151 新たなる絆


 ある日突然この世界に来ていたシンは、元の世界にいる友人たちに会いたいと願っており、それゆえに、リップバーンの心情を深く理解していた。

その気持ちと、直ぐにでもイドエに戻りたい思いを抱えながら、キッチンカーに向かっていた。そんなシンをじっと見つめる者たちがいる。


「ふぅ~、やばかった」


「……そうだね」


「この町に戻って来た早々に見つかるなんて、ついてねー」


「……」


「なー」


「なに?」


「まさか先に一人でシャリィ様と話したりしてないよな?」


「してないよ……」


 それは、何者かに追われ逃げて行ったヘルと、合流場所で落ち合ったカンスであった。

 二人は建物の屋根の上から、歩いているシンを見ている。


「ふ~ん…… けどまさかあんな弱そうな奴がシャリィ様のシューラだなんて」


「……ヘルからすれば、だいたいの人は弱々しく感じるよ」


 強さだけならAランクの人達と遜色ないのに……


「それなのに、まだCランクって……」


「あん、何か言ったか?」


「別に……」


「しかしよ~、どこが気にいったのかね~。まさか、あんな外見が好みとか?」


「……」


 シン・ウースさんは…… 見た目とか、強いとか弱いとかじゃなくて、凄く不思議な感じがする。

 どうしてか分からないけど、シン・ウースさんを見ていると思い出してしまう。あの人を……

 

「さてと…… どんな演出でシャリィ様に会おうかな~」


「……シャリィ様は僕たちに気付いていたから、もう既に一度会っているのと同じだよ。それなのに、今更演出とか……」           


「うるせーな。何度も言ってただろ!? シャリィ様に会うっていうのは、あたしの人生において大きなヤマ場なんだよ! 見ただろ!? あの美しさを! 」


「……」


「ずっとずっと憧れてたんだぞ!」


「知ってるよ。酒場で吟遊詩人にシャリィ様の話を何度も語らせていたこともね…… はぁー」


 カンスの大きなため息にヘルは反応する。


「あのな……」


 ヘルは呆れた様な表情を浮かべる。


「いいかカンス! 恋というのは、最初に会った時のシチュエーションで、その行方が大きく変わるんだ。童貞のお前に言っても分からないかもしれないけど」


「どっ! 童貞とか、そんなのかっ、関係ないだろ!」


 カンスは真っ赤にした顔を瞬時に逸らした。その様子をヘルはじっと見ている。


 こいつ…… もしかすると一生童貞かも……


「ってことで、お前は悪役をやれ」


「なっ、何言ってるの? 意味分からないし、やだよ悪役なんて」


「前から思ってたけど、童貞はノリが悪い」


 ……関係ないよ、そんなの。


「どうしようかな~」


「シン・ウースさんがせっかく紹介してくれるって言ってたから、普通に会えばいいだろう」


「う~ん、確かにその普通っていうのも良い線かもしれない。うーん」


 何をどう考えて普通を良い線って言っているのか、その基準が分からない…… けど……


「……相手はシャリィ様だよ。下手な小細工は、却って逆効果かも知れないだろ」


「確かにな…… 良いこというじゃないか、童貞のくせに」


「……やめてよそれ」


「よーし! では、あいつを通じて、普通に挨拶しに行くか!」


 ふぅー、最初からそれでいいのに……


奴ら・・も、また同じ場所に戻って来るなんて、思っても無いだろ」


「どうだろうね……」


 ヘルは腕を組んで、何かを思案している。


「うむむむ、せめて花束とか買っていった方がいいかな?」


「……いらない」


 冷めた表情で、カンスはそう答えた。



 

 シンがキッチンカーの場所に戻ると、変わらず多くの人々が集まっていた。客たちは自分の順番を待ちながら、少年少女たちから手渡されたチラシに目を通している様子が目立つ。


 音楽が聴こえる。魔法石の設置も終わったようだ……

 これだけ…… これだけの人がチラシを見ていれば、イドエまで足を運ぶ者も少なくないはずだ。それに、まだ明日の……


 かなりの手応えを感じていたシンだが、その表情に笑顔はない。

 その時、シンに気付いたピカワンが声をかけてくる。


「シン、あんなにもあったチラシをもう全部配ってきたっペぇ?」


「あぁ」


「早いっペぇ! 流石っペぇ~」


「たまたまだよ。それにしても、凄い人の数だな」


 マネされて、勝手に宣伝してもらった効果が出ている……


「それっぺぇ。売っても売っても人が全然減らないっぺぇーよ。ここに売りに来るだけで、かなりの儲けになるっぺぇ」


「あぁ、そうだな」


 この時ピカワンは、シンの様子がおかしい事に気付いていた。


 うーん、何か変っぺぇねぇ…… 


「フォワフォワ!」

「そこのお前っっぺぇ!」


「フォワフォワフォワ、フォワフォワ!」

「次に変な動きをしたら退場って言ってるっぺぇよ」


 鬼軍曹と化していたフォワの目に、シンの背後から近付く二人が留まる。


「フォワ! フォワフォワ」

「シン! 気を付けろって言ってるっペぇーよ。……え? 何がっペぇ?」


 ピカツーの訳した声に反応して、シンは何となく振り返る。すると、カンスとヘルがこちらに向かって歩いて来ていた。その二人を見た途端、シンはスイッチを切り替え、先ほどまでとは打って変わり、普段の様に振る舞う。


「あのー、シン・ウースさん」


「シンでいいよ。どうしたの?」


 カンスは少しオドオドした様子で、少し離れた場所で立っているシャリィを一瞥する。

 

「あー、そかそか。シャリィに紹介するよ。おいで」

 

「申し訳ありませんが、よ、宜しくお願いします」


 シンの後を付いて行くカンスとヘルを、ピカワンは見ていた。


 は~、このほっかむりの女、誰だか知らないっぺぇけど、背がシンよりも高いっペぇ。それに、腕が太くて筋肉も凄いっペぇ……


 ハァハァハァ…… シャリィ様に…… あのシャリィ様にあたしは今、近付いている。

 あ~、距離が縮まると目が、目が眩んじゃう。なんて、なんて眩しくて美しいイフト…… まるで、水平線から昇る朝日のような…… こんなイフト、今まで見た事も感じた事もない。 ん~、素敵過ぎる。


「シャリィ、ちょっといいか?」


「あぁ」


「この二人を紹介するよ。まずは冒険者のカンス」 


 シャリィが視線を向けると、カンスは地面に片膝をついて平伏した。

 

「シャリィ様、この度はお目通りの機会をいただき、心から感謝いたします。私はEランク冒険者のカンス・グラッドショーと申します。何卒、よろしくお願い致します」


 そう自己紹介を終えた後、カンスは頭を垂れたまま、ヘルが自己紹介を終えるのを静かに待っていた。


 あ~、こんなにも近くに…… 次は、あたしの番だ。


「そしてもう一人が確か……」


 キッ、キタ!


「ヘルさんだよね?」 


 よーし! カンスみたいに、スムーズかつ美しく平伏すんだ。


 ヘルが片膝を折ろうとしたその瞬間!


「おい、こっちだ! 早く並ぼうぜ。あいてっ!」

「ドン!」


 イモテンを買うために訪れた客に押されて、バランスを崩してしまう。


「あっ! わるぃ」


 平伏そうとしていたヘルは、前のめりになってコケそうになるが、何とか踏みとどまり、そのまま二歩進んで片膝を折る形となる。

 すると……


 こっ…… これは!? この黄金の麦穂のように輝いているのは……


 ヘルの目前にあったのは、シャリィの太ももであった。


 ああぁぁ、何て、何て美しい~。まるで大自然が生んだ奇跡の芸術品。間違いなくその名声と共に歴史に残る完璧なふともも~。

 歴戦の勇者に相応しい戦いをしてきているというのに、傷一つないなんて…… ああ~。


 いつまでも声を発しないヘルを不思議に思い、シンが覗き込むと……   

「ポタ…… ポタポタ」


 ヘルは頭を下げながら上目遣いでシャリィのふとももを見つめ、そのだらしない口元からは大量のヨダレが垂れ落ちていた。

 

 それに気づいたカンスが焦って静かに声を出す。


「ヘル! ヘルってば!」


 自分を呼ぶその声で、ヘルはやっと我に返る。


 恋は最初の出会いが大切とか言ってたくせに、ヨダレを垂らすなんて台無しじゃないか。


「あ、あた、いえ、私は、Cランク冒険者の」

 

 Cランク…… 


「エコル・ベールヘルヘルと申します」


 ベールヘルヘル…… ヘルは名前ではなくて、苗字の方か……


「シャリィ様にお会いできて、大変光栄でございます」


 平伏すカンスとヘルに向けて、シャリィが口を開く。


「その様なあいさつは不要だ。立ってよい」


 そう言われても、二人は平伏したままである。

 少し戸惑ったシャリィは、シンに目を向ける。

 すると……


「実はな、シャリィが良いなら、この二人にも手伝って貰おうかと」


「……」


 手伝う…… なんの話だろう?


「ああっと、二人にはまだ何も話してないけど」


 シンがそう言ったその時! 


「勿論手伝います! なぁカンス!?」


 ヘルは勢いよく立ち上がり、そう絶叫した。


「こ、声大きいって。いやあの…… 手伝いって、まだ何をするのか聞いていませんので……」


 ヘルは平伏したままのカンスの襟をシャリィから見えない様に掴むと、強引に立たせて引っ張って行き、シンとシャリィから距離を空けた。


「おい! 何言ってんだ! シャリィ様と一緒に仕事が出来るんだぞ!」


「うん、そうだけど……」


「こんな大変な名誉を、内容を聞いてから受けるか断るか考えたりするのか!? そんな失礼な事があるか!?」


 うーむ、ヘルにしては珍しく正論を……


「けど……」


 あの人と最初に会ったのは、イドエだったし……


 ごねるカンスをシンとシャリィから隠す様に立ち位置を変えたその瞬間!


「ゴフッ!」


 なんと、カンスにボディブローを食らわした。


「シン」


「うん?」


「どういうつもりだ?」


「そのまんまさ。あの二人に警護を頼む」


 シャリィはシンの目を見つめている。 


「心配ないさ」


「……お前がそう決めたのなら良いだろう」


「詳細は俺から説明するから」


 どうやら、ヘルゴンの事を隠すつもりの様だな……


「好きにしろ」

 

 しばらくすると、お腹をさすりながら二人の元にカンスが一人で近付いてくる。

 その背後から、不機嫌そうなヘルが様子を見ている。


「あの…… 大変恐縮でございますが、手伝いの内容を……」


 お腹を殴られながらも、どうやらカンスが押し切った様だ。


「護衛だよ」


 護衛…… それって……


「ギルドを通した、正式な依頼でしょうか?」


「いんや。直だな、直」


 直接……


「……申し訳ありませんが、また少し失礼します」


 カンスが再びヘルの所に戻って行くと、ヘルがカンスに向けて何やら小さい声で怒鳴っている。


「……さてと、どうなることやら」


 シンの言葉を聞いたシャリィが二人に目を向けると、ヘルはそれに気付き、またもやカンスを見えない様に隠してやりとりをしている。


「駄目だよ、ギルドを通さないなんて……」


「馬鹿かお前!? シャリィ様はSランクだ! 様々な免責を持ってて当然だからギルドなんて関係ない!」


 確かにそうかもしれないけど……


 カンスはキッチンカーで忙しくしているオスオ達に目を向ける。


 あの人達はたぶんイドエの人。つまり護衛するのはイドエの人達…… でも、僕はここ・・に来た時、イドエには関わるなと教えられた。

 だけどそのイドエにSランクのシャリィ様が…… 普通に考えれば、僕たちには到底手に負えない。


「依頼料も恐れ多くて聞けないし……」


「ただでもいいじゃん! 名誉はシロンで買えない!」


「……」


「なぁカンス。頼むよ。相棒としての一生の頼みだ。ね~」


 先ほどまでの高圧的な態度とは一変して、ヘルは瞳を潤ませて見つめてくる。その視線に引き寄せられるように目を合わせたカンスの心は、しぶしぶだが折れてしまう。


「……もぅ~、分かったよ」


「ほっ、本当か!? ありがとうカンス! この借りは絶対忘れないから!」


 そう言うとヘルはカンスの頭を抱き寄せて、Eカップはあろう豊かな胸にグリグリと何度も押し付ける。


「うっ、うっぷ! く、苦しいよ!」


「はい返したぁ!」


 これで!?


「ささっ、早く早くぅ!」


「……うん」


 シンとシャリィの元に再びカンスがやって来るが、今度はヘルも一緒である。


「そのご依頼、ぜひともお引き受けさせていただきます」


 その言葉を聞いて、シンはニヤリと笑みを浮かべた。


「宜しく頼むよ!」


 そう言ってカンスの肩を抱いたその瞬間!


「居たなー! 髪を隠しても、もう遅いぞヘル!」


 その声は、先ほどヘルを追って行った男のものだった。彼は一人ではなく、二人の仲間を連れ、三人でヘルに駆け寄ってくる。


「あーーー!」


 やっべぇ! こんな時にあいつら…… どうする!? 一旦逃げるか!


 ヘルはシャリィを一瞥する。


 だけど…… シャリィ様にチクられたら…… 一か八か、上手く話をつけるしかない。


「あ~、久しぶり~」


「なーにが久しぶりだ! ヘルお前!」


「あー、あの、ちょっとあっちで話そう。ねっ、いいだろう?」


 ヘルに怒鳴っている男は、シン達を一瞥する。


 はは~ん。さては、こいつらに聞かれたくないんだな……

 なら…… ここを離れる訳にはいかないな~。


「いんやぁ、ここで話をしよう!」


 やばい、こいつら気付いている。聞かれたくないのを!?


「ヘ~ル~、いつになったら金を返すんだ!?」


 なるほど、借金で追われてたのね……


「あーーー、そっちの件かぁ~。あれだ! あの~、近所の子供が病気になった時に借りたやつね~」


「いんやぁ~、博打の負けの借金でーす~けどね~」


 男はにこやかな笑顔でそう答えた。


「あ~、そうそう。子供の病院代を稼ぐために、博打で増やそうとしたやつね。そっちも直ぐに返しますよ~。なぁカンス」


 ぼっ、僕に振らないで……


「いいんだぜ~ヘル~」


「な、何が? それより、あっちで話そう」


「いんやぁ、ここで話そう。ギルドにチクってもいいんだぜ~」


「ん~、そっ、それは……」


「こっちにはちゃんとした証文もあるんだからな。賭場だって合法的なものだ。違法な事は何もしていない。つまり~、借りたものを返さないなんて、素行が悪いと判断されれば、下手すれば降格だよな? いいんだぜ~、俺達は別に~」


「いやっ、返さないとは言ってないじゃないですか~。それより、あっちでね、あっちで話そう、ねっ」


 ここでシンが間に入り、取り立ての男に声をかける。


「なぁ」


「何だにぃちゃん?」


「ちょっと悪いけど、借金っていくらなの?」


「あん? お前が払ってくれるのか? 利息が付いて343万シロンだ」  

「え~~と、そんなにありましたっけ~?」


 金額を聞いて、ヘルは顔を歪ませている。


 けっこうな額だな……


 シンがそう思っていると、シャリィが一歩前に出て来た。


「うん? なんだ?」


 シャリィの手には、革袋が握られている。


「ここにちょうどある。証文を渡して貰おう」 


「おぉぉ、マジか!?」


 受け取った小袋の中身を、男達はさっそく数え始める。


「300と40…… 1、2、3。うん! 確かに! ほれ、これが証文だ」

 

 差し出された借用書をシャリィは受け取らず、シンを一瞥する。


「うん?」


 その意味に気付いたシンが、代わりにしぶしぶ受け取った後、男達は何処かへ去って行った。


 シャリィ様…… あたしの借金を何も言わずに払ってくれるなんて…… かっこいい~。あ~、一生、一生ついて行きます。

 

 この時、ヘルの瞳は恋する乙女のようになっていた。

 

 シャリィは離れ際に、シンの左肩に手を置いて耳元で呟く。


「良かったな。信用できる者が見つかって」


 そう言って、その場を離れて行った。


 はははは…… つまりこれも、俺の借金になるわけね……



 シャリィ様は、シンさんに証文を受け取る様に促していた。つまりそれって……


 この時カンスは、何となく勘付いていたのであった。


 スキップしているかのように弾みながら近付いて来たヘルは、シンが手に持っている借用書を瞬時に取り上げると、その紙は一瞬で燃え尽きてしまう。


 ……こいつ、今何も呟いていなかった。つまり……


「見たかカンス! さっきのシャリィ様を!?」


「……うん、見たよ。それより町中でその魔法を使わ……」


「まるで風の様に現れて、スマートに革袋を渡すあの姿を!」


「うん、だから見たけど。ねぇ、聞いてる? その魔法を……」


 カンスの言葉は、ヘルの耳に届いていない。


「もう~全てが完璧。美しすぎる」


 呆然と立っているシンの横ではしゃぐ・・・ヘルをよそに、カンスは謝罪する。


「あの~、申し訳ありません。一生懸命働いて返しますので」

  

「……い、いいよ別に」


 ヘルの都合の良い耳は、その部分だけを聞き取る。


「え!? 嘘だ! 返さなくて良いの? シャリィさま~~~」


 ヘル…… 間違っているって。たぶんこの借金を払ってくれたのは……


 ガックリとしているシンが不憫で、カンスは何も言えなかったのであった。


 だけどこれで、僕も報酬の事を余計に聞き辛くなってしまった……


  


 この後、外はシャリィとゼスが受け持ち、二人は建物の中を警護する運びとなった。


「はえ~、きらびやか~」

「本当だ…… いったいここは何をするんだろう?」

「演劇でもやるのか?」

「そんな感じだね……」


 キョロキョロと室内を見回す二人に、シンが声をかける。


「みんなに紹介するよ」


 と、言っても、みんな忙しそうだな……


 当初の計画では三日前に到着し準備を整えるはずだったが、予定が遅れたため、みんなは大わらわになっていた。そんな中、見知らぬ二人が入ってきても、誰一人として気に留める者はいない。

 その様な状況で、誰に声を掛けようか悩んでいると、元セッティモ服飾組合の組合長であったアルスと目が合う。


「アルスさん、少し良いですか?」

「どうしたんだの?」

「この二人を紹介したくて」


 アルスは二人に目を向ける。


 このかっこう…… 冒険者だの……


「本日から皆様の警護に当たらせて頂くEランク冒険者の、カンス・グラッドショーと申します」


 やはりの……


「あたしはエコル・ベールヘルヘル。宜しくじいさん」


「うん…… 宜しく頼むでの」


 アルスのその態度から、依然として冒険者を快く思っていないのが伺える。


 シン君もユウ君も、シャリィ様もハゲもええ奴だしの、ロス達も全面的に信用しとるでの、わしも慣れてきたがの。だからと言っての……


「ここの警護をしてくれますので、折を見て皆さんに紹介して頂けますか?」


「分かったでの」


 シンが去った後、カンスがアルスに話しかける。


「あのー、何処に立っていればよろしいでしょうか?」


「好きな所に立っておればええがの」


 目も合わせずそう言うと、アルスは奥の部屋に入っていった。


「あらら。カンス~、お前嫌われてるみたいだな~」

「どうだろう…… 忙しいんじゃないのかな」


 室内の様子を見ながら配置の相談をしていた二人は、あの・・女性達に見つかってしまう。


「あれれれー、知らない人が居るよ~」

「本当だ。おやおや、あの子可愛くなーい?」

「どれどれ? あ~、悪くないねぇ。けど下手そう」

「ぎゃははは、見た目だけで決めつけ過ぎ~」

「あの女の人、筋肉すっご~」

 

 カンスは驚いた様子でその声の方を見る。


 じょ、女性が沢山…… いったいだっ、誰だろう?


 カンスが焦りの色を浮かべているのとは対照的に、ヘルの顔には喜びの表情が浮かんでいた。


「うひょ~、可愛い子ばっかだな~。なんだここ? 楽園かぁ!?」


 女性達は、笑みを浮かべながら近付いてきた。


「ねぇねぇ、お二人は誰~?」


「あ、あの、シン・ウースさんからここの警護を任されたカンス・グラッドショーと申します」


「えー、私たちの警護してくれるの? やったね~」


「あたしはベールヘルヘル。ヘルって呼んでね。それにしても、みんな可愛いねぇ~、最高!」


「ありがとう。おねえさんもかっこいいよ」


 うひょ、久しぶりのモテ期の予感!


 そう思ったヘルだが、女性達はカンスに興味津々の様である。


「ねぇねぇ、カンスく~ん」


「な、なんでしょうか?」


「もしかして~、童貞じゃなーい?」


「……」


「やっぱり!? スイラ~、出番だよ」


 呼ばれたスイラは、さっそくカンスの股間の匂いを嗅ごうとする。


「なっ!? や、やめてください!」


「え~、なにその態度~。かわいいんだけど~。で、スイラどう?」


「ん~、この匂いは~。間違いなく童貞だよ~」


 カンスは目を大きく見開いて驚いている。


 そ、そんな…… 童貞って、あそこの匂いで分かっちゃうんだ……


「っていうーか、もう最初から態度でバレてるし~」

「オドオドしてかわいい」

「ソフォー君にも言ったけど、童貞は病気と同じよ。カンス君も早く私で捨てなさい」

「ソフォーにこの子、この町大漁!」


 カンス一人がモテているその状況が、ヘルは気に入らず、不機嫌そうな表情になっている。


「この中の誰で童貞捨てたい? ねぇねぇ」


「……」  


 ヘルは音もなくカンスの背後に忍び寄り、そっとしゃがみ込むと、ズボンのベルトに手をかけた。そして、その逞しい腕力を発揮し、一瞬のうちにズボンとパンツをまとめて引き下ろす。


「ズル!」


 何とカンスの下半身は、丸見えになってしまった!


「あああ、何するんだよ!」


「きゃ~、あそこも可愛い」

「う~む、悪くない」

「見た!? 色がピンクだよ!」

「うんうん、使い込んでない証拠ね」

「おねえさんナイス!」

「だろ!? もっと褒めてくれよ」


 真っ赤な顔をしたカンスは、必死になってズボンとパンツを上げて、みんなに背中を見せる。


「あ~、隠しちゃった」

「もっと見せてぇ~」

「ねぇ、私のも見せてあげるからさ」

「きゃははははは」

「ソフォーは誰かにあげるけど、カンスの初めてはあたいが喰うからね」

「ぎゃははは」


 僕は…… 思っていたよりも、大変な依頼を受けちゃったのかもしれない……


 カンスが後悔の念に囚われ始めた頃、シンは外でシャリィに事情を説明していた。


「……」


「突然で申し訳ないけど、そういう訳で演劇を見に行こうかと」


 話をしている最中に、シャリィがシンの背後に視線を向ける。


「演劇?」


 シンの背後から聞こえたその声は、ユウであった。


「シン、演劇を見にいくの?」


「いや、あのな……」


「えー、僕も行きたい」


 シンは演劇を見に行くことで、再び自分が囮になろうと決意していた。そのため、ユウを連れて行くことはできなかったが、シャリィがシンの目を見つめ、小さく頷く。


 あの二人も雇えたことだし、シャリィが良いのなら……


「よし、じゃあ一緒に行くか?」

「うん! 行きたい行きたい! みんなに言って来るよ」

「ちょちょちょちょー」

「え?」

「それがさ、二席だけなんだ。空席なのは」

「え? そうなの……」

「みんなには申し訳ないけど、この世界の演劇のレベルを知る良いチャンスだから」

「……そうだね。みんなには何かで埋め合わせしよう」

「あぁ、そうだな」

「何時からなの?」

「19時らしいから、30分前には行きたいかな」

「ここは何時までの予定なの?」

「売り切れるまでと考えてたけど、この分なら、あと2時間ぐらいで無くなりそうだ」

「うんうん、凄い人だもんね」

「それまでには戻ってくるよ。じゃあ」


 シンはオトリになる為、再び一人でチラシを配りに行った。


 この世界の演劇…… つまり僕達のライバルを見に行くって事だよね。

 楽しみだな~。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る