121 ジェラシー


 14時頃にさぬきうどんの作り方を教え食堂を後にしたシンは、レンツの所に向かい、プロダハウンに目隠しの作業を頼む。


「すみませんが、お願いできますか?」


「任せておけのぅ。他の者はここに残って貰っての、わしとあと一人ぐらいで行くでの」


 その後、野外劇場に向かい、コリモンが呼んでいた23人の者と顔を合わせる。


「皆さん、宜しくお願いします」


「こちらこそだの」


「またこのイドエで音楽を奏でる事が出来るなんての、シン君には感謝しかないの」


 楽団の者達とあいさつを交わし、しばらくの間打ち合わせをしたシンは、ピカワン達の練習を見た後、再びプロダハウンへ移動する。

 そして、出来上がっている全ての試作品に目を通し、様々な提案を出し合い、修正箇所を決めた。


「修正した物はいつ頃出来ますか?」


「そうだの…… 修正した試作品を1種類につき数点。徹夜も遅くまでもが駄目となればの…… うーん、明後日の夕方ぐらいかの……」


「分かりました。遅れても大丈夫ですので、無理だけはしないで下さいね」


 シンが立ち去ろうとした時、レンツが作業内容を確認する。


「この辺りに、ずーっと目隠しをする感じでええかの?」


「はい。舞台の幕を使ってください」


「あれを使ってええならの、作業は簡単だの。今日中には終わるでの」


「ありがとうございます」


「礼なんかいらんがのぅ。フォワワワワワァ」


 ……ん?

 わざとフォワみたいな笑い方をしたのかな?


 プロダハウンで数時間過ごしたシンは、次にヨコキの売春宿に向かう。

  



 セッティモでは…… 


「おーい、爺さん」


 ドロゲンが再びアルスを訪ねると、昼間と同じ様に椅子に座り項垂れていた。


 まさかずっと同じ姿勢で座っていたのか……


「爺さん、夕食に行こう」


「……食欲がないのぅ」


「朝から食べてないんだろう? 食欲無くても、何か腹に入れないと。ほら、行こう」


「悪いけどの…… 今は、今はの、ほっておいてくれんかの」


「放っておける訳ないだろ!? 動くのが面倒なら、何か作って貰って俺が持ってくるよ」


 そう言うと、ドロゲンは近所の食堂に向かった。


 ほっておけと言っとるのにの。

 変わらんのぅ、昔から…… 


 


「よっ、今日も川を見ているのか?」


「……」


「あんたに付き合って俺も川を見る時間が増えたけど、うーん…… いったい何が楽しくて見ているのか、未だに分からないけどな。うははははは」


「……」


 ドロゲンはアルスの隣に寝転ぶ。


「聞いてくれ、昨日ついに最後まで残っていた職人が辞めちまった」


「……」


「その理由は、どうやら俺に愛想をつかしたらしい」


「……」


「親父が死んで2年、頑張ったつもりだったけど、相も変わらず魔法機を上手く扱えない俺を見て、こりゃいつまでたっても無理だ、自分の負担が増えるばかりだって、そう思われたんだろうな」


「……」


「さっき手伝いのおばちゃん連中にも辞めて貰った。これで、3代続いた小さな小さな服飾作業場は…… おしまいだ」


 アルスに話しかけ始めてから2年弱、一度も弱音を吐いた事のないドロゲンが、初めて落ち込んでいた。


「まぁ、そういう訳で、明日から俺もここで毎日一緒に川を眺めてもいいか?」


「……」


「何てな? うはははははは」


「……」


「心配するな、何処かに働きに行かないといけないから、今までみたいに気軽には来れなくなるよ」


「……」


「はぁー」


 大きなため息をついた後、服に付いた枯れ草を叩いて落とし、ドロゲンが立ち去ろうとしたその時。


「……待ての」


「……えぇ!?」


 驚いたドロゲンは振り返る。


「も、もしかして、い、今、しゃべった?」


「お前の作業場にはの、もう誰もおらんのかいの?」


「あ、ああ、だ、誰も居ないな、確かに……」


「案内せえの」


「え!?」


「案内せえ言うたんだの!」


「おっ、おぅ……」


 二人はドロゲンの作業場に向かって歩き出す。


 ……いったい急にどういう事だよ? この2年近く、見かける度に話しかけても、一度たりとも返事すらした事ないのに……



「ここだよ」


 小さな作業場にある魔法機は四台。その内の2台は埃を被っている。


 ずいぶん古い魔法機だの…… しかも、縫合式か。

 まぁ、そりゃそうだの、編み式をあそこ・・・まで扱える職人など、わしら達ぐらいのもんだからの……

 それにしてもこいつはのぅ…… 魔法機の整備すらロクにできんのかの。

 そんな奴が……

 どうして…… どうして最高の職人であるわしらが服飾を奪われ、こんな奴が服飾を出来るんかの…… 不公平にもほどがあるのぅ。


「座ってみるかい?」


「……ええだろう」


 アルスが一台の魔法機に座るのを、ドロゲンはただ見ていた。


「……」


「……」


 二人に無言の時間が流れていたが、アルスが痺れを切らす。


「何をしておるんだの!?」


「えっ!?」


「生地をセットせんかの!!」

 

「え? あ、ああ、そ、そうか。ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 ドロゲンは急いで魔法機に生地をセットする。


「これが型紙で、そこのトルソーに着せてるのが完成品だ」     

「さっき入って来た時にもう見ておるの」 


 え? いや、確かに見たかもしれないけど、チラっとだろ?


「ふぅーー」


 アルスは大きく息を吐いた。


「ネセム」


 魔法機が動き始めると直ぐにドロゲンは驚愕する。


「お…… おお…… うおぉぉぉぉぉ」


 な、何だよこのスピード!? 速過ぎて、魔法機から途切れる事のない音が聞こえているぞ!? こんなの、見た事も、聞いた事も無いよ!?


「ほれ、出来たのぅ」


 もう!? う、嘘だろ!?


 ドロゲンは急いで出来上がったばかりの服を手に取る。


 なっ、なんだこの細かくて美しい縫い目は!? ズレも縫いミスも、一つたりともない。

 いや、それどころか、粗悪な生地が上手く馴染む様に計算して縫い付けているのか!?

 こんなの、こんなの見た事ないよ!

 他人用で、自分に合わせた調整もしていない魔法機なのに……

 こいつはいったい、何者なんだ!?

 

「すっ、凄いなあんた! 大変な腕じゃないか! こんな腕を持っておきながら毎日川ばっかり眺めて、何故服飾をやらない!? 勿体ないだろ!?」


「……」


 こいつは何にも知らんのかの……

 やりたくても、出来んのだの! わしが服飾をやれば、どうなるのかだいたい想像がつくのぅ。


「なぁ、あんた! 頼む、頼むからその技術を俺に教えてくれ!」


「……お前じゃ無理だの。それにの……」


「教えてくれ! 頼む!」


 ドロゲンは床に片膝を突き平伏ひれふす。

 その姿を、アルスは黙って見ている。


「……」


「なぁ、頼む。俺は、今までこんなに感動した事はない! あんたの縫った服を見て、本気で、もっと本気で服飾をやりたいと、初めて今思ったんだ! 頼む!」


 わしが服飾に関われば、間違いなく潰しに来るだろうの……

 わしらだけ、わしらだけが潰されて、この町ではのうのうと服飾が続けられておる。

 そんな馬鹿な話があるかいの……


「頼む! 頼むよ!」


 この大きな町で服飾に関わって、わしごと潰されれば、そうすればの、服飾の流通が幾分か止まり、それを補うためにイドエで服飾の再開が許されるかもしれんの……

 可能性は薄いかもしれんがの、ほんの少しでもイドエの為になるのならの……


「ええだろう、教えてやるの」


「本当か!? ありがとう! 俺はドロゲンって言うんだ! あ、もう知っているよな? あんたは何て名だ?」


「……アルスだの。アルス・ノアだの」


「アルス・ノア!? うーわっ! よりによって、俺の元彼女を寝取った奴とおなじ名前かよ!?」


「そんな事、わしが知るかの!! お前…… わしから教えを乞うくせにの、よく名前を馬鹿にできるの」


「い、いや、馬鹿にしている訳じゃなくてよ、ただ単にトラウマが…… そうだな、これからは爺さんって呼んでいいか?」


「じっ、爺さん!? わしはまだ50歳だがの!」


「ええー!? 親父が死んだ時よりも驚いたよ! 初めて見た時より髪は白髪だらけだし、歩くのも遅いし、あと、その顔で……」


「……わしの顔がどうかしたかの?」


「いや…… な、何でもない。兎に角爺さんって呼ばせてもらうよ。よし、さっそく教えてくれ爺さん!」


「そうだの、まずは……」


「まずは!?」


「魔法機の掃除と整備からだの」


「ええーー、技術的な事を教えてくれよ!」


「馬鹿かのお前は!? 魔法機を大切にせん奴はのぅ、職人の資格すら無いのぅ!」


「分かった、直ぐに掃除するよ」


「わしは見ておるでの、やってみろの」


「え? 手伝ってくれないのかよ?」


「甘えるなの!!」


「甘えて悪かった! 直ぐに始めるよ」


 急いで魔法機の掃除を始めたドロゲンを見て、アルスの口元は少し緩んでいた。

 もしかすると、イドエで服飾に日々取り組んでいたあの頃と、少しだけ重なって見えていたのかもしれない。


「掃除すら下手糞過ぎだのお前は!」


「ひぃー、すまない爺さん」


 それから1年後。


「おーい爺さん! 新しい契約を取って来たぞ!」


「取らんでええの、破棄してこいの。人手が足りんからのぅ」


「ええーー」


 さらに数年後。


「おーい、爺さん! オタカ作業所の若い者が爺さんの弟子になりたいって言ってきてるぞ」


「いらんの。わしは一生弟子は取らんことに決めておるでの」


「ええーー!? じゃあ俺は一体何なんだよ!?」

 

 さらに、さらに数年後。


「おーい、爺さん! 俺達に是非加入してくれって組合から誘いが来てるぞ」


「ええだろう。加入すると返事してくれの」


「ええーー、即答かよ!?」


 組合に加入して数年後。


「おーい、爺さん! 俺結婚しようと思ってよ。実はもう、嫁のお腹には子供もいるんだ!」


「そうか、そりゃええことだの……」


「そこでだ爺さん! 生まれてくる子供の名付け親になってくれ!」


「嫌だの」


「ええーー!? 断るかよ普通!」 


 さらに数年後。


「おーい、爺さん! 今度の理事会で爺さんを理事に推薦するってよ!」


「ええだろう。引き受けるでのぅ」


「ええーー、嫌がると思ってたのに承諾するのかよ!?」


 そのさらに数年後。


「おーい、爺さん! 次の組合長選に出てくれ! 俺達の派閥は勿論、フウラの派閥からも爺さんなら支持するって言ってきているぞ」


「……それは、引き受けられんの」


「ええーー!? どうして断るんだよ!?」


「……」


「爺さん以外他に誰が居るんだよ!? 爺さんが出ないと、フウラでは票を集める事が出来ない、そうなると…… いいのか、ヌンゲの奴が組合長になっても!? あいつが組合長になれば、セッティモ服飾組合が、今以上に汚職まみれになるぞ!?」


 ……今までどういう理由で放置されておったのか知らんがの、わしが、わしがそんな地位に着けば、今度こそスーリンが潰しに来るかもしれんのぅ。

 わしは…… わしがイドエの者と知っておきながら、一途に付いて来てくれたお前達がの、可愛くて仕方ないんだの。わしのせいで、迷惑をかけたくないんだのぅ……

 

「爺さん! 爺さんが受けないのなら、俺は組合を辞めるからな!」


「な、何を言っておるんかいの? 今組合を辞めたら、服飾を辞めると同じだろの!?」


「それは分かっているよ。だけどヌンゲの下に就いてこのまま組合員を続けられる訳ないだろう!? それは俺だけじゃない、俺達の派閥の全員がそう思っているよ!」


「……」


「なぁ爺さん! 爺さんは俺の三人の子の名付け親だ。それだけではなく、俺はもう一人の父親だと思っている。爺さんはどうなんだ?」


「……わしも、お前の事を息子のように思っておるの」


「その息子からの頼みだ! 頼む爺さん! 頼むよ! 他に誰が居るんだよ!? 票集めは俺に任せてくれ! あの時俺を助けてくれた爺さんを組合長にして、親孝行したいんだ。頼むよ!」


「そんなもんはの、親孝行とは言わんでの……」


「いや~、そうかも知れないけど、頼む、組合長選に出馬してくれ! そうじゃないと、俺達を信じて付いて来てくれた者達が……」


 その言葉で、しばらく考えた後、アルスは承諾する。


「……引き受けるにはの、二つ条件があるの」


「何だい!? 何でも言ってくれ!」


「それはの…… わしが組合長に選ばれたらの、フウラではなく、お前が副組合長になることだの」


「お、俺が!? けど、フウラの派閥がそんな事を許してくれるかどうか…… 分かった、フウラの許可が下りれば、その条件を飲むよ。あと一つは!?」


「あとのぅ、もう一つはの……」




 ええーー!? ……いったいどういう事なんだ!? でも、それを飲めば……


「分かったよ。だけど、出来るだけ長くやってくれよ爺さん」



 あれから2年。敗れたヌンゲ派の仕事量を操作してのぅ、こちら側にだいぶ人を引き入れて、一時は底を舐めておったヌンゲが、裏の者と手を組み、何とかこの組合を手に入れようと画策しておるのは分かっておるの。

 そんな時に、そんな時にの…… イドエで、何が起きているんだの……




 ヨコキの売春宿では……


「え、手伝ってくれるんですか?」


「あぁ…… サンリが急にそう言いだしたんだ」


 言わずとも、サンリを知っている者からすれば誰だって分かるさ。何か裏があるってね……


「坊や、断ってもいいんだよ」


「……いえ、人は多ければ多いほど良いので、せっかくですから手伝って貰います」


「……」 


 この時ヨコキは、サンリの事で忠告するか悩んでいた。


 もしかして、サンリを、女を甘く見ているんじゃないよね……

 他人ひとの邪魔をするのは、男より女の方が優れているんだよ。

 分かっているのかい、坊や……


 この後も、ヨコキと数時間に渡り話をし、売春宿を後にする

。 

 


 19時20分頃、セッティモのとある酒場。


 到着したヌンゲは、沢山の客で賑わうホールをよそに、2階にある特別な部屋に通される。


「コンコン」


「親分、ヌンゲさんです」


「通せ」


「どうぞ、ヌンゲさん」


 組の若い者がドアを開けてヌンゲを部屋に入れると、閉めたドアの前に立ち、鋭い視線で廊下の監視をする。 


「コンクスさん、申し訳ありません。今日こそはと早めに来たつもりでしたが……」


「私は先にこの店に用事があったもので、お気になさらずに。どうぞこちらへ」


 コンクスの前には、高級グラスに酒が注がれている。


「お先に失礼して少し飲んでおりました。何を飲まれますか?」


「では、同じ物をお願いします」


 コンクスがバーテンに目配せをすると、直ぐにこの個室専用のウェイトレスがやってくる。


「私と同じ物をお願いします」


「かしこまりました」


 注文を受けたバーテンが、直ぐに高級グラスに酒を注ぐとウェイトレスが運ぶ。その後、ウェイトレスはバーテンと共に専用のドアから隣の部屋へ移動する。


「いつもながら、スマートな方々ですね」   


「うちの若い者が優れておりまして、よく教育してくれております」


 そう口にしてグラスを手に取るコンクスを、ヌンゲは見ている。


 ……知らなければ、ヤクザの大幹部とは誰も思わないだろう。それほどの謙虚さを持ち合わせている。

 だが……


 ヌンゲはコンクスと視線を交わす。


 この目…… 

 まるで、厳格な父親と暖かな母親、その両方を同時に憶える不思議な感覚。いったいどの様な環境で育てば、この様な目に… 

 ブカゾ組に4人いる若頭補佐の中で、次の若頭候補の筆頭だと噂で聞いているが、それに見合うこの風格は、流石だと言わざるを得ない。


「最近はいかがですか?」


「はい、コンクスさんから紹介して頂いた仕事のお陰で、私と距離を置いていた派閥の者達と、また交流が増えております」


「それは良かった。第一派閥に返り咲く日も近そうですね」


「えぇ、コンクスさんのお陰です」


 回してくれた仕事の謝礼を払おうとしても、受け取らないのでいささか気味が悪いが……


「今日お呼びしたのは、お互いに有益な話を耳にしたので、それをお伝えしようと思いまして」


 互いに有益か…… 借りっぱなしの借りを、少しでも返せるのだな。


「是非、聞かせて下さい」


「イドエで服飾が復活したのを、既に耳にしていると思いますが」


 イドエで……


「その者達が作る物を、先に偶然知る事が出来まして」


「いったい、どのような物でしょう?」


「それは、女性の下着だそうです」


「下着……」


「はい。イドエの者達が、服飾に長けていたのは昔の話で、何のルートも持たない現状では、製作した物を広く売り出すまでに時間を要します」


「……」


「その前に、あなた達が作ってみてはいかがでしょうか?」


「私達が……」


「ええ。制作する下着の詳細は、近々耳に入る予定になっております」


「……」


「あなた方の今の組合長は、元々イドエの者でしたよね?」


「……はい」


「この話を進めたと仮定して、イドエで作られている物を先にあなた方が作っている事は、恐らく隠しようがない」


「……」


「噂は必ず漏れます」


 普通は、販売に漕ぎ着けるまで、漏れないようにしろというのではないのか……


「ですが、逆に隠す必要はありません。堂々と真似して作って頂きたい」


 ……いったい、どういう事だ!?


「そうすれば、組合長の行動は、手に取るように分かるはずです」


 ……アルス組合長の行動?

 言われた通り私達がイドエの下着と同じ様なのを先に作れば、それを知った組合長は、昔の仲間を思って怒り狂い、己の立場を忘れて必ず阻止しようとするだろう。そうなれば…… そこに付け入って、組合長の座から引きずりおろせるかもしれない…… そこまでは出来ないとしても、真似をする事で新たな仕事と収入が増えるとなれば、私の賛同者が増し、また第一の勢力を誇る派閥に戻れるかも知れぬ。邪魔をされれば、不満が組合長に向けれ、邪魔をされなければ、新しい仕事と稼ぎを手にする事が出来る。つまり、どちらに転ぼうとも、問題はない。

 だが……


「いかがでしょうか?」


「……二点、宜しいでしょうか?」


 本当は三つ気になる所があったのだが、その一つは予想できるので、ヌンゲは口にしなかった。


「どうぞ」


「一つ目は、私達が今からいくら努力しようとも、イドエと同等レベルの物を作ることは出来ません。イドエの技術は、それほど長けているものでして、それでも宜しいのでしょうか?」


「ええ、似ている物を先に制作出来れば、問題ありません」


 ふむ…… 先に売り出してイドエが私達の真似をしたと喧伝し、貶める気か…… 品質に差があっても、先の者が有利なのは間違いない。


「もう一点は?」


「イドエで服飾を再開した事を、私は知りませんでした。ですが、最近のイドエの噂は耳にしております」


「……」


「今のイドエには、Sランクの冒険者が絡んでいると、そう噂で聞いておりますが……」


「はい、それは間違いありません」


「……」


「ですが、そちらの方は、勿論私が引き受けます」


 それは、策があるという事なのか…… それとも、争うつもりなのか!? いくらヤクザの大幹部と言えど、相手はSランク冒険者だ。勝ち目があるのか!?

 どうする…… と、悩むことは無い。コンクスに今切られたら、仕事が無くなる。つまり、やるしか、言う事を聞くしか道はない。

 だが、相手はSランク冒険者だ。もしかすると私の立場どころか命すら……


 迷っているヌンゲを見て、コンクスが口を開く。


「以前から思っておりましたが」


「え?」


「よそ者がこの町の服飾組合長というのは、いささか不自然な話ではないかと」


 その一言で、ヌンゲは決心する。


「おっしゃる通りです。そのお話、是非やらせて頂きたい」


 その言葉を聞いたコンクスが指をパチンと鳴らすと、隣の部屋に下がっていたバーテンとウェイトレスが戻って来る。

 そして、新たに二人の美女が部屋を訪れ、ヌンゲの両隣に座る。

 それから30分ほど酒に付き合ったコンクスは、ヌンゲを残してその場を後にした。そして、帰りの馬車の中で笑みを浮かべる。


 ヌンゲが口にしなかった気になるもう一点。それは、コンクスの有益とは? 今回の件で自分を組合長にして、さらなる恩を売り、服飾組合を裏から牛耳る事だとヌンゲは認識していたが、それは大きな間違いである。

 コンクスの有益、それは……


 ククク、まさかSランク冒険者とやり合える日が来るとは…… 楽しみで、楽しみで仕方がない。


「ククク、クハハハハハハ」


 その謙虚な姿勢とは裏腹に、ブカゾ組内でコンクスは、武闘派ヤクザとして名を馳せていた。


   

   

 ガーシュウィンに運ぶ食事を、親交のあるフォワに頼み、シンはレティシア邸を訪れていた。

 そこには、レティシア他数名の職員がおり、入念な打ち合わせをする。


「これがコリモンさんから頂いた、楽団に参加する人達の名前と現在の仕事場です」


「分かりました。この人達の代わりを直ぐに手配します」

  

 レティシアは、シンから渡された紙に目を通すと、直ぐに職員に渡す。 


「これをお願いします」


「はい」


 一通りの話を終えると、職員は役場に戻り、レティシアとシンは二人きりになる。

 シンには、どうしてもレティシアに伝えないと行けない事があった。

 それは……


「村長さん、ヨコキさんの事なんですけど」


「はい……」


「実はあの人は……」



「政治犯……」



「はい。ですので、シャリィでもその罪を裁く事が出来ません」


「そうですか…… 私は、あの方の重要性を認識しているつもりですが、イドエが新しいスタートを切るその時のほころびになる恐れがあるのですね」


 ヨコキに対しての評価に嘘はないが、レティシアのヨコキへの態度から分かる様に、疎ましく思っているのも事実である。


「はい。ですが、その綻びも直せれば味に・・なるかもしれません」


 綻びが……


「村が昔の様に法と秩序を取り戻した時、懸念される人物は、政治犯のヨコキさん、魔法石の転売をしていたキャミィちゃん、そして…… 村長さん、あなたも……」


 シンのその言葉に、レティシアは眉一つ動かさず淡々と答える。


「はい、自分の事ですので、はっきりと認識しております。ですが、私は何も恐れていません。死罪になろうとも、このイドエをあの頃の様に戻せるなら本望です」


 この人の言っている事は、嘘でも虚勢でもない。

 すさまじい信念を持って行動しているそんなあなたは、ヨコキさんと似ている……


「あなたと、ヨコキさん、キャミィちゃんを罪に問わせない方法。そして、俺が今考えている計画の全てをお話します」


 全てを…… 




 同じ頃、シャリィは新街道沿いである人物と会っていた。

 

「じゃいじゃいじゃい! 頼まれていた物じゃい!」


 レキ・ゼスはシャリィに紙を渡す。


「助かる」


 シャリィは礼を述べた後、渡された紙に直ぐに目を通す。


「じゃいじゃい。こんな物、どうするんだその兄ちゃんは!?」  

「さあな……」


「まぁどう使うにせよ、面白くなりそうじゃい!」


 内容からして、こりゃどう考えても一悶着あるわな。そうなれば…… じゃいじゃい!


「……上手く書けているな」


「当たり前じゃい! 誰が調査して書いたと思ってるんじゃい!」


「ふっ、悪かった」


「俺様達の仲だから気にするな、じゃい! 依頼があるならどしどし言うて来い!」


「そうだな、また近いうちに何かしら頼む事になると思う。それまでは、村に戻る者達の護衛を引き続き頼む」


 おぉ~、たまらん! 毎日酒池肉林して使い切っても、ギルドの依頼より遥かに大金が手に入る。


「今日もじゃいじゃいじゃーい!」

 

 ゼスは、キラキラと瞳を輝かせていた。




 シンから全てを打ち明けられたレティシアは、ただ一点を見つめて言葉を失っている。


 私は単純に…… Sランク冒険者であるシャリィ様の名の元でこの村を守って頂こうと思っていたのに、シンさんはそこまで考えていただなんて……


「……シンさん」


「はい」


「大変失礼ですが……」


「どうぞ、忌憚のない意見を言ってください」


 そう言って頂けるのなら……


「そこまで……」


「……」


「そこまでする必要が、あるのでしょうか?」


「……はい、必要だと考えています」


「……」


「遅かれ早かれゆくゆくこの村は、俺の言っている通りになるのは目に見えています」


 シャリィ様の名があっても、避けられない…… そう言いたいのですね。

 だけど、私はそうは思わない。


「そこを成り行きに任さず、自ら選び決めるのです」

 

 そうするのが理想なのでしょうけど……

 こんな事を思うなんて、罪悪感を覚えてしまうけど、結局シンさんは、シャリィ様という砦があるからこそ、この様な計画を立てられる。

 表面的なものでも、裏側でも、その両方で最後はシャリィ様が全てを解決してくれる。 

 そうなると、シンプルな私の考えと同じと捉えても良いのでは……

 それに、シンさんの計画が失敗すればするほど、それを補う為に保護者とも言えるシャリィ様が必ず動く。

 私…… いや、村としては、それこそが最善なはず……

 

 まるで、悪だくみの様な結論に至ったレティシアは、シンの計画を承認する。


「分かりました。シンさんの思う様に進めて下さい」


「ありがとうございます。何か動きがあれば、その都度詳細を必ず伝えに来ます」


「はい」


 レティシアは、真っ直ぐシンの瞳を見つめながら返事をした。


「あ、気が付かず申し訳ありません。ハーブティはいかがですか?」


 時間はまだ大丈夫かな? もう少し詰めた話をしたいから……


「すみません、お願いします」


「直ぐに用意しますね」


 レティシアはキッチンへ向かい、ハーブティを用意して戻ってくると、ソファーに座っているシンは、この世界に来て初めてユウ以外の者の前で眠っていた。

 そんなシンを、レティシアは黙って見つめている。


「……」


 ごめんなさい。あなたを信用していない訳では無いの……

 承諾はしたけど、そんなに上手くいくとも思えない。

 私が何より優先すべきなのは、村の、村人達の未来なの。

 

 だけど……


 レティシアは、ハーブティを淹れたカップを音がしないように静かにテーブルに置いた。

 そして、寝息を立てているシンにゆっくり近づくと、両膝を床に突いて目の高さを合わせる。

 

 私の事までも、気にかけてくれていたのね……


 その気持ちを嬉しく感じていたレティシアは、疲れて眠っているシンを見詰める。だが、自分だけではなく、ヨコキやキャミィをも同列に扱う姿勢にジェラシーを感じてしまい、固く閉ざしていた女の部分を刺激される。


 くっ……


 その思いが、レティシアに意外な行動を取らせる。



 レティシアは、ゆっくりと眠っているシンに唇を近付ける。


 お願い、目を覚まさないで…… 一度だけ、一度だけでいいから……


 レティシアの唇が、シンの唇に触れそうになった瞬間。

 シンの目は開く。


「……」 


「……」


 愛を込めた瞳でシンを見つめていたレティシアは、ゆっくりとまぶたを閉じる。


 だが、シンは顔を背けて立ち上がる。


「……すみません、疲れているみたいで眠っちゃって」


「……」


「もう遅いですし、宿に戻ります…… 失礼します」


 シンがドアを閉めて去って行った後も、レティシアはしばらくの間、動こうとしなかった。






「うーー、でっ、出来たー!」


 大声で歓喜するユウを、ナナは笑みを浮かべて見ている。


 これで、これで最後までの振付が完成したぞ!


 ユウは満面の笑みを浮かべながら振り返る。


「手伝ってくれてありがとうナナちゃん!」


「ぜ、全然だっぺぇ」


 嬉しそうだっペぇ…… うち、役に立てたみたいで良かったっぺぇ。

 だけど、これで二人っきりの時間は終わりっぺぇ……


 やったぁー、これでまた、皆を呼んで再開出来るぞ!

 僕とシンが作った曲で、この世界初のアイドルを作り上げるんだ!


 ユウがそう思っていたその時。


「きゅるるるぅ」


「ん?」


 音がした方に視線を向けると、ナナが音は自分とは関係ないと言いたげな態度をしていた。


「……あっ!? 今何時?」


 ええー、もう21時過ぎているの!? 

 全然気づかなかったし、そういえば、お昼も食べてないや僕達!?


「ごめんなさいナナちゃん。夢中になって昼食も忘れてたし、こんな時間まで付き合わせてしまって。お腹もすくよね!?」


 ユウのその言葉で、ナナはオドオドとしてしまう。


「べっ、別にお腹なんて減ってないっぺぇ」


「え? だってさっきお腹が鳴る音が……」


「う、ううちは知らないっペぇ。何の音か知らないっぺぇけど、確かそっちの方から音が聞こえたっぺぇね」


 え? そうなのかな…… けど……


「ナナちゃん、もし良かったら、今からモリスさんの食堂でシンが考えた新しいランゲを食べてみない?」


 新しいランゲ? それにも興味あるっぺぇけど、まだ一緒に居られるっぺぇかぁ……


「うん! 食べてみたいっぺぇ」


 二人っきりの時間は、これで最後っペぇね……


「じゃあ、直ぐに行こう」


 二人で下の階に降りると、既に照明は落とされており、シンに言われ遅くまでの作業を禁止されたロス達は帰っていた。


 あっ、作業が見えない様にしたんだ?  

 うーん、たぶん僕達に配慮しての事だと思うけど、ここを通る時に魔法機が見えないのは残念だな……




 レティシア邸から戻って来たシンが、食堂の窓の前を通った時、二人だけでうどんの入ったランゲを食べているユウとナナが見える。

 それを見たシンは食堂に入るのを止めて、静かにその場を後にしようとしたその時。


「あら~、シン。わざわざ外に出てあちきを待っていてくれたの~?」

 

 そこにバリーがちょうど戻って来た。


「バリー、静かに、静かに」


「え? 何?」


 シンから説明を受けるまで、バリーはキョトンとしている。


「あ~、そういうことね」


 バリーは二人に気付かれない様に窓から中を覗く。


「うふ、初々しい二人を見てると、あの頃を思い出すわ~」


 ……どの頃だ?


「ハァ~、いいわねぇ。あちきも同じように恋をしているから、ナナちゃんの気持ちが痛いほど分かるわ~」


 ……なんか雰囲気悪いなここ。兎に角離れるか……


 シンはバリーを無視するかのようにスタスタと歩き始める。


「ちょっと、大切な話をしているのに、どこ行ってるの?」


 そう言われても、シンは無視して歩き続ける。


「ねぇ、ねぇシン! あちきの恋の相手が気にならない? シンになら教えてあげるわ~」


「1ミリも気になりません、おやすみなさい」


 バリーはシンを追いかけてきて、背後から抱き着く。


「なっ!? 何するんだよバリー!?」


「あちきの恋の相手を聞いてくれるまで離さないから」


 うっ、すげー力だ! さすがAランク冒険者!


「だっ、その相手は誰だよ? 早く言ってくれ、俺まだ用事があるんだ」


「あちきの恋の相手はぁ~」


 ち、近い!


「あなたに決まっているじゃな~い」


 バリーはそう言った後、シンの耳に息を吹き込む。


 うっ!?





「どうかな、この新しいランゲ?」


「うん、美味しいっペぇ」


 良かった、ナナちゃんも気に入ってくれているみたいだ。

 僕が作った訳じゃないけど、元の世界の食べ物を褒められると、何だか嬉しいな…… 


「ふぅ~」


 って、お昼も食べてなかったので、大盛りを頼んでしまったけど、流石に残してしまいそうだ。

 

 そう思い、ふいにナナの器に目を向けると、うどんが気に入ったのか、それとも余程お腹が減っていたのか、既にほとんど食べてしまっていた。


 そうだ! 残すのはもったいないし、モリスさんにも悪いから、ナナちゃんに分けれないかな? 



「ナナちゃん」


「何だっペぇ?」


「あの~、僕の食べかけで悪いけど、残しそうだからもし良かったら…… 一緒に……」


 い、一緒に!? な、何だっペぇ? もしかして一つのランゲを一緒に食べるっぺぇかぁ!?

 

 ナナが様々な妄想に入りそうになったその時。

 


「ぎゃあぁぁぁぁぁーー」



 外から大きな悲鳴が聞こえた。



「うん? いったい誰の悲鳴? ちょっと見て来るね」


 そう言うと、ユウはナナを置いて外に出て行ってしまう。


 ぐぐぅ、いったい誰だっペぇぁ!? めちゃくちゃ良い感じで二人で食事してたっぺぇのに! だ、誰が邪魔したっぺぇぁ!?



「あ、シン!? バリーさんも!? 何しているの?」


「ユ、ユウ! た、助けて!」


「助けてなんて、失礼しちゃうわ~。耳に息を吹きかけただけなのに~」


 こっ、こっわ……


「んふふふ」


 何が起きたのか分かったユウは、思わず笑ってしまった。


「シンもバリーさんも食事はまだですよね? 一緒に食べましょう」


 断り切れなかった二人は、ユウと共に食堂に入ると、ナナの鋭い視線を浴びる。



 この二人っぺぇーね、うちらの邪魔をしたのは……



「シン、バリーさん、どうぞ座って下さい」



 気を利かせてどっか行けっぺぇ……



「モリス~、あちきは新しいランゲをもらえる~?」


「すみません、今日はもう無くなってしまって」


「えー、残念ね。楽しみにしていたのに……」


 うどんを気に入っていたバリーは、ガッカリと肩を落とす。


「あ、バリーさん」


「なーに、ユウちゃーん?」


「僕大盛り頼んでしまって、食べきれなくて困っていたんです。食べ掛けで申し訳ありませんけど、もし良ければ……」


「あら~、分けてくれるの? 嬉しいわ~」


 うっ、ナナちゃんの目が……


 シンはこの時、明らかに普段と違うナナ視線に気付いていたが、何も言う事が出来ず、早くこの場を立ち去りたいとだけ考えていた。


「……」


 最後の二人っきりの時間を邪魔をされたと感じたナナの怒りは凄まじく、シンとバリーはこの後、ナナから本気の説教を喰らうであった。


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