39 受難
さてと……
シンはいつもの店、アロッサリアに入って行った。
えーと、アミラはアミラ……
おっ! いたいたー。
まぁ、とりあえずテーブルに……
シンに気付いたアミラは、笑顔で注文を聞きにやって来た。
「おかえりなさい。何にしますか?」
「えーと…… あとどのくらいでバイト終わるのかな?」
「……えっ?」
「もし良かったら……このあと、俺と遊びに行かない?」
突然の誘いにアミラはモジモジとしはじめる。
「……バイトは、もうすぐ終わります」
「本当? じゃあ俺ここで何か飲みながら待ってていいかな?」
「は、はい」
アミラは嬉し恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「ん~とねー、注文は~、アミラの好きな飲み物を下さいな」
自分の好きな物を飲みたい、何気の無い言葉だが、嬉しく感じていた。
「分かりました。私のお薦めですね」
「うん、お願いします」
トレイで顔を隠しながらカウンターの方へと戻って行くアミラをシンはジッと見ていた。
フフフ、可愛いなぁ~。
初めて見た時からいいな~って思ってたんだよな~。
さて、この後デートとしても、問題は何処へ行くかだな……
あのハートの看板の店に連れて行く訳にもいかないし、う~ん、とりあえず市場の方に行ってみるか。
あの辺りがこの街のメイン通りって感じだったからな。
つーか、この世界にきて何日たったよ……
1週間ぐらいか?
そんな長い間女性と一夜を過ごしていないなんて記憶にないな。
この状態が続けば、俺自身どうなるか想像も出来ない。
出来る事なら、今日、何としてもアミラとムフフ状態になりたい。
しかし、俺にはルールはある。
それは嫌がる女性とはしないというルールがな。
アレは互いが求めているからこそ成り立って気持ちいいのだ。
片方の自己満足でして良いものじゃない。
まずはアミラをその気にさせないと……
まぁ、その辺りは問題ない。すでに百と八つの方法が、俺の脳裏に浮かんでいる。
しかし、この世界に来てからというもの、自分を見失っているような気がする。
シャリィにはやられっぱなしだし、ここらで本当の俺を取り戻さないと。
「フフフ、フハハハハ」
「おまたせしましたー、私のお薦めのハンボワンジュースでーす」
ハンボワン?
「あ、ああ……ありがとう」
あぶねー、大口開けて笑っていたのを見られてないよな……
「おぉ~、この飲み物初めて見たけど美味しそうだね~」
「初めてなの?」
「う、うん」
誰もが知っている飲み物なのかな……まずったな。
根が正直な人間だからつい本当の事を口にしてしまう。
「えーとねこれはね、コレットとユウ君がいつも注文しているスープに入っている肉団子と同じ食材使っているジュースなんだよ。ちょっと癖があるけど、私大好きなのー」
……ちょっと待って、それって芋虫って事ですよね?
「本当に初めてなの? ねっねっ、飲んでみてー」
アミラに裏は無く、純粋に自分の好きな飲み物を好意を寄せているシンに飲んで貰いたいだけだった。
「そ、そうだね…… じゃあ飲みまーす」
勢いよくそう言ったものの、ジョッキを持ったシンの手は動かない。
ここでグイッといかないと男じゃないよな。
けどよー、この色よー、緑でもない茶色でもない、気味が悪くてしかたねぇよ~。
アミラをチラ見すると満面の笑みで飲むのを待っていた。
もぅ後には引けない……
「では、飲みます」
シンは二度同じ事を言ってしまう。
アミラに笑顔を向けた後、ゆっくりとジョッキに口をつけた。
うぅっ、気持ち悪い~。
ぐぁ~、何だこの味!? 元の世界の物に例えようがない……
芋虫だと思うんじゃない。芋虫は何処に住んでいる?
草むら…… 木…… 森……
そうだ森だ!
俺は今、爽やかな森を飲んでいるんだ。
飲め! もっと飲むんだ!
「どう? 気に入ってくれたかな?」
「も、もぢろんだよ~。俺さ、アミラを初めて見た時から何かを感じていたけど、まさか飲み物の趣味まで合うなんてさ」
シンのその言葉でアミラの頬はピンク色に染まっていく。
「そ、そ、そうなんだ。う、嬉しいな」
「俺もだよ。アミラと、気の合う事が嬉しくてたまらない」
「う、うん…… じゃあ、もし良かったらこの後、美味しいハンボワンカクテルを出す店があるので、そこに飲みに行きませんか?」
ハン・ボワン・カク・テル!?
「いー、い~きましょー!」
「きゃぁー、やったぁー! あっ、つい大声出しちゃった、やだぁ」
やっば、可愛い!
「じゃあ、もうバイト終わりだから着替えてくるね」
「うん、待っているよ」
アミラは嬉しさを隠しきれず、弾むような足取りで更衣室に入って行った。
……芋虫をカクテルにするって、いったい何処の誰が考えたんだよ!?
魔法を普通に使える様になったら、真っ先にそいつに喰らわしてやろうかな。
ん? あ、あれれ? 手が……手が震えてきた。
どうしたんだ?
……こ、これか!? この飲み物のせいなのか?
どうしよう、まだ半分以上残っているし……
それをアミラに見られて気分を害されたら困る。
しかも、この後更にこの芋虫を飲みに行くとか言っていたから、少しでも負担を軽くしておかないと……
シンはキョロキョロと店内を見回した。
おっ!? ピカルじゃねーか! あいついつ来ていたんだよ!?
あぁ~、今はそのテカった頭が、嵐の過ぎ去った後の太陽みたいでありがてぇ~。
シンは飲み物が入ったジョッキを持って立ち上がり、ピカルのテーブルに走った。
「ふふふんふ~ん。さてと、今日は何を食べようかの~」
「こんばんは!」
「おぉー!? だ、誰じゃ、大きな声を出しやがって!」
ん? ひぃー、こいつも来ていたんか!?
拳闘の件もあるし、無視をする訳にはいかんじゃろ。
「な、何の用だ?」
「頼む、一生のお願いだ。この飲み物を飲んでくれ」
「ちょ、ちょまてよ。なぜわしがお前の飲みかけを」
まさか、変な薬草でも入れてんじゃねーだろうなー……
やべー、時間ない。もぅアミラ出てくるかも!
「いいから飲んで!」
シンは右手でピカルの後頭部を抑えつけ、左手で持っていたジョッキをピカルの口に無理やりあてがいジョッキを傾けていく!
「ガボッガボガボボボッ」
「ガボガボ言ってねーで早く全部飲んでくれ! メシは奢るからさ!」
「キャボキャボギャボボッボ」
ピカルは口からこぼしながらも全て飲み干した。
「ナイス! これでこの飲み物代を払っておいてよ、お釣りで好きな物を食べていいから。じゃあな、助かったよ」
「うぇぇ、オェェー」
シンは、ピカルのテーブルに金貨を1枚置き、ウェイトレスさんに飲み物代はピカルが支払うと伝えた。
その後、空になったジョッキを持って自分のテーブルに走って戻って行った。
オェー、何だ~? あいつはわしに何を飲ませたんじゃ?
んっ、この匂い……まさかハンボワンか!?
だ、駄目じゃ、わしこれアレ、アレルギーが……
ピカルは口から大量の泡を吹き、白目をむいてその場に倒れ込んでしまった。
それを見た周囲の客が騒ぎ始める。
「キャー、だ、大丈夫ですか?」
「ん、何だ? あっちの席が騒がしいな」
ピカルの方を見ていたシンだが、その時アミラが声を掛けてくる。
「おまたせーシンく~ん」
ヒラヒラ系の膝丈スカートを履いたアミラがシンの所に駆け寄って来た。
ん~~アミラ~、すんばらしい美脚です!
うぅ、今からこの子とデート出来るなんて、頑張って芋虫飲んだ甲斐があったよ。
「ねっねぇシン君、何か騒がしいね?」
「ん? それより見て見て、お薦めの飲み物さ、美味しかったから全部軽く飲んじゃったよ~」
「ほんとだぁー」
ふふ、見て見てとか、子供みたい。
「さぁ、デートに行こうか」
「うん!」
恥ずかしそうにシンの顔を覗き込んでくるアミラの表情を見て、シンのテンションは上がっていく。
二人は騒がしい店内を後にし、陽の落ちて来た街を歩き始めた。
「こっちだよシン君」
市場の方に向かうアミラ。
そっちの方角は…… やっぱ市場の方が繁華街って感じなのかな。
「アミラ」
「うん? どうしたの?」
「恥ずかしい話だけど、俺ね……」
「うんうん」
「迷子になる癖があるみたいなんだよ」
「えー、迷子?」
「そうなんだよ、だからさ……」
「あっ……」
シンはアミラの横に立ち、自身の左手をアミラの右手にそっと重ね、少し間を置いてからアミラの手を握った。
アミラは恥ずかしそうにシンを見つめる。
そして、シンも同じ表情でアミラを見つめていた。
「うーー」
手を繋ぎ、市場まで歩いてきた二人は、楽しそうに店を見て回っている。
「シン君って、何歳なの?」
「22歳だよ。アミラは?」
「18歳です」
「へぇ~、18歳かぁ」
「見えないかな?」
「うーん、難しい質問だね」
「えっ!? 難しいの?」
「だってさ、アミラは、18歳にしては大人っぽくもあるし、それに、凄く可愛いしさ、沢山の魅力があるからね。そんなアミラの歳を当てるのは難しいよ」
一瞬、自分の容姿に何か非があるのかと思っていたアミラは、その後にシンの口から放たれた言葉で更に心惹かれてしまう。
再び頬をピンク色に染め、嬉しさのあまり挙動がおかしくなったアミラは、市場で買い物をしている母親をみつける。
「あっ、お母さーん」
「ん?」
「あ、あのね、お母さんがいたの。ちょ……ちょっと話してくるね」
「あぁ、うん。行っておいで」
アミラは、嬉し恥ずかしさのあまり、買い物をしている母親を照れ隠しに使ってしまう。
それともう一つ、母親にシンを見て欲しかったのだ。
ん~、お母さんが市場で買い物をしていたのか。
おっ、アミラのお母さんめっちゃ美人じゃん……
フフフ、ここは彼氏として挨拶に行くべきだろうな。
そう考えているシンの背後から、突然呼ぶ声が聞こえた。
「お兄ちゃん」
ん? あの花売りの少女かな?
そうだ! 花を買ってアミラとアミラのお母さんにプレゼントしよう。
「ちょうどよかっ……」
そう言いながら振り返ると、そこには花売りの少女ではなく、コレットが立っている。
「あ、あれ、コレットじゃん。どうしたの?」
顔を少し斜めに傾け、ニコやかな笑顔でシンを見つめるコレットだったが、突然シンの急所を蹴り上げた!
「んびおぼぅ」
不意に急所を蹴り上げられたシンは、奇妙な悲鳴を上げ、口から泡を吹きながら、股間を抑えてその場に倒れ込んでしまった。
「コ、コレ……ト、な、何す……」
「フン!」
コレットは何も言わず、人込みに消えて行く。
そこに母親を連れ戻って来たアミラは、倒れているシンを見てパニックになる。
「キャー、シン君どうしたの!? 誰かー、誰か助けてー」
アミラは大声で助けを求め、駆け付けた警備の男性達によって、シンは病院に運ばれてしまう
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