43 才能
「なぁミラー、拳闘好きか?」
「ま、まぁな」
シンって名前…… こいつがガイストンに勝った奴か……
「そうか! 率直に言うとだな~、ミラーには才能がある。強くなれるぜ」
そう言うと、キョトンして黙っている。
「……聞いてたか?」
「……俺が強くなるって?」
「そうだよ」
「ふふっ」
ミラーは、喜び微笑んだのではなく、馬鹿にされていると思い、呆れて笑っていた。
「ハッ! 何の用かと思えば…… いいか、俺はな、この前も負けたし、その前も負けたし、その前の前も! つまりだな、一度も勝った事が無いんだよ! その俺を捕まえて才能がある? 馬鹿にするなよ!」
声を荒げるミラーに、シンは冷静にもう一度伝える。
「落ち着けよ。負けが続いてるのは知らなかったけどさ、素質の話は本当だ」
「なんだよそれ? 嘘で褒めて伸ばすやり方か?」
「嘘かどうかは俺の話を聞いて、試してみれば分かるよ」
「……」
ミラーは疑いの眼差しを向けている。
「……本当に素質があるのか? 強くなれるのか?」
「あぁ、なれるぜ」
ミラーは目線を落し、俯いた。
強くなりたい。1日でも早く強くなってリアナに……
「……どうすれば良い?」
「よし! じゃあさっそく練習してみようぜ」
「……おぅ」
練習場に来たばかりのミラーに柔軟体操から始めさせたが、その行為事態が馬鹿にされていると感じ、何度かキレてシンに文句を言ってきた。
しかしシンは、その都度説得して落ち着かせた。
……どうしてノックに目を付けたんじゃ?
その様子を近くで観察していたピカルや他の皆も、不思議に思っていた。
「ピカルさん、グローブ借りていいかな?」
「急にさん付けで呼ぶな、気持ち悪いんじゃ。ピカルでいい。おい、誰かシンにグローブを持って来てやってくれ」
ピカルの店の者が、シンにグローブを渡した。
ミラーも自分のグローブを手に付けた。
やっぱ、ディフェンスも教えてみるか一応……
「いいかミラー。ここの皆に言える事だけど、スタイルが攻撃重視過ぎるんだ」
……攻撃重視じゃと? それの何が悪いんじゃ?
ピカルはシンとミラーの会話を真剣に聞いている。
「……だってよ、拳闘だぞ。攻撃しないと勝てないだろ」
そうじゃ。
「うん、確かにそうだよな。だけどパンチを貰わないのも凄く大事なんだよ。考えてみてくれ。もし、対戦相手のパンチを全て避ける事が出来たら負けるか?」
「ふっ、全て避けるって!? そんな事できる訳ないだろ」
「いいから俺の質問に答えてくれ。全て避けたら?」
「そりゃ負けないよ」
「だよな」
まぁ、それは当然じゃけど……
「だ、だけど、攻撃をしないと」
「そう、その通り。だから理想の形は、相手のパンチは全て避け、ミラーだけがパンチを当てる。そうすりゃ勝てるよな?」
「……まぁそうだけどよ。避けるのかぁ~」
やっぱりディフェンスには抵抗があるみたいだな……
「そこでだ、まずファイティングポーズをしてみてくれ」
「……こうだよ」
ミラーは左手を中途半端に前に出し、右手は後ろに引き、強いパンチが打てる様に構えている。
「よし、長くその形でやってきたと思うけど、今はそれを忘れよう」
時間がないから、兎に角見せてみるか……
「俺が今からやるのを見て真似してくれ」
「わかったよ……」
「俺の様に左足を前に出して」
「こうか?」
「そうだ! 右足は後ろでつま先で軽くたつ」
「こうか!?」
「そう、軽く弾んでみて」
「こうかな?」
「そう、いいぞ」
「今は手の位置は気にするな、そのまま前に横に動いてみてくれ」
「こうか?」
「ドスドス動くんじゃない、膝を曲げて羽の様に軽く動いて。基本すり足で、俺のを見て! 真似でいいから」
ミラーはシンの動きを真剣に見始めた。
何だこの動きは……まるで地面を滑っているようだ。
魔法を使っている訳じゃないし……
良い動きじゃ…… だが、拳闘の動きじゃない。
流れるような動きだな。流石俺を倒しただけの事はある。だけど、これは拳闘ではない……
ピカルもガイストンも、シンの動きを見た感想は同じであった。
「こうか?」
「そうだ、さっきより大分いいぞ! もっとだ、もっと軽く動いてみろ」
「腕を気にするな、ぶらぶらさせてていい」
「わかった」
「そうだ、良くなってきたぞ」
「次は動きながら上半身を動かしてみよう。俺の動きをよく見て」
「あ、ああ」
「もっと柔らかくだ、力を入れる必要ない。リラックスして踊っているイメージだ」
「俺は踊りが苦手なんだよ、難しいな」
「完璧に真似する必要ない、自己流も入れて動きを真似してみろ」
「こうかな」
「いいなぁー、それそれ」
「ハァハァ。しかし、これが、何の、役に、立つんだ?」
やっぱりそうなるよな……
まぁ、これは身体をリラックスさせるやり方の一つって事で、練習に取り入れて貰おう。
「よし、今まで通りに戻していいぞ。俺と戦ってるつもりで俺の方を向いて構えてみろ」
「真似はもう終わりかよ。シンを殴っていいのか?」
「あぁ、いいぜ殴ってみろ。手加減無しでな」
「ガイストンに勝ったシンと戦ってみたかったんだ。行くぞ~」
右手を後ろに引き、右パンチを力一杯打つミラー得意の攻撃。
ジリジリと距離を詰めて来たミラーは、右のパンチを放った!
しかし、シンはいとも簡単に避けてしまう。
空振りをしたミラーは、その拍子でバランスを崩し、転びそうになる。
「ほらもっと殴ってきていいぜ」
「ようし、次こそは見てろ」
舌なめずりをして、またしても右のパンチを放つ!
シンは、このパンチの初動だけ見れば、あとは目を瞑っていても避けられるであろう。
同じタイミング、同じ軌道。
上半身を後方に反らすだけで、簡単に避けてしまった。
「もう一度だ、次は動くぞ。当ててみろ」
シンは先ほど見せたフットワークを使い、ミラーとの距離を詰めたり、離れたりしている。
シンが近づいてきた時に、力いっぱい右を振るうが、その時にはすでにその位置にはいなくなっている。何度も何度も殴ってみるが結局カスリもしなかった。
そのうちミラーは疲れてしまい座り込んでしまった。
ほぅ…… 魔法も使わないで、良くあそこまでのスピードで動けるもんじゃのう~。しかも、まだ本気じゃないじゃろ。
シンは息切れ一つせず、涼しい顔をしてミラーに話しかけてきた。
「どうだミラー、パンチを避けるだけで勝ったぞ」
「ハァハァハァ、確かにな。だけど逃げてるだけじゃないか。ハァハァハァ」
……まぁそんな事を言われると思ってたよ。
この世界の奴らがディフェンスを殆どしないのは、そもそもボクシングとは違う競技だと考えた方が自然だな……
翻訳もボクシングでは無く、拳闘なんて古い言い方だし。
なぁ、監督……
「ミラー」
「ハァハァハァ、何だ?」
「また違う事を教える。今度はパンチの練習だ。いいな?」
「ハァハァ、それを最初っから教えてくれよ」
「ははは、わりぃな。よし、とりあえず息を整えてくれ」
「ハァハァ、いやもう大丈夫だ、教えてくれ」
「分かった。今度も俺の真似をしてくれ」
「ハァハァ、よっしゃ」
「足の構えはさっきと同じだ左足を前、右足はこう! そして膝を軽く曲げる。柔らかくな」
「おお、こうか?」
「そうだ。左手はここ顎の左前」
「良し」
「右手はここ、顎の右側」
「構えたぜ」
ん? 何かしっくりくるぞ、この構え。
ピカルは穴が開くほど二人の様子を見ている。
「そのままの構えで頭を沈ませながら、こういう風に左右に動いてみろ」
「こうか」
「もう少し脇をしめて、肘が上がりすぎている」
「よし、これでどうだ?」
「いいぞ」
まだ脇が開いているけど、無理に直さない方が良いかもしれない。
「相手を上目遣いで見るように顎を引いて」
「よしきた」
「いいぞ、良い感じだ。俺の動きをよく見ていてくれ、行くぞ」
シンはさっき教えたファイティングポーズのまま、頭を左右に振り、人の上半身の形をした、サンドバッグの様な物に近づいた。
そして、己の上半身を左側に沈ませながら、右のパンチを放った!
「スパーン!」
おおお、鋭い! なんて鋭い右パンチだ!
これはこれは…… ガイストンを倒した時以上じゃ、今のパンチは……
力は間違いなくガイストンじゃ。だが、シンのパンチは、スピードとキレが違う!
それにプーパを殴ったあの音…… まるで、裏側まで突き抜けている様じゃった……
つまり、スピードだけじゃない。威力も十分にあるということじゃ……
「すげーなー」 「おい、聞いたか今の音……」
「なんだあの音?」
ミラーにピカル、そしてシンのパンチを見ていた全ての者が驚きの声を上げていた。
「見たか?」
「あ……あぁ」
この打ち方なら、パンチを打つ動作に相手のパンチを避ける動きも入っている。たぶん文句は言われないだろう……
「ミラーこっちにきてくれ」
「……あぁ」
「ここに立ってくれ。いいか、さっきのをミラーに向けてゆっくり打つぞ」
「わかった」
「いくぞ。まずは俺の右脚を見てくれ」
右脚……
「地面を蹴る感じで、こうやる。その力をパンチまで伝えるんだ」
なるほどのう~、そこで力を作っておったのか……
「ここの皆に言える事だけど、ミラーは特に上半身だけでパンチを打っている。パンチって言うのは下半身の力も必要なんだよ」
ふむふむ…… 勉強になるのう~。
「この脚から生まれた力を腰に持って行く」
「腰に? どうやって?」
「そうだな。水が登って行くイメージで」
「水が…… 登る?」
「そう! 脚から生まれた水が腰に登り、背中から肩へ! それが肘に! そして拳に! そして、こうやって拳を内側に回転させる様に打つ! 上半身は、こう左側に沈みながら」
なるほどのう~。頭を沈み込ませ、相手のパンチを喰らわず打つってことじゃな。
ガイストンを倒した時の動きも、要はこれと同じじゃな……
「ゆっくりやってみてくれ。本気でやるなよ、打つ真似だぞ」
「わかった。こうか?」
「全て寸分の狂いも無く俺の真似をする必要はない。自己流も入れてみてくれ」
「沈むより上半身を左側に流した方が打ちやすいかな俺」
「分かった。それでやってみて」
「こうかな」
「いいぞ、あとなー、構えてる時はリラックス、リッラクス。さっきの踊りの様な動きを思い出して、無駄な力を入れない」
「おぅ……」
「手もギュッと握らない」
握らないじゃと……
「えー、それだと力が出ない。強いパンチを打てないよ」
そうじゃ、そうじゃ!
「そうだな。そこでだ」
「うんうん」
「パンチが当たる瞬間に強く握る!」
「当たる瞬間?」
「そうだ、これをよく見てくれ」
シンは力いっぱい握った右手を上にあげて振り下ろした。
「おぅおぅ、見たぞ」
「それと、これも見てくれ」
次は握らず、手をリラックスした状態で同じく右手を上げ振り下ろすと……
「ビュッ!」
空気を切り裂く音がした。
「どうだ? 見て思った事を言ってみてくれ」
「後の方が鋭かったなような……」
「そうだ、力を入れてない方が鋭く降ろせたよな?」
「おぅ……そんな風に見えた」
「じゃあ、ミラーも同じようにやってみてくれ」
「お、おぅ……」
振り降ろすって、パンチとは関係ないだろ。
まぁやってみるか。
「力いっぱい握ってー、上げてー、降ろす!」
……ん?
「よし、次は力を入れずにな」
「おぅ」
手を握らず、リラックスしてゆっくりあげてみるか……
そして降ろす!
「ブンッ!」
「おおぅ!?」
ミラーは驚きの声を上げた。
「音が聞こえたぞ!?」
「あぁ、握った時には聞こえなかった音が聞こえたな。まぁ、手の形状も関係あるけど、明らかにスピードが違うだろ?」
「おお、おお。もっかいやってみる」
「何度でも試していいよ」
がっつり力を入れると、ただ振り下ろしているだけなのに腕がふらつく。
それに比べて、握らずリラックスして降ろすと、鋭く真っ直ぐに下りてきてスピードも上がる……
周囲で見ていた者は、全員同じことをやっていた。
ピカルまでもが。
「これはパンチにも言える事なんだよ」
「あ、あぁ」
「力強く握ってパンチを打つと、強いパンチは打てる。しかし、スピードはガタ落ち、軌道もずれて狙った所に行かない。逆に軽く打つとスピードは速くなるし、狙い通りの所を打てる。だ・け・ど、力は落ちる」
「おぅおぅ」
「そこで、両方の良い所だけを貰っちまおうぜ」
「良いとこだけ……」
「そう、さっき言ったようにリラックスして打ち、パンチが当たる瞬間に握る!」
「……握る」
「よし、あの人形を打ってみよう」
「人形? あー、プーパの事か。よーし、いくぞ」
プーパって言うのか、サンドバッグみたいな人形……
よーし、力は入れずリラックス…… 右脚で地面を蹴って、その力を腰から背中、肩、肘、拳を内側に回転させるようにして、当たる瞬間にぎゅっと握る!
「パーン!」
ミラーのパンチは、衝撃がプーパの裏にまで突き抜けるような音がした。
「お……お……おお」
やっぱりな…… ミラーはセンスが良く、筋肉も柔軟でしなやかだ。
軽く手本を見せて、少し説明しただけなのに、見違えるようなパンチを打ちやがった。
嘘じゃろ? 一度も勝った事のないノックがあんなパンチを……
「……お、おお俺もやるぞ!」 「俺もだ俺もだ」
「どけよ、そのプーパは俺が使ってただろ」
「100シロンで譲れや」
「そんなシロンで譲るか馬鹿! どけ!」
「おぃ! わいの嫁とデートさせてやるから譲れよ」
「だーれがガイストン似の嫁とデートしたがるんだよ、アホか!」
「誰だ今俺の悪口を言った奴は!?」
「ひぃぃぃぃ、俺じゃない。シンだ、シンが言っていた」
「ぐぬぬぬぬ、シンか……」
ん? 誰か俺を呼んだ?
「いいぞ、ミラー。忘れないように何度か打ってみよう」
「おぅ!」
ミラーはプーパを打った、打った、打った!
なんだこの感触は? 俺のパンチが、拳が、プーパを突き抜けてるようだ!?
「よし、ストップ!」
「何で止めるんだよ!? 今調子がいいのに~」
「ははは、それは悪いことしたな。もぅ
「……一工夫?」
「今度は左に上半身を振る前に、右に振ってみよう。同じように右に振る、そして左に振って打つ!」
「右に振ってから左に振って打つ……」
逆に振るじゃと……
「よし行け」
「何かぎこちなくなったけど……」
「良くなるように工夫して」
「工夫って言っても……」
「見ていてくれ。こう膝を使ってみて。今のは右に上半身を振りすぎだ、それでバランスを崩している。膝を柔らかく使って右に沈み込むように振り、このタイミングで、右足で地面を蹴るんだ、身体ごと跳ね上がるようにな。その力をこうやってパンチにのせろ」
シンはゆっくりとやり方を見せた。
右側には膝を使って沈み込むように。そして右足で地面を蹴って、跳ね上がり、左に流れながら右のパンチを打つ……
ミラーのパンチがプーパを捉えると、凄まじい音が響く渡る!
周囲で我先にと練習していた者達は、その手を止め、ミラーを見ていた。
フフフ、1度だけ見せて教えただけなのに……
ミラー、お前の素質は俺の想像以上だ。お見事!
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