42 交流

 

 

 食事を終えた僕達は、三人でピカルさんが入院しているという病院へ向かった。

 そこは冒険者ギルドの建物から10分ほど歩いた場所にあり、シンは俺が運ばれた病院とは違うと呟いていた。

 

 昨日病院に行くような怪我をしたのかな?

 見た目には外傷はないようだけど……


 中に入ると、入り口から1番近い個室のベッドで、ピカルさんは横になっていた。


 部屋の入り口は、薄いカーテンしか掛かっていないので、壁をノックして入ると、シンを見るなり怒号が響き渡る。


「何の用だ!? 帰れ!」


 大声で怒鳴ると、背中を向けて黙り込んでしまった。


「ピカルさん…… 昨日はすみませんでした。アレルギーの怖さは知っています。俺の軽率な行動で大変な目に合わせて、本当に申し訳ございませんでした」


 シンは、ピカルさんの背中に向け頭を下げ、意外にもまともな謝罪をした。


 しかし、肝心のピカルさんはというと……


「ハンッ!」


 シンの謝罪を鼻で吹き飛ばし、こちらを振り返りもしない。

 そんなピカルさんに、シンはずっと頭を下げていた。


「ピカル、私からも謝罪する。出来る事なら謝罪を受けてくれないか」


「それはそっちの決める事じゃない! 受けるか受けないかは、わしが決める事じゃ!」


「その通りだ、非は全てこちらにある」


「分かっとるんじゃったら無理言うな。謝罪は受けん。この後直ぐにでも警備に行くつもりじゃ」


 警備に…… シンはあの三人組を殴ったばかりで、更に印象が悪くなる。

 今度こそ、強制労働行きになるかもしれない。

 僕も一緒に謝罪しよう。


 しかし、僕が声を出す前に、再びシャリィさんが口を開く。


「実は、私たちは明日この街を出て行く。次はいつ戻れるか全くの未定だ。シンが謝罪できるのは今日だけという事になる」


 そうだ、今日コレットちゃんと会えなかったら、二度と会えないのかもしれない……


「それで、なんじゃ?」


「この件が収まらないと、警備から街を出て行く事を止められるだろう」


「ふん! それはそっちの都合だ! わしには関係ないぞ」


「……そうだな。ピカル」


「なんじゃ?」


「もし、謝罪を受けてくれるのなら店の権利を返そう」


「……んぁ?」


 その一言でピカルさんが振り返った。


 僕はすっかり忘れていたけど、シンとガイストンさんの試合の時に、ピカルさんは店の権利を賭けて負けた。

 つまり今現在あの店の所有者はシャリィさんで、ピカルさんは雇われ店長って事になる。


「み、店の権利を返してくれるんか?」


「あぁ、それでどうだ?」


 ピカルさんは、込み上げる喜びを抑え込んでいるかの様な表情をシンに向けた。


「ゴホン。あー、シン君じゃな」


 いやピカルさん、シンを知っているくせに……


「もぅ、もぅ頭を上げて構わんからの。結果的にだが、わしは大事に至らなかった訳じゃから、謝罪を受け入れる。うん、水に流そう」


「ありがとうございます」


「うん、これで終わりじゃ終わりじゃ。いいかの?」


「ピカルさんが宜しいのであれば」


「うんうん、わしはかまわない」


 シン、全然らしくない。たぶん、本気で反省して謝罪をしている。


「ピカル、シンが前から約束をしていた拳闘の技術を、今から教えたいと言っている」


 シャリィさんのその言葉で、ピカルさんは抑え込んでいた笑顔を隠す事はしなくなった。


「えっ!? ほんと!? 今からあいつらに教えてくれるの?」


「はい」


「そうか……そうか! じゃあ直ぐ行こう! 今日も店の裏に集まっているはずだ、今から直ぐ行こう!」


 えっ、ピカルさんも行く気なのかな?


「けど、まだ入院中じゃ?」


「大丈夫大丈夫、わしけっこう身体は強いもん! 頭ハゲてるけど、これは病気じゃないもん! だから大丈夫じゃ」


 えぇ、ピカルさん自らハゲをイジったよ!?


「じゃあ、行きますか?」


「おうおう、行こう行こう! わし直ぐに着替えるからのう、って、看護師があとでくるとか言うとったな」


「それなら時間がないので、先に行ってます」


「おぅおぅ、行っとけ行っとけ! わしも看護師きて終わったら直ぐに行く」



 ピカルさんを残し、僕達は病院を後にした。



「では説明した通り、私はユウと買い物に行ってくる。シンはピカルの店の裏で拳闘を教えてきてかまわない。恐らく昼ぐらいには迎えに行く」


「分かった。店の権利はすまなかったなシャリィ」


「良い、別に金に困っている訳でも無い。それに、元はあいつの店だ」


「そうだけど…… まぁ、兎に角行ってくるよ」


「あぁ」


「ユウまたあとでな」


「うん」


 シンはピカルさんの店の方角に走って行った。


 ユウはこの時、昨晩宿屋のトイレで聞こえて来た会話を思い出していた。


 いや、もういい、終わったんだ。

 あれは僕の勘違いだ。忘れよう……






「おーい、皆おはよう」


「おー、シンじゃないか!」


「おはようシン!」 「今日は時間あるのか?」


 シンの周りには、直ぐに人だかりが出来た。


「あぁ、昼まではここで拳闘教えて構わないってシャリィから許可貰ったよ」


「ほんとうか?」 「じゃあさっそく教えてくれよ」 「俺から先に頼む」


「まぁ待て待て。まずは基本的な事から行こうぜ」


「よっしゃー、何をすればいい?」


「そうだな、この前は途中からだったから…… まずは普段やっている練習を、最初から俺に見せてくれないか」


「おぉ、了解だ! って最初?」


「うん? 練習に順番は無いのか?」


「ないな。皆好きな事から始めてる」


「そうか…… うーん、そこからだな。よーし、とりあえず好きに練習しててくれ。しばらく見ているよ」


「おいよー」 

 


 10分後、ピカルも練習場にやって来た。



 ……真面目に教えてるみたいじゃな。


 はぁ~、わしは最初あいつを嫌ってはいたが今はそうじゃない。

 かなりの女好きと聞いて安心もしたしのう。

 上辺は礼儀知らずで、軽い奴なのは間違いない。

 だがの~、拳闘が強いだけじゃ、気難しいあいつらとあそこまで仲良くはなれない。

 その証拠に、負けたガイストンまでもが、あいつを慕っているなんて、珍しいことじゃ……

 マガリやうちの者に聞いた話じゃ、ユウ君を馬鹿にした奴らに仕返しをしたらしいが、警備館に連れていかれても、自分を擁護したりせず、一言も話さなかったらしいじゃないか。

 根は悪くないし、根性もある。

 それに…… あいつには何かを感じさせる魅力もある……

 シャリィよ…… さっきのが最後だぞ、あいつをハメるのは。

 わしはもう、あいつを騙したくないんじゃ……






「シャリィさん、最初は何処に行くんですか?」


「そうだな、馬と馬車を買いに行こう」


「はい」


 ウースまでは馬と馬車で移動するのか……

 値段はどれぐらいするのだろう? 

 馬は何頭買うのかな?


 僕達は市場の方角では無く、街を囲んでいる壁沿いに進んで行った。

 するとこの街に来た時に入った正門とは違う門が見えて来た。

 その門を潜ると、別のエリアになっていて、地面は草と土で覆われており、馬が沢山いるのが見える。

 ここはたぶん牧場エリアだ。


 凄い、色々な馬が沢山いる……


 おー、大きな大きな馬~。

 確か、ばんえい競馬だったかな? ソリみたいなのを引っ張る馬に似ている。

 あー、足元の毛がふさふさだ。

 あんなの見たことが無い。


 うぅぅ、触ってみたい。


 シャリィさんが近くに居た人に話しかけると、大きな建物に案内をしてくれた。

 僕はその建物の前で待つように言われたので、柵の中にいる馬を見ている。


 それほど詳しい訳ではないけど、馬も僕らの世界の馬と何ら変わらないように見える。

 こちらの世界では魔法、僕達の世界では科学、その違いだけで他には大きな違いを感じていない。

 ああっと、忘れていた!? 僕らの世界には人間しか居ない。

 まだこの世界に来て人間以外の種族に会った事がないのでうっかりしていた。


「ユウ」


「はい、シャリィさん」


「馬を選んでみるか?」


「いいえ、僕は馬を知らないので」


「では、あの柵の中にいる馬から選んでくれ」


 シャリィさんが指をさす方を見ると、柵の中に大きな大きな馬が5頭いる。

 

「あの柵の中にいる馬は、歳や力などに大きな差は無く、値段も同じだ。1頭は私が選ぶ。もう1頭はユウが好きなのを選んで良い」


「分かりました」


 馬かぁ、何を基準にして選べばいいのかな?


 あっ、そうだ! 足の毛のふさふさ具合で選んでみよう、ふふふ。


 えーと、1番ふさふさなのは……


「シャリィさん、あの濃い茶色の馬がいいです」


「あの馬と、もう1頭はあの頭の白いのを頼む」


「かしこまりました。馬車はどれに致しますか?」


「そうだな、あれを頼む」


 シャリィさんが選んだ馬車は、アニメや漫画などで見たことのある馬車と似ていて、3人どころか倍の6人でも余裕があるようにみえる。


 これで、この馬車でウースまで行くのか……






 ……まぁ思っていた通りだな。

 この前もそうだったけど、パンチを打つ練習ばかりで、ディフェンスの練習を全くしていない。

 ガイストンと戦った日、最初この世界にもボクシングがあるのかって嬉しくてハシャいでしまったけど、試合を見て直ぐにガッカリした。

 こいつらは力任せにただ殴るだけだ。

 多少パンチを避けはするが、ほぼオフェンスのみ。

 ディフェンスもしない、コンビネーションも打たない。

 ただ相手の正面に立って力いっぱいパンチを打つ、ほぼそれだけのボクシング。

 この前も驚いたけど、ラウンドもないから当然インターバルもない、判定も無いし、何より階級が無いなんてな……

 ボクシングを知らない素人は、たった2キロぐらいの体重差がどうしたと言う奴もいる。

 スピード、キレ、重みのあるパンチを打てるプロは、その2キロ違っただけでも、威力に雲泥の差が出る。

 体重差というのは、人の生死にかかわる重要な部分なんだ。


 今はチャンピオンが乱立して、3階級制覇なんて珍しく無くなってしまったが、本来3階級を制覇するのは間違いなく大偉業だ。

 それがここの奴等ときたら、3階級どころじゃない、5、6階級ぐらい平気で違う相手と試合してやがる……

 

 まぁ、元の世界でもそうだけど、喧嘩や殺し合いには階級もラウンドもない。

 俺のやってたのはあくまでスポーツのボクシングだ。

 鍛錬の為にやっているであろう、ここのルールを変えるのは無理だろう。

 だけど、技術は別だ。

 俺の知っているボクシングの技術を少し教えるだけで、飛躍的に伸びる可能性はある。そしてその技で、体重差を跳ね返せる奴もいるに違いない。


 できれば、ディフェンスを教えたいけど、素直に従ってくれないだろうし、それに時間もない。仕方ない……

 

 シンは、試合を見ていた時、一人の男に目を付けていた。

 その男は、この街に着いた時に門番をしていた一人で、拳闘の試合で負けていた人物だ。


 えーと、今日は来てないのかな?


「ガイストン、ちょっといいか?」


「どうしたシン? 何か教えてくれるのか?」


「ちょっと聞きたい事があってさ」


「おう、いいよー。何でも聞けよ」


「あのさ、俺とガイストンの2試合前に出てた奴って誰だかわかる?」


「あ~、誰の事だろうな……」


「えーと、門番で背はこれぐらいで、色が白くて、髪は坊主で、その試合では、確か負けていたと思うけど」


「あ~、はいはい。ノックのことだな」


「ノック?」


「そうだ、名前はノック・ミラー」


「そいつは今日は来てないのか?」


「もうすぐ来るんじゃねーかな。弱いけど、拳闘好きだからな」


「へぇ~」


「おっ! ちょうどきたぞ。おーいノック! こっちこい」


 ガイストンの視線の方を見ると、急に呼ばれ、驚いた表情を浮かべているノックがいた。 

 

「ありがとう」


「おう!」


 ガイストンに礼を言ったシンは、ノックの方に歩いて行く。


「よう!」


「あ……あぁ」


「俺はシン、シン・ウース」


「……ノックだ。ノック・ミラー」


 ガイストンはノックって呼んでいたけど、ミラーって呼んだ方が俺的にはしっくりくるな。


「ミラーって呼んでいいか?」


「……いいよ」


「俺の事はシンって呼んでくれ」


「……おぅ」


 ニコニコしながら話しかけるシンとは対照的に、ミラーはおどおどして落ち着きがなかった。

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