40 KO



「シン君、大丈夫!?」


「あ……あ、うん。大丈夫、大丈夫」


 けど、本当は全然大丈夫じゃない……

 股間にここまでの痛みを感じた事は今までの人生で一度もない。

 コレット…… この大切な時に…… 


 個室で休んでいるシンに、アミラとアミラの母親が付き添っていたが、母親は先に部屋を出て行ってしまう。



 シンは、急な腹痛に襲われたという嘘を付こうと思いついたが、アミラが薦めたジュースのせいだと思われたくないので、背後から暴漢に襲われたと嘘の説明をした。

 

「……シン君。あ、あの~お母さんが心配していてね…… その、急に襲われたりする人と、デートしてたのって言われて……」


 あっ、しまった!

 そらそうだ、そう思われても仕方ない。不味い言い訳しちゃったなぁ……


「そ、そうだよね、ちょっと心配だよね。……今日は残念だけど、デートはやめにして、お母さんと一緒に帰る?」


 アミラは下を向き、深く考え込む。


「……うん。残念だけど、お母さんを心配させたくないから帰るね……」


「うん、本当にごめんなさい」


「ううん、シン君悪くないよ。悪いのは、シン君を襲った人だよ」



 コレットなんだよなぁ、それ……



「俺、もう少し休んでから帰るからさ、アミラは先にお母さんと……」


「……うん、分かった。じゃあまたね」


「あぁ、またね」


 アミラはシンを心配しながらも母親と病院を後にした。


「はぁ~」


 コレットにはまいったなぁ……

 まぁ、俺の股間を蹴り上げたのには訳もあるのだろうし、気にしない気にしない。


 おっ、股間の痛みを感じなくなってきたぞ。

 もしかして、大した事無かったのかもしれない。


 さて、俺もそろそろここから出て行こうかね。


 シンはベッドから起き上がり、部屋を出て廊下を歩いて行く。

 そして、出口のドアを開けようと手をかけた瞬間、シンを呼び止める声がした。


「あの~、シン・ウース様。すみません、料金のお支払いをお願いします」


 それは、治療代の請求だった。


「あ、そうか……すみません、おいくらですか?」


「2万シロンになります」


 えっ!? に、2万シロン!? た、たけぇーし、俺の有り金じゃねーか!

 変なおっさんが、俺の股間めがけ、まるで催眠術でも掛けているかのように、手を翳していただけで2万シロンかよ!?

 新宿のボッタクリの店並じゃねーか!


「……これで足りますかね?」


「はい、ちょうど頂きます」


「……」


 まーた、一文無しになっちゃった。

 と、言っても、シャリィからの借金だけどな。


 あ~~、仕事してぇー。

 早くこの世界でも自分で食っていける様にしないとな~。

 

 今頃シャリィは、ユウに色々聞いている所だろうと思うけど、しかたない。

 アミラとのデートも金も無くなったし、戻るとするか……


 シンは病院から外に出た。


「ん~、何処だここ?」


 警備に連れてこられた病院は、全く知らない場所でどちらに進んで良いのかそれすら分からない。

 

 アミラに迷子になる癖があるなんて嘘ついて手を繋いでもらったが、本当に迷子になるなんて冗談にも洒落にならない。何とか宿まで戻らないと……


 しかし、辺りは真っ暗で街灯も少ない。

 市場の有る繁華街からは離れているせいなのか、周囲を見渡しても誰も歩いてはいなかった。


 病院に戻って受付の人に道を聞くか……


 そう思い病院のドアを開けようとしたが鍵がかかっている。


「コンコンコン」


「すみませーん、先ほどの者ですが」


 応答が無いので強めにドアを叩く。


「ドンドンドン」


「あのー、すみません」


 ……返事がない。

 

 何で? さっき居たじゃんかよ!? もぅ帰っちゃったの?


「はぁ~あ、どうすっかなぁ」



 ……仕方ない、これしかないよな~。 



「コレットちゃーん、どこかで見てるのかな~?」


 コレットが何処かからで見張っていると思い呼びかける。


「お兄ちゃん迷子になっちゃった。助けてくれないかな?」


 しかし、返事はなかった。


 ……くっそーダメか。


 しょうがない、ほんとこの技だけは使いたくなかったよ……


 シンは、右足の靴を半分脱ぎ始める。


 よし、必殺靴飛ばしで宿屋まで戻ってやるかっ!


 必殺靴飛ばしとは、勢いよく足を振り靴を脱がして空高くに舞い上げ、落ちて来た靴の先が向いてる方向に進む技である。


「おぅぅぅーっりゃー!」


 落ちて来た靴は、衝撃からなのか奇妙な形になり、靴先は空を向いていた。


 上っておい! あーあ、上手くいかない時は何しても駄目だね。


「もう一度っと!」


 おっ、今度はちゃんと方角を示しているぞ。

 でも……よりにもよって、そっちかよ!?


 シンの靴の先が示していた方角は、明らかに今居る場所より更に街灯の数が少なく、暗い道だった。


「まぁ、そのうち人に会うだろう。その時に道を聞けばいいさ」


 律儀に靴の先が示した方向に歩き始める。

 しかし、街灯の感覚はどんどん広くなり、ついには無くなってしまった。


「こりゃまいったなぁ」


 どうする、戻るか……


 その時、悩んでいたシンに、誰かが声を掛けてきた。


「ねぇ、あなた昨日の人でしょ?」


 突然後ろから話しかけられ、悲鳴を上げそうになったシンだが、女性の声なので寸前の所で止める。


「……えっ?」


 驚いて振り返ると、そこには昨晩少女から買った大量の花束を、1番最初に渡した女性が立っていた。


「あっ! 昨日の花束を受け取ってくれた人」


「うふふ、もしかして今日も花束を持ってきて来てくれたのかしら?」


「実はさ、そうなんだよ。ただし、今日の花束は俺自身なんだけどね」


 歯の浮くようなセリフを何の躊躇もなく口にする。


「あら言うわね。あの花は……」


 女性はシンを中心として、周りをゆっくりと歩きながら話しかけてくる。


「美しくて……」


 シンはその場に立ったまま、顔だけを向けて女性を追う。 


「良い匂がして……」


 女性はシンの背後から耳元に怪しく語りかけてくる。


「今も家の花瓶できらびやかに咲いて……」


 女性の息が耳に当たり、シンは肩と首をすくめる。


「私を楽しませてくれているけど……」


 正面に戻り、真っ直ぐにシンを見つめる。


「今日の花にも、同じ価値があるのかしら?」


 シンは笑みを浮かべた。


「……あぁ、今日の花の方が、もっと君を楽しませることが出来る」

 

「あら、確定なのね。ふふふ、じゃあ、試してみましょう」


 やべ~、圧倒されるほどの良い女オーラが出ている。

 今夜は最高の夜になる、俺の中の何かが、そう言っている……


「家はこっちよ、付いて来て」


 その女性は、街灯も無い暗い道を歩き始めた。

 

 シンは黙ってその女性の後を付いて行く。


「ずいぶん大人しいのね」


「えっ、いや、君があまりにも良い匂いするからさ、そっちに集中しちゃってた」


「ふふふ、私が何を言っても面白い返し方してくるのね」


「そう? 本当の事を言っただけだよ」


「はいはい。あっ、見えるあの赤い屋根の家? あそこの二階」


 彼女が指をさした方向には、この町の極一般的な造りの家が見えていた。


「何の手土産も無く、急にお邪魔して大丈夫かな?」


「私は一人暮らしだからね、手土産はあなただけでいいわ」


 シンは、心の中でそれはそれは、大きな大きなガッツポーズをしました。


「はい、つ・き・ま・し・た」


 シンは、その言葉に笑顔で返事をした。


 家の外には、二階へと通じる階段があり、登りきった所のドアを開け、二人は部屋の中に入る。


「ベナァ」


 女性がそう唱えると室内が明るくなる。


 おっ、宿屋だけじゃなく、普通の家も魔法で照明を……


 部屋は10畳ぐらいのワンルームで、キッチンにテーブルセットに食器棚……本もある。

 そして、本と同じ棚に置かれているのは、魔法石か……

 あとは、宿屋より大きめのベッドが一つ。

 その他には、ドアが一枚。


「どうぞ座って」


「ありがとう。ちょっとその前にお部屋探索していいかな?」


「……何を企んでいるのかしら?」


「期待を裏切るようで申し訳ないけど、俺さ、田舎者でさ。初めてなんだよ、こんな大きな街の家にお邪魔するのは……」


「ふ~ん、何処なの出身は?」


「ウース」


「ウース? 聞いた事はあるような。あら、失礼な言い方しちゃったわね。どうぞ見ていいわよ」


「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」


 えーと、キッチンみたいな所には、当然ガスコンロは無いが…… 似ている所はあるな。

 そこに載せている鍋の下には石…… 魔法石か……

 フライパンに、まな板、それに包丁のような刃物…… やはり魔法以外に、それほど大きな違いはないな。

 

「ここのドアを開けて良い?」


「……いいけど」 


 ドアを開けると、そこはバニ室とトイレが一緒になっている個室だった。


 なるほど、ユニットバスと同じだな……


 シンがドアを閉めると、女性が真横に立っていた。


「ねぇ」


「は、はい」


「女の家に来ておいて、私より、部屋に興味があるの?」


「……正直に答えると」


「何よ?」


「男の影が無いか探していた」


「フッ」


 女性は、鼻で笑う。


 シンは、花瓶に飾られている花を見つける。


「あの花、昨日俺が渡した花束の花だよね?」


「そう、仕事を終えていつもの様に帰っていたら、あなたが花束を突然くれたの」


「あははは、迷惑じゃなかった?」


「迷惑だったら飾っていないわ。正直、刺激のない生活に飽き飽きしていたの」


 女性の瞳は、何かを訴えかけていた。

 

 百戦錬磨のシンが、そのサインを見逃すはずは……ない。


「実は、俺もそうなんだよ」


 左手をゆっくりと伸ばし、女性の右頬を掌や指で優しくさする。


 女性は目を閉じ、シンの指の感触を楽しむかのように、顔をゆっくりと揺らし始め、そして、シンの指を唇で優しく咥え始めた。


 少しの間、シンは彼女のしたいようにさせ、それを見て楽しんでいた。

 女性は目を開け、怪しい瞳でシンを見つめ、反応を伺い音を立てて指を舐める。


 シンの右手は、彼女のお尻に最初は優しくあてがい、間を置いて強く握り、顔を近づけていく。

 

 彼女は、シンの唇が近づいて来ても、指を舐める事を止めない。

 そうやって、キスを焦らしていた。


 シンが何度もキスをしようとしても、彼女は応じてくれない。

 女性はシンの瞳を見つめ、タイミングを伺っている。

 

 キスをしたい、その必死な願いが、シンの瞳に現れ始めると、女性は、焦らす事をやめ、ついにキスする事を許す。


 最初は唇を重ねるだけの優しいキスであったが、二人は次第に激しく舌を絡ませていく。

 シンも女性も、互いを抱きしめ、熱いキスを続ける。

 そして、腕を背中と脚に回し、お姫様抱っこをして女性をベッドに連れて行く。


「あん……」


 鍛えに鍛え抜かれた力強い肉体で、軽々と持ち上げられると、思わず声が漏れてしまった。


 そのままベッドで倒れ込み激しく抱き合う。


「はぁ、暗くぅ」


 女性は、色気のある声で照明を少し暗くする。

 いつも眠る時には明るくないと駄目だというシンだが、文句一つ言わず服の上から彼女の胸を激しくまさぐる。

 女性の身体は仰け反り、我慢していた声が漏れ始めた。


「あっ……あぁ」


 服を脱がせ、女性の胸を直に触る。

 そして、乳首を優しく唇で挟みながら舌で転がす。


「あ~、あっあっあぁ~」


 舌の動きに合わせて漏れる喘ぎ声。

 

 シンはここで、一つの技を使う。

 

 舌は、何かを舐めようとして動かすと、若干硬くなる。

 だが、舌自体を動かさず、頭を動かして舐めると、舌は柔らかいままで感触が変化する。

 時には舌を動かし硬くして舐め、そして、頭を動かし、柔らかい舌で舐める。

 シンは、自ら気づいたこのテクニックで、女性の胸を攻めた。

 ほんの小さな気遣いであるが、女性の身体は反応する。



 ああぁ、この人……違う。

 何かが、違う。

 どうやってるのか分からないけど、今までで…… 一番…… 気持ちいい…… 

 はっ、早く、早く下もお願い…… 触って……


 女性の心の声が聞こえたかの様なタイミングで、シンの右手は、ゆっくりと女性のスカートの中に入って行く。


 そして、下着の上から触るか触らないかギリギリで指を這わす。

 

「ハァハァ、あぁ、あっ、ああっ」


 シンのその触り方でさらに興奮を高める女性。

 

 しかし、この焦らすような触り方には欠点もある。

 

 それは…… タイミング

 

 この触り方を続けていると、女性はもう少し強く触って欲しいと望むようになる。

 そのタイミングを逃せば、女性のその気は失せてしまい、これまでの流れが完璧であっても、その全てが無に帰る、つまりは……

 

 諸刃の剣!


 だが、シンは、女性の声や身体の反応などから、抜群のタイミングで強く触り始めた。


「あぁぁぁ、いい。ああああぁぁ」


 シンの絶妙なタイミングで、女性の意識は、全て快楽に集中していた。

 

 

 ここまでは、ミスも無く、順調であった。

 しかし、シンは、違和感を感じ始めていた。


 その違和感とは!?


 お、おかしい……

 どうしたんだいったい?


 何故、反応しない……

 

 俺の……俺のMy son相棒がダウンしたまま起きてこない!?


 

 シンは軽いパニックに陥っていた。


 女性は若干だが、そこから先に進まない事に苛立ちを感じ始める。


 無論シンもその気持ちを察知し、何とか挽回しようと試し見るが一度外れたレールは戻らない。


 そう、この外れたレールを戻すためには、My sonの協力が必須である。


 シビレを切らした女性は、シンのズボンと下着を一気に降ろそうと、攻勢に出始めた。

 シンは、起き上がってこないMy sonを女性に託すしかないと、その行動を素直に受け入れる。


 女性はシンの下着を降ろしMy sonを手に取ろうとしたその瞬間!?

 悲鳴を上げた……


「キャー、な、な、何これ!?」


「ど、どうしたの?」


「見て! 自分のを見てよ!」


 シンが股間に目をやると、My sonが紫色に腫れあがり、滅多打ちされたボクサーの様にダウンしていた。


「……」 「……」


 両選手・・・共、しばらく無言でシンの股間を見つめていた……


 そして、突然終了のゴングが鳴る。


「ごめん、帰ってくれる……」


「……はい、帰ります。すみません」


 女性は、それ以上何も言葉を発せず、無言でシンを見送った。


 階段を降り道に出ると、先ほどまで居た女性の部屋からテーブルをひっくり返した様な大きい音が聞えて来た。


 シンは、その音を聞いて心に大きな傷を抱えてしまう。


「……本当に、ごめんなさい」


 結果的に不甲斐のない自分に腹が立つのは勿論の事、途中で終わってしまった女性の気持ちを考えると何よりも辛かった。


 地面を見つめ、心ここにあらず状態で歩き続けていると、雑踏が聞こえ、顔を上げてみると見た事のある景色が飛び込んできた。


 あぁ、市場の……

 

 やっと知っている場所に戻ってこれた。

 しかし、安堵感などは微塵も無い。


 例のハートの看板の店に目を向ける。

 中からは何やら楽しそうな声が聞こえて来た。


 ……ふぅ~、楽しそうな声が聞こえているじゃないか。どんな店でもいい、寄って行こうかな……


 ポケットに手を突っ込むが、何も入っていない。


 ……そうだった、病院で有り金全部払ったんだっけ。



 シンの頭がガクッと折れ、再び地面を見つめ、トボトボと歩き始める。

 気が付くと、宿屋の直ぐ近くまで戻ってきていた。


「おかえりシンさん」


「あ……あぁ、ただいま」


 ……どうしたんだいったい?

 いつも元気いっぱいなのに……


「だ、大丈夫? 何かあったの?」


 心配をする宿屋の主人を察して、笑顔を向けるが、その笑顔はいつものシンの笑顔では無い。



 ひぇぇぇ、気味悪っ! 

 

 心配する主人をよそに、トボトボと階段を上り部屋の方へと消えて行った。

 


 どうしたのかな、いったい……



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