89 ギフト



 店主を殴っていたシンは、異様な気配を感じその手を止める。



 来たか…… まだ殴り足りないけど……



 立ち上がり振り向くと、そこには明らかに普通の者とは違う雰囲気を纏った数人の男がシンを見ていた。


「……」


 離れた場所から様子を伺っていた野次馬達は、その男達が現れると、一人としてその場に留まる者は居なくなる。



 シンは先頭に立っている男に視線を合わせると、ニヤリと笑みを浮かべ、気を失い倒れている店主の顔を蹴った。


「ゴスッ!」


 あきらかに挑発する行為だが、男達は何の反応も見せない。黙ってシンを見ている。


 先頭に立っている男の年齢は30代半ばで、身長はシンと同じぐらい。その人物がゆっくりと近付いてきて、3m程の距離で立ち止まり口を開く。


「お兄さん、それぐらいで勘弁してもらえないか?」 

  

「……誰だお前?」


 そう言うと、シンはその人物を見ながら、再び店主の顔を蹴る。


「ドカッ!」


 シンの行動に、男は微動だにしない。鋭い眼でシンを見ながら、ハスキーな声で答える。


「私はブガゾ組系モンナーべ組組長、ザーヴィ・モンナーべだ」



 この人物達は、裏社会の者だった。



「ふ~ん、組長さん自ら何の用だ?」


「ゴスッ!」


 そう名乗られても、シンは臆することなく、店主の股間を踏みつけた。


 股間を踏まれた店主に、一瞬目を向けたモンナーべは…… 



 笑みを浮かべる。



「ふふふっ、朝の話は聞いている。そいつには、うち・・からキッチリと話をしておく。おい」


 モンナーべは後ろに控えている者に声をかける。

 すると、一人の男が小袋を持ってきて、シンの直ぐ横にある食器屋の台に置く。


「200万シロン入っている。怪我をしたそちらさん・・・・・の慰謝料だ」


 その言葉を聞いて、シンは小馬鹿にした様に笑う。


「はんっ……」


「ドシッ!」

 

 ほくそ笑んだ後、またしても店主の顔を蹴った。


「200万?」


「バシッ!」 


「その10倍だ」


「ドス!」


「それで手打ちにしてやる」


「ゴスッ!」 


 シンは口を開くたび、倒れている店主の頭や身体に蹴りを入れているが、モンナーべは何事も無かったかの様にその提案に返事をする。



「……いいだろう。おい」  



 承諾し、再び後ろの者に声をかける。

 すると、先ほど置いた小袋を下げると、新しい別の袋を置く。

 そして、モンナーべ以外の男達は、店主を引きずり何処かへと消えて行った。


 しばらくの間シンを見つめていたモンナーべは、その場を後にしようと背を向けた瞬間、シンが声をかける。


「良かったのか、こんな公衆の面前で?」



 すると……



「シン・ウース」



 モンナーべは背を向けたまま、シンの名を口にした。


「ご心配は無用だ。この町で、組の悪い噂を流す奴は居ない」


「……」


「今回の件で、うちの組を責める者もいない」


「……」


「相手が最高ランクの冒険者だから当然だ。逆に枝の組が本家の力も借りず2000万で手打ちした事を称賛するだろう」


「……」



「シン・ウース」



 モンナーべは再びシンの名を口にする。


「お前がイドエで何をしようと構わない。ただし…… うち・・の茶碗を盗らなければの話だ」



 そう言い残し、その場を去って行った。



「ふんっ」


 鼻で笑い、モンナーべが歩いて行った方角を見つめるシンを呼ぶ者が現れる。


「……シン」

 

「来てたのかシャリィ……」


「……」


 知らぬ間に、シンの近くにシャリィが立っていた。


「すまない、この世界をまだ良く分かっていないせいで、どうやらシャリィの名に傷をつけたみたいだ」


「……気にする必要は無い。その気になればいつでも払拭できる」



 ……なるほど



「どうやら先延ばしになった様だな」


「あぁ、けど警告は貰ったよ」


 ああは言っていたが、やくざのくせに体面を気にせず2000万シロンをすんなり払ったのは、シャリィと事を構える気は1ミリもないからだ。

 だが、シノギの邪魔をすれば、相手がシャリィでもどうやらやる気の様だな。

 まぁ、職業柄舐められる訳にはいかないからハッタリの可能性もあるけど、あいつの言葉に嘘を感じなかった。 

 つまり、その気になればシャリィに対抗できる手段を持っているというわけか……

 恐らくそれには…… 農業ギルドも関係している。

 裏社会の者と結託し、イドエを食い物に……

 そして、奴等の息のかかった者達はイドエにも存在し、必ず内部から妨害工作をしてくるだろう。

 

 小麦という財宝がイドエにある限り、奴等は道を譲る事はない……


 

「それで、奴はどうだった?」


 思案を巡らせているシンにシャリィが声をかける。


「あの組織は兎も角として、俺ごとき・・・・に負け惜しみを言う様なあいつは使えないさ」


「そうか…… では、戻ろうか」


「あぁ、わざわざすまない」


 シンは台の上に置かれている袋を取り、シャリィに手渡す。

 すると、受け取ったシャリィの手から袋は一瞬で消え去る。



「……シャリィ、少し寄り道して良いか?」  




 あの食器屋は、表向き商店街に店を構えていたが、いわゆる企業舎弟であった。

 モンナーベ組の息のかかっている店や個人等に、祝い事と称して食器等を卸している。

 シンの読み通り、あの店の店主は真面目に皿を売る必要は無い為、己の才能の確認、そして快楽を満たす為に女子供を引っかけていたのだ。 

 

 食器屋はモンナーべ組のシノギの一環であり、その商売先には、イドエも含まれている。

 運び屋が様々な物資を運んでいる中に、あの店の食器も含まれており、馬鹿な店主が商売相手のイドエの者を引っかけるとは皮肉な話である。


 だが、それは同時に、イドエへの激しい差別の表れでもある。


 シンはシャリィから話を聞いた時、食器屋は裏社会と関係ある者ではないかと、店主の言動から直ぐに察知していた。

 村での揉め事を回避する為に、ヨコキのケツ持ちを引き受けたが、大きなトラブルに発展するかもしれない行動を起こしたのは、ユウや少女達がやられた事に対しての報復が大きい。

 その一方、動きを見せない裏の者達への探りも少なからずある。






「コンコンコン」


「はーい」


 誰だろう?


 ベッドで休んでいるユウの元へ、何者かが訪ねて来る。

 ドアを開けると、そこにはピカワンとフォワが立っていた。


「フォワ~」


「あっ、どうしたの二人共?」 

  

「休んでいる所を申し訳ないっぺぇ。シンがシャリィ様に呼ばれてから帰ってこなかったペぇ」


「えっ!? そうなの!?」


 僕はてっきりピカワン君達と一緒だと……


「野外劇場でシンの帰りを待っていたら、シャリィ様がおら達に今日の練習は中止になったって言いにきたっぺぇ。さっきジュリちゃんに聞いてシャリィ様の部屋もノックしたけど、応答なかったっペぇ」


「そうなんだ…… う~ん、何処に行ったのかな?」


 二人の行き先を考えていたユウにフォワが話しかける。


「フォワー、フォワフォワフォワ~、フォワ~」


 な、何て言っているのだろう? 相変わらず全然分からないや……


「フォワフォワフォワ~、フォワ~」


「……えーと」 


「ユウ君は凄い活躍したって聞いたよって言ってるっぺぇ」


「えっ!? いや…… 活躍なんてそんな…… 無我夢中で全然覚えていなくて……」



 ピカワンはゆっくりと近付いて、ユウを強く抱きしめる。



「どっ、どうしたのピカワン君?」



「ユウ君…… ナナ達を助けてくれてありがとう」



 そう感謝されたユウだが、表情は決して明るくない。


「助けたなんて…… 僕は全然駄目で…… 強くならないと……」

 

 悲し気なユウに、ピカワンは目を合わせて再び口を開く。


「本当に…… 本当に、ありがとう…… ユウ君」


 その言葉に、ユウは少し照れくさそうにして俯き、ピカワンの肩におでこを当てた。



「……うん」


 

 その光景を見ていたフォワも、ユウに礼を述べる。



「フォワ~、フォワフォワフォワ」



 そう言うと、ユウの肩を叩いた。



 あっ、そこ殴られて痛い所……



「ユウ君一緒に晩飯食べに行かないっぺぇ?」


「フォーワフォワ、フォワフォワフォワフォワフォワーフォワ!」


「……なんて言っているの?」


「練習をほったらかしにして居なくなったシンの分まで食ってやるって怒っているっペぇ」


「ふふふ、うん、そうだね! 先に沢山食べてシンにガッカリさせてやろう」


「乗ったっペぇ、その話!」


「フォワァ!!」

 

 3人は笑いながら皆が待つ食堂へと向かって行った。




 その頃シンとシャリィは……


 シャリィが新しく役場から借りて来た馬に引かせている馬車で、街道をイドエに向け進んでいた。


「ガタガタガタ、カラカラカラカラー」



「ンギャァァァー」



「うおぉぉ、なんだ今の鳴き声!? 夜の街道は気味が悪いな……」


「車輪の音に驚いた鳥だろう。心配するな、近くに怪しい気配はない」


「へぇ~」



 その後、しばらくの間黙っていたシャリィは、疑問に思っていた事をシンに訊ねる。


「シン」


「んあ?」


「……一つ聞いて良いか?」


「あぁ、勿論。なんだ?」



「……イドエでユウに何を教えたいのだ?」



「……」

 

 シンは…… 直ぐに口を開かない。  


「……さぁな」


 答えないか…… 

 ……聞いた私が野暮だったな。

 今聞かずとも、時が来れば分かる事だ……



 フフフ…… 私が再び好奇心を抑えきれず口にするとは……


 

 この時シャリィは、二人と共に過ごし、変化していく己を滑稽に感じていた。



 しばらく間をあけて、シンは呟く。


「教える…… か……」


「……そうだ」


「別にそんなつもりはないさ」


「……そうとは思えないがな」


「ただ…… 燃料・・についてはユウが自分で気が付いたのさ」


「……燃料?」


「あぁ…… 人の心を形成する大切な燃料の一つさ」


「……」


人間ひとは他人の才能や持っている物に嫉妬し、妬み、憎しみ、それを燃料にする奴等がいる」


「……」


「そんな物を燃料にしていくら成功しても、心は腐ってしまい、取り返しがつかなくなってしまう」


「……」



「なぜなら、それは正しい燃料じゃないからさ」



「……正しい燃料とはなんだ?」


「俺が思う正しい燃料は……」


「……」



「リスペクトさ」



「……」


「他者を認め、リスペクトする心こそ、正しい燃料なのさ」


「……」



「ユウは、それに自分で気づいたんだ」


 ……ずいぶんと嬉しそうだな

 そう、確かに気付いたのはユウ自身かもしれない。

 だが、イドエに来てからのお前は、様々な才能をまるでわざと見せつけるかの様にしている。


 その言動により、ユウの心に嫉妬を生ませ、それを気付かせる為そう仕向けていたのだ……

 今日のストビーエの件といい、見事にハマっている。



 だがなシン……



 そんな価値観は…… この世界でのお前達には無用の産物かもしれない……


 

 お前は、何処まで理解しているのだ……



「う~、夜は冷えるな~」

  

 シンはそう言うと、馬を操作しているシャリィにピッタリと身体をくっつける。


「……離れなければ、ここに置いて行くぞ」


「ちぇ、誰も見ていないのに、お固いこった」


 シンは元の位置に身体を戻す。


「フッ、好きに言え」




 ……私も少々


 この男に踊らされている様だ……




    

 1時間後、イドエに戻って来たシンは、時間が遅いため、宿の馬小屋に借りた馬を入れる。


「よしよし、普段と違う家だけど、一晩だけここで我慢してくれよ」


 馬に優しく語り掛けるシンを、シャリィは見ている。



 馬車の点検を終えた二人は食堂へ向かう。


 するとそこには…… 


「おかえりっぺぇシン」


「シン、シャリィさんおかえりなさい。二人で何処に行ってたの?」


「フォワ! フォワフォワフォワ!!」


「おー、ただいま! 皆こんな時間まで食っているのか? ユウ、後で答えるよ。フォワ、何で怒っているんだ?」


「フォワフォワ!!」


「シンがとっておきを少ししか教えてくれなかったせいだっぺぇ」


「あー、それか!? すまない、明日こそはたっぷりと教えるからさ」


「フォワ~」


「本当っペぇ? って言ってるっぺえ」


「はははは、本当にすまない。あれ、ブレイは来てないのか?」


「ブレイは晩飯を一緒に食べた後、例の所に行ったっペぇ」


「そかそか。あーっと、モリスさーん! お腹ペコペコだよ~、何か直ぐに出せる物ありますか?」


 シンに呼ばれたモリスは、厨房から出てくる。


「それが……」


「うん? どうしたのモリスさん?」


「皆が沢山食べてくれて、出せる物となると、飲み物ぐらいしか無くて……」


 モリスがそう告げると、フォワがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。



「フォ~ワ~」



「……皆、わざと俺の分まで食ったな?」


「フォワ? フォワフォワ~」


「知らないって惚けているんだろフォワ!?」


「当たってるっペぇシン。やっぱりもう通訳はいらないっペぇねぇ」


「いや、今のは誰でも分かるって!? くっそぉ!」



 シンは悔しがった後、シャリィの名前を大きな声で呼ぶ。



「シャリィ! あれを出してくれ!」



「フォワ!?」


「あれって何だっペぇ?」


「どうしたっぺぇ?」


「何だっペぇ、何だっペぇ?」



 ピカワン達は興味深々である。



 シンに言われたシャリィは、テーブルの上にインベントリから大量の苺を出す。



 それを見たピカワン達は……


「フォワーーーー!!!???」


「ほおぉぉぉぉー、苺っペぇ!!??」


「苺だっペぇ!!」


「こでが苺っペぇ!? おら初めて見たっペぇーよ!!」



 えっ!? 苺だ! いったい何処で?

 


 シンは苺が山積みに置かれたテーブルに、ドスっと音を立てて座ると、ピカワン達を見てニヤリと笑みを浮かべる。



「皆と食べようと思ってシャリィに頼んでいたけど、いいもーん。俺一人で食べるからいいもーん」



 そうなんだ、シャリィさんに頼んでいたのか。

 ふふ、子供みたいに……



 ユウは少し呆れていた。



「フォワ!!!」


 苺を食べようとしているシンの背後に、フォワが飛び掛かり羽交い絞めにしてしまう。


 不意をつかれたシンは、動けなくなってしまった。


「おっ!? 何すんだよフォワ!? 離せって…… って、力強いなおい!?」


「フォーワー!」


 今だと言わんばかりのフォワの雄たけびで、皆が一斉に苺をむさぼり始める。


「うわーーー、美味いっぺぇ!!」


「甘いっペぇ!」


「こでが、こでが苺の味っぺぇかぁ!? 美味しいっぺぇ」


「うんまぁ~、美味いっぺぇ!」


 ピカワンは自ら苺を食べながら、シンを押さえているフォワの口にも苺を入れてあげている。



「フォワ~、フォワフォワ~」 



 そう言うと、フォワは満足そうな表情を浮かべる。

 

「ピカワン! 俺の口にも入れろ! 苺、無くなっちゃうだろ! 俺にも、ほれ! ほれ!」


 ピカワンはシンの言葉を無視し、自分とフォワの口のみに苺を入れる。

 

 それを見ていたピカツーがシンの口元に手を差し出す。


「おっ! ピカツーナイス!」



 ピカツーがシンの口に入れたのは…… 苺のヘタだった……



「ブッー! ペッ、ペッ、これ葉っぱのとこじゃねーかピカツー! 本体を入れろって!」


 その光景をユウは笑みを浮かべて見ていた。



 本体って……



「ぶっふふふ」


 笑いながらシャリィに目を向けると、ユウと同じ様に笑みを浮かべている。


 シャリィさん……

 今日は本当に…… ありがとうございました。


 ユウはシャリィを見つめながら、心の中で礼を述べた……



 その時シャリィは……


 

 ……私の分の苺まで出さなくて本当に良かった。

 後に部屋で一人、食すとするか……


 

 そう思っていた。



「よーし! そっちがその気なら、まぢで力入れるからな!」


「フォワ?」


「鳶のパワーなめんな!?」


「フォーワー?」


「いくぞ!」


 シンが顔を真っ赤にして、力を込めフォワの拘束を無理矢理解こうとした瞬間!


 フォワは刹那のタイミングで手を離す。


 すると、勢いの付いたシンの両腕は、自らテーブルにぶつけてしまう……


「ガン!」


「いだだだだだだだだだぁーーー」



 馬鹿…… いくぞって掛け声を出すから……

 馬鹿…… タイミングが丸分かりだ……



 ユウとシャリィは、同じ事を思っていた……



 痛みでもだえるシンを見て、皆が笑っている最中、ピカワンは近くにあったお皿に苺を入れている。


 それに気づいたユウが見ていると、ピカワンはその苺をモリスとジュリに渡していた。



 ピカワン君……



 僕、君達と知り合えて本当に良かった…… 心からそう思っています……



「フォワフォワフォワ~」






 

「えーー! ストビーエの町でそんな事があったの!?」


「う゛ん」


 ブレイはキャミィにストビーエで起こった事を話していた。


「大丈夫なの?」


「ジャジィ様が、まぼうでじりょうしてくれだがら、大丈夫っべぇ」



 キャミィは心配そうにブレイを見つめている。

 


「そのユウ君って人は、ここに来ていたあの人の友達なの?」


「う゛ん、ジンと同じジャジィざまのジューラだっべぇ」


「へぇ~、そうなんだ。皆良い人だね」


「う゛ん」



 ほぉ~、そんな事があったのかい……



「ギャミィ、ごれ」


 ブレイは買って来たブレスレットと、おまけで貰った髪留めを鞄から取り出す。


「わぁ~、綺麗~」


「う゛んう゛ん」


「これ私に?」


「う゛ん、に゛あうどおもっで」


「……つけて」


 ブレイはブレスレットをつける為、キャミィの手に触れる。

 すると、ブレイの顔は、みるみるうちに真っ赤に染まってゆく。



 すべすべで、柔らかいっペぇ……



「わぁ~、ほらー見てー」


 ブレイの想像していた通り、ブレスレットはキャミィの白く美しい手首を、更に引き立たてている。

 

「に゛っ、に゛あっでるっべぇ」


「うん! 私もそう思う! ありがとう|ブレイ《・・・

》」


「べへへ」


 照れ臭そうに笑った後、ブレイは何かを思い出したかの様な声をあげる。



「あ゛っ!?」


「どうしたの?」


「ごっ、ごれも゛」


 ブレイが袋から取り出したのは……


「あー、苺ぉー!?」


「う゛ん、ごれもがっでぎだ。だべで」


「ありがとうー、私苺大好きなの! ねぇ、一緒に食べよう」


「お゛ら、だべでぎだがらいいっべぇ。ギャミィが、全部だべで」


 自分の事はいい、キャミィに沢山食べて喜んで欲しいと願い、そう答えたのだが……



「……やだ」



 ブレイのそんな思いやりを、キャミィは拒否する。



「え゛?」



「一緒じゃないと…… 食べたくない……」



 キャミィもまた、ブレイの事を思っていたのだ。


 そう言われたブレイは、俯き少し不貞腐れているキャミィを見つめる。



「わ゛がっだ、いっじょにだべよう」


「……うん!」


 顔を上げ、幸せな笑顔をブレイに向けるキャミィ。



 

 ……キャミィ、サイス~、あんた達は心が美しく、本当にお似合いだねぇ。

 小汚い売春宿ここの客達にも見習って欲しいぐらいさ。



 隣の部屋で、二人の会話に聞き耳を立てているヨコキの姿があった。






「村長……」


「あっ、もう帰っていいですよ」


「しかし……」


「私も直ぐに帰りますので、気にしないで」


「はい…… ではお先に失礼します」


「はい、また明日に……」



 レティシアはシンと老人達の話し合いがあの様な形で終わった事。


 それに……

 

 シンへの不信感が日に日に芽生えおり、更に心が打ち拉がれていた。

 食事も喉を通らず、一見で分かるほどの変化が、身体に現れている。

  

 そんなレティシアを、職員達は心配していた。


 村人との関係が今のままでは、協力金を出す訳には行かない……

 もし、実行してしまえば、老人あの人達の不満はさらに膨れ上がって取り返しのつかない所までいってしまうかも……


 けど…… 一度決めた事を今更撤回するわけには……


 決断に迫られたレティシアは、ある考えを実行するしかなかった。



 それは……





 部屋に戻ったユウは、シンに再び質問をする。


「ピカワン君から聞いたけど、午後の練習中に居なくなったって、何処に行ってたの?」


「う~~~ん、それなんだけどな……」


「な、何?」



 何か変だな…… あの苺といい……



「まぁ、ユウには正直に言うよ」


「……」



 もしかして、もしかしてシンは、ストビーエに行っていたのでは……



「実はな……」


「うん……」


「実は、どうしても我慢出来なくて、練習を見に来たシャリィを連れだして襲ってしまったんだ、性的に……」



「……」



 シンの言葉で、ユウは固まる。



「それが…… 発情期に入ったみたいでさ俺、ムラムラしちゃって、自分を止める事が出来なくて…… つい……」


「はっ、はっ、発情期!?」


 ユウの目は、これでもかと言わんばかりに大きく見開いている。


「それでシャリィを本気で怒らせたみたいで、人のいない村の外に連れ出されてさ、恥ずかしい話だけど、ずっとしつけ・・・を受けてたんだ」


「いっ、一体、なっ、何を言っているの?」


「何を言っているって、だから何処に行っていたか聞くからさ」



「……」



「俺よ、森の中でずっと正座させられててさ、いつ魔獣が襲ってくるか分からなくてドキドキしてたんだ。そしたらさ、まるで教師と生徒のおあずけSⅯプレイみたいに自然になってて、そのシチュエーションのせいかシャリィも興奮してき……」


 ユウはシンの話に悲鳴の様な声を被せる。


「あーあーあーあーあー、もういいって! 聞きたくないってそんな話! どうせ、そのえ、えええ、えす何とかはシンの作り話だよね!? シャリィさんを怒らせたのは分かったからもういいよ!」


 そう言うと、ユウは両掌を耳に当てて、シンの声を遮断していた。



 ……フッ、ごめんなユウ、嘘付いて 



 シンは大嘘を付いて誤魔化し、あえてあの件にも触れないようにしていた。


「もう寝ようよ!」


「そうだな」


「おやすみなさい!」



 ちぇ、心配して損した…… 僕は殴られたりして大変な目にあったというのに…… もう!


 ベッドに入り横になってから、シンはボソッと呟く。


「そういえば……」


「うん?」


「買い物は楽しかったか?」


 シンの質問に、ユウは二つ返事をする。


「……うん! 楽しかったよ」


「……そうか。おやすみ」



 どうしてだろう…… あんな事があったのに、悪い日だったとは思えないや……


 



 次の日……


 いつもの様にモリスの食堂で朝食を注文して待っている三人の元に、ジュリが食事を運んでくる。


「おまたせしました」


「あっ! ジュリちゃん、僕がやるから。大丈夫だからね」


「え? あー、はい……」


 少し驚いているジュリにユウは小声で耳打ちする。


「あのねジュリちゃん、しばらくの間シンには近づかないでね」


「え? どうして?」


「えーと、その~…… そう! シンはできものが出来ちゃってね、うつるといけないから」


「そうなのですね。はい、分かりました」


 モリスさんにも伝えておかないと。発情期のシンに襲われたら大変だ!

 後でシャリィさんにしっかりとシンを見張る様に頼んでおこう……


 シャリィとシンはおかしな行動をするユウを見ていた。



 ……シンにできもの?


    

 完全に本気にしてんじゃんユウのやつ…… 自分で蒔いた種だけど、まいったなぁ…… 



 怪我を負ったユウと少女達は、シャリィに言われ、この日から三日間の休日を取る事になっている。

 朝食を終えたユウは、モリスに忠告した後、部屋に一人戻って行った。




 そして、この日の正午を過ぎた辺りから、村は騒がしくなる。



「おーいロス、もう聞いたかのう?」


「あー、聞いとるよ…… 協力金の話しじゃろ?」


「そうじゃ! まさかの~」


「あー、まさかじゃのう……」



 正式な村人では無い者達だけに、協力金を配る事に対して不満を持っている村人の声を聞き入れたという名目で協力金を撤廃し、現段階で村に在住しており、尚且つ13歳以上の者に対し、協力金と同じ金額を本日から配り始めると発表した。


 兼ねてより信頼を置いている数名の職員に、副村長の隠し財産を探させていたが、副村長派の妨害や、何処からともなく噂を聞きつけてきた、ハイエナの様な犯罪者達も参加してきた為、その対応にも追われ、数日前にやっと見つけ出す事が出来た。


 それにより、村に残った協力金配布対象者だけになら、十分すぎる予算を確保したが、13歳以上の在住者全員に配るとなると、数ヶ月しか持たない。


 これ以上村人の不満を募らせるわけにはいかないと考えた、苦肉の策でもあるのだが、人々の受け止め方は様々である。




「シン、レティシアはハッキリとしたタイムリミットを突きつけてきたぞ。それはつまり、お前への不信感の表れだ」


「あぁ、そうだな…… どうせ最初から数カ月の予定だ。大丈夫、問題ないさ」


 

 はたして…… そうかな…… 





 どうやら、とんでもないシロンを隠しておった様だのう村長……

 正直な所、私利私欲の為とまでは言わん。

 だがのう…… それが村にとって正しい使い方なのかのう……





 ウッシシシシ、あの村長こむすめ、思い切った事をしたねぇ。

 まぁ、確かにこれで怒りを納める村人も居るとは思うけど、逆にあの老人達にその金は何処から出ているのか追及されるのがおちさ。


 シッシシシシ、笑っちまうね。尻に点けた火が、せっかく消えかかっているのに、また自分で点け直しちまうんだからねぇ。

 

 この売春宿やどがある限り情報には困らない。

 売春宿ここあそこ・・・を締め付けられた男は、逆に口はゆるくなっちまうのさ。

 男なんて、秘密を自慢げに語る馬鹿ばっかりだからねぇ。


 ウッシシシシ、坊や…… 坊やが村をまとめる手段は読めているさぁ~。

 ガキ共の演劇はおとり、本丸は…… 


 小麦だよねぇ~、シッシシシ。

 

 最高ランク冒険者の権力ちからを駆使し、ジワジワと農業ギルドに圧力をかけて小麦を本来の正当な値に戻して、村を豊かにするつもりだね。

 村人にそれを隠しているのは、農業ギルドやつらと組んでいる裏社会の者達を恐れ、表立って反対されるのが嫌だからだろ?

 昨日のストビーエの件は、裏社会への探りだよね。ちょっかいを出さなくて良い連中に出すなんて、それで確信したさぁ。


 確かに成功すれば、間違いなく村人の支持を集める事は出来る。


 だけど、そうはさせない…… あたしには副村長の死で、行き場の無くなった副村長派達やつらもついている……

 イドエで裏の物流を握ったあたしに、村の変化を望まない農業ギルドが、副村長派あいつらを使って接触しようとしているのを知っているかい?


 それにね……


 いざとなれば、坊やの弱点を利用して……



 ウッシシシ、そうなれば、あんたは折れるしかない!


             

 ……見えて来た


 先が、終着点が見えて来た…… 

 

 ついにあたしの…… 私の・・夢が現実になるのね…… 

 

 

 長かったわ……


 

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