102 トラスト


 森の中を移動しているシャリィの目に、バリーが映る。

 バリーは近付いてくるシャリィに気付いており、既に目を向けていた。


「シャリィ、ゴブはいたの!?」


 その言葉に、シャリィは頷く。


「フリー?」


「いや、迷い・・だ」


「迷いだったの?」


「時間をかけたが、他には居ない」


 生まれたゴブリンは母親の元を直ぐに離れ仲間を探す。ゴブリンだけに宿る特別な嗅覚で。

 だが、場所によっては仲間を見つけられない場合もある。その為に仲間を探し求めるゴブリンや、仲間と死別して彷徨うゴブリンを迷いと呼んでいた。


「どっち?」


「死別の方だろう」


「そうなの……」

 

 バリーは表面上穏やかに見せていたが、内心イラ立っているのをシャリィは分かっていた。


「……シンがゴブリンと遭遇したのは村から5キロ足らず」


「……」


「村人にあれほどの啖呵を切っておきながら私は…… この始末だ」


「シャリィ……」


 お互いに場所を決めていた訳では無いが、旧街道側の魔獣討伐は主にシャリィが行っていた。

 どの様に優れた冒険者でもミスをする。それはバリーも当然ながら承知している。

 しかも今回の相手は、長い距離を移動するものであり、探索外から隙を突いて迷い込むのは、致し方ない話なのかもしれない。

 バリーはシャリィに気を使い、これ以上ゴブリンの話を口にすることは無かった。

 一方シンは、大きく前に進み始めた村の状況なども考慮し迷っていた。


 短剣を返しにシャリィの部屋を訪ねたシンに、シャリィはふたたび謝罪する。


「すまない」


「いや、だから、謝らなくても……」


「村がこれからという時で警戒をしていながら、侵入させたのは私の責任だ。この様な事は二度と無いと誓う」


 シャリィの謝罪を受け、シンはゴブリンの事は話さないと決める。ユウにさえ……


「……それより、この短剣だけどさ」


 シャリィに気を使い話を変える。


「凄い切れ味だな。ユウも驚いていたよ」


「……その短剣は返さなくて良い。持っていろ」


「……」


 今日の様な事がまた無いとは言い切れないし、剣があれば何かと便利だ……


「分かった。借りておくよ」 


「それで、どうだった?」


「そうだな、川の魚影は濃い。多少の足しにはなるだろうけど……」


「では、レティシアと話した通り」


「あぁ、そうなる。当面はヨコキさんのルートを使う」


「……」


 無言のシャリィの心を読んでいるかの様に、シンは口を開く。


「あの人の言動からして、恐らく理解している」


「……そう、恐らくな」


「今回の事で村の物資の数十%を握られようが、何者かが背後で絵図を描いていようが、ロスさん達と和解した今の状況ではな」


「……」


「あの人のルートを潰すと裏家業あいつらとも面倒な事になるし、不測の事態の時の為にも残しておく」


「……そうだな」


「それに、出稼ぎの人達が一度に村に戻るなんて……」


「……」


「いい加減誰もがこの村で何かが起きていると気づくだろう」


「……」


「そうなれば…… 兎に角、明日にでも、ヨコキさんと話をしてみるよ」


「分かった」


 部屋を後にするシンの背中を、シャリィは見詰めていた。


 ……この村に来た時、私が話したのは概要だけだ。

 それなのに、この世界での見聞を総括し、己の推測をも当てはめ見事にピースを埋めている。


 だが、次をどうするのか見物みものだ……



 予定では2週間のうちに数百名もがイドエに帰ってくることになる。再会を待ちわびている家族達にとっては朗報だが、いくつかの問題が生じる。

 その一つは物資である。

 特に必要なのは食料と魔法石であるが、イドエでは元々日常生活において魔法石を使用していない者も多く、あまり重要ではない。 

 

 だが、食料はそうはいかない。

 

 制限されている村のルートでは、その需要をカバーしきれず、ヨコキのルートを頼らざるを得ない。

 需要の高まりで、当然ヨコキの影響力は増す。それに乗じて物量を操作し、村にプレッシャーを与える事も出来るが、それは悪手である。

 村に小麦がある限り、最悪飢える事は無いからだ。

 それに、村では多数派だった反村長の老人達が村長派に回った事により、ヨコキの存在価値は更に薄くなっていた。

 今の状況下では、ヨコキを追い出し、ルートだけを残す事も可能。

 だが、あえてそうしないのは、ヨコキの職業も関係している。

 売春婦から人望の厚いヨコキを村から排除すれば、当然売春婦達も後を追い村から出て行くだろう。

 そうなれば、治安の悪化などの問題が起きる可能性は高い。

 元の世界では、人類初の職業と言われている売春。

 治安や福祉の面もあるが、元の世界の日本ではその職業を軽んじる傾向にある。

 この世界では、魔法を使えず、行き場の無い女性が生きて行くには、必要不可欠な職業の一つなのかもしれない。

 そして、それ以外にヨコキを追い出さないもう一つの理由。  それは…… シンはヨコキをイドエの村人の一人だと考えているからであった。




 あの時…… 村長小娘からガルカス達の死を聞かされたあの時……

 あれはあたしへの警告だったんだよねぇ。

 村長に逆らうな、ガルカス達が居ないのなら、あたしの存在価値は著しく落ちてるんだよってねぇ。 

 だけどそれは、村が昔の様に戻ればの話だろう?

 ジジィ共があんた側に付いたのは正直驚いたさぁ。

 それに、村を出て行った奴等は、あたしの呼びかけに誰一人として応じなかった。だけど…… 舐めてんじゃないよ……


 あんたは非情でも、坊やは違うのさっ!

 


 

 今回の事では、物資以外の問題もある……

 

 それは近隣や遠方で失われる労働力。

 一度に数百名もの労働力が失われる影響は小さくなく、混乱は起きるだろう。

 出稼ぎを引き上げる事で、イドエの影響力を見せつける事は出来るが、労働力を失った者達は当然の如くイドエの変化を望まない。つまりそれは、無用な敵を増やす事になりかねない。

 それを覚悟で呼び戻す決定をしたのは、生まれ変わるイドエにも労働力は必須であったからだ。

 そして、その問題に関してシンは数百名にも及ぶ出稼ぎ者の金の流れを重視していた。当然そこには、裏家業の者や汚職に手を染めている者が存在し、関わっていると思っていたからだ。

 だが、シンの予想と違い、レティシアから聞いた話はクリーンそのものであった。

 出稼ぎの者達の賃金は、決まった日に一度領主の元へ集まり、そこから村へ。そして村から出稼ぎ者へと支払われており、かすり・・・を取る裏家業の者達は存在していないのだ。それどころか、領主ですらその上前を撥ねることも無い。

 その金は、山賊に襲われる事も無く、村に居た無法者達ですら手を付けていなかったのである。


 その話を聞いたシンは出稼ぎ者達を戻す事を強く進言したのだ

 そして、脳裏には新たな憶測も生まれていた。


 この村には、一見ルールがない様だが実はある。

 その証拠に、学校もそうだ。


「村長さん」


「何でしょうか?」


「この村には、そのー、学校はないのかな?」  

 

「それは……」


「皆どうやって勉強してるのかなって思って……」


 この世界の一般的な家庭では、幼少の頃から親や近親者や近隣者などが勉強を教え始める。

 通常であれば6歳から学校に通い始め、最低でも3年間は勉強をする。

 習うのは国語と算数が主で、他の科目や更に学校に通いたい希望者は大体が受け入れられ、15歳までは無償で勉強をする事が出来る。

 国や環境によって大きく異なる場合もあるが、金持ちや貴族、王族などは幼少時より専門職から習い始め英才教育を受ける。


 ルールの無いように思えたイドエで、混乱によって失われた学校を復興しようとしたレティシアだったが、領主によって頑なに拒否されたという。



 ザルフ・スーリン……

 お前がこの村で何をしようとしているのか、だいたいの想像は付く。

 だけど、分からないのは…… お前は、どちらなんだ……



 

 次の日。


 シンは見回りも兼ねて、村の中を歩いている。


「おい、あいつだ」


「お、おぉ」


 村に残ったよそ者達の間では、村の老人達が一丸になった事で、もしかするとイドエは本当に以前のように戻るのではないかと噂になっていた。

 そうなると、自分達の立場はどうなるのか不安を覚える者達も少なくない。  

 レティシアとシンは、村に協力するのであればという条件を付け、希望者は村に残れる様にすると改めて発表した。

 以前のようなレティシアの独断での発表と違い、村の総意だと感じたよそ者達は、その不安が解消され、中には自ら協力を申し出る者も多数いた。



 歩いているシンに、声をかける者が現れる。



「ちょっといいかい」


 ……ヨコキさん。


「勿論、いいですよ。ちょうどヨコキさんを訪ねようとしてたので」


 ヨコキは近付いて来て、シンの横に並ぶ。


「……やるじゃないかい。あの爺さん達を丸め込むなんてね」


「俺は何もしてないよ。何かしたのは、ピカワンやブレイや…… あいつらさ」


 ふん、しらじらしい……


「で、あたしを訪ねようとしたのは、物資の件かい?」


「……はい」


「もう既に話は通してあるよ。魔獣も居なくなったし、苦労せずにいつでもこれるって喜んでいたよ」


「ありがとうございます」


「まぁ、あいつらが頻繁に来る事になると、あたしの店の売り上げも上がるからねぇ」


「そうですね」


「だけど、今までよりももっと大掛かりになるから、当然色は付けさせてもらうよ」


「お手柔らかにお願いします」


「ふん」


 物資の話を終えたシンは、ヨコキに和解を切り出そうとするが、先にヨコキが口を開く。


「あそこを見てみな」


 ヨコキの視線の先には……



 ブレイ…… 



「キャミィがね、売春宿うちを辞めたのさ」


 その言葉を聞いたシンは、何かを発しようと口を少し開くが、思い留まり口を閉じる。


「……」


あんた達の目には、売春婦あたし達がどういう風に映っているんだい?」

 

「……」


「金で身体を売っていようが、あたし達は女さ。普通のね」


「……」


「だから恋だって普通にするのさ」  


「……」


「だけど、本気で恋をしたら、別の男には触られたくも無いのさ…… これも普通さぁ」


 シンの目に、何かから解放され、満面の笑みを浮かべているキャミィと嬉しそうに会話をするブレイの姿が映っている。


「だけどねぇ、生きて行くには仕事をしないといけないのは当然だよ」


「……」


「サイスに本気で惚れて、客を取れなくなったキャミィには、ああやって今日から魔法石を売らせている・・・・・・のさ」


 シンとヨコキ、二人の視線の先には、客に魔法石を手渡しているキャミィと、その様子を見ているブレイが映っている。



 魔法石の転売は違法…… つまり、ヨコキさんは……



「あんた達が、村を昔のように戻すのは勝手さぁ」



 ヨコキさん…… 



「だけど…… そうなると」



 やめてくれ……



「キャミィがどうなるか……」 



 その手を使うのは……



「言わなくても分かるだろう」



 ……俺は、あなたを嫌いじゃないんだ。



「キャミィはサイスが居る限り、絶対にこの村から出て行かない」



 どうしてそこまで…… 頼むから……



「心配しなくてもいいさ。サイスには絶対に手伝わせるなって言ってあるからね。あの子には罪は及ばないさ」


 そう言ったヨコキの横顔を、シンは悲しげな表情で見ていた。


「話は終わりさ。帰ってシャリィママでもレティシアお姉ちゃんでも、好きな方と相談しな。坊や」


 ヨコキは去って行った。


 俯いて佇んでいるシンに、ブレイが気づく。


「ジン!」


 その声に反応して顔を上げると、ブレイがシンに笑顔を向けていた。


「……よぉ」


「な゛にじでるっべぇ?」


「ん? あー、散歩だよ」


「な゛んが、ひざじぶりっべぇ」


「はは、何日か会ってなかったからな……」


「う゛ん」  

  

 キャミィもシンに気付いて、笑顔を向ける。

 それに応え、シンも笑顔を作る。


「……」


 キャミィの元に、客がやってくる。


「おーい、バニ石くれや」


「あっ、はい。これをどうぞ」


「高いけど、ここで買わないとこの村には他に売ってねーからな~」


「ありがとうございました」


 魔法石を売るキャミィを、シンは見詰めている。


「ジン」


「うん?」


「ジンのお゛がげで、ギャミィと毎日会えで、ながよ゛ぐできでるっべぇ」


「……」


「ぼんどうに、あ゛りがどう゛」


「……いいんだよ」


 シンの言葉を聞いたブレイは、笑みを浮かべる。



 ……ヨコキさん。あなたは……



 苦悩するシンの背中を、一人の女性が見つめていた。





 する事が無くて部屋に籠っていたユウが気分転換に出かけようと宿から外に出るとシャリィが門に向かって歩いていた。


 シャリィさんだ……

 どうしよう、思い切って……


「あ、あのうシャリィさん……」


「どうした?」


「い、今お時間ありますか?」


「あぁ、少しならかまわない」


「ありがとうございます。では、あの~…… こっちの方へ」


「……」


 どうしよう…… どこか人の少ない所はっと……


 様子のおかしいユウをシャリィは見つめる。


 そうだ! 馬小屋で!


 そう思い付いたユウは、シャリィをモリスの馬小屋に連れて行く。


「あの~、実は……」


「……」


「最初に約束をして欲しくて……」


「約束?」


「はい。シンの曲に書いた詩を見て貰いたくて……」


「……そういうことか」


「えっ?」


「いや、何でもない。演劇は素人だが、そのような私で良ければ拝見しよう。で、約束とは?」


「はい、絶対にお世辞とか、嘘を付いて欲しく無くて、正直に思った事をお願いします!」


 ユウの意図が分からず、少し考えこんでいたシャリィであったが、手渡された紙に直ぐに目を通す。


「あっ、文字は!?」


「大丈夫、この世界の文字になっている」


 そうなんだ…… 自然とこの世界の文字を書いているのか僕は……

 

 自分の書いた詩に目を通すシャリィをチラ見する。


 うー、ドキドキする。昨日は、詩を書いた事をシンに言い出せなくて……


「うむ」


 緊張しているユウは、シャリィの声で身体が強張る。


「どっ、どーでしょうか!?」


 シャリィは緊張で強張っているユウの顔を、持っている紙越しにチラ見する。


「……うむ。その~、なんというか……」


「はっ、ハッキリとお願いします! 忌憚のない意見を!」


「うっ……」


 口ごもるシャリィを見て、ユウは肩を落とす。


「ユウ、いや、その~」


「初めてですし、僕にはセンスがないのは分かっているので、やっぱり出来は良くないですよね……」


「そっ、そうではない」


「いいんです。また書き直しますから……」


「そっ!?」


 項垂れるユウを見て、シャリィは一度深呼吸をして気分を落ち着かす。


「ふぅ~」


「シャリィさん…… どの様な評価でも受け止めますので、その詩を見て最初に思った事を、正直な気持ちを聞かせて下さい。お願いします!」


 そう言って頭を下げるユウ。


 私が最初に思った…… こと…… 

 それを正直に…… だと!?


「そ、そうだな……」


「はい!」


「その~」


「はい!」


「最初に思った事は……」


「はい!」


「……ぼそぼそ」


「はい?」


 二人の間に、シーンと何も音が聞こえない時間が流れる。


「か……」


「……か?」


「か…… 可愛いと、そう思った」


 その言葉を聞いたユウの表情が一気に明るくなる。


「ほっ、本当ですか!?」


「ん、あ…… あぁ」


 シャリィさんが! シャリィさんが可愛いなんて、そう言ってくれるなんて!?

 

 無邪気に飛び跳ねて喜ぶユウは、礼を述べるためにシャリィに視線を向ける。

 すると……


「シャッ、あ、あれ?」


「ど、どうした?」


「シャリィさん、頬が……」


 その言葉で、シャリィは急いで体ごと顔を背ける。


「わっ、私は、魔獣を狩ってくる」

  

 手に持っていた紙を馬の柵に置いたシャリィは、急いで馬小屋から去って行く。


「ブルルルル~」


「あ、ありがとうございました!」


 ユウはしばらくの間、シャリィが去った方角に目を向けている。


 ふふふ。さっき、シャリィさんの頬が赤く……


 そう思って笑みを浮かべているユウは何かに気付く。


「ん?」


 柵に置かれた紙を、馬がじゃれて口に咥えて振り回していた。

 

「あー、駄目だよ! その紙を食べないでー!?」


「ブルブルルルルー」





 同じ頃、プロダハウンでは……


 ロスやスピワンを始め、数十人の老人が集まっていた。


「懐かしいのう」


「本当だのう……」


 老人達は、ユウが練習に使っているスタジオの奥にあるドアを開け、階段を下りて行く。


「わしらが孫達に出来るのは……」


「……のう」


 そう言って、何かに掛けられている布を取る。

 すると、集まっている老人達全員が、感慨深い表情を浮かべる。


「……うん。うんうん」


 ロスは何かを思い出したかの様に何度も、何度も頷く。

 それを見て、涙ぐむ者をいる。


「もしかしたら、またこれらを使えるかもしれんのう」


「そうだのう」 「のう!」


「……そうなれば、最高だのう」


 願いを口々にする老人達。

 その時、スピワンが口を開く。


「のう皆。わしに一つ考えがあるんだがのう」

  

「なんだの?」


 その言葉に、ロスが問いかける。


「……孫達の為にも、あの人に声をかけてみんかの?」


「……あの人? いったい誰の事だの?」


「あの人?」 「ん?」 「はて?」


 集まっている老人達が少しざわつき始める中、再びスピワンが口を開く。


「演劇と言えば…… のう皆。この村に居る誰かを忘れとるんじゃないかのう」


 スピワンの言葉で、ロスは何かを思い出す。


「……あっ!? そうか…… そうだの!」





 その日の夜……


 4人は時間が合い、同じテーブルで夕食を摂っている。


 あとで…… 部屋に戻ったらシンに詩を見て貰おう、うん!


 シャリィの反応で自信を持ち、そう考えていたユウは、普段よりも速いスピードで食事をかきこむ。

 シンは普段と変わらぬ笑顔を見せてはいたが、食事をする手が時折止まっていた。

 シャリィとバリーはそれに気付いていたが、ユウは気付いていなかった。




「ドンドン」


「……入れ」

 

 ドアを開け、シャリィの部屋に入って来たのは、シン。  


「……どうした?」


「……ヨコキさんが」


「……」


「キャミィに魔法石を売らせていた……」


「……」


「その手は…… 使って欲しくなかった」


「……」


「あの人は、どうしてそこまで……」


「さぁな…… ヨコキの真意は分からない。だが、徹底して邪魔をする気のようだ」


「あぁ…… そうみたいだ…… はぁー」


 大きなため息をつくシンを、シャリィはジッと見ている。


「シャリィ……」


「なんだ?」


「どのぐらいの罪になるんだ、魔法石の転売は?」


 シャリィは無感情な瞳で、シンの質問に淡々と答える。



「……だ」



 その言葉を聞いたシンの身体が一瞬で硬直する。


「……何!? 今、何て言ったんだ!?」


「……死罪だと言った」


「……死罪!?」


「あぁ、そうだ」


 まるで一瞬だけ、時間が止まったかのように何の反応も見せなかったシンは…… 笑う。


「ふっ、ふふ、なんだよそれ?」


「……」


 作り笑顔から、険しい表情へと変化するシン。


「……じゃあ俺はどうなるんだよ!?」


「……」


「この村に来て、ピカワン達に魔法石を渡したぞ!」


「……」


「ピカルだって! 俺達にぃ、沢山の魔法石を餞別だってくれたじゃねーかぁ!?」


 興奮して、大声を出すシン。


「……」


「あ、あれも罪になるのか!? それなら俺達も死罪だろ!?」


「……」


 シンはシャリィの表情から何かを読み取る。


「なるほど…… ただの譲渡は罪にならないって訳か!? だけどもしかしたら、裏では違法な金額でやりとりしてたかも知れないだろ!? そうだろ!?」


「……」


「いったい誰がどうやって判断するんだ!? そんなの、いくらでも罪を着せる事が出来るだろーが!?」


 黙ってシンの言葉を聞いていたシャリィが口を開く。


「……お前の世界では」


「……」


「法律は完璧なのか?」


「……」


「何の矛盾も穴も無く、何一つ抗えず、それでいて権力者に不都合な法律が存在しているのか?」


 ……くっ


「お前とユウを見ていると、私には到底そうは思えないがな」


「……」


 シンはシャリィの言葉を聞いて部屋から飛び出す。

 そして、宿から出て、そのまま村の外にまで走って行く。


「シンさん、どちらへ? 夜は危険でごじゃ……」


「わぉ~、一目散に走って行ったぞ」


「……大丈夫でごじゃるか?」


「誰のシューラか忘れてないか? 魔獣が出ようが何が出ようが、瞬殺だよ」


 そうではなくて、様子がおかしかったでごじゃる。

 シンさん……



 がむしゃらに走ったシンは、森の中にある一際大きな木の前に立っていた。


「つまり、村を元の様に戻せば、キャミィちゃんは死罪になるという事か……」


 シン脳裏に、ブレイが浮かぶ。



「……」


「バキッ」


 突然木に拳を叩きつける。痛めている右の拳を……


 なるほど…… 宿以外のケツ持ちも引き受けると言った時、ヨコキさんが驚いていたのはそういう事だったのか。

 冒険者の、地位のある俺達なら、そんな事は知らぬ存ぜぬで通せばいい、ただの口約束だからな。そうだよなシャリィ!?

 だけど、キャミィちゃんはそうはいかない……


「ふふふ、ふふはははははは、はははははははは!」


 突然大声で笑いだすシン。


 ふふふ…… シャリィ…… お前は、この世界に疎い俺とは違う。お前は、お前は、こうなる事を知っていた! そうだろ……


「そうだろおぉぉぉー!!」


 夜空に向け雄たけびを上げるシンは、まるで月に向かって吠えるオオカミの様だった。


 大きな木の根に、シンは座り込み項垂れる。

  

 何か、何か勘違いしてねーか馬鹿が!

 分かっていた事だろうがよ! 

 最初から…… あの河原に、現れた時から……

 分かっていただろ!?

 

 シンは自分を戒める。



 この世界で…… 



「信じられるのは、己と、ユウだけなんだ……」



 暗い森の中で、一人しゃがみ込むシンを、ゼロアスが見ていた。


 ふん、小生意気なイフト出しちゃって……

 アリッシュもほんと物好き。まぁ、今に始まった事じゃないけど、あんなめんどくさそうな奴の何処が良いのかな?

 

「……それに絶対弱いし」


 僕…… 僕、あいつ嫌いかも……


 たぶんね……


 ゼロアスは、不敵な笑みを浮かべた。

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