5 異世界でも

 

 昨日、僕はインベントリを出せなかった。

 一応こいつにもやらせてみよう。 

 僕に出せなくて、こいつが出せるとかあり得ないと思うけど、物は試しだ。


「あの~、ちょっといいですか?」


「なに?」


「僕が合図出したら、インベントリって言って欲しいんすけど」


「インベントリ?」


 馬鹿、直ぐに復唱するな。きちんと気持ちを込めて言えよ。

 僕にも心の準備ってものがあるだろ。


「インベントリって言えばいいの?」


 だから~、合図を出してからだって!

 ほんとムカつくなぁ、こいつ異世界舐めてるだろ。


 けど、とりあえずこいつに驚いた表情はない。つまりインベントリは見えてないってことだ。

 まぁ、最初から結果は分かってたけどね。あと魔法の方も試しておくか。


「あの~」


「ん?」


「魔法の事を何か知っていますか?」


「魔法? チチンプイプイとか」


 くぅっくくくぅ、チチンプイプイっていつの時代の話だよ……

 駄目だ笑うな。ここで笑ったら、こいつの気分を損ねてライターも他の道具も手に入らないかも知れない。


 今は堪えろ、堪えるんだ!


「どうした?」


「いえ……何でもないです」


 ……危なかった。

 やっぱりもう少し知識を与えた方が良いな。異世界IQに差がありすぎて会話が成り立たない。


「普通異世界では魔法が使えたり、元の世界では絶対にあり得ない不思議な力とかがあるのですよ」


「……」


「だから弾正原さんにも試して貰いたくて」


「俺魔法が使えるのか?」


 だ・か・ら


「それを今からやってみましょう」


「俺、そういう知識は皆無なんだよな、悪いけど教えて貰えるかな?」


 そういうって、どうせ鳶と女性の知識しか無いだろお前は!

 まぁ、さっきもそうだけど、意外と素直だなヤンキーにしては……


「はい、僕もそんなに詳しい訳ではないのですが、僕の動作を真似して、言葉も復唱してもらえますか?」


「分かった」


「あと、身体の方は大丈夫ですか?」


「あぁ、今から足場組めって言われてもイケるよ」


 ……そこまで元気には見えないけどいいか。


 僕は立ち上がり、川の方を向いて右手を前に出して目の高さまで上げた。

 横を見ると、弾正原も立ち上がり真似をしてくれてはいるが、ちょっと待て!


 何僕の方を向いて手をかざしてんだよ!?


 もし仮に、本当にもしもだけどね、魔法が出たら僕が食らっちゃうだろーが!

 こいつ面倒くさい。


 元の世界では鳶の棟梁だか何だか知らないけど、この世界では薄紫の服を着て川から流れて来た桃太郎もどきなんだぞ。


 ……いつか絶対川に戻してやる。

 あと、いつのまにパンツ履いたんだよこいつ。まぁ、隠したい気持ちわかるけどね、フフフ。


「弾正原さん、川の方を向いてください」


「ok」


 okじゃねーよ、ったく。


「それでは行きますよ」

「それでは行きますよ」


 何で? ねぇ、どうしてそこから復唱始めたの?

 可笑しくない?

 わざとかな?

 うん、絶対わざとだよね。


 こいつ状況が分かってないよね、俺ら二人っきりでさ、食料もなく、頼る異世界人も知らないし、このまま死んじゃうかもしれないんだよ?

 二度もお前と一緒に死ぬかもなんて真っ平だよ。


 お願いだからちゃんとしてくれないかな。


「火の玉を想像してください」

「火の玉を想像してください」


 くくっ、こいつ……

 さっきは素直な奴とか思って損した。


 ふぅ~、落ち着け。無視しよう。


「その火の玉を右の掌で掴むようなイメージして下さい」


「……」


 ここは復唱しないのかよ!?

 やっぱわざとだな。


「行きますよ」


「……」


 また復唱しない…

 もういいよ、好きにしろ!


「我魂よ、炎になりて敵を焼き尽くせ!ファイヤーボール!」


「……」


 言えよ!

 ここの復唱は絶対でしょうが。


「弾正原さん、せめてファ……イ……ヤ」


 僕は何も、何も思い浮かばず無感情で、ただ、ただ黙って弾正原を見ていた。

 目で見たものが信じられなかったけど、音から僕の脳に情報が入ってきた!

 ガスレンジから激しく火が吹き出るような、そんな音だった。

 掌から20cmほど先に、ソフトボール大の火の玉がメラメラと大気を揺らし浮かんでいた。


 それを造り出した右腕は前後左右にぶるぶると大きく震え、スジばった筋肉から力で抑えようとしてるのが見てとれた。


「な、なんだこれは!? う、腕が、腕が千切れそうだ!」


「……」


 次の瞬間、火の玉は弾け飛び一瞬で消えていった。


 弾正原は、まるで激しい運動でもしたかのように、ハァハァと大きく息をして、汗だくで河原に倒れこんだ。


「うぅぅ、うぅ」


 せっかく体力を回復したのに、また動けなくなってしまったようだ……

 弾正原が大きく深呼吸をして、何とか身体を正常に戻そうとしている間、僕は無言で空を見つめていた。


 そして、しばらくして僕の思考がやっと回復した。


 どうして?

 どうしてあいつは魔法を使えたの。僕は使えなかったのに……

 あいつ、詠唱の所は復唱していなかった。

 つまり、無詠唱で魔法を使えたことになる……


 異世界もので良くあるチート能力の一つだ!?


 何で、どうして僕じゃなくてあいつなんだよ……

 結局オタクは異世界でも役立たずなのか!?

 僕はこの世界でもパシリとして生きていくしかないのかな……


 あはは、あはははははは。


 敗北感、喪失感、脱力感、何でもいい、好きな言葉を当てはめてくれ。

 もうどうでもいいよ。


 弾正原はどうやら僕を見て空気を察したのか、それともまだ体力が回復していないからかは分からないが、魔法について聞いてきたり大はしゃぎしたりすることはなかった……

 寝転んだり川の水を飲んだり暇そうにしている。


「なぁ、腹減ってねぇか?」


 そういえば、まるまる1日ほど何も食べてない。

 忘れるほどショックだったのか……


「やっと体調がましになってきたよ」


 そう言うと弾正原は立ち上がり川を覗き込んでいた。


「魚がいるじゃん」


 川に入り、浅瀬に石をⅤの字のような形に積み上げはじめた。まだ万全じゃないその身体でも仕事が速い。流石鳶の棟梁様だ。


 大きく開いている石組みの上流部分は、川幅5メートルほどの半分ぐらいはある。                 

 ものの10分か20分ほどで石を積み上げ、今度は無駄に大きなズボンの裾を縛りはじめた。


 僕にも何をするのか分かっていたけど、手伝う気力もない。

 

 せっかく乾いたズボンを川に沈め、積んだ石の下流側に石で固定した。

 川の流れで水が入りこれでもかと言わんばかりに大きく膨らむ鳶の作業ズボン。

 そして、僕の持ってきた棒を見つけると、上流からバシャバシャと音をたて、積んだ石の中に魚を追い込み始めた。


 積んだ石に沿って下流に逃げる魚の群れ。

 逆に上流に逃げようとする魚の前に川から拾った石を投げ行かせまいとする。

 作業ズボンの中まで追い込んで引き上げれば捕獲できるが、そう上手くは行かない。


 網ではない作業ズボンは水の抵抗をもろに受け、石で固定しているのにも関わらず、魚が入る前にむなしく下流に流れていった。


 弾正原は大慌てでズボンを追いかけるが苔のついた石を踏み盛大に川にこけた。

 そして水中から顔をだし、僕に向かって「おーい、大石。手伝えよ」と、言ってきた。


 ……仕方ないな。


 弾正原は泳いでズボンを取りに行き、僕は石組みの所で待っていると、魚ではなくズボンを捕まえた弾正原が戻ってきた。

 そして再び石で固定して、今度はズボンの裾を縛らず僕が手で握り、必要に応じて開けたり閉じたりすることになった。ズボンの中の水を逃がす役割で、あいつが教えてくれた。

 魚が入るまでは裾を握らず水を逃がす。ズボンの中に魚が入ったら裾を握り締め、あいつと同時にズボンを持ち上げる。


 しかし、これでも上手くいかない。


 上手く水を逃がすことが出来ずまた固定箇所が外れたり、僕の握るタイミングが悪く水だけではなく魚も一緒に逃げたり、ズボンの中に入っても上げる前に上流部側から逃げていったりと、明らかに僕達と水中の魚とではスピードが違った。

 それでも諦めずに何度も何度も同じことを繰り返した。


「いくぞ」


「うん」


 バシャッバシャッと棒で水中をかき混ぜる。

 あいつが入念に満遍なく丁寧に魚を追い立ててくる。

 僕はそのタイミングを、水面を凝視しなからひたすら待つ。


 魚と共にあいつが近づいてきた。


「いいか?」


「うん」


 魚がズボンの中に入ったのが見えた。


「今だ、握れ!」


 その声と同時に僕は力一杯両裾を握った、と同時にあいつがズボンに手を掛けた。


「あげろー」


 二人で水を含んだ重たいズボンを持ち上げた。

 作業ズボンから大量の水がこぼれ落ち、僕たちは小走りで急ぎ河原に上がる。

 そして、あいつだけが手を離すと、水と一緒に魚が落ちてきた。


「やったぁー」


 僕は思わず歓喜の声を上げてしまった。


 あいつは、夕日に照らされながら爽やかに微笑んでいた。

 その時の弾正原の表情といったら、もし僕が女性なら好意を抱いていたかもしれない。

 まったく、イケメンは得だなぁ。何をしても絵になる……


 捕った魚をジッと見て観察する弾正原。


「これ、イワナにそっくりだな」


 ……イワナ?


「イワナって日本にもいる魚ですよね」


「そうそう」


「そんなに似てます?」


「あぁ、何度も釣った事あるけど、そっくりって言うかたぶんイワナだと思うよ」


 少し不思議に思ったけど、そんな事よりお腹がペコペコで生でかぶりつきたいぐらいだった。


「よし、さっきの要領であと何匹か捕まえよう」


「はい!」


 弾正原と僕はコツを掴んできたようでその後イワナを捕まえるのに最初程の苦労と時間は必要なかった。


「ふぅ、もういいかな」


「は、早く焼いて食べましょう」


「そうだな、焚き火をしよう」


「大石は石を積み上げて簡単な釜戸作ってくれ。俺は薪を拾ってくるよ」


「分かりました」


 森の中に入って行くと思ったが、丸太橋の土台に乾いた枝が沢山落ちてた。雨などで増水して川幅が広がったときに引っ掛かったものだろう。

 その枝と枯草を、引っ張り出して持ってきた。


 細い枝を手頃な長さに折り、僕が組んだ釜戸に入れ枯草にライターで火を着けた。

 パチパチと音をたてて燃えていく火に、少しずつ大きな枝をくべる弾正原。


 ……手慣れている。


 そしてだんだん火が強く大きくなっていく。

 

 あぁ~、何とも言えない気分だ。

 長い年月、実家を離れていて、やっとの思いで帰ってきた瞬間のような気持ちだ。勿論僕はそんな状況になった事はないけど、例えです。


 捕れたイワナは全部で5匹、大きさは20数センチぐらいで大差はない。

 木の枝をイワナの口から差して、焚き火の近くに石で固定する定番の焼き方だが、竹串ではないので上手く刺さらないと思いきや、弾正原はこれまた器用にこなした。


 ……このヤンキーは役に立つ。


 焚き火のそばに刺したイワナが良い色に変わり始めた。見るからに美味しそうだけど残念ながら塩も醤油もない。塩を着けない魚って美味しいのかな?


 あぁ~、良い匂いもしてきた~。

 一日ぶりの食事だ、もう我慢できない。


「焼けたぞ」


 その声を聞いた瞬間、僕はイワナを手に取りかぶりついた。


 美味しい!


 塩がないのにこんなにも美味しいなんて思いもしなかった。普段なら骨を気にしてゆっくり食べるけど、止まらない。


 弾正原は「イワナは頭も骨も全部食べれるよ」と、言いながら焚き火を消していた。


 知らなかったけど、この時は言われなくても全部食べるつもりだった。食事をするってだけでこんなにも喜びの感情が芽生えてくるなんて、信じられない。

 元の世界だと、好きな時に好きな物を食べることが出来たから、ありがたみなんて感じたことがなかった。


 弾正原もガツガツと食べている。

 こいつは元の世界にいれば毎日可愛い女の子が作ったお弁当を食べていたのに、今は僕と塩もついてない魚をこんな場所でかぶりつくなんて……


 お互い難儀なことですね。


 2匹ずつ食べ終わったところで弾正原が「最後の一匹食べて良いよ」と言ってくれた。


「まだ具合が悪くて、食欲があまりないからさ」


 ふん、白々しい。

 さっき僕と同じぐらいガツガツと食べていたじゃん。半分こすればいいのに、何だか気を使わせて悪いね。


「じゃあお言葉に甘えて遠慮なくいただきます」


「あぁ、どうぞ」


 辺りはもう薄暗くなってきている。


 残念ながら獣道を調べる事は出来なかったけど、イワナを食べ、生きている事に感謝する気持ちがあった。

 僕はお腹が少し満たされたせいか、機嫌が良くなり、そして何故か以前から疑問に思っていたことを口に出していた。


「そういえば、焚き火で食べ物を焼く時に、火の中に直接食べ物を入れる人いますよね?」


「はははは、いるいる」


「あれって、表面は焦げて中まで火が通ってないと思うけど、テレビとかで見てていつも気になってて」


「あははは、俺もだよ。すげー気になってた」


「ですよね~」


「はははは」


 この夜の事は自分でも驚いた。

 たぶん、僕の方から今まで一度も話をした事が無いヤンキーと、こんな他愛もない会話をするのは始めての経験だろう。

 魚が捕れて、命をつないだ安堵感からなのか、この時の僕はいつもの自分ではない様な気がした。

 後で知った話だけど、魚を捕まえるために積んだ石組は、もっと簡単に魚を捕れる形があったらしい。


 無論あいつは知っていてわざと魚が逃げやすいV字の形に石を積んだのだった。


 なぜそんなことをしたかというと、切磋琢磨して魚を捕ると今のような状況になると予見していたのだろう。

 

 この時は短い時間だけど、ここが異世界だというのを忘れていた。

 友達とキャンプにでも来たかのように談笑していたが、昨晩と同じ不気味な唸り声が聞こえてきて、一気にその感情が冷めてしまった。


 実はさっき焚き火をしたり、魚を焼いてる時に匂いにつられて何かしらが集まってくるのではないかと不安はあった。

 しかし、空腹に堪えかねその危惧を無視した。

 恐らく命に関わることで、危機管理が全く出来ていないが、魔法を使えるこいつが居れば何とかなるんじゃないかって少し思ってしまっていた。


「凄い唸り声だな」


「えぇ、昨日も一晩中聞こえてました」


「……よく無事だったな」


「はい、それがまだ動物というか魚以外の生き物に出会ってなくて」


「出会ってたら終わってただろうな」


「はい、たぶん」


 そう……僕は魔獣に出くわしていたら、死んでいただろう。


「昨日はどこで寝たの?」


「あの丸太橋の土台にもたれて寝ました」


「そっかぁ……今日は交代で見張ろうか?」


「そうですね」


「俺らの武器は、ハンマーとシノだけか」


 シノって言うのかあの道具。


「武器って言ってもこんな短いとあまり意味がないな」


「そうですね……」


「頼りなのは大石の知識だな」


「そういえば僕の名前を」


「ん? あぁ、一応現場に入ってる人の名前は覚えてるよ」


 接点の無い僕みたいなパシリの名前まで知っているなんて、意外と細やかな性格なのかな?

 けど、ヤンキーなんて皆大体同じだ、大雑把で無神経で暴力的、おまけに自己中。


「沢山聞きたい事あるけどいいかな?」


 こいつが魔法使えて僕が使えなかったのはショックだった。けど、そんな事に拘っていたら生きていけない。しかも、現状こいつに頼るしかない……

 けど、それはこいつも同じで、僕に妙に気を遣ったり優しかったりするのは知識目当てだろうな。


「はい」


「ざっくりで良いからこの世界の事を教えてくれないか」


「……そうですね、前にも言いましたが僕の知識は漫画とかで得たもので、リアルな話を聞いたりしたわけじゃないですし、ここに当てはまるかも分からないですけど」


 と、前置きした上で大まかな説明をした。


 人間以外の種族がいる事や、剣や魔法で戦い、僕らの世界と比べ文明等はかなり遅れていること。

 今聞こえている唸り声や鳴き声はたぶん魔獣と呼ばれる生物で人間を襲う。

 あと、法律などは無きに等しく、無法地帯と変わらない世界だと説明した。


「言葉は通じるのかな?」


「正直分からないです」


「……言葉が通じなかったらおしまいだな」


「はい、凄く重要な部分です」


 弾正原は下を向き何かを考えているように見えた。

 そして再び僕の方を見た。


「俺らはどうしてこの世界に来たと思う?」


「……そうですね、定番なのはこの世界の人達を助ける為です」


「人助けか……とりあえずどうしたい?」


 どうしたいも何も、お前が来るまで僕は勇者でこの世界の人々から尊敬されてハーレムを作り、最高の人生を歩むと思っていたよ。

 魔法が使えるヤンキーの出現で現実を突きつけられ夢さえも見られなくなって、テンションがた落ちだ。


「この世界の人を探すのが最優先かなって」


「あぁ、そうだな。問題は探し方と探す相手だよな。とりあえずここなら水に困ることもないし、魚も沢山いる。唸り声は聞こえるが、魔獣を見てないなら安全な場所かもしれないし、橋や獣道もあるからそのうち誰か通るかもしれない」


 留まるってことか……

 たぶんそれがベストなんだと思うけど、獣道は雑草が生えていて最近人が通った形跡がない。

 例え誰か来てもそれは1年後かも知れないし、生きていくのに必要な塩がないのも心配だ。

 僕一人なら魚を捕まえる事も出来なかったから、最優先で人を探す必要があったけど、今ならこいつもいる。しばらくはここを拠点にして少しずつ探索していけば……


「ここに留まって少しずつ探す範囲を広げましょうか?」


「そうだな、それが一番だよな」


 ……意外だな。ぼくの意見に同調した。


 何も考えず冒険に行こうぜとか、言い出すかと思っていたけど、ヤンキーにしては慎重な性格みたいだ。


「先に寝て良いよ、俺見張りするよ」


「あの~」


「どした?」


「魔法ってどんな感じでした……」


 僕の目を見たあと川の方に視線を向けた。


「うーん、兎に角疲れた、今まで感じた事のない疲労感だったよ。あと、気持ち悪かった」


「気持ち悪いって吐き気がしたとか」


「いや、そういうのじゃなくて全身の感覚を感じるって言うか、誰かに触られているっていうか。女の子とベッドの上で使えたら楽しかったのにな」


 最後の一言要らないだろ。


「コツとかあると思いますか?」


「大石の言った通りにしてたら、急にそういう感覚になってさ、掌がだんだん熱くなって……」


 特別な事は何もしていないと言いたいのだろう……

 つまり僕には才能がないだけなのかもしれない。


「出来る事なら二度と使いたくないな……」


 ……元の世界の狭い範囲ではあるが、そこそこ名が売れていたヤンキーがそこまで言うなんて。魔法を使うのは生半可な事ではないらしい。


「もう寝て、明日から忙しくなるよ」


「そうですね、じゃ、お先に寝ますね」


「あぁ、おやすみ」


 昨日は、横になると身体が痛くて河原で寝れなかったけど、上着を借りて枕変わりにし、慣れなのか疲れからか解らないけど昨夜ほど苦でなく直ぐに眠りについた。




 異世界か……


「弾正原君、君は良い身体してるね~、異世界行ってみない? 楽しいところだよ。

君の好きな綺麗な女の娘沢山いるし、魔法も使えるよ~」


「あははは、何処のキャバクラっスか!? 魔法ってオプション料金かかるやつでしょ?」


 ……本当だったとはね。


 今のところ、全然楽しくなんてないっスけど……


 弾正原は心の中でつぶやき、異世界の満月を見上げていた。




 元の世界では……


 深夜、建築中のマンションの屋上で中年男性が火のついていないタバコを咥え、そこからの眺めを見ていた。

 男が右手の人差し指を立てると小さな炎が出る。

 そしてその炎で煙草に火を着け、煙をゆっくりと吐き出した。


「無事に送れていれば良いが……」


 風がたばこの煙を上空へと運んで行く。

 その先には異世界と似た満月が輝いていた。



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