131 クライマックス
暗い街に雨が振りしきる中、あわただしく走る者達が居る。
その者達が、馬や馬車に乗って向かった先は……
貴族の館。
ドバルが上司にコンクスとSランク冒険者の争いを進言した事で、警備の上層部は逸早く貴族や有力者の元へ人員を向かわせた。警護を頼まれた訳でもないのに部下達を送ったその理由は…… 無論ご機嫌取りであり、己の出世の為である。
ドバルのお陰で8名もの警備が付いていたアルスであったが、そのドバルの進言によって人員は割かれてしまい、今は部屋の入り口に一名が常駐するのみ。
消灯時間を迎えていた病院は、雨音の激しい外とは違い静寂に包まれている。一部屋を覗いて……
「じゃい~、じゃい~」
「あ…… あっ、あっ、だめ……」
「ええだろ~。俺様はずっとお前の
「もぅー、嘘ばっかり。逃げる様に私の前から居なくなったくせに」
「たぶん仕事が忙しかったんだ」
「私今その仕事中なのよ、あっ…… だめぇ、聞こえちゃう」
「じゃい~。聞こえて困るなら、声を出すのを我慢すればいいじゃい~」
看護師の喘ぎ声は漏れ続ける。
「あっ、あ、ぁ」
「俺様の
「あっ…… 馬鹿…… あっ、ああー、駄目、駄目だって、入れちゃ駄目。あーー」
「じゃいじゃい、もう入れてしもうたじゃい~」
「ば、馬鹿…… あー、あ、あ、あん、あっあっあっ」
アルスの部屋の入り口に立っている警備が、何処からともなく聞こえてくる看護師の喘ぎ声に気付いて耳を傾けたその時、逆方向から一人の者が歩いてくる。それに気付いて一瞬警戒するが、その姿を目視して胸をなで下ろす。
その者は警備の同僚で、交代の為に訪れたと思っていたのだが、一緒に有力者の自宅へ向かうように言われ、看護師の喘ぎ声が聞こえてくる方に一度目を向けると、名残り惜しそうにその場を後にする。
「あー、だめっ! いい、気持ちいいー。もっと、もっと激しくしてぇ」
「じゃいじゃい!」
ゼスが笑みを浮かべ、腰を前後左右にまるで文字を書くかの様に激しく振り始めたその直後!?
「……」
ゼスはピタリとその動きを止める。
「やだぁ、じらさないでぇ。お願い」
「じゃいじゃい~、俺様も仕事じゃい」
そう言うと、差し込んでいた
「あん…… 仕事?」
「ちょっとだけ、待っていろ」
そう言ったゼスは、微笑んでいた。
下着を足首まで下ろされた看護師を一人残し部屋から廊下に出ると、アルスの部屋の前で仁王立ちになる。
「……じゃいじゃい~。来たな」
暗闇の先から現れたのは、コンクス組若頭クーク・リゲートが送った5名のヒットマン。
その彼らの前には、一人の男が佇んでいる。
「……」
ヒットマン達の視線は、ゼスの瞳ではなく、ある一点に集中する。それは……
まるで天を支えているかの様にそびえ立つゼスの股間の
「じゃいじゃい~、
「……」
「じゃい~、自分のと比べて声もでんか? ふふ、女とやってる時に来るなんて、無粋な奴らじゃい」
5名のヒットマンは、そう口にしたゼスの目に視線を変える。
「ほぅ…… チンピラにしては、良い目をしている」
「……」
「特に右のお前、なかなかのイフトじゃい。今からでも道を変える気はないか?」
ヒットマンの目的は、特定の人物をただ殺すのみであり、口を開く事では無いと言わんばかりに無言を貫く。
「そうか…… では悪いが」
「……」
「逝かせかけの」
「……」
「女を待たせているのでな」
そう言い終えた瞬間、ゼスの股間の
「ブギァィィィィーン」
ゼスのイフトがヒットマンを包み込むと、けたたましい音を立てながら、床や壁が激しく振動し始める。
魔法石や剣をその手に握っていたヒットマン達は、それらを瞬時に離すと、目を剥いてまるで狂ったかの様な表情をして両手で耳を塞ぐ。
「うぎゃわああああああ」
「ぐあああああああ」
あそこ丸出しで仁王立ちしてるゼスになすすべもなく、目耳鼻口、穴という穴から血を垂らしながら、5名のヒットマンはその場に崩れ落ちる。
「ドサッドサ、ドサドサドサ」
「じゃいじゃい~。一人に付きいくら請求しようか? これでまた、酒池肉林じゃい~」
「ねぇ、何があったの?」
振動と音に驚いた看護師が、アルスの二つ隣の部屋から顔を出すと、ゼスは部屋に押し戻す。
「待たせたな」
「あん、何処押してるのよ。ねぇ、廊下に何か落ちてなかった?」
「心配するな、これが終わったら片付けておく。ほれ!」
「あっー、ああー、これ! これよ! 振動が、あーあぁー、気持ちいい。いくー、いくいくいくいくー」
「じゃいじゃい~。元はお前達を喜ばせる為の魔法じゃい~。遠慮なくいけじゃい!」
ゼスは魔法を発動する時、いつも必ず先に男性のシンボルを動かす。
そうする事で、魔法がスムーズに発動すると、そう信じて疑わないからだ。
確かにそのルーティーンで、魔法の発動時間は短縮されているのだが、実際はシンボルを動かす時間がロスとなり、普通に魔法を発動させるのと差はない。
その事を指摘されても、ゼスは動かす事を絶対に辞めることは無い。
なぜなら、己の存在は女をよがらせるこのシンボルがあってこそだと思っているからだ。
「あぁぁー、凄い、いっちゃうぅぅー、いくぅー」
ゼスの魔法攻撃を食らって倒れているヒットマンたちは、看護師の絶叫を耳にしながら……
こときれる。
一方、54名もの組員達は、降りしきる雨の中、既にストビーエを越えて命令通りイドエに向かっていた。
「あとどれぐらいだ?」
「たぶん、この雨でも2時間かからないです」
幹部に聞かれた若い衆がそう答えると同時に、先頭の馬車の馬が突然歩みを止める。
「ブルルーン」
「ヒヒーン、ヒヒーン」
「なっ、なんだ!?」
「わ、分かりません! 馬が急に!」
馬車を操作している者の目に、街道沿いに動く何かが映る。
「カミルさん」
「どうした?」
「先行していた者の馬が……」
前方に目を向けると、暗闇の中4頭の馬が立っている。
目を凝らして辺りを見回すが、その馬に乗っていた組員の姿はない。
「……おい、降りろ」
5台の馬車に分乗していた50名もの組員が降りると、激しい雨に打たれ始める。
「お前ら気を付けろ! 様子が変だ!」
その言葉で、一気に緊張に包まれた組員たちは、自らの心臓の音で雨音すら消え去る。
ドクン ドクン ドクン
兄貴が言う通り、何か変だ……
空気が…… 空気が重い。これは、雨のせいじゃない。
明らかに何かの気配を感じるが、その姿を視覚で捉えることは出来ない。
「ズザザザザァー」
組員達の耳に、森の中から音が聞こえる。
「いるぞ!!」
その警告がまるで合図になったかの様に、至る所から突然悲鳴が聞こえ始める。
「うわっ!」「ぎゃっ!」
「たっ、たすけぇっ! ああああーー」
何かがうごめく暗闇の中、直ぐそばに立っていたはずの仲間が一人、また一人と、声だけを残して消えてゆく。
残された者達は、凄まじい恐怖を感じていた。
「なっ、なんだよ!? お前ら、何処行った!? 返事をしろ!」
「おい兄弟!? どこだよおぉ!?」
パニックを起こした一人の組員は、背中がぶつかった仲間を剣で斬りつける。
「おらぁ!」
「うわっ! 何しやがる!」
「あっ、す、すまない。うぎゃぁー!」
自分に謝った組員が、目の前で連れ去られるのを目撃した者は、斬られた腕を抑えながら絶叫する。
「まっ、魔獣だぁ!! 魔獣がいるぞ!」
「なにぃ!?」
「ま、魔獣だと!?」
「近くに居る者と背中を合わせて剣を振り回せぇ! 魔法を使える者は
カミルがそう喚くと、魔法を使おうとイフトに変化が現れた者達は、真っ先に襲われる。
「ぐあぁぁぁ」
「ひぇあいいい」
「ぶゃぁぁ」
この時点で、立っている組員の数は既に20名を切っていた。
こっ、これは!? 普通の、普通の魔獣じゃない!?
「うわぁーー!」
「ぎゃあああああああ」
「嫌ぁだぁぁぁぁー! 助けてぇーーー!」
「ぐふぅ、ぐふぅお母さーん!」
ある者は、森の中に引きずり込まれまいと、地面に指を立てて
まっ、間違いない…… く、訓練されている!
まるで兵隊の様に、まっ、魔獣が……
両手に剣を握ってガクガクと震えているカミルの背後から、突然何者かが話しかける。
「はい、君でおしまい」
「はえぇ?」
震えながら振り向き、そう返事をした瞬間!?
その美しい毛並みで雨粒を弾き飛ばしながら、華麗に宙を舞う狼のような魔獣が、カミルの頭をたった一口で喰らう。
「ガジュン!」
カミルの肉体は、首から上を失った状態のまま、しばらくの間立っていた。
「バチャン」
その肉体が、スローモーションのようにゆっくりと水たまりに倒れた音を聞いた者は、大きく息を一つ吐く。
「ふぅー、良く出来ました~。って、やっと終わったよ! ったく、馬鹿みたいに数だけは揃えちゃってぇ。あっ、馬は食べちゃ駄目だよ」
組員達の遺体を貪り食う魔獣に目を向け、しばらく見つめていた者は、再び口を開く。
「……ねぇみんな、この辺りには一匹の魔獣も居ない事になっているから、絶対に残しちゃ駄目だよ。そうじゃないと……」
イドエを目指していた54名もの組員の血は、降りしきる激しい雨と共に地中に染み渡り、その痕跡は残らない。
そして肉体は……
「グルル」
「グチャグチャ、ガギキ」
「ガツガツン、ガリゴリ」
魔獣の餌となり、消滅する。
「そうじゃないと…… 僕が怒られちゃうんだ~」
ゼロアスは、いつもの口癖を呟いた。
セッティモのコンクス組では、若頭のクーク・リゲートが窓から外を眺め、いつまでも戻らない5名のヒットマンの事を考えていた。
「ザザー、ザザザァー」
「チッ、いつまで降りやがるんだこの雨は!」
それにしても遅い。……やられたか。
つまりあのジジイに、警護を付けていたということか…… まぁ、予想していたからこそ、それなりの者達を送ったのだが……
つまりこのままでは、イドエに向かわせた組員達も無事ではすむまい。
村人一人でもいいから殺って、七割…… いや半分でも戻って来てくれれば……
「……俺も、俺も行くべきだったな」
速やかに手打ちをするよう、コンクスに進言しようと考えていたその時、外で見張りをしていた若い衆が事務所に入って来る。
「どうした?」
「来客です」
「来客?」
「はい。サヴィーニ一家の若頭と若い衆が一人、親分に会いたいと。いかがいたしましょう?」
サヴィーニ一家の若頭がこんな時に……
「何の用だ?」
「直接親分にお話しすると、それしか……」
……いくら
それなら、手を貸すとでも言ってこれを機に縁を築くつもりか?
いや、あそこは何処とも関わらず代々一本独鈷を信条としてきた組だ。それが何しに……
「外で待たせておけ」
「はい」
クークは激しい雨が降っている事を知りながら、わざと外で待たせる。
「ザー、ザザー」
それは、暴力を生業としているヤクザが、
「うちの若頭が、この場でお待ちする様にとの事です」
「分かりました」
雨に濡れながらそう答えるルカソールに、コンクス組の若い衆は
しぶい人だな……
「組長」
「病院に向かわせた奴らが戻って来たのか?」
「いいえ、そっちはまだ」
「……」
病院に送った5名は確実にやられている。クークの報告を聞いてそう思ったコンクスは、手打ちという言葉が脳裏をよぎる。
「それが、サヴィーニ一家の若頭が尋ねてきてまして」
「サヴィーニ一家?」
「はい。要件は組長に直接話すと、そう言っているらしく」
ここでコンクスは、イドエの者達が露店を出していた事を思い出す。
そうか、露店の件でサヴィーニ一家はイドエの者と既に会っているのか…… つまり、手打ちを取り持つ為に来たと、そういう訳か……
ふん、これに乗じて
そう思っていたコンクスだが、5名のヒットマンが戻らない今、いくら落としどころを用意していたとはいえ、仲を取り持つ者がいなければ、手打ちがスムーズに進まない可能性は十分にある。
イドエに送った54名もの組員が、何かしらの成果を上げて戻って来たタイミングで、手打ちをしようとコンクスはそう考えていた。
「追い返しますか?」
「いや、恐らく仲を取りに来たのだろう」
仲を? なるほど、そういう事か……
「通せ」
「はい」
事務所に通されたルカソールは、まずはバニ室に向かい、そこで濡れた服をビンツで乾かす。そして、手ぐしで髪をオールバックに整えバニ室から出ると、コンクス組の若い衆が二階へと続く階段へと案内する。
そこには、若頭のクークが、ルカソールを待っていた。
「若頭のクーク・リゲートだ」
「サヴィーニ一家若頭、ルカソール・ラベンティーニです」
……ほぅ。
挨拶をするルカソールに、見張りの若い衆と同じく、クークまでもが見惚れる。
これほどの者が、的屋のサヴィーニ一家に……
この時クークは、ルカソールを外で待たせていた事を後悔していた。
「組長は階段を上がった正面の部屋にいる」
「ご丁寧にありがとうございます。それでは」
そう言って、自分の若い衆を残し一人で階段を上がるルカソールの後姿を、クークは見ていた。
あいつなら、見事に仲を取ってくれるだろう。
初めて会ってほんの僅かな言葉を交わしただけのルカソールから、確信的にそう思える何かを感じ取っていた。
「……お前はそこに座っていろ。今お茶でも持ってこさせる」
「ありが! とう! ござい! ます!」
「ん、あぁ」
変な話し方をする奴だ……
階段を上がったルカソールは、正面のドアをノックする。
「コンコン」
「入れ」
「失礼します」
そう言ってドアを開けると、ソファーに座っているコンクスが目に映る。
「お初にお目にかかります、サヴィーニ一家若頭、ルカソール・ラベンティーニと申します」
「固い挨拶は抜きだ。そこに座れ」
「はい、失礼します」
ドアを閉めて中に入って来たルカソールは、言われた通りコンクスの正面のソファーに腰を下ろすと、それを待っていたコンクスが直ぐに口を開く。
「どうやら、私の認識を変えないといけない様だ」
「……と、申しますと?」
「的屋風情にしては、なかなかのタイミングだ」
「……」
「正直に言う。今54名の
「そうですか……」
「そいつらが、何かしらの成果を上げて戻って来たら、手打ちの仲を取って貰う」
「……」
「だがな、あくまで取次ぎだけだ。いいな!?」
消化不良ではあるが、こうなれば対峙してから…… そう、そこから私の見せ場を作れば良い。
コンクスの言葉を聞いても、ルカソールは直ぐに返事をしない。
それを不思議に思ったコンクスが再び口を開こうとしたその時、ルカソールが先に口を開く。
「コンクスさん」
「……なんだ?」
「どうやら勘違いをなさっているようで……」
「……何をだ?」
「私がここに伺ったのは……」
「……」
「うちの組の縄張りから、手を引いて頂きたい。そう警告をしに来ました」
その言葉で、コンクスの右眉がピクリと動く。
「……縄張りぃ?」
「ええ。イドエは、うちの組の縄張りです」
「なにぃ?」
「あなたが今手を出している、下着、ランゲ、そしてイモテン」
「……」
「それらも含め全て、サヴィーニ一家が面倒を見ております」
「……」
二人はしばらくの間、鋭い目で見詰めあう。
そして、ルカソールが再び口を開く。
「今直ぐに」
「……」
「手を引け」
その言葉に対してコンクスは……
「フフッ、フフフフ、プハハハハハハ!」
小馬鹿にするように、大声で笑った。
だが、それを無視するかのように、ルカソールは話を続ける。
「
「……」
「その上で、二度とイドエに手を出すな」
その言葉で、ほくそ笑んでいたコンクスの表情が一変する。
「コラアァ!!」
「何でしょうか?」
「たかだかぁ、的屋の兄ちゃんがぁ、
「聞こえていなかったのか? 最初からそう言っているだろう」
コンクスの手が強く握られ、ブルブルと震え始める。
「このぉガキャァー!!」
両手をテーブルに強く叩き付け、その反動で立ち上がったコンクスのイフトが溢れ出す!
ソファーに座ったままのルカソールは、まるで居合い抜きの達人が刀を抜くかの様に、一瞬で魔法を発動させる。
「死ねぇ! このガキィ!!」
そう喚いたコンクスの魔法がルカソールを襲う。二人のまがまがしいイフトがぶつかり合うと、シンとユウの世界では聞いた事も無い音が周囲に一瞬だけ弾け飛ぶ!
だが、直ぐに静寂な時間が訪れる。
そして、その後……
「コロ…… コロコロ……」
何かの音が、鳴っていた。
一人の者がドアを開けて部屋から出ると、僅かに垂れた前髪を気にする事無く、階段をゆっくりと下りてゆく。
下の階では、コンクス組若頭のクーク・リゲート他、事務所に居た組員全員が倒れている。外に立っていた、見張りまでもが……
「ソフォー、よくやった」
「楽勝! です!」
「では、戻ろう」
「は! い!」
二人が去ったコンクス組事務所の組長室では、とても人とは思えない形に変形したコンクスの死体が、コロコロとしばらくの間、文字通り床を転がっていた……
「コロ…… コロコロ」
同じ頃、アルスが入院している病院を訪れる者がいた。
くっ、警備共が慌ただしく街を徘徊しているから嫌な予感がして来てみれば、警護が一人もいないじゃないか!?
爺さん大丈夫かな?
確かこの部屋だと聞いたけど……
ドロゲンは右手に剣を握りしめて、アルスの部屋のドアに左手を掛けたその時!?
「じゃい~」
「うわあぁぁぁー」
「静かにせんか、ここは病院じゃい。ハァハァ」
「だっ、だ、誰だよお前!?」
なんだこっ、こいつ!? チンチン丸出しじゃないか!?
しかも……
「ゴクッ」
で、でけぇ!
「ハァハァ、俺様か? ゼスじゃい」
「ゼス?」
「ハァハァ、剣を仕舞え。ハァ、お前は、ドロゲンとかいう奴だろ?」
こいつ…… どうして息をきらしているんだ!?
いや、それよりも……
「おっ、俺を知っているのか?」
ゼスは頷く。
「シャッ…… あっと、俺様はイドエに雇われた護衛じゃい」
「イ、イドエに?」
「そうじゃい。だから安心しろ。ハァハァ」
「そ、そうなのか? 警備が一人も居ないから、助かるよ」
「俺様が見張っているから安心して見舞ってやれ」
「お、おう、ありがとう」
「じゃいじゃい~、ハァハァ」
ゼスが二つ隣の部屋に入るのを見届けたドロゲンは、病室に入りベッドに駆け寄ると、アルスの顔を覗き込む。
「爺さん……」
「スー、スー」
「よ、良かったぁ~」
普通に寝ているみたいだ。
やっとアルスに会えた喜びと安堵感で、ドロゲンは体中の力が抜ける感じがした。
「本当に良かったぁ」
そう言うと、椅子をベッドの近くに持って来て腰を下ろす。
すると、ゆっくりと首が折れていき俯くと、ため息を一つついた後口を開く。
「爺さん…… 俺は…… 駄目な奴だよ…… 理事たちを抑える事が出来ないんだ」
「スー、スー」
「考えてみりゃ、そりゃそうだよな…… 俺には何の才能もないからな…… 偶然爺さんに出会って、しつこく声をかけて弟子にして貰って、それで今の地位になれただけだもんな」
「スースー」
「そんな俺によ、爺さんみたいに組合を動かす事なんて、出来る訳ないんだよ。このままだと、近いうちに組合を追い出されちまうよ」
ドロゲンは顔を上げて、アルスの寝顔をジッと見詰める。
「いや…… そんな事はどうでも良いんだ。元気に…… 早く元気になってくれ…… そしてまた二人で組合を盛り上げていこう。なっ、爺さん」
「うっ、うう」
「あっ、ごめん。起こしちまったかな?」
「ヌッウゥン!」
「えっ……」
「イ、ジョエのりゃま、らけ、は、の…… さっ、させ…… スー、スー」
ヌンゲ、イドエの邪魔だけはさせないって、そう言ってたのか? こんな状態で寝ていても、それでも、それでもイドエの事を……
「爺さん……」
悲し気な表情でアルスを見詰めているドロゲンの耳に、何かが聞えて来る。
「あー、あんあんあー」
うん? なんだあの声は?
「じゃい…… ハァハァ、も、もうそろそろ、終わっても良いんじゃないか? ハァハァ」
「ああ、あん、なに言っているの! もっとよもっと! 激しく突いて! もっとあそこをさっきみたいに震わせてぇ!」
わっ、忘れとった。この女とは相性は良いけど、しつこいから嫌になって距離をあけたんだった……
「あー、またいきそういきそう。もっと、もっと震わせてぇー!」
まっ、魔力がもう、限界じゃい。また刺客が来たら俺様、ま、負けちゃうかも……
「あー、いっちゃうー、突いてぇ震わせてぇ! これで17回もいっちゃうぅーーー!」
ゼスは残った魔力と体力を使い、激しく腰を振りあそこを震わせる。
「うおぉぉぉ!」
誘った俺様が悪かった。頼むから、これで最後にしてくれじゃい……
結局この後、キリが良いと言われあと3回ねだられたゼスは、2回目の途中で気を失ってしまい、そのままこの部屋で一日入院してしまうのであった。
翌日、病室を訪ねてきた警備から事情を聞かれたゼスであったが、ベッドに寝たまま全てを説明すると、何らお咎めも無く事を終える。
夜が明けてその日の昼までには、コンクスの死と組員の殆どが亡くなるか行方不明になったニュースは、まるで風の様なスピードで広まってゆく。
コンクス組事務所を検証した警備は、コンクスの死体を見て驚愕する。
「どっ、ど、どうすれば、人をこんな形に……」
「おぇー、ぐえぇー」
魔獣に襲われた無惨な死体を見慣れているはずの警備が、ゲロを吐くほどコンクスの死体は異形であった。
この時点で警備は、コンクス組にあった死体の数とその様子から、Sランク冒険者が関わっていると信じて疑わなかった。
わざとイドエのシノギに手を出したコンクスに、
「おい! 聞いたかコンクス組の話を!?」
「きっ、聞いた! あいつら、イドエの物を真似して売っていて、それで、それでぇ!」
「おっ、俺達はどうなるんだ? 勝手にイモテンを真似して売ってた俺達も…… こ、殺さるのか!?」
世間ではその様な噂が流れ始めており、コンクス組の件を耳にしたヌンゲをはじめ、イドエの真似をしていた者達は一人残らず直ぐに手を引く。
客の中には、買った下着を破棄する者まで居た。
それでも不安は消えず、自分達もコンクスと同じ目に合うのではないかと、しばらくの間怯えて暮らすのであった。
そして人々の間では、もう一つの噂が流れていた。
それは、いくら相手がSランク冒険者とはいえ、ブカゾ組がこのまま黙っているはずがない。何らかの報復をしなくては、極道としての面子が保てないだろうという噂が。
ブカゾ組は、警備からの情報もあり、この時点ではSランク冒険者の仕業だと信じて疑わないのであった。
そして、どの様な報復をして、どの様に幕を引くのか模索していたそんなブカゾ組の本家に、二人の者が尋ねてくる。
その者達は、ブカゾ組八代目組長ブンデン・ラムスと、若頭のボーベン・ロンガンに面会を求めた。
本来なら門前払いするところではあるが、このタイミングでの訪問は、今回の件に何かしら関わりがあると考えた若頭のロンガンは、面会を承諾する。
「この度は急な……」
「挨拶などどうでもよい。要件を言え」
サヴィーニ一家組長ヒュバ・クレンの言葉を遮ったのは、ブカゾ組八代目組長ブンデン・ラムス。
遠く離れた王都にまで名の知れたカリスマ的存在であり、総勢5千人を超えるヤクザを束ねるこの男の前では、誰もが自然と視線を地に落とす。
その堂々たるイフトに気圧され口を閉じたクレンは、俯いたまま隣に立っているルカソールに視線を向けると、ラムスもルカソールに視線を移す。
二人の視線が交錯すると、空気が一瞬にして張り詰め、クレンは息をのみ、この強者同士の出会いに何が起こるのか、身を固くして見守る。
ルカソールは、俯くことなく口を開く。
「コンクス組の件は……」
「……」
「私どもの仕業です」
「……」
「……」
ブカゾ組組長のラムスと若頭のロンガンは、その言葉を聞いても動じることなく、無言でルカソールを見詰めている。
「この件は……」
「……」
「どう落とし前をつければ宜しいでしょうか?」
曇りなき
いや、そうではない。
今まで出会った誰とも異なるイフトを纏ったルカソールから、目を離す事が出来ずにいたのだ。
それは、若頭のロンガンも同じであった。
「……」
そして、ラムスは口元に微笑を浮かべる。
この男…… 私は今、悟った。己が生まれて来た意味を……
そう、私はこの男の
ルカソールのカリスマは、海千山千の大親分と名高いラムスのアイデンティティをも確立させる。
そしてこの時、若頭のロンガンも同じ事を考えていた。
俺の代になった時、この男を右腕にする。
サヴィーニ一家12代目組長ヒュバ・クレンは、コンクス組との抗争の責任を取り、跡目を若頭のルカソールに譲り引退。
そして、設立以来一本独鈷を信条としてきたサヴィーニ一家は、ブカゾ組の二次団体となり、吸収されることになった。
これでブカゾ組は、コンクスを失う代わりに、この辺り一帯の的屋のシノギと、サヴィーニ一家172名の組員を得る事となる。
そして、その特殊性から間接的な関りだけで留めていたイドエを、サヴィーニ一家が加わる事で、これ以上一滴の血も流さず、共存関係になる事が出来るのだ。
無論、ルカソールを得る事と比べれば、それら全てはおまけに等しい。
ブカゾ組は直ちに動き、警備の一部の上層部にそれとなく事情を話した上で大金を積み、捜査の打ち切りを求めた。
一般人唯一の被害者アルスは生きており、その実行犯は既に確保している。それ以外の、特に貴族や有力者に被害が出た訳では無いので、秘密裏に受諾された。
後日、本家に呼び出したルカソールに、ブカゾ組八代目組長ブンデン・ラムスは、ある決定を伝える。
「サヴィーニ一家組長、ルカソール・ラベンティーニ」
「はい」
「八代目ブカゾ組若頭補佐となり、
サヴィーニ一家が加わった事で、既に多大なる貢献をしたとはいえ、ほんの数日前まで抗争相手だった者に対して、No3の一角を担えとは、異例中の異例ともいえる人事であった。
だが、それに対してルカソールの返事は……
「せっかくですが、末席から始めさせてください」
その言葉を聞いたラムスとロンガンは、目を合わせた後、口元に微笑みを浮かべ、再びルカソールを見つめた。
そしてこの言葉は、この場にいた直系組長の面々にも、ルカソールを強く印象付ける事となった。
この日、ブカゾ組直系組長、新たな直参が正式に生まれたのであった。
まるでその誕生を祝うかのように、千を超える鳥の大群が、セッティモ上空を優雅に舞っていた。
そのうちの一羽が、疲労から建物の屋上の角に舞い降りると、仲間を気遣ったもう一羽が降りて来て、仲睦まじく並んでさえずる。
羽を休める二羽の鳥を、入り口に立っているソフォーが見上げていた。
その建物のとある部屋では、一人の男が足を組んで、椅子に座っている。
「……フフフ。シャリィ、なかなかの茶番だ」
バルチアーノは、暗い部屋の中で、微笑みを浮かべていた。
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