123 トライングオン
キャミィが参加して二日目、ユウは悪戦苦闘していた。
これは…… 困ったぞ……
それというのも、イドエで育ったナナやリンよりも更に特殊な環境で育ったせいなのか、それとも生まれついてのものなのか定かではないが、全くといって良いほどダンスのセンスが無かったのだ。
ユウはナナから振り付けを教えてもらっている少女達をチラ見する。
ナナちゃん達も最初から上手に出来ていた訳では無いけど、だんだんと上達してきた。けど、二日目というのを考慮してもこの子は……
いや、僕が諦めてどうするんだ!?
うん、大丈夫。時間をかけて、一から丁寧に教えればきっと……
そう決意するユウだが、丁寧に教えれば教えるほど、ナナにストレスが溜まっていくのに気付いていなかった。
「ゆっくりでいいから、僕の真似をしてみて」
「はい」
「右足を半歩前に出して」
「はい」
「半歩下げて、左足も同じように半歩前に出して、半歩下げる」
「はい」
「そうそう、良い感じ。次は同じ動作だけど、リズムに乗る様に、身体を弾ませてみよう。いくよ、ゆっくりでいいから」
「はい」
……そんな事も出来ないっペぇ?
足を前に出したりするだけだっぺぇぁ!
「ナナ、ここはどうだっぺぇ?」
「……」
ユウとキャミィが気になり、そちらに視線を向けているナナは、リンの声が聞こえていない。
「……ナナ」
「えっ? 何だっペぇ?」
「……はぁー」
リンは深いため息をついた。
「何を気にしているっぺぇ? あの子はブレイの彼女っぺぇーよ?」
「う、うん。分かってるっぺぇけど……」
そう言って、少し俯くナナを見つめるリン。
……ナナは男勝りで、全然恋なんてしなかったっぺぇから、これが初恋だっぺぇから仕方ない事かも知れないっペぇ。
リンはキャミィにダンスを教えているユウに目を向ける。
うーん、本気の恋っぺぇかぁ…… ちょっとうらやましいっペぇ。
……シンももっとあたしにかまってくれないっぺぇかぁ?
あれだけ好き好き魔法だしているっぺぇから、あたしの気持ちにもう気付いているっペぇ?
それなのに、全然振り向いてくれないっぺぇ。
あたしに魅力がないっぺぇ……
「……クルクルクル。なんか二人が落ち込んでるよー」
「本当だ……」
「どうしたのかな?」
「恋よ、恋恋」
「あ~、なるほどねぇ~」
「クルクルクル~。クルも恋するよー」
「クルにはまだ早いかな~。けどね、お姉ちゃんが良い人見つけてあげるね」
「クルクルクル~。シンさんみたいな人がいい~」
その声に、リンが激しく反応する。
「えっ!? 今なんて言ったっペぇ!?」
「クルクル?」
まっ、まさか!? クルがあたしのライバルになるなんて……
うーーー、クルは可愛いっぺぇからなぁ~。けど、女の魅力では全然負けてないっぺぇから大丈夫っぺぇ。
少女達の動きが止まっているのに気づいたユウが声をかける。
「あれ? みんなどうしたの? 続けてていいからね」
「はぁー、分かったっぺぇ」
「はーいっぺぇ」
「クルクルクル~」
うん? どうしたんだろう? なぜだか雰囲気が良くないような…… 気のせいかな?
その頃シンは、ヨコキの売春宿に来ていた。
「きゃー、シンちゃーん。おはよう~」
お調子者のスイラが、大げさな挨拶をしてシンを揶揄う。
「おはよう」
「ねぇ聞いた聞いた? おはようって言ってくれたよ~」
「いやいや、さっきからみんなに言ってんじゃん」
「いやいやいや、声のトーンが違うから~」
「一緒一緒」
スイラとリフスのやり取りを聞いている他の者は、みんな笑みを浮かべている。二人を除いて。
……断わられるかと思ったけど、試着の初日に私を連れて行くなんて、見た目と違って頭は悪いのね。
サンリはリフスと会話をしているシンを見ている。
ほんと、なんか気にいらないのよね、こいつ……
その存在がむかつくから、
そう思っていたサンリは、笑みを浮かべていない。そしてもう一人……
私のシンと仲良くしてんじゃねーよ!
今日は…… 私こそが一番だって、覚えてもらうんだから。
シンを狙っているルシビは、リフスと仲良く話すシンを見て少々イラついていたが、大人になってゆくその身体に揺ぎ無い自信を持っていた。
そしてNo1のロエも、シンに対して特別な感情を抱いている。
あの日…… 私の裸を見たくせに客として訪ねてこないなんて、正直傷ついちゃったわ。
だけど、今日は……
ロエはルシビに目を向けると、ルシビもロエを見ていた。
……フン
「ねぇ、ちょっといい?」
視線を外したロエは、自分を慕っている者達に声をかける。
その様子を、ヨコキは見ていた。
「……坊や」
「はい」
「今日はあたしはいかなくていいんだね?」
「ええ、ヨコキさんには、それなりの
それはかまわないけどさ……
ヨコキは
「ウィロも行かせなくていいのかい?」
「はい、大丈夫です」
……分かったよ。
「……あんた達、行っておいで」
「はーいママ、行ってきまーす」
元気よく返事をしたスイラは、シンより先に歩き出し、他の者達もそれに続く。
「ヨコキさん、また後で」
「はいよ……」
この日プロダハウンに向かうのは、シンがそのスタイルを見てヨコキに頼んだ10名。
細身体型、普通、ぽっちゃりした体型と様々である。
そして、ロエとルシビの様に、特別なプロポーションの者も含まれていた。
その頃、野外劇場では……
「なんだっぺぇあれ?」
「音を鳴らすやつだっペぇ?」
「あー、酒場で見た事あったっペぇ」
「フォワ~」
元楽団のコリモン達は、各々の魔法楽器を野外劇場に持って来ていた。
みんなの…… いくら生活が苦しくてもの、魔楽器を手放しておらんかったんだの……
コリモンは自分が持ってきた魔楽器に優しく手をのせる。
無論、わしもだけどのぅ。
シンは10名の
「うわ~、変な建物~。初めて来た~」
「私は前にここの庭で客とやったことあるわ。その時はもっと草だらけだったけど……」
「まじで!? どの客よ!?」
シンは中に女性達を案内する。
「おお、待っとったでのぅシン君」
「どうも、今日試着してくれる方々です」
そう言って、売春宿の女性達を紹介する。
「宜しく頼むでの」
「はーい、お爺ちゃーん、スイラにまかせてぇ~」
「凄ーい、ここで作っているんだ~」
「へぇ~、初めて見たあたし」
「あー、階段がある~、二階もあるんだここ」
レンツが作った仕切りを潜って作業場所に入ると、その様相に驚く者達とは違い、サンリはまるで観察しているかのように見ている。
そのサンリの目に、ワイルが書き損じたデザイン画が捨てられているのが映った。
「……」
「シンちゃーん、あたし達はどうすればいいの?」
「舞台袖に、着替える場所を作っているから、そこでお願いします」
「シンちゃんも一緒に来るよね勿論?」
「はい。俺もだけど、あとワイルさんにロスさんに、他にも何人かが」
「ええ~、どうしよう。いっぱい見られちゃうよ~」
スイラの言葉で女性達は笑っている。
「皆さん、こちらへどうぞ」
ワイルの案内で、舞台袖に設けられた場所に向かうと、そこには人数分以上の椅子が置かれており、テーブルにはハーブティまで用意されていた。
「ねぇねぇシンちゃーん。ハーブティ飲んでいいの?」
「勿論どうぞ」
「やったねぇ~」
「この前のイモテンはないの?」
「試着が終わったら、モリスさんの食堂で食事も用意しているので」
「ほんと!? うっひゃー!」
「じゃあイモテンも食べれるの? やったー!」
殆どの女性は、食事は今日選ばれた事による特権の様に感じていたが、シンはこの場に今日来ていない売春宿の女性達にも、ヨコキを通して希望者には食事を用意すると話をしていた。
それは、試作品の枚数に限りがあり、今回選ばれなかった者達への配慮であった。
前回売春宿で下着を確認した時、目的を達していたのに全員に脱いでもらった時の様に、シンは区別することなく、全員に同じ様に接するつもりであったのだが、当然中にはそれを良しとしない者もいる。
……私だけ特別な部屋を用意して貰いたかったわ。意外と気が利かないのね。
そう思っていたロエは、シンに視線を向けた。
フン! 何見てんのよ……
ルシビは、そんなロエを睨みつけていた。
「ロスさん」
「なんだの?」
「あの子達にあったサイズで、試作品を分けて頂けますか?」
「……サイズ」
……あれ? もしかしてサイズって言葉は翻訳が……
「聞いたかのスピワン」
「聞いとったの」
ロスとスピワンはニヤニヤと笑みを浮かべている。
……どうしたんだろう?
二人の態度に困惑しているシンに、今か今かのルスクが声をかける。
「シン君」
「はい」
「わしらの作る物にの、サイズは必要ないの」
「え?」
「これを、見てみろの」
そう言って、ルスクは試作品の一つを手で引っ張る。
すると、試作品はまるでゴムの様に伸びてゆく。
「えっ!?」
「どうだの!? 凄いだろうの!」
ルスクは引っ張って見せた試作品をシンに渡す。
シンは直ぐにルスクの真似をして引っ張る。
これは…… 引っ張っても、網目が大きくなったり隙間が見えて、形が崩れたりしない!?
「どういうことだ……」
思わず漏れたその言葉を聞いて、三人の職人はニヤニヤしながら驚くシンを見ている。
「これはの、素材の段階から秘密があっての、あとは特別な編み方での、勿論限度があるけどの、今日来てくれた子達ぐらいの幅ならの、全く問題ないの」
なるほど、これもイドエが誇る技術なのか……
「どうかの? 驚いたかの?」
ルスクは笑みを止める事が出来ないでいた。
「ええ、勿論ですよ。驚いてます」
ルスクが小躍りを始めたその時、ワイルから声がかかる。
「シンさーん、いいですか?」
「はい、直ぐ行きます」
舞台袖に移動したシンは、女性達に説明をする。
「それでは今から、試作品を一人ずつ試着して貰います。えーと、まずは……」
シンはわざと誰の名も出さずに迷っている体を見せると、二人の女性がすぐさま反応する。
無論その二人はロエとルシビであったのだが、一瞬だけロエの声の方が早く聞こえる。
「ねぇ!」 「ね……」
「私が一番でいい?」
「では、ロエさん。お願いします」
あぁもぅー、一瞬だけ遅れちゃった……
ルシビは苦虫を噛み潰したかのような表情でロエを見る。
シンが最初に試着する者を自分で選ばなかったのは、それによる軋轢を気にしての事だが、それでもルシビの心には嫌悪感が生まれていた。
しかし、それはあくまでロエに対してであって、
つまり、姑息なようではあるが、自主性に任せ、シンは自分が
山の天気の様に移り変わりの激しい女性の心を、瞬時に見極め適切に判断しないと、悪意がシンに向けられる。
この見極めには、経験則がものをいうが、どう立ち回ろうとも、サンリの様に馬が合わない者にはどうしようもない。
「ではロエさん。すみませんが、そこの仕切りの向こうでこの下着を着けてきてくれますか」
シンが差し出した下着を受け取ったロエは、直ぐに意見を口にする。
「今日私達が来たのは、この試作品の為なのよね?」
「……はい」
「それなら、履いている所も見た方がいいんじゃなくて?」
その言葉で、女性達が騒ぎ始める。
「ひゃー、やっぱりロエは違うわ~」
「ねぇ~」
「かっこいいロエー」
フン! どうせその身体を見せ付けたいだけでしょ!
そう来るのなら、受けてやる! 私だって負けてないんだから!
ロエは微動だにせず、シンを見つめている。
「それは助かります。ロエさんが宜しければ、お願いできますか?」
「勿論いいわ。その為に来たのだから私達は」
「うわー、ロエのあの言い方~」
「シンに恩を売りまくりだね~」
「だよね~、まさかロエも本気なの?」
「シンモテまくりだね。まぁ、あたしも一度ぐらい抱かれてみたいけどね~」
「分かる分かる~。上手そうだよね~」
「あたしはちょっと虐めてみたいかも~」
「ウッシシシシ、それも分かる~。あとね、誰かとやっているとこも見たくない?」
「それ! 見たい見たい! 出来れば相手も男で!」
「うはは、うんうん!」
ロエは大勢の職人達の前で臆する事無く服を脱いでいく。
あくまで仕事でこの場に立ち会っている職人達は、シンと同様、美しいロエの身体を見ても、眉一つ動かさない。
だが、逆にそれがロエの心に火をつける。
フフ、いつまで我慢できるのか、試してみる?
ロエは脱ぎ方に変化を加える。
悩ましく、セクシーに一枚一枚脱いでいくその姿に、一緒に住んでいる女性達でさえ、喉を鳴らす。
「ゴクリ」
「すごーい、やっぱり綺麗」
職人たちの中にも、我慢できず食い入るように見つめる者達が現れる。
だが、肝心のシンに変化は見られない。
それに対し、不快感を感じていたロエだが、試作品に足を通すと、まるで最初からなかったかのようにその感情を忘れてしまう。
「えっ……」
何、この脚を触る感触!?
まるで赤ちゃんが肌を優しく撫でてくれているみたいな……
その美しい脚の上に伝っていく試作品を、食い入るように見つめる職人達。
ロエは試作品を履き終わると、言葉を失っていた。
いや、ロエだけではなく、この場に来ていた全ての女性達も声を失って、ただ試作品を着けたロエを見ている。
「……どうですか?」
「えっ…… あ、ごめんなさい。何て言えば良いのか……」
ロエは言葉が続かず、思わず一緒に来た女性達に目を向ける。
なんて…… なんて綺麗なの……
嘘!? ロエの色っぽさが、増した気がする……
今までのロエとは違う、えーと何て言えばいいんだろう? 兎に角、違うの!?
凄ーい……
ロエがさらに…… 嘘みたい……
ラインの美しさが、全裸より際立っている!
あたしも……
まるで何かに取り憑かれたかのように、無言で自分を見つめる女性達の視線に驚いたロエは、履いた試作品に目を向ける。
「あのー……」
ロエが何かを言いかけたと同時に、ワイル他数人がロエに近付く。
「すみません、失礼します」
「え? はい……」
その者達は膝を折り、まるでロエのあそこの匂いを嗅ぐかの如く顔を近付け、試作品を凝視している。
それには流石のロエも、少し恥ずかしそうな仕草をしてしまう。
ちょっと…… やだ……
「見てみろのここを。この部分が僅かだがの、トルソーに履かせた時とは違い、バランスの悪さを感じんかの?」
シンはその部分をジッと見てみるが、何の違和感も感じない。
「うーん、誤差の範囲内ではあると思うがの、確かにの」
え? 何処?
「だからわしが言うたんだの。あまりにもデザイン重視だと、こうなるとの!」
「いや、ですからこの下着の売りはこの奇抜なデザインですから! そう感じるのは、今までにないデザインだからですよ」
「僅かでもの、問題があるとかの、そんなもんの、わしらのプライドがゆるさんでの!」
「いや、ですから、仮に問題だとしても、この程度なら気にするほどではありませんって。ですよねシンさん?」
「え? うーん?」
……何が問題なのか、俺には全然分からないや。
「作り手のわしらが気になるのでの!」
「問題はこれを使用する人が気になるかならないかでしょ!?」
「気にされた時点で終わりだの! こんなのが出るなんぞの、イドエの職人の恥だの!」
ええ? そんな問題があるのか? いくら見ても分からない。
「修正点を見極めるために、今日来て頂いているのですから! 現時点で問題が生じるのは、当たり前ですから!」
「当たり前とはなんだの!? 試作の段階でもの、問題を出すのは未熟なんだの!」
「拘り過ぎですよ! いったい何年服飾から離れてたと思っているんですか!?」
「そんなの関係ないの!」
目の前で声を荒げて議論を始めた職人達。それを見たロエは、自分に非があるのではないかと困惑して、ふとシンに目を向ける。
すると、シンは笑みを浮かべて軽くウインクをした。
その仕草で、自分が悪いのではないと理解したロエの心は、落ち着きを取り戻し始める。
「そこよりも、こんな奇抜なデザインなのに、試作の段階でここまで出来上がっている事に目を向けるべきですよ! 他の誰にこんな事が出来ますか? あなた達ぐらいですよ!」
「ん、ん~、そ、そうかの? まぁ、そうだろうの。けどの……」
「まぁまぁ、落ち着けの。それよりも、ロエさんとやら、後ろを向いてくれるかの」
「あ、はい。こうですか?」
「あー、それでええの。ありがとうの」
「ほらー、見て下さいこの美しいお尻のラインを! 今の段階でここまで仕上がっているんですよ!」
「うーん、確かに綺麗だの~」
「うーん、これに関しては反論できんの」
「でしょう!? この美しい女性が、さらに美しく見えます!」
私がさらに……
普段から美しいという言葉を飽きるほど聞いているロエだが、何故かこの時は、いつもより嬉しく感じ、胸が高鳴っていた。
ワイルが椅子を持ってきて、ロエにポーズを指定する。
「ロエさん」
「はい……」
「この椅子に、片足を乗せて下さい」
ロエは少しためらうが、言われた通り片足を乗せると、職人達が下から覗き込む。
そんなに…… そこばっかり見ないで……
ロエは恥ずかしさから、顔を上に背ける。
「うん! ちゃんとフィットしておるの」
「前からお尻にかけてのラインが良いですねぇ」
「僕はシンさんからこのデザイン画を見せられた時から、こうなると理解していました!」
「むむむぅ。ロエさんとやら、履き心地はどうかの?」
ロエは片足を椅子に乗せたまま、質問に答える。
「……柔らかくて、それで羽の様に軽くて履き心地が良いというか、逆に良すぎて何も着けていないような気にもなるというか…… あと肌が」
「肌がどうしたんかの?」
「肌が喜んでいるみたいな…… ごめんなさい、上手く説明できなくて」
プライドの高いロエが、目の前でしどろもどろになっている姿を見ても、それを馬鹿にする女性は居ない。ロエを心良く思っていないあのルシビさえも、この時のロエに理解を示す程であった。
それほど、試作品を身に着けたロエに驚愕していたのだ。
「いやいや、ちゃんと伝わっておるからの! ありがとうの、ロエさん!」
「ほら~、既に問題ないんですって。ですが、納得出来ない箇所は直しましょう。デザインを害さないようにですが」
私の美貌とこの身体…… そしてテクニックで男に褒められるなんていつもの事だけど、今は普通に褒められているだけなのに、なぜだろう、いつもと違う気がする。
心に、心の奥まで届いているかのような、不思議な感じ……
「ねぇねぇシン!」
「どうしたの?」
「あたしも早く履いてみたい!」
「そうだよね。もう少し、もう少し待ってね」
「うんうん! 早く履きたい!」
「あたしも!」
「私も私も!」
試作品を履いたロエを見てみんなが興奮している最中、サンリだけはある意味冷静であった。
……こんな下着は見た事も聞いた事も無い。これは間違いなく噂になって流行る。
サンリは舞台上から作業場に目を向ける。
たぶん、凄く苦労したんだろうね、ここまで。
次にシンに目を向けた。
お前のせいで、その苦労の全てを水の泡にしてあげる……
はぁー、誰かを動かなくなるまで虐めたい。今、無性にそんな気分よ…… うふふふ。
「うん! キャミィちゃん良い感じだよ」
「そ、そうですか……」
どこがいい感じっぺぇ!? 全然踊れてないっペぇーよ!
どうしてそんなに褒めるっぺぇ……
「ナナ~、あたし達に教える事に集中するっぺぇ」
「え? う、うん……」
困ったっぺぇね。ナナがここまでやきもちを焼くだなんて思ってもなかったっぺぇ。
変な方向に、暴走しないといいっぺぇけど……
1階の舞台では、みんなの要望に応えて、それぞれ気に入った試作品を身に着けて貰っていた。
ロエに対抗心を燃やすルシビでさえ、初めて見る下着の虜になり、一時的にその気持ちを忘れて試着を楽しんでいる。
「わぁー、凄ーい、ルシビも似合ってるぅぅ」
「本当、横の紐の部分が凄くかわいい!」
「こりゃクビレがあるから似合ってるんだね~」
「紐のは見た事あるけど、こんなに細くなかったよ。細くするだけで、こんなにも心をくすぐるだなんて…… 考えた人凄くね?」
「ねぇねぇ、シン。あたし似合う?」
「めっちゃ似合ってる! 良い感じ!」
「やったねー、シンに褒めて貰っちゃった」
「あたしはあたしは!?」
「私も、私も見て!」
「うんうん、凄く似合っているよ。今日は来てくれて本当にありがとう」
「次も絶対来るしー」
「あたしも呼ばれなくても来るー。めっちゃ楽しい! あー、こっちも履いていい?」
「勿論、お願い」
みんながウキウキする中、ロスが何かを思い出す。
「そういえばロエさんとやら」
「はい?」
「ちょっと前に何か言いかけてなかったかの?」
「え? あー、鏡はありませんか? 自分の姿を見たくて」
「鏡のぅ。すまんの、この小さいのしかなくての。次は必ず大きいのを探して用意しておくでの」
その時、ワイルがシンを呼んだ。
「シンさん、皆さんを見て思いついたばかりのデザイン画に目を通して頂けますか?」
「はい、勿論見ます」
シンが舞台下の作業場にデザイン画を見に行ったその時、ルスクが余計な口を開く。
「鏡かの? 大きい鏡ならの、2階にあるでの」
その言葉を聞いたスイラとリフスが大きな声をあげる。
「え!? 鏡あるの!? どこどこ?」
「2階だって! そういや階段があったね! 行こう!」
新しい下着を着けた自分見たさに、全員が2階目がけて走り始める。
「ちょっ、ちょっと待つの! 2階はの!」
ロスの声など耳には届かない。見た者全てに褒められた自分の姿を見たい一心で、女性達は止まらない。
「シッ、シン君! 皆が2階に行ってしまったの!」
「えっ!?」
シンとワイルは素早く後を追うが、時すでに遅し。
「ん? 揺れるっペぇ? 何だっペぇ?」
「誰か階段上がって来てるよ?」
「ひとり…… いや、沢山だっぺぇ!?」
ユウも気付いて声をあげる。
「な、なっなに!? どういうこと!?」
ナナ達がドアに注目していると、勢い良く開いたそこには、パンツ一枚のスイラが立っていた。
「はっ、はっ裸っペぇ!?」
「クルクルクルー!!!」
突然の事に理解出来ず、ユウは見開いた目を逸らす事が出来ずにいた。
そして、スタジオに次々と裸同然の女性が入って来る。
「なっふぉなはー!?」
ユウはパニック状態になり、意味不明な声を出していた。
「何この部屋!? 凄ーい、壁一面が鏡だよー」
「本当だ!? あっ、誰かいるじゃん、こんにちは」
「こっ、こんにちはっぺぇ……」
リンは思わず挨拶を返す。
「あれ? キャミィ何してるの? って、それより見て見て、この下着! かわいい?」
「うわー、自分でいうのもなんだけど、似合ってるぅあたし! やっべぇ~」
呆然と見ていたリンの脳裏に、何かが閃く。
こっ、これっぺぇ! シンを落とすには、この下着をあたしも履くっぺぇ!! そうすれば、クルに負ける事も無いっペぇ。
目と口を限界まで大きく開いていたユウの前に、他の者とは一線を置くナイスバディのルシビとロエが現れると、不思議な音がユウの口から洩れる。
「ぴぃかぁちゅー!」
「みっ! 見るでねぇっぺぇ!!」
ユウを目掛けてナナの右ストレートが放たれると、当たる直前にユウの鼻から血が勢い良く噴き出す。
「ブッー」
「ちょっと皆、ここは不味いって!」
急いで階段を駆け上がって来たシンは、ナナの右ストレートをまともに喰らい、血を噴き出しながら倒れるユウを目撃する
。
あちゃー、すまないユウ……
幸か不幸か、女性達の裸に興奮して鼻血を出した事は、ナナに殴られた事によってバレずに済むのだった。
この下着…… 私の美しさに、さらに磨きが掛かっているわ。
もしかして、デザインを考えたのは、シン、あなたなの?
シンを見つめるロエは、売春宿を出発する前、仲の良い者にチャンスがあればシンと二人きりになれる様、気を利かせてと頼んでいたのだが、そんな事は既に脳裏から一掃されていた。 それほど初めて見る下着の虜になっていたのだ。
鏡の前で悩ましいポーズを取り続けるロエを見たリンは、下を向いて自分の胸に目を向ける。
「……はぁ~」
大きなため息をしたリンは、しょんぼりとして悲しそうな表情を浮かべる。
「クルクルクル! あー、お姉ちゃん目を塞がないでぇ」
「駄目! クルにはまだ早…… 凄ーい!」
「クルクル! 見たい! 見たい! クルも見たい!」
「だーめ! 凄ーい、あの人お尻丸出し!」
「クルクル! 丸出し!?」
大騒ぎの中、女性の中で一人だけ2階に行かず舞台袖に残っていたサンリは、作業場に降りて行くと、ワイルが破棄していたデザイン画数枚を拾い上げ、自分の服に隠した。
同じ頃、セッティモでは……
「爺さん!」
ドロゲンが慌てた感じで組合長室を訪ねて来た。
「どうしたんだの?」
「ヌンゲ派の奴が、組合を通して大量の素材を注文したらしいぞ!」
素材を……
「どう考えてもおかしいよな? あいつら組合員のくせに、組合を通さず仕事をしていただろう? それが急に組合を通して素材を注文するだなんてな……」
「何かにの…… 組合を巻き込むつもりかの……」
「そうとしか思えないよな!? 時期が時期だけによ、ちょっと勘繰ってしまうよな?」
「……」
「爺さん、俺が前々から言っている様に、ヌンゲ達を切った方がいいんじゃないか? 組合を通さず仕事受けているのは周知の事実。それだけで十分首を切れるだろ?」
「……奴を慕う者はの、一時期より減ったとはいえまだまだ多いからの。切るのならもっともっと削いでからじゃないとの、組合に対抗する組織を自ら生み出してしまう事になるでの……」
「くぅー、あの野郎、それを分かっているんだろうな。腹立つなー。それならせめて今回の素材を止めるか爺さん?」
その時、ドアがノックされる。
「コンコン」
「ん? 誰だ?」
ドアを開けたドロゲンは、その人物を見て驚く。
ヌンゲ……
「やぁ、お久しぶりです組合長に副組合長」
「……珍しいのぅ」
「ええ、近くまで来たもので」
ふん、そんなのはの、理由にならんの。つまりはの……
「
筒抜けか……
「あー、心配かけたの。朝晩の寒暖差での、少しだけ体調を崩しておっての、もう大丈夫だの」
「そうですか。組合長には、まだまだ頑張って頂かないと。それでは……」
去ってゆくヌンゲの背中を、アルスは見詰めている。
「何しに来やがったんだあの野郎!」
「どうやらの…… 宣戦布告だろうの」
「うー、来るなら来いだよ! 相手になってやろうぜ爺さん! それで、素材を止めるか!?」
「そんなあからさまな嫌がらせをすればの、わしら側に
恐らくの、ドロゲンが危惧している通りのぅ、イドエ絡みだと思っておった方がええだろうの。
わしが組合長になったせいでの、イドエに迷惑をかけてしまうのかの…… それなら……
「爺さん!」
「……なんだの?」
「まさかと思うけど、馬鹿な事は考えるなよ」
「……」
「ヌンゲ達が組合に居る限り、何度でも戦っていかないといけないんだ」
「……」
「爺さんのせいでも何でもないからな!」
ドロゲン…… たくましくなったの……
「よーし! 俺の友人に少々使える奴がいるから、そいつに情報を集めて貰うよ。また後でな爺さん」
本当は凄腕の冒険者でも雇って調べさせたいところだけど、爺さんは冒険者嫌いだからな……
急いでその場を後にするドロゲンの背中を、アルスは見ていた。
「バタン」
考えるなと言われてもの…… やはりの、わしが組合長になったのはの、間違いだったのかも知れんの……
だがの、例え刺し違えてもの、この組合も渡さんしの、イドエの邪魔もさせんからの……
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