88 序開



 大声に驚いた少女達は、一斉に目を向ける。


 その先には……



「うぅぅ、うわーーーん」



 食器屋の店主に怒鳴られ、大きな声で泣き出してしまうクルが居た。


「ク、クル!?」


 プルはクルに急いで駆け寄り、正面から抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だからね。お姉ちゃん来たからね」


「うわーん、うえぇぇーん」


 プルが抱きしめても、クルが泣き止むことはない。


 小悪党のイメージとは裏腹に、身長は2m近くある大きな身体の食器屋の店主は、クルの元へ近付き割れた皿を手に取る。


「あーあーあー、バラバラじゃねーか! 弁償してもらうからな! いいな! おい!? 聞いているのか!?」 


「うえぇぇーん」


 次から次へと投げかけられる怒鳴り声で、クルは泣き続けている。



 ん? 苺の金を払っていたチビがいない…… が……



「ごめんなさい。私が弁償しますから!」


「当たり前だ! 10万シロン払ってもらうぞ!」


 これぐらいなら造作もなく払えるだろう…… と、俺様の勘がビンビン言っているぜ!

 

 この小悪党には信念があった。

 それは、取りすぎない事……

 相手を追い込み過ぎると話が大きくなってしまう。それを嫌うこの小悪党は、相手がそれなら払っても良いと判断する金額を即座に請求しており、今まで一度も失敗する事も無く、すべて成功していたのだ。

 それにより、店主は己の才能を高く評価しており、その思い込みの為、金の回収に異常な執着をみせていた。



「10万シロン……」 


 そんな、そんな大金……

 クルに続き、泣き出しそうになったプルの元に、ナナとブレイが駆け寄る。


「そんな金、払う必要ねぇっぺぇ!」


「あ~ん、なんだと~」


「うちは見てたっぺぇ! クルが皿を手に取るのを待ってわざと大声だしたっペぇ!?」


「待っていた? 何言ってやがる! 手に持ってるのを見たから怒っただけだろーがよ!」


「くっ……」


 こいつ、絶対わざとっペぇ! けど、証拠が……


 プルは泣いているクルの肩を抱き、店主から離れようとした瞬間。


「おらっ!? 何処へ行くつもりだ、逃がさねーぞ!」


 そう言って、クルの襟元を大きな手で掴んだ!


「うわーーーん! 離してぇぇー」


 掴まれた事で半狂乱になるクル。

 無論、ナナとブレイがそれを黙って見ているはずもない。


「何すっペぇ!」


 ナナとブレイは、二人で店主に飛び掛かる!


「ばなずっべぇ!」


 ナナはクルを掴んでいる腕に掴みかかる。

 ブレイはタックルをかまし、それを見ていたリンは店主の後ろに回り込み、膝の裏に蹴りを入れた。


「何しやがるこのガキ共!」


 大人しく金を払えば済む事なのに…… 


 才能ある自分の提案を無下にされた店主は怒り狂いブレイを蹴りあげる。


「ぐべぇぇ」

 

 腹を蹴られたブレイは吹っ飛び、その場で腹を押さえて苦しみのた打ち回る。


「やったっぺぇなぁ!!」


 それを見たナナは、クルを押さえている店主の左腕に噛みつく!


「いだだだだだ、このぉ!」


 店主は大きな手で、噛みついているナナの後頭部に平手打ちを食らわす! 


「バチン!!」 


 何かが破裂したかの様な音が辺りに響き渡る。


 叩かれたナナは、店主の腕に激しく押し付けられた形になり、圧迫された唇と口の中が切れてしまう。

 意識を失いかけるほど強い衝撃を受けたナナは、口から血を流しながら地面に崩れ落ちた。


「ナナに何するっぺぇ!」


 背後から蹴りを入れてくるリンに対し、店主は右手でバックブローを喰らわす為、クルを左手に持ったまま大きく回転する。


「うわーーーん」


 持ち上げられたクルは驚いて更に大きな泣き声を出す。

 クルを庇って抱きついていたプルは吹き飛ばされてしまう。 

 そして、振り回した店主の右腕が頭に当たると、リンは気を失いその場に倒れてしまった。


「うわーーーーん、離してぇ」


 クルは必死に男の手を振りほどこうと暴れていた。


「ナナちゃーん! リンちゃーん!」


 倒れたプルはすぐさま起き上がり、再びクルを抱きしめ、倒れているナナとリンに声をかける。


 キャロとパールは恐怖でふるえながらその場で立ち尽くしていた。


  

「おいおいおい、またあの店か!? いつもより派手にやってるな~」


「誰か警備を呼んできてやれよ。まだ小さい女の子だぞ。かわいそうに……」


「あそこの店主には関わらない方が良いよ。だってほらぁ、皆も知ってるでしょ!?」 


 周囲で見ている者達は誰一人止めようともせず、ただ傍観していた。


「暴れんじゃねーよ、このガキ!」


 暴れるクルを抑えつけようと、店主は掴んでいる手に力を込め引き寄せる。


「うわーーーん」


「止めて! クルを離してぇ!」

 

 その声を聞き、ナナは口から血を流しながらも、立ち上がり再び挑んでいく。


「離すっペぇ!!」

 

「チッ、しつこいぞ、このガキアマがぁ!!」


 店主は飛び掛かって来たナナの髪の毛を右手で掴むと、そのまま持ち上げてしまう。

 宙吊りになったナナは、それでも屈する事は無い。

 髪の毛を掴んでいる店主の右腕を両手で掴み、足をバタつかせ、大きな身体を蹴りつける。

 激しく暴れるナナの髪の毛は、ブチブチと音を立てて千切れ抜けていく。

 

「こっ、このガキアマ!? いい加減にしろよ!」


 ナナを地面に叩きつけようと、更に高く持ち上げ、そして腕を振り下ろそうとしたその時……



「やめろぉぉぉぉ!!」



 建物を揺らす程の店主の大声に、引けを取らない大きな声が辺りに響き渡る。



 その声の主は…… ユウ



 シャリィを見つける事が出来なかったユウは、少女達が心配になり、戻って来たのだった。



「クルちゃんを…… ナナちゃんを離せぇーー!!」



 ユウを見た店主は安どの表情を浮かべる。


 あいつは…… 苺の金を払っていたチビだな……

 やっと、やっと出て来やがったか…… この状況を見れば簡単に金を払うだろう。

 

 そう思っていた店主の予想は大きく外れる。


「おい! 壊した皿の代金をはらっ……!?」


 店主の言葉などユウの耳には入らない。我を忘れ、がむしゃらに頭から突っ込んで行く。


「なっ、なんだこのチビ!? 馬鹿か!」

  

 勢い良く突っ込んだユウだが、簡単に蹴り飛ばされてしまう。


「ぐうっ」


 激しく地面を転がるユウ。

 それを見た宙吊りのナナは、足を上げ身体を丸めた後、店主の顔目掛けて両足で蹴りを放つ!


 すると見事に決まり、鼻から血が噴き出る。


「ぐおぉぉぉー、鼻がぁ、鼻が折れたぁ!?」


 店主はクルの襟元を押さえていた左手を離し、髪の毛を掴んで宙吊りにしているナナの顔に、手加減の無いビンタを食らわした。


「バシン!!」


 殴られたナナは気を失い、両手両足はダランと垂れ下がる。


 その間に、クルとプルは大きく距離を取った。


 その時ユウは倒れた状態で、髪の毛を掴まれ、宙吊りで気を失っているナナを見ていた。



 ナッ、ナナちゃんを…… よくも…… ゆるさない…… 絶対に、絶対に許さない!



「ケッ、やっと大人しくなりやがったか!? くっそぉ、鼻を折りやがってぇ! 10万じゃたりねーぞ、30万払え! 聞いているかチビ!」


 鼻を折られ30万とは少ないような気もするが、小悪党はこんな場面でも、シャリィに預けてあるユウの財産を勘で当てて要求する。 

 どうやらその才能に嘘は無いようだ。


 そう言って、蹴とばしたユウが倒れていた場所に目を向けたが、そこにはブレイが倒れているだけでユウの姿は無い。

 ふと、自分の足元を見ると、そこにユウが立っていた。



 こ、このチビ!? いつの間に? 



 再び蹴り上げようとした店主の右足に、ユウは両手両足でしがみつく!


「は、離さねーかこのチビ!」


 そう言いながら左手でユウの頭を小突くが、ユウはガッチリ捕まって離さない。


「チビィ!! 離せよチビ! 離して金を払え! それで終わる話だ!」


 ナナの髪の毛を掴んでいた右手を離すと、ナナは地面に崩れ落ちた。

 空いた手も使い、左、右と交互にユウの頭を上から殴りつける。

 それでも離さないユウに業を煮やした店主は、ユウの髪の毛を掴み、力を入れて引き剥がそうとする。


 そうはさせまいと脚に更に強くしがみ付くと、結果足を引っかける様な体勢になり、店主はバランスを崩す。


「あぶねっ!」


 コケそうになった店主は、すぐさま大きく股を開いて体勢を立て直そうとしたその瞬間!?



 なんとユウは股間に噛みついた!!



「ギャアァァァァァ!」



 建物を揺らす程の大きな悲鳴が辺りに響き渡る。

 そして、あまりの苦痛に腰が砕け、尻もちをついてしまう。



「はぁ、離せぇ! 痛ーーい、頼む離してくれぇ!」



 店主の懇願など、ユウの耳には届いていない。

 今のユウは獣、いや、まるで魔獣と化し、ただ店主の股間を噛み千切る事だけしか考えていない!



「グルウゥ!」



 キャロとパールの二人は、ナナとリンを引きずり、ユウと店主の側から引き離す。


「ナナァ、大丈夫!? リン!?」


 気を失っているナナは、キャロの呼びかけに応じないが、リンは目を覚ます。


「ク…… クルは? ナナは?」


「リン大丈夫!?」



「ウギャアァアア、離しっ、ギャアアアアア」



 店主の悲鳴が聞こえた方に、意識朦朧ながらリンは目を向ける。



 あ…… あいつ……


 

 店主はユウを殴ったり引き剥がそうと必死だったが、それにより股間の痛みが増してしまい、ただ暴れて悲鳴を上げるだけになっていた。


「ちっ、千切れちまうよー。誰かぁ―助けてくれぇぇぇー、頼むぅ」 


 だが、周囲で見ている者は誰も助けようとはしない。


「ふん、いい気味だよ」


「本当だな、いつも女子供ばかり狙ってよー、まさか暴力沙汰になるなんて思ってもいなかっただろうよー」


「ああっと、警備が来ちまったね。タイミングが悪いねぇ、いつもは全然来ないくせにさ」    


 野次馬を掻き分け、警備が二人やってきた。


「おい! はっはっ、早くこのチビを引き剥せぇぇ!」


 警備に懇願する店主は、言葉を発するのすら必死だった。

 それほどまでの凄まじい痛みが襲っていたのだ。


「なんだこいつ~、股間に噛みついてるぞ!? うゎ~、痛そう~、うぅ~」


 警備の一人は、その状況を見て身震いを起こす。


「おい、今直ぐ離せ! 離すんだ、おい!」

  

 もう一人の警備が大きな声で命じるが、何も状況は変わらない。


「おい!」


「おぅ!」


 引き離そうと二人がかりでユウを引っ張るが、店主の悲鳴が大きくなるばかりで決して離そうとしない。


「ひっ! ひっぱるなーーー!! ちっ、ち、千切れちまうよっ!!」 



「仕方がない、魔法を使うぞ!」



 業を煮やした警備は魔法を使おうとするが……


「ばっ、馬鹿野郎! 俺まで、股間まで魔法を食らっちまうだろうがよぉ! ぐおぉぉ、早く何とかっ……ぶぶぅぅ」


 痛みに耐えかねた店主は、口から泡を吹いて気絶してしまった。

 そのタイミングで、入れ替わる様にナナが目を覚ます。



「ナナ! 大丈夫!?」 



 まだ意識がはっきりしない中、ユウに目を向けると、そこには、こん棒でユウを殴り気絶させようとしている警備の姿が見えた。


 

「やっ、止め…… ろ……」



 意識を取り戻したばかりで、力のないナナの声は届かない。



 一人の警備がユウの首元目掛け、構えたこん棒を振り下ろそうとしたその時……



 何かを感じ取った警備の身体は突然硬直し、ピクリとも動けなくなる。

 それと同時に、周囲でその様子を見ていた野次馬全員が、全く同じタイミングで全く同じ方向にどよめきながら目を向ける。

 


 その視線の先には…… シャリィの姿があった。



 シャリィが一歩、また一歩進むと、野次馬達の顔面は蒼白になり、恐怖で震えながら後ずさりをして、そのまま我先にと逃げだしてしまう。

 警備も例外では無いが、シャリィに睨まれている二人は、逃げだしたくても腰が抜けて動けない。


「ひぃ、ひぃぃぃ! だっ、誰なんだあれは!?」


「こっ、殺される! お、俺達はー、今から死ぬんだ!?」


「い、嫌だ―、嫁がいるお前だけ死ねぇー」 


 少々いら立っているシャリィを見て、警備の二人は死を覚悟する。


 だが、近付いて来たシャリィは、そんな警備に目もくれず、ユウの元でゆっくりと膝を折る。


 

「ユウ…… 離すんだ」



「ガァウゥゥ!」



 優しく諭すシャリィの言葉にすら反応しないユウに、シャリィはゆっくりと手を翳す。


 すると、ユウはまるで眠りにつくかの様に気を失う。



 腰を抜かし、呆然とする警備の二人に、シャリィは話しかける。



「私は冒険者のシャリィだ。この場は任せて貰う」


  

 シャ、シャリィだってぇ!? まっ、まさか……


 さっきのイフト…… あんなイフト、誰にでも出せる訳がない!? 間違いない! 本物のシャリィ様だ!


「良いな……」


「はっ、ははははい!!」


「おっ、おおおおぅ、お任せぇ致しますです、はい!」

 

 

 このいざこざは、シャリィが現れた事で決着した。 



 落ち着きを取り戻した商店街で、シャリィはユウに医療魔法を使い、それが終わると、ナナ、リン、ブレイ、クルの順番で同じ様に医療魔法を施す。

 すると、ナナ、リン、ブレイの三人は、しばらくすると、意識がはっきりと戻り、歩ける様になるまで回復した。

   



 

 数十分後……


 

 う~…… うぅ~…… な…… ナッ……



「ナナちゃーん!!」



 ユウは目を開けた瞬間、ナナの名を絶叫した。



 あっ…… あれ? こっ、ここは?



 横になっているユウは、ゆっくりと辺りを見回す。

 するとそこには、ユウの顔を覗き込んでいる少女達の姿があった。



「……えっ?」



 どうして皆が僕を見ているの? もしかして、夢?


「……なっ、なーにうちの名前を大声で叫んでるっペぇ」



 ナナは少し照れくさそうに顔を背ける。



「えっ!? ごっ、ごめんなさい…… あっー!? ナナちゃん!?」


「なっ、なんだっぺぇ?」


「無事なの!? あー、顔が腫れている! 痛いところは無い!?」


「だ、大丈夫っぺぇ…… シャリィ様が魔法をかけてくれたっペぇから、血も止まったし、首が少し痛いぐらいっぺぇ」



 シャリィさんが!? 良かったぁ……



「あっ!? 他の、他の皆も大丈夫!? リンちゃん、ブレイ君、クルちゃんは!? プルちゃん、パールちゃん、キャロちゃん!?」


 起き上がったユウをリンがなだめ質問に答える。


「落ち着いてそのまま横になってるっぺぇ。皆居るっペぇーよ、起きなくても見えるっぺぇ?」


 ユウは一人一人の姿を見てホッと一息つき、言われた通り横になる。


「そういえば、ここは?」


「馬車の中だっペぇ」


 再びリンが答えた。


 あっ、本当だ。ここは馬車だ……

 僕、いったいどうしたのだろう?

 確か…… ナナちゃんが殴られて…… 駄目だ、そこからの記憶が…… 思い出せない……



「……そうだ!? あの大男は!?」



 ユウは再び上半身を起こした。


「いててて」



「……落ち着けユウ」



 この声は……



「シャリィさん!?」


「医療魔法をかけておいたが痛みはまだ残る。しばらく休むんだ」


「は、はい…… 分かりました」 



 ユウは素直に再び横になる。すると……



「クスクスクス」


「フフフフ」


「クルクルクルゥ~」


「あは、あははは」


「ウフフフ」


 ナナ以外の少女達が優しく笑い始める。


「なっ、何?」


 少女達が何故笑っているのか分からないユウは動揺していた。



 僕、何かしちゃったのかな?



「ブバハハバ」


 ブレイも笑っていた。


「ウフフフ」


「クルクルクル~」


 少女達はしばらくの間、笑顔を絶やす事はなかった。

 ナナは声に出す事をしなかったが、ユウに背を向けて優しく微笑んでいる。



 シャリィは馬車の前方からその光景を眺めていた。



「シャリィ、二つ頼みがある」


「……聞こう」


「まず一つ、旧街道で魔獣を倒したと一芝居打って欲しい」

  

「……」


「シャリィの強さを目にしているのは、あの中ではナナちゃんだけだ」


「……」


「この村の子供達は、物心ついた頃から魔獣を恐れ、殆ど村の外に出ずに育ってきた。知り合いや、中には家族を魔獣に襲われた、そんな子も珍しくない。簡単には拭いきれないトラウマになっているはずだ。いくらシャリィが最高ランクの冒険者といっても、その強さを理解している訳では無い」


「……そこまでする必要があるのか?」


「嘘であっても、実際見えてなくても、今倒してきたとシャリィの口から聞けば、あの子達も少しは安心出来るはずだ。トラウマからくる不安と緊張は、楽しめる事を楽しめなくしてしまうからな」


「……あと一つは?」


 シンは直ぐに答えず一度目を伏せ、少し間をあけた。


「町に着いたらあの子達を基本放置で…… それで、もし、なにかトラブルが起きても、ギリギリまで手を貸さないでやってくれ」


「……」


「トラブルの対応は、ユウにやらせるんだ」


「……」


 シャリィは直ぐに返事をせず、シンを見つめていた。





 ……シンの思惑通りに事が進んだな。いささか出来過ぎな気もするが、ユウとこの少女達には、今まで皆無だった絆が生まれたのは間違いない……



「あー、シャリィさん!?」



「……どうした?」


 皆が心配する中、ユウは起き上がりシャリィと外に出て馬車から少し離れる。


「眩暈や吐き気は無いか?」


「はい。頭とか、あちこち痛みは少しありますけど、全然大丈夫です」


 本当は熱がある時にみたいにフラつくけど、シャリィさんの魔法のお陰でまだ良い方なんだろうな……

 それにしても…… う~、僕はどうして医療魔法をかけて貰っている時に目を覚ましてなかったんだよ!? 僕の馬鹿―!


「……そうか」


 シャリィはユウが嘘を付いているのは分かっていたが、あえて追及はしなかった。


「それで、用事は?」


「はい、あの~実は……」



   

 数十分後


 ユウとブレイの二人は、ある店を訪ねていた。


「すみませーん」


「はっ、はい!?」


「遅くなって申し訳ありません、取り置きして頂いてた服を取りに来ました」


「はー、はい! こちらに! 言われた通りこちらに置いております!」



 うん? 何故だろう、店主の対応に違和感が……



「こちらの商品でお間違いないでしょうか!? ご確認をお願いします」


「はい……」


 えーと、全部覚えている訳じゃないけど、人数分あるよね。

 うーん、けっこうな量だな、ブレイ君と僕で持てるかな……


「大丈夫です。えーと、確か10万シロンでしたっけ?」


「いっ、いいえ! 滅相もございません! 10万シロンなんてとんでもございません!」


「……はっ?」


「全部で3万シロンになりますです、はい!」


 3万…… いや、間違いなく10万シロンだったよね?


「あの~、本当に3万シロンで良いのですか?」


「はい! 勿論でございますです! はい!」


 ユウは首を傾げながらも3万シロンを支払う。

 最初提示された値段の半額以下で、それは仕入れ値に少しプラスした程度の値段。


 更に、服は店の者が馬車まで運んでくれた。


 ん~、なんか腑に落ちないけど…… まーいいや! これで皆喜んでくれるよね!


 無論、服屋の店主の変貌ぶりには理由がある。

 それは、悪徳食器屋とのトラブルを一部始終見ていたのだ。

 途轍とてつもないイフトを纏うまとシャリィが現れたのを見て、服屋の店主は一目散にその場を離れ、遠くから様子を眺めていたのだ。

 そして、あの女性が最高ランクの冒険者、シャリィではないかと町で噂になっていた。



 まっ、まさかこの客が最高ランク冒険者の知り合いとは!?

 もし知らずにそのままボッタクっていたら……

 いたら……


 店主は自分の股間に一瞬目を向ける。


「なにとぞ、なにとぞまたのご贔屓ひいきを!」


「は、はい……」


 やっぱりなにかおかしいな……





 その頃、ユウとブレイのいない馬車で、ナナは緊張しながらもシャリィに話しかける決心をする。


「あの…… シャリィ様……」


「どうした?」


「さっきの大男は……」


「とりあえず不問にしている」



 不問…… 



「警備に引き渡さないのですか!?」


「警備と話し合い、面倒を避けるために決めた処置だ」



 面倒…… 一体何の面倒が? 



 うちは、うちは納得出来ない……

 あんな奴、強制労働送りにすればいいのに! そうじゃないと、またクルみたいに被害にあう子供が……


 俯き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているナナに、シャリィが口を開く。


「心配は無用だ。奴には必ず罰が下る」


「……罰が?」


「……それよりも、傷が残るといけない。念のため、もう一度見せてくれ」


「は、はい! お願いします!」



「クルクル~」

 

 シャリィと会話しているナナをクルは見ていた。

 

 揉め事を自分のせいだと責任を感じて落ち込んでいたクルは、シャリィに魔法をかけてもらった事で、いつものクルに戻っていた。

 まるで何事も起きなかった様な時間が過ぎて行くが、ナナを始め数名の怪我人が出た事で、予定より早めに買い物を切り上げ帰村することにした。



 

 帰り道では……



「もう平気っぺぇーよ」


「うちも大丈夫だっぺぇ」


「お゛らもべいぎだ」



 僕にも聞いているのかな? 一応……



「ぼ……僕も大丈夫だよ……」


 怪我をした4人はそう答えるが……



「……うぅ、うぅぅ」



 ナナ達の言葉を聞いたクルは泣き出しそうになってしまう。

 

「なっ、泣かないでクル。そっ、そうっぺぇ。休んだ方がいいっぺぇねぇ」

 

「う、うちも横になるっぺぇ、クル」


「お゛ら、もう寝でるっべぇ」



 僕も真似した方がいいかな……



「ぼっ、僕も横になってます!」



 怪我をした者達の身体を心配したクルは、帰りの馬車の中で横になって休んでと言ったが、いうことを聞かないので悲しんでいた。



 帰り道も馬車から外を見たかったっぺぇけど、クルに言われたら仕方ないっペぇ……


「クルクル、リンちゃんお熱はないですか?」


「大丈夫っぺぇ」


 クルは横になっているリンのおでこに手を当てた。


「クルクル、お熱はないですね。ナナちゃんお熱はありますか?」


「ないっぺぇ」


 クルはナナのおでこにも手を当てる。 


「ブレイは?」


「大丈夫っべぇ」


 次にブレイにも同じ事をした。



 そして……



「クルクル、ユウ君は?」


 そう言ってクルはユウのおでこに手を当てた。



 ぼっ、僕にまで…… 仲間ではない僕の心配まで……

 うっ、うう嬉しい……



「うぅぅ、熱は…… 熱はありまーす!」


 あまりの嬉しさから、もっと看病をして欲しいと願ったユウは嘘をついてしまう。


「クルクル!? 大変! 直ぐに冷やさないと! えぃ!」


 なんとクルはユウの嘘を真に受けてしまい、水袋に入った水をユウの頭にかけてしまった。


「うっ、うわー!」


 突然水を掛けらたユウは驚いて声を出す。


「ぷははははは」


「クスクスクス」


「あはははは」 


「ぶひゃひゃひゃ」 


「クルー、もう~。ウフフフ」


「うけるっペぇ~」



 ナナも笑みを浮かべ、心で笑った。

 

 ……ふふふふ。



 一人馬の操作をしているシャリィも、前方を向いたまま優しい笑みを浮かべていた。

 


 皆がイドエに戻って来たのは、まだ14時を少し過ぎたばかりの、かなり早い時間だった。





「と、いうことだ……」


 シャリィは先にユウを宿で降ろし、その後少女達を送り届けた。

 その帰りに野外劇場に居たシンをわざわざ宿の自分の部屋に呼び、事の一部始終を報告した。



 話を聞いたシンの両拳は、ブルブルと腕が震えるほど力強く握られていた。



「……ストビーエの警備と冒険者ギルドには話をつけておいた。今回は突発的な事で、意図的に邪魔をされた訳では無い」



 シンはシャリィの話を聞いていない。



「女の子を殴り……」



「バン!」



 シンはテーブルを叩いた。


「ブレイの腹を蹴とばして……」



「バン!」



「そしてユウまでも……」



「ドン!」



 テーブルを叩いた後、尚も怒りで震えるシンを、シャリィはまるで観察しているかの様に、一瞬も目を離すことなく見ている。



「……俺は、少し出かけてくる」 



 何処へ行く気だと、聞く必要はないな……



「シン、この辺りの魔獣は私が駆除したが、全てという訳では無い。それに前にも言ったが、新街道とて安全という訳では無い」


「そんな事は分かっている」


「……何の為にヨコキの店のケツ持ちを引き受けたと思っている。冷静になれ、今の段階であのルートを……」


 シンはシャリィの言葉に被せる。


「計画を前倒しにするだけさ。遅かれ早かれ、避けて通る事は出来ない。今の段階・・・・ではな」


「お前がしようとしている行為は、後の計画に悪影響を及ぼすかもし……」


 話しの途中なのに、シンは開けたドアを閉めることなく部屋から出て行ってしまう。



 ……そうか、お前の計画だ。好きにすればいい。



 この前もそうだったが、頭に血が上ると感情をコントロールできないようだ…… 特に仲間の事になると…… 


 

 宿を出たシンは、一目散に門目掛け走っていた。

 

 馬はさっき返って来たばかりで疲れている…… ランドはジュリちゃんの大切な馬だ。何かあってはいけないから借りる訳にもいかない。新しい馬を役場に借りに行くのも面倒だ……

 つまり、それなら走って行けばいい! 馬車のゆっくりしたスピードで2時間前後で着くなら、俺が走って行っても同じぐらいで着くだろう……


「シンさん、こんにちはでごじゃ!?」


 門番のあいさつを無視して、シンは村から飛び出して行ってしまった。


「凄い勢いでごじゃるなぁ…… いったいどうしたでごじゃるかね?」


「あ~、女でも襲いにいったんじゃないか?」


「……自分を基準にものを考えるでないでごじゃるよ」


「おぃ! 俺を性犯罪者みたいに言うなよ!」


「違うでごじゃるか?」


「……」


 そうでごじゃるか、否定しないでごじゃるね……





 3時間後……


 シンはストビーエの町に到着していた。


「ゼェゼェゼェ……」


 思っていたより、時間が…… 怪我で動けない間に、体力が落ちすぎている……


「ハァハァハァ、どっちだ!? ハァハァハァ」


 シンは目の前を歩いていたおじさんを避けて、少し離れた場所に居た女性を呼び止め、店の場所を教えてもらう。


 よし! 女性と会話をした事で俺の体力は戻った。


 いくら異世界だからといっても、そんな事で体力は戻りはしないが、シンはそう自分に言い聞かせていた。





 悪徳食器屋の店主は、店を閉める為に片づけをしている。


「警備のくそったれが! 何が引っかける相手は選べだ!? 結局あいつらはイドエのガキ共じゃねーか!」


 気を失っていた店主は、警備から少女達がイドエの者だと聞かされていたが、シャリィの事は口止めされていたため、知らないでいた。


「初めて1シロンも手に入らなかったし、鼻は折られるし、おまけに……」



 店主は股間に目を向ける。  



「病院で医療魔法かけてもらっても痛すぎてガニ股でしか歩けやしねぇ!! あのチビ野郎~、覚えておけよ! 今度見たら、ぶっ殺してやる!」



 悪態をついている店主の後ろから、突然声が聞こえてくる。 



「……おい」


「あ~ん、誰だ~!?」



 振り向いた店主の顔面に、シンの右ストレートが炸裂する!



「ガチャーン、ガラガラガラガラ、パリーン」

 

 店の奥に吹き飛んだ店主は、商品をなぎ倒しながら床に背中を叩きつけられる。


「ぐっ、ぐぅぅ…… ううぅ」


 仰向けに倒れ、意識がもうろうとする店主にシンは話しかける。


「子供が好みそうな物を目立つ店先に置き、手に持つのを待ってから怒鳴り声をあげる…… か…… 起きろよ、このクズ野郎が!」


「うぅ、食器が…… は、鼻が、お、俺の…… 鼻が、また…… うぅ」


 店主は、何故かシンに言われた通り、よろけながらも立ち上がる。



 そして、この様な場面でも、店主の才能は物を言う。



 こ、こいつからは、無理だ。シロンは取れない……

 びっ、貧乏人だ……



「子供を引っかけるような商売をしていたら、噂が広まりこの店でまとも・・・に稼ぐことは出来ないだろう……」


「な、何の話だ? うぅ」


「たまに脅して金を巻き上げても、そんな金額では生活も出来ないよな?」


「……」


「つまり本当の目的は金じゃない。お前は己を快楽を満たす、それだけの為に子供を…… 女の子を引っかけた、そうだろ!?」


 そう言うと、足元が定まらない店主に、今度は素早い踏み込みから本気の左ボディブローを叩き込む!


「ぐうぇぇぇー」

 

 奇妙なうめき声あげ、両手で腹部を押さえうずくまり、苦しさからのた打ち回る。


「……苦しいだろう。ボクシングの世界でもボディでダウンするのは地獄の苦しみってな……」


 最初のは女の子達の分、それはブレイの分……

 そしてこれは…… 


 シンはうずくまっている店主に蹴りを入れ、仰向けにさせると、馬乗りになる。

 そして……


「ドンギュ! ゴギュ!」


 握った右拳をハンマーの様に店主の顔目掛け何度も、何度も振り下ろす。

 すると、頭が床にめり込んでいくかの様な音が辺りに響き渡る。


 店主は一発目で気を失っていたが、シンが殴る度、真っ直ぐに伸びた両手両足がビクンビクンと動いていた。

 遠巻きでその様子を伺っていた者達は、店主の無残な姿を見て、恐怖で目を背けている。



 だが、一人その様子をジッと見つめる者がいた。

 それは……



 どうやら私が言った通り、あの男には罰が下ったようだ。



 薄っすらと笑みを浮かべるシャリィの姿がそこにあった。


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