105 楽団


 この日の朝、ユウの目覚めは早い。


「う~…… うっ、ふふふ、ふふふふ」


 起きたばかりにも拘らず、ユウは突然笑い始める。


 昨夜、宿に戻って来た僕に、シンは言った。


「ユウ」


「あー、酷いよ。待ってたんだよ、食堂で! 何処か行くなら言ってくれれば良かったのにー」


 そう怒られても、微笑んでユウを見ているシンの手には一枚の紙。


 あっ、それって僕が作詞を…… 


 ユウの瞳をジッと見つめるシン。

 

「これは、凄く良い詩だ」 


「えっ!? 本当!? ちょ、ちょっと幼稚じゃないかなって心配していたけど……」


「確かにそうかも知れないけど」


 うっ、やっぱり幼稚なんだ……


「だけど、シンプルで分かりやすい。それに、つい笑顔になってしまう。そんな詩なんだこれは」


 褒めてくれている!? やったぁー!


 ユウが心の中でガッツポーズをして喜んでいる最中、シンがボソッと呟く。


「あとは、これをそれなりの人にチェックして貰えれば……」


 うん? シンは今なんて言ったのかな? 

 兎に角、ふふふ。合格なんだ、僕の初めての作詞は!



 嬉しくて嬉しくて、興奮してしまって寝つきが悪かった。

 それに……


「今何時?」


 五時半!? ふふ、こんなにも早起きしてしまった。


 ユウは頭までスッポリとシーツを被る。


 ふふふ、僕が初めて書いた詩は、シャリィさんも可愛いと言ってくれたし、シンも褒めてくれた。


「ふふふっ、ふふ」


 ますますやる気が出て来た。

 今日から練習も再開だし、さっそく皆に唄って欲しい。

 ……うん、頑張ろう!


 


「おはようっぺぇ!」


「フォワ!」


「よぉ、皆おはよう」


 数日振りに野外劇場に集まった少年達は、目を輝かせていた。

  

「家でも練習してたっペぇけど、シンの前で久しぶりにやるのはちょっと心配だっぺぇ」


「フォワフォワー」


 笑顔のピカワン達を見つめていると、シンの脳裏にある事が思い出させる。



 数日前……


「村長さん。ロスさんや他の協力者なんですけど、その人達の立場を…… そうですね、どの様な罪にすれば」


「それが……」


「はい」


「それに関しましては、先にロスさんから言われまして……」

 

「……もしかして必要ないと、そう言われたのですか?」  

「はい、孫達だけで十分だと。自分達は自分達の意思で、シンさんに手を貸すのだと、そう申されまして……」


「そうですか……」


 少年や少女達の様に、罪を償わすという貞で自分達に協力をさせようとしていたシンの気持ちを読み、その必要は無いと先にレティシアに伝えていた。

 老人達の意気込みがどれ程のものか、うかがえる言動である。

 その心意気は、シンを更に奮い立たせるものであったが、キャミィ、ヨコキの問題、そしてガーシュウィンの件が一度に降りかかる今、プレッシャーにもなり得る諸刃の件であった。


「シン、全員来たっぺぇーよ。始めるっペぇ」


「あぁ、そうだな。じゃあいつもの様に体操からな」  


「フォワ~」




 その頃ユウも、数日振りにプロダハウンで少女達と顔を合わせていた。


「皆おはよう」


「クルクル、おはよう」   

  

「おはようっぺぇ」


 全員が元気に挨拶を返す。

 まだ幼いクルは、この中で唯一話し合いに参加しておらず、詳細を知らされていないままであったが、そんなクルも村の変化を肌で感じとっていた。


 さっそく音楽に合わせて自分が作詞したものを覚えて貰いたいところだが、朝、シンからストップがかかっていた。

 

 う~ん、何か理由があるのだろうな……

 残念だけど、シンの許可を待ってからにしよう。

 だけど、ふふふ。

 歌詞が出来上がったから、それに合ったダンスを今日から考えながら練習が出来る。うん!


「ストレッチをして身体を暖めたら練習を始めましょう。今日はいつもの練習とは少し違ってくるからね」


 少女達は少し驚いた表情を浮かべたが、ユウの笑顔を見て、直ぐに笑顔へと変わってゆく。


「分かったっぺぇ~」


「クルクル~、楽しみ~」




 数時間後……


 シン達はこの日の野外劇場の修繕を終え、以前の様に練習をしている。

 すると、その様子を一人の老人が見ていた。


「ほぅほぅ」


 シンはその老人に気付いて目を向ける。


 誰だ? もしかして……


 自分を見ている事に気付いた老人は、笑顔を浮かべる。

 

 あの人は、確か話し合いの時にいた…… 


 一瞬ガーシュウィンかもしれない、そう思ったシンだったが、やはり見に来る訳はないかと落胆してしまう。


 朝起きて、ユウと会話を交わした後、シンはガーシュウィンに朝食を運んでいた。


 本はそのままか……

  

 昨晩届けた器は外に出されていたが、本が動かされた形跡はない。

 恐らく触ってもいない。

 シンはノックをして声をかけるが、昨晩と同じで出てくる様子はなかった。

 しかたなく、朝食を置いている事を告げ、その場を去った。



 シンを見て笑みを浮かべた老人は、ゆっくりとシンの元へ歩いてくる。

 その様子を見ていた一人の少年が口を開く。

   

「おじいちゃん…… どうしたっぺぇ?」


 そう言ったのは、ノア・コールダー。アフロヘアーの少年である。


「前からの、気になっておったでの。シンさん」


「はい。あのー、シンって呼んでください」


 ノアの祖父、モルは一度は頷くが……


「そうだったの、スピワンからシン君と呼ぶ様にと言われておったのを忘れとったの。シン君でええかの?」


「分かりました。では、その呼び方でお願いします」


「わしはモル・コールダーだの。そこのノアの祖父だの。邪魔をせんからの、近くで聴かせて貰ってええかの?」


「勿論どうぞ」


 沢山ある座席の中でも、掃除したばかりで特に綺麗な座席にシンはモルを案内する。

 座ったモルの隣に、シンも腰を下ろす。


「わんさか来ると迷惑がかかるかもしれんでの、代表して見て来てくれと頼まれての」


 そう言うと、モルはゆっくりと目を閉じて、少年達のボイパに耳を傾ける。


「……ふっ、ふふ。なるほどのぅ」


 優しく笑った後、目を開けて何かを納得したかの様に何度も頷く。 


 この人、もしかして……


「あのー、モルさんは、音楽を……」


「昔はの…… イドエが今の様になってからは、全く無縁だがの、楽団の一員だったの」


 やっぱり……


「孫から聞いておったがの、魔法も使わず、口だけで様々な音を出してリズムを刻むとはの…… なかなか面白いのぅ」


「そうですか! ありがとうございます!」


 感触は悪くない…… 問題はこの世界でも通じるかどうかだが……


「だがの…… これだけでは淋しいのう」


 そう、その通り…… ピカワン達は、まだ数種類の音しか出せない。


「シン君は、今孫達がやっている事も出し物にする気だの?」


「ええ、そうです」


「それならの、もし良かったら、わしらにも手伝わせてくれんかの?」


 シンは、その言葉を待っていた。


「ええ、勿論です! 是非、宜しくお願いします!」

 

「わしらの演奏に、孫達の音を加える。そうすれば、形になるのう」


「はい! その通りです!」


 モルは、いや他の老人達も薄々気付いていた。シンはそういう面からも老人達と少年達を繋げようとしてくれていると。


「皆を呼んできてもええかの?」


「何処で……」


「うん?」


「何処で待っているんですか皆さんは!? 俺が呼んできます!」


 モルはうんうんと二度頷いた。  


「そこを上がった所で待っとるでの」


「分かりました!」


 ほほほ、まるで幼い子供みたいに嬉しそうに……


 シンは立ちあがると、階段を一気に駆け上がる。

 走っているシンの背中を見ながら、モルは笑みを浮かべていた。

 

 待っていた老人達に声をかけ、案内をして席に着かせる。


「いっぱい来たっぺぇーよ!?」


「フォワ~」


「はずがじい゛」


「そのうち慣れるぺぇ。いや、慣れないといけないペぇ」


「はぁ? 何言ってるっぺぇレピン?」


「たぶんおら達は、沢山の人の前でおら達は……」


「えー、おら達も出し物をするっペぇか? するのは、ナナ達だけだっペぇ!?」


「フォワフォワ~」


「おらは気付いてたって、嘘つくでねぇっぺぇフォワ!」


「フォワ!!」


 小競り合いを、ピカワンが止めている。


「せっかく上達してきたペぇ。おら達のも、出さないのはもったいないぺぇ」  


 レピンの一言で、少年達の心に今まで感じた事の無い感情が湧きたつ。


「フォワフォワフォワ!」


「フォワがやる気っぺぇなら、おらもやってやるっぺぇ!」


 シンは少年達に舞台に上がる様に促す。



 ここに来るのは、いつ以来かの…… 



「おー、綺麗になっとるのぅ」


「本当だの」


 シンと少年達によって修繕された野外劇場を見て、老人達は皆、感慨深い表情を浮かべている。


 少年達は照れ臭そうに舞台に上がり、そして、今自分達に出来る音を口から奏でる。


「ほぉ~、想像していたより、面白いの~」


「うんうん。魔法も使っていないのに、器用に音を出すもんだの~」


「うーん、リズムは…… お世辞でも良いとは言えんのぅ」


「相変わらずお前は厳しいの。何も変っとらんの」


「そ、そうかの? 音に拘るのは、あ、当たり前だの」


「そうだがの、そういうのを習わずに育った子達だからの、大目に見てやれ。だがのー」


「うん?」


「ほれ、ちゃんと聴いてみぃ、あの子は良いリズムだの」


 その老人が指をさした少年は…… ブレイ。


「ほぉ~、確かにのー。良いリズムで、音もいいの~」


「あの子もなかなかだの」


 次に指をさされたのは、レピン。


「うむ」


 目を輝かせ、真剣に吟味している老人達を、シンは笑みを浮かべて見ていた。


「……あの子は」


「うん? どの子がどうしたんだの?」 


 レピンの次に老人達が注目したのは…… 


「フォワ~フォワフォワ~フォワ~」


 フォワであった。


「うーん……」


「うむむむむ……」


「……リズムも音も、なんとも個性的な子だの~」

 

 その声は、フォワの耳に届いていた。


「フォワフォワフォワ!!」


「うん? なんか怒っておるんかの?」


「フォワフォワ!」


 ピカワンが、フォワの言葉を通訳して老人に伝える。


「馬鹿にしてるのかって言ってるっぺぇ」


「そっ、そうではないの、個性的だと言っておるんだの」


「フォワ?」


 首をかしげているフォワに、ピカワンが説明をする。


「他とは違って、フォワは特別だって言ってるっぺぇ」


「フォワ~。フォワフォワフォワ~フォワ」


「ん? なんと言っておるんかの?」


「最初からそう言えって言ってるっぺぇ」


 その様子を見ていたシンは、思わず笑い始める。


「んふふふ、ふふふふ」


 シンが待ち望んでいた光景が今、目の前で繰り広げられていた。




 その頃ヨコキは……


 あたしについた反村長派の職員からは、坊やは何の動きもみせていないと言ってるけど本当かねぇ。

 坊やに、キャミィを見捨てる事なんて出来やしない。

 だから何か動きを見せるはずさ。

 だけど、どうやってもキャミィを助けることは出来やしないさ。

 なんせ魔法石の転売は、教会の管轄だからねぇ。いくらSランク冒険者だからといっても、不問にすることは出来やしないさ。


 そして…… このあたしもね……




 昼食で皆がモリスの食堂に向かう中、シンはモルたち老人を呼び止め、何やら話をしている。


「あのー、実はですね」


「なんだのう?」


「ちょっと聴いて欲しいメロディと、見て貰いたい詩がありまして」


「……わしらでよければ、拝見するがの」


「是非お願いします。これなんですけど」


 シンはユウの作詞を書いた紙を渡し、自らが作曲した曲を聴かせた。



「うーん、最近はこの様な曲が流行っておるんかいの?」


「わしも聴いた事が無いのう」


「流行っているというか……」


 反応は、想像通りだ。俺の曲は、直ぐには通用しない。

 問題は……


「さっきのメロディとこの詩なんですけど」


「うん、そうだの。メロディと言葉数はあってると思うがの」


「うん、そこは大丈夫だの」


「ありがとうございます!」


 良かった…… よし、これでユウに許可を出せるぞ。


 シンが気にしていたのは、ユウは元の世界の感覚で作詞をした、その為、この世界での文字数の違いや、発音の違いから、メロディと作詞が合っていないのではないかと心配していたのだ。

 だが、音楽の専門家からのお墨付きが出た事で、安心して前に進む事が出来るようになった。

 

 モリスの食堂に遅れて移動したシンは、直ぐに一人だけ席を外し、ガーシュウィンの所に来ていた。

 朝に持ってきた器は、空になった状態で外に出されており、食事はとっているようである。


「ドンドン」


「ガーシュウィンさん、昼食を持ってきました」


 相変わらず、呼びかけても返事は無い。


 やはり、駄目か……


 シンは、前日のウィロとの会話を思い出す。



「ウィロさん、あの時ガーシュウィンさんは何て……」


「……あの人はね、人の嘘が分かるのよ」


「嘘が分かる?」


「そう。演劇に関わっていた有名な人らしくて、正確に言うと、演技を見抜く目があるのよ」


「演技を……」


「あの人ね、私が嘘をつくといつも見破るの。それで私もむきになって、嘘と本当を織り交ぜて話をしたりしてね。色々試したりして…… 嘘をついてもバレちゃうなら、それなら、嘘をつかなければいいんだって気づいたら、あの人と居るのが心地よくなってしまって……」


「……」


「あなたがキャミィとママを誰にも裁かせないと私に言ってくれたのを見て、あの人、分からないって…… そう呟いたの…… つまり、演技ではないという意味よ。演技なら、臭いとか下手糞ってなじるの」


 なるほど…… そういう事だったのか……

 勿論俺は本気で二人を裁かせないつもりだ。


「だからさっきのあなたは、少なくとも嘘ではない。あの人が見破れない程の演技をしている可能性もあるけど、私も、あなたを信じる」  



 

 俺の今の行動は、ガーシュウィンさんの名声を利用しようとしている。

 この村の為とはいえ、それは事実だ。

 まぁ、急に近付いて来たんだから、何か裏があるのではと考えるのは当然だ。それに、ウィロさんのいう様なスキルがあるのなら、俺の事を良く思っていないだろう。

 

「はぁー」


 シンは大きなため息をする。


 俺ではダメなのか……

 だけど、俺とウィロさんが話をしている時、二回も口を開いた。

 その意味は、ガーシュウィンさんは、まだ演劇を捨てていない、そんな気がする。

 俺達の本気のやり取りを見て演劇と照らし合せ、口に出さないといられなかったんだ。

 だからって、どうすれば…… どうすれば……

 毎日訪ねて来て、饒舌になる、その機嫌の良い日を待つしかないのか……  

 だけど、俺に心を開いて饒舌になるとは限らない……

 ウィロさんだけかもしれない。


 シンがドアの前で苦悩しているその時、何者かが庭から入って来てシンの背後に現れる。


 だ、誰だ!?

 

 気づいたシンが振り向くと、そこには……



「フォワ~」



 それは、フォワであった。


 ……フォワ? 

 俺について来てたのか…… 


「フォワフォワフォワフォワー」


 フォワはこんな所で何をしているんだと聞いている。

 何となくフォワの言葉は分かりそうだが、今のシンは別の事を考え、無言でフォワをジッと見つめている。


「フォワ?」


「……」


「フォワー?」


 フォワは、何を言っているか分からないけど、純粋な心を持っている。

 ウィロさんに頼んで、フォワをガーシュウィンさんと会わせてみるか……

 いや、会わせたから何になるというんだ……

 駄目だ……


 シンは首が折れたかのように俯く。


「フォワ~」


 フォワはそう言うと、シンの背中に手を回し、モリスの店に戻る様に促す。

 ガーシュウィンに会う事を諦めたシンは、持ってきたスープとパンを置いて、フォワと一緒にその場を離れて行った。


 帰り道、元気のないシンにフォワは話しかける。


「フォワ~、フォワフォワフォワー、フォワ」


 元気がない時はハンボワンを食えと言っているが、シンには通じていない。

 例え通じていても、シンはハンボワンを食べない。



 村人の中で、演劇に詳しい人を探して、ガーシュウィンさんに会わせてみるか……

 


 深く考え込み、無反応なシンの背中を、フォワはバンバンと二度叩く。


「うっ」


 驚いて思わず声が出てしまったシンだが、その時、頭に何かが浮かぶ。


「……そうだ!!」


「フォワ!?」


「そうだよ…… どうして思いつかなかったんだ俺は!? なーフォワ!!」


「フォワ?」


「フォワ、先に帰っててくれ。俺はちょっと用事が出来たんだ!」


 そう言ったシンは、ウィロに会う為に走って行った。

   

「……フォワ~」

 

 シンの姿が見えなくなるまで、フォワは呆然と立ち尽くしていた。

 

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