18 冒険者ギルド


 あぁ~、ついに…… ついに…… 来てしまった夢の冒険者ギルドへ!


 建物の中に入ると僕の想像通り、漫画やアニメで見たままの風景がそこにあった。



 魅力的な受付嬢さん達

 

 沢山の依頼書を張った掲示板


 そしてその依頼書を選んでいる冒険者と思われる人々



 う、うぉぉ、皆強そうだ!



「はあぁ、はああああああぁ~」


「おぉっ!? なんだよユウ?」


 あははは、思わず変な声出しちゃった。


「いや、何でもなっ…… ちょっと、興奮しすぎちゃったみたいで」


「ふっ、何浮かれてんだよ~」


「あ、あははは」


「ふふふふ」


 シンは優しく笑った。 


「二人ともこっちだ」


 シャリィさんは僕達を呼び寄せると、どうやら受付に向かっているようだ。



 しかし、何という至福の時間……


 だ、駄目だ、キョロキョロしてしまう。


 そんな僕を冒険者と思われる人達が見ていた。


 挙動がおかしくて、不審者に思われているのかもしれない。


 だけど、抑えることが出来ない。言うこと聞いて僕の身体よ。


 これ以上変に思われたくない。頼むよ、くぅぅ~







 うぅぅ、やだな~、緊張してお腹が痛くなってきちゃった。

 肩こりも酷いし~。


 たぶん、知らず知らず身体に勝手に力が入っているのかもしれない……


 深呼吸して緊張をほぐしてみようっと。 


「スゥー、ハァ~、スゥー、ハァ~」


 これで少しは楽になるかしら?


 大きく深呼吸して身体をほぐした私の名前はアグノラ。

 冒険者ギルドの新人受付嬢。

 歳はなんと18歳! この支部では1番若いのよ。


 昨日までは見習いで、先輩たちの仕事を見ているだけだったけど、今日からついに本番よ。


 はぁ~、私の窓口に初めて来るのはどんな人なのだろう……


 素敵なロマンスグレーのベテラン冒険者さんかな~?


 いやいや、ストーカー被害にあっている美人のお姉さまが、依頼の申し込みに来るかもしれない。


 それとも私と同じで、純粋無垢な新人冒険者さんかな?


 ……その新人冒険者とお互い一目惚れをして、素敵な恋に発展したり~、ロマンチックな場所でぇ~、は、は、初めての夜を迎えたりぃ~。


 うふふふふ、きゃぁぁ、やだ~。嫌じゃないけど、やだ~。


「コツ、コツ、コツ」


 あっ、足音だ……


 誰か近づいてくるよ。

 ドキドキして顔を上げられない。上手に……上手にできるかなぁ。


 だめだめ、自分を信じて! まずは笑顔よ、最高の笑顔を作ってアグノラ。


 いい、相手の目を見ては駄目よ、緊張してしまうから。目を見ているようなふりをして、遠くを見てわざと視界をぼかすのよ。


 ……足音が止まった、顔を上げるのは今、この時よ!

 


「よ、ようこそ冒険者ギルド、イプリモ支部へ。私は受付嬢のアグノラと申します、どうか宜しくお願いします。本日はどの様なご用件でございますか?」


 よっしゃー! 最初つっかえたけどイケてる!


「この二人を、私のシューラにするための登録に来た」


「はい、シューラのご登録でございますね」


 いっひひひひ、自然に言えた言えたぁ。


 おっしゃぁぁー! バリ調子いいぞぉ!


 ……あれ? ……シューラ!? 


 今この人シューラの登録って言ったよね?


 私は目だけを動かして、その人物の顔にピントを合わせてみた。


 って、おい!? この人シャリィ様じゃねぇ?


 や、やばやばい、いきなりこんなスーパーミラクルウルトラエクセレントな人物がくるなんて!


 つーかさ、初日のしょっぱなの仕事で、世界に6人しかいないこんな大物を引くなんて、あぁぁ、もう、どうして私って幼い頃から逆当たり引くの~。


 だけど、これはチャンスかもしれない…… 受付のプロとして、ここで卒なくこなせれば私の評価が上がるかも……


 そして何より、初日からコケる訳にはいかないから!


「この二人はウースから出て来たばかりだ。このギルドの説明をしてやってくれ」


「へい、わかりやした」


 し、しまった!? 緊張で思わずへいから後に続いてしまった!

 言ってしまった! やってしまった!


 いや、待って……


 へい、分かりました・・・より、へいわかりやした・・・の方が自然で変に直さなくて良かった……はず!


 まだよ、まだギリで及第点よ!


「おはよぅ、おねーちゃん宜しくね~」


「あ、あのー、宜しくお願いします」


 シンは軽いノリで、ユウは緊張して受付嬢に挨拶をした。



 うーん、僕の知識では受付嬢さんは巨乳と相場が決まっていたけど、例外もあるみたいだ……



「はい、私受付のアグノラともうしまっ……」


 ハウッ、なんちゅーイケメンや!?


 や、やべー、緊張がMAXに! 


 あぁもう~、だからピント合わせたらダメなのよー、こんな事もあるから~。


 けど…… めっちゃタイプです~。うぅ、かっこぃぃー。


 おねーちゃん宜しくねってその軽いノリもガッチリ私のハートにハマっちゃいました!


 シャリィに続きシンを見て更に取り乱したアグノラだが、自らを取り戻す儀式のように首を激しく左右にブンブンと振り始めた。



 ……何をしているんだろうこの受付嬢さん。病気かな?



 お、落ち着いて。私のところに来た人は、例えイケメンだろうが棺桶に片足突っ込んでいるジジィでもババァでも関係ない!


 全て、全て平等に扱うのよ!


 だが、決意とは裏腹にアグノラの視線は再びシンを捉える。


 その視線に気づいたシンは、満面の笑みで首を傾げながら見つめていた。


 あぁぁ、なんて、なんて素敵な笑顔なの~。


 ハッ!? だ、駄目だって! 今は絶対駄目! この競争が激しい業界で、初日からミスをすれば、他の見習いに…… と、とにかく、この花形の仕事を失う訳にはいかない!


 その強い気持ちが逆にプレッシャーとなり、アグノラは壊れてしまう。


「あ、ああの~、ぼー、冒険者ギギギギ、ギルゥドゥという組織、わわ、お、お、おもに~」



 ……ピクッ




「あれ~? もしかして俺のせいで緊張してる~?」


「あああの、いえ、あのその~」


 イケメンの顔ちけぇーよ、今は、今はそんなに近寄らないでぇー。


「可愛いなぁ。アグノラちゃん、あとでデートしませんか?」


 デート!?


 私とこのイケメンがデート!?


 ……ハッ!? 落ち着いて、落ち着こう。


 私はプロ! 今日からはプロの受付嬢なの、昨日までの見習いじゃないのよ。




 イライライラ




「コホン、コホン。あ、あのー、冒険者ギ、ギルドという組織はですね……」


 ……あれ? ……あれれ?


 この数カ月、毎日毎日何十回と練習したのに……で、出てこねぇ。


 あはははは、頭の中真っ白になっちゃった……


「ぁぁのー、ギルドという……」



「ギリギリギリ」


 ユウは激しく歯ぎしりをし始めて声を張り上げた。


「駄目だ、もう我慢できない!」


「あん? トイレかユウ!?」



「スゥー」



 ユウが大きく息を吸い始めたと思いきや……



「ようこそいらっしゃいませ、冒険者ギルドには初めてのお越しでしょうか?」


「ユ、ユウ!? ……は、はぃ、初めてです」


 ユウは突如として冒険者ギルドの受付嬢に変貌した!


「それでは、簡潔ではございますが説明を致します。

 冒険者ギルドとは、まず第一に、魔族や犯罪者の討伐を優先的に行っております。そして人々に危害を及ぼす魔獣なども駆除致します。

 その他にも、植物や鉱物採取ぅ~、環境調査や未開地の探索ぅ~、そしてお爺ちゃんやお婆ちゃんの雑用に至るまで、ありとあらゆる仕事を冒険者と呼ばれる人達に斡旋する組織ですぅ。

 依頼者は個人、商会、国と、様々でございます。

ギルドの活動資金は、受け取った依頼料から冒険者への報酬を差し引いたものや、冒険者から買い取ったあらゆる資源を、商会等に売って得た利益などもございますぅ」


「さ、さいですか……」


 シンはユウの熱弁に圧倒され変な受け応えをしてしまう。



 な、何? ねぇ、いったい何が起きているの?


 誰か、誰か説明して……


 どうしてウースみたいな田舎から出て来た奴が、プロの受付嬢の私を差し置いて、このギルドの説明を始めてるの?


 イケメンも受け応えしちゃってるし。


 あー、あれかー!? もしかして新人への洗礼ってやつですかい?


 支部長があれだからねー、こういうドッキリも日常茶飯事ってことですかい。


「次に冒険者の説明を致します。冒険者の実力や功績によってランクを振り分けております。最上級はSランク、最下級はFランクになります。個人のランク付けは勿論の事、パーティーにもランクがあり、それにより受けられる依頼が決定致します。

な・ぜ・な・ら、冒険者は職業柄、怪我や時には亡くなる事も珍しくありませーん。

その為に、ランク制度を用いて適切な仕事を振り分ける様にしており、それによって依頼の失敗のリスクを下げることにもなりまーす」


 へっ? どういうこと、私より説明が上手……


 こいつギルドは初めてで知らないはずでしょ!?


 呆然としているアグノラを見てシンが謝罪する。


「あー、えーと、すまねーなアグノラちゃん」


「……私からも謝罪する」


 シンに続きシャリィまでも謝罪するが、心が激しく乱れていた受付嬢には届かなかった。


 ……おい、いいかげんにしろよこの糞田舎者ってあれ、どうして私泣いているの?


 怒っているはずなのに涙が、涙が出てくるよ……


「うぅぅ、うえーん、うえーん」


 声を上げ泣き始めたアグノラを見て我に返るユウ。


「あっ……ご、ごめんなさい……」


 すかさずシンもフォローに入る。


「えーと、アグノラちゃん。あー、泣いている顔も可愛いなぁ……あは、あははは……」


 シンの言葉に全く耳を貸さず泣き続けるアグノラ。


 まいったなぁ……


 えーい、しかたがない!


「ほら~、そんな泣かないで、顔を上げてごらん」


 シンはアグノラの頬を優しく両手で挟み、ゆっくりと上を向かせた。


「あーぁ、こんなに涙流しちゃってぇ、よしよし」


 そう言うと、涙が流れるアグノラの頬にキスをした。


 それはただのキスではなく、唇で優しく涙を拭うようなキスだった。


 シャリィの謝罪さえ届かなかったアグノラであったが、シンのその行為によって心を取り戻し、言葉を発した。


「……あの~、こっちの頬にもまだ涙残ってますよ、エヘ」


「……」 「……」 「……」


「こーこ、ここここ。はやくぅ~、エヘヘ」


「ったく、欲しがりちゃんだな。ここか?」


「エヘ、エヘヘヘへ、そこそこ~」


「……」 「……」


 今のこの状況は、僕のせいかもしれないけど、一体何を見せられているのだろう……




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