91 ニューカマー
二日後の夜……
「良くなっている、明日からまた練習を再開しても良い」
「はい! ありがとうございますシャリィさん」
せっかく医療魔法をかけて貰っているのに、やっぱりまだ何も感じないや、ちぇ……
礼を言われたシャリィは、ユウに笑みを向ける。
「シャリィさん」
「どうした?」
「ナナちゃん達の怪我は大丈夫ですか?」
「……あぁ、順調に回復している。大丈夫だ」
「そうですか、ありがとうございます!」
ナナとリンには大事を取って外出を控えさせており、この三日間、モリスの店にも顔を見せていない。
シャリィはナナとリンの家を毎日訪ね、回復魔法をかけていたが、シャリィと会っても挨拶もしない祖父母の態度に、ナナは不満を感じていた。
だが、その理由は怪我をして戻って来た自らにあると思っており、祖父母に文句一つ言わずその状況を受け入れていたが、祖父母の態度には、ナナの知らない大きな理由があった。
……明日から、アイドルプロジェクト再開だ!
少女達と新たな関係性を築けたユウは、ナナとリンとの再会を楽しみにしていた。
一方シンは、レティシアの現状を知っても、いつもと全く同じ日々を繰り返し、何の変化も見せない。
ただ、シャリィにレティシアの様子を見に行ってもらい、逐一報告を受けていた。
「シン、
「それがさ、言っているんだけど、休みはいらないって言うんだよ。無理に休ませようとしたら、この宿に朝から俺を訪ねに行くって言うからさ、それならってね」
「随分好かれている様だな」
「あぁ、俺もあいつらと同じ気持ちさ」
「……」
「ドンドンドンドン」
「……」
「ドンドンドンドンドン」
「はい」
ドアを強くノックする音。
それに応答する弱々しい返事が聞こえる。
「……どちら様ですか?」
「おらだっぺぇ」
……ピカワン君
「フォワ~」
フォワ君も……
ドアを開け、二人を迎え入れたのは…… レティシア。
「どうしたの二人で? 中に入る?」
ピカワンとフォワの二人は、レティシアの姿を見て驚愕する。
村長さん…… ほんの少し見ない間に頬がこけて、まるで病人みたいに……
「フォワ……」
「どうぞ」
「いっ、いや、いいっぺぇ。せっかく休んでいるところだっぺぇ? 邪魔したら悪いっペぇ。最近見かけてなかったから、ちょっと顔見たくなっただけだっぺぇ……」
「そうなの? そう言えば、最近会っていなかったね」
「……ちょっ、ちょっと痩せたみたいっペぇね」
「……そうかな?」
「フォワーフォワフォワ?」
「……何て言ったのかしら?」
そう言うと、レティシアは笑みを浮かべピカワンを見つめる。
「……食事をとっているのか、心配してるっぺぇ」
その言葉を聞いたレティシアは、フォワに笑顔を向ける。
「ありがとうフォワ君。うん、大丈夫よ」
とても大丈夫には、見えないっペぇ……
「……顔を見たから、おら帰るっペぇ」
「わざわざありがとう」
「……うん」
レティシアに背を向け、歩き始めた二人に声がかかる。
「ねぇ」
「なんだっぺぇ?」
振り返るピカワン。
「シンさんと居て楽しい?」
「……うん、毎日楽しいっペぇ!」
「……そう」
優しく微笑んでいるレティシアを目に映しているが、何故かそこに存在していないかの様にピカワンは感じていた。
消え去りそうなレティシアから目を背け、フォワと二人で歩き始める。
そして、しばらくして振り向くと、レティシアはドアにもたれかかるような体勢でまだ二人を見ていた。
そのレティシアを見たピカワンはまるで逃げるかの様に走り始める。
「フォワ?」
あんな村長さん…… 初めて見るっペぇ。
どうして…… どうして、あそこまで……
……シン達に頼っているだけじゃなくて、おらも、おらも村を変える為に何か、何か考えないと……
翌朝のプロダハウン……
ユウは逸る気持ちを抑える事が出来ず、朝食もそこそこにしてプロダハウンに一番早く到着していた。
そして中には入らず、外で少女達を待っている。
えーと…… あっ!? 来た来た来たぁ!
「おはようー皆!」
「おはようっぺぇ、久しぶりっペぇ~」
「おはようございます」
「クルクルクル、おはよう。この服見てーユウ君」
目を向けると、クルや他の少女達も、ストビーエで購入した服を着ている。
あー、あの時の服を着てくれている!
考えてみれば、この時の為に買ったのだから着ているのは当然なのに、どうしてだろう、今まで経験した事のない嬉しさが込み上げてきている!
ユウは少女達を見て幸せを感じていたが、直ぐにある事に気付く。
「……あれ? ナナちゃんは?」
そう聞かれた少女達からは笑みが消え、リン以外の少女達はユウから視線を外す。
「ナナは、こないっぺぇ」
「……えっ!? もしかしてまだ怪我が治っていないの!?」
心配するユウを見て、リンが答える。
「シャリィ様が毎日魔法をかけてくれたっペぇから、怪我は大丈夫っペぇ」
「そっ、それならどうして?」
まさか僕がまた何かしてしまったのかな……
そう自分を責めるユウだが、リンはその理由を直ぐに答える。
「
「じいちゃん?」
「そうっぺぇ、ナナの祖父ちゃんが、ここに来ることを止めたっぺぇ」
「お祖父さんが…… そうなんだ……」
自分が何かをしでかした訳ではないと安心したユウだが、心の中に仕方がない、その言葉が浮かんでいた。
ナナちゃんのお祖父さんからしてみれば、僕がストビーエに連れて行ったせいで大怪我をして戻って来たと思っているだろう……
そう思っているのなら、ここに来ることを反対されても仕方がない……
せっかくあんな事を乗り越えてからの再始動なのに……
けど、お祖父さんの気持ちも分かる……
この時、ユウは自分の笑顔が消えているのに気づく。
「あっ、ごめんなさい。少し考え事していて。それなら、仕方ないよね。後で僕がナナちゃんの家を訪ねてみるよ。スタジオに行こう」
「はーい」
「クルクルクルー」
「行くっペぇ、行くっペぇ。三日も家に居たっペぇから、身体を動かしたいっペぇ」
少女達は新しい服の着心地、そして靴の履き心地を楽しみながらダンスの練習をした。
一方少年達は、野外劇場でいつもの様に修繕と掃除をしている。
シンはピカワンの様子がいつもと違う事に気付いていたが、特別気に掛ける様子もなく、たんたんと作業をこなしていた。
昼食時を迎えると、リンに案内され、ユウはナナの家へと向かう。
「ここっぺぇナナの家は……」
「ありがとうリンちゃん」
「……あたしも一緒に居た方がいいと思うっぺーよ」
「うーん…… 僕一人でも大丈夫だよ」
「……そうっぺぇか。それならあたしは昼飯食ってくるっぺぇ」
「うん、案内してくれてありがとう」
リンの姿が見えなくなるまで見ていたユウは、大きな深呼吸をしてドアをノックしようとした瞬間、先にドアが開く。
「あっ!?」
驚きの声をあげたユウの前に、ナナの祖父、ドリュー・ロスが立っている。
「あっ、あのー、僕、ユウと申します、はい! ナナちゃ…… ナナさんは御在宅でしょうか?」
……話し合いの時にも見たがのう、目の前で見ると確かに弱そうだのう。
「何の用で来たんだの?」
「はい、あのー、今日の練習を休まれたので、それで……」
ユウは緊張から言葉が詰まってしまう。
「それで無理矢理連れに来たって事かのう!?」
「無理矢理!? いー、いえいえ、違います。その、心配になって……」
「心配!? ここはナナの家じゃ! その家に居て何が心配だの!?」
「そっ、そうですね。あのー、その、心配なのは怪我が……」
「その怪我が問題だの!! ナナは確かにお前らを襲った中におったかもしれん! その罰でお前達の戯言に従って訳の分からん事をやらされておる! それは罪を償う為に仕方がない事だとわしも自分に言い聞かせておったの!」
「……」
「だがのー! あんなにも顔を腫らして戻って来たナナを見て、またお前達の所に送り出そうなんて思う訳ないのう!!」
……それは、その通りだ。何も言い返せない……
「すみません…… 僕が弱くて、守る事が出来なくて…… 本当に、申し訳ありません」
もしユウが訪ねて来る事があれば、ありったけの暴言を浴びせてやろうと考えていたドリューは、項垂れ、素直に謝罪するユウを見て少しの間口を閉じる。
ドリューはナナからストビーエでの話を全て聞いており、ユウが少女達の為に、身体を張った事も知っていた。
「兎に角、もうナナはお前の所へは行かせんからの」
「……」
「刑の執行を妨害したという事で、わしを拘束するならすればいいの!」
「……」
「こんな年寄りだの、どうせこの村からは出て行けんから、いつでも捕まえに来ればいいがのう」
そう言うと、ドリュー・ロスはドアを閉めた。
さぁどうする冒険者! わしを拘束すれば孫の仲間達もお前達を見る目が変わるのう。
もし捕まえんようなら、わしに続いて他の者達も孫や子供をお前達の所に行かせんようにする手筈は整えておる。
わしはどうなってもいい、この身をもって、皆に
項垂れてとぼとぼと去って行くユウを、ナナは窓から覗いて見ていた。
あいつ…… 一人で来てくれてたの……
朝のこと……
「行ってくるっペぇ~」
「ナナ、何処へ行こうとしているんかのう?」
「……何処ってぇ、プロダハウンっぺぇ」
「……いかんでいい」
「……どうしてっペぇ? リンが迎えに来てるっぺぇから、行くっペーよ」
ナナがそう答えると、祖父はドアを開けナナより先に外に出て行く。
ジージ!?
「リンちゃん」
「は、はい?」
突然ナナの祖父に呼ばれ、驚くリン。
「ナナはもう行く事はないの。あんな怪我して戻って来て、もう行かせるわけにはいかんの! あいつらにそう伝えてくれんかの!?」
ストビーエで買って貰った新しい靴に履き替えようとしていたナナは、祖父の態度に驚いて裸足のまま外に飛び出してくる。
「ジージ、どうして急にそんな事言うっぺぇ!?」
「いいから! ナナは中に入っておれ!!」
「……」
「入らんかの!!」
今まで一度たりとも、ナナに対して声を荒げる事の無かった優しい祖父が怒鳴り散らしている。
その祖父を見て、ナナは言葉を失うと同時に、祖父の怒りがリンに向けられる事を心配して従い家の中に入る。
「リンちゃん、頼むのう」
「……分かったっぺぇ」
そんなナナの祖父、ドリュー・ロスを見て驚いていたのは、リンも同じであった。
ユウは角を曲がり、ナナが覗いている窓から見えなくなってしまったその時、ナナの心にある決意が現れる。
玄関近くに置かれていた新しい靴を履き始めるナナ。
それに祖父が気が付く。
「何をしてるんかの!?」
「……」
ナナは祖父の問いかけに返事をしない。
「ナナッ!!」
祖父は大声でナナの名を叫ぶ。
「うち行くっペぇ」
「駄目だの! 家におるんだ! のう!」
行かせてなるものかの!
「……今までうちが何をしてもジージは黙って自由にさせてくれたっペぇ」
「……」
「今回も、そうして欲しいっペぇ」
「今回は話が別じゃの! 絶対に行かせんからの!」
そう言うと、祖父は靴を履き替えているナナを後ろから抑えようと手を伸ばす。
それに気づいたナナは咄嗟にその手を払いのける。
「バシッ!」
手と手がぶつかり、拍手の様な乾いた音が室内に響き、驚いた祖母も玄関に駆けつけてくる。
「……」
ナナの行動に驚いたドリューは、動きを止め無言で見詰めている。
「ごめんジージ、痛くなかった…… うち…… うち、行ってくるっペぇ」
そう言ってナナは逃げる様に外に出て行く。
……くっそぉ、くっそぉ! 冒険者の奴等め!!
わしから、孫までも、何もかも奪うつもりかの!!
ドリューは歯を食いしばり、手を強く握りしめていた。
ヨコキの宿では……
「なんだってぇ、一度も視察に来ていないってぇ?」
「はい、
ヨコキは訪ねて来た副村長派の職員と話をしている。
「畑の方はどうなんだい?」
「シャリィ様が魔獣退治に何度か訪れているだけで、そちらの方にも……」
……まぁ普通に考えれば、小麦に興味のない振りを見せているんだよねぇ。
だけど、見え見え過ぎて何か引っかかるよ……
あたしが反目に回っているとは思っていないだろうから、反対派をその程度で誤魔化せると思っているのかもしれないねぇ。
「変な動きはないのかい?」
「はい、相変わらず子供を集めて劇場の掃除と演劇の練習の様な事をしています。この前伝えたストビーエでブガゾ組の系列と揉めた件ですけど、それ以降は何も動きがない様で……」
「手打ちになったのかい?」
「はい、その様です」
お互い只の様子見で終わらせたって事かねぇ……
まさか本気で演劇を…… んな訳ないね!
坊や達はオトリで、シャリィが裏で動いているはずさ!
それに例え演劇だとしても、右も左も知らない子供を使って、この村の何を変えれるというのかねぇ。ふん! やってみるがいいさ!
「農業ギルドは?」
「はい。明日客の振りをして数名来る予定です」
「……そうかい」
あたしに小麦はなんて必要ない。農業ギルドからしたら、この村を牛耳るのに好都合な人間さぁ…… ガッチリと協定を結ぼうかねぇ。
弱々しく歩いているユウに、突然後ろから声が聞こえてくる。
「待つっペぇ!」
驚いて振り返ると、ナナが走って来ていた。
「ふぅ~、新しい靴は走りにくいっぺぇーね」
そう言ったナナの足元に目を向けると、ストビーエで買った靴を履いている。
「服は全然着心地が良いっペぇー」
「ナッ、ナナちゃん……」
「何だっペぇ? 変な顔するでねぇっぺぇ」
「だってお祖父さんが…… いいの?」
「いいっぺぇ、うちが自分で決めたっペぇ」
ジッと見つめるユウに、少し照れたような表情をしたナナは、誤魔化すかのように走り出す。
「皆はモリスさんの店っペぇ? うちもお腹減ったっぺぇーよ」
「う、うん。待ってよナナちゃん!」
「うちが待つ必要なんてないっペぇ。調子にのるでねぇっペぇ!」
その言葉でユウは笑みが漏れる。
「ふふっ」
うん! これで今から本当に再開だ!
「ブウルルーン」
「はぁー、ドウドウドウ。落ち付きなさい。いや~、けどよーく頑張ってくれたわね~。あなた何処の町からの馬だったかしら?」
そう呟く者の前に壁が、そして門が見えてくる。
「あ~、やっとついたわぁ~、あれがイドエね」
門番の二人は、何者かが近付いてくるのに気付く。
「何者でごじゃるか!? そこで止まるでごじゃる!」
「ごじゃる? 可愛い方言ねぇ~、ウフ」
異様なその者の雰囲気で、もう一人の門番も声を張り上げる。
「……おっ、おお前何しにここにきた!?」
「何しにって? 聞いて無いの?」
二人の門番は顔を見合わせる。
「ヨコキの店の客でごじゃるか?」
「客?」
「どうやら違うみたいだな…… あっ、もしかして!?」
「もしかして何でごじゃるか?」
「客じゃないなら、ヨコキの
二人の門番はその人物をジッと見つめる。
……そんな訳ないでごじゃる
……流石にこんなの雇わないよな
二人の門番は、同じ事を思っていた。
「なっ、何~? そんなにジッと見詰められちゃうと、痺れちゃうわ~」
その時、門の方が騒がしいと感じ、馬小屋を出て様子を伺いに歩いて来ていたシンがその者の目に映る。
「あっ!? シーン!? シンシンシーン! こっちよ、こっちぃ!」
はぁ? だれだ?
シンが声の方を凝視するとそこには……
「……あっー!? バァッ、バリーかお前!?」
「うっふん、お久しぶり~。あ~、やっぱり良い男ねぇ~、あの日の事を思い出しちゃうわ~、うっふん」
……あの日の事って何でごじゃるか?
……あの日の事って意味シーン!? なんちゃって……
「ねぇ、あちきに会いたかったでしょう~。正直に言ってみて~」
シンは立ち止まり、驚きの表情を浮かべている。
「ごっ、ゴホン。シンさんの知り合いでごじゃったか?」
「知り合い? ただの知り合いじゃないわあちきとシンは……」
「どっ、どういう仲なんだよ?」
「シンは…… あちきの初めての人よ、うふん」
その言葉を聞いた門番の二人は、まるで魂の塊を口から吐くような息を出す。
「ンブッハァー」
「ンブハッー! はっ、初めて!? つまり、恋仲でごじゃるかぁ!?」
驚いている二人の門番に向け、シンが大声を上げる。
「駄目だ! 絶対にそいつを村に入れちゃ、駄ぁ目ぇーーーーー!」
この日のうちに、シンの恋人がイドエを訪ねて来たと村中で噂になるのであった……
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