第52話 襲撃
「よいのか?」
牧野様からの重ねての問いに、是田が答える。
「代を払うとまで仰せいただきました。
これで馳走せぬは、我が『はずれ屋』の名折れにございます」
「『はずれ屋』の名は聞いておるぞ」
「ありがたき仰せ」
うちは、おひささんがいるからね。
形式的には、上級武士の本膳料理にだって対応できるぞ。で、中身は数百年後の進化した料理だ。味の虜にできないはずがないよ。
でもさ、ホント、賄賂って良くない風習だけど、最初はこういうものだったんだろうね。
無邪気にも、「縁ができたからアンタんとこのものが食べたい」と言う。ただ、それだけ。
こちらも、恩があるし喜んでくれるなら是非、とそれだけ。
それだけのものなら許しちゃった方が、世の中ゆるくて過ごしやすいんだと思う。
でもねぇ、許したらエスカレートするのもわかるし、いわゆる贈収賄の悪意に取って代わってしまうのもわかるんだ。
「さすがに、今日の今日では準備もできませぬ。
また、牧野様も、ご一緒されるご同輩への声がけ等もございましょう。
3日後に改めて再訪させていただく、というのではいかがでございましょうか?
また、蕎麦を始めとする『はずれ屋』の料理に加え、我らが秘技を尽くした蘭に限らず世界の料理をご希望されるのであれば、
是田が上手く時間を稼いだ。
「厨についてはよかろう。
人数は、10人ほどでも大丈夫かの?」
おおう、のりのりだな。
「お任せくださいませ」
そう僕は胸を叩く。
江戸の壮年の武士の集まりだったら、本膳よりパワー系のものの方がウケがいいはずだ。鶏の唐揚げとか、餃子とか、和風のピザとか居酒屋メニューでイケそうな気がするんだ。そして、僕たちには情報端末がある。レシピ検索には困らない。
その上でおひささんに相談すれば、きちんと着地させてくれるだろうし、1日あれば日本中から食材は集められる。
うんうん、ノックアウトしてやるぞー。
僕たちは、牧野様のお屋敷を出た。
なんか、事態がうまくいきそうだって気になっていると、秋の空もより高く澄んで感じられるよね。
武家屋敷は城に準じるものだ。
だから、庭木も食用になるものが多い。松だって甘皮を取って食べるためのものだ。そのせいか、季節柄、塀の上に柿を始めとして色とりどりの実も見えて、コントラストが良くて美しい。
僕と是田は「唐揚げがいい」とか、「いいや、焼鳥がいい」とか話しながら歩いていた。
武家屋敷の連なりが終わり、通りからちょっと外れれば畑が見えるような場所まで来て……。
僕たちはなんの前触れもなく、侍の一団に取り囲まれていた。
そして、次の瞬間、彼らは一斉に抜刀した。
「牧野の拝領屋敷から出てくるところを確認したぞっ!」
「昨日の使いは、やはり幕府の役人からのものだったではないか。
武士の風上にも置けぬっ!」
「もはや、言い逃れは許さぬっ。成敗っ!」
「そろばんばかり弾きおって。恥を知れっ!」
えっ、えっ、ええっ!?
これって、旧越後高田藩士!?
おひささんの旦那とそのご母堂が話していた、例の越後高田藩の改易、藩主の蟄居処分の責任をすべておひささんの旦那におっかぶせる人たちだなっ。
「四郎、わしはこの者たち、そしてお前の師として、騒ぎを起こさぬために尽力してきた。そのためにも、お前を庇ってきたが、もはやこれまで。
今までこの者共を止めてきたが、わし自身がお前を斬らねば収まりがつかぬ。
覚悟せい!
それから、そこの町人2人、お前たちは邪魔だ。
早々に立ち去れ」
と、最後に一番年配の侍が言いざまに腰のものを抜いた。
僕たち、真っ青になった。
口撃であれば、僕たちはほぼ無敵かもしれない。
でも、問答無用の物理的攻撃には打つ手が無い。
だからと言って、「はい、そうですか」と逃げられるかよ。
野次馬たちが遠巻きに僕たちを見ているけど、その人数もどんどん増えるばかりだ。
奉行所の同心とか通りかかっても、「お家騒動の一環で犯罪じゃない」と止めてはくれないかもだし、詰んだかも……。
おひささんの旦那、今日一日やたら無口だったけど、ここでようやく口を開いた。
「目太殿、比古殿、逃げられよ」
って、セリフはそれかよっ!?
よってたかって、「逃げろ、逃げろ」と僕たちのことを役立たずみたいに……。
まぁ、実際そうなんだけどさっ!!
「今回、牧野殿の屋敷では、
あくまで、目太殿、比古殿の紹介に同道したのみ。
これは牧野殿も証してくれよう。
天地神明に誓って、我が身は潔白。
よって、某は膾のように斬られようとも抜かぬ。
存分にするがいい」
おひささんの旦那、そう言い放つと、通りの真ん中にどっかりと座り込んだ。
そう言えば、おひささんの旦那、牧野様の屋敷でもいやにおとなしかったな。あいさつ以外、口も利かなかったし、牧野様も話しかけていなかった。
それは、こういうことだったのか……。
「いい覚悟だ。
だが、ことここに至っては、もはやお主を斬らねば収まらぬ。
せめて一太刀で楽に送ってやる」
そう言って、一番年配の侍が刀を大上段に構えた。
一太刀でって、このままおひささんの旦那の首を落とす気だなっ!?
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