122 ファーストミーティング


 時刻は朝の5時。


 徹夜と遅くまでの作業をシンから禁止された職人たちは、既にプロダハウンに集まっていた。

 そこでは念入りに話し合いが行われていたが、その中で衝突も起きていた。


「だから言っているでしょ! ここはデザイン通りにお願いします!」


「デザインはそうかもしれんがの、ここは従来通りにしたほうが、履き心地がいいんだの! ほんの少し変わるだけだの」


「この下着は、形を見れば分かると思いますが、デザイン重視なのです! ですので、デザイン通りにお願いします」


 朝早くからやり合うワイルとルスクを、他の者達は笑み浮かべながら作業する者、まったく気にしないで作業する者が居ても、止める者は誰も居なかった。


「これはわしの思う通りに作るからの、次のはデザイン通りに作るでの、それでええだろうの!?」


「分かりました。それで構いません。シンさんと、試し履きをしてくれる人に決めて頂きましょう!」   


 その場を離れたワイルは、他の者達と既に出来上がっている試作品を囲んで議論を始めた。


 イドエの職人として、自尊心の塊みたいなわしらは、個々に独立した存在だったの。

 ふふふ。20年前、組合の者達が一堂に集まり、一丸となっていた頃を嫌でも思い出すの。


「新しい魔法機はどうだの?」


「使えそうだの」


 新しい部品も見つかっての、あと3、4台は使えそうだの。

 しばらくはアルスの家で見つかった魔法石と素材で心配は無いと思うがの、欲を言えばもう少し欲しいの。

 


 この日も朝早くから、シンはモリスとうどんを作っていた。


「シンさん、出来ました。味見をお願いします」


 ハンボワンではなく、野菜スープに入ったうどんの味見をする。


「うん、コシもあって、美味しいです。完璧ですよ」


「そうですか!? 良い物を作れるようになって嬉しいです。このうどんは、絶対に受け入れられると思います」


 この後シンは、出来立てのうどんを持って、ガーシュウィンを訪ねる。


「そうか、踊りが完成したのか」


「はい、これから毎日、また全員で集まって稽古に励むと思います」

 

 ……それなら、もう少し待ってから見に行くとしよう。


「また報告を頼む」


「はい」


「あのフォワとかいう者」


「……はい」


「あの者も忙しいと思うが、時間があるのなら、話し相手にここに寄こしてくれ」


 ふふふ。


「はい! では昼食と夕食は、またフォワに頼んでおきますね」



 昨晩もシンはヨコキと遅くまで宿の部屋で話をし、その後はシャリィに頼んでいた物を受け取り目を通していた。


 これは助かる。組織図と交友関係をかなり詳しく調べてくれている。

 知り合いに頼んだとシャリィが言っていたが、かなり優秀な人物のようだな……



「じゃいじゃいじゃい! 女ども~、今日も飲め飲め! 俺様の奢りじゃい!」


「きゃぁー、ゼスさん今日もかっこいい~」


「じゃいじゃい! おまんの乳ほどでは無いけどな!」


 そう言って、隣に座っている女性の胸をまさぐる。


「きゃ~、エッチ~」


「うほほほ~、シャリィのお陰で毎晩夢の様じゃい!」


 

 ゼスが調べてくれた物に遅くまで目を通していたシンは、結局この日も睡眠時間は2時間ほどで、ガーシュウィンを訪ねた後宿に戻り仮眠をとっていた。



 その頃、プロダハンのスタジオでは、久しぶりに全員が集まっていた。


「皆おはようー」


「おはようっぺぇ」


「クルクルクル~」

 

「皆、お待たせしました。昨日振り付けが最後まで完成しましたので、さっそくですが、皆には憶えて貰いますね。宜しくお願いします」


「けっこう暇だったっぺぇから、待ってたっぺぇーよ」


「クルクルクル~」


「あ、そうだ! ナナちゃんも完璧に覚えてくれているので、分からない所があればナナちゃんにも聞いて下さい」


「ヒュ~だっぺぇ」


「リン! 何が言いたいっペぇ?」


「別にっぺぇ。そんなに怒るでねぇっぺぇーよ」


 リンはニヤニヤしている。


「クルクルクル~、皆仲良しだよ~」


「うふふふふ」


「クルの言う通りだよね」


「じゃあ、さっそくナナに教えてもらうっぺぇ」


 数日振りの集合であったが、その関係性には何の問題もなく、ユウの瞳はやる気に満ち溢れていた。だが、一つだけ気になる事があった。

 それは…… 昨晩。


「ユウ、明日会ってもらいたい人がいるんだ」


「え、どうしたの急に?」


「最近ユウは振り付けを考えるのに集中してたから、それが終わるまではと思って……」


「……相手は誰なの?」


「実は……」



「え……」


「勝手に決めて申し訳ないと思っている。だけど、これが最善の方法なんだ」


 うーん…… つまり、これはもう決定なのだろう……


「……うん。シンがそう言うなら……」


「本当に申し訳ない」


 シンは、ユウに頭をさげた。


「ううん、気にしないで」

                             と、昨晩は言ったものの、気にならない訳ないよね。

 今日の昼食後か……


 ナナから振り付けを教わる皆を、ユウは見ている。 


 皆には、直前に伝える事にしよう……



 10時まで仮眠をとっていたシンは、起きて直ぐに食堂でうどん作りを確認した後、野外劇場へ向かい、フォワにガーシュウィンの食事を頼む。


「いいかな、フォワ?」


「フォンワ~」


 皆と話をした後、ヨコキの宿へと向かう。

 そして13時に、ある人物を連れて、プロダハウンのスタジオに向かうのであった。


   

 セッティモ服飾組合では……


 ……今日も爺さんは休みか。

 こういう時は、俺が頑張らないとな!


 故郷と、新しい家族とも呼ばれる者達の板挟みになっているアルスは、昨日同様、いくら考えても答えを出せずにいた。

 

 わしは、どうすれば……



  

 スタジオで、ユウから訪ねて来る者が居ると聞いた少女達は、その人物を待っていた。


「あ、誰か階段上がって来てるっペぇーよ」


「本当だ。音が聞こえるね」


「……一人じゃない、二人だっぺぇ」


 ナナがそう言った時、ドアが開いてシンが入って来る。

 それを見たリンが笑みを浮かべたその時、後ろに誰かもう一人いるのが見えて笑みが自然と消える。


「ユウ、皆も悪いね、待っててもらって」


「ううん、全然」


「紹介するよ」


 シンがそう言って身体を横にずらすと、軽く俯いて視線を落としているキャミィが立っていた。    

   

「……」


 シンがユウに視線を向けると、説明をする為に口を開く。


「えーと、この人は、キャミィさんです」


 ……この子、売春婦だっぺぇ。

 確かブレイの……

 見た事あるっぺぇ、売春宿の子だっぺぇ。

 クルクルクル~。

 

「今日から皆と一緒に、アイドルになってもらいます」


 突然の事に驚いた少女達は、誰一人言葉を発せず、その状況でキャミィはさらに委縮する。


「……」


 その場を雰囲気を把握したシンが口を開く。


「皆急な事で驚いたと思うけど、これは俺がユウにお願いした事なんだ。キャミィちゃんにも、俺からお願いして、この場に来て貰いました」


 ……シンの頼みっぺぇなら、あたしは別にいいっぺぇけど、ブレイとの話も聞いてみたいっペぇし。

 クルクルクル~。

 そうなんだ、シンさんが……


 中立から好意的な少女達の中、昨晩シンにユウとの良い雰囲気を邪魔されたナナは、その事もあってあまり良い感情では無い。


 押し付けだっぺぇか? こいつの勝手で、ユウ君も、うちらも困ってるっぺぇ……


 ナナはそう思いながらユウの顔色をうかがっている。


「そういう訳で、皆さん宜しくお願いします」


 どういう訳だっぺぇ。 


 シンが俯いているキャミィの肩にそっと手を乗せると、それを見たリンがイラついてしまう。


 あーー!! 触ってるっぺぇ! あたしを触らない癖に、ブレイの彼女に触ってるっぺぇ!!

 

「皆さん、私はキャミィと言います。宜しくお願いします」


 促されて挨拶をしたキャミィに、少女達は誰一人として返事をしない。わざとではなく、返事にどの様に応えて良いのか分からなかったのだ。

 その雰囲気に、ユウは少女達の気持ちを読めず、どうして良いのかもわからず、ただオロオロとしてしまい、その空気を立て直すことは出来ずにいた。

 そんな中、シンは丸投げのような形でその場を後にする。


「ユウ、後は頼むね」


 えー、帰っちゃうっぺぇかぁ? 久しぶりっぺぇのに…… あたしの肩も触っていくっぺぇ!

 

「あ、う、うん」


 えーと、どうしよう…… キャミィちゃんは、まだ何も出来ないと思うから…… 


 ユウは少女達をチラ見する。


 誰かには頼めない…… 僕が個別に教えるしかない。


「えーと、それでは、朝の様に、ナナちゃんから振り付けを教わって下さい。僕は来たばかりのキャミィちゃんに、最初から教えますので」


 その言葉で、ナナは少しイラついてしまう。


 しかたないと思うっぺぇけど、何か嫌だな……



 

 下の階に降りたシンに、ロスが話しかける。


「シン君、頼まれていた試作品は、予定より早く出来そうだがの」


「本当ですか? いつ頃に?」


「恐らくだがの、今日の夕方には出来そうでの」


 夕方…… じゃあ、明日の朝…… は、この前みたいに怒られそうだな。かといって、午後からだとヨコキさんの宿の仕事に影響が出そうだから、11時ぐらいにしようか…… 昼食の時間を跨ぐので申し訳ないけど。


「分かりました。では、明日の11時に。たぶん昼食は後回しになるので、先に食べておいてください」


「分かったの」


「あっ、シンさん! ちょうど良かったです。ここの部分に新しいアイデアがありまして、聞いて貰えますか?」


 声をかけて来たのは、ワイルであった。


「勿論です」


 この後シンは、レンツがシンを探しに来るまで、数時間この場で意見交換をしていた。




 セッティモでは……


「おーい、ドロゲン! いるか?」


 え? あの声は!?


「おい、こっちだ!」


「お~、居た居た」


「居たってお前…… 随分早く戻って来たな!? 昨日の今日だぞ!?」


「お前の金でイドエの売春宿で遊べるなんて、お陰で生まれて初めての3Pしちゃった! うっひゃ」


 サッ!?


「こんな良い機会はもう二度と無いかも知れないから、もっと遊んできても良かったけど、急いでいるんだろ? 俺からの情報を?」


 サッ、3Pしたのかよ!? いやいや、それは後だ!


「もっ、もう何か分かったのか?」


「おう。なんか全然隠してないというか、ちょうど売春婦も関わっているらしくて、直ぐに教えてくれたぞ」


 この時、ドロゲンは鋭い複数の視線を感じる。


「うっ!?」


 その視線とは、3Pという言葉を聞いて、蔑んだ目で自分を見ている組合で働く女性達であった。

 それを気にしたドロゲンは、誰の目も届かない部屋に友人を連れて行く。


「おい! こっ、こっちへ、は、早く!」


「おっ? おう」


 急いでドアを閉めたドロゲンは、直ぐに質問をする。


「それで、何が分かった?」


「イドエで服飾が復活しているのは、この前も言った通り本当だ」  


 ……そうか。やはりそこは事実なんだな。問題は……


「それで!?」


「それがよ~、作るのは女性の下着らしいぞ」


「女性の下着?」


「おう。それがよ、さっきも言ったけど全然隠してなくて、馴染みの売春婦に聞いたら直ぐに教えてくれたんだ。あと新しい食い物を作っているとかなんとかって」


 隠していない…… どういう事だ? もしかして、わざと虚偽の情報を流しているのか?

 だけど、もし本当に下着なら…… 下着だけなら……


「ありがとうな! また頼むかもしれないから! じゃあな!」


「おう、こんな頼み事なら何度でも言ってくれ!」


 ドロゲンは、急いでアルスの元へ走った。

 この友人はこの後ドロゲンを訪ねる度、陰で3P野郎と呼ばれていた。



「おーい、爺さん!!」


「……ドロゲン」


 薄暗い室内で、ゆっくりと顔を上げて自分を見つめるアルスを見て、ドロゲンは驚く。


 えっ!? ただでさえ歳だけど、急に老けた気がする……


「あ、雨戸ぐらい開けろよ!」


 そう言ってドロゲンは雨戸を開けて、部屋の中に黄金色の夕日を招き入れる。アルスはその様子を見もせず、ただ俯いている。


「爺さん、聞いてくれ! 3Pした友人からの情報だ!」


「……はぁ?」


「あ、いやいやいや! 兎に角情報だけど、イドエで服飾が復活したのはやはり事実だった」


 その言葉で、アルスの首はさらにガクッと折れる。


「だけどな、どうやら女性の下着を作っているらしいぞ!」


「……」


 アルスは顔を上げて、ドロゲンを見つめる。


「下着?」


「あぁ、そうだ」


 下着…… 下着だけなら…… それだけなら、セッティモ服飾組合わしらとの摩擦は最小だの……

 ロス…… もしかして、考えてくれてたんかの……


 これは、シンが考えていた懸念の一つであった。

 新たに入手するのが難しい魔法石や素材の関係もあり、より数を作れる目的で下着を選んだ以外にも、商売敵との衝突を最小限に抑え、無用・・な争いを起こさない目的もあったのだ。


「それならの、本当に下着だけならの、わしらの損害はゼロではないがの、いくらでも補えるの!」


「そういうことだ爺さん! 昔の仲間と俺達との板挟みで苦しかっただろう。だけど下着を作っている奴等の仕事が減れば、俺達の権限で仕事を回してやればいいだけだ。それで必要以上にイドエと争う必要は無い。そうだろ爺さん!?」


 うんうん、そうだの! そうだの!


「つべこべうるさい奴もいるだろうから、俺達の派閥の仕事を減らして回せばいい! それに、下着は確か…… 主にフウラの所の者達だから、話はスムーズに進むと思う! だけど、あまりにも露骨にすると、爺さんがイドエを庇っていると噂になるだろうから、その辺りは上手くやらないとな!」


「そうだの」


 なんとかの、見えてきたの…… ロス、お前達と、故郷と争わんでいい光がの……


「よし、ドロゲン! さっそくの、これからの事を詳しく練るからの!」


「ええーー、今からかよ!? 俺今晩演劇を見に行こうと思っていたのに!」


「そんなもんの、いつでも行けるだろうがの!」


「いや、今来てる劇団は…… あああ、分かった分かった。演劇はまた今度にするよ爺さん!」


 良かった…… いつもの爺さんに戻ったみたいだ。



 ドロゲン…… わしの為にの、情報を集めてくれたんだの。ありがとうの…… 息子よ。


「腹が減ったの。食い物を買って来いの」


「ええーー、俺一人で行くのかよ!? 一緒に行こうよ爺さん」




 シンは訪ねて来たレンツに連れられてある場所に向かっていた。

 そこにはオスオも来ており、シンを見て笑顔を浮かべる。


「どうかの、シン君! 言われた通りに出来ていると思うがの」

 

 レンツがそう言うと、オスオも続く。


「さっきの、ちょっと使ってみたがの、全然悪くなかったの。しかしのぅ、これは良いアイデアだの~」


「本当だの~。移動式って言うところが凄いの~」


 シンが大工のレンツ達に依頼していたのは、馬車の改造。

 馬車で料理が出来るように改造し、それでいて従来通り馬に引かせる事もできる。それはまるで、元の世界のキッチンカーと同じ様な物だった。


「シン君。この馬車を使って、色々な町や村でうどんとイモテンの知名度を拡げるつもりだの?」


「ええ、その通りです」


「やったの! 当たっとったの! フォワワワワワ~」  

 

 出来上がった馬車を見つめるシンと、笑うレンツを見ているオスオの笑みは消えていた。

 

 ……間違いなくうどんとイモテンは評価されると思うがの。だけどの、絶対に真似をされるの…… 


「シン君、隅々まで確認してくれの! これで良いなら、他の馬車も同じように改造するでの!」


「はい、直ぐに確認しますね。オスオさんの意見もお願いします」


「……分かったの」


 うどんとイモテンは、作り方を知らなくても、見て食べてしまえば、なんとなく分かる者もおるやろうの。

 やっぱり、真似されるのは、防げんだろうの……




 セッティモにあるコンクス組組事務所では、No2の若頭、クーク・リゲードが全組員に召集をかけていた。


若頭かしら、来ていないのはあと4名です」


「分かった……」


 敵対組織が居なくなった今、そのストレスを様々な方法で発散させているのは知っていたが、まさかSランク冒険者を相手にするとは…… コンクス組長にも、困ったものだ。

 だが、いくらSランクといえど、ギルドの後ろ盾が無く、落としどころ・・・・・・さえ既にあるのなら、どう考えてもうちには有益しかない。

 それなら…… せっかくだから、俺も楽しませてもらうとするか……


   

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