20 表裏



 ここは冒険者ギルド、イプリモ支部の支部長室。


 支部長の許可無しでは誰も入ることが出来ない部屋に、シャリィは無断でドアを開け入って行く。


 中は椅子と机、そして数台の本棚あるだけの簡素な部屋。


 しかし、魔法によって床に隠されたドアがあり、シャリィが何やら呟くと入り口が現れる。


 そして、鍵言葉で入口を開けると、今度は地下へと続く階段が現れた。


 その階段を下りてドアを閉めると、自然と元の床に戻った。


 地下への階段を降りると、20m程の通路に繋がっており、シャリィが通ると自動的に照明が灯ってゆく。

 突き当りまで歩くと、またしても特別な魔法が施されたドアがある。


 シャリィが掌をドアに当てると、鍵が開き、ノックもせずにドアを開け中に入る。


 部屋の中央にある大きなソファーに、先ほどコレットと共にシンに賭けていたこのギルドの支部長とピカルが腰かけていた。


「遅かったな、座れよ」


 そうシャリィに声をかけた大きな男の名は、マガリ・リーベルタ。


 元Aランク冒険者で、現在は冒険者ギルド、イプリモ支部長である。 


 そのマガリに促され、ゆっくりとソファーに腰を降ろすシャリィ。


「さぁ、話合いをしようか」


 そうマガリが口を開くと、シャリィが話を始める。


「あぁ、まず店の権利だが、思っていた通り要らないそうだ」


「ふ~ん……」


「フンッ! あのガキ、わしの店の価値が分かっていないみたいじゃの。何処の田舎者いなかもんだ!?」


「ウース出身らしい」



 はぁ~あ~あ、ウース……



 シン達の出身地を聞き、心の中で大きなため息をするマガリ。




「ウースねぇ~。で、どうしてあんな役をわしにやらせたんじゃ?」


「別に深い意味はない」



 ケッ、嘘つけ!


 口には出さないが、好意的ではないマガリ。



「ただ、あの二人は、私のシューラにする」


「二人もか?」


 そう言って驚くピカルに続き、マガリも声をあげる。


「今までシューラを取らなかったくせに、一度に二人も…… どういう風の吹き回しだ?」


「別に…… 私もそろそろSランク冒険者としての義務を全うしようと思ってな」



 くくくぁははははは、笑わせるな!


 怒ったように心で笑うマガリ。



「ふ~ん」


 一方ピカルは、他人事の様な返事をした。


「まぁいいだろう。で、ガイストンとあの兄ちゃんの試合は、八百長じゃないのだろ?」


「あぁ」


「そいつはわしも保証する。ガイストンには手加減は必要ない、ぶっ飛ばせとしか言ってない、奴は本気じゃった」


「そうか……」


「……あのガキ、見た事も無い動きをしやがった。

 ガイストンのパンチを避けた瞬間、いや、避ける動作と攻撃が一緒になっていて、身体を傾けながら、左ストレートをガイストンの右ストレートの下から、アゴにクロスカウンターで入れやがった。

 恐らくガイストンは何も見えちゃいねーだろ…… わしは長く拳闘にたずさわっているが、あんなのを狙ってやっている奴を見たことがねぇ」


「……」 「……」


 マガリとシャリィはその説明を黙って聞いていた。


「まぁ、掛け金はわしが貰う代わりに、詮索しないって約束じゃったな。守るよ」


「おぃピカル、賭けに負けた奴らに少しは返してやれよ。俺の勝ち分は返さないがな」


「ケッ、分かっとるよ。同じことを考えていたんじゃ、わしも!」


「嘘つけ! ケチなくせに!」


「ほんとじゃ!!」

 

 二人が口喧嘩を始めそうになると、シャリィがその会話に割って入る。


「とりあえず店の経営者は、しばらくは私という事で頼む」


「はい~、はい」


 ピカルは、呆れたような返事を返した。


「では、私は上に戻る」


 シャリィは立ち上がり、ドアへと向け歩き出す。


「おいシャリィ、信じて良いよな?」


 マガリは真剣な表情でシャリィに問いかけた。


「……何の事か分からないが、何も問題はない」


「チッ、分かったよ」 「……」


「二人のウクエリ書は提出してある。私のシューラとして登録を急いでくれ」


「はぁ~、分かった分かった」


 シャリィはドアを開け、部屋から出て行った。


「……」 「……」


 二人が何やら真剣な表情で考え込んでいると、再びドアが開く。


「うぉ! なんじゃ、戻ったんじゃねーのかよ?」


 そう言って驚くピカル。


「マガリ、受付嬢を降格させないように頼む。あれは・・・私のシューラの不手際だ。彼女には何の落ち度もない」


「……分かった、確認しとくよ」


 ピカルは、再びドアを閉め、ロビーへ戻って行くシャリィを見届けると、マガリに問いかけた。


「いいのか支部長さんよ、シャリィの好きにさせて」


「はっ? 良いも何も、Sランクのあいつがシューラを取るだけなのに、俺が何を反対するっていうんだ?」


「はいはい、そうじゃのう~」




 ……あの二人が何者かハッキリ分からない今、別に俺の妄想まで本部に報告する必要はない。


 もし、それを報告しちまうと、誰に伝わるか分かったもんじゃねぇしな。


 なんてな…… どうせもうバレているだろう。


 そうなると、本部にはそれなりの報告をする必要がある……


 はぁ~、いっそ嘘の報告をして、怒った本部が俺を首にしてくれねーかな?


 だけどな~、そうなると色々と俺に制限がかかるだろうしな~。一兵卒に戻りたいけど、自由が無くなるなんて嫌なこった。


 それならシャリィの好きにさせて、混乱のうちにドサクサ紛れに支部長なんて辞めてやりゃ済む話だ、フフフ。




 あいつの動き……


 うちの奴らにも真似させてみるか。


 今度の対抗戦で役に立ちそうじゃ。


 ……シャリィとの約束は守ってピエロは続けてやる。


 だが、わしの事をハゲと呼んだ奴は許さねぇ! 覚えとけよ~田舎者いなかかもん






「やっほー、シャリィ」


 ロビーに戻って来たシャリィにコレットが声をかける。


「おはようコレット」


「シン君の試合見てたよー。稼がせて貰っちゃった、うひっ」


「そうか……」



 ユウは、あの後直ぐに意識を取り戻した。


 コレットに可愛いと言われ、頭に血が上りすぎ、のぼせて一時的に意識を失っていただけであった。


 


「シャリィ、今からどうするんだ?」


「説明を受けたと思うが、まずは2階の部屋で講習だ」


 いえ、アグノラさんは逃げるように奥の部屋に入って行ったきり戻ってきてなくて、説明を受けてないですよシャリィさん……


「コウシュウ? ユウ、何の事だ?」


「えーと、たぶん勉強だと思います」


「お勉強だと!?」


「あぁ、ユウの言う通りだ」


 勉強と聞いたシンの表情が曇っていく。


「……あー、そういえばさ俺、えーと、拳闘見てくるよ」


「駄目だ」


「じゃメシ食ってくる」


「さっき食べたばかりだ」


「川に洗濯に」


「バニ石を渡しただろ」


「山に芝刈りに」


「必要ない」


「森に忘れ物を……」


「嘘をつけ」


 いや、スマホとか無くしてるから本当なんだけど、そこまでハッキリ言われちゃうと……


「……どうしてもお勉強に行かないとダメ?」


 大きく頷くシャリィ。


 そのやり取りを見てクスクスと笑うコレットちゃん。

 そして、僕は呆れていた。


「すみません、シャリィ様宜しいでしょうか?」


 突然アグノラさんと同じ制服を着たギルド職員が、シャリィさんに話しかけてきた。


 内容は聞き取れなかったけど、シャリィさんの最後の言葉だけは聞き取れた。


「承知した」


 シンはその間に、コッソリと外に出て行ってしまった。


 シャリィさんは横目で見て気付いていたが、何故か止めようとしなかった。

 どうしてだろう……


「シ、シンが出て行ってしまって……」


「あぁ、かまわない。予定が変わった」


「すみません、お手数をおけします。それでは2階の部屋の方でお待ちください」


 ギルドの職員が、シャリィさんにそう伝え、その場を後にした。


「ユウ、行こうか」


「はい、分かりました」


「またねー、シャリィ、ユウ君」


「うん、ま、またねコレットちゃん」



 シャリィさんは、コレットちゃんに微笑みながら頷いていた。



 あぁ~、コレットちゃん、今日も可愛かったなぁ~。

 講習が終わったら、また会いたいな~。



 シャリィさんと2階にある部屋に向かっていると


「発言は最小限に」


 シャリィさんが小声で呟いてきた。


 意味が分からなかったけど、今までと違う雰囲気を感じて、前を向いたまま無言で頷いた。


  

 少し前を歩いているシャリィさんから、何か威圧感のようなものを感じる。

 先ほどまでとは、別人のようだ……


 今から……何かが起きる……

 そういう予感を、ひしひしと感じ始めていた。


 僕は、今日からSランク冒険者の弟子なんだ。

 そして、僕にはこの世界の人達の平均より、3倍の魔力があるんだ。



 僕だって…… 僕だってシンみたいに、この世界の人間に勝ってやる!

 何でも来い!



 2階の部屋には席が8×8、全部で64席。


 そして、教壇も黒板のような物もあり、学校の教室みたいで懐かしい感じがした。


 僕はシャリィさんに言われ教壇から見て左奥の角席に座った。


 シャリィさんは、教壇の横に置いてある椅子を、壁際まで持って行き、横向きに置いて無言で腰掛けた。


 僕から見ると、左斜め前方で、かなり離れた所にシャリィさんは座っている。



 ……ギルドの職員が話しかけてきた時、逃げ出すシンを止めず、そして今も無言。


 今のうちにこれから何が起きるのか、説明をしてくれてもいいと思うけど、それが無いと言う事は……



 もしかすると、僕は…… 試されているのかもしれない。




 その頃、1階では……


「ハァハァハァ、お待たせしちゃいました~、遅くなって申し訳ありませーん」


 ……あれ?


「あれれ? シンさーん、ユウさーん、何処ですか~? この後、2階で講習がありますのでご説明いたしまーす」


 無論、返事はない。


「……ねぇ、私のダーリン何処行っちゃたの~? デートはいつなの~? ねぇー、ねぇーったらぁ!」


 ロビーに居合わせていた冒険者達は、冷めた表情をして、無言でアグノラを見つめていた……


 それに気づいたアグノラは一言だけ声を発した。


「……エヘヘ」

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