134 共鳴


 一人の者が、村の中を歩いている。

 それほど早く歩いている訳でもないのに、その者は息を切らす。


 「ふぅふぅ……」


 幾分かましになってきた。少しずつ体力が、戻ってきておる。


 長い間、引きこもり生活を続けていたガーシュウィンは、まずはその身体を慣らす・・・為、出来るだけ家から外に出る事を心がけていた。

 息を切らしながら歩くガーシュウィンの目に、ヨコキの宿が映る。


「……」 


 宿を見つめるその瞳には、決意が現れている。    


 必ず…… 必ず…… 今度こそは…… 




 その頃レティシア邸では、広告について話し合われていた。


「ヒンスさん、何かアイデアはありますか?」


「そうだの。イモテンのお陰で、20年前とは違い、良い意味でイドエは注目されておるの。その認識に間違いはないかの?」


「はい」


 返事をしたのはレティシアである。


「なら、そのイモテンを利用せん手は無いの」


「そうですね。シンさん」


「ええ、そうしましょう。それに、ロスさん達が制作してくれている下着も、大いに役立つはずです」


「ええかの?」


「どうぞ、ヒンスさん」


「下着に関しては、何か計画があるんだろの? 良ければ聞かせてくれんかの?」


 シンはその質問に直ぐに答える。


「真似をされたお陰で」


 お陰…… ふふふ、逆手に取っておるの。いや、それも最初から計画の一部だったのかも知れんの……


 ヒンスはそう思っていた。


「今この村で制作している下着のデザインなどは知れ渡っています」


「ふむふむ」


「ですが、真似された物は……」


 シンはロス達服飾の職人に視線を向ける。


「この村の職人が作った本物には、遠く及びません」


 その言葉で、ルスクがニヤリと笑みを浮かべ、この場に居る服飾に関わっている者達は、誇らしげな表情を浮かべる。


「ほほほ、そりゃ当然だの~。なんせ一流の中の一流である、わしらが作っておるからの~」


 ルスクの言葉で、集まっている者達は笑みを浮かべる。


 昔と全然変わっとらんの……

 相変わらず高飛車な奴だの……

 懐かしいの。そうそう、ルスクはこんな奴だったの……

 イドエの栄光の源であった服飾職人。その職人魂は今も健在の様だ。これでこそ、イドエだ!

 

「その下着に関しては、出来るだけ早くセッティモなどで……」


 シンは計画の一部を説明した。


「お~、そうか」

「なるほどの~」

「そんな事を考えておったんか」 

「もう既に偽者で宣伝されておるからの」

「うんうん」


 集まっている者達は、聞かされた案に感心している。


「それには、皆様の協力が必要です」


「何でも言ってくれの!」

「わしもやるでの!」

「私にも何か出来ますでしょうか? 是非手伝わせてください!」


 シンの話を聞いていたヒンスの部下が口を開く。


「それでは早速チラシとビラを制作して、イモテンの販売時に広く配布しましょう」


「そうだのそうだの」

「デザインはどうするの?」

「それはヒンスに任せておけばええの」


 その声を聞いたシンは、レティシアと共にヒンスに視線を向ける。


「お願いできますか?」


「勿論だの、任されようの」


「頼むぞ、ヒンス」

「ヒンスなら必ず良い仕事をするの」


「では途中で悪いがの、さっそく取り掛かるとするかの」


 ヒンスが椅子から立ち上がると、それを見た数人の者が遅れて立ち上がり、ヒンスと共にレティシア邸を後にした。


「やる気まんまんだの、ヒンスは」

「そりゃそうだの。職人の血が、騒いでおるんだの」


 ヒンスを見送った後、一人の老人が口を開く。


「シン君、一つええかの?」


「はい、どうぞ」


「必要な物資はどうするんかの?」


「それに関しては、既にこの村に秘密裏ではありますが、協力してくれる人達が居ます」 


「……信用出来るんかの?」


「ええ。その方々とは、既に利害関係にあると言っても過言ではありません」


 シンの指すその方々とは、無論農業ギルドの事である。

 そして新たに、商工ギルドの一部の者が加わっていたのだ。

 セッティモで、露店の許可を取りに行っていたシャリィとあいさつを交わした商工ギルドセッティモ支部、サブマスターの一人、エリング・トリレットから、イドエに秘密裏で協力すると話を持ち掛けられていたのだ。


「なら、大丈夫かの。すまんの、いらん口出しをして」


「いいえ。疑問に思う事があれば、遠慮なく何でもおっしゃって下さい」


 自分達の意見を聞くシンのその姿勢に、皆はますます引き寄せられてゆく。


「急で申し訳ないですが、皆さんには忙しくなってもらいます」


 シンがそう言うと、集まっている者達は、口元に笑みを浮かべる。

 この後、数時間に渡り話し合いは続く。シンが急用でその場を離れるまで……  

  


 時刻が14時を回った頃、馬に乗った者がイドエに近付いてくる。


「誰か来たでごじゃるね……」


「うあん?」


 その者に目を向けた門番の一人は、大きな声を出す。


「おい、女だ! 若い女が一人だぞ!」


 うるさいでごじゃるね……


 門から離れた場所で馬から降りると、軽く手を拡げそこから動かない。


「止まったぞ?」


「……恐らく、警戒してるでごじゃるね」


「警戒? ……いったい何をって、もしかして俺の事かよ!?」


「それ以外何があるでごじゃるか?」


「いや、本当に俺なのかよ! って、違うだろ! どう見ても悪意はないって意味だろあれ」


「知ってるでごじゃる」


「うぉい! そりゃ当然知ってるよな!」


 二人のやり取りを聞いたレリスは、クスっと笑う。


「おっ!」


 笑ってる…… 俺を見て笑ってるぞ!


「ここはイドエ村でごじゃる。何の用事で……」


 その問いかけを、もう一人の門番が遮る。


「ようこそイドエ村へ! 初めてかな? どうぞどうぞ、さぁ中に入って入って、俺が村を案内するよ」


「うふ」


 やっぱりだ! 俺を見て笑っている!


 レリスに近付こうとした門番を、ごじゃるが制止する。


「何者か分からないのに、近付くでないでごじゃる……」


「なーに言ってんだ。あんな可愛い子が、悪い奴な訳がないだろ」


 そうだと…… 良いでごじゃるけどね……


「ねぇ」


「はいはい、なんでしょう!?」

  

「シンいる? シン・ウース」


 シンさんの知り合いでごじゃるか……


 ケッ、なんだ、シンのカキタレか。でも、それでも良い! 俺にもやらせてくれないかな!?


「今呼んでくるでごじゃるから、そこで待っててくれるでごじゃるか?」


 レリスはコクリと頷く。


「シンさんを呼んでくるでごじゃる」


「俺が行くのかよ!?」


「当たり前でごじゃる。ここに残すと、何をするか想像出来るでごじゃるからね」


「お、おお俺が何をするんだよ!?」


「いいから早く行ってくるでごじゃる! たぶん村長さんの家でごじゃる」


「わ、分かったよ!」


 レリスは再びクスっと笑った後、優しく馬を撫でる。


「ブルルル」


「こんな遠くまで頑張ったね」   


 門番の一人がシンを探しに行くと、ごじゃるは休んでいたもう一人の門番に声をかけ、二人で門の前に立つ。    


 真新しい服…… そして機嫌が良さそうなその態度……

 どうやら、シンさんに会えるのが楽しみのようでごじゃるね。

 普通の少女に見えるでごじゃるが、何か、何か嫌な感じがするでごじゃる……





 スタジオでは少女たちが、ダンスの通し稽古をしている。

 ぎこちなさは残るものの、ナナ達のお陰でキャミィは、皆と一緒に踊れるようになるまで成長していた。

 

「うんうん、いいよ!」


 シャリィは、踊っている少女を見ている。


「はいー、良いよー、良い感じ!」


 踊り終えた少女達は、肩で息をする。


「はぁはぁはぁ」

「クルクル~」

「ふぅ~、疲れたっペぇ」


「うん、少し休憩しましょう。みんなお水をしっかり飲んでね」


「そうっぺぇ、喉乾いたっぺぇ。下で水を飲んでくるっぺぇ」


 リンに付いて、数人が下の階に降りてゆく。


「シャリィさん、いかがでしたか?」


「みんな上手になっている」


「やっぱりそう思いますか? うんうん!」


 シャリィは喜ぶユウに笑みを向けた後、床に座って汗を拭いているナナを見つめていた。




 レティシア邸を後にしたヒンス達は、とある建物で片付けを行なっていた。


「ガタガタガタ」

「凄い埃だの」

「おーい、そっちを持ってくれんかの」

「任せとけ」

「出番が来ると思って、畑仕事の後に掃除してたがの、まだまだやる事があるの」


 三人がかりで大きな布を掴み、息を合わせゆっくりと後方に下がって行くと、徐々に何かが見えて来る。

 大きな布が捲られ現れたのは……


「久しぶりだの、ドウケン」

 

 ヒンスは、まるで旧友と再会したかのように、魔法機に向けそう呟いた。

 片付けをしていた者達も、その手を止めて感慨深くドウケンを見つめている。


「悪いがの、そこの棚の一番下にある木箱を取って貰えるかの?」


「はい、これですか?」


「そうだの、それだの」


 木箱を受け取ったヒンスは、蓋を開ける。


「おお……」

「あっ」


 見ていた者から、思わず声が漏れた。


「ディンタ石ですね」


「そうだの…… 捨てる事も出来ず、ずっと置いておったんだの」


 ヒンスはその魔法石の中から三つ選んで手に取ると、ドウケンにセットした後、ゆっくりと腰を下ろす。

 それを見ていた者の一人が、埃を被っている用紙の束から綺麗な物を選んで数枚取り出すと、ドウケンにセットした。


「うん…… またドウケンを動かせる日がくるとはの」


 わしが生きている間は、無理だと思っとったがの……


「さてと、数十年振りだの」


 ヒンスは魔法機ドウケンを、まるで我が子の様に優しく撫でる。

 

「へそを曲げずに動いてくれるかの……」


 見ている者達の瞳には、涙が溢れている。


「コーピア」


 ヒンスがそう唱えると、ディンタ石から赤、緑、青の光の三原色が現れ、まるで音楽のメロディの様な音をドウケンが奏で始める。

 きらめく三原色を使い、ヒンスは己のイメージを用紙に謄写してゆく。

 その様子を作業場に居る者達は、瞬きも忘れて見つめていた。 



 

 ちょうど同じ頃、レティシア邸に門番の一人が訪ねて来る。


「ん? 誰か来たの?」

あれ・・は、村に居付いとる無法者の一人だの?」

「まぁまぁそう呼んでやるなの。今は改心しての、門番しておるからの」


「ハァハァ、シンさん」


「うん?」


「シンさんに会いたいって、訪ねてきてますよ」


「……誰が?」


「若い女なんだけど」


 若い、女性…… 


 その言葉を聞いて、一瞬息を飲んだレティシアだが、表情には出さず平静を装っている。


「……すみません皆さん。少し席を外します」


「おぅ、行ってこいの」

「気にせんでええからの」

「今のうちにトイレ行こかの」


 ……村にとって重要な打ち合わせをしているのに、訪ねて来た女性に会いに行くなんて。

 それに、旧街道が安全になったとはいえ、この村までわざわざ…… 誰なの、いったい……

 

 他の者達と違い、レティシアの心中は穏やかではないようだ。



 一方、ヒンス達がいる作業場では……


 お見事です、ヒンスさん。何十年経っていても、この人の繊細な才能は、失われていない。


 三原色がゆっくりと消えてゆくと、それに合わせてメロディの様な音も聞こえ無くなってゆく。


「ふぅー。流石に疲れるの……」


 セットしていた用紙を、隣で見ていた者が手に取りヒンスに渡す。


「どうぞ」


「うん…… うんうん。悪くないの。どうかのみんな?」


 その用紙には、野外劇場の星の道が、斜め上空から見た構図で描かれていた。


 一人の者がヒンスから用紙を受け取ると、全員で覗き込む。


「うん、鳥のような視点だ」

「何も変わっとらん。昔の腕のまんまだの」

「本当に、素晴らしい出来栄えです」

「そうだの…… うん」

「やはり最初に描くのは、星の道ですよね…… ううぅ」


 中には出来上がった物を見て、涙を拭う者も居た。

 

「気持ちは痛いほどわかるがの、感傷に浸る時間はないでの。あと何パターンか作りたいでの、みんなのアイデアを聞かせてくれの」


「ぐすっ。はい!」

「そうだの。わし達はの、これから服飾の奴らに負けんぐらいの仕事をするでの」

「そうだの!」

 

 そう言った後、全員で次々と他の魔法機に掛けられている布を捲っていく。

 ヒンスはドウケンに座ったまま、その様子を見ていた。


 本当に…… 本当にありがとうの、シン君……




 門で警戒しているごじゃるの目に、戻ってきた相方とシンが映る。

 

「シンさん、来客でごじゃる」


「うん、ありがとう」


 門で止まったシンは、少し離れた位置に立っているレリスに目を向ける。


 あの子は、セッティモの教会で……


 レリスはシンと目が合うと、軽く手を振る。


「……」


 メイクと服のせいか、この前よりも幼く見える。

 だけど、そんな事はどうでもいい。

 教会の関係者が俺を訪ねて来た。つまり、それは……


「少しいいかな?」


 そう言ったレリスに、シンは直ぐに答える。


「勿論。どうぞ、中に入って」


 レリスはシンを見詰めたまま、微かに首を横に振る。


 まぁ、そうだよな。正式に会いに来たわけではない。

 だけど、こそこそ隠れて会いに来ている訳でもない。

 つまりは、そういう事か……

 

「少し出て来るよ」 


「分かったでごじゃる」


 いいな~、外でやるのか~。俺も、俺も混ぜて3Pしてくれないかな~。


「あっ、あのシンさん!」


「うん?」


 歩いてレリスの元に向かっていたシンは、門番の声に反応して振り向く。


「おっ、俺も……」


「何をいうつもりでごじゃるか!?」


 ごじゃるは相方の向こう脛を、持っている槍の尻で小突く。


「うわっちゃー! あいたたたー」


 それを見たレリスは笑い、シンは驚いていた。


「だ、大丈夫?」


「大丈夫でごじゃる、さぁさぁ」

 

 促されたシンは、再びレリスの元へ歩いて行く。

 ニコニコと笑みを浮かべているレリスを見て、シンが口を開く。


「服、可愛いね。似合っているよ」


 んふふ、直ぐに服を褒めるなんて流石ね。

 買ってきて良かった……


 ニコニコと愛嬌を振り撒く様な笑みが、少し怪しい笑みへと変化した後、照れた素振りを見せたレリスは、馬に乗ってからシンに声をかける。


「後ろに乗って」


「あ、あぁ」


 返事はしたものの、足場も無いこの背の高い馬にどうやって…… 


 どうやって乗ろうかと悩んでいたシンに、レリスが目を見つめながら手を差し出す。


「……ありがとう」

 

 礼を言ってから繋いだその細い手で、自分を支えられるか心配していたシンだったが、レリスはいとも簡単にシンの身体を引き寄せる。


「危ないからお腹に手を回して」


「あぁ」


 細く引き締まったレリスのウエストに、シンが手を回す。


 うふ、これだけで…… お腹を触られただけでも、嬉しくて興奮しちゃう。 

 

「ハッ!」 


 手綱を振り馬を走らせると、落ちそうになったシンがレリスに強くしがみ付く。

 

 あん…… そんなに、そんなに焦らないで……  直ぐに、直ぐに犯してあげるから……


 一頭の馬に乗って走る二人を、森の中からゼロアスが見ていた。


「ふん、馬鹿なんじゃないのあいつ。あんな怪しい奴の馬に乗って付いて行くなんて……」


 そう言った後、門の方にチラっと目を向ける。


「ハゲも居ないし、もしかして…… これ僕担当タンなの?」


 そう口にしたゼロアスの首がガクッと折れる。


「はぁ~あ~、もう本当に嫌だ。早くウースに帰りたーいってもうーー」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、ゼロアスは二人の跡を気付かれない様につける。



 その頃、レティシア邸では……

 

「村長さん、少しええかの?」


「……」


「……村長さん?」


「……はっ、はい! 何でしょうか?」


「いや、星の道の修繕の事なんだがの。あの子達が掃除と軽い修繕はしてくれておるがの、他にもの、目に付くところがの……」


 焦った様子を隠すレティシアを、スピワンが見ていた。


 分かっとったがの、やはり村長さんはシン君を……

 無理もないの、見た目が良いだけではなく様々な才能を持っとるしの、それに気遣いも出来て優しいからの。年頃の女性なら、誰しもが惹かれるのは当然だの。


「スピワンの~」

「うん?」


 突然声をかけてきたのは、昔役者たちのメイクをしていたフラー・ルスタンス。スピワンとは幼少の頃からの付き合いで、年齢も近い。


「シン君とは仲が良いみたいだの?」


「そうだの。孫たちが世話になっておるしの、下着の制作の過程でもの、頻繁に会うしの」


「……」

 

「どうしたんだの?」


「実はの、シン君とワンチャン作りたくての、間を取り持ってくれんかの?」


 とっ、年頃以外からもモテるんだのシン君は!


「そっ、そのうちの」


「頼むでの」


 離れて行くフラーを見ていたスピワンは、再びレティシアに視線を移す。


 ……うん。余計なお世話だがの、村長さんとシン君の関係が上手くいけばの、イドエにとったら有益しかないの~。


 

 旧街道を奥へと馬を走らせていたレリスは、細い脇道を見つけ入ってしばらく進むと、手綱を引き馬を止める。


「ドウドウドウ」 


「ブルブルブルル」


 ここなら、誰も居ないよね。

 まずはシンを喜ばせて、笑顔を堪能してから、それから……


 レリスはペロっと、舌なめずりをする。


「降りて」


「あぁ」


 馬から降りたシンが辺りを見回していると、レリスも馬から降りて手綱を近くの木に縛り付ける。

 それが終わるのを待ってから、シンが声をかける。


「レリス・ウェンネンさんだよね?」


 名を呼ばれたレリスは、心の中で不気味に笑う。


 んふふふ。


「えぇ、そうですシン・ウースさん。一度セッティモでお会いになってたの覚えてたのですね」


「あぁ、振り返らずにはいられなかったぐらい印象深かったから、簡単には忘れないよ」  


 んふふふふ、言ってくれるじゃない。この女垂らしが……

 あん。さっきあいつを殺しをしても何も感じなかったのに、初めて会った時みたいに、私の乳首がまたくすぐったい……

 凄く興奮してきちゃった。

 直ぐに、直ぐにむちゃくちゃに犯してあげるからね。


 この時、レリスの僅かなイフトの変化を、森の中から見ているゼロアスは見逃していなかった。


 ふ~ん、るつもりはないみたいだけど、る気まんまんじゃん。

 それだけなら…… 別に放っておいても、いいかな~。

 

「今日私があなたに会いに来たのは……」


 レリスはインベントリを開き、大きな革袋を一つ取り出した。


 便利な魔法だな…… 


「どうぞ。開けて下さい」


 地面に片膝をついて革袋を開けるシンを、レリスは不敵な笑みを浮かべて見ている。


 かぁ~、性格が笑い方に出てるよあの女。きっしょ、きっしょ!

 それにしても、馬鹿は全然気づいてないみたいだね~。

     

 革袋の中に入っていた物、それは…… 服飾と舞台に必要な、大量の魔法石であった。


 しかし、シンは予想しており、あまり驚かない。


 これは、恐らくイドエが今必要としている魔法石だろう。

 やはりな…… どこの組織せかいでもそうだ。人が・・コントロールをしているかぎり、一つでまとまるなんて出来はしない。 

 必ず…… 必ず俺達に手を貸す奴が、教会にも居ると思っていた。

 たぶん、ルカソールカシラの件を知り、決意を固めた。そんなところか……


あるお方・・・・からの贈り物です。どうぞお納めください」


「ありがとう。いつか直接礼を言いに行きます」


「はい。そう伝えておきますね」


「では、遠慮なく」


 シンはレリスに笑みを向ける。


 うふふ、かわいい…… 

 予見していたみたいだけど、嬉しいでしょ、実際目にすると……

 その笑顔を…… 苦痛と快楽その両方に、今から変えてあげる。

 けどね、その可愛い顔がいけないんだよ。ごめんね、快楽多めにと思ってたけど、苦痛多めにしたくなっちゃったの。 

 

 レリスのドス黒い感情が瞳に現れた瞬間、シンもやっとその変化に気付く。


 やばい…… こいつ何かがやばい!


「んふ、抵抗してもいいよ。そっちの方が、お互い楽しめるから……」


 レリスのまがまがしいイフトが溢れ出した瞬間、何かを感じ取ったシンはその場を離れようと素早く後ろに飛ぼうとするが、足が動かない。


 なっ!? またあの時みたいに後ろに壁の様な物が!?

 いや、違う!? 身体が、身体を動かせない。


「うっ! ぐうぅ」


 必死で身体を動かそうとしているシンに見せ付けるかのように、レリスは大きく舌なめずりをする。


「んふふふ、ペロ」


 くっ!? 駄目だ、動かせない!


 んふ、魔法を使って抵抗しないの? なーんだ、犯されるのを、期待してたのね。

 あ~~、シンのアソコって、どんな味がするの? さっきのと違って、絶対に美味しいに決まっているよね?

 興奮しすぎて噛み切っちゃたら、ごめんね。


 不気味に微笑むレリスがシンの下半身に手を伸ばした瞬間、森の中から放たれた何者かのイフトに気付く。


「!?」


 誰、邪魔をするのは……    

 

 ……ふん、黙って見てようかと思ったけど、あいつの笑顔きしょ過ぎ。シャリィに怒られるのも嫌だし、助けてあげるよ。


 レリスの視線は動けないシンに向けられていたが、全神経を背後のゼロアスに集中させていた。


 そう、おもりが居たのね……

 私に気付かれずに、こんなにも近付けるなんて……

 少し、いえ、かなりしゃくに障る。

 

 レリスの脳裏に、セッティモで見たシャリィの姿がよぎる。


 いや…… 違う。このイフトは、あの女じゃない……


 レリスのまがまがしいイフトがゆっくり消えてゆくと、それに応えるかのようにゼロアスは再び気配を消し去る。


「……」


 レリスの雰囲気が変わった事に気付いたシンは、改めて自分の身体を動かそうよ試みる。


 ……うっ、動く。 

  

「乗って、送ってあげる」


 まるで何事も無かったかのように、シンに背を向けて木に縛り付けている手綱を解きながら、レリスはそう口にした。


「……いや、歩いて戻るよ」


「そう? 好きにして。荷物は他にもあるけど、今いる?」


「道すがら…… 門番に渡しといてくれるかな?」


 シンの目を見てコクリと頷いたレリスは、馬に乗って手綱を振るう。


「ハイッ!」


 来た道を戻るレリスを、シンは見ている。


 ふぅー、やばかった。

 ……あいつは、伸ばしていた手を突然止めた。

 目は俺を見ていたけど、何か他の事に集中している様だった……


 シンはゆっくりと、森に視線を向けた。




 十数分後…… 


「うん? 戻って来たでごじゃるね」


 そう思って見ていると、レリスは馬を止める事なく大きな革袋を三つ門番の前にインベントリから放り出す。


「ドカッ、ジャラ! ドカドカッ。ジャラガチン」


「なっ、なんでごじゃるか!?」


「うぉ!? なんだこの袋!?」


「ひっ、一人だけだったでごじゃるよ!? シンさんはどこでごじゃるか!? まっ!? まさかこの袋の中身が!?」


 ごじゃるは急いで革袋の中身を確認する。


 いやいや、心配しなくても違うよ。地面に落ちた時の音が石か金属ぽかっただろ。

 どうやらあの子を満足させることが出来ずに、怒らせて

おいてこられたな…… だから俺も連れて行けばよかったんだよ! そうすれば前から後ろから、二人がかりで攻めれただろ!

 うあああん、ただで3Pしたかったよ~。


 門番の一人は、悔しそうな表情を浮かべていた。



 不機嫌な表情で馬を走らせていたレリスは、新街道の手前で急に手綱を引く。


「ブルルルルン」


 馬を止めて森の中に視線を向けると、インベントリからある物を旧道の真ん中に放り出す。

 それは、ストビーエで殺した男の死体であった。


「ペッ!」


 死体に唾を吐いた後、不気味な笑顔を森に向ける。


「んふふふふ」


 その後、再び馬を走らせて、セッティモに戻って行った。


「……」


 誰の死体か知らないけど、僕に片付けておけって、舐めてるよね……


「僕をパシリに使って良いのは、シャリィとアリッシュだけ……」 


 ゼロアスの瞳が、殺意の色に染まっていく。


 決めた…… 例えシャリィに怒られても構わない。ここを離れる前に、必ずあの女を殺してやる……


「ギィーギィー」

「チュチュチュチュー」

「ガァー」


 木々に留まっている鳥達が、ゼロアスの殺意に驚き一斉に飛び立って行った。



「パカラッパカラッパカラッパカラッ」


 セッティモに向けて馬を走らせているレリスは、ある決意をする。


 シンを犯す邪魔したあいつを、頃合いを見て必ず殺してやる……


 その時が…・・

 その時が……


 楽しみだ……

 楽しみね……


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