118 ガールズトーク


 食堂に集まった村人達が芋天で沸きに沸いた夜、レティシアから紹介を受けた様々な者達を訪ね、それぞれの作業をお願いしていた。

 そして次の日の朝一番に、シンが訪ねたのは……


「来たね坊や。待っていたよ」


 シンを出迎えたヨコキは、まるで憑き物が落ちたかの様な晴れ晴れとした表情をしていた。


「はい、お邪魔します」


「カレットにはあたしから上手い事言っておいたから」


「お世話様です」


 売春宿では、働いている女の子全員がヨコキに言われ一つの部屋に集まっていた。


「はぁ~あ、あくびあくび」


「私もあくびの連発よー。こんな朝早くから、いったい何の用事なの?」


「ほんと、眠くてしかたないね~」


 その部屋に、ドアを開けてシンとヨコキが入って来ると、女の子達はざわつき始める。


「ねぇカレット、あいつだよね? 見た事ある」


「そうだけど、ママに色々言われてもう冷めちゃった」


「え? もういらないなら私が行っていい? 前から良いなって思ってたの」


「全然いいよー、あげる~」


 仲の良いカレットから許可を得たルシビの目は、まるで獲物を狙うアカメの様に輝く。


「うふふ、絶対に食ってやるからね」


「きゃははは、ルシビ聞こえてるよー。本気じゃん」


「ちょっと静かにしな! この坊やから話があるからね」


 ヨコキの言葉で、女の子達は口を閉じる。


「最近何人か引退して出て行ったから、今はこれで全員だよ。総勢21人。あたしとウィロとキャミィを除いてね」


 21人……


「坊や……」


「はい」


 返事をしたシンは、集まっている女の子達に向け、話を始める。


「初めましての方も多いと思いますが、俺の名はシン・ウース」


「ふ~ん」


「私はスイラだよー」


「ねぇシンちゃ~ん、こんな朝早くから私達に何の用事なの?」


「キャハハ、リフスがつんつんし始めたよ」


「俺の名はシン・ウース」


「キャハハ、アリエが真似してる~、キャハハ」


「ぷぷぷぷぅ」


「さすがアリエ、似てる~」


「うふふふふ」


 数人の女の子がシンを揶揄うと、ほぼ全員が笑い始めた。


 ったく…… 最終的には売春宿と同じで、あたしが仕切る事になるんだけどさ、だからといって頭ごなしに何でもやらせる訳にもいかない……

 ちょっとした事だなんて軽く考えていると、この売春宿が崩壊しかねない。

 人を、特にこの年頃の女を扱うのは、それほど難しいのさ……  

この坊やがどの程度女に慣れているか知らないけど、うちの子達には手を焼くよ。きっとね……


 そう思っていたヨコキがシンを見ると、なんとシンも一緒になって笑っていた。


「あははははは。似てる似てる」


 シンがそう言うと、相槌を打って一緒に笑う者や、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべて黙る者もいた。

 場が静かになるのを待ってシンが再び口を開く。


「では、突然で申し訳ないけど、今俺が見ている前で、服を脱いでほしい」


「あら~、そういう事なのね~」


「私もかな? きゃぁ、やだ~、恥ずかしい~」


 こんな朝早くから何かと思えばただの品定めか。拍子抜け~

 なーんだ、そんな事か……

 ママが全員を集めるなんて、余程の上客になるのかなこの人?

 あれ? 確か売春宿の仕事とは違うってママが言ってたはずなのに……



「カレット」


「……何ママ?」


「あんたから脱ぎな」


 突然そう言われてもカレットに戸惑いは無い。

 だが、わざと困惑しているような態度を見せる。


「え!? 今?」

 

「そうだよ」


 ヨコキを見ていたカレットは、少し恥ずかしそうな表情を浮かべて、シンをチラ見する、無論演技で。


 私のこの身体をじっくりと見て、客で来なかった事を後悔してね。


 その場で立ち上がったカレットは、羽織っているだけの服を、戸惑いながらゆっくりとずらし脱いでゆく。シンの表情を時折伺いながら。


「きゃ~、シンちゃんが見てるよカレットー」


「きゃははは」 


「うわ~、逆にエッロいわ~、その脱ぎ方~」


 そう、私の勘だけど、こういうのが好きそうだよね。


 そう思いながら服を脱ぎ終わり、下の下着だけ着用しているカレットは、恥ずかしそうに胸を手で隠しているが、時よりわざとずらして乳首を一瞬だけ見せる。


 うふふ、見てる見てる。

 どう、私の胸は? 凄く綺麗でしょ。

 だけど、後悔しても遅いからね、もう相手にしてあげない。


 カレットを見つめていたシンがヨコキに目を向けると、再びヨコキが口を開く。


「服を着ていいよ。ロエ、次はあんただよ」


 指名されたロエがカレットに目を向けると、カレットもロエを見ていた。


 ふん……


「はーいママ」


 ロエは立ち上がり、舌なめずりをした後、セクシーに服を脱いでゆく。


 その様子を見ているシンにカレットはいら立つ。


 何よ、私の時よりジッと見ちゃって……



「うひゃ~、ロエエッロー」


「やっばぁー、その脱ぎ方~」


「きゃはは」


 数人の子が煽るかのような声をあげていたが、殆どの子はロエのその美しいボディラインに見とれていた。


 ロエはやっぱり綺麗……

 私もロエみたいな胸とお尻になりたいな~

 ウエストほっそ~、羨ましい。



 キャミィちゃんとこの二人は、この宿で1番人気があるとヨコキさんが行ってたけど、理由は一目瞭然だな……

 だけど、やっぱり……


 そう思っているシンの見ている前で、ロエは何と下着まで全部脱いでしまう。


「あららららぁ、全部見せちゃうの~ロエ~」


「うっーわー、エロ過ぎでしょ! 私でも抱きたくなったわ」


「きゃははははー、分かる~その気持ち~」


「ねぇねぇシーンちゃ~ん、もしかして大きくなっていますか?」


「きゃははははは」


「あははははは」


「ぷっふふふふ」


「おっきくなってるなら、あたしに見せてー」

  

 スイラのその言葉で、中には腹を抱えて笑う者までいた。

 だが、ルシビは少しの笑みも見せず、まるで睨むかのような鋭い視線で裸のロエを見ている。


 カレットにもロエにも負けない。私の胸とお尻はまだまだ成長しているから、直ぐに追い抜いてやる……


「ルシビ、次はあんただよ」


 ……来た、私の番ね。


「はーい」


 ルシビは立ち上がり、直ぐに服を脱がずにシンを見つめる。 

「あら~、アピール凄くなーい?」


「どうするシンちゃーん、ルシビは本気だよ~」


「……」


 シンはヤジに笑みで答え、直ぐにルシビに目を戻す。


 テレちゃってるの……


 そう思ったルシビは、ロエと同じ様に、悩ましく服を脱いでいく。

 それを見た他の子から思わず声が漏れる。


「うわっ、ルシビいつの間に!?」


「やっばー、ロエに負けてないよ」


「あれ? こんなにナイスバディだったっけ?」


「成長したのよ、成長。確か今17才だよね」


 ルシビもロエと同じく、全てを脱いで全裸になってゆく。


 ……やだ、凄い見てる。 

 やばい、濡れちゃうじゃん……


「きゃ~、ルシビも全部脱いでる~」


「脱げ脱げぇ」


「こりゃシンちゃんを狙ってるわ。間違いないね」


 ルシビは脱ぎ終わると、髪の毛をかきあげ、まるで元の世界のモデルの様なポーズを取る。


「きゃー、かっこいいー、素敵ー」


「きゃははははは」


「あら~、そのポーズ絵になってるね~。さてはそのポーズで上客を落としてたんだね!?」


「最近凄い人気だもんね~」


 服を脱いだ3人を見て、シンはもう既にその・・目的を達していたが、集まっている全員に服を脱いでもらう。

 その理由は、皆を公平に扱う為であった。



「皆さん、ありがとうございました」

   

「ねぇねぇ、あたしの裸はどうだったの? 感想を教えてー、シンちゃーん」


「誰の乳首が一番綺麗な色だったと思う?」


「きゃははははー、それあたしは無理~。負けを認めまーす」


 スイラの質問で、再び殆どの者が笑い始めると、シンも一緒になって笑っている。


「それでは、皆さんに俺からのお願いを説明します」


「はぁ~、それをさっさと言いな。いちいち裸にさせてー。こっちは眠いんだよ」


「あんたは客なの違うのどっちなの? 客じゃないなら、こんな朝早くから来るなよ!」


「そうだよね~」


 不機嫌な数人が、シンに文句を浴びせる。

 その状況を、ヨコキは口を出さずに見ていた。


 これだよ…… 大多数の子が笑っている時に、面白いと思う事を共有して一緒に笑うのは間違ってないさ。

 だけど、全員が同じ気持だなんてありえない。

 部外者が一緒になって笑っている事に腹を立てる子も中にはいる…… 

 それにね、確かに坊やはスタイルも良くてイケメンだけど、全員が坊やをタイプって訳じゃない。

 特殊な環境で育ったこの子達は、見た目だけで男を選ばず、外見の好みも様々さ。ブサイクやデブやジジィ、中にはハゲが好きって子もいるのさ。



「申し訳ない。皆さんには、この村とあと、近辺の町や村に行って貰い、仕事をしてほしい」


 他の村……

 へぇ~、この村以外でもね~。

 けど、それって…… 縄張りは大丈夫なの? 

 だっるー。

 空いた時間に買い物して良いのかな? それなら嬉しいな。

 私達が行くんじゃなくて、客をここに呼べよ、バーカ。


 女の子達は様々な事を思っていた。


「勿論、その日一日は潰れる訳だから、皆さんにはその分のお金を支払います」


 はぁ? 客を取れば私達が金を貰うのは当然でしょ。何を当たり前のことを……

 意味分からな~いこいつ。

 

「それで、皆さんにお願いする仕事は……」



 なんなの?

 普通に客をとるんじゃないの?

 はぁ~、どうせこいつはママを抱き込んでいるんだから、こっちは何でもやらされるんだけどね……

 ドキドキ、ドキドキ。



「下着の見本です」

 


「下着の見本……」


「……」


「どういう意味?」


「さぁね~」   



 ……一般的・・・にテレビやネットなどの無いこの世界での主な広告は、チラシやポスター、それに回覧板や新聞、そして人の噂だ。

 それらも勿論使用するが、この子達に協力して貰い、生の広告を打つ。それは、演劇・・に勝るとも劣らないインパクトがあるはずだ。



 そう、シンがロス達服飾職人に製造を依頼したのは女性の下着。

 この世界のファッションは、当然のことながら元の世界と異なる。

 無論それは当然の事であり、だからといって元の世界の洋服を真似しても、世界も時代背景も異なる異世界で、それら全てが受け入れられるとは限らない。

 それは下着も同様であるが、女性の身体を美しく見せる下着は、服などよりも受け入れ易いとシンは考えていた。

 イプリモの女性や、性を売りにしているこの売春宿の女性であっても、粗末な下着を着用しているのを確認したシンは、そこに手応えを感じていた。

 それと、服よりも遥かに面積の少ない下着なら、今ある魔法石と素材でも、十分な数を作れるからである。

 そして、シンはもう一つの大きな懸念も考慮して、下着に決めたのだった。

 

 現時点でも、この子達に魅力は十分あり過ぎるほどだ。

 元の世界の下着を参考にして、ヨコキさんや、この子達、それにロスさん達の意見を取り入れ、この世界に相応しい下着を作る。


「この村でこれから作られる下着を、皆さんに着て貰い、それをお客様に見せる仕事です」


 あ~、なるほどね。

 えー、見せるだけで良いの? それでお金くれるの?

 そりゃ楽だ~。

 金くれるならどうでもいいよ。

 えー、楽しそう! さっきみたいに、男にジッと見られるんでしょ? めっちゃ楽しそうじゃん。

 めんどくさ~い。

 だっるー。ベッドで寝てて、客が勝手に動いて出して貰う方がいいわ。

 買い物出来るなら、なんでもするー。

   

「あと、皆さんの意見を聞いて、それを作る下着に取り入れたいと思ってます」


 下着の見本に売春婦の私達を使い、それに意見まで聞くつもりなの……

 ふふ、おもしろい男。

 ママが入れ込む理由も分かるわ。そこら辺りの男とは、女性の扱いが全然違うみたいだね……


 そう思ったロエは、シンを見つめている。


「……」


 くぅ! 何をそんな目で私のシンを見てんのよ! カレットから譲り受けたんだからね、私が!  

 

 ルシビはロエに嫉妬し、歯を食いしばっている。


「ギリギリ」

   

  

「何か分からない事があれば何でも質問して下さい」


 シンがそう言うと、スイラが直ぐに口を開く。


「はーい、あのね、シンは結婚してるの?」


 その質問で、どっと笑いが起きる。


「あはははは」


「そんな質問じゃないでしょ! きゃはは」


「シンって呼び捨てだよもう、うふふはは」


「ねぇねぇ、いるの?」


 シンは笑みを浮かべて否定する。


「残念ながらしてません」


「えー、かわいちょ~。そんなにかっこいいのに~」


「もしかして性癖に問題があるの? 私なら何でも大丈夫よー。付き合ってあげようか?」


「いや、ここは私でしょ?」


「ねぇねぇ、シンは誰が好みなの? 正直に言ってよ」


 そう聞かれたシンは、質問に答える。



「皆素敵過ぎるから、一人だけって選べるわけないよね」


 


「こいつやべー。女に慣れてるわ~」


「そうか? ベタな返しじゃん」


「じゃあ私でもいいのね!? 付き合って貰おう」


「もう少しましな答えを期待してたのにね~、ざんねーん」


 そう、坊やはわざと当たり障りのない返事をした。

 つまり、うちの子達とは仕事の依頼絡みであって、決して性的な目で見ている訳ではないってことさ。

 これだけ魅力のあるうちの子達を前にして、それでも徹底している。


「はん! 良い男ぶりやがって、腹が立つわこいつ!」


「あたしもこいつ嫌い~。客で来ても断る~」


 収拾がつかなくなったと感じたヨコキが、見兼ねて助け舟に入る。


「まぁ、話は聞いたねあんた達。そういう事さ」


「……ママ、ちょっといい?」


 そう声を上げたのは、先ほどからシンに反抗的な態度を取っているサンリであった。


「……なんだいサンリ」


「ねぇ、シン・ウースさん」


 サンリは、わざとらしくシンをフルネームで呼んだ。


「私達は売春婦なんだよ」


「……」


「言わなくても分かっていると思うけど、男にこの身体を提供するのがお仕事」


 シンはサンリの言葉に耳を傾けている。


「だけどね、売春婦だからといって、金で何でもやるって訳じゃないの」


「……」


「ママの頼みでも、嫌なものは嫌って、はっきり言うからね」


「……なら、今回の事は」


「うん、嫌。わざわざ他の町や村に行って、あんた達の作った下着の宣伝するなんて、やりたくないね」


 そう言ったサンリは、無表情でシンを睨んでいる。


「勿論無理強いはしません。それに、断ったからと言って、何か罰がある訳でもないから」


「そう? なら私はやりません。いいよねママ?」


「いいさ、好きにしな」


 ヨコキがそう答えると、他にもサンリに賛同する者が現れる。


「私も遠慮するね~」


「ほんとだっるー、あたしも嫌だね」


「私も~。なんかみっともなくなーい? 下着を見せて回るだけなんてさー。そもそも誰に見せるのよ?」


「確かにね~」


「他の村や町って行くのってなんか怖いからあたしもやらなーい」


 現時点で断った者は、7名にも達していた。


 うふふ、皆やめちゃっていいよ。シンは私が独り占めするから。

 ロエ、あんたも辞めて良いからねぇ。


 そう思っていたルシビの感情を、逆なでするかのようにロエはシンに賛同する。

 

「私はシンに協力するわ」


「ひゅ~、ロエが言うと、何でもエロく聞こえるんだけど~」


「分かる分かる~」


 影響力のあるロエの発言で、それ以上シンに協力しないという者は現れなかった。


 うふふ、ルシビ。この男はあなたにはもったいない。

 シンは私専用の客に加えてあげる。


 ロエの目を見たルシビは、その心を手に取るように理解していた。

 

 ロエ…… 絶対シンは渡さないからね。


 

 この時、何者かが売春宿を訪ねて来る。


「すみませーん。シンさんはいらっしゃいますか?」


「坊や、誰か来たよ」


「あ、はい。ちょっとすみません。皆さん、待っていてください」


 そう言ってシンが部屋から出て行くと、反抗的な者達の愚痴が始まる。


「はぁ~、まだ終わらないのかよ」


「寝たいんだけど~」


「ほんとー、早くしろやあの馬鹿」


 そんな中、手に何かを持ったシンが直ぐに部屋に戻って来た。

 

「こんな朝早くから本当にすみませんでした。お詫びとお礼という訳じゃないけど、皆さんこれを食べて下さい」


 ヨコキがシンから渡された袋には、木の器に盛られた、作り立ての芋天が沢山入っていた。


 集まって居る者達に、ほんのり甘く、油で揚げた小麦粉の匂いが香る。


「なにあれ?」


「食べ物だよね?」


「ゴクリ」


 シンはもう一つの袋をモリスから受け取り、部屋に戻って来て、再びヨコキに渡す。 

 

「……随分良い匂いがするね~、なんだいこれは?」


「芋天です」


「イモテン?」


「はい、新しくこの村の名産として売り出す物です。熱いうちが美味しいので、直ぐにどうぞ」


 その言葉を聞いていたウィロが、気を利かせて小皿を用意してくれた。

 その小皿に芋天を載せて、皆に配ってゆく。


 ……イモテン? 何これ? 薄い黄色で、固そう……


 一番最初に渡されたロエが芋天を小さくかじる。


「カリカリサク」


 えっ!? この食感、それに味も……


「美味しい!」


 ロエの、叫びにも似た声を聞き、他の女の子達も直ぐに頬張る。


「なにこれー、美味い!」


「きゃはははは、美味し過ぎて笑いが止まらない。きゃははは」


 これにはシンを嫌いなサンリも、声には出さなかったが素直に認めていた。


 ……お、美味しい。何これ……



 芋天は、ヨコキの宿の子達にも大好評であった。



 ……これは、もしかして坊やが作ったのかい?

 それなら、流石だね。このイモテンとやらだけでも、たちまち噂になるだろうねぇ。

 だけどね…… いいのかい、下着は仕方ないとしても、イモテンまでうちの子達に手の内をさらして……

 あたしでも、この子達の口を完全に閉じらせる事は出来ないよ。



 この後シンは、村に協力してくれる者達と打ち合わせに入る。

 協力をしないといった者達は、ヨコキに言われ各々の部屋に戻って行った。


「サンリ、しくじったね。協力してれば、またあのイモテンとか言うのを持って来てくれたかもよ」


「……」


 その言葉に、サンリは無言で返事をしなかった。


「確かに美味しかったけど、あたしはもういらない」


「えー、無理してない? 私は毎日でも食べたいなぁ」


 あいつは、見た目が多少良いからって調子こいてる。

 それに、食べ物で釣ろうだなんて、見え見えで本当に腹が立つし気にいらない。

 ちょっと邪魔してやろうかしら……




 その頃ユウは、プロダハウンのスタジオで振付を考えていた。

 そこにはナナもおり、ユウが思いついたダンスを一緒に試している。


 良く分からない踊りっぺぇけど、二人で居れるから嬉しいっペぇ。


「あっ、ナナちゃん! 次はこうやって動いてくれる?」


「うん、分かったっぺぇ、こうっぺね?」


「うんうん、そう! いいね! さっきのと繫げて踊ってくれる?」


 他の少女達はナナに気を使ってスタジオには来ず、家族との時間を楽しんでいた。

 だが、スタジオの下の階では、服飾に関わる者達が集まっており、その数は総勢46人。

 服飾に必要な魔法機等を置いている部屋は、必ずスタジオを通る必要があり、そこにいるユウの邪魔をしない様にと、人海戦術で必要な物を一気に運んだ。

 その際、新たな魔法石と素材が見つかり、皆は喜んでいたが、その数と量は微々たるものであった。

 この村で本格的に服飾を再開する為には、やはり安定した魔法石と素材の取引は必須である。


「よーし、とりあえず5台完成したの。動きも全く問題ないの」


「そうだの。これでシン君がどんな注文をしてきても、対応出来そうだの」


 そうだがの、この5台を完成させる為に、他の魔法機から使える部品を取ってしまったからの…… あと何台の魔法機を組み立てられるかの…… それはまだ良いとして、やはり魔法石が少なすぎるの。いつまで持つか、心配だの……


「早くこんかのぅシン君はー。わしは今か今かと」


「がはは、まぁー待て待て、忙しい身だからのシン君はの」


「そうだの。スピワンの孫達、料理にわしらの服飾と大忙しだの」


「それらを使って近隣の町や村の連中をどうやってイドエに呼び寄せるとかの、色々練っておるからの。大変だのぅ」


「それと物資に村全体の事もだの。身体が一つじゃ、たりんの」


「そうだの」


 ……シン君の身体も心配だがの、もう一つ心配なのはの、この村の資金だのぅ。

 裏金の貯えがあるというてもの、無法者が居なくなった今、正規のルートのみの小麦の売買で、新しい裏金は入って来ん。つまり貯えには限界があるということだの……



 村が一つとなって動き始めた今、戻って来た出稼ぎ組のお陰で、労働力には何ら問題も無く、急激に増えた村人に必要な物資に関しても、やくざ者のルートと、ガーシュウインの名で掌を返した農業ギルドが解決してくれていた。

 だが、慢性的ともいえる問題はロスの心配する通り、やはり資金不足であった。

 協力金という、村人を味方につける為に行った、半場やけくそ的な方針を打ち出したツケが響いてきており、レティシアの計算よりも多くの資金が必要となっていたのである。

 レティシアから頼み辛いのと、それらを見越していたシャリィは、自ら巨額の資金を新たに渡していた。


「シャリィ様、何とお礼を申し上げてよいやら……」


「前にも言ったが、気にする必要は無い」


 シンのプランがいかに優れていようが、いくら村人が団結しようとも、資金不足ではどうしようもないのは事実である。


   

 ヨコキの売春宿を後にしたシンは、一度モリスの食堂へ戻った後、ガーシュウィンの家に芋天と食事を届ける。


「入ります」


 ガーシュウィンはベッドで横になっており、あまり心の調子が良くなさそうである。


 ……長い間心を閉ざしていたから、ムラがあるのは当然だ。


「ガーシュウィンさん、今日のスープは芋ではなく野菜ですが、代わりに芋天を持ってきました」


 名を呼ばれても、ガーシュウィンは前の様に怒ることなく、上半身をゆっくりと起こす。


「イモテン?」


「はい、どうぞ食べてみて下さい」


 シンから渡された皿に載る芋天を、手に取り口に運ぶ。


「サクサクカリ」


「どうでしょうか?」


「これは…… 美味い」


 ガーシュウィンの食事が終わった後、様々な報告と打ち合わせを終えたシンは、芋畑の様子を見に行く。


「シンさん」


「シンでいいですよ」


「見てくれの、雑草を取り除いたらの、あんな奥まで芋畑が広がっておったの」


 ……こんなにも広かったのか、この畑は。

 嬉しい誤算だ。


「わしの記憶だとの、ここまで広かったと覚えがなくての。歳はとりたくないの」


 その言葉で、シンはクスっと笑う。


「だがの、やっぱり質は悪いのー。量は問題ないと思うがの」


「……新しく植える芋は、いつ収穫できますか?」


「そうだの、放置して芽を出させて…… それから…… うーん、この芋は成長が早いからの、たぶん冬の前には出来ると思うがの」


「そうですか……」


 今は多少味が悪くても問題ない。次の収穫で、良い芋が取れれば……


 芋畑を確認した後村に戻ると、再び食堂を訪ね天ぷら作りを見に行く。何ら問題の無い事を確認したシンは、その場をモリスとオスオに任せて、レティシアから紹介を受けた者に、改良を頼んでいた馬車の様子を見に行く。

 そこでは、数人の者が作業をしており、その中の一人がシンに気付く。


「あ、シン君」


 気付いたのは、フォワの父親だった。


「どうかの? 言われた通りに出来ていると思うがの」


 シンは馬車の確認をする。


「良いですね」


 その言葉で、そこで作業していた者達はホッとした。


「ここは固定でええんかの?」


「はい、そうです」


 シンはその場に留まり、しばらく打ち合わせをする。


「後でオスオさんが必要な物を持って来てくれますので」


「分かったの。それまではこっちを進めるの」


「お願いします」


「フォンワ~」


 フォワの父親は、フォワの真似で返事をした。

 

「フフ」


 シンは笑みを浮かべてその場を後にした。

 

 次にシンは、野外劇場で練習をしているピカワン達の元へ顔を出す。


「シンっぺぇーよ」


「フォワー」


「フォワ、だいぶ顔が腫れているな……」


「フォワフォワ~」


「平気だって言ってるっぺぇ」


 フルちゃんの張り手を何発も喰らってたのに、けっこうタフだな……


 少年達と言葉を交わした後、コリモン達に声をかける。


「どうですか?」


「順調だと思うがの。シン君に言われた通り、正確な音を出す練習を繰り返しやっとるでの」


「うんうん、安心してくれの、良い感じだからの」


 皆の上達を知って喜んだシンは、その場を後にした。次の、ロス達のいるプロダハウンへ到着した頃には、既に夕方近くになっていた。


「おうー、待っとったでのシン君! 今か今かとの!」


 服飾の再開を一番待ち望んでいるルスクが大きな声でシンを出迎えた。


「すみません、遅くなってしまって」


「わしらも色々準備しておったからの、気にせんでええからの~」

 

 ロスのその言葉で、待たせて申し訳ないと思っていたシンの気持ちは楽になる。


 

 これが、ユウの言っていた魔法機か……


 

 あいさつを終えたシンの目は、魔法機に奪われていた。

 そんなシンを見て、ロス達は笑みを浮かべる。


 ふふふ、こんな魔法機は、他では見た事ないだろうの。


 元々客席だった体育館の様に広い場所には、魔法機の他にも、沢山の机や椅子、男性用と女性用の全身、上半身、下半身のトルソー(マネキンの様な物)、沢山の種類の糸や針、紙や金属にナイフなど、様々な物が置かれていた。


 足先だけのマネキンまで…… 靴も作っていたのか……

 

「……では早速ですが、皆さんにはお伝えしていた通り、女性用の下着を作って頂きます。デザインは俺が紙に書いてきました」


 そう言うと、数日前から睡眠時間を削り作りあげた、下着のデザイン画数十枚を取り出し、ロスに渡そうとする。


「シン君」


「はい?」


「デザインは、この者に見せてくれるかの」


 ロスの視線は、自分の隣に立っている者に向けられていた。

 その者はシンと目が合うと、自己紹介を始める。


「シン・ウースさん。私はワイル・タズンと申します。かつて父と共にロ、いえ、組合長の元で服飾に携わり、主にデザインの担当でした。父は既に亡くなり、私は出稼ぎから戻って来たばかりですが、何かお役に立てないかと組合長を訪ねて今日ここに招かれました」


「そうですか、助かります。この村の為に、服飾組合の為にも、どうか力を貸して下さい」


「はっ、はい、勿論です! お願いします!」


 シンの言葉で、ワイルの瞳はやる気に満ちている。


「ワイルは出稼ぎで村を長く離れておったからの、方言が完全に抜け取るの~」


「ははは、そうだの~」


 老人達はそう言って微笑んでいた。


「そういう訳でのシン君、デザイン画はワイルに見せてくれるかの」


「分かりました。ワイルさん、これです」


 シンは数十枚のデザイン画を渡す。


「わっ、わしも見たいがの!」


「わしらは後だの。我慢せい」


 ワイルと数人のデザイン担当の者達は、渡されたデザイン画に直ぐに目を通す。


 うん…… これは、もしかして手書き…… 

 まぁ、それは良いとして、この下着、サイドの部分がかなり細い。

 こっちは…… なるほど、レースを多用するのか……

 これは…… 紐で縛るタイプもあるのか。

 下着にここまでの繊細な模様を……

 こっちは…… お尻の部分が殆ど無い!? いったい何処に納めるんだろう? これでは下着の体を成していないのでは…… だけど、何て、何て斬新な…… 


 ワイルはブツブツと何かを呟き、渡されたデザイン画を見ながら突然歩き始める。

 綺麗に並べられた近くの机に移動する僅かな間に、数人とぶつかってしまうが、それを気にする様子もなく机にデザイン画を広げ、まるで紙にキスをするかの様に顔を寄せて無言で見入る。

 デザイン担当の他の者達は、紙が置かれた机を囲むようにして一緒になって見ている。

 その様子を見ていたスピワンが口を開く。


「見たかのロス」


「見とる、見とるの」


「あの行動…… 父親のガバンにそっくりだの」


「そうだの…… 懐かしいのぅ」


「あいつは当時駆け出しのくせにの、デザインで揉めていっつもガバンと喧嘩しておったがの」


「そうだの……」


「うっ、うううぅ」


「ん?」


 ロスの隣で、今か今かが口癖のルスクが涙を流している。


 ワイルのあの行動を見て、ルスクもガバンを思い出しておるんだの。お前はの、特に仲が良かったからのガバンとの…… 人前なのに涙を流すその気持ちはの、痛いほどわかるの…… 


「泣くなのルスク。気持ちは分かるでのぅ」


「うぅ、うう。わしも、わしも早くデザイン見とうての」


 それで泣いてたのかよ!?

 嘘だの!? それで泣いとったのかの……

 そっちで泣くかの普通!?

  

 シンとロスとスピワンは、だいたい同じ事を思っていた。


「シンさん、少しよろしいですか?」


「はい」


 ワイルの元に駆け寄り、デザインについて説明するシンをロス達は微笑を浮かべて見ている。


 よーし……


「ええか皆! 今手が空いている者はの、村中の建物という建物をひっくり返して、魔法機に魔法石、それとの、使える素材や物が残ってないかのぅ、今一度探しに行くからの」


「分かりましたぁー」


「了解だの」

 

 デザイン担当の者を残して、他の者達は村の隅々に散って行った。   



  

 同じ頃、セッティモでは……


「おい、爺さんは何処だ!? おーい、爺さーん!!」


 ん?


「なんだの、大きな声での? ここにおるでの」


 一人の男が、老人の居る部屋に飛び込んで来た。


「ハァハァハァハァ」


「……どうしたんだの? そんなに慌てての?」


「いっ、いっ、いっ!?」


「……い?」


「いっ、いいいいいーーー」



 どうしたんだの? びょ、病気かの……



「いぃぃー、イドエで」


 イドエ!?


「い、イドエでぇ、ふふふふふぅ」


 こっ、怖い、突然笑いだしたの……


「ふ、服飾組合が復活したらしいぞ!?」

 

 ……なっ!?


「なにぃ!? ほ、本当かの!?」  


「間違いないと思うぞ。わざわざイドエの売春宿に通っている者から直に聞いたからな!」


 老人は目と口までも大きく開いて驚いている。


 い、イドエで、服飾組合が復活じゃと……

 そんな…… そんな馬鹿な話がの……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る