41 未練
シンは、ドアの前で
はぁ~、ノックする気力も起きない。
「何をしている、入らないのか?」
「うぁぁぁ、おぉー、びっくりしたぁ!? シャリィかよ」
いつのまにこんな近くまで?
全然、気づかなかった。トイレにでも行ってたのかな?
「驚かすなよ。今から入るよ」
中に入ると、シンの驚いていた声がユウにも聞こえており、キョトンとした表情で見ている。
「大丈夫シン?」
「あ~、ちょっと驚いてしまって。大丈夫だよ」
……もっと遅くなるかと思っていたけど、意外に早く戻ってきた。
ファブラリスの話の後、昨晩と同じで、僕達の世界の話に変わった。
どの様な事でも良いと言われ、僕は知っている国の話や政治、テレビやインターネット、食べ物、そして少しだけど、アイドルの話もした。
僕がこの世界の事を知りたいように、シャリィさんも僕達の世界に興味があるのは当然なのだろう。
だけど、シンが居ても構わないと思うけど、どうしてシンを外出させるような事をするのだろう……
「二人共、今から大切な話をするので聞いてくれ」
「はい、シャリィさん」 「あぁ……」
さっき話の途中に席を外して、戻ってきたら急に大切な話って……
どうしたのだろう。
「私達は、この街を離れる」
「えっ!?」 「……」
シャリィさんのその言葉を聞き、僕は真っ先にコレットちゃんの事を思い出した。
コレットちゃんはまだ正式な冒険者ではなく、自由はきかない。
街に着いた時、この街にいるのなら会えると言っていた。
つまり、街を離れたらコレットちゃんとは…… そんな……
シンは、最初項垂れ気味だったが、今は真っ直ぐにシャリィの目を見ていた。
「どうして、そういう話になったんだ?」
「二人の事が、少々噂になってきている」
「噂に……」
つまりは、僕達の正体に気付き始めている人達が居る。
一体誰? いや、相手は組織なのかな?
「俺は行かない」
シン……
シャリィはシンを見つめる。
「何か深い意味がある訳じゃない。俺は、
「……」
「シンはこういう風に言っているが、ユウの気持ちを聞かせて欲しい」
僕も……
出来る事なら、コレットちゃんと離れたくない……
「ぼ、僕は…… シャリィさん、どうしても、この街を離れないといけないのですか?」
「私のこの決定は、二人の為になると思ってくれて良い」
ため……か……
「具体的に、どういうことなんだ?」
「逆に考えてくれ。二人の世界に、別の世界から来た人物がいたとしよう」
「……」 「……」
「事情も分からず、突然別の世界に来たその人物は、何の迫害も受けず、二人の世界の人達と、同じ様に暮らす事が出来るのだろうか? シン……」
監督のことか? いや、今は俺達の様な人物がって意味だろうな。
「……たぶん、最初に出会った奴で大きく左右するだろう」
確かにそうだ。もし、最初に会った人が警察に通報すれば、その異世界人は恐らく身元不明者として施設に入れられるか、意味不明な事を言っていたりすると、精神病院にってことも十分あり得る。
そして、もし日本と違って、治安の悪い国で悪意あるような人と、最初に出会っていれば、最悪な事態にもなりかねない。
シンも同じことを考えていた。
僕達に分らない事情があるのは当たり前だ。
素直にシャリィさんの決定に従うべきだろうと思うけど……
「この世界で最初に会っただけの私を全面的に信用しろとは言わない。だが、二人には、誰の助けを必要としなくても、この世界で生きて行けるだけの事を教えるつもりだ」
「それは、どれぐらいの期間が必要なんだ?」
「半年から1年ほどみてもらう」
「半年……」
つまり、僕とシンは最長でも1年ぐらいたてば好きに行動して良い。
もしくは、それぐらいで何の不自由もなく、魔法を使えるということか……
「シン、この世界に来て数日だが、どう感じている?」
「……この街の人達に関しては、大きな違いを感じていない」
「私もユウから二人の世界の事を聞いた範囲では、同じ意見だが、そんなに甘くはない」
シャリィさん……
「つまり、シンの世界で起きるかもしれない危惧が、この世界でも起きるということだ」
僕達の世界でも起きるかもしれない危惧……
例えば、元の世界に異世界人が来ていた事が決定的になれば、色々な国が興味を持ち、武器や兵器になり得る魔法は、その仕組みを徹底的に調べられるだろう……
そして、一つの国だけが、異世界人を独占して、魔法を解明するようなことがあれば、世界のバランスは崩れてしまうかもしれない。
僕達は普通の人間で、武器を持っている訳ではないので、それほど脅威ではないはずだ……けど……
「俺達二人の知識が、この世界の脅威になり得るということなのか?」
そう、僕も同じ意見だ。
だけど、僕達は本当に兵器や武器の作り方や詳しい仕組みを知らない。
「あぁ、その可能性は十分にある」
「……」 「……」
シャリィが、いや、この世界の人達が、俺とユウに恐れを抱くのは当然だ。
逆でもそうなるだろうな。
……世界にたった6人しかいないSランク冒険者が運良く俺達の前に現れたなんて、偶然だとは思っていない。
もしかしたら、これも監督の意思なのか……
ふぅ~、出来るだけこの世界の人と関わろうとして街に出てみたが、たった数時間では、何かが分かる訳では無い。
くっそー、イラつく。監督は一体、何をさせたいんだ……
「シン」
「うん?」
「ピカルが入院しているのを知っているか?」
「ピカルが?」
えっ? ピカルさんが入院?
「ピカルの店の者から話を聞いたが、ピカルに無理やりハンボワンを飲ませたらしいな」
「あぁ、確かに飲ませた」
「ピカルはハンボワンアレルギーだ」
「アレルギー!?」
アレルギーでアナフィラキシーショックを起せば、命にもかかわる。
シンの飲ませた物でピカルさんが入院……
「まぢか…… そんなに悪いのか?」
シンは神妙な表情になり、本気でピカルを心配していた。
「安心しろ、命に別条はない」
「そ、そうか…… 良かった……」
「これは、一つの事例だ」
事例?
「二人はまだこの世界に来て間もなく、知識が追い付いていない。大小限らず、今回のピカルの様な事は、自然発生的と言っても過言ではなく起こるだろう」
「……」 「……」
「だが、逆に二人の知識が、この世界の為に役立つこともあるのかも知れない」
……まぁ、そうかもな
「もう一度言う。半年から1年ほどで、この世界で生きて行けるだけの知識と強さを与えるつもりだ。今は私を信用して、ウースに移動してくれ」
「……」 「……」
僕もシンも、即答を避けて無言だった。
この街にずっといられるとは思っていなかったけど、せめてコレットちゃんが15歳になって正式な冒険者になるまで、いたかったな……
何事でも、刻一刻と状況が変わるのは理解できるし、別にこの街を離れるのが、本気で嫌な訳ではない。
それに、今回の急な話は、俺が喧嘩をした事も原因なのかもしれない。
シャリィの提案を無下に断って、その先を引き出してみたが、やはり今はまだ、シャリィに従うしかないのだろうな……
ピカルの件は、本当に申し訳なく思う。
「いつ出発するんだ?」
「明後日、早朝の予定だ」
二日後……
「二人が承諾してくれるのなら、明日は必要な物の買い出しに行く」
「……俺はそれでいい。ただし、一つだけ頼みがある」
「どのような頼みだ?」
「ピカルの見舞いをさせてくれないか?」
「分かった…… ユウの答えを聞かせてくれないか?」
「ぼ、僕は……」
この街を…… コレットちゃんと離れたくない。
けど、自分の立場というものを、しっかりと把握しないといけない……
「僕も…… ウースに行きます」
シャリィさんは、僕の返事を聞いて少し微笑んだ。
「シン、ユウ、私を信用してくれて、礼を言う」
「いいえ、そんな……」 「……」
二人は、納得している訳では無い。
だが、今は見えない脅威がある事を、心のどこかで感じていた。
「シン、食事を済ませたか?」
「いや、ちょっと色々あってまだ食べてない」
「そうか。では、遅くなったが3人で食事に行こう」
「あぁ」 「はい」
アロッサリアに移動している途中、僕はトイレになった。
「先に行っててもらえますか。トイレに寄ってから行きます」
「はいよ」 「わかった」
アロッサリアのトイレは混雑していると思い、宿屋のトイレに向かった。
ドアを開けると、僕一人だけで誰も居ない。
個室に入って用を足している間に気持ちに整理をつけようとして、わざと時間をかけていた。
「ふぅ~」
落ち着きを取り戻してきたその時に、話声が微かに聞こえて来た。
「……の朝は店番を……わし……ちょっと用事があ……」
「へい、分かり……た」
恐らく、宿の外を歩きながらの会話だろう。所々聞こえていた声が、遠ざかって行くのが分かった。
別に気にするほどの事ではないけど、何処かで聞き覚えのあるあの声……
もしかして…… ピカルさん……
いや、でもおかしい。シンにアレルギーのある物を飲まされて入院しているはずなのでは?
たぶん、勘違いだよね…… そうに決まっている。
僕はこの街を離れる事、それに、さっきの声の主が気になり、あまり食欲を感じなかった。
そして、シンもいつもと様子が違う。
街を離れたくないのか、それともピカルさんの病状を気にしているのか分からないけど、僕達はこれといった会話も無く、淡々と食事を済ませた。
部屋に戻りベッドで横になると、トイレに居る時に聞こえて会話を思い出していた。
ピカルさんと何度も会話したり、それほど親しい訳じゃないし、僕の勘違いだよ……
この夜は、なかなか眠る事が出来なかった。
朝目覚めると、シンは先に起きていた。
「おはよう」
「はい、おはようございます」
「……」 「……」
何かいつもと違って、ぎこちないような……
「……あのさ」 「……あの~」
僕達は同時に口を開いた。
「えっ、何?」
「いえ、シンからどうぞ」
「ん~と、そうだな…… 昨日はユウの意見も聞かず、先にシャリィの話に乗って悪かった」
「……いえ、僕もそれしかないと思っていたから」
「俺は一人で出かけたりしてたからさ、この街に馴染んできててさ。だから、離れるのは残念だなって思ってるよ」
「そうですね、僕もそう思います。顔見知りも増えて来たので、出来る事なら、この街で色々教えて貰いたかったですけど……」
「あぁ…… シャリィの真意は分からないが、まぁ、俺達の立場を考えると……なっ」
「はい、分かります」
僕もだけど、シンも元気がない。
「よし! 気持ちを切り替えて行こう!」
「……はい」
「この不思議な世界を、旅行していると思っとこうぜ」
「……うん、そうですね」
「ユウの話は?」
「僕も、同じ話でした」
「そうか。じゃあ、ちょっとシャリィを訪ねて、バニ石持ってないか聞いてくるよ」
あっ! そうだった、新しいバニ石を昨日渡されていた。
「持ってますよ、バニ石とビンツ石を。昨日シンの分も貰っていて」
「おっ、ありがとう。今日の買い物、ちょっと楽しみだな」
「そうですね、まだ知らない魔法石を買うかもしれないね」
僕達はいつもの様に準備をして、アロッサリアに移動した。
アロッサリアは今日も賑わっていて、ウェイトレスさん達は相変わらず可愛い子ばかりだ。
それに、接客レベルも高い。
今日で、この店にも来れなくなってしまうのか……
「シャリィ、メシ食ったらピカルの見舞いに行けるかな?」
「あぁ、そのつもりだ。その後3人で必要な物を買いに行く」
「分かった。……えーと、その~、見舞いの後、時間貰ってもいいかな?」
「何処に行くつもりだ?」
「あの~、約束してた拳闘を教えようと思ってさ。明日の朝出発するなら、今日しかないかなって」
「……分かった。私はユウと二人で買い物をしてくる。サイズのある買い物は一緒に行ってもらう」
「分かった。ありがとうシャリィ」
義理堅いよねシンって……
現場でも他の業者さんからも信用されていたし、根はしっかりしているのだろう。
「シン」
「ん?」
「お前の知識が、この街の拳闘協会の役に立ちそうだな」
「あぁ……そうだな」
シャリィさん……
「おまたせしましたー、野菜スープはシン君ね。シャリィさんとユウ君はシチュー。あとパンを3つでーす」
「あれ、俺の名前を知ってるんだ?」
僕の名前も言ってくれた。
「有名人だからね~」
「なに、なに~? 悪い意味でかな~」
……ウェイトレスさんと話し始めると、一瞬でいつものシンに戻った。
それに、たぶんさっきのシャリィさんの言葉もあったからだと、僕はそう思っている。
「うーんとね~、私達の間では悪い事とは逆の噂~」
「まぢでぇー! やったねぁ! 君のお陰で今日1日が素敵な日になるの確定したよ。ところでお名前を教えていただけますでしょうか?」
「えぇ~、どうしよっかな~」
「何で何で―? 名前ぐらい良いじゃんかよー」
「だってさー、シン君に名前を教えちゃうと妊娠するって噂になっているよ」
「ぶっー!」
「あれれ、大丈夫?」
シンは口に含んだスープを吹き出した。
「ちょっと」
「ゲホッゲホッ、ユウわりぃわりぃ」
「フフフ」
さっきまでの雰囲気とは違って、シャリィさんも笑っている。
「ちょいちょい、それの何処が良い噂なんだよって…… それが良い噂ってことは……」
「ことは~?」
「良し、この店のウェイトレス全員妊娠させちゃおっか!?」
「あ~、アミラに言ってやろう」
「ぶぅー!」
今度は水を吹き出した。
「ちょっとシンってば」
「わりぃわりぃ」
「フフフフ」
シャリィさんがまた笑った。
良かった、いつもの感じに戻れて。
けど、どうしてアミラさんに報告すると言われて困っているのだろ?
まさか、昨晩……
「私の名前はクラリッサです。宜しくね」
「クラリッサ、可愛い名前だね。なぁクラリッサ、俺の子供を産んでくれないか?」
「ほらー、誰にでもそんな事ばっかり言っているんでしょう? これはもうアミラに報告必須だわ」
「やめてー、ごめんなさーい」
「キャキャキャー」
朝から女子に何を言っているんだよ。
けど、僕にもシンの1/100でもコミュ力があればなぁ……
「さてと、今日はやる事沢山あるから、ちゃっちゃと食べて出かけますか?」
「うん、そうだね」
「食べ終わったらさっき言った通りに進めていこう」
「あいよー」 「はい」
今日は、コレットちゃんに会えるかな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます