閑話休題 法整備の完了


 こんな申請事例が増えた結果、例によって、他の法律と同じように「時間整備改善法」には「時間整備改善法施行令」が作られ、「時間整備改善法施行規則」と「時間整備改善にともなう人道的判断に関するガイドライン」なんてものまでが作られた。

 だけど、担当行政部署の人間と関連業務をする弁護士以外、誰も読んでないんじゃないのかとは思う。


 でも、こんなのでもあれば、担当は無茶苦茶なことを言う申請者からの矢面に立たなくて済む。

「法律で決まっているからダメなんです」と言えないと、下手すると担当は殺されかねないからだ。


 別にオーバーな話じゃない。

 考えても見て欲しい。

 この申請が許可になれば1億儲かるのに、役所の担当わからずやが首を縦に振らないからその儲けが逃げる。

 そう思われた時の圧力は、凄まじいものになる。

 選良と呼ばれる人たちからの圧力に始まって、しまいには自分の子供が通う小学校まで圧力がかかったりする。


 そのような申請者から、「お宅のお子さん、可愛いねぇ」と言われたときの怒りと恐怖、わかっていただけるだろうか。

 その言葉が意味することは、担当個人の住所、家族構成まですべて調べたぞっていうことに他ならない。

 僕にはまだ子供はいないけど(奥さんもいないけど)、「うちの子に手を出したら殺す」と言い返した先輩もいるってのは、僕にとっては心底同意できる話だ。


 それでも、法律で決まっているとなれば、それも罰則込みで決まっているとなれば、今の担当を殺したとしても次の担当も首を縦には振らない。だから、今の担当を殺しても仕方がないということにもなる。


 許認可は申請者の欲が絡むだけに、ましてその効果の換算金額が大きいだけに、「殺される」ということは冗談では済まないんだ。

 この僕だって、世界的大企業のCEOの名前を持ち出されて、その「CEOが雄世さんに頭を下げたら許可してくれますか?」って、怖いわっ。

 コレ、そういう筋の話じゃないだろっ。

 これを断った時には、その後の一週間の家への行き帰り、同僚に付き添ってもらったよ。独りになるのは危ないからってね。



 そもそも、「人類に流れた時間を改変(彼ら「人道主義者」が強く言うには「改変」ではなく「改善」だし、それによって時間の流れを「整備」するんだそうな)するという絶対善の邪魔をするなんて、この無駄飯ぐらいの公務員がっ!」って非難するけど、野放図な時間の流れの改変は人類滅亡にすらつながりかねない。

 それだけじゃない。

 申請者の数だけ「正義」があるし、複数申請間の「正義」の対立コンフリクトを最小限に抑えるためにもこういう制限は絶対に必要なんだ。


 例えば、過去に未来の文物は持ち込めない。

 さっき例に挙げた、関ヶ原の合戦に重機関銃を持ち込むことは、最初から許可されない。

 これを許せば、核兵器や時空兵器が持ち込めない理由だってなくなる。そうなった時の時間の流れの混乱はもはや収拾がつかない。これについてはもう、説明するまでもないと思う。


 そもそもだけど、時間の流れを改変した結果、ご先祖様がいなくなって消えてしまう人だっている。

 その問題についてはどう考えるのかという問いについて、「人道主義者」はこう答えた。 

「消えてしまう人たちは最初からいなかったことになるのだから、痛みとかアイディンティティの喪失とかとは無縁。つまり残酷さのかけらもなく、問題として提起するほうが間違っている」

 と。

「むしろ、今生きている人たちは、人道的な問題において加害者側だったからこそ今の時間上に生存している。つまり、消えたということは罪を償えたということで、むしろ喜ぶべきことなのだ」

 と。


「お前自身だって消えるかもしれないんだぞ」って反論も「人道主義者」には通用しなかった。

「先祖の非人道的な行為の結果、子孫として今を生きているのであれば、自分自身であってもさっさと消えるべきだ」という、ある意味無私の訴えによって、もはや「人道主義者」の主張を抑えることはできなくなった。


 そして、「苦しんでいる人たちは過去にたくさんいたのだから、人道的に救済の手を伸ばすべきだ」という意見は、「瑕疵のない歴史を持つことで、人類は遥かに短い時間でより高みに達することが可能になる。時間改変への反対をするということは、人類の進歩に対する反逆である」と、さらに一歩、反対を唱えられない論理を作った。



 その一方で、「時間改変の度合いが一定のしきい値を超えた場合、人類滅亡まで行かないまでも、想定不可能な取り返しがつかない事態になりかねない」という議論まではさすがに封殺されなかった。

 時空の流れにおいても、バタフライ効果はありうることとされたからだし、そのリスクは、人類誰しにも等しく降りかかるものだからだ。


 特にあってはならない事態と想定されたのが、時間改変によって時間移動技術が発明されなくなってしまうということだった。これは、時間整備改善が想定外の経過途中で終わってしまうことを意味し、元々の歴史よりも非人道的結末を迎え、人類史そのものが終了してしまう可能性さえあった。

 また、この状況を目指したテロも想定された。これが成功した場合、そのテロ組織だけが時間跳躍機を独占することになる。そうなったら、人類は過去から未来永劫に至るまで、永遠にこのテロ組織に屈することとなってしまう。

 そのため、時間移動技術が発明されない時間線への変位は、なんとしても避けなければならないと結論付けられた。


 そこで、「時間整備改善法」は施行後たった2ヶ月で改正され、「改正時間整備改善法」となり、そこに追加された条文によって「時間整備局」は僕たちの「時間整備部」に加え、更新世の昔に「時間管理部」すなわち、ベース基地と呼ばれるものを作ることになった。

 更新世、つまり、人類が生まれるよりはるか昔だ。

 そこから時間の流れを記録し、未来を監視し、時間の流れの改変に失敗したりテロが起こされたら、リセットしに行けばいいということにしたのだ。


 なお、更新世ものはるかな昔にベース基地を作ったのは理由がある。

 時間跳躍機で、更新世までの時間距離は往復ができない。

 つまり、ベース基地を対象にテロを起こすにしても、起こし逃げはできない。ベース基地でエネルギーの補給ができないと、元の時間に帰ることはできないから、この時間距離がそのままテロに対する抑止力なんだ。


 それだけじゃない。

 僕たちと同じ法律で作られた組織とは思えないほど、ベース基地は徹底した防衛体制が充実していて、局内の僕たちの部さえも含めてどのような組織の思惑からも独立している。説明を聞いた範囲じゃ、軍事基地みたいなもんだ。

 僕なんかが人事異動で行くことはありえない。

 とんでもないエリートと、各時空、各エリアからスカウトされた戦闘力を持つプロによる組織になっているからだ。


 で……。

 ベース基地の完成は、時間改変について何回でもリセットしてやりなおせるという意識を生んだ。そして、そこから生まれた世論は、「相当に乱暴な時間改変計画であっても許可をするべき」というものだった。

 どうせ失敗してもやり直せるのであれば、大胆にメスを振るった方が時間の流れの改善は効率的に進む、という世論だ。


 そこで、「改正時間整備改善法」は再度改正されることになった。同法第五条第一項ハに基づいて作られた「人道的時間改変計画書」に不備がなければ、その法執行機関はその計画の実行について「許可することができる」から「許可せねばならない」に条文が書き換えられたんだ。

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