119 ステップオン


 服飾に関わる者達は村中の建物を回り、何か使える物がないか探していた。


「おーーい、ロス、スピワン!」


 そんな中、今か今かのルスクが大声をあげながら二人の元へ走ってくる。


「あっ、あったぞ! 魔法石と、素材を見つけたぞ!」


「おぉー、本当かの!?」


「本当だの!」


 ルスクの案内でその建物に向かう。


「いったい何処にあったんだの?」


「それはの…… ここだの、ここ!」


 ロスとスピワンの目に、一軒の家が映る。


 こっ、ここは……


 


 セッティモでは……


「イドエで服飾組合が復活しただと…… 本当かの!?」


 ロス…… もしかして、お前が……


「いや~、聞いた時は腰が抜けるほど驚いたよ! イドエが何やら騒がしいのは噂で聞いていたけど、まさか組合が復活するなんてな!? なぁ爺さん?」


 どうやって、いったいどうやっての、そこまで漕ぎ着けたんだの…… 領主様は? 魔法石や素材や人材は? 資金は? 様々なギルドは?

 そして、一番問題の教会……

 

 いや…… 本当の一番の問題、ザルフ・スーリンは動いておらんのかの……



「爺さん聞いているかい?」


「うん? あー、聞いておるの……」


 ……心ここにあらずって感じだな爺さんよ。

 まぁ無理もない。何も知らされずいきなりイドエで服飾を復活されたんだ、気にならない訳がない。

 だけどよ、まさかここを捨ててイドエに戻るなんて言わないよな爺さん……


「……爺さん、俺は夕食でも食べて来るよ。また後でな」


「お…… 分かったの……」


 考えがまとまったら、俺の所にくるだろうよ。

 それまでは一人にさせてやろう……

 

 そう思った男は、部屋から出て行った。



 ……ロス、もしかしてお前かの? 誰にしても、いったい何を考えておるんだの。

 どうして、どうして服飾を、組合を復活させたんだのぅ。そんな事をすれば、またあの時の様に……


 20年前、仕方なく負けを認めた後、自らイドエを出て行った者もおれば、わしの様に強制的に移住させられた者もおる。

 そうやって仲間はバラバラにされた。 

 それは間違いなくイドエの産業を、職人を分散させて力を落とすためだの……

 

 そして今やわしは、セッティモで服飾組合の長だの……

 この立場ではの、昔の仲間の所へ今直ぐにでも駆けつけてやる事も、協力することすら出来んの……

 それどころか…… わしは…… わしは……

 この組合の利権を、よそ者のわしをここまでの地位にしてくれた部下やその家族を守る為に、お前達を潰さんといけんのかの……

 ザルフ・スーリン、お前はもしかしてあの時既に、ここまで、ここまで見越しておったのかの…… 


「ギリギリ、ギリギリギリ」


 かつて最後までイドエに残り、ロス達と共に戦ったアルス・ノンは、強く歯を食いしばった。  


 どうすれば…… わしはどう判断すれば、ええんだの……




 ここは……


「覚えておるかの? アルスの家だの!」


「あー…… 忘れるはずないの……」


「そうだの…… 一緒に最後まで戦ってくれた、大切な仲間の家を忘れるはずないの……」


「もしかしてと思っての、アルスが住んでた空き家を探したらの、あったんだの、魔法石と素材がの」 


 ロスとスピワンの二人は、ルスクの案内で室内に入って行く。


「ほらの、この地下室にの」


 照明も点かない真っ暗な地下室で、ロス達は目が慣れるまでジッと佇む。

 しばらくして、ぼんやりと見えて来たのは、素材であった。


「この大きな布がかけてあっての、もしかしてと思って捲ったらの、この素材がの」


「おー、この素材は…… 2、いやもしかしてランク1かの!? それなら良い糸が出来るのぅ」


「長い事置かれてたからの、1としてもどこまでその品質を保っておるのかの……」


 ルスクとスピワンが話している中、ロスは黙って見ていた。


「見てみろの、この箱の中身は全部魔法石だの!」


「こっ、こんなにも…… アルスのやつは、わしらにも内緒で、こんなに隠しておったんだの」

 

「驚いたじゃろ? わしがの、わしが見つけたんだの!」 


 そう言って、ルスクは胸を張った。


「よくやったのルスク! これだけあれば、しばらくは問題ないの!」


「皆を呼んできて運ぼうかの!」


 ルスクは嬉しそうに外へ出て行った。



 アルス…… お前の事だの、いつかこの様な日が来るのを予測して、こっそり残しておったんだろうの。

 お前はの、くそが付くほど真面目で、決してあきらめず、芯が強く人一倍仲間思いの奴だったからの……

 この置き土産、イドエの為にの、大切に使わせてもらうからの。 


 ロスはかつての仲間の家に隠されていた魔法石と素材を見て、昔を思い出し感慨深い気持ちになっていた。



 その頃プロダハウンでは、シンと話し合っていたうちの一人が、紙をセットしている魔法機に腰を下ろした。


 ワイルと話を続けていたシンは、それに気付くと話を止め、その者を凝視する。


「……」


 その者はシンのデザイン画を穴が開くほど見詰め、近付いて来たワイルと二言三言会話を交わした後、魔法石に手をのせる。

 そして目を閉じ、大きく深呼吸をした後、魔法を発動する。

 

「パピア」


 そう口にすると、魔法機が動き始めセットされている紙が宙に浮き、形を成してゆく。



 ……どうやら、型紙を作っているみたいだ。

 だけど……



 出来上がっていく物は、元の世界の型紙とは違い、シンがデザインした下着と同じ形で、立体的に仕上がっている。



 ……3Dの型紙ってとこかな。



「ふぅーー」


 魔法機に座っていた者が大きく息を吐いて、出来上がった物を取りワイルに手渡す。

 隅々まで確認したワイルは、シンのデザイン画と見比べながら椅子に座ると、虚ろな目になる。

 

 あの目、それに何か雰囲気が変わった。

 もしかして、魔法を使っているのか……


 そう、シンが思っていた通り、ワイルはこの時魔法を使用していた。


 ワイルが手に持っている型紙に、文字と模様が次々と浮かび上がってくる。

 


 ワイルさんは、何も呟いていない。何の魔法を使っているのか分からないけど、つまり、習得しているという事か…… 

 


「ふぃー」


 型紙を作った者と同じ様に大きく息を吐いたワイルは、型紙を回しながら見ている。

 そして…… 


「シンさん、確認をお願いします」  

 

 ワイルは笑みを浮かべ、シンに近付き型紙を渡す。


 手渡されたその型紙を見たシンは驚愕する。


 これは…… 俺がざっくりした感じで書いていたレースの部分が、本物の様に描かれている。

 イプリモの冒険者ギルドの掲示板に張られていた依頼書には、魔獣の絵が描かれていたが、そんなレベルじゃない。

 凄い、ここまでリアルに描けるなんて……

 この沢山書かれている数字は、恐らく寸法か? 良く分からないな。


「……」

 

 しかし、いったいどこから数字やレースを描いた色は出て来たんだ? もしかして、この紙に秘密が…… 

 いや…… 魔法に関してはシンプルに考えるべきだな。

 そもそも、空間から物を出し入れするなんて、自分の目で見ていなければ信じていないだろう。


 思考に囚われているシンに、ワイルが声をかける。


「いかがですかシンさん?」


「あっ、そ、そうですね…… 俺は服飾には関わった・・・事が無いので、良く分からないですが、これは俺がイメージした下着と同じ感じです。素晴らしい出来だと思います」


「ありがとうございます」


 服飾に関わった事がないのにあんな斬新なデザインを思いつくなんて、この人は凄い。


 この後他の型紙も作られ、ワイルはシンに再び確認を求める。


「気になる箇所はありませんか?」


「そうですね…… あっ、この部分なんですが」


「はい」


 シンとワイルの周りには他の者達も集まり、シンの話を聞いている。




「ワイルさん、この後は……」


 ひとしきりの説明を終えたシンが問いかけた。


「この型紙を皆に確認して貰い、問題なければ試作品を作ります」


「分かりました」


「今日明日中には、全てのデザイン画の試作品が出来ていると思います」


 仕事が速い……



「そうですか。では、俺はちょっと失礼します」


 シンはそう言うと、ユウの居るスタジオに続く階段を上って行く。

 その途中、楽しそうに笑うユウとナナの声が聞こえてくると、シンは笑みを浮かべた後、そっと音を立てずに引き返していった。   

 先ほどの場所に戻ると、ワイル達はトルソーに作った型紙の下着を履かせ、その前で議論している。


 服飾の技術に関しては、心配する事は何もない。

 だが、逆にその技術の高さと、相手・・が問題だったんだ……

 

 シンは、静かにプロダハウンを後にした。




 レベルの高い女性を揃えているヨコキの売春宿は、今日も村内外の客で賑わっている。


「遠いところから、ようこそお越しくださいました」


「ウィロさん、ご無沙汰しております」


 ご無沙汰ね…… ついこの間も来ていたのに……


「今日はヨコキさんは?」


「ママは所用で」


「そうなのですね」


「はい。どうぞこちらへ」


 ウィロは笑顔を浮かべてマコウを招き入れる。この時、ヨコキは売春宿の自分の部屋におり、シンから言われた事をずっと行なっていたのだ。


「ったく。やらなきゃいけない事は分かってるけど、あたしに出来るのかね……」




 マコウを個室に通したウィロはハーブティを運んで来る。


「どうぞ、ハーブティです」


「これはこれは、いつも美味しいハーブティをありがとうございます」


「本日はどの子にいたしましょう?」


「うん、そうですね。サンリさんは、空いていますか?」


「はい、大丈夫です。では、サンリの部屋に案内いたします。ハーブティは私が運びますので、こちらへどうぞ」


「恐れ入ります」


 マコウさんは礼儀正しくて、揉め事を起こしたり、声を荒げたりするのを一度も見た事ない。

 たぶん、見た目からしても良家の出の方なんだろうな……

 もしかしたら貴族様とか?

 ああっと、お客様の詮索は駄目駄目。 


 ヨコキの売春宿が繁盛している理由は、女の子のレベルの高さ以外に、イドエというその特殊な環境も一つの要因であった。

 いくら派手に遊ぼうとも、客の身元や性癖などが他に村や町に漏れる事が殆どなく、地位ある者からすれば、安心して遊べる場所であったからだ。


「サンリ、お客様です」


 ウィロがそう伝え、ノックしてからドアを開ける。

 

「マコウ様、宜しくお願いします」


 サンリは両膝を床に突き、礼儀正しくマコウを出迎える。


「うむ、こちらこそ」


「ではごゆっくり」


 ドアをそっと閉めたウィロが去ってゆく。


「本日はお泊りですか?」


「勿論です」


 その言葉で、サンリは優しく微笑む。


「かしこまりました。ハーブティ以外に何か必要な物はございませんか?」


「大丈夫です。それよりも…… さっそく頼みます」


「はい。では…… お望み通りさっそく」


 サンリは舌なめずりをして、怪しい笑みを浮かべる。




「あー、もうこんな時間なんだ」


「何時っぺぇ?」


「19時だよ。ごめんねナナちゃん、こんな遅くまで」


 もうそんな時間…… 全然気づかなかったっペぇ。


「全然良いっペぇ」


「家まで送って行くね」


 ユウのその言葉で、ナナは心の中で満面の笑顔を作る。


 送ってくれるなんて、優しいっペぇねぇ。


 下の階にナナと降りたユウは、新しく組み立てられている魔法機に目を奪われる。


 凄い! 魔法機が増えている!?

 あー、魔法石に余裕があるなら、僕もやらせて貰いたいけど、我慢我慢。


 足を止めたユウと一緒に、ナナも見ている。


 ジージが居ないっペぇねぇ。

 あれ? あの人達……


 ナナの視線は、ワイル達に向けられている。



 ……いったい何を持っているっペぇ?

 


 下着の型紙を持っているワイル達を見たナナは、この時何故か、嫌な予感がしていたのであった。


 うーん…… まぁいいっペぇ。


「あっ、ごめんなさいナナちゃん。つい魔法機に見とれちゃって」


「良いっペぇ」


 ユウは後ろ髪を引かれながら、ナナを家まで送り届けて行った。





「ほらぁ、ほらぁ!! もっと可愛い声を聞かせてみな!!」


「あぁ、ああぁぁー!」


「そうそう、可愛いよ。今の恥ずかしい姿を口に出して説明してみな。あんたは誰に何をされているんだい?」


「あぁぁぁ、サンリ様に、虐めて貰っています」


「サンリ様だってぇ!?」


 怒ったサンリは、マコウの背中や尻を平手で激しく叩く。


「バチン!」


「ああ!」 


「バチンバチン!」


「あああ、あああ!」


 悲鳴を上げるマコウの白い肌に、サンリの手形が赤くくっきりと付いている。


「も、申し訳ございません。サンリ王女様です!」


 サンリは四つん這いになっているマコウを蹴とばし、仰向けにさせると、股間をグリグリと踏みつける。


「どうだい!? もっと虐めて貰いたいかい!?」


「はいー。もっと、もっとお願いします! サンリ王女様!」

 

「私の命令を何でも聞いてくれるなら、望み通りの事をしてあげるよ」


「何でも、何でも命令して下さい。王女様の願いは、全て叶えます!」


 サンリはマコウの股間に手を伸ばし、硬く大きくなっているものを両手で鷲掴みにすると、強引に折り曲げようとする。


「ぐぁああああ」


「良い子だねぇ。ご褒美よ」


「いぃあー、うういああぁぁぁー」


 悶絶するマコウを見て、サンリは満足げに笑みを浮かべる。




 夕食後、振付けを考える為、ユウは再び一人スタジオへ向かい、シンは厨房でモリスと会話をしている。


「あれ、オスオさんは?」


「それが、馬車の様子を見に行ってそのまま帰って来てなくて」


 えっ!?


 シンは何かあったのではないかと心配する。


「たぶん…… 飲みに行ってます」


 あー、そういう事か。

 家族とは勿論、友人とも久しぶりだから当然だよな。


「すみません」


「いえいえ、こちらこそ、芋天作りに厨房を使わせてもらって申し訳ないです」


「とんでもない。イドエの為ですし、皆さん片付けだけじゃなくて、仕込みまで手伝ってくれてますので助かってます」


「モリスさん、オスオさんの居ない今からで申し訳ないのですが、お願いがありまして」


「あ、もしかしてランゲの改良の件ですか?」


「はい、そうです」


 モリスの瞳が輝く。


「私何でもやります。実は楽しみにしてまして」


「ありがとうございます。今から覚えて頂いて、教える側になって欲しくて」


「うちの夫がすみません、こんな時に居ないなんて……」


「いいえ、俺が前もって言うのを忘れてたので」


 その時、ジュリがシンの足をつんつんする。


 ん? フフフ。


「ジュリちゃんにも覚えて貰って、明日は皆の先生になって貰おうかな?」


「うん!」


 ジュリの笑顔を見て、モリスも笑みを浮かべる。


「用意いたしますね」


「俺も手伝います」 




  

 がやがやと騒がしい店内で、オスオとピカワンの父親のレンワン・プイス。それにレンワンの弟でフォワの父親、レンツ・プイス他数人で酒を酌み交わしている。


「いや~、めでたいの~」


「レンツ、お前は相変わらず能天気だの……」


「なーにを心配してんだのオスオ? 見てみろの、周りは知り合いばかりだの。こんなイドエ、20年振りだの!」


「……確かにの」


「わしも食ったがの、あのイモテンとかいう食い物。あれだけでもの、十分先が見えて来たの」


「それは…… 間違いないがの……」


「じゃあええじゃないかの」


「だがの……」


 オスオの煮え切らない態度に、レンツが声を荒げる。


「男らしくハッキリ言えの! 酒が不味くなるがの!」


「まぁまぁ、そう言うなの」


 レンワンがレンツをなだめる。


「……邪魔を心配しておるんだの」 


 そう言ったオスオは、レンワンに視線を向けると、レンワンはわざとオスオを見ない。


「……」


「このまますんなりと邪魔が入らず順風満帆なんてことは、ありえんと思っての」


 オスオの不安に、レンツが答える。


「まぁ、そうかも知れんがの~。それはその時心配すればええだろの? 何も起こってない今は、はしゃいでおけばええの」


 ……それもそうだがの。


 オスオはレンワンに再び視線を向ける。

 少々鋭い視線を……


「ところでレンワン」


「……なんだの?」


「ちょっと小耳に挟んだんだがの」


「……」


「お前はの、どうして服飾に参加せんのだの?」


 オスオの質問に、レンワンは何も答えない。


「レンツは服飾の跡を継がずに、昔から建築をしておったからの、馬車の改造を頼まれてシン君に協力しておるがの」


「わしは次男だからの。服飾は兄貴に任せて好きな建築やらせてもらってたからの」


「お前は、どうして協力せん?」


 少し間を空けて、レンワンは答える。


「わしだけじゃないの。カブエ(ロスの次男で、ナナの父親)も、他にも参加しとらん奴はおるの」


「おう、それは知っておるがの。だからどうしてだの!?」


 オスオの質問にレンワンが答える。


「……20年前はのぅ、村に残った者の中にも、わしらに反対して、内部から切り崩してた者達がおったの」 


「あー、おったの」


「その役をの、今度はわしとカブエ達でやろうと思っての」


「あー!? お前等が邪魔するというんかいの!?」


 オスオは声を荒げた。


「言っておくがの、わしが邪魔の心配をしておるんはの、村の外の奴等の話であっての、中の、ましてやお前等の話じゃなかったんだがの!」


「分かっとるのオスオ。それは分かっとるの。それにわしらは邪魔はせんの。だがの、協力もせんの」


 レンワンのその言葉で、その場に居た一人の者がピンとくる。


「つまりあれかの」


「どういう事だの!?」


「失敗した時の保険かの?」


 その言葉でレンワンは頷き、それを見たオスオは声のトーンを落として口を開く。


「……なるほどの。村の復興が失敗した時に入るかもしれん粛清に備えておると言う事かの?」


「そうだの、その通りだの」

 

 失敗した後の村の運営は、当然の事ながら反村長派や新しく来た者達が占めるだろうからの。

 今参加しとらん者達は、何のお咎めも無くその後の村の運営に関われるかもしれんということかいの。

 その時の運営の中に、わしらの味方を数人でも入れる事が出来ればと、そういう事かの……


 オスオは無言になり、酒をガブガブと飲む。


「ふぅー。声を荒げて悪かったの」


 オスオはレンワンに謝罪した。


「気にするなの。そういう訳での、わしらは小麦畑の手伝いだの」


「……本当は、服飾に参加したいんだの?」


「当たり前だのー。息子のピカワンとピカツーからもの、何でシン君に協力せんのかってこっぴどく怒られての。仕方なく説明したの。恐らくカブエもナナちゃんに説明しておるだろうの」


ナナあの子は特に気が強いからの、説明しておるだろうのぅ」


「そうだの、説明せんと、カブエはナナちゃんに殺され兼ねんからの」


 レンワンのその言葉で、集まっている者達全員が大声で笑う。


「だははははは」


「フォワワワワワワァ」


「がはがはがはははは」


「ありそう、ありそうだの、あははははは」


 笑い終えると、全員がジョッキの酒を飲み干す。


「おーい、おかわりだの。全員分だの」

 

 声を弾ませてレンツが酒を注文した。


「本当にすまんかったの」


 オスオはレンワンに改めて謝る。


「もうええの。それにの……」


「なんだの?」


「これにはの、もう一つ理由があるんだの」


「もう一つ?」


「そうだの。わしらが参加せん事で、シン君の出方を見ておるんだの」


「それは…… シン君を、疑っとるんかの?」


「疑っておるわけじゃないがの、わしら出稼ぎ組は、シン君達をまだ良く知らんからの。わざと参加せんのを提案したのは、わしとカブエでの。ロスさんとうちの親父はの、シン君を信用しておるからの、この提案を随分悩んでおったがの、最終的には保険という形での、折れて貰ったの。わしらが参加せん事でシン君を試しているのは、わしの独断だの」


「村が一つになっているのに、どうして参加しないんだと、シン君が咎めにくるかもって事かの?」


「そうやって脅して、無理矢理参加させようとするなら、そこまでの人間だという事かの?」


「なるほどのぅ。そんな奴を何処まで信用してええかって話かの…… だいたいのぅ、何の為にこの村を助けてくれてるのかものぅ……」


「……うちの嫁と娘もの、シン君の事を疑いもせず信用しておるがの。確かにの、わしらはまだ良く知らんからの、わしらはわしらでシン君を計るのもええかもな……」


「村の為に骨を折ってくれている人を疑うのは申し訳ないがの、これも仕方がない事だの。勿論シン君にはわしが参加せん理由は内緒だの。ロスさんと親父にはこの話をした時に、あと息子達にも固く口留めしておるからの。皆も口外はせんでくれの」


 そうか…… 隠し事を知っている者達は、シン君を騙しているみたいでの、皆辛いのぅ。


 しみじみとなっている時にフォワの父親、レンツが口を開く。


「うーん、そんな事する必要があるんかの? お前らは考えすぎだの。わしは一目見た時からシン君を信用したがのぅ」


 相変わらず単純なやつだの……

 昔から人を疑う事を知らんからの……

 少しも変っとらんの……


「フォワワワワワァ」


 そして昔から変な笑い方……

 その笑い方を聞いた嫁が、息子にフォワって名付けたんだったのぅ確か…… 嫁も変な奴……


 酒を酌み交わしている全員が同じ事を思っていた。


「フォワ、フォワワワワワワァ」


 だが、屈託のないレンツの笑い声に、皆も釣られるかの様に笑い始める。


「ふっ、ふふふははは」

 

「がはがははははは」


「だははははは」 


「フォワワワワァ。イドエの為にの!」


 レンツは大声でそう言いながら席を立ち、酒の入ったジョッキを高々と掲げる。

 その声を聞いた酒場に居る者達は、同じ様にジョッキを掲げて、同時に声を出す。


「イドエの為にの!」




 レティシアから用意して貰った小麦粉を、モリスの食堂で保管しており、それをテーブルに置く。


「私はランゲを作る時、これを使ってますけど」


 モリスは木の大きなボウルの様な物を持って来てくれた。


「では、それをお借りします」


 シンは別の皿に水を入れ、その水に塩を溶かす。

 そしてふるいをかけた小麦粉をボウルに入れ、その塩水を少しずつ加える。


 ここまではランゲやパン作りと同じ……


 塩を溶かした水と小麦粉を、ほど良く混ぜて一塊にする。


「これで、しばらく寝かせましょう」 


 シンはそういうと、用意していた物をボウルに被せた。


「これは、もしかして……」


「はい、新品の傘から取り外して、綺麗に洗ってありますので」


 そう、シンがボウルに被せたのは、傘の生地であった。


 この世界にビニールはないと思っていたが、これは水をはじき、それに限りなく近い。

 

 傘の生地を……


「私はいつも濡らして硬く搾った布をかけておきます」


「はい、それでも大丈夫ですが、この後も使うので」 


 この後も? いったい何に使うつもりなのかしら……


 15分後……


「ではそろそろ」


 シンは厨房にあるテーブルに傘の生地を広げて敷く。

 その上にボウルから一塊にした物を取り出して置くと、傘の生地をもう一枚取り出して広げ、上から被せる。


 その様子を、モリスとジュリは不思議そうに見ている。



 この後二人は、たぶん驚くだろうな……


 


「ちょっと待ってて下さい」


「はっ、はい」


 シンは用意していた桶に水を入れて地面に置く。そして椅子に座り、何とそこに靴を脱いで足を入れた。


 えっ!? いったい、何をするつもりなのかしら?


 バニの方が良いと思うけど、厨房でバニするのもな……


 足を綺麗に洗ったシンは、布で水分を拭きとると、椅子に足をかけてテーブルに登る。


「えー」


「あー」


 これにはモリスもジュリも、思わず声を出してしまうのだが、これはまだまだ序盤にすぎない。


 驚く二人を気にしながらも、シンはそのまま一塊にした物を傘の生地の上から足で踏みつける。


 あ、足で…… 食べ物を足で踏みつけるなんて……


 モリスは驚いてその様子を見ている。

 そしてジュリはなんと、モリスの後ろに隠れて覗き見ている。


「よく見ててください」


「は…… はい……」


「こうやって体重をかけて、ぎゅうぎゅうと満遍なく踏んでいきます」 

 

「は…… い」


 この傘の生地の欠点は、透明ではないところだ。

 踏んでいる最中は、直接見て確認する事が出来ない。


「足の裏の感覚に集中して踏み残しがない様に」


「……はい」


 しばらく踏むと、上に被せている傘の生地を捲る。


「このように平たくなったら、折り重ねてまた踏みます」


 まだ踏むの……


「モリスさん」


「はっ、はい」


「交代しましょう」


「え、私が…… 踏むんですか?」


「……はい」


 困惑しているモリスを見て、シンは申し訳なさそうに返事をした。

 

「……」


 モリスはシンが足を洗った桶を見つめて動かない。

      

「あっ、桶の水は入れ替えましたけど、洗うのが面倒でしたら、そのまま靴を脱いで上がって貰って構いませんので」


 ……え? 私は足を洗わなくても良いの?

 確かに直接踏むわけじゃないけど、むしろ洗うなって事なのかしら……

 シンさんってまさか…… 変な性癖があるのでは!?


 モリスはこの時、自分が踏んだ物をシンが喜んで食べる姿を想像していた。

 

「……」

 

 黙って動こうとしないモリスを見て、シンは何かを感じ取っていた。


「あ、あのモリスさん」 


「は、はい」


「こうやって強く踏むことで、出来上がった時の弾力が強くなるんですよ」


「……弾力が?」


「はい。その為に体重をかけて満遍なく踏んでいるんです」

 

 弾力の為に…… そ、そうだよね。シンさんが、そんなおかしな事をね。


「えーと、では私も踏んでみますね」


「はい、お願いします」


 靴を脱いだモリスはテーブルに上がるが、踏む事を躊躇してまたしても動かない。

 そんなモリスにシンが声をかける。


「モリスさん、どうぞ踏んでみてください」


「……はい、それでは失礼して」


 モリスはそっと足を乗せる。

 

 うわ…… 変な感触。

 ぎゅうっと、ぎゅうっと満遍なく踏む。だったよね。


 モリスはやっと踏み始めたが、そのスピードはかなり遅い。


「ほぇ~」


 テーブルに上がり、食べ物をぎゅうぎゅうと踏む母親を、ジュリは不思議そうに見ている。


「満遍なく踏んで、平たくなったのを感じたら、先ほどみたいに折り重ねて下さい」


「はい」


 上にかけている傘の生地を捲って確認し、シンがやっていた様に折りたたむ。


「そうです、そうです。それで大丈夫です。次はジュリちゃんが踏んでみる?」


「うん、やってみたい」


 モリスと交代したジュリは、その状況に慣れて来たのか、楽しそうに踏みつけている。


「えい、えい」


「いいぞ、ジュリちゃん」


 ジュリを褒めるシンを、モリスはちらちら見ていた。



 踏んづけて作る料理なんて、本当に大丈夫なのかしら……






「あぁぁぁぁー、もっと、もっと強く踏んで下さいサンリ王女様」

 

「きゃははは、この股間にあるコロコロした物を踏み潰してあげようか!?」


「あああーー、潰れちゃいます、潰れそうです」


「この変態! これが良いんでしょ!?」


「はい、最高でございます。もっと、気の済むまでお踏み下さい」




 モリスとシンの二人は、リズム良く踏んづけているジュリを見ている。

 

「シンさん、平たくなったよ」


「おっ、じゃあ捲ってみて」


「うん」


 綺麗に平たくなっているのを確認したジュリは、真似をして折りたたむ。


「こうだよね」


「そうそう、上手だよ」


 シンに褒められたジュリは、照れて頬をピンク色に染める。


「ジュリちゃん交代しようか。最後は僕がまた踏みますね」


 モリスとジュリの分も含めて、合計で4回踏みつけた。


「これを空気に触れさせない様に、傘の生地で包んで1時間から2時間ぐらい寝かせます」





「おらっ! 何ぼさっと寝てるんだよ!」


 絶頂に達して横になっているマコウは、サンリに蹴り飛ばされ上半身を起こす。


「今度は王女様にご奉仕しなさい」


「はい、王女様。何でもご命令を」


 サンリは座っているマコウの顔に、何も履いていない自らの股間を近付ける。 


「ほら、舐めなさい」


「はい、サンリ王女様」


 マコウはサンリのあそこを、まるで水を飲む犬の様にペロペロと舐め始める。


 あ…… あっ、あああ……


 舐められているサンリは、声には出さないが感じて濡れていた。


 あぁぁぁ、私、気持ちが良いと、おしっこが出ちゃう。


「あっ、あっああん」


 あまりの快楽に負けて、サンリの声が漏れる。


「あああ、駄目、出ちゃう」


「はい!」


 サンリのあそこを舐めながら、マコウは従順なしもべの様に返事をする。


「うっ、ううだめー、だめ、あああ出るぅ、出ちゃうぅ!」


 舐められているあそこから、絶叫と共におしっこが噴き出すと、マコウは口を大きく開けて受け止め、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干す。

 おしっこの量が少なくなってくると、今度はちゅーちゅーと音を立てて吸い始める。


「あん、ああん、ああぁぁ、いくぅ、いくうぅうう」


 両手でマコウの頭を掴み、舐められているあそこを舌に強く押し付けるサンリの身体は、快楽で激しく乱れくねる。


「あっ、あっ、あぁーー」


 一滴たりもこぼさず舐めるマコウを、サンリは悩まし気な瞳で見つめている。


「はぁはぁ、気持ち良かったわ。良い子ね、もっと綺麗にしなさい」


「はい、サンリ王女様」


 舌で丁寧に舐めとると、二人のプレイは終わりを告げた。





 そろそろいいかな……


 まな板と寝かした物に打ち粉をしたシンは、棒を使って器用に伸ばしていく。


「伸ばすのに、棒を使うのですね」


「モリスさんは、どうやってやってますか?」


「私は、この押し板に重みをかけて伸ばしてます」


 モリスは取っての付いた厚みのある板を持っていた。


 なるほど…… 

 

「そのやり方でも大丈夫だと思いますが、重要なのは厚みです」


 厚み……


「こうやってある程度伸ばしたら、折りたたんで、これぐらいの厚みで切っていきます」


 モリスとジュリは真剣な面持ちで、一連の動作を見ている。


 ……こんなにも厚く切るなんて。


 元の世界の様に長くなっている麺を少し残して、後はこの世界に合わせ短く切って行く。


「ふぅ、これで完成です。あとは茹でる時間のだいたい半分はお湯で、もう半分はランゲと同じ様に、具材を入れたスープで茹でて下さい」


「お湯とスープで半分半分の時間……」


「はい、それというのも、ご覧の様に一般的なランゲよりもだいぶ太いので、茹でるのに時間がかかります。なので、全てお湯で茹でると、味が染み込まないというか、だから半分はランゲのスープで茹でて、味を染み込ませます」


 なるほど……


「最初からスープだけで茹でると、時間がかかってしまいスープが蒸発して少なくなってしまうからですね?」


「はい、その通りです」


 全てお湯だけで茹でても良いけど、出来るだけスープの味をうどんに移し、この世界の人の口に合わせてみる。 


 そう、この時シンが作ったのは、うどんであった。

 しかもただのうどんではなく、コシがあり、喉越しの良いさぬきうどん。

  

 短く切ってしまったから、喉越しをどれ程感じられるか分からないけど、兎に角試しに食べてみよう。


「ここからは、モリスさんにお願いして良いですか?」


「は、はい。分かりました」


 モリスはシンの作った短いうどんを、言われた通りまずはお湯で茹でていく。


 もういいかな。

 

「お湯で茹でた物の半分をスープに移して、残ったのは、そのままお湯で茹でて下さい」


「え?」


「お湯で茹できった物は、別の料理に使いますので」


「はい、そういう事ですね。分かりました」


 スープの入った鍋に移され、茹でられているうどんを見つめるシンだが、ここで大きな問題を感じていた。

 それは……


 ランゲのスープの出汁って、ハンボワンなんだよな……

 食べたくないけど、だけど、作った本人が食べないなんてありえない。

 我慢してでも食べないと……

 それに俺が麺の茹で具合を確認しないと駄目だし……


 鍋で茹でている短いうどんをスプーンですくい上げ、口に運ぶ。


 うぅ、うん、良い弾力。茹であがってるし、ハンボワンの味も染み込んでいる、うぇ。

 

「ちょうどいいです」


 二人にも茹で加減を見て貰いたいところだけど、せっかくだから出来上がった物を最初に口にして貰おう。


「分かりました」

 

 モリスはスープで茹でているうどんの鍋と、お湯で茹でている鍋、両方の火を止めた。

 シンはお湯で茹でた方をざるにあげ、お湯を切って水で洗う。


 モリスはその様子を不思議そうに見ている。


「これは後で使うので、スープで茹でた方を試食してみましょう」 

 

「分かりました」


 1人前の量を三つの器に分けて、客が使うテーブルまでモリスが運ぶ。

 椅子に座ると、モリスとジュリが先にシンが試食するのを待って手を付けない。

 それに気づいたシンは先に試食をする。


 うん、麺は間違いなく良く出来ている。

 だが、この世界の人の口に合うのか、それが問題だ。

 

「どうぞ、食べてください」

 

「はい」


 期待と不安を抱きながら、モリスとジュリはスプーンでうどんをすくい、口に運ぶ。


「モグモグモグ」


 なっ…… なんて弾力!?

 ……私が作った物は、いくら太く切ったからといっても、同じにはならない。

 踏みつける事で、手で練るのとここまで違いが出るだなんて…… しっかりとした存在感を感じるし、スープも染み込んでいて、まるで野菜や肉の様な具材みたい。

  

「どうですか、口に合いますか?」


「ええ、噛むと弾力が凄くて、しっかりと存在感があります、ランゲとはまた別の物ですね」


「うん、噛み応えが凄いよ!」


「新しい具材が増えたみたいで、これは良いですね」


 二人の反応は悪くない。だけど、これで終ると、ただ麺を変えただけになってしまう。


 試食を終えると、シンに言われて二人は再び厨房に戻る。

 

「モリスさん、この鉄板を使わせてください」


「は、はい。火を点けますね」


 鉄板が熱くなる前に、シンはモリスが用意した肉と野菜を素早く切る。

 モリスはそのスピードに驚く。


 相変わらず手際の良い…… シンさんは誰に料理を習ったのかしら……


 熱くなった鉄板に油をひき、まずは肉を炒め、肉の量の分だけ塩を振る。

 肉に半分火が通ると、今度は数種類の野菜を入れ、その分だけ塩を足す。

 塩を振られた野菜が水を吐き出すのを見たシンは、最後までお湯で茹で、水で洗って置いていた短いうどんを投入する。

 

「ジュ~ジュー」


 炒めているうどんは、肉から出た油をまとい、野菜から出た水と鉄板の熱で蒸し焼きになる。

 その様子を、モリスとジュリは食い入るように見ている。


 まさか炒めるだなんて……


 うどんの分の塩を足し、水分が無くなる直前まで炒めると、シンは味見をする。


 ……うん!


「出来ました」


 シンが作ったのは、焼きうどんであった。


「温かいうちに食べましょう」


「はい」


 テーブルに移動して試食に入る。


「今度は一緒に食べましょう」


 その言葉は、シンの自信の表れであった。


 モリスとジュリは、フォークとスプーンを使って焼うどんを口に運ぶ。 

 

「美味しい! 肉と野菜の旨味を、これ・・が吸っていて、焼いても弾力があって、美味しいです」


「うん、美味しいね」


 良かった…… 他にも候補はあるけど、とりあえず芋天とこの焼うどんで問題なさそうだ。


「シンさん、これは何て言う食べ物ですか?」


 モリスはスプーンで救っているうどんをシンに見せる。


 どうしよう。うどんってそのまま言っても良いけど、やはり敬意を表して……

 

「さぬきうどんと言います」


「さぬきうどん……」


「はい、それが正式名称で、うどんだけでも構いません。ですのでこの炒めた物は焼きうどんと言います」


「焼きうどん…… シンさんこれって、ランゲのスープで茹でたうどんも、炒めたら美味しいのではないですか?」


 確かに…… つまりソースの代わりにハンボワンの出汁を使うと同じだ。この世界はハンボワン好きな人が多いから、それもありだな。


「それ良いアイデアですね! 今日はもう遅いので、明日やってみましょう」


「はい!」


 この料理にも手応えを感じたモリスは、笑顔をこぼしながら完食した。


「あっ、モリスさんお願いが二つありまして」


「はい、何でもおっしゃってください」


「一つは来客があるので、もう一部屋お願いしたいのですが」


「分かりました。直ぐに用意します。あと一つは何でしょう?」


「それは……」




 時刻は夜10時前。


 大きな鏡のあるスタジオで、振付けを考えていたユウが宿に戻って来た。

 

 ふぅー、疲れたな。魔法機の見学をしたかったけど、皆忙しそうだったから、残念だけどまた今度。

 それよりも、今日思いついた振り付けを、忘れないようにして、明日ナナちゃんに踊って貰おう。

 そういえば、シンはもう寝てるのかな?


 そう思っていると、ロビーの椅子に座ってシンはユウを待っていた。


「おかえり」


「あっ、うん、ただいま。どうしたの?」


「待ってたんだユウを」


「僕を?」


「ああ、腹減ってないか?」


「あっ、うん。けっこう動いたから少し小腹が……」


 その言葉で、シンはニヤリと笑みを浮かべる。


「来いよ」


 いったい何処へ?


 戸惑うユウを、シンは食堂に連れて行く。


「このテーブルに座って待っていてくれ」


 そう言い残すと、誰も居ない厨房にシンは入って行く。


 あれ、誰も居ないのに良いのかな、勝手に厨房使って……


「シン、いいの?」


「あぁ、モリスさんの許可は取ってあるよ」


 そうなんだ。僕の為に夜食を作ってくれるのかな?


 15分後、シンは湯気の香る器を二つ持ってきた。


「はい、おまたせ~」


 テーブルに置かれた物を見たユウは、思わず声をあげる。


「えっ!? これって!?」


「さぬきうどんでございまーす」  

  

 さぬきうどん!? もしかしてランゲの改良って、麺をうどんに変える事だったのかな!?


「じゃじゃーん、これもどうぞ」


 次にシンが差し出した物は……


「あっ!? お箸だ!」


「ああ、俺が作ったんだ。少々不格好だけど、そこは勘弁してくれな」


「そんなことないよ、全然良いよこのお箸!」 


 ユウは久しぶりの箸を手に持つ。


「あ~、この感触……」


 ユウは何度も何度も何かを掴むかのように箸を動かす。


「ふふははは。分かるよ~、その気持ち。箸が出来上がった時、俺も同じ事してたもん」


「あー、お箸を持つだけで、こんなに感動するなんて……」


「ふふ。このうどんは、野菜スープに入れただけなんだけど……」


「けど?」


「御覧の通り、この世界に合わせて短く切っている物じゃなくて、長いままなのでーす」


「うんうん! だよねー!」


「貸し切りだから音は気にするな。意味は分かるな?」


 ユウは満面の笑みをシンに向ける。


「うん! 勿論だよ!!」


「それではユウ!」


「シン!」


 二人は笑顔を突き合わせて、同時に声を出す。



「いただきまーす!」

「いただきまーす!」



「ズルズルズルー、ん~」


「ふぅーふぅー、ズルズルズルー」 


「美味しい! このうどん、コシがたまらない!」

 

「おっ、コシとか言っちゃってぇ。分かってるなユウ」


「ゴクン。 あー、喉越しもたまらない!」


「ズルズルー、だろ!? ズルー、ズルーズルー、ゴクン。くぅ~、やっぱ日本人は、この食い方だよな~」


「うん! 間違いないね! ズルズル、ズルズルー、モグモグ。う~ん、たまらな~い」


「ズルー、ズルズルズルズル―」


「ズルズル、ゴクン。前にね、本場のさぬきうどん食べた事があってね」


「ズルーズル、ゴクン。それで?」


「僕は蕎麦が好きだから、ハッキリ言ってそれまではうどんを舐めてたけど、あれは本当に美味しくて、今まで食べたうどんとは全くの別物だったよ」


「分かる分かる。ズルズルズルー」


「これはあの時食べた本場のさぬきうどんみたいだ。ズルーズルー」


「ズルズルー」


「ふぅー、ズルズルズルー」


 激しく音を立てながら、夢中でうどんをすする二人を、出稼ぎの護衛を終えて戻って来ていたシャリィは、眉をしかめ、怪訝な表情で見つめていた。


「ズルーズルズルー、くくぅ~」

「ズルズルズルー、くぅぅ~」


「美味い!」

「美味しい!」



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