104 ディターミネイション


 ウィロが売春宿に戻った後も、シンはガーシュウィンの家に残っている。


 この人は、さっき小声で何か言っていた。

 その言葉で、ウィロさんが……


「……あのー、ガーシュウィンさん」


「……」


 シンが呼びかけても、何の反応も示さず、虚空を見つめている。





「ウィロさん、おかえりなさい」


「うん、ただいま」


 戻ってきたウィロは、宿の中を見回す。


「ママは?」


「誰かが訪ねて来て、何処かに出かけたよ」


「……」


 何かを思い詰めた様に視線を落とすウィロ。


「ねぇ……」


「うん?」


「私の話を聞いてくれる?」


「え? うん…… 聞くけど……」


「私の部屋にきて」


「は、はい……」


 どうしたのかなウィロさん……




 

「と、いう事なんですよ。そういうのを村でやろうとしてまして……」


 シンは何の反応も示さないガーシュウィンに、この村での出来事や、新しい演劇をする事など、一方的に語り掛けてみたが、それでもガーシュウィンは何の興味も示さない。

 古く汚れて、壊れかけたベッドで横になったまま、たまに目を開け閉じするだけである。


 ……駄目か。全く取り合ってくれない。

 これ以上しつこくしないで、一旦帰るか……


「ガーシュウィンさん。もし宜しければ、夜は俺が食事を運んできますね。それでは、お邪魔しました」


 外に出てドアを閉めた後、シンは移動せずにその場で何かを待っていた。

 すると、数十秒後にドアに何かをぶつける様な音が聞こえてくる。

 それは、魔法が機能していないボロ家で、ドアにつっかい棒で鍵をしている音であった。


 その音を聞いた後、シンはその場を離れて行く。


 俺が出た後、鍵をかけた。つまり、完全な廃人になっている訳では無い。饒舌な日もあると言っていたし、ロスさんは外で会ったと言っていた。散歩ぐらいはしてるみたいだ。

 しかし、どうやって…… どうすればあの人の関心を……


 シンが考え込んでいるその時。


「フォワー!」


「うん? フォワ」


「フォワフォワフォワフォワー」


 ふふ、相変わらず何言っているのか分からないな。


「フォワ~」


 笑顔を向けているフォワを見て、シンも笑顔を作る。


「ふっ」


「フォワフォワ」


 フォワの言葉に耳を傾けていると、シンを呼ぶ別の声が聞こえてくる。


「シーン!」


「おっ、ピカワン」


「何処へ行ってったっぺぇ? ユウ君が心配してたっぺぇーよ」


 そうだった。ユウを忘れていた……


「わりぃわりぃ、ちょっと用事があってさ」


「シン」


「ん?」


「再開はいつからっぺぇ?」


「あー、そうだな…… そろそろ皆の両親が戻ってくるはずだから、それまでは……」


「そんなに待てないっペぇ!」


「ん?」


「明日からまたやるっぺぇ」


「フォワー、フォワフォワフォワー。フォワフォワフォワー」


「うん?」


「おら達が頑張れば、村が元に戻るってフォワも言ってるっぺぇ」


 そうだ。何に反応を示すか分からない今、ガーシュウィンさんに何とか俺達の練習を見に来て貰って……

 

「……そうだな。じゃあ明日から再開しよう」


「そうするっぺぇ!」


「フォワ!」


「皆に伝えてくるっぺーよ。シン、また明日っぺぇ」


「あぁ。明日な」


 俺達がしている事を見せても、関心を示す可能性は薄いだろう……

 だけど、あの人の名声は…… この村に必要だ。

 俺が考えていた事を、大きく独り歩きさせる事が出来る。

 だから、何とかあの人を……


 


 ウィロの部屋には、まだ幼い顔をした10代の少女と、20代前半の女性が集まっていた。


「ねぇ皆、ママがキャミィにした事をどう思ってる?」


「どうって言われても…… ねぇ……」


 口ごもる少女達を見て、ウィロは再び口を開く。

 

「私はね、ママをゆるせないとか、そこまで言うつもりは無いの」


「……」


「今、この村は変わろうとしている」


「……うん」


「だけどママは、この村を変えたくない。それにキャミィが巻き込まれたの」


「……」


「キャミィの友達は、家族は私達だけ。同世代の、男の子の友達なんていない。それなのに、サイスに毎日会わせていたら、ああなるのは当然」


 少女と女性達は、顔を見合わせる。

 

「……確かにそうだけど」


「キャミィはね、村が元通りになると、死罪になるのよ」


「ええっ!?」 「嘘!?」


「それって本当なのウィロさん?」


 その事実を知らなかった者達から驚きの声が漏れる。


「だから村が元通りになれば、キャミィはこの村には居られない。一生逃亡者になるか、捕まって死罪になるか。この二つしか……」


 ウィロの頬を涙が伝う。


「どうして…… どうしてママがそんな事を?」


「村が元通りになっても、私達はこの村に居られるって話だったよね? それなのに、ママはどうして…… ねぇ、ウィロさん!?」


「ママの本当の考えは、私にも分からないの…… 今までずっとママを信じて、ついて来たけど…… けど……」


「……私達どうすればいいの?」


「ウィロさんが教えてくれないと、私達には分からない」


 全員が口を閉じ、無言の時間が流れる。


「私も正直何をすればいいのか分からない。だから、あの冒険者を信じようと思っているの」


「それって、誰ですか?」


「今この村にいる、シャリィ様のシューラ。シンっていう人」


「……けど、その人ってママの敵じゃないんですか?」


「今はね……」


「今って…… どういう事ですかそれって?」


 ウィロは少し間を置いて口を開く。


「あの人は、私に言ってくれたの」


「……」


「キャミィと、それにあの人達に逆らっているママも」


「……」


「絶対に誰にも裁かせないと、そう言ってくれたの」


「ウィロさん。……それって、男の言う事なんか、信じてもいいのかな?」


 特殊な環境で育つ少女達。男の裏の顔を知り尽くしている彼女達の中には、男性に不信感しか抱いていない者も少なくない。


 この時ウィロは、ガーシュウィンの言葉を思い出す。


「私は、あの人を信じる。だから皆には、あの人が私達に何かをして欲しいと願うなら、その言葉に従って欲しいの」


 少女と女性達は、再び顔を見合わす。


「聞いて、それはママを裏切る事じゃないの」


「……」


「お願い、ママと、キャミィの為に、お願い」


 皆が口を閉じて黙りこんでいる中、一人の少女が口を開く。


「本当に、本当にママとキャミィの為になるのなら協力するけど…… その人の言う通りする事が正しいのか、間違っているのか、私には判断できないと思う…… だから、私…… ママに直接聞いてみたい」


「……私も」


「あたしもそうしたい、うん」


 この場に居たほぼ全員の少女達がそう口にした。


「うん、分かったよ。だけど、私が1番にママに聞いてみる。皆には直ぐに報告するから、それまでは今まで通り普通にしていて。それでいい?」


「うん」 「はい」


 少女達は頷く。


 ママを信用していない訳じゃない。それに、ママを裏切る訳でもない。

 私にとっては、ママもキャミィも大切な家族。

 二人を、絶対に死なせたくない。



「ウィロさん、誰か来たみたい。お客さんかも」


「あっ、うん。私が出るから、皆は部屋に戻って」


「はーい」



 売春宿を訪ねて来たのは、客では無く、シン。


 俺の声を聞いても出てこないって事は、どうやらヨコキさんは不在の様だな……


 そう思っているシンの前にウィロが現れる。


「ウィロさん、ヨコキさんは……」


「今出かけてます」


「そうですか。あの、実はガーシュウィンさんの事なんだけど」


 シンは小声でウィロに話しかける。


「……ママが帰ってくるかもしれないから、外で話しましょう」


「お願いします」


「ちょっと出かけて来るから、誰か後をお願いね」


「はーい。私がします」


 そう返事をして部屋から出て来た少女は、シンと目が合う。


 ……ウィロさんが言ってたのは、たぶんこの人だよね。

 ふ~ん、ちょっと…… いや、見た目はけっこうイケメン。 

 


「ついて来て」


「はい」


 ウィロとシンが見えなくなるのを確認した少女は、他の子の部屋に走る。


「ちょっと、ちょっと」


「なに?」


「今来てたよ、ウィロさんが言ってたシンって人」


「えー、見たの!?」


「見たよ!」


「ねぇねぇ、どんな感じ、どんな感じ!?」


「歳はね、20歳ぐらいで、けっこうイケメン」


「嘘!? あたしも見たかったなぁ~。いいなぁ~」




 売春宿から離れた空き家の前で、二人は足を止める。


「何の用事?」


「あのー、しばらくの間、ガーシュウィンさんに俺が食事を届けてもいいかな? 勿論、会いに行きたい時は自由に行っていいですから」


 ウィロは直ぐには返事をせず、落としていた視線をシンに合わせ返事をする。


「……それが、ママとキャミィの為になるのなら、どうぞお好きにして下さい」


「ありがとう。それでちょっと聞きたいんだけど、食事を運ぶ時間とか決まってたかな?」


「それはですね……」


「あとは……」


 この後しばらくの間、ガーシュゥインの事を詳しく聞いた。

 そして最後に……


「ウィロさん。あの時、ガーシュウィンさんは何て言ってたんですか?」


「……あれはね。あの人は……」



 なるほど…… そういう事だったのか……





「帰ったよー。ウィロ、いるかい?」


「ママ、お帰り」


「ウィロはどこだい?」


「出かけてるよ」


「……まーたあの変なじじぃのとこかい。ったく、ウィロも物好きだねぇ」


「う、うん……」


 少女の返事に、ヨコキは違和感を覚える。


 ……どうやら、あのじじぃの所とは違うみたいだねぇ。

 って事は、もしかして……




 ウィロと別れたシンは、ロスの家へと向かっていた。

 少しでもガーシュウィンの情報を集める為であったのだが……


「うーん、すまんのう、わしはこれぐらいしか知らんでのう」


「いえいえ、ありがとうございました」


 有益な情報を得られなかったシンは、この後スピワンを訪ねるが、ロスと同じぐらいの事しか知らず、ガーシュウィンに詳しそうな他の者を紹介して貰う。


「あの人はね、こんな演劇をしてたのう」


 そう言って、古い本を見せて貰った。


「あのー、すみません。この本をお借りしても宜しいですか?」


「全然いいのう。他にもあるで。これも持っていきなさい」


「ありがとうございます」


 何軒もの家を回って得た情報は、かつてガーシュゥィンが監督と務めた演劇の原作本数冊。


 ありきたりな手だけど、これを見て何かを感じてくれたら……

 

 辺りは既に薄暗くなっており、シンはモリスの食堂へと向かっていた。

  

「モリスさーん」


「あ、シンさん」


「今どんなスープが出来ますか?」


「直ぐでしたら、ハンボワンか野菜かお肉…… そうですね後は…… あっ、お芋もありますよ」


 芋…… ガーシュウィンさんの好物だと……


「あのー、お芋のスープとパンをお願いします」


「はーい」


「申し訳ないけど、外に持って出るので、深めの器に入れて

貰えれば」


「あ、分かりました。直ぐご用意しますね」


「ありがとうございます」




 その頃、ヨコキの店には、普段より多めの客が訪れていた。


 魔獣が居なくなったから、近隣の村や町から客が来るようになったねぇ。

 この状態が続くなら、客以外の者も今まで以上にあたしを訪ねて来るだろうねぇ…… 


 ヨコキは客に応対しているウィロを見つめる。


 ウィロは実際にヨコキを前にすると言い出す事が出来ず、まだ話をしていない。

 だが、普段とは微かに違うその態度から、ヨコキは既に気づいていた。


 ……ウィロ。あんたは、いや、あんた達は、きっと分かってくれるさ。その時が来れば、キャミィだって…… きっと…… ね……

 



「コンコン」


「ガーシュウィンさん、お昼にウィロさんと来てたシンです」


 そう呼びかけても、返事も無ければドアも開かない。


「食事と、あと暇つぶしになればと本も持ってきました」


 再び呼び掛けても、結果は変わらない。



 ……駄目か。何の音も聞こえない。


「ここに食事と本を置いておきますので。また来ますね」


 シンはそう告げると、スープとパン、それと本を置く。

 そして、塀を乗り越え、隣の空き家の庭に身を隠すこと数十分……


「カタ」


 つっかい棒を外す音が聞こえ、ドアが開く。

 壊れた壁の隙間から覗いているシンに、気づいた様子はない。

 

 スープの入った器とパンを手に取ったガーシュウィンは、一瞬だけ本に視線を向ける。ほんの一瞬だけ……

 

 だが、何の関心も示さず、ドアを閉めて再び棒で鍵をして奥の部屋へと戻って行った。


 一瞬だけ本を見たような気がするけど……

 やはり駄目だったか……

 取りあえず、本は置きっぱなしにしておこう。もしかすると、後で取りに来るかもしれない。


 淡い期待を胸に、シンはその場を離れる。



 

 この少し前、ユウはロスの自宅を訪ねていた。


「そういう訳で、明日から再開しようかと思って」


 明日の予定をピカワンから聞いたユウは、自分達もそれに従おうとナナに伝えに来ていたのだ。


「分かったっペぇ。皆には伝えてあるっペぇ?」


「ううん。この後皆の家を回ろうかと」


「そう…… ちょっと待つっぺぇ」


「え? うん」


 ナナはドアを閉め、奥で誰かと話をした後、再び戻って来た。


「うちも行くっペぇ。その方がスムーズに話が進むっペぇ」


「うん、ありがとう」


 



 モリスの食堂へ戻って来たシンは、一人で夕食を摂っていた。

  

「はい、これをどうぞ」  

 

「ありがとうジュリちゃん」


 笑顔を作り礼を述べるシン。


 食事を始めたシンだが、スプーンを持つ手は時折止まり、しばらく考え込んだ後、またスープをすくって口に運ぶ。

 そんな様子を、モリスは見ていた。

 

 ……大変なのね、シンさん。

 私にも、何か手伝えることはないのかしら……



 

 照明の少ない村の中を歩くユウとナナの二人。


「そういえば……」


「うん、どうしたの?」


「まだ…… お礼を言ってなかったっペぇ」


「お礼? 何の?」


「ジージ達と、仲直りしたお礼…… っぺぇ」 


「あー、いや、それは僕は……」


 少し俯いたユウに向かって、ナナは直ぐに声をかける。


「関係あるっペぇ!」


「えっ?」


「ユウ君も、関係あるっぺぇ」


 少なくともうちには……


「ありがとう、ユウ君」


 ナナちゃん……


「う、うん」


 ……なんか、照れ臭いな。 

 

 頬を赤く染めて俯くユウの表情を見つめるナナの視線は、ユウの手へと移ってゆく。



 繋ぎたい…… 手を……



 前を向いたまま、ユウの手に自分の手をゆっくりと伸ばし始める。

 この時ナナの胸は、ドキドキと音を立てていた。


「……」


 ナナの手が、ユウの手に触れ、それに気づいたユウが視線を手に向けたその時!?


「あー、何してるっぺぇ!?」


 大きな声が二人に向けられ、ナナは咄嗟に手を引き戻す。


 

 び、びっくりしすぎて、心臓が口から飛び出るかと思った…… っぺぇ……


 

 その大声の主は、リンであった。


「なんか怪しい雰囲気だっぺぇーねぇ」

 

「えっ!? そ、そんな事無いよ。ねぇナナちゃん!」


「そっ、そうっぺぇ。ただ歩いてただけっぺぇ。何を勘繰っているっペぇ!?」


「別に~。ところで何処に行ってたっペぇ?」

  

「り、リンちゃんの家に行こうとしてて」


「あたしの家?」


「リンこそ何処に行ってたっペぇ?」


「あたしはー……」


 そう聞かれて、ばつの悪そうな顔をする。


「あー、また痩せる為に走ってたっぺぇ?」


「ゆっ、言うでねぇっぺぇ! ユウ君!?」


「は、はい!?」


「シンには黙っておくっぺぇーよ!」


「えっ!? シンに? どうして?」


「どうしてでもこうしてでもいいから、兎に角黙ってるっぺぇ!!」


「はっ、はい!」


 二人のやり取りを見て、ナナが吹き出す。


「ぷぷぷう」


「笑ってるでねぇっぺーナナ! あたしもバラすっぺーよ!」


「何をバラすっぺぇーか!?」


「言っていいっぺぇーか!?」


「こ、心当たり無いけど駄目っぺぇ!」


 最初驚いた表情で二人のやり取りを見ていたユウだが、徐々に笑顔へと変わっていく。


「ふふふ」





 一人宿の部屋に戻って来たシンは、下を向いたまま、ベッドに座り込む。

 頭に手をのせ、無意味に髪を掻きむしるシンの目に、何かが映る。

 それは、ベッドの枕元に置かれていた1枚の紙。

 その紙を手に取り、目を通し始めるシン。


 紙には、ユウが考えた作詞が書かれていた。


「……」


 目を通すにつれ、シンの表情は笑顔へと変化してゆく。


「ふっ…… ふふふ」


 最後まで目を通すと、自然とまた最初に視線を戻し、何度も、何度も読み返すと、ゆっくりと大切そうにその紙をベッドに置いた。



 俺は…… 絶対にやり遂げないといけない。この村の人達の為にも…… そして、ユウの為にも……



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