4 ヤンキーも異世界に


 長い夜が明け、僕は水際に行き川で顔を洗い、そして水を飲んだ。

 空腹を紛らわすよう、沢山飲んでみたが無理だ。

 水っ腹になるだけで空腹感に変化はない。

 けど、我慢して人を、第一異世界人を探しに行かないと……


 立ち上がり周囲を見渡ていると、川の上流に何かが見える!?


「なんだあれ? 大きいぞ」


 その物体は時折岩に当たり向きを変えながら、緩やかな川の流れに合わせて、ゆっくりとゆっくりと流れてくる。


 あの色……


「ま、まさか!?」


 そう、そのまさかだった。

 流れてきたのは…… 流れてきたのは弾正原だ! 

 現場で見たのと同じ、薄紫色の鳶の作業服を着ている。


 どういうことだ?

 あいつもこの世界に来ていたのか……

 け、けど、し、死んでいる!


 僕はパニックになり、目の前を流れて行く弾正原をなす術もなく見送った。


 ……考えてみれば、服と靴は是が非でも欲しい。

 死体なんて触りたくもないし、変な服だけど贅沢言っていられない。

 意を決して川に入り、弾正原の死体を追いかけた。

 そして、右腕を両手で掴み、水が浅い所まで引っ張った。

 身長が高いうえにこの体格、おまけに服は水を吸って重い。

 これ以上引き上げるのは無理だ。

 しかたがない、ここで服を脱がそう。


 しかし、こいつまでこの世界に来ていたなんて……

 もしかして、資材が落ちてきた時、僕の髪を引っ張って助けようとしてくれたのは、こいつだったのかな?

 まさか…… あの現場にいた全員がこの世界に来ているのかな……

 

 一旦考えるのを止め、僕は弾正原の死体を見ながら手を合わせ拝んだ。

 

「この先、誰かに会って助けてもらい、生活が落ち着いたら墓を作りに戻ってくるか約束は出来ないけど、努力はする。だから服と靴をいただきます。成仏してくれよ」


 そう言い、上着を脱がそうと手を掛けたその時!


「う…うぅ」


「えっ!? い、い、生きてるの!?」


 呻き声が聞こえ唇が微かに揺れた。


「こ、こいつ動くぞ!?」


 ど、どうしよう?

 こ、こ、こういう時は多分、人工呼吸するんだよな?

 いや、僕の神聖なファーストキスを横投ちゃんでも、魔法少女でもなく、こんなヤンキーにくれてやるなんてあり得ない!

 けど、しないと死んじゃうかもしれない!?


 どうしよ、どうしよ……


 上着だけでも剥ぎ取ってもう一回川に流そうかな?

 僕は文字通り頭を抱え、右往左往していた。


 元々死んでいると思っていたから、今から死んでも同じだろ……

 よし、上着だけでも剥ぎ取って流そう、決めた! (何回流すつもりだ)

 そう決心し振り返ると、弾正原が頭を動かし僕を見た。


「ぎゃあぁぁぁぁ」


 弾正原と目が合った僕は、思わず大きな悲鳴を上げてしまう。


「お、お前が助けてくれたのか、あ、ありがとぅ」


 現場とは大違いの、か細い消え入りそうな声で礼を言ってくる。


 うっ、そんな素直に感謝するなんて少し良心が痛む。


「ゴボッゴホッ、うぇー」


 どれぐらい水を飲んだのだろう、吐き出している。

 肺にも入っているのかな……

 仕方がないので、横になっている弾正原の背中をさすってあげた。


「ゎ、わりいな。ゴボッゴホッ。さ、寒い」


「ふ、服を脱いだ方が良いですよ」


「そぅだな」


 弾正原は川から這いずるように上がり、横になったままの状態で上着を脱ぎはじめたが、上手く脱げない。

仕方ないので手伝ってあげると、ようやく脱げた。


 鳶の職人はほぼ全員が足袋たびを履いている。

 勿論弾正原もだ。これが水を吸って脱がしにくい。


 硬いなぁ、指が痛いよ。


「ゴボッゴホッ、ゴボッゴホッ」


 咳が止まらないみたいで苦しそうだな。


 こんな事を考えてはいけないのだろうけど、とんだお荷物をしょい込んじゃたみたいだ。

 僕一人でもどうしたら良いか分からない状態なのに、殆ど動けないこいつの面倒なんてみられるのかな?

 ……申し訳無いけど、いざとなったら置いていくしかない。

 ここは元の世界とは違うんだ…… それぐらいの覚悟がないと、この先生きてはいけない。


 結局全ての服を脱がすのに10分ぐらいの時間を要した。

 色々と大変だったけど、ズボンを脱がす時にパンツも一緒に脱げ、手間が省けた。   

 腰に、ズボンを止めるベルトとは別に、大きなベルトを着けており、そこに道具を二つ差していて、更に腰袋もついている。


 これは何て名前の道具だろ? 持ち手の方が尖っており、色々使えそうだ。

 もう一つは金槌だ。これは武器にもなるし、これも色々使い勝手が良さそうで、助けたかいがあったというものだ。


 腰袋の方は……


 残念ながら空のようだ。

 考えてみれば当たり前か、もし何か入っていたとしても川を流れている時に中身は落ちているだろう。幸い川の水は綺麗で透明度が良く、潜らなくても底まで見える。

 何か使える物が入っていたなら、後で川の中を探してみるのもいいかもしれない。


 この日は朝から気温が高く、朝日で焼けた河原の石は僕には既に熱いぐらいだけど、今の弾正原にはちょうど良かった。


 弾正原の脇を抱えて、石が濡れていないところまで力一杯引っ張り移動させた。

 奴も動いてくれてなんとか移動させることができたけど、それにしても重い。

 漫画やテレビドラマで人を軽々運んだりしているけど、あんな風にはいかない。

 少なくとも僕には無理そうだ。


 意識が戻った弾正原をこのままここに置いていくわけにもいかず、獣道の先を見に行きたい気持ちを抑え、様子を見ていた。


 ……しかし凄い身体だな。

 脂肪なんてどこにも無いんじゃないか、と思えるほど発達した筋肉。

 もしかして、あんなハードな仕事のあとで更にジムに通って鍛えているとか無いよな?


 ……あー、ジムじゃなくて、ベッドでもう一仕事ですか?

 お弁当を持ってきていた可愛い子達を毎晩とっかえひっかえ……


 くっそー、助けるんじゃなかった!

 あのまま川の流れに任せとけばよかった。

 まぁ服を剥ぎ取ろうとしただけで助けようとしていたわけではないけどね。


 何となく見ていた弾正原の身体で、凄く気になる部分を見つけてしまった。


 ……小さい、意外にも小さい。

 僕もそれほど自信がある訳じゃないけど、もしかして、勝っているのじゃないかな?

 タコさんウィンナー好きのヤンキーは、あそこもウィンナーだったのか……


 んふ、まぁ誰にでも欠点の1つや2つあるよ。

 ただ、漢としては致命的な欠点ですね……

 ふふふふ、この世界に来てはじめて味わう優越感が、ユニークスキルとか魔力じゃなくて、まさかこんな形だとはね。

 んふふふふ、まさかだね。


 まぁ、取りあえずこいつのお陰で武器になるものも手に入ったし、服は分けて貰えばいい。

 靴は無いけど、上着を破いて足に巻き付けたら裸足よりは大分ましになるだろう。


 問題はこいつが回復するかだけど……


 あ~、それにしてもお腹へったぁ。

 この世界に来て水以外何も口にしていない。やっぱりこいつを置いて先に進もうかな?

 まぁ、助けた褒美として二つの道具と上着ぐらいは頂いていくよ、突然の報酬だ。


 ……


 ……あれ?


 そういえば、何でこいつ服を着ているの?

 おまけに元の世界の道具まで持っているし、現場に居た時と同じだ……

 って事は、昨日考えた僕の仮説が外れている。


 それなら、逆にどうして僕は、ターミネーターみたいに全裸でこの世界に送られてきたのだろう。

 どういうことだ、これでは異世界転生じゃなくて転送じゃないか……


 ハッ!? ちょっとまて!

 もしかしたら僕は勇者じゃないのか?

 この世界を救うために送られてきたんだろ?

 違うのかな……


 まさかこいつが勇者……

 いや、こんなヤンキーが勇者なんて有り得ないよ、逆に魔王なら有り得るだろうけど。

 ……やっぱり今のうちに川に流しておくか。


 しかし、本当にどういうことなのだろう?

 さっぱり分からない。


 あ~、頭痛がしてきたよ。


 しばらくすると奴は、一人で上半身を起こせるまで回復したけど、相変わらず咳が止まらない。


「ゴボッゴホッゴボッ。あー苦しい。悪いな迷惑掛けちまって」


「いえ……全然大丈夫ですよ」


「ゴボッゴホッ、それでここは何処なんだ?」


 意識を取りも出したばかりで、まだ息も苦しそうだ。

 たぶん、正常な判断が出来ない状態だろう。

 けど、正直にここが異世界だと伝えるべきかな? 

 それとも、確定しているわけでも無いし、僕にも分からないと言った方がいいのか……


 まぁ隠していたところで僕が得するわけでもないし、仮説でも良いから言ってみよう。


「ここはたぶん異世界です」


「異世界? ゴホッ。異世界って何処だよ?」


 やっぱり分からないか。

 このヤンキーは異世界もののラノベや漫画なんて読んだこと無いだろう。

 たぶん、最近のアニメとかも見ていないのかもしれない。


「つまり、僕らが居た世界とは別の世界なんですよ」


「別の世界……」


 まだ思考が戻ってない感じだな……

 でも、一応色々聞いてみるか。


「あの~、この世界に飛ばされた時の事を覚えていますか?」


「とば……された……いや、目が覚めたらこの場所でお前が居た」


「神様には会いましたか?」


「ゲホッ。神様? 一度も会ったこと無いよ。そもそも居ないだろそんなの。ゴボッゴホッ」


 やっぱり……

 神様に会っているのなら、ここは何処だなんて言うはずないし、川に流されているわけないよね。

 ……僕らの世界の人間は、死ぬと必ずこの世界に来るのかもしれない。

 それなら異世界と言うよりあの世ってことなのか。やっぱり天国なのかな?


 資材が崩れてきた時、光に吸い込まれるような感じだった……

 けど、僕だけならともかくこいつが天国に来るなんておかしいし。夜の森の中では魔獣みたいな唸り声も聞こえていた……ってことはやはり異世界……


「僕も昨日森の中で目が覚めて、詳しいことは分からないです」


「ゲボッゴホッ、そうか。つか、あの現場の近くにこんな川や森があったっけ?」


 昨日の僕と同じこと言っているよ。


「ここは現場のあった元の世界とは、別の世界だと思います」


「俺はどうして川を流れてたんだ? 思い出せない……」


 駄目だ、今は何を話してもループだ。


「とにかく、休んだ方が良いですよ」


「俺の上着はあるか?」


「あそこに干しています」


 弾正原は上着の方に這いずりはじめた。


「僕が上着持ってきます」


「悪いな、たぶんスマホが入ってるんだ。 自分で取りたいけど、まだ身体が思うように動かなくてゴボッゴホッ」


「大丈夫です、僕が探します」


 アプリは使えるかもしれないけど、連絡は出来ないはずだ。神様に会って許可をもらっているなら話しは別だけど……


 上着のポケットをあさってみたけどスマホは無く、ライターが1個入っていた。

 やった! 

 これで火をおこせるぞ!


 とりあえず、濡れてるから石の上に干しておこう。

 壊れていなければいいけど。


「スマホは入ってないです。代わりにライターが1つだけありました」


「……川に落としたのかな? ゴホッ、ゴホ、防水だから見つければたぶん使えるはずだけど」


 まさか僕に探しにいけなんて言うんじゃないよな。


「咳が止まったら、探してみるよ。ゴホッ」


 ほっ、良かった。

 この世界でもパシリをやらされるのかと思ったよ。

 回復してきているみたいだし、今は一緒に居た方が得策だな、たぶん。



 1時間後。


「ふぅ~、おかげで身体が暖まってきたよ」


「そうですか、良かったです」


「別の世界か……」


 弾正原は仰向けで、空を見つめながら呟いていた。

 少しは理解出来てるのかな……


「あいつら…… 大丈夫かな」


 たぶん現場に居た他のヤンキー達を心配しているのだろう。

 これも正直に話してみるか、あくまで仮説だけど……


 とりあえず、この脳筋馬鹿に少しだけでも異世界の知識を与え、落ち着くまで僕の盾にしよう。


「あの~、すみません。地震で資材が崩れてきた時、僕の髪を掴んで助けようとしてくれたのは弾正原さんですよね?」


「あ、あぁ…… お前だったのかあれ。そうだよゴホッ」


 やっぱりそうか。

 てか、僕って気づいてなかったのか。


「言いにくい事なんですが……あの時僕と弾正原さんは、資材に潰されて死んだと思います」


「……」


「その後に、何かの力でこの世界に飛ばされてきたのだと思うのですけれど……」


「どうしてそんな事が分かる?」


 漫画やアニメを見ているからです。

 なんて言えないよな、馬鹿にされるのが落ちだ。


 他に何て言えばいいのかな?

 神様に聞きましたとか、異世界だけに妖精に教えてもらいましたとか。

 それとも、さっき顔を洗っている時に川のお魚さんに聞きましたって言ってみようかな。


 今なら信じるかも?

 ふふふ、ちょっと面白いけど、後で殴られそうだから正直に言っておこう。


「漫画で……」


「漫画?」


 ほらきた馬鹿にしてくるぞ、ヤンキーの言動なんてお見通しだよ。


「そっかぁ。似たような話が漫画にあったのか。ゴボッゴホッ」


 ……意外だな、てっきり馬鹿にされると思っていたのに。

 アニメって言えば馬鹿にしてきたのかな?


「今すぐにでも動きたいけど、すまないがもう少し待ってもらっていいかな」


 ヤンキーにしては丁寧な言い方だ。


「はい、全然大丈夫ですよ」


 そういえば、僕は現場でこいつと話をしたことがなかったな。

 掃除しろとか、資材運べとか一度も言われた事ないや。


 ……けどそれってたぶん僕を信用していないのだろう。

 僕には仕事を任せられない、たぶんそう考えている……

 建築現場では、そういう奴等も珍しくなかった。


 う~、しかし暑いな。

 けど、日差しが強いお陰でライターはもう乾いたみたいだ。


「あの~」


「どうした?」


「ライターつけてみてもいいですか?」


「いいよ、好きにして」


 軽いな……

 

 っていうかこいつやっぱり馬鹿だ。

 この世界でのライターの価値を分かっていない。このライターはチート能力にも等しい。

 しかも、他人に譲ることも出来る。

 もしかしたら、このライター1つでこの世界で一生遊んで暮らせるほどの財が手に入るかもしれないのに……


 僕はライターを手に取り押してみた。


「カチッ」


 シュボっと音をたてて着火した。


 やったぁ、火が着いた!


 おっと、これは大切に使わないと。一応この馬鹿にも報告しとくか。


「弾正原さん」


「ん?」


「ライターつきました」


「そっかぁ」


 ……そっかぁって何だよ?


 これは凄い事なんだぞ。

 この世界を理解していないこいつと話していると、少しイラっとする。

 助けた恩を着せ、このライターを頂こうかな?

 そして、これを売って一生遊んで暮らすってのも悪くないな。


 ……こいつを助けてから何時間ぐらいたったかな。

 さっきから受け答えも普通に出来ているし、咳の回数も減ってきた。そろそろ歩けるんじゃないかな?


「そろそろ歩けそうだ」


 うぉ! 心で思っていた事を言われてびっくりした!


「まだ咳は出るけど、身体のだるさは軽くなったし体力も戻ってきてるよ」


 ……流石だな。


 建築現場でこの系統の人を何十、何百人も見たけどほぼ全ての鳶職人は体力が尋常ではなかった。

 弾正原は座った状態で上半身をひねったり腕を伸ばしたり軽いストレッチを始めていた。

 うーん、動けるならちょっとこいつで試したいことあるんだよな。


 頼んでみるか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る