第68話 机がないっ。馘首なの?
そこで、是田の声が聞こえてきた。
「カレーうどんが、彼らを釣り上げる餌だっていうのは理解しました。
それはいいとして、俺たちが料理できないことも知っていたはずなのに、なんでカレーうどんを完成させられると思っていたんですか?」
と、これも当然の質問。
「お前たちの能力はよくわかっている。
なんだかんだで完成させるとは思っていた。
でなければ、お前たちの直属の上司なんかやってられないからな」
絶対ウソだ。
そんなこと、パンの上に振られた芥子の1粒ほども思ってないはずだ。
えつ、ばっ、バッカじゃねーの、是田。
なんで、うれしそーに笑ってるんだよっ。
是田、お前な、係長の言葉でデレてるんじゃねーよっ。
芥子係長が俺たちを褒めたとしたら、そこに裏がないわけないんだからなっ。例えば、この話を強制打ち切りにしたいとかっ。
是田は使い物にならないって断じた僕は、改めて係長に聞く。
「だって、賭けではあったでしょう?」
「いいや、賭けじゃない」
「なんでですか?」
「お前たちに知る資格はない」
ほら見ろ、裏があったじゃねーかっ。
「なんですか、それっ?
時間管理部ならともかく、僕たち、基本そういう軍みたいなノリはないでしょ?」
「皆無ではない」
……一体全体、なんなんだ。
なんで、ここで情報の制限がされるんだ?
「……じゃあ、じゃあですよ、はずれ屋の裏に縛り上げた男に筵を掛けて放置してきちゃったのも……」
「なんの問題もない」
行動の主体は、佳苗だ。
江戸の社会通念上問題ない行動を取っただけだから、法令違反は成立しない」
「え、それはそうですけど、すべて彼女1人のせいに?」
「『せい』になどしていない。
『事実』がそうなっている」
……マジかよ!?
いくら佳苗ちゃんにはなんの罪も生じないからって、丸投げでいいのかよ。
ってか、それコミでの鰻丼、天丼、親子丼かよっ?
うーん、芥子係長に聞いても、隔靴掻痒っぽい。
どうにも核心に迫れず、問題の表面をなでているだけで撃退されている気がする。
とはいえ、実際に渦中にいたのは僕たちだ。
いくら情報統制の壁が高くても、僕たちが見てきたものの中に答えはあるはずなんだ。
だから、なにか見落としがあることに間違いはない。
……考えてみれば、おひささんとの巡り合いだって、運が良すぎるしな。
なんかあるんだよな、なんかが……。
「では、帰るぞ。
生宝氏が気がついたら、めんどくさいことになるからな。
雄世、そちらの時間跳躍機の操作はできるな?」
その言葉で僕、すべての疑問なんか吹っ飛んじゃったよ。
「はいっ!!
戻時と空間座標をください!」
帰れるんだ。これで自分の時間に。
帰れるんだ。これで帰れるんだっ。
本当なら、人間として、佳苗ちゃんとおひささん、ひろちゃんには別れの挨拶くらいするべきなんだろうとは思う。
でもね、僕たちにその行為は許されていない。
「これから常世に帰る。
ありがとう」
そんな挨拶したら、現時人の不要な接触を増やしてしまうことになるからだ。
突然の失踪、それが一番いいんだ……。
辛くても、ね。
ひろちゃんは泣くかも。
おひささんは、唇を噛むだろう。
佳苗ちゃんは絶対泣く。
蕎麦屋台の元締めだって、ため息の一つくらいは吐いてくれるだろう。
みんな、もう会うことはない。
……予想外に辛いな。
せめて……。せめて佳苗ちゃんにはもう一度会いたかった……。
僕たち、ようやく自分の時間に戻ってきた。
自分の情報端末も係長から取り返した。是田のも、電源が入るようになった。
これで再び自分の部屋で、自分の冷蔵庫を開けて、自分の冷えたビールを飲むこともできるんだ。
そう思いながら時間跳躍機を降りて、決心を固める。
今回のこと、絶対ナシにはしないぞ。係長が僕たちを置き去りにしたこと、次長と所属長に言いつけてやるっ。
そう決心して、是田とも視線でその意志を確認しあって事務室に戻ったら、僕たちの机、四係の島から撤去されていた。
今や、係長と是田以外の先輩2人分、計3つの机しかない。
戻れたらああも言おう、こうも言おう、次長にも所属長にもぶっちゃけようと思っていた僕と是田、事務所の床にへたり込んだ。
なんで?
僕たち、
ここまでやって、ここまでされて、その挙げ句にいきなりの懲戒免職なん?
そこまでされるような、そんななにか失敗を僕たちはした?
僕たちの身分保障は?
組合はなにをやっているんだ?
すでに机がないってことは、もう懲戒免職の手続きは終わっているってこと?
どうしてこんな仕打ちを受けなきゃならないの?
是田が再び、いや、今回は声を上げて泣き出した。
僕も、こんな仕打ちにはもう耐えられない。
僕は床に丸くなって、やっぱりさめざめと泣いた。うん、退行していたんだ。
次長がやってきて、僕たちの横にしゃがみこんだ。
そして、へらへらと笑いながら声を掛けてきた。
「今まで、ごくろうさん」
ついに僕、なにもわからなくなった。
……気絶したんだと思う。
目が覚めた時、横にあったのは泣き濡れた是田の寝顔だった。
妙な感じに微笑んでいる。
あー、現実を見ていない顔だなー。だからダメなんだよ、この人は。
僕たち、そのまま構わず事務所の床の片隅に寝かされていた。
せめて、椅子を繋げて、そこに寝かせて欲しかったなぁ。
民間企業だったら、ここまでひどい目に合わされないんじゃないかなぁ。公務員社会では、若いというのは罪悪と同じだからなぁ。
僕の頬を改めて涙が伝う。
その僕の顔に、A4の紙がはらりと落ちてきた。
「復命書書いといたから、ハンコだけついとけ。
感謝しろよ」
……どういうこと?
出張の復命書を僕が書かされずに済んで、係長が自ら書いてくれたのは奇跡だとは思うけど、なんで書いたの?
で、ちょっと係長、たった2枚しかないんですけれど。
そう思って視線を上げ、係長に睨み返されて僕、なにも言えなくなって、起き上がってそれを読みだした。
まだ書類として日付とか入っていないから、まだ馘首になった僕たちの意見が反映される余地はあるってことだな。
あんまりに我田引水の非道いこと書いていたら、せめて最後のあがきに抗議するぞっ。
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