90 錯乱



 発表されたこの日から直ぐに村長の指示で地区ごとに分け、日時を決めてシロンを配り始めた。

 これといった大きな混乱もなく、村人達は指定の時間に役場でシロンを受け取る。


「グラケン、貰ったかの?」


「お~ロバス、今から貰うところだの。お前は貰ったの?」


「60日分貰ったの、これから生活が楽になるの~」


「そうだの~。魔獣もすっかり少なくなって、護衛も無しで村の外に出かける事が出来るかもしれんと皆が噂しとったの」


「本当かの?」


「村長に感謝せんとの」


 今回の措置を村人の中には好意的に受け止める者も増えていたが、ヨコキの読み通り、金の出所を追及する動きも起こり始めていた。




 地区長達はスピワン・プイスに呼ばれ、ピカワンの家に集まっていた。


「いくら村の為に使うとはいえ、領主様の財産を掠め取るとはの~」 


「明るみになれば、大事になるのは間違いない……」


「待て待て。もしかして、あの冒険者が出してるのかもしれんの?」


「13歳以上の村人全員だぞ!? いったいどれほどの金額だと思っておる!?」


「……確かにその線も無いわけじゃないのう。後から回収すればいいだけだからのう、利息をタップリと付けての!」


「なるほどのう、もしそうなら、村長はずっと奴等の言いなりだの」


「……どちらにせよ説明はできんの。冒険者に借りたとも言えんし、当然横領していましたなんて言える訳もないの。皆も知っての通り、村長は以前、ガルカスとの関係に噂はあったの……」


「それなら、村の金を1シロンも私利私欲の為に使ってないとは言い切れん。どうするかの?」


「そもそも、今の使い方自体が私利私欲だの!! 村長の言う通り、いくら領主様が放置しとったとしても、これだけの金額を配るとなると、村長の権限の範囲を超えておる! 誰の金だとしてもだの! のうロス!」


 ナナの祖父ドリュー・ロスは、重い口を開く。


「報告するしかないの…… 誰がどう考えてもおかしな金額だの…… 横領の確実な証拠はないが、知らないふりは出来んの……」


 ロスのその言葉で、地区長達はしばらくの間、静まり返ってしまう。


 そして…… 一人の地区長が口を開いた。


「報告して、罪に問われたら…… それだと…… 村長は死罪になってしまうの……」


「……そうだの」



「皆……」



「なんだの?」



「言わんでも分かっとるの…… 村長あの子は、あの人の孫じゃの……」



「……」


「……」


「それに…… 横領なら村長一人で出来る訳がないの…… つまり、村長に加担した職員達も死罪に……」


「……」


「皆がそう考えるのは当然だの…… だから領主様に報告するわけがない…… それを利用しているのかもしれんの村長は……」


「それなら…… たちが悪いのう……」



 またしても無言の時間が過ぎてゆく。



「話し合いの時、あのシューラは何故村を救うのか、明確な理由を言わなかったの。何かを隠しておるのは間違いないの」


「小麦の…… この村の小麦の利権を狙っておると考えるのが普通じゃろのう」


「……」


「そうじゃろうのう、他にこの村には金になる木はないからのう」



 ここで一人の地区長が、誰も口にしなかった意見を述べる。


 

「……あいつらに賛成しとる訳じゃないがの、意見の一つとして聞いてくれるかの」


 そう言った地区長は、ロスを見ている。



「言うてみ」



 地区長の一人は、一つ大きな息を吐いてから口を開く。


「……皆も一度ぐらいは考えた事があるじゃろ、のう?」


「……」


「無法者が…… 冒険者に代わるだけじゃないのかの? 小麦が狙いだとしても、ガルカス達も居なくなった。それに魔獣も見なくなったし、村は良くはなっているの…… わしらが意地を張っとらんで、いっそうの事、協力するという手もあるがのう……」


 その言葉を聞いた地区長達は、目を閉じる者、顔を背ける者もいる。 


「……」


 他の者が発言者と目を合わせない中、ロスだけはその地区長を真っ直ぐに見て口を開く。


「ガルカス達を追い出し、魔獣を駆除し、そして…… 若者をたぶらかす…… そうすれば、おのずとそういう意見が出るのは予想出来るのう」


「そりゃ、そうだがのう…… 現実として……」


「協力すると簡単に言うがのう、村が大きく変われば農業ギルドや村を食い物にしている連中が黙っておるはずなかろうがの!?」


「……」


「村におる冒険者は全部で3人だの? それで合っとるか?」


「そうだの……」


「そのうちの一人は、シューラでありながら、わしらと何の変りもないらしいがの」


「どういう意味だの?」


「魔法も使えん、剣も使えん、殴り合いも出来ん」


「そんな馬鹿な話があるかいのう!? 冒険者じゃろ!?」


「うちの孫が怪我して帰って来てのう。詳細は省くが、問い質したら、そういう話が出て来たがの」


「……」


「あのシンとかいうシューラは強そうだの?」


「確かにの…… 口はなっとらんが、強そうではあるの…… が、最高ランクの冒険者が一人と、使えそうなシューラは一人。それで農業ギルドややくざに対抗できるのかいの!?」


「……」


「ガルカス達が居た頃は、おかしな形だったのは間違いないがの、村はそれなりに安定しておったのう」


「……」


「その安定が崩れ始めておる。そうなれば村で争いが起き、村人が犠牲になるのう」


「……」


「あいつらが、一人も犠牲を出さんと村を変える事が出来ると言い切れるかの!?」


「……」


「少ない犠牲で済んだ、そんな言葉は亡くなった者の遺族に言える訳無いの」


「そうだの…… 争いが起きない様にするしかないの…… つまり、この村を変えないのが一番だの」



 地区長の一人が意見を出す。



「今ならの、農業ギルドもやくざも動いておらんだの? そうだの? それなら、今のままの状況で止めて貰うっていうのはどうだろうの? 今でもガルカス達に入っていた金が、冒険者あいつらに入るんだの、それをわしらは邪魔せんいうての、そうやって相談してみるのも良いかもしれんのう?」


「無駄だの……」


「何でかの?」


「……村長はハッキリ言っておったのう。この村を、昔の様に戻すと」


「確かに…… そう聞いたの……」


「つまり、現状のままで止める気はないという事だのう」


「……」



 それだけの話を聞いても、一人の地区長はロスの意見に食い下がる。



「言うてみるだけでも価値はあると思うがの? もしかしたら分かってくれるかも知れんの!?」


「……」



 その意見に、無言の圧力を感じた地区長は、口にしてはいけない事を言ってしまう。



「もっ、勿論、あの・・事を忘れた訳じゃないがの、あれから20年ぐらい経った訳だしの。それに、今村におる冒険者は、無関係じゃろうし……」


 ロスの強い視線を感じた地区長は、言葉に力が無くなってしまい、話が途切れてしまう。


「のう……」



「ええか皆…… 何十年経とうが、忘れた事など、いや、生きている間に忘れる事など出来るはずも無いの!! 冒険者あいつらだけは、絶対に許せん!」



 ロスの一声で、協力する話は消え去る。

 そして、横領疑惑を黙っている訳にもいかず、レティシアに問い質す事で皆の意見は一致する。




 シンと少年達はユウが休んでいる間に、午前中はプロダハウンの掃除と修繕をし、昼食後は野外劇場でビートボックスの練習をしていた。


 皆が徐々に上達する中、群を抜いている人物がシンの目に映る。


 ……レピン、良い音だ。それにリズムもいい。


 ジッと見て来るシンと目が合ったレピンは、少し照れくさそうな表情をして、ビートボックスを止めてしまう。


「レピンどうして止めるんだよ? 続けろよ~」


「……上手い人に見られたら恥ずかしいぺぇ」

 

「ははは、気にしなくていいよ。ビートボックスは気に入ったか?」


「魔法も道具も使わず色々な音を出すって面白いペぇ。おらもシンみたいに一人で出来るようになりたいぺぇ」



 魔法も使わずか……



「楽しんでもらえているなら、俺も教えがいがあるよ。レピン、頑張るのは良いけど、連続でやると喉とか舌とか色々痛くなるだろ? 慣れるまでは休憩も挟もうな」


 レピンのビートボックスに対しての情熱は、シンも前々から感じとっていた。

 シンが居なくなってしまった昨日、一番ガッカリしていたのはフォワではなくレピンだった。


 少年達の中では19歳と最年長だが、童顔で身体は細く、口数も少ないため、存在感をあまり感じない。

 その為、シンもついついレピンの健康を心配するような発言をしてしまうほどであった。 





「ママー!?」


「どうしたんだい大きな声出して?」

 

「お客さんが押し寄せてきて大変なの! 誰か手の空いている子を寄こして!」 


「……はいよー」


 そう言いに来た女性は、今来た道を直ぐに戻って行く。

 

 そうだね、村長が金を配り始めたら当然その金で買い物をするよねぇ。

 

 この日からヨコキの売春宿や買い取った店は軒並み繁盛してゆく。その理由の一つに、村が経営している店より品数が豊富で、ガルカス達も居なくなり治安が回復したのも大きく、村人は自然とヨコキの店に流れて来ていた。

 

 シッシシシ、これだけでも買い取って正解だったと言えるね~。

 

 金を配る対象は15歳の成人からでいいのに、わざわざ13歳にしたのは、あたしの機嫌を損ねない為だよねぇ。

 うちの売春宿は未成年も多いからさぁ。

 気を使わせて悪いねぇ…… 


 だけどね、そう遠くない先に村長あんたは何一つ気を使わなくて済むようになるさぁ。


 ウッシシシシ







「コンコンコン」


「どうぞ」


「村長、地区長のロスさんとプイスさんが面会を……」


「……お通しして下さい」


「はい……」


 職員に招かれて、ナナの祖父ドリュー・ロスと、ピカワンの祖父、スピワン・プイスが村長室に入って来た。


「ようこそお越しくださいました。どうぞお座り下さい」



 ……急に痩せたのう。


 

 ロスとプイスの二人は、レティシアの見た目に驚く。


  

 元々細い子だったがの、更に細くなっておるの……



「突然申し訳ないのう、立ったままでけっこうだの」


 ロスはそう答え、レティシアを心配するかの様な眼差しを向けている。


「そうですか。今日はどういったご用件で……」


「……」


 レティシアの容姿を見て決心が鈍りかけたロスは、少し間を空け、意を決して口を開く。


「……率直に聞くがの」


「はい」


「村人に配り始めた金は、何処から出ておるか、答えてくれんかの?」


「……」


 黙り込むレティシアに、今度はスピワンが声をかける。


「つまり、そう言う事だから答える事が出来んかいの?」


「……いいえ、できます」



 その返答で、レティシアが無言を貫くと思っていた二人は驚いてしまう。

 


「そうか…… では、説明してもらおうかの」



 本当の事を答える訳はない、二人はそう思っていたが……



「皆様の想像通り、今、村人にお配りしているシロンは、私が横領して作った物です」




 その言葉を聞いた二人は、レティシアの眼を真っ直ぐに見詰める。



「その発言が、どれほど大変な事か分かっておるんだの?」


「はい、明るみになれば、私は死罪になります」


 真っ直ぐにロスの眼を見てレティシアは答えた。


「明るみ…… わしらが領主様に報告せんと思っておるのかの?」


「いいえ、そうは思っておりません」


「ならどうしてあっさりと罪を告白したかのう?」



 少し間を開けて、レティシアは答える。



「私は…… 死罪になっても構わないからです!」


「……」


「この村を元に戻す為なら、私はどの様な事でも致します。どの様な罰でも甘んじて受け入れます」 

 

「……」


「皆様に追及されずとも、元より、村が昔の様に戻れば、自分から領主様に告白するつもりでした」



 レティシアの決意を二人は黙って聞いている。



「ですので、早いか遅いかの違いです」


「今あんたがおらんようになれば、計画は止まると違うんかいの?」


「……計画は止まりません」


「なぜそう言い切れる」


「私が居なくなっても、後を継いでくれる職員がいるからです」


「その職員も、横領に加担しておれば、罪に問われるんだがの……」


「職員は無関係です。横領は私とガルカスでやりました」


「そんな嘘が……」


 レティシアはロスの言葉に被せる。


「誰にどの様な事をされても、答えは一つです。横領をしたのは、私とガルカスです。それと亡くなった副村長です」


 つまり、副村長派の奴等も……

 それだけ大量の職員が罰せられると村は機能せんなるのう……


「と、その様に私が答えると、あなた方は領主様に報告せざるを得なくなる」


 ロスとスピワンは顔を見合わす。


「……どういう事だの?」


「もし、あなた方が職員や村人の事を思って報告を怠れば、私程の罪ではありませんが、あなた方にも罪が及びます。ですので、先ほどの質問にはお答えする訳にはいきません」

 

 わしらが報告出来んのは、最初から承知のようじゃのう……


 そう、地区長達はレティシアは絶対に無言を貫くと考えていた。

 そして、答えないのを良い事に、レティシアにプレッシャーを与え、その責任を内々で追及しようと考えていた。


 だがの、それよりも……


「申し訳ありません。時々、嘘を付く癖がありまして…… 先ほどの会話は冗談だと思って頂けると幸いです」



 ……いったい、どうしたのだ。



「あっ、報告されなくても、これだけの金額を動かしているので、領主様の耳には自然と届くと思います。ですのでご心配なさらずに、うふ」


  わしらに対してその口調…… 後戻りできんなって、藻掻き、苦しみ、錯乱し、壊れかけておるの……


 先程まで微笑を浮かべていたレティシアだが、突然表情が一変し、俯き、覇気が無くなる。


「まだ…… ご用件はございますか?」


 そう、呟く。


 ……このままだと、村長は間違いなく壊れてしまう、のう。

 

 

 二人は無言で村長室から出て行く。

 


 帰り道、ロスはスピワンに話しかける。


「さっき見た村長の事は、地区長他の者達には黙っておこうかのう……」


「……そうだの」


 まさかあそこまで精神的に追い込まれておったとはのう……

 あそこまで追い込んだのは、わしらの責任でもある…… 今更だがの、もっと話し合いの場を設けてやればよかったかの。


 そう考えていたロスに、スピワンが口を開く。


「悪い事したのう……」


「……仕方がないの。わしらは協力せんと最初から言っておったの……」



 この時、ロスはレティシアの祖父を思い出していた。



 あなたのお孫さんを、助ける事が出来んで申し訳ない…… 



「スピワン、少し寄り道をしていこうかのう」






 ロスとスピワンが立ち寄った場所は…… 野外劇場。



「おった、おったの」


 歩いてくるスピワンとロスに、最初に気付いたのはピカワンだった。



 じいちゃん…… それにナナの祖父じいちゃんも……  いったい何しに来たっペぇ……

 


「ピカワン」


「……」


 どうせろくでもない用事と思ったピカワンは、祖父の呼びかけに返事もしない。


「あの冒険者はおるか?」


「……」


 同じ家に住んでいながら、普段から会話も無く、一方通行であった。


「聞いとるじゃろ!?」


「……」



 大きな声を出すスピワンに、少年達の視線が集まる。

 その中には、ピカツーもいた。

 目の合ったスピワンは、今度はピカツーに訪ねる。



「ピカツー、冒険者はおるかの?」


「じいちゃん……」


「おるんだったらの、呼んできてくれんかの?」


 そう言われ困ったピカツーはピカワンに視線を向けるが、ピカワンはスピワンを睨むように見ており、ピカツーの視線に気付かない。


 どうして良いか分からないピカツーが下を向くと同時に、シンの声が聞こえてくる。

 


「どうも、何か御用ですか?」


 トイレに行っていたシンがちょうど戻って来た。


「用がなければこんな所に来るはずもない事ぐらい分かるだの?」



 その上からの物言いに、ピカワンは切れてしまう。



「ジジィ! 何だっペぇ、その言い方は!?」


「お前こそジジィとはなんだの!! 黙っておれ! こいつ・・・に用事があって来たんだの!」


「こいつって誰の事だっペぇぁ!?」


「この冒険者に決まっておろうがの!」


「シンって名前があるっペぇ、ちゃんと名前で呼ぶっペぇジジィ!」


「このぉ、ジジィジジィと何度も……」


 言い合いを続ける二人の間に、シンが割って入る。


「俺に用事があるんですよね? それなら場所を変えましょう。すまないな、皆は待っててくれ」


 そう言い残し、シンとスピワン、それにロスの三人は、野外劇場から離れて行く。

 少年達は誰もその場を動かず、無言で見送っていた…… が、一人だけ三人の跡をのこのことついてゆく。


 それは……

  

「フォワフォワフォワー」


 フォワだった。


 


「……ここらで良いだろの」


 そこは嘗て村に訪れた者達の馬車を停めていた場所。

 長年放置され、雑木林の様になっていた。


 最初に口を開いたのは、ナナの祖父、ドリュー・ロスだった。


「本当はの、冒険者なんかと話す事など何もないし、口も聞きたくないがの……」


「……」


「取りあえず、座ろうかの……」


 三人は、放置されている木材に腰を下ろすと、再びロスが口を開く。


「村長さんがの、余りにも不憫での」


「村長さんが?」 


「そうだの。さっき会ってきたが、重圧に耐えきれず、普通じゃなくなってきとる」



 その言葉で、シンは神妙な表情になる。



「……どういう風におかしかったんですか?」


「急に笑ったりの、わしらへの態度も今までとは明らかに違っての、情緒不安定なのは間違いないのぅ」


「そうですか……」



 その言葉を聞いて、シンは俯く。



「のう、こんな場所だがの、隠し事の無い話をしようかの」


「隠し事といいますと?」


「……お前達の本当の目的は何だの? 正直に教えてくれんかの」



 そう問われたシンは、数秒あけ口を開く。



「それは前も言ったけど……」


 その言葉に、スピワンが被せる。


「あの言葉は本気じゃないの!? 偶然この村に来て、現状を知ったから助けるなど、表面的なもんじゃの!?」


「……いや、表面的ではなくて」


 またしてもスピワンが言葉を被せてくる。


「小麦じゃろ!? 本当の狙いは村を支配した後の小麦だろうのぅ! 正直に言え!」


「……」


 スピワンは立ち上がり、座っているシンを上から睨みつけている。


「……俺達は、小麦になど興味はない」 


「じゃあ何に興味があるんかの!?」


 スピワンの興奮は収まらず、喧嘩腰で問いかけると、シンはゆっくりとした口調で答える。



「……未来さ」



「未来?」


 ロスは、二人のやり取りをジッと見ている。


「あぁ、興味があるのは、この村の未来さ」


「どういう意味だの!? お前達にぐしゃぐしゃにされて、潰れる未来かの!?」


「どうなるのか決めるのは、俺じゃない」


「じゃあ誰だの!? わしらとでも言いたいのかの!?」


 その質問に、シンは答えようとせず、ジッとスピワンの眼を見つめている。



「のう、シンとやら」


 黙って見ていたロスが口を開いた。


「お前の目的はさっぱり分からんの」


「……」


「放置されたこの村と、小麦の利権が欲しいとハッキリ言ってくれたほうがまだましだの」


「……」


「未来などと良く分からん目的を言われてもの、わしらが協力するわけないのう。そうだの?」


「……」


「ただの…… 村長さんはの、わしら大変世話になった人のお孫さんなんじゃ」


「……」


「お前達が来てから、村長さんとは意見の違いでぶつかって来たがの、憎んでおるわけじゃないんだの…… それどころか、出来れば助けてやりたいという気持ちは持っとる」


 シンは無言でロスの話を聞いている。


「だがの、何かが変化する時に起きるのはなんだの? 分かってるじゃろ、のう」


「……」


「争いが起きるのう。ガルカス達が居なくなっても、この村は農業ギルド、そしてやくざ者に食い物にされておる」


「……」


「だがのう、それも受け入れ黙っておれば最低限の暮らしは出来るのう。争いも起きず、誰も死ぬこともない。それに、村長さんもおかしくならずに済むのう」


「……」


「お前達など、いらんのだ! この村にはのう!」


「……」


「分かってくれんかのう……」



 ロスの話を黙って聞いていたシンは、徐に立ち上がり、野外劇場へ向け歩き出す。


 そして、ロスとスピワンに背を向けたまま口を開く。


「あんた達はそれでいいかもしれない。だけど……」


「……だけどなんじゃ?」


「言わなくても分かるだろう」


 そう言い残し、シンは戻って行った。


「はぁー」


 ロスは大きなため息をつき、スピワンが口を開く。


「駄目じゃのありゃ。出て行くつもりはないのう」


「……」


「ロス、どうするかのう…… いっそうの事、農業ギルドに手をかそうかの……」


「わしらがそれをしなくても、副村長派の連中がやっとるのう」


「そうだの…… 黙って見ておるしかないのかのう」


「……まだ一つ、手は考えてある」


「どういう手だの?」


「まずは、わしから試してみる…… それから皆にも続いて欲しい。のう……」


 この後、ロスからの話を聞いたスピワンは、二人で少年少女達の家を訪ね歩く。



「フォワー、フォワフォワフォワ~」


 三人のやり取りを見ていたフォワは、一部始終をピカワンに報告していた。


「フォワフォワフォワー、フォワフォワフォワ……」


 村長さんが…… 

 どうして…… どうしてじいちゃんたちは協力してくれないっぺぇ……

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