないですね」 


「出会うべきして、出会ったんだぜ~。こういうのを、運命っていうんだぜ~」


「むふふふ、行くぞ」


 馬車に積まれた荷物を降ろしているオスオの元へ、チンピラABCがやって来る。

 それを見ていた隣の店の者は、商品をそのままにして、何処かへ歩いて行ってしまう。


「おい!」


「ん? なんだの?」


「たぁ~、こいつも変な話し方だな~」


「語尾にのを付けるって、こいつらイドエの者じゃないのか?」


「……確かにそうだがの。なんか用事かの?」


「おおっと、当たってたんだぜ~。意外と博識なんだぜ~」


 ……なんだのこいつら?


 チンピラ達の声が聞こえ、馬車の裏で作業をしていたシンが出て来る。


「どうしたんですか?」


 奥から出てきたシンに、チンピラABCが注目する。


 ……うん? この野郎、イケメンじゃねーかよ!

 俺はな、イケメンが大っ嫌いなんだよ!

 苦労もせず、金もかけずに、顔が良いからって、それだけの理由で女からモテまくりやがってぇ!

 俺の様なブサメンが貢いだ金は、てめえらイケメンの所に回っているんだろうが! 

 ちくしょー、見てろよ! こいつからたっぷり頂いて、回収してやるからな!


「おお~、見ろよ。イケメンが出て来たぞ!」


「本当なんだぜ~。兄貴はな、イケメンが嫌いなんだぜ~。どうしてか分かるか? それは兄貴がブサッ」


「余計な事を言うんじゃねぇ!」


 チンピラAは、チンピラCの言葉を遮った。 


「……オスオさん」


「いやの、こいつらがの」


 オスオの言葉に、チンピラABCが反応する。


「こいつら~?」


「おいおい、おっさん! 初対面でこいつら呼ばわりかよ!?」


「こういうのを、良い根性してるっていうんだぜ~」 


「……」


 何事か察したシンの表情は一瞬で変化して、先頭に立っているAを見ている。


「それで、おたく達は何者なんだ?」


「ああ~ん。俺達はサヴィーニ一家の者だ。誰に断ってここに店を出してんだ? ああ~ん」


 サヴィーニ一家…… 確かこの近辺の町や村の露天を仕切っている何代も続く的屋テキヤだと、シャリィに頼んだ資料に書いてあったな。


 的屋とは、暴力を生業にしているヤクザとは違い、露天や興行を営むヤクザの事である。

 だが、的屋をヤクザと認めない者も多く、見下されることもしばしばある。

 このサヴィーニ一家は本部をセッティモに構え、暴力を生業としているヤクザ組織に属さず、完全に独立した的屋組織であった。

 

「許可は商工ギルドに今貰っている所だけど……」


 チンピラAは、わざとお茶を濁すシンの言葉を遮る。

 

「馬鹿かお前は!? そんな事を聞いているんじゃねーよ! 一から説明しないと分かりまちぇんか? バブバブ」


 これだからイケメンは…… 顔意外使える所がねぇんだよ

。そんな奴らに、そんな奴らに俺は…… 俺は……


「ブハハハハ」


「お前みたいな奴の事を、世間知らずって言うんだぜ~」


「……」


 どうやらシン君は、ヤクザ者に話を通してなかったようだの……

 わしに人選を任せるいうからの、話を通しているもんだと思っておったがの。一応女子供を連れてこんかったがの、どうやら正解だったようだの…… 


「すまないな、こういうのに疎くて。それで、どうすればいいんだ?」


 シンはチンピラABCに謝罪した。


「そらお前~、シャバ代を払ってもらわないとな~」


「……いくらなんだ?」


 おっ!? この馬鹿、素直に払うつもりだな。

 むふふふ、俺達は本当はサヴィーニ一家じゃないんだよな~。お前らみたいな新しい露店を見つけた時だけ、あの馬鹿一家の名を語ってシノギをしているだけなんだよ~。

 いつもなら、1万から5万シロンぐらいで許してやるんだけど、こいつの顔がムカつくんで、10万ぐらい搾り取ってやるか!

 

 チンピラAは、そう思いながらシンの顔をジッと見詰める。


 くっそー! 俺だってな、本当はこんな顔に生まれたかったんだよ! けどな、うちの父親と母親も、それに爺ちゃんも婆ちゃんもな、お前が見たら驚いてひっくり返るぐらい不細工なんだよ! 

 そのせいでな、そのせいで俺は…… ええーい!


「30万シロンだ!」


「30万?」


「あぁ、俺達一人につき、10万! 合わせて30万シロンよこせ!」


「こういうのを、暗算って言うんだぜ~。兄貴の計算の速さに、きっと驚いているんだぜ~」


「ブハハハハ」


「……」


 30万…… このアホ共、一人に付き10万って、シャバ代なのにそんな決め方があるかよ。つまり、かなり吹っ掛けてきてやがる。

 どういうサヴィーニ一家連中か、見極めるために惚けてみたが、こいつらでは話にならないな……

 元々シャリィが戻って来たら、サヴィーニ一家に挨拶に行くつもりだったが、どうする……

 素直にこのチンピラ達に払うか、それとも後で本部に行くと言って突っぱねるか……

  

 シンは、チンピラAの顔をジッと見詰める。


 どうみても幹部には見えないが、後ろのだぜ・・が兄貴と呼んでいたし、まさかって事が良くある業界だ。こいつがもし幹部なら、今払わなければ顔を潰した事になる…… 吹っ掛けられている事は分かっているが、ここは素直に払っておくか。違っていたら、後から回収すればいいだけの話だ。


 シンはサヴィーニ一家にシャバ代を払うつもりで、シャリィから釣り銭も兼ねて50万シロンを受け取っていた。

 一度その場を離れ馬車の中に入り、置いていた鞄を取ってシンは戻って来た。


 むふ、むふふ、むふふふふふ。早起きは30シロンの徳だと一番不細工な爺ちゃんが良く言ってたけど、流石にあの不細工は伊達じゃなかったわ~。見た目で勝負できない分、物知りだったもんな~。

 むふ、むふふ、30シロンどころか、百…… いや、千倍・・の30万シロンかぁ。さっきのガキ共もけっこう持ってたし、こりゃ良いの捕まえたわ~。

 今晩は売春宿のレイラちゃんに会いに行こうと思って、貯め込んだ3万シロン持って来てるけど、それも良かったのかもな~。爺ちゃんは、シロンがシロンを呼ぶっていつも言ってたからな~。

 うひ~、これで13万シロン+ガキの革袋…… この後直ぐに、レイラちゃんに会いに行っちゃおうかな~。

 13万もあれば、ショートじゃなくて、お泊りできるな~。それにチップを沢山あげたら、喜んでサービスいっぱいしてくれるだろうな~。うん、行こう! この後必ず直ぐに会いに行こうっと!

 嬉しいな~、幸せだな~、あ~、生きてて良かったな~。


 シンが鞄から革袋を出したその時、チンピラBが何かに気付く。


「兄貴、さっきの警備が見てますよ」

 

 そう言われたチンピラAが振り向くと、さきほどの警備が、鋭い眼差しでジッと見ていた。


「チッ! おい、直ぐに革袋を仕舞え!」


 シンが言われるがままシロンの入った革袋を仕舞うと、警備はしばらくの間まだ見ていたが、何処かへと歩いて行った。


 ほっ、あぶねー。30万がふいになる所だった。ここは慎重にいくか……


「ふぅ~だぜ~。こういうのを、危機一髪っていうんだぜ~」


 チンピラCは胸を撫でおろす。


「おい、そこの路地が見えるだろ?」


 シンはチンピラAの視線の先に目を向ける。


「あぁ」


「あの路地を先に入って行け。俺達は後から追いかける。分かったな!?」


「あぁ、分かったよ」


 路地に向かって歩き始めたシンを、チンピラ達は監視している。


 そんな中、チンピラCはオスオ達に視線を向けた。

 

「黙って見ているお前達みたいな奴を、根性無しって言うんだぜ~」


 このチンピラ…… まな板に載せて斬り刻んでやりたいがの……

 だがの、Sランク冒険者のシューラのシン君がの、こんな奴等に大人しく従っておるんはの、わしらの、イドエの為なんだの。

 騒ぎを起こしての、今日の事がふいにならんように我慢してくれておるんだの。

 シン君にとっての、今の状況がどんなに辛い事かの、その気持ちはの、長年虐げられてきたイドエのわしらには分かるでの。

 だからの、ここでわしらがキレたら、そんなシン君の気持ちを無駄にすることになるでの。

 我慢だの……


 チンピラABCは、シンの後を追ってオスオ達から離れて行く。

 その様子を、ピカワン達も隠れて見ていたのであった。


 シン……

 

 先に路地に入っていたシンに、チンピラBとCが追い付く。

 チンピラAは、大金が入る事で慎重になり、警備を気にして、一人遅れて後ろの確認をしている。


「おい」


 チンピラBが、シンに声をかける。


「すげー汚いガキが三人居たけどよ、あれもお前らのツレだろ!?」


「……たぶんな」


「汚い服で直ぐに分かったよ。兄貴ほどじゃないけど、俺も賢い方でよ~。いや~、災難だな、ガキもお前達もよ~」


 その言葉で、シンの身体がピクリと動いた後、立ち止まる。


「おっ、急に止まるんじゃねーよ、ボケがぁ!」


「そうだぜ~。馬鹿は急に止まれないって言うんだぜ~」

   

 シンは背中を向けたまま、口を開く。


「どういう事だ?」


「ああ~ん。そのガキ共はな、兄貴にぶつかって来たから、キッチリケジメを取ってやったんだよ!」


「……あいつらに、何をした?」


「別に~。金を巻き上げて、平伏させただけだよ~」


「……」


「あの糞ガキ、悔しそうに涙を流してたよ~。お前も真似をして平伏して泣いてみるか? ああ~ん」


「……」


 シンの目が変化し、振り向いたその瞬間!

 常人には捉える事が出来ないほど速い左ストレートが、チンピラBの鼻を粉砕する。


「ビャッギャァ!」


 意味不明な声を出したBは、一瞬で気を失う。

 すぐ隣に居たチンピラCは、ピクリとも動けず、棒の様にただ真っ直ぐ倒れてゆくだけのBを、驚愕の表情をして、視線だけで見送る。


 ……ん?


 一人離れて後ろを気にしていたチンピラAは、Bのおかしな声を聞いて前を見るが、その状況を理解出来ずにいた。


 なんだ?


「おい、この状況は何て言うんだ? 言ってみろよ」


 シンは足が震えて動けないチンピラCに質問をした。


「たっ、たたっ、たぶん、そっ、想定外って、言うんだぜ~……」


「お前らからすればそうなんだぜ~」


 シンが真似をした直後、打ち下ろし気味の右ストレートが、チンピラCの口元を捉える。


「ブギッンバァ!」


 はっ、歯が何本か、へし折れたんだぜ~。それにこっ、これはたぶん、意識を失うんだぜ~。


 チンピラⅭは、そう思いながら意識を失い、その場に崩れ落ちた。


「ひっ、ひぃ~」

 

 それを見たチンピラAは、すぐさま踵を返して走り出す。


「待てコラァ!」


 逃げるチンピラAを追いかけているシンの目に、不思議な光景がスローモーションの様に映る。

 それは……

 両手を広げ、まるでトビウオの様に美しく宙を舞うフォワの姿であった。


「フォワ!!」


 フォワのドロップキックが、追って来るシンの方向を見ながら走っていたチンピラAの顔面を、モロに捉える。


「ブッガァン!」


 カウンターでドロップキックを喰らったチンピラAは、おかしな悲鳴を上げてその身体を激しく壁に打ち付け倒れると、ピカワンとピカツーが髪の毛を掴んでシンの居る路地の奥へと引きずり戻してゆく。


「このチンピラ! 金を返すっぺぇ!」


「さっきの勢いは何処行ったっペぇ!? 何とか言ってみるっぺぇ!」


 奥まで運んだ二人は、チンピラAを何度も何度も踏みつける。


「グッ、グァッ! やっ、やめ、て、し、死ぬっ」


 そこに立ち上がったフォワも加わり、一緒になって踏みつける。


「フォワ! (俺の!)フォワ! (蹴りは!)フォワワ! (効くだろ!)フォワ! (お礼は!)フォワフォワ! (いらないぜ!)」 


 それを見たシンは、近付きながら声を出す。


「おい、止めろ!」


 その声を聞いた三人は、踏む事を止めてシンに目を向ける。


 たっ、助かった…… 俺はまだ、生きている。


 

 すると、近付いて来たシンは……


「みんな、やり過ぎだ!」


 そう言いながら、倒れているチンピラAを何度も何度も蹴りまくる。


「グフッ! あっ、やっ、やめっ」


 こりゃ、死ぬな俺…… レッ、イラ、ちゃん…… 死んでも、会いに……


 それを見て笑みを浮かべた三人は、シンと一緒になりチンピラAを再び踏み始めるのであった。


「フォワー!? (美味いだろ!?)フォワフォワ! (俺の蹴りは!)」



 数分後。


 意識を失い、倒れているチンピラAの身体を弄るフォワ。

 すると、ピカワンの革袋以外にも革袋を見つけ、中身を確認する。


「……フォワワワワ~」


 フォワは、嬉しそうに笑った。


「シン」


 ピカワンがシンを呼んだ。


「うん?」


「最初はこいつらに払うつもりだったっペぇ?」


「……いや、払うつもりはなかったさ」


 ……シンは嘘をついているっペぇ。もしかして、おら達の事を聞いて怒って手を出したっぺぇ?


「どうするっぺぇシン?」


「うん?」


「揉め事を起こしてしまったっペぇ……」

 

 ピカワンは責任を感じて、心配そうに聞いてきた。


「知らぬ存ぜぬで通せばいいさ」


「……そんなんで、いいっペぇか?」


「あぁ、もしどうにかなっても……」


「……」


「どうにかすればいいだけさ」


 ピカワンはシンのこの言葉を、生涯忘れることは無かった。


 薄っすらと笑みを浮かべるピカワンの隣で、フォワもずっと満面の笑みを浮かべているのであった。


「フォンワ~」

  

  

 路地奥深くの、人が来そうにない所に三人のチンピラを放置したシン達がその場を後にすると、そこに入れ替わる様にシャリィが現れる。

 気を失い、倒れている三人に近付くと、そのうちの一人の意識が回復し、シャリィの足を手で掴む。


「……」

    

「うぅ……レイラちゃんごめん。行けそうに…… なぃ……」


 そう言うとチンピラAは再び気を失うが、フォワのドロップキックを喰らい、4人にあれだけ蹴られたはずなのに意識を取り戻すとは、意外にタフであった。

 だいたいの状況を理解していたシャリィは、足を上げてチンピラの手を振りほどくと、倒れているABCに魔法を施し、シンの元へと向かう。

 だが、そのシャリィの脳裏に、疑問が一つだけ浮かぶ。


 ……レイラちゃんとは、誰だ?


 この後三人のチンピラは、たまたま通りかかった人に7時間後に発見され病院に運ばれるが、五日間意識を失ったままであった。


 

 戻って来たシンの手と服に、血が付いているのにオスオは気付く。


 ……シン君があいつらをどうしたのか、その血を見ればだいたい想像はつくのぅ。

 もしかしてシン君はの、わざと揉め事を起こすように仕向けてたんかの?

 この町に着いた時に、先にシャバ代を払いに行っておけば、こんな事になってないからの。いや、わしの考えすぎかの……

 だがの、揉め事はいかんがの、心がスッキリしたの~。

 あのチンピラ共はの、知らんとはいえの、冒険者のシューラに喧嘩を売ったも同然だからの、やられても文句は言えんの。

  

「オスオさん、準備は出来ましたか?」


「できとるの! 後は火にかけるだけだの! あ~あ、わしも参加したかったの~」


 笑顔でそう答えるオスオを見て、シンは薄っすらと笑みを浮かべた。

 そこにシャリィが現れる。

 

「遅くなってすまない。これが許可証だ」                    

「これを警備に見せればええんかの? わしが言って来るでの」


 ダガフがシャリィから受け取った許可証を、警備に持って行った。


「よし、シャリィも来たし、俺はちょっと出かけて来るよ」


「フォワ?」


「何処へいくっぺぇ?」


「ちょっとな。どれぐらいで戻れるか分からないけど、後は皆さん、頼みますね」


「分かったの」


 何処かへ向けて歩き始めたシンに、シャリィも付いて行く。


「この道を真っ直ぐ行って、5つ目の角を右に曲がれ。そのまま15分ほど進むと左手にある」


「了解」


「私も付いて行こうか?」


「それは心強いけど、いいよ。それよりみんなを頼む」


「……分かった」


 シンが向かった先は、サヴィーニ一家の本部事務所。

 シャバ代を払う為であるが、話がややこしくならない様に、サヴィーニ一家の者だと思っている先ほどの三人の事は、内緒にしようと考えていた。

 だが、この後、シンですら思いもよらぬ出来事が、待ち受けているのであった。

  

   

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