2 ユウの初戦

 ……


 …………


 ………………


 あれ、生きているのか僕は……


 あれからどれくらいたったのかな?


 な、なんだ……


 爽やかな森林の匂い……まさかね。


 いや、それに心地よいそよ風を感じる。


 み、……川か……な?

 遠くで水の流れる音が聞こえる。


 こ、この感触は……草?

 草の上に仰向けになっているようだ。


 何処だここは?


 確か僕は建築現場で地震により崩れてきた資材の下敷きになったはずだ……

 あれからどうなったのだろう?


 病院……ではないよな。草の上には寝かせる訳ないし……


 死んだのかな僕?


 そういえばあの時に光が見えていたな。

 ここはもしかして天国。


 まぶたの外側が眩しい……

 あの時と同じ光なのかな?


 怖いけど思い切って少しだけ、ほんの少しだけ目を開けてみよう。


 ん……これは枝……あと葉っぱ?

 その隙間から見えているのは青い……水色……空だよな?


 天井ではないな。


 ここは完全に外だ。


 目をもっと開けないと……

 

 怖くない怖くない怖くない、そうだよね横投ちゃん。

 僕は意を決して目を大きく開けてみた!


 すると、緑の木々から漏れてくる光と青い空が見えた。

 どこからか鳥のさえずりも聞こえてくる。


 ……え!?


 どこだよ!?


 そこは初めて訪れる森の中のようだ。

 あの建築現場の近所にはこんな森も公園も無い!


「ま、まさか! やっぱりここは天国!?」


 僕はゆっくりと指を動かしてみた。

 うんうん、動く、大丈夫そうだ。

 身体にも力は入る……


 よし!


 僕はゆっくりと身体を起こし、そして立ち上がってみた。

 ケガをしているところは無いみたいだ。

 そして周囲を見回してみた。


 間違いない、森の中だ……


 次に両手をジッと見てみた。

 普段と変わりのない僕の手だ。

 右手でゆっくりと左腕を触ってみた。

 次にその逆も……


 いつもと同じ感触だ。


 生きてる!?


 僕は生きてる!


「生身の身体だよなこれ?」


 こ、ここは天国じゃないかも!?


 あれ?


 ってことは……


 もしかして?もしかして?


「い、い、異世界!て、て、転生しちゃった……のか……異世界に!? えええええええええぇぇぇぇぇー!? 待て待て、落ち着け僕!」


 もしここが異世界なら僕は身長が190cmの超絶イケメンになっているはずだ。異世界に転生した時のよくあるお約束だ。

 あれ、それにしては、周りの木々を見る目線が前と同じ!? 地面も近いぞ!? 

 僕の身長が元の世界と変わっていないような。


「なるほど、フフフ、そっちのパターンか!?」


 身長は同じでも僕は子供、つまり若返った姿なんだ!?

 異世界転生で若返るとかジョーシキー!


 しかし、真下を見ると見慣れたぽっこりとした僕のおなか……

 んんん!? 子供でこのお腹っておかしくね?

 だって僕、子供の頃からこんなお腹していたわけじゃないし。


 まぁまぁまぁー、おーK-おーK-、身長も体型もおなじぃー!

 問題無い問題無い、No problem!


 何が問題ないだって?だって異世界に来たってことは、僕に特別なスキル、ユニークスキルがあるはずだ!?

 この世界の人達が持っていないチート能力でこの世界を救う!


 ということは……


 まさか、まさか、イケるのか……あの高みまで?


「そのチート能力を使って、夢の……全ての漢の夢のぉ、その名もハーレームぅぅぅぅぅぅぅぅー! うぉー、ワクワクが止まらねぇー!」


「そして、僕の……

いや、この勇者様の初めてを捧げるのは、森の妖精エロフゥ!いや、もといエルフゥ!」


 むふふふふ。


「ん!? まてまて、忘れてないか、萌え萌えでモフモフの猫耳!

そして自由自在に動くあの尻尾で頬やピィーをスリスリ~人間では実現出来ない性癖にも対応! 使い道は無限大!!

あぁ~、じゅ、獣人族も悪くないな。ハァハァハァ、あれ?」


 気が付くと僕は鼻血が出していた。

 むむ、けっこうな出血だ。

 辺りをキョロキョロと見回し、足元にあった草をむしり丸めて鼻の穴に入れ、血止めにした。


「ん? 柔らかくてずいぶん良い香りがする草だな?」


 いや、そんな事よりも、もっと待て!


 あ、あり……

 ありなのか?

 もしかして、この世界では有りなのかもしれない。


 そう、元の世界では法に触れてしまう

 禁断の果実、少女でさえも……


 ただの少女ではない!?


 な・ぜ・な・ら、ここは異世界!!(たぶん)


「決まった、この勇者様が最初にお付き合いをするのは、絶対領域が似合う魔法少女、これだぁー!」


 僕の、僕の時代が来た!

 元の世界では全然イケてなかったけど、この世界でやり直すんだ!

 ふふふ、お望み通り勇者様となってやるか。


 そして魔王を倒した暁には、この世界の王……

 そうなると権力と女は全て僕のものだぁ!


「うおおおおおおおおおー、たぎってキター!」


 テンションが高いこんな時に僕はふと横投ちゃんを思い出した……

 たぶん、僕の仮説が正しければ、元の世界の僕は死んでいる。

 忘れる訳じゃないけど気持ちを切り替えないと……


 それでいいんだ、僕は選ばれた勇者なんだ!


 少し落ち着こう……って、あれ?

 そういえば、僕裸じゃん!何も着てないよ……


 どういうことだ、何か理由があるのかな?


「考えろ、考えるんだ勇者ユウよ」


 手を組み、草の上で胡坐あぐらをかいてじっくり考えてみた。

 う~ん、もしかして、元の世界の物をこの世界に持ち込めないのではないかな?


 そうだよな。

 この世界は恐らく僕が居た元の世界に比べて文明が遅れている。

 異世界とはそういう所だ。


 つまり、進んだ文明の物をこの世界に持ってこれず、裸で転生されてきたってことかな?

 うーん、僕の異世界漫画で得た知識には無いパターンだな。


 いやいやいや、そんなことはどうでもいい、まずは魔法……

 うんにゃ、インベントリだ!?


 ふふふ、インベントリの中に何が入ってるか知ってます?

 それは夢です。僕の夢が入ってます!

 なんてね!


「コホンコホン」


 よし、出しちゃうぞ!

「記念すべき勇者様の初インベントリ! かっこよく出しちゃおぅ!」


 全裸でいうと別の意味に聞こえちゃうな……


 僕はキメ顔を作り目の高さの空中に手をかざし「インベントリ」と唱えた。


「……」


 何も起こらないし、目の前に何も出てこない!?

 あれ、おかしいな?


 もう一度「インベントリオープン!」


 ……やっぱり出ないや。


 うんうん、じゃあこっちかな?


 いくぞ!


「ステータス」


 ……


「ステータスオープン!」


 あれ、出ないや。


「えーい、ウィンドウ!」


 次は~「アイテムボックス!」

 えーとえーと「無限収納!」

 もぅー「プ、プロパティ!?」


 これでもダメか!?

 ちっ!最終手段だ。


 ジャジャーン「四次元ポケット!」


 はい出ません……


 ん~、おかしいなぁ。


 ……そうだ、ち、地図だ!

 地図なら出るだろう。


「マップオープン!」 出ない。


「全マップ!!」 出ない。


「G・P・S!!」 出ない。


「Goo○○○、ストリートビュー!」 出る訳がない!


 お、おかしい、何も出ないなんて……


 どういうことだ!?

 もしかして僕にはスキルがない……


「あはは、あはははは。そ、そんなことはないよ、 勇者だし、僕勇者様だよー」


 ん~、と言うことは、この世界にはそういう機能がないってことかな?

 この世界で僕だけがインベントリを使えれば、十分チート能力なわけだけど、今は出ない。


「じゃあ次は普通の魔法を試してみよう」


 と言い不敵な笑みを浮かべるユウ。


「インベントリが出ない、つまり僕はマルチな勇者様ではなく、別の系統に特化した感じか?

そうすると火炎の魔法使い!? いや……賢者、大賢者寄りかなぁ?」


 ふふふ、恐らく僕はこの世界では神に近い存在!


 ……


 ん?神!?


 あれ、そういえば僕は神様に会っていないぞ!?

 異世界転生と言えば死んだ後に神様に会い、色々な説明を聞きその後チート能力を与えられるってパターンが多い……


 全く覚えてない。

 何らかの理由で記憶を消されているのかな?


 神様とも会っていない。

 インベントリもマップも使えない。

 異世界に転生して喜んでいたけど、これは……今の状況は……


「いや、今はとにかく魔法だ、魔法を試そう!」


 まずは、よくある初級魔法から試してみよう。

 両手の掌を上に向け、ジッと見つめ


「ファイヤ」


 ……


 何も起こらない。


「ファイヤーボール」


 ……1ミリも火が出ないし、1℃も暖かくもならない。

 英語なんか使っちゃったからかな?


「火」


 ……


「炎!」


 ……


「火の玉!」


 僕は思いつくだけの言葉を大声で唱えてみたが、火、炎系魔法は使えなかった。

 え、詠唱を付けてみるか……


「我の魂よ、炎になりて敵を焼き尽くせ! ファイヤーボール」


 ……


「ささ、次は氷魔法だ!」


 まずは大きく息を吸って~、はくぅ~。


 いくぞ!


「○※△▼※△、☆▲※◎★●、▼※△※△」


 出ない。


「つ、次は雷系」


 おりゃ!


「★●※△※、○※△▼、◎★●☆▲」


 出ません!


「土ぃー! 風ぇー! 空間んー! 光ぃー闇ぃー!」


 ハァハァハァ

 

 駄目だ、塵一つほどの魔法も出ない……


「そうだポーズだよ、かっこいいポーズを付けてみよう!」


 僕は右手を真上にあげ、振り下ろしながら「サンダー!」と唱えた。


「ふふふ、指の曲がりと開き具合にかっこいいコツがあるんだよ」


 が、出ない……


 大きく両手上げてー、腕がちぎれて飛んで行かんばかりに振り下ろしながら唱えた!


「サ・ン・ダ・ァ!」 出ない。


 続けてー、1回転してからのー「ウィンドカッター!!」(指パッチン付き)


 一心不乱に魔法を出そうとしているが悲しいほど何も出ない。


「ハァハァハァ、詠唱が正しくないのかな?」


 そんなユウを茂みからジッと見つめる怪しげな眼光があった。





 背の高さは1m20cmほど、鼻は大きくでっぱり耳は不気味に尖り、数十本の毛が生えているだけの頭に緑色の傷だらけの肌。

 口は大きく、決して鋭いとは言えない茶色く汚れた牙がのぞいている。

 瞳は黒の混じった赤色で美しくはなく、どちらかといえば汚らしい。


 そう、ユウを凝視している者の正体は、異世界の代名詞の一つと言っても過言ではない存在、ゴブリンであった。


 元の世界にはゴブリンなどに似た生物は居るはずもなく、ユウの仮説通りここは間違いなく異世界!


 ゴブリンの知能は個体によって様々だが、多くは人間に例えると10歳ぐらいだと言われている。

 一口にゴブリンと言っても、中には成人と変わらない知能を持っていたり、人間より遥かに大きな身体の個体も存在する。

 その理由は、他種族の女性を襲い、種を仕込む為である。


 多種多様な種族が居るこの世界で、より多くの種に種付けが出来るのは他の種族よりゴブリンの特化した部分である。

 相手の種族により多少の誤差はあるが、約2,3か月の妊娠期間を経て1~10人を1度に出産させる。産まれた子は直ぐに歩きはじめ、人間なら20年かかる成長を1年ですませる。


 通常、見た目や知能はゴブリンの遺伝子を大きく受け継ぐが、中には母親の種族寄りの個体も居る。


 ゴブリンに襲われたり、さられたりしてゴブリンの子を宿した後に、奇跡的に逃げ帰った者や救出された者達が産んだゴブリンの子供達は、母親に決して懐くことはない。特別な嗅覚でゴブリンだけが発する独特の臭いを嗅ぎ分け、仲間を探し共に暮らすという。


 しかし、大概の子供は産まれて直ぐに母親かその近親者に殺される……


 ゴブリンの子を宿した事を知られまいとする者も居るが、一般的には仕方のないというのがこの世界の常識なので、生まれた子を処分さえすれば非難は避けられる。


 単独で行動しているゴブリンには、そんな状況から自力で逃げおおせたり、母親がいつくしみから殺せず野に放した仲間を探している最中の幼いゴブリン、もしくは冒険心あふれ単独行動を好むフリーゴブリンなどが存在しており、やっかいなのは後者である。

 フリーゴブリンは、頭も良くある程度言葉を理解し、小さくても力が強く、戦う術を持っており、死線を幾度も超えてきた個体が多いためである。


 このゴブリンにおいても、多数の傷跡がそれらを物語っていた。

 特に、顔の右側面のこめかみから口に掛けて大きな切り傷の跡が目立っている。

 その出で立ちは、汚れた短い布を腰に巻き、そこに小さな拳大の皮袋と剣の鞘を提げ、右手には恐らく血の跡であろう所々錆びた短剣を持っている。


 魔法を出そうと大声をはりあげた事でユウの存在に気づき近づいてきたのか、それとも最初からこの場所にいたのかは定かではない。


 気配を完全に消し、動くことなくユウを凝視している。


 この世界の住人なら、森の中で無防備な状態で大声を出すなど絶対にしない行為である。(特に全裸では)

 ユウは浮かれて敵がいるという基本的な事を考える余裕もない。

 このゴブリンはその気になれば一瞬でユウの命を奪える。


 その血で錆びた短剣で、大声を張り上げ無意味なポーズを繰り返しているスキだらけの背後から近づき、急所を一突きすればそこで自称異世界勇者の命は終わりを告げるだろう。


 しかしゴブリンは動かない。


 裸で奇妙な動きをするユウに恐れをなしたのか、それともユウは囮で周囲に強敵が潜んでいると考え慎重になった結果なのかもしれない。

 なまじ中途半端な知恵があるゴブリンであったことで、ユウは今生きながらえていた。


 だが、そんな事を知る由も無く、ユウは今の段階では魔法を使えないという結論に至り、荒れた息を整えていた。


「ふぅ~、希望としては魔法使い系なんだけど、もしかしたら戦士系なのかな僕は……」


 ハッキリ言って体力や力に自信はない。

 まぁ、戦士って憧れの職業でもあるし、戦士=勇者って感じだもんね。


「しかたがない、戦士をやるかぁ」(誰も頼んでない)


 そういうと、おもむろに辺りを見回し何かを探し始める。


「あった!」


 お目当ての物は地面に落ちていた長さ1メートル程の比較的真っ直ぐな木の枝。

 ユウはその枝から更に分かれている小さい枝を折っていき、1本の棒のような形にした。


 ユウはそれを剣に見立て両手でしっかり持ち、大きく振り上げ、森の中の一つの大木に向かって大きく息を吸い呼吸を止めた瞬間!


「光速烈断!!」


 と、言いながら棒を振り下ろした。


 光速というわりには、誰の目にもハッキリと見えるスピードで振り下ろされた棒の風圧は、木の葉っぱ一枚すら揺らすことも無く地面を叩く。


 その衝撃が手に伝わり、痛みで剣に見立てた棒を落としてしまう。


「いててて、だ、駄目だ・・・」


 痛みを紛らわすため掌に息をふうふうと吹き、落とした棒を拾いなおした。

 今度は棒を二度三度と左右に振り感触を確かめる。


「一度や二度の失敗で諦めてたらこの世界では生きていけない」

(来たばかりのお前がこの世界の何を知っているんだ?)


 この時、ユウを観察していたフリーゴブリンは少しずつ、少しずつゆっくりとユウを目視しながら離れて行く。

 その動作は音も立てず流れるようにスムーズだ。


 そして、ある程度離れた所でユウに背を向けたその時!?


「待て!この僕の目を欺けるとでも思ったのか!?」


 言葉を理解できるフリーゴブリンの身体がギクリと動く!


 こうなれば罠だとしてもやるしかないと意を決し、短剣を強く握り締め素早く振り向くと、ユウは全く別の方角を棒で指していた。


 そして……


「くらえ、光速烈断!」


 と、木の枝を叩いた。


 あっけにとられ口を半開きにし、棒立ちになるフリーゴブリン。

 直ぐに己がスキだらけだと気づき、今度は音を出すことなど意に返さず全速力でその場を離れた。


 さすがにその音はユウにも聞こえた。


「ん? なんだろう、猫でも居たのかな?」


 全く気にする様子もなく、それよりも光速烈断が発動しない方が重要そうだ。



 ユウの異世界での初戦は不戦勝……?




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