第15話 成算あり
「では、1日、たった1日でよろしゅうございます。
おひさ抜きで、1日で1両、稼いで見せてくださいませ。
したらこの婆、もはやなにも申しますまい」
「そのくらいなら、赤子の手を捻るがごとく造作も無いこと」
おいおい、言い放ったな、佳苗ちゃん。
「では明日、明後日でも?」
「よろしゅうございますとも。
明後日、『はずれ屋』を開けましょう」
佳苗ちゃん、アンタ、マジで言っているのか!?
僕だけじゃないと思う。
是田もきっと、あまりのことに目の前がぐんにゃりとゆがんで、くらくらめまいがしたはずだ。
おひささんが全開で蕎麦を茹でて、メニューにカレーうどんまであっても1日に2両には届かない。それこそ、店の前が客でごった返す状態ですらね。
で、僕たちだけで1日で1両。
それも佳苗ちゃんの独断で。
うーーーん。
料理下手の僕たちが、大量の蕎麦を茹でて、すべてを一定以上のクオリティにするなんて、とてもできるとは思えない。
かといって、白旗は揚げられないし……。
いったいどうしたら……。
「それでは、一旦失礼させていただき、目太様と比古様と話して参ります」
きりっとした顔で、佳苗ちゃんが言う。
「あ、ああ」
滅茶苦茶あやふやな相槌を打つ是田と僕。
お母ちゃんも、仕方ないって顔でしぶしぶ頷いている。さすがに、話すなとは言えないもんね。
さて、佳苗ちゃん、なにを考えているのやら……。
結局、僕たちと佳苗ちゃん、またもや夜鷹蕎麦。
だって、長屋だと壁が薄くて話が筒抜けだし、夜に出歩いていける場所なんて他にないからね。
でも、1年前に比べたら、夜鷹蕎麦も格段に美味しくなっている。
「でさ、なんかいい手あるの?」
是田に質問に、箸を手に取りながら佳苗ちゃんが答える。
「目太様と比古様、私とでできることと言ったら限られます。
ですが、1つだけあるんですよ、お店でできることが」
「だから、なに、ソレ?」
佳苗ちゃんから箸を受け取りながら、僕も聞く。
「握り飯でございます」
「えっ? なんで?」
「おむすび?」
僕と是田、どう反応していいかわからなくて、口々に間抜けな言葉を返してしまった。
是田は、蕎麦に七味を振る手が止まっている。
「まずはですが、俵1つの新米がございます。
越後の新米を握っているとなれば、3〜4文でもそれなりには売れましょう。
1000個売れれば1両でございます」
なるほど4000文になれば良いわけだもんな。
それに、佳苗ちゃんの言うとおり、材料はあるんだ。
「鮭もあるけど入れないの?」
是田が聞く。
「えっ?
なんと、そのような贅沢を……」
「ええ?
てことは、佳苗ちゃんが考えていたのは塩だけのお握り?
それで4文になるの?
新米と言ったって、そんな珍しいものじゃないでしょ?
せめて海苔くらい巻かないの?」
「ええっ?
海苔を巻くなどとは聞いたこともございませぬ」
「ちょっと待って!」
僕、2人の会話を制して情報端末を立ち上げる。
もちろん、屋台の店主に見えないよう、ディスプレイは思いっきり暗くしてだ。
うわ、海苔を巻いたお握りが記録に残るのは、元禄以降なんだ……。
ぎりぎりで貞享の世にはない。でも、これはチャンスだ。
歴史の記録に残るってことは、ある程度の普及がされてからということになる。つまり、今、貞享の世にあっても全然おかしくないんだ。
続けて調べてみたけれど、梅干しの入ったお握りが鎌倉時代。
それからそれなりにいろいろなものがお握りに入っていくけれど、防腐効果の高いものしか入らないみたいだな。
うん、これもどう考えてもチャンスだ。
「是田先輩、鮭を入れましょう。
そして、1個5文で売りましょう」
鮭の価値、江戸ではより高いから、値段もそれなりに付けられるだろう。さらに、保存食なのに冷蔵技術がないんだから、この鮭はとびきり塩辛い。その分、入れる具の量は減らせるから、半身の鮭をきれいに身取りすれば100個くらいのおむすびの具になるかもしれない。
「目太様、比古様。
未だ越後の新米は、出回っておりませんよ。
年貢米を納める締切が年内、輸送が雪解けを待って船にて年を越して春、それは大阪行きでございますから、その後に江戸に届くのはさらにその翌年になるのでございます」
「それって古々米じゃん?
しかも冷蔵もされてない……」
「そんなの、食えるん?」
僕と是田、驚きのあまり呆然としながら口々に疑問が溢れた。
「前に食べた時の米は、古々米ってイメージでもなかったけどなぁ」
僕、内藤新宿の宿を思い出しながら言う。
「それは立地によってでございます。
大阪に近い田、江戸に近い田もございますれば、少量なら新米も出回るのでございます。
ただ、船と違い、運び賃が高くつき……
まぁ、船とて飛び抜けて安いというわけでもございませんが……」
「うーん、現地でなら1分で1俵以上米が買えたはずだ……」
と、これは是田のうめくような声。
「うん、雄世、『はずれ屋』の商売としては、目新しく美味しいものがコンセプトだ。
鮭お握りも海苔お握りも起源はわかっていない。なら、今でもいい。
本物の新米でな。
8文の値がつけられるぞ。これでお握りの具の元も取れる」
うん、甚だしく脱法行為だけど、違法じゃないもんね。
「なるほど、私の勘定は、元手が入っておりませんでした。
目太様、比古様、さすがでございます」
ふふん、任せろ。
きちんと儲けてやるからな。
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