154 美と匠の調和
東の空が僅かに明るさを増し始めると、周囲を包んでいた不気味な闇のようなイフトが、まるで朝霧のように徐々に薄れていった。夜の帳が上がるにつれ、世界は少しずつ色を取り戻していく。
しばらくの間、休息を取っていたソフォーが、軽快な足取りで戻ってきた。その姿が見えた瞬間、まるで光が闇を払うかのように、残っていたイフトは一気に霧散した。
朝日が地平線から顔を覗かせる頃には、夜の闇を思い出させるものは何一つ残っていない。
そんな時に、シンが一人で宿から出てきて、ソフォーを見て驚く。
まさか…… ずっと一人で……
「ソフォーさん……」
名前を呼ばれたソフォーは、シンの懸念を読み取る。
「大! 丈! 夫! です! 休! 憩! して! ます! ので!」
「ほんと申し訳ない。疲れたら、いつでも中で休んでくれ」
「は! い! ご! 心! 配! なく!」
何処かに出かけるシンの背中に、ソフォーは珍しく視線を向け続けている。
「……」
だが、シンの姿が遠ざかり、その視界から消えると、いつものように眼差しを空に漂わせる。
昨夜、シンはヘルゴンの静寂さに不安を覚え、イドエの安否を気にかけていた。もしかすると、守りが手薄になったイドエに向かっているのではないかという懸念が頭をよぎっていたのだ。しかし、シャリィから心配しなくていいと言われ、何かしらの手を打っていると思ったシンは安堵の息をついた。
そのシンが早朝から訪れたのは、下着の発表会が行われる会場だった。
「どうかな……」
建物内に入って来たシンは、不安げに周囲を見回している。
「……」
ヘルゴンからの嫌がらせを疑い、一人でこんな早朝から確認に来ていたのだ。
会場を入念に調べ、シンはほっと胸をなでおろす。
「良かった、大丈夫そうだ」
実は、シャリィの指示で、ゼスがこの会場を一晩中見張っていた。だが、待てど暮らせど誰一人現れない状況に飽きたゼスは、壁際の影で丸くなって眠りこけていたのだが、シンの気配に気付くと、瞬時に目を覚まし、素早く身を隠していた。
「ふぁ~」
ゼスはうっかりあくびをしてしまう。
おっと! まさかこんな早朝から、自ら来るとは…… 今までの言動といい、どうやら指導者としての器はありそうだ。
ゼスは隠れながらシンの姿を覗き込んでいる。
しかし…… 近くで見るとなかなかのイケメンだ。今回の事が終われば、一度飲みにでも誘ってみようかと思っていたが、あんなのと一緒に行けば、俺様がモテなくなってしまう。
いいや! そんなことはない! 俺様が負けるなどありえない!
「……」
ふわ~、まだ寝たりないが仕方ない。一応シャリィから表立って会うなと言われてるから、外から見張るか……
ゼスは、シンが奥の部屋を見に行った隙に、こっそりと姿を消した。
確認を終えて安堵したシンは、会場に置いてあるチラシの束を鞄に入れ、さらに、脇に抱えられるだけのチラシの束を抱え込んだ。
一枚でも多くのチラシを配り、たとえ一人でも、イドエを訪れる観客を増やす可能性を高めるため、シンは会場を後にする。
数時間後、朝の人の少ない時間にもかかわらず、全てのチラシを配り終えたシンは、会場に戻ってくる。
オスオたちが準備を進める中、そこには既に長蛇の列が形成され、イモテンや他の食べ物を求める人々の熱気が空気を震わせていた。
「フォワフォワ! フォワ~、フォワフォワ~」
「そこの奴! 駄目っペぇ、気持ち悪いっペぇ~」
二日酔いのフォワは、昨日までの様なキレは無く、飲み過ぎによる倦怠感に悩まされていた。
それは、ピカワンを除いた少年たち全員に言える事で、汗をかいて酒が抜けるまでの間、かなり苦しむことになる。
体調が悪いそんな中でも、フォワはある列に目を向け続けていた。
会場となる建物の入り口には、イモテン目的ではなく、下着の発表会を見に来た者達も既に列をなしている。
その中に、セッティモ服飾組合の面々の姿も見える。ドロゲンを筆頭に、理事たちが静かに並んでいたのだ。
「組合長」
「うん?」
「どれほどの物か、楽しみですね」
「……そうだな」
シンは、列に並ぶ人々を静かに見渡している。
「……シャリィ」
シンに呼ばれて、警護をしているシャリィは振り返る。
「なぁ、貴族は来てないか?」
「今のところ、それらしいのは見ていない」
そうか……
シンの計画では、遅くともこの時点で既に貴族との接触を果たしているはずだった。しかし、現実は予想と異なり、まだ誰とも会えていない。この状況に不安を感じつつも、シンはこれを想定内の出来事として受け止める。
通常、どの
この異常なまでの団結から、ザルフ・スーリンの絶対的な影響力が透けて見える。
だけどそれは…… 一手で局面を一変させることが出来るという裏返しでもあるはずだ。
シンがチラシ配りのために、再びその場を離れようとした時、シャリィが声をかける。
「シン」
「ん?」
「見ていかないのか?」
「あぁ、俺は必要ないさ」
シンの瞳には、オトリという自分の役割を果たすために、この場を離れなければならないという決意が、しっかりと現れている様子だった。その足取りは軽快で、直ぐに姿が見えなくなってしまう。
シンがいなくなってから数十分後、カンスとヘルの手によって、会場の重厚な両開きの大扉が、ゆっくりと内側に開かれていく。その片側に立つカンス、反対側にヘルが立っている。
カンスは、ヘルをチラ見する。
昨晩からずっとヘルの様子が変だ…… ピリピリしているというか、緊張感が僕にまで伝わってくる。
普段のおちゃらけはどこへやら、ヘルのイフトは、周囲を警戒するように揺らいでいた。
会場に並んでいた観客たちは、扉が開くと落ち着いた様子で中へ入っていく。豪華絢爛とまではいかないが、装飾が施された会場内に一歩踏み入れた途端、ドロゲンの目は大きく見開かれ、言葉を失うと同時に、周囲からも驚きの吐息が漏れる。
……なんだあれは?
会場に入れば、直ぐに下着が展示されていると思っていたその彼らの視線を即座に捉えたのは、眼前に広がる堂々としたランウェイだった。
なんだこの舞台から突き出たものは…… 下着はどこだ? いったい何処に置いてあるんだ!?
ゼスを通じてシンの指示を受けたサヴィーニ一家は、匠の技を持つ職人たちを結集した。その結果、優美な曲線と華麗な装飾を備えたランウェイが完成した。それは、初めての試みにしては中々の出来栄えであった。
会場の椅子は、ランウェイがよく見えるよう配置が変えられており、見慣れない座席の向きに、入って来た観客たちは戸惑いを覚える。
そんなドロゲンと他の者の様子を、舞台袖からニヤリと笑みを浮かべながら見つめる人物がいた。それは…… 前セッティモ服飾組合長のアルスであった。
ふっ、やはり噂を聞きつけて来たの。久しぶりというほどでも無いがの、ほぼ毎日会っていたせいかの、懐かしく感じるの……
まっ、せいぜい驚いてくれの。
「ラペスさん」
「はい」
「あいつらだの」
「分かりました」
アルスに頼まれたラペスは、途方に暮れて立ち尽くすドロゲンに近づいていく。
「失礼します。セッティモ服飾組合の方ですね?」
「え? え、えぇ、そうです……」
「どうぞ、こちらの席へ」
ドロゲンたちが案内された座席は、ランウェイの正面に位置する最前列だった。
「あ、ありがとう」
次にラペスは、商工ギルドのサブマスターの一人、ラアン・ワスト一行を案内する。
見た顔だ…… たしか農業ギルドの……
そして、他の者が農業ギルドのサブマスターの一人、ロゼム・ヤンゾ一行をそれぞれ席へと案内する。
あの者は、確か商工ギルドの……
それを終えると、ラペスは戸惑って立ち尽くしている観客に向けて声を響かせた。
「お客様方、お好きな席にお座り下さい」
元俳優であったラペスの澄んだ声が会場内に響き渡る。その声は、柔らかさと力強さを兼ね備え、隅々まで鮮明に届いていた。席に着いているドロゲンは、その声の魅力に引き込まれながらも、ある考えが頭をよぎる。
何故俺たちが最初に案内されたんだ?
……まさか!? じいさんがこの席に俺たちを?
そう感じたドロゲンは立ち上がり、会場内を見回したが、アルスの姿を探し出すことは出来なかった。
……またあとでの、ドロゲン。
アルスは舞台袖に、そっと姿を隠した。
ヘルとカンスによって、入り口のドアが閉ざされ、全ての観客が席についた数分後……
会場の外でイモテンを買おうと長蛇の列を作る人々に負けず劣らず、初めて見るランウェイに期待を寄せて、満席の観客たちも興奮気味にざわめいていた。
「おいおい、いったい何が起こるんだ?」
「さぁな~。ささっと下着を見てよ、イモテン買うために並ぼうと思ってたのに。つい座っちゃったよ」
「だよな……」
その頃、舞台袖では……
「さぁ、みんな、いきますよ!」
今回の責任者であり、総監督のネル・フラソの声で、最初に舞台に出てゆくスイラの緊張は高まる。
「やだな…… まさかこんなにも人が来るなんて、聞いてないし……」
「何言ってんのスイラ? 今まで抱かれた男の数より全然少ないじゃん!」
仲の良いリフスのその一言で、スイラの緊張が一気に解ける。
「うふっ、確かにね~」
その会話を、他の女性達も聞いており、全員が笑みを浮かべた。
会場では突然、ヘイワース劇団の舞台さながらに照明が落とされ、静寂の闇に包まれていった。
スポットライトがランウェイを照らし出すと、何処からともなく音楽が流れ始める。
音響担当のロタ・ルリン、そして照明担当のデディ・ツムスは、見事に光と音の調和を生み出しており、限られた短い時間の中で、長いブランクを感じさせない卓越した仕事ぶりを発揮していた。
草原を思わせる背景の中、舞台袖から服を着た少女が姿を現すと、軽やかに歩を進め、舞台中央で立ち止まり、優雅にポーズを決める。
そのウォーキングとポーズは、振付師のエレ・ビシャンの指導のもとで磨き上げられ、イザ・ラペスのデモンストレーションを参考に繰り返し練習されたものだった。
そして、背景のセットは、ルカスカ・ケプンの手によって、一人一人の色と、それぞれの下着に合わせて巧みに調整されていく。
舞台中央でポーズを決めているスイラを見た農業ギルドの一人が、思わず声をあげる。
「あ、あれ?」
あの子…… 誰かに似てるような……
フラー・ルスタンスの繊細なメイクは、スイラの常連客でさえ気づかないほど巧みで、女性たちの個性を活かしながら舞台映えする絶妙なバランスを生み出していた。
舞台中央でスイラは立ち止まっていると、照明が一瞬暗転する。再び光が差すと同時に、スイラは両手で外衣の端を掴むと、鮮やかな動きで服を一瞬で脱ぎ落とす。
その瞬間、会場からどよめきが起きる。
「おーー」
「ああーー」
「ふっ、服がぁ」
服を脱ぎ去ったスイラの下着は、まるで春の花園を思わせる愛らしさ。
淡いピンクのレースが肌に優しく寄り添い、小さな花の刺繍が全体に散りばめられている。胸元には可憐なリボンが添えられ、無邪気さと大人の色気を絶妙に演出していた。
ウエストには透け感のあるフリルが施され、軽やかな動きに合わせて揺れる様は、まるで蝶が舞うかのようである。
なんだあの下着…… ヌンゲが作らせていた物とは全くの別物だ!
その姿は、見る者の心を和ませ、思わず微笑みを誘うほどの可愛らしさを醸し出していたのだが…… 観客たちの表情が一瞬にして凍りつく!
単なる下着の展示だと高をくくっていた彼らの予想は、大きく崩れ去ったのだ!
「はぁー」
「ゴクッ」
会場内に息を呑む音が響き、やがてそれは、小さなざわめきから、大きな奇声に変わっていく。
「なぁ…… ああああ!!」
「おおおおー! 下着だ! 下着姿の、可愛い子が!?」
「え!? え? え?」
男性客の目は大きく見開かれ、顔を赤らめる者も少なくない。女性客の中には、驚きのあまり手で口を覆う姿も見られる。
ある者は椅子の背にもたれかかり呆然と口を開け、別の者は思わず前のめりになって目を凝らしていた。
驚く観客を尻目に、スイラはランウェイを歩き始める。
会場全体が戸惑いと興奮に包まれ、観客全員が釘付けになっている。その瞳には、ショックと共に、これから始まる斬新なショーへの期待が宿っていた。
ランウェイの先端に到達すると、スイラは一瞬立ち止まり、恥ずかしそうにしながらも、可愛いポーズを決める。
「おーー!」
「わぉー」
ため息混じりの
「はぁ、可愛い……」
シンから今回の下着ショーの全体像を聞かされたネル・フラソをはじめとする一同は、聞いたこともない話に戸惑いを隠せなかった。しかし、全員が一致団結して力を合わせ、ついにこの日を迎えるに至った。
準備期間中は困難の連続。すべてが手探りの状態で、幾度となく壁にぶつかった事もあった。しかし、イドエに再び火を灯すという思いが、彼らを前へと駆り立てたのだ。
「お、おい!」
「うん?」
「見ろよ!」
スイラが微笑みを浮かべ舞台袖に消えると、両側の舞台袖から眩い光が漏れ、次なる女性たちが姿を現す。
今度は二人同時に…… 最初から下着だ。こ、この下着も、見た事も無いデザインだ!?
ドロゲンも、周りの観客も、驚きと興奮で身動きひとつできず、舞台からの衝撃的な光景に釘付けになっている。
一方、カンスは顔を真っ赤に染め、一瞬だけ舞台に目を向けたものの、今は恥ずかしさのあまり視線を逸らしていた。
昨晩もそうだったけど、と、とても見てられない。けど……
カンスはヘルに視線を向ける。
ヘルが…… あのヘルが、全く見ようとせず真面目に……
ヘルは舞台上の艶やかな姿には目もくれず、今も周囲を警戒するように、鋭いイフトを絶えず巡らせている。
その頃、シンは……
「よっ! このチラシを見てくれないか?」
立ち止まることなくシンからチラシを受け取った者は、ほんの一瞬だけ目を通してから、直ぐに捨ててしまう。
この辺りは……
おとりの役目を果たすべくチラシを配っていたシンは、偶然ロテイ地区に足を踏み入れていた。
ここは、かつてレリスによって殺害された、ヘルゴンの隊長の遺体が発見された場所であった。
見た感じから、あまり雰囲気が良くないし、人もまばらだ…… 来たばかりだけど、大きく離れるか。
早歩きで進み始めたシンの背後から、突然声をかける者が現れる。
「ここは……」
シンの背筋がピクリと震え、歩みが止まる。
この声は……
「
その声には、深い悲しみと怒りが混ざり合っていた。
「……へぇー、そうなんだ」
ロルガレは、そっけなく応じたシンの背後から素早く隣をすり抜け、遺体発見場所に一輪の花をそっと手向けた。
「あの人は、私の兄のようでもあり、師でもあり、そして……」
言葉を詰まらせ、一瞬の沈黙が流れると、ロルガレの目に僅かな涙の輝きが宿る。
「……最愛の人だった」
シンはロルガレの後ろ姿を静かに見つめている。
「私のすべて……」
「ふーん……」
「あなたに、そんな大切な人はいる?」
「……いないな」
シンのその声には、かすかな揺らぎがあった。
「そう…… いるのね」
相反する答えをしたのにもかかわらず、ロルガレはそう口にして微かに頷いていた。
こいつ……
「それなら、私の気持ちが分かるでしょう?」
「……」
「私は…… 必ずあの人の命を奪った者を追い詰め、償いを受けさせるわ」
その言葉に、シンは思わず一歩後ずさりしてしまう。なぜなら、ロルガレの周りに漂う殺気を乗せたイフトが、まるで実体化したかのように感じられたからだ。
む、胸が!?
シンの心臓は恐怖で突然激しく打ちはじめ、息が詰まりそうになっていた。
俺は、いったい何を感じているんだ……
動くこともできずにただ立ち尽くしているシンの視界を、ロルガレがゆっくりと横切ってゆく。
「怯えないで、手は出さないわ……」
「……」
今はね…… そう、今は大人しくしておいてあげるわ。そうすれば、必ず動く。いえ、動かざるをえない。そうでしょ…… ねぇ~、ブラッズベリン司教さま。
背後から遠ざかるロルガレの足音が、静かに響いていく。その音が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなるまで、シンは身動きひとつせずにいた。
「はぁはぁ……」
ロルガレが去った後、シンは息を整えながら空を見上げる。
この前より、さらに不気味な感じがした。
俺には…… 今の俺には、直接決着をつけることなど出来やしない。あいつは、それほどまでに…… 強い。
ショーが進んで行くと、今までとは違い、従来の下着に近いデザインを着けた女性たちが登場し始めた。すると、観客からどよめきに似た声があがり、ドロゲンも思わず体を乗り出す。彼の目は、モデルたちの姿を真剣に追っていた。
この下着は……
彼女たちの下着は、先ほどまでの斬新さとは対照的に、より馴染みのあるスタイルだったのだ。
従来の物に近い……
シンプルな色使いと実用的なデザインが、日常生活での使いやすさを強調しているようであった。観客たちの反応も変化し、親しみや安心感を覚える様子が見られていた。
ランウェイを歩く彼女たちは、まるでじゃれ合うかのように、抱き着き合い、体をねじり、軽くジャンプしたりしている。そのどのような動きにでも、下着は完璧に追随する。その高性能な伸縮性に、ドロゲンは目を見張った。
今まで出て来た下着の全てが、あれだけピッタリとフィットしているのに、生地が自然に伸び縮みして、この子たちの動きを妨げることはない。
「じいさん…… イドエは…… イドエはすげぇなぁ……」
ドロゲンは、無意識にそう呟いていた。
その頃、イドエでは……
「うぅぅ~、心配だの~」
プロダハウンで作業をしているルスクは、何かを心配していた。
「さっきからうるさいでのルスク」
「そんな事言われてもの、わしらが作った下着がの、今頃の…… はぁ~、無理にでもの、ついて行けばよかったの」
「みんなに任せとけばええでの、心配いらんでの」
ロスはそう答えて、魔法機を再び動かそうとしている。
「昨日からずっと余裕こいとるがの、心配にならんのかいの?」
「ならんことはないがの、アルスに任せておけばええんでの」
「アルスを疑っとるわけじゃないがの。イドエから離れておった訳だからの」
「二十年近く何もしてなかったわしらに比べたらの、アルスの方がまだ信用出来るの。それにの」
「……」
「何かあってもの、セッティモのことは、アルスが一番知っておるでの」
「それはわかるがの…… けどの……」
「えーい、ルスク! もういい加減にするでの! それよりもの、今は
「あー、分かっとるでの! 心配しとるだけだからの、そんなに怒るでないの」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ロスに続いてルスクも再び魔法機を作動させた。
セッティモの会場では、この世界で前例のない下着のショーも、いよいよ佳境を迎えていた。
ランウェイを歩く女性の姿が消え、照明が再び暗くなると、観客たちはショーが終わったと勘違いし、数人が立ち上がる。
だが、まばゆい光が、舞台袖を照らし出すと、そこに佇むのはルシビだった。長身から伸びる美しい脚線美、くびれた腰、そして胸元のラインが、ミステリアスな黒い下着によって、完璧に強調されている。その圧倒的なプロポーションに、会場は一瞬にして静寂に包まれ、観客たちは息を呑み、再び着席した。
ルシビが優雅に足を踏み出すと、そのしなやかな身のこなしが、会場の視線を釘付けにした。
だが、ルシビはランウェイのスタートラインで、軽やかにポーズをとって立ち止まる。彼女の視線が、意図的に反対側の舞台袖へと向けられると、その仕草に気づいた観客たちの目も、次第にルシビの視線の先へと集中していく。
会場に期待感溢れる静寂が広がる中、華やかな照明が降り注ぐ舞台袖から、No.1のロエが姿を現した。
深みのある真紅のTバックを身にまとい、まるで彫刻家が丹精を込めて作り上げた芸術作品のような美しいボディ。ルシビを凌駕するその完璧なシルエットは、優雅な肢体の美しさを余すところなく引き立てている。ハイウエストから伸びる長い脚、引き締まったウエストライン、そして上品に際立つ胸元。これらが織りなす調和は、まさに黄金比そのものである。
「おぉー!!」
「わぁーー!」
「キャー、素敵ぃ!」
ロエを目にした観客の間から、歓声が爆発する! 悲鳴にも似た熱狂的な声援が、建物の壁を振るわせ、その轟音は外でイモテンを買うために長蛇の列を作る人々の耳にも届く。
「おい……」
「どうした?」
「さっきからどよめきというか、悲鳴というか、兎に角、何か聞こえないか?」
「そうだな、ずっと聞こえてるけど、特に凄かったな今の……」
列をなしている人々は思わず顔を上げ、会場の建物を見つめる。
ただ下着を展示しているだけじゃないのか? いったい、中で何が起こっているんだ?
黒の色彩がルシビの肌の色と完璧に調和し、まるで絵画の一部のように美しく、完璧な立ち姿でロエを見ている。
鮮やかな赤の色彩が、ロエの肌にまばゆいばかりの輝きを与え、その大胆なデザインでありながら、どこか繊細さも感じさせ、彼女の魅力を余すことなく引き出す。
舞台の中央で、黒の下着を纏ったルシビと、赤の下着を身につけたロエが、まるで運命に導かれるかのように向き合った瞬間、観客はその美しさに心を奪われた。
ロエ……
ルシビ……
かつてシンを巡って争い、激しく対立していた二人の美しい女性。しかし今では、互いの強さと美しさを認め合い、揺るぎない絆で結ばれた親友となっていた。
ロエとルシビの視線が交差した瞬間、二人の表情が柔らかく崩れる。 ロエの唇が、まるで花が開くかのようにゆっくりと弧を描き、輝くような笑顔へと変わっていく。その目には、かつての敵対心の影は微塵も残っておらず、代わりに温かな光が宿っている。
対するルシビは、
二人は見つめ合ったまま手を繋ぐと、前を向いて並んでランウェイを歩き出す。黒の冷静さと赤の情熱が融合し、まるで新しい世界が生まれたかのようだった。上半身にはシースルーの美しいショールを纏い、その透け感と肌とのコントラストが見事に際立っている。会場の声は一層大きくなり、まるで嵐のように周囲を包み込んだ。
ランウェイは今や、異世界の美の競演場と化し、観客たちを未知の世界へと誘っていたのだ。
照明が徐々に弱まり始め、会場は夕暮れのような、おぼろげな光に包まれていった。それに呼応するように、音楽も静かに消えゆく。まるで時が止まったかのような一瞬の静寂が訪れた後、突如として、その静寂は砕け散る! 割れんばかりの拍手と歓声が、まるで雷鳴のように会場の隅々まで響き渡った。観客たちは立ち上がり、熱狂的な喝采を送る。その音量は、会場の壁や屋根を吹き飛ばすかのようだった。
「わぁあああああー!」
「うぉーーー!!」
「ブラボー! ブラボー!」
「美しかったわー!」
「すごーい! 凄いぞー!」
まるで昨晩の、ヘイワース劇団の様に拍手喝さいがいつまでも続く。
「最高だ!」
「感動した!」
「これはエロスではない! まぎれもなく芸術だぁ!!」
「そうだ! 誰が何と言おうが、芸術だ! ブラボー! ブラボー!」
「素晴らしい!」
再び舞台に照明が灯ると、ロペスが登場する。
「本日、イドエの下着発表会をご観覧いただき、誠にありがとうございました」
ロペスの声は通常より高くなっており、その様子から興奮している事が感じ取れる。
「さて、素晴らしい舞台を演出してくださった方をご紹介いたします。イドエの舞台芸術界で数々の傑作を手掛け、観客を魅了し続けてきた方です。その卓越した創造力と斬新な手法で、私たちの想像を超える世界を創り上げてくださいました。皆様、大きな拍手で、ネル・フラソ監督をお迎えください」
フラソが舞台袖から現れると、割れるような拍手が会場を包んだ。
「ブラボー! ブラボー!」
「あなたが監督か!」
「素晴らしかったぞ!」
「斬新なアイデアだ!」
フラソは観客に向け、軽く会釈をしてその拍手に応えた。
「続きまして、情熱と優雅さを融合させた素晴らしい舞台を披露してくれた女性たちに、改めて大きな拍手をお送りください」
舞台上に女性たちが揃って姿を現し、幾度も練り上げた動きで優美に会釈すると、客席から歓声と拍手が轟き渡った。
「ブラボー! ブラボー!」
「美しい!」
「素晴らしかったわー!」
「その下着、何枚でも買えるだけ買うわよ!」
「何処で買えるの! 教えてぇ!」
「私も買うわ! みんなみたいになりたーい!」
舞台上のスイラは、その声援に応え、まるで子供の様に飛び跳ねる。それを見たリフスも同じように跳び上がり、二人は笑顔で抱き合う。
しがない売春婦だった自分たちが、舞台上でこれほどの拍手喝采を受けるとは、夢にも思っていなかった。その喜びと驚きが、二人の表情と動きに表れていた。
スイラとリフスの姿に触発され、他の女性たちも最高の笑顔を浮かべ、その姿は宝石のように輝いていた。会場全体が温かい拍手に包まれる中、ショーの終わりは、ラペスの言葉で締めくくられる。
「みなさま。10月20日は、是非イドエにお越しください」
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