12 異世界の町へ


 

丸太橋を渡り、細い獣道を進むと次第に道幅が広くなっていく。


 僕らの想像通り人が通った形跡がほぼない獣道は、歩きづらく苦労すると思ったけど、シャリィさんとコレットちゃんが草を剣で斬ってくれて、獣道がはっきりと見えるようになった。


 ただ、元の世界で普段舗装された道路しか歩いた事の無い僕には、凹凸の激しい獣道は厳しく、河原と連続して歩き、かなり足腰にきてしまった。

 

 そして30分ほど歩くと、獣道は道幅が3メートルほどある道に通じていた。


「そこで待っていろ」


 そう言われ僕らが止まると、二人は道を歩いて行く。

 かなり遠くまで歩いて行き、カーブで見えなくなったが、数分後に馬を連れて帰ってきた。


 後ろには荷車のような物を引っ張っており、2、3人乗れたり、荷物も積めそうだ。


 ……何処かに馬を隠していた? 魔獣や肉食獣に襲われたり、誰かに盗まれたりしないのかな?


 もしかしたら魔法を使って隠していて、僕らに見られたくない秘密があったのかもしれない。


 二人に質問が許されるなら、全ての質問が終わるまで、数時間いや数日……数週間かかるのかもしれない。


 弾正原が何故この世界の言葉を知っているのか今度話すと言ってくれたけど、僕は直ぐにでも情報が欲しい。


「さて行くぞ」


「あぁ」


 どうやらコレットちゃんが荷車の前の方に乗り、馬を操るようだ。


 そしてシャリィさん進行方向とは逆向きに座り、僕らを監視するみたい。


 僕らは荷車の後ろを歩いて付いていく。


 まるで連行されている犯罪者のようだ…… 弾正原なんてパンツ1枚だけだし、僕の下半身はお尻丸出しだ。


 多少は通行量があるのだろうか、別の車輪の後が残っており、その上を通っていく。


 道には、頻繁に大きく深く掘れた箇所があり、乗り心地は決して良くないだろう。


 荷車には当然サスペーションのような物はついておらず、地面の凸凹の衝撃をモロに受けているように見えるけど、シャリィさんがそれほど上下しているようには見えない。どうしてだろう……


 僕らが居なければ、スピードをもう少し出すのかな?


 この世界の移動手段は馬だけなのかな…… もしテレポーションのような魔法が無ければ、移動だけでも疲労するし、時間もかかるだろう。


 僕はキョロキョロと周囲を見渡したいが、怪しまれるといけないのでほぼ前方のみを見ていた。 ……あいつも同じだ。


 それにしても……あ、暑い。いったいどれぐらい歩くのだろう?


 そういえば、僕らは水も食料も持っていない。


 川があっても、水道は無いであろうこの世界では、飲み水も、そして食料も貴重かもしれない。

 いくら打ち解けてきたと言っても無料でくれると思ってはいけないかも……


「ふぅふぅ」


 気温も高そうだし、流石に朝から歩き詰めで疲れてきた。

 最後に河原で水を飲んできとけばよかった、完全に失敗した……



 そんな大石を弾正原は横目で見ていた。



「シャリィさん、こいつをそこに乗せてやってくれないか?」


 弾正原…… 僕の事を心配してくれているのかな。


 シャリィさんは直ぐには返事はせず、何か考えてるように見えた。


「シャリィでいい、さんは必要ない」


「分かった、頼めるかなシャリィ」


「あぁ、問題ない」


 そういうとシャリィさんは荷車から軽く飛び降り、剣を抜き僕とあいつを繋げてた蔓を一瞬で切った。


 凄い剣さばきだ……


「乗れ」


 僕の代わりにシャリィさんがあいつの隣を歩き始めたその時、あいつの顔がニヤけたのを僕は見逃さなかった。


 最初、あいつが疲れた僕を至ってくれてると思ったけど、これが、シャリィさんと並んで歩くのが目的か……


 しかし、この荷車。意外と乗り心地が良い。


 元の世界では荷車などに乗ったことなど勿論無いし、道も整備されている訳でも無いのでもっと揺れる物だと思っていたけど……


「コレットちゃんとシャリィはいつも一緒に、その~仕事をしているの?」


「私もコレットでいいよー」


 あいつはフッと笑い「わかったよコレットちゃん」と、返した。


「あ~、子ども扱いしてる~、もうぉ、ぷんぷん」


 もぅぷんぷんって……か、可愛い~。


 僕はコレットちゃんに会えただけでも異世界きて良かったと本気で思ってます!


「うそうそ、冗談だよコレット」


「んもぅ~」


 そう返事をして笑うコレットちゃん。シャリィさんも微笑んでいる。


 しかし、こいつどれだけ女性慣れしているんだ。

 もう友人みたいに話をしてるじゃないか!?


 まぁ、毎日違う女性がお弁当を持ってくるほどモテてたから当然と言えば当然かもしれない。


 今の会話も陽キャなら定番のようなものかもしれないけど、こいつが言うと何故か特別なものに聞こえる。


 僕はこいつのこと嫌いだけど、そこいらの奴らとはコミュ力というか、何かが違うような気がする。


 ……もしかしたら、これがただしイケメンに限るってやつかぁ…… 

 ケッ、正直ムカつきます!


 ……こいつ使って異世界でホストクラブをやれば楽に金儲けできるんじゃないかな?


 まぁホストクラブに限らず、元の世界に在ってこの世界に無いものをやればお金を稼げたり、人々の信用を得るっていうのはお決まりだ。


 僕も自分一人で何か出来る事無いか考えておかないと……


「組んでる訳ではないが、コレットとは依頼をこなす事は多い」


「そうだね~、僕はまだ見習いだから単独では依頼もらえないし~。一緒に行ってくれるのがシャリィの時は嬉しくて仕方ないよ~」


「私もコレットと行くのは楽しい」


「やったぁ~、うーれっしー」


 コレットちゃん、も、萌えーーーー!



 僕も絶対に冒険者になってやる! それが僕の夢と言っても過言ではない。


 数年後、僕がこの世界で有名な冒険者になった暁にはコレットちゃんとパーティーを……


「コレット、僕が作ったパーティにおいで」


「えぇ、僕みたいなのがユウさんのパーティに入るなんて、そんな……」


「コレット、お前じゃないとダメなのさ。何故ならこのパーティは僕と君だけの二人のパーティ」


「嬉しぃ、うぅぅ(泣)僕を、僕を一生幸せにしてね、そうじゃないと許さないんだからねっ!?」


「もちろん、この異世界一幸せにするよ」


「うふふふ、実はねもぅこの世界一の幸せな女性だよ。だってユウが結婚してくれるんだもん」


「コレット」


「もぅ。あ、ぁダメ……」


 んふふふふ~、あはははははははー、異世界最高~。


 などと妄想してニヤけていたらあいつとシャリィさんが僕をジッと見ていた……


 あ、あのぅ、何でもないのでお願い……見ないで……

 今度から妄想する時は場所を選びます、ごめんなさい。




 荷車で走り出してから1時間ぐらいたったかな、シャリィさんが休憩をしようと言い、道から外れ木の下の影に移動した。


 コレットちゃんも僕も荷車から降り芝生のような草むらに座り込んだ。


「二人とも、とりおつ~」


「とりおつーって何~?」


「まだ全部終わってないけど、とりあえずおつかれさまって意味だよ」


「あ~、なるほどねー。それいいね~、皆とりおつ~」


 コレットちゃんが嬉しそうに真似をする


 もぅたまらない、んふふふ~。


 しかし、二人ともって完全に僕が入ってないじゃないか!


 ったくこいつは。


 そしてシャリィさんがまた何かを唱え革の水袋を出した。


 当然インベントリを知ってはいたが、これは本当に便利だ。


 いったいどれぐらいの量が入るんだろう?


 コレットちゃんはやはりインベントリが使えないみたいで、スパ草を入れた袋を荷台に置いている。


 まずはシャリィさんが美味しそうに水を飲む。


 そして肩や胸元に水をかける。


 飛び散った水が光を反射しシャリィさんの褐色の肌がキラキラと輝いている。


 何て、何て綺麗なんだ……


 自然と目も心も奪われてしまった。


 あいつに目をやると、恐ろしい顔でニヤけていた……

 この世界の女性の皆様、本当にごめんなさい。こいつを助けたのは僕です。


 シャリィさんはコレットちゃんに水袋を渡した。


 小さな口で美味しそうにコクコクと水を飲むコレットちゃん。


 んっも~、僕を萌え死にさせちゃうきぃ?


 コレットちゃんは飲み終わると斜め前に座っていたあいつに水袋を渡した!?


 水袋を貰ったあいつは身体は動かさず、首だけが悪魔にのりうつられた少女のようにゆっくり回して僕の方を見た。


 その顔は唇が耳まで裂けたかのような気味の悪いニタリとした笑顔をしていた。


 完全に僕をおちょくっている!


 あぁあぁぁあ、誰でもいい教えて下さい!


 この世界では死んだ人を生き返らすことが出来ますか?


 もしできるなら、僕はこいつを99回生き返らして100回殺します!


 あいつはシャリィさんとコレットちゃんがつけた飲み口を舐めまわすようにして水を飲んだ。


 飲み終わると、僕に渡そうとせず馬の方に行こうとするがくるっと振り向き僕に渡そうとした。


 いえいえいえ、馬の後でけっこうですよ、うん。


 お前の後に飲むぐらいなら、お馬さんのあとがよろしゅうございます、はい。


 僕は喉が渇いていて、直ぐにでも飲みたかったけど嫌々受け取った。


 くっそぉぉぉぉぉー!


 僕は歯ぎしりしながら水を飲んだ。


 勿論口は付けずに浮かした状態でね。


 飲み終わると声を掛けて来た。


「水袋貸してくれ」


 水袋を渡すと、今度こそ馬に近寄っていった。


「シャリィ、馬に飲ませて良いか?」


「ああ、頼む」


「ここに桶があるよ」


 コレットちゃんが荷車に積んでいた木の桶を持ってきた。


 あいつは桶に水を入れ、馬の足元に置いた。


 馬は嬉しそうに水を飲み始め、あいつ優しく微笑みを浮かべ馬の頭を縛られた両手でなでている。


 コレットちゃんとシャリィさんが目くばせをして、二人も微笑んでいた。


 するとシャリィさんが徐に立ち上がり、あいつの側にいき短剣を抜き、両手を縛っていた蔓を切った。


「いいのか?」


「ああ、問題はないのだろ?」


「たぶんね」


「たぶんだと? もう一度縛るぞ」


「ごめん、大丈夫だよ」


 あいつがそう言うとシャリィさんはフッと笑った。


 イ、イ、イチャイチャしてんじゃねーよ糞がぁ!


 雨の日に、段ボールに入れられ、公園に捨てられている子犬を、ヤンキーが拾って抱いている所を偶然目撃していた女性が恋に落ちるという話は、伝説かと思っていたがなまじ嘘では無いようだ……


 気が付くと、コレットちゃんが短剣を抜いて僕の方に笑顔で近づいてくる。


「動かないでね~」


「は、はい」


 いや失敗して僕の手を切って貰っても一向にかまいませんですはい。

 左手で僕の腕をつかみ蔓を切ってくれた。


 はうぁー、小さくて柔らかい手の感触、最高です。ありがとうございます神様!


「悪いが荷物はまだ返せない」


「あぁ、シャリィのタイミングで返してくれたらいい」


「これからは人通りが多くなるから今着ている全ての服を私が預かる。二人共これに着替えてくれ」


「……」


 インベントリから茶色の服とズボンを2枚ずつ出してくれた。


 女性の前で全裸になって着替えるなんて、さっき見られているとはいえ恥ずかし過ぎる……


 僕はそう思っていたが、あいつは何の躊躇もなくパンツを脱ぎ、着替えだした。


 「ちょっと、隠れて着替えてよー」


 そう言ったのはコレットちゃんだ……


 僕の推しに何てモノを見せているんだよ、この変態ヤンキーめ!


「わりい」


「もぅ~」


 正直、僕もここで着替えて……その~、見せた…… 何でもないです。


 僕は木の陰で着替えて来た。


 僕らが身に着けていた物は全てシャリィさんが回収した。


 あいつのパンツまでも……


 インベントリの中ってどうなったいるのだろう?


 もし、整頓もされず物が折り重なるようになっていたら、あいつのパンツが革の水筒の飲み口に……


 町に着くまで水は我慢しよう。僕はそう決心した。


「さて、そろそろ出発しよう」


「はーい」


 この時、僕ばかり荷台に乗って楽するのは悪いと考えていた。

 シャリィさん、僕歩きますので荷車に乗ってくださいと言いたかってけど、どのタイミングで言えばいいのか分からず言えずにいた。


「もう十分休憩したからまた歩くか?」


 あいつが二人に聞こえる声で言ってきた。


「う、うん」


 僕の心を読んだのか…… まさかそれも神様に……


「私は平気だ、ユウが乗っててもかまわない」


「い、いえ、僕少しでも長く歩いて、その~、痩せたいので……」


「ユウくんえらーい」


 これが歩きたい言い訳を目一杯考えて出てきた言葉だったけど、コレットちゃんが褒めてくれた。


 うぉー、いくらでも歩いてやるぞー。


「分かった。私がまた乗る」


「ああ、そうしてくれ」


 僕たちは再び出発した。


 そこからも休憩を挟みながら数時間歩いて進むと、木が少なっていきT字路が見えてきた。

 

 かなり大きな道だぞこれは!


 もしかして街道かな……

 

 ここまで来ると日がかなり傾いていた。


 街道と思われる道の片側はどうやら畑のようだ。

 かなり広大な畑だな……

 いったい誰の土地なのだろう?

 やはり貴族とかの土地なのだろうか……


 ん? 畑から生えているあの葉っぱを見たことがあるような?

 何だったかなあの葉っぱ…… うーん、思い出せないからいっか。

 

 それから歩いても歩いても町らしきものは見えてこない。

 

 大きな道には出れたが、明るいうちに目的地にたどり着くことが出来るのかな?


 んんん? ちょっとまて……


 もし着かなければ、途中でお・と・ま・り!?


 女性と一緒に泊まるなんて、生まれて一度もたりとも経験がない。


 足が痛いとか言ってゆっくり歩こうかな……


 いや、そんな姑息な事は考えちゃ駄目だ駄目だ!


 こいつと同じような人間になっちゃうぞ、しっかりしろ僕。


 その時だった。


 あ、あれは……


 前から同じように荷車を引いた馬が来る。


 第三異世界人だー。


 男の人……と女の人だ。第四異世界人もいた。


 中年の夫婦のように見える。


 服装は男性も女性も地味なワンピースを着て、二人ともへんてこな帽子をかぶっている。


 僕の知識にある異世界と同じのようだ。


「チュースティ」


 中年夫婦があいさつをしてきたので、僕らも全員で返した。


 これはいきなり印象が良い。


 知らない人同士でも気軽に挨拶をするんだ、この世界は。


 この街道と思われる道に出てからは、人とすれ違ったり、追い抜かれたりするのが当たり前になっていった。


 全員人間で、顔立ちは欧米人のような人も居れば、アジア系やアフリカ系の人もいる。


 しかし、獣人族や、エルフは一人も見かけなかった。

 ……もしかしたら居ないのかもしれないな。


 もしそうなら異世界の醍醐味は大分失われるけど、コレットちゃんが居るので問題ないな~。ウッシシシシ。


 もう日が落ちそうだと少し心配になってきたタイミングだった。


「見えてきたよ~」


 コレットちゃんの声で僕はつま先立ちするような感じで道の先を見据えてみた。


「あ、あれは!?」


 何か一際目立つ高い建物が見える!


 そして近づくにつれ篝火や壁のようなものも見えてきた。


 町だー、異世界の町だよ胸が高鳴るー、けど……


 町について落ち着いたら、あいつとあまり話したくないけど避けられない。


 今、間違いなく分かっている事、それは僕一人ではこの世界で生きていけない。


 運よくコレットちゃん達に出会えたけど、僕一人ならここまで上手く交渉できなかったと思う。


 今はこいつと一緒じゃないと生きていけない。





 ……町が見えてきたな。


 正直情報が少なすぎて先が見えないが、泣き言いっても現状に変化はない。


 売りたくはないけど、俺の持ち物を売る以外の選択肢がないなら、それもしかたがないか……


 シャリィにいっそ正直に話すのも手だが、反応に確信が持てない今は避けるべきだろう。


 それにこの二人…… 特にシャリィの言動は明らかにおかしい。

 何かを隠しているのは間違いないが、対応できるほど俺にこの世界の知識がある訳ではない。


 ……漫画だろうが何だろうが、大石の知識は必要だ。

 

 そして……


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