155 絆の架け橋
下着ショーの幕が下りても、会場内はまだ余韻に包まれていた。デザインの繊細な美しさと、優美に舞台を彩った女性たちの姿に魅了された観客は、老若男女を問わず、未だに息をのんでいる。
やがて観客たちは、ゆっくりではあるが、会場の出口に向かって歩き始める。
その目は輝きが増し、見知らぬ者同士が目を合わせ、微笑みながら熱心に感想を交換する光景があちらこちらで見られた。
「素晴らしかったですね。あの透け感のある黒の下着は芸術的でした」
「ええ、本当に美しかったですよね。私は最初に出てきた可愛い感じの下着が印象的でした」
「いや~、思ってたのと全然違ってましたが、来てよかった」
「えぇ、私もそう思います」
まるでこの場で新たな絆が生まれるかのようだった。会場を後にする人々の表情には、日常とは異なる特別な体験を共有した満足感が満ち溢れていたのだ。
大方の評判は上々だったが、ちょっとした疑問を感じる者もいた。
「デザイナーは誰だったのでしょうか?」
「うーん、確かに…… あれほどのデザインをいったい誰が……」
商工ギルドのサブマスターの一人、ラアン・ワストは、一様に深い感銘を受けている様子である。
素晴らしかった。イモテン以外にも、あのような物が…… イドエの潜在力は、計り知れない。
農業ギルドのロゼム・ヤンゾも……
兎に角、ブラボーの一言であった。代々伝わる家宝の剣に傷つけられても、それでもイドエに力を貸したことは、現時点で正解だったといえよう。
そして、あの女性たちはあの宿の……
何かに気付いたロゼム・ヤンゾの表情は変化する。
「コ、コホン」
「……」
「そ、その、なんだ」
「……はい?」
「イドエからの、小麦は~、順調か?」
「……はい。変わりありません」
「そ、そうか…… だが~、一応私自ら確認に
「はぁ?」
「……」
「……ロゼム様」
「な、なんだ?」
「わ、私も、お供します!」
「う、うむ。では、近々行くとしよう、必ず」
「はい!」
ロゼム・ヤンゾは、早急にどうしてもイドエに行かなければならない理由をみつけたようであった。
外でキッチンカーに並んでいる者たちは、不思議そうに会場から出て来た者たちをずっと見ている。
「なぁ……」
「……気付いているよ。出て来た奴らの表情だろ?」
「そう、みんなが凄い笑顔だぞ。なんだか楽しそうに話してるし……」
「おい、あいつ見ろよ! 両手で股間を抑えてやがる!」
「うーむ、なんかよ、変に前屈みで歩いている男が多くないか?」
「ああ、なんだあの歩き方……」
「気になるな……」
「あー、気になる」
この後、念願の芋天を手に入れた彼らだが、その場を後にせず、会場で繰り広げられる出来事を見守るために、その場に留まった。
ドロゲンを始めとする服飾組合の面々は、真剣な表情で俯き、座席からまだ立ち上がれずにいた。
もしあの下着が、この辺りで大量に売りに出されたら…… 終わりだ! 下着の分野では、絶対に敵わない! 思いつく対抗策は、今制作している下着の質をさらに落として、安価にするしかない。真似でもしようものなら、ヌンゲのようになるだけだ。
それに…… それに、もしもイドエが、下着以外の物まで作り始めたら…… 想像しただけで、身が凍る思いだ。
そう考えていた理事たちは、ドロゲンに視線を向ける。
頼みの綱は、この役立たずだけ…… 前組合長と並々ならぬ深い絆があるこの……
理事の一人が、ドロゲンに声をかける。
「く、組合長……」
「……ああ、分かっている。分かっているよ」
もしかしたら俺は…… じいさんと、戦わないといけないのか……
この時ドロゲンは、かつてイドエと対峙せざるを得なかったアルスの心境を、苦悩や重圧を理解した。
座席に座ったまま、俯いているそんなドロゲンの名を呼ぶ者が現れる。
「ドロゲン」
「じ、じいさん……」
「組合長……」
理事の一人が、思わずアルスを組合長と呼んでしまう。
「ん?」
「あっ、こ、これは、失礼しました」
アルスはドロゲンに視線を向ける。
「元気そうだの」
「ま、まぁな。じいさんは?」
「わしはますます元気になっとるでの」
「そうなんだ。それは良かったよ」
……昔のようにの、ただの一職人に戻れたのはの、イドエに送り出してくれたお前のおかげだの。
アルスは感慨深げにドロゲンを見つめている。
「ほれ」
「こ、これは……」
アルスがドロゲンに向かって投げたのは、先ほどのショーでも使われていたのと同じ下着であった。
この手触り…… 素材に大きな違いは感じない。なのにどうして、どうしてここまで伸縮するんだ!? なぜこんなにも美しいんだ!?
アルスは理事たちに、同じ物を渡す。
こっ、これは……
20年前、イドエの門外不出の魔法技術が流出してしまった。その結果、この地域を含む世界各地で技術が飛躍的に進歩し、高品質なものが手頃な価格で入手できるようになった。
だが、この下着はどうだ!? 別物だ…… 私たちの技術とは全然違う何かで作られている。決してデザインが云々、魔法機云々の話ではない!
これこそが、かつて演劇界の衣装製作を一手に引き受けていた、イドエの魔法職人技で制作されたものなのか!?
これは…… 歴史に名を刻む、真の芸術の域に達している!
アルスから下着を渡された他の理事たちも、同じような事を思っていた。
流石イドエの魔法技術、本物はものが違う、違い過ぎる!
ヌンゲの真似た物など、デザインすら足元にも及んでいない。
無理だ…… イドエの職人に、太刀打ちできる物など、作れるはずもない。
下着を手にした理事たちの顔は、次第に青ざめてゆく。
そんな中、一人の理事はドロゲンを見ている。
まさに、まさにこの様な時の為にも、お前を担ぎ上げたのだ! ドロゲン! なんとか、なんとか私たちに有利な協定を結ぶのだ!
「すまんがの、集団行動をとる様に言われておっての」
「……は、はぁ」
アルスが突然口にした言葉の意味が理解できず、理事の一人が思わず声を漏らした。
「今直ぐには話は出来んがの、今日の夜にはの、組合を訪ねるでの」
「……」
「急で申し訳ないがの、時間をとってくれるかの?」
「……」
ええい! 返事もせずに、何を変態みたいに下着をいじっておるんだ!
下着に釘付けになっているドロゲンを見た理事の一人が、直ぐにフォローする。
「も、勿論ですよ、前組合長! なぁみんな!?」
「ええ、いくらでも時間を空けますよ!」
「いや~、前組合長とまたお話が出来るなんて、嬉しい限りです! ねぇ、組合長!」
呼ばれたドロゲンは、やっと我に返る。
「え? あ、あぁ、そうだな。じ、じいさん、組合で待ってるよ」
「ではの。みんなまたあとでの」
「はい!」
「もちろんです組合長!」
またしてもアルスを組合長と間違って呼ぶ者がいた。
「あ、いえ、前組合長!」
舞台奥の部屋に戻ろうとしたアルスは、何かを思い出して立ち止まる。
「ああっと、
「分かりました! 全理事に、必ず見に来るように伝えます。直ぐに!」
「その下着は持ってってええでの。ではの」
「はい!」
返事をした者を除いた理事たちとドロゲンは、沈黙のうちにアルスの背中が遠ざかるのを見つめた。
華麗な下着のショーを目の当たりにした観客たちは、興奮冷めやらぬまま、友人や家族はもとより、普段交わることの少ない知人にまでその感動を熱心に語り伝えた。その結果、話はまたたく間に広がり、誰もが口にする旬の話題となっていった。
偶然ロルガレと遭遇したシンが戻って来ると、ちょうどドロゲンたちが帰ってゆくところであった。
ドロゲンはシンを見かけたが、何の反応も示さずに立ち去る。代わりにピカワンが興奮した様子で駆け寄って来た。
「シン! 大盛況だっぺぇ! 見てたみんながとんでもない大声で騒いで、外にまで聞こえてたっペぇーよ」
「本当か! それは良かったぁ」
ロルガレとの出来事を頭から追い出そうと、シンは少々過剰に喜びを演じていた。
ピカワンと話を終えたシンは、ロルガレと会った事をシャリィに報告する。
「……たぶんだけど、奴の言っていた事に嘘は感じなかった。だから、しばらくの間は、警戒しなくても」
「……」
シャリィの目から、シンの不安な様子が明かに見て取れていた。実際、シンはある程度の予期はしていたが、想像以上の危機を無事に乗り越えた安堵感に心は満たされ、冷静な判断力を一時的に失っていた。
シンはロルガレから、それほどの殺意と狂気を感じ取っていたのだ。
「かもしれない。だが、奴はそうでも、ヘルゴン全員がそうとは限らない」
「……あぁ。その通り…… だ」
「例え本当でも、奴自信、今すぐにでも気が変わるかもしれない」
「……確かに」
「今までと変わらず、警戒は続ける」
「……分かった。すまない。さっきの言葉は忘れてくれ」
俺は…… 何故こんなにも判断が鈍っていたんだ……
あの時、あの時感じたのは……
シャリィとの会話で己の異変に気づいたシンは、俯き加減で会場に向かうが、観客が出入りするドアは固く閉ざされており、既にその前には、次のショーを待っている者たちが押し寄せていた。
その者たちに目をむけながら、シンは裏口から会場に入る。
「シンくん!」
裏口から入って来たシンを名を真っ先に叫んだのは、ラペスであった。
「凄かったよ! 拍手喝采で、歓声も凄くて! 昔を思い出して、つい興奮してしまった!」
フラソや他のスタッフも駆け寄ってきて、みな興奮気味に話し始めた。
その声が聞こえたのか、奥の部屋からスイラたちも出てくる。
「あっ! シン! ねぇ見てたの? 凄かったよね!?」
「たまに当たるアソコを舐めるの上手いオヤジの時より興奮しちゃたし~」
「その例え~」
「きゃははは」
「あたしたちにあんな沢山拍手してくれるなんて、思っても無かったよー」
自然とシンを囲む輪ができる。
だがシンは女性達に、全てはフラソを始めとするスタッフのお陰だと説明をする。この人たちがいなければ、何も成立していなかった、感謝すべき相手は、自分ではないと、そう分かるように伝える。
シンのその言葉を聞いたフラソたちは、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
シン君…… 私たちを立ててくれるのはありがたいが、君のその思いやりの心、繊細な気配り、揺るぎない信念と、人々の心に希望を灯す力。そして…… 誰をも惹きつけてやまないそのカリスマ性がなければ、君でなければ、イドエは決して動き出さなかった。それが紛れもない事実。
私やラペス、それに、この場にいるほとんどの者が、イドエが華やかな時に夢を求めて移住してきた者だ。だが、今ではイドエを故郷だと感じている。だからこそ、困難に直面しても逃げ出すことはなかった。イドエと運命を共にし、この地と共に生き、共に滅びようと覚悟していたのだ。だけどそのイドエを…… 君が蘇らせてくれようとしている。それに協力できるこの喜び…… ありがとう、本当にありがとうシン君。私たちは、再び前を見て生きる事ができている。夢を追い求めてイドエにやって来た、あの頃の様に……
フラソがシンを見つめるその瞳には、深い敬意と感謝の色が宿っていた。
そのフラソから、当初の計画を変更して、公演回数を増やす提案が出される。
「どうかね、シン君?」
「えぇ、みなさんが宜しいのでしたら」
その意見に、女性達も賛成する。
「全然いいし~」
「何回でもやりたーい」
「あたしも~、ずっと舞台に立っていたいー」
「下手なオヤジにアソコ舐められるより楽しいし~」
「だからその例えよ」
「きゃはははは」
満場一致で、3回の公演を倍の6回に増やす事にした。
話を終えて、外に出ようとしたシンを呼ぶ声が聞こえる。
「シン」
その声の主は、No1のロエであった。
振り向いたシンと視線を合わせたロエは、軽く顎を上げる仕草をする。
すると、シンも笑みを浮かべて、同じ仕草を返した。
「……ふっ、うふ」
思わず笑い声が漏れたロエを見つめてから、シンは静かにその場を後にした。ロエは遠ざかっていくシンの背中を見つめながら、心の中で呟く。
シン…… 売春婦で男を喜ばせる他に、この身体以外自分の価値を見出せずにいた私に、あなたは違う世界を見せてくれた。こんなにも眩しく、美しい舞台に立てるなんて、夢にも思わなかったわ。
そのお陰で、今まで生きてきた意味が、やっと見つかったような気がするの。私だけじゃなくて、ルシビも、他のみんなも、きっと同じ事を思っている…… あなたのおかげでね。あなたと出会えて、本当に良かった。私はこの感動を一生忘れないから。そう…… 絶対に忘れないわ。
外に出たシンは、再びチラシを配りに消えた。
芋天などを買い終えた客たちは、その場から離れずにそのまま会場の入り口に並び始める者が増え、芋天を求める客と変わらないぐらいの行列が出来てしまう。
ユウとピカワンたちは、その行列を制御しようと、必死になっていた。
「申し訳ありませんが、一度下着の展示会を見た方はご遠慮してください」
「えぇー、私入れないの!?」
「一人でも多くの人に見せたいっぺぇから、一度見た人は入れないっペぇ」
ユウとピカワンの言葉を聞いた者の中に、こそこそと身をひそめる者が数十人ほどいた。その態度を見れば、彼らが先ほどのショーの観客だったことは明白であった。
この時、やっと酒の抜けたフォワが、凄まじい能力を発揮する。
「フォワフォワフォワ!」
「そこのお前!」
「フォワフォワフォワ!」
「さっきも並んでたっペぇ!」
その者は、紛れもなく先ほどショーを見た者であり、あまりの感動に、もう一度見ようと並んでいたのだ。
「フォワ! フォワフォワ!」
「ハゲ! お前もっぺぇ!」
「フォワフォワ! フォワフォワ! フォワ!!」
「そっちのハゲに! そこのハゲも! お前らもっぺぇ!」
フォワは凄まじい記憶力を発揮し、一人逃さず排除してゆく。
「フォワフォワフォワ~」
「確かにハゲが多いっペぇねぇ……」
フォワの言う通り、もう一度見ようと並んでいた者の中に、ハゲが高確率でいたのだ。
「あー、俺もバレちゃったかぁ。くっそー! 金を払ってでも見たいのにぃーー。くううう」
そのハゲの言葉を聞いたフォワは、ニタリと薄気味悪い笑みを浮かべると、石像から降りてスタスタとハゲの元へと歩いてゆく。
「ん?」
「フォワフォワフォワフォワ?」
「え?」
遅れてピカツーがやってきて、フォワの言葉を通訳する。
「金を払ってでも見たいのかハゲ? って聞いてるっぺぇ」
ハッ、ハゲは余計だろ!?
「お、おう! いくら払えばいいんだ!?」
「……フォワフォワ」
「え? そ、そんなにっぺぇ……」
その金額は、通訳のピカツーをたじろかせる程の金額であった。
「いくらって言ってるんだ! 遠慮せずに言ってくれ!」
「……じゅ、10万シロンっぺぇ」
「10万シロン!? 流石にそれは高いよ、まけてくれよ!」
ピカツーはフォワを見つめる。
「フォワフォワ~」
「なっ、なんて言ってるんだ?」
「そうだなって言ってるっぺぇ」
「ま、まけてくれるのか!?」
「フォワ!」
「は、8万って言ってるっぺぇ……」
「うぅぅ、1万!」
このハゲ、い、1万シロンもだすっぺぇかぁ!? フォワ、うんというっぺぇ!
「フォワ!」
「な、なんて?」
「ろ、6万っぺぇ……」
「う~、2万!」
「フォワ!」
「4万っぺぇ」
「分かった。3万にしてくれ、頼む!」
「フォワフォワフォワ」
「3万で、手を打つて言ってるっぺぇ」
3万も、この一瞬で3万シロンも稼いだっぺぇかぁ……
くぅ~~、自分で言ったものの、3万って高いよなぁ。
このガキ…… 確かに関係者のようだけど、払ったとて、本当に入れるのかどうか!?
ハゲがフォワに対して不信感を抱き、払うのを躊躇していたたその時!
あまりの人の多さに、キッチンカーの邪魔になっていると判断したフラソは、時間を早めて客を会場に入れる事を決断する。
「フォワフォワフォワフォワ~」
「早くしないと、もう入って行ってるっペぇって……」
この時、男の脳裏に、先ほど見た女性たちの下着姿が浮かぶ。
「うぅぅ~、分かったよ! 3万だな! ほれよ!」
男は革袋から、金貨3枚をフォワに支払った。
「フォワフォワ」
フォワはニヤリと笑みを浮かべて、そう言った。
「なんて?」
「ついてこいって言ってるっぺぇ」
フォワと3万シロンを支払ったハゲは、長い行列を迂回して入り口へ向かう。通訳以上に加担したくなかったピカツーをその場に残して。
「フォワフォワフォワ!」
入り口に着いたフォワが元気良く声をかけたのは、カンスであった。
あれ…… この子は確か、昨日ゲロを吐いてた…… 何て言っているのかな?
フォワの後ろには、3万シロンを支払ったハゲが、不安そうにカンスを見つめて立っている。
もしかすると、この髪の薄い人は、重要な人物……
そう思ったカンスは、順番を飛ばして、フォワが連れて来たハゲ男を招き入れた。
はっ、入れた! 本当に入れた! やったぁぁ!
訳が分からず戸惑う初めての観客と違い、二度目のハゲ男は、一番前の特等席に素早く腰を下ろしたのであった。
くぅぅ! さっきと違ってここは近いぞ! かぶりつきだ! これなら3万の価値はある!
ハゲ男は、感激のあまり全身を震わせていた。
「フォワフォワ」
……何て言っているのかな?
カンスに礼を言って、ピカツーが見える位置まで戻ってきたフォワは、4人の男たちに囲まれているピカツーに気付いて、急ぎ走る!
「フォワフォワ!!」
「あっ、戻ってきたっペぇ」
前回のチンピラABCの時みたいに、不逞の輩に絡まれていると思ったフォワは、一番近くにいた男を有無を言わさず殴った!
「フォワァ!!」
「なんで!?」
殴られた男は、そう言葉を発し、地面に尻もちをつく。
「あー、何してるっぺぇフォワ!?」
「フォワ?」
「この人たちは、さっきのやり取りを見てて、自分たちも入れないかって言って来ただけっペぇ」
「フォワ~。フォワフォワフォワ」
「な、何て言っているんですか?」
一人の男が、ピカツーに聞く。
「そういえば見た顔だなって言ってるっぺぇ」
それなら殴るなよ……
殴ってから言うなよ……
自分が列から排除しておいて、殴る前に気付けよ……
男たちは、だいたい同じ事を思っていた。
「いててて。なぁ、俺たちも入れないかな?」
殴られた男は、立ち上がってそう口にした。
「フォワ」
「……」
またしても、ピカツーは訳すのを躊躇する。
「なぁ、何て言ってるんだ?」
「……に、20万って」
「20万!?」
「20万!?」
「俺達4人で20万か!? それなら……」
「フォワフォワ」
「いんや、一人って……」
「一人!?」
「おいおい、さっきの男は3万で入っただろ! 聞いてたんだぞ!」
「フォワフォワフォワフォワ」
「……」
「おい、訳してくれよ!」
「状況は刻一刻とかなんとかって言ってるっペぇ……」
「くぅ! 足元見やがってぇ! ええい、時間がない! 一人4万でどうだ!?」
「フォワ」
「ご…… 5万って……」
「うがぁぁ! 分かったよ! 俺の全財産5万だ! 持ってけ泥棒!」
くっそ! これで次の給料日まで、狩に行って凌ぐか!? けどな~、魔獣とバッタリなんて事もあるから借金にするか……
一人の男が支払うと、他の二人の男もしぶしぶフォワに支払う。
「早くしてくれ! 席が、良い席が埋まっちまう!」
「フォワフォワ」
「つ、ついてこいって言ってるっぺぇ……」
おら、知らないっペぇ。訳しただけっペぇ……
先ほどと同じ様に、金を払った3人の男たちをカンスに優先して入れて貰うと、フォワは上機嫌で戻って来る。するとそこには、ピカツーと何やら話している、フォワに殴られた男がいた。
「おらにそう言われてもっぺぇ……」
「フォワ? フォワフォワ」
「あ、戻ってきたっぺぇ」
「何て言ってるんだ?」
「お前は入らないのかって言ってるっぺぇ」
フォワに殴られた男は、しんみりとして答える。
「……俺は、3万しか持ってなくて。今、この子と交渉してたけど」
「だから、おらに言われても、困るっペぇ……」
フォワが男を見ていると、自分に殴られた事によって、左の鼻の穴から鼻血がトロっと今頃になって垂れてきた。
「……フォワフォワ」
「え!?」
「な、なんて!?」
「ついて来いって言ってるっぺぇ」
「お、俺も入れてくれるのか!」
「フォワフォワフォワ、フォワフォワ」
「間違って殴ったから、特別にって言ってるっぺぇ」
「本当か!? ありがとう! ありがとう!」
「フォワ」
「……」
「ん? 訳してくれ」
「……3万って言ってるっぺぇ」
結局有り金全部とるのかよ!? まぁ、殴られた事で2万も安くなったと思えば……
「ほらよ!」
「フォワフォワ」
殴られた男は、フォワと入り口に向かって行った。
さっきからシャリィ様がこっちをチラチラ見てるっペぇ…… おら、おら本当にしらないっペぇ、関係ないっぺぇ……
結局フォワは、残りの公演でも同じ手を使い、シロンを巻き上げ続けるのであった。
「フォンワ~」
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