第16話 おにぎりの中身


 僕たち、3人で屋台から数歩離れて蕎麦を啜っている。

 うん、そこそこ美味い。

 一応ね、これでも気を使っているんだよ。話を聞かれたら困るってのもあるけど、蕎麦の屋台の主に、業界有名人である「はずれ屋」スタッフで有ることがバレないように。

 それこそ、要らぬ気を使わせてしまうからね。


 で……。

「佳苗ちゃん、米は炊けるの?

 合の単位炊くのと升の単位炊くのじゃ話が違うでしょ?

 蕎麦茹でるのに挑戦して、上手く行かなかったって聞いたよ」

 そう聞いた僕に、佳苗ちゃん、箸と丼を持ったままふふんって反り返った。


「隣のおばばですねっ。余計なことを言ったのは……。

 ともかく、蕎麦は料理の範疇ではありますが、対して米を炊くは武士の嗜み。

 戦場の本陣では、兵に持たせる握り飯を作るものでございます。

 それこそ、斗でも炊いてみせましょう」

 おおう、それはすげーな。


 まぁ、戦国時代の最後の頃は大軍勢がえんえんと遠征するようになり、兵の自給自足は最初の3日だけになって、小荷駄隊が編成されるようになった。

 そうなると、やっぱり本陣では米を炊くってことになるし、その炊爨の規模は大きくなるよね。


「ただ……」

「ただ?」

「鮭半身で100個、これだけではお話になりませぬ。

 1俵が4斗。4斗で40升、400合、1合で大ぶりなら2つ、小ぶりで3つの握り飯になりましょう。つまり、簡単に考えて1000個の握り飯で1両の儲けを出さねばならぬかと。

 高く売るためには、鮭で賄えぬ分の握り飯の具の900個分、これをどうするかなのでございます」

 うー、いきなりソレは難題だな。



 蕎麦の汁を飲み込みながら、僕は思案を巡らせる。

 とはいえ……。

 僕たちの時間だと、コンビニで大量のおむすびが売られている。その具を思い出せばなんとかなるかも。

「コストは……、おっと、元手は掛からない方がいいよね。儲けなきゃだからさ」

「左様にございます」

「じゃあ……」


 頭の中で記憶をたどる。

 あとで、情報端末で再確認するけど、コンビニで買えるのは昆布の佃煮、おかか、ツナマヨ、梅干し、たらこ、明太子、佃煮に海苔、高菜漬、そんなところじゃないかな。鶏飯とか、炊き込み系をメニューに加えるのはさすがに無理だとは思うけど。

 ま、普通の包むだけのおにぎりだけでいけるんじゃないか?

 1000個のおむすびを8文で売り、8000文、すなわち2両と考えると、すでに1分は使ってしまっているから、あと3分が原価で掛けられる限界だ。


 ただ幸いなことに、僕たちは常世から来た前提があって、その力を使うことの禁止はない。つまり、時間跳躍器を使うことは可能なんだ。その前提で考えれば、安くいろいろを仕入れることは可能だよね。


 ん、是田にもなにか考えがあるみたいだ。

 そのもの言いたげな顔は、蕎麦のお代わりをしたいというわけじゃなさそうだし。

 佳苗ちゃんも、まだまだ言い足りないことがありそうだな。もっともこっちは、蕎麦のお代わりもありそうだけれど。



 翌日、僕たちは仕入れで走り回ったよ。

 だから、勝負はさらにその翌日となったんだ。



 − − − − − − − −


「1日限り、蕎麦の『はずれ屋』で、特製握り飯まつりでございますっ!」

 佳苗ちゃんの声が響いた。

 僕と是田は、お品書きの書かれたのぼりを掲げる。


 そこには、こう書かれている。

「米どころ越後の新米の握り飯、どれでも一つ末広がり

 焼塩鮭

 刻昆布の佃煮

 鰹節

 目黒の玉子和え

 梅干

 唐辛子味噌

 蕪菜

 海苔巻

 以上八種でさらに末広がり

 ご一緒に味噌汁も 一杯三文也」


 僕が幟を支え、是田が紐で幟の支柱を屋台に結びつける。

 ここはやっぱり良い立地だ。

 通行人が多くて、みんなわらわらと幟を見上げる。

 八文なので、末広がりって書き方にしてみた。


 蕎麦と客層が違うなあ。

 隠居風より若い職人風が多い。

 その中で佳苗ちゃん、みるみるうちに炊きたての御飯をおにぎりにしていく。


 なるほどなぁ。

 こういう手があるのか。

 お茶碗にご飯を盛り、もう一つのお茶碗をかぶせる。

 そして、2つのお茶碗をそのまま胸の前でくるくると縦に回すと、球形のおにぎりができちゃうんだ。それに具を入れてちょいちょいと2、3回手の中で転がすと三角のおにぎりになる。ものの10秒くらいの早業だ。

 しかも、炊きたての御飯を握るのは相当熱いはずなのに、この方法だと一番熱いときはお茶碗に任せちゃうから、ずっと安全。


「鮭の入った握り飯か。

 いいじゃねぇか。

 米が白くぴかぴかしていやがる。

 おまけに結構大きいな。じゃあ、鮭と鰹節を一つずつくんな」

「お茶も飲んでいってくださいまし。

 お茶代はいただきませんから」

 久しぶりに店員の娘さんたちも来ている。

 水汲み部隊も出てもらっているから、お茶飲み放題だけでなく、おにぎりを食べる前と食べたあとには手を洗ってもらえる。


「こいつはいい。

 邪魔するぜ」

 そう言って店の縁台に座った若い職人さん、ひと齧りした次の瞬間に大きな声で叫んだ。

「なんだ、こりゃあ」と。


「おいおい、握り飯ん中で、鰹節が溢れそうじゃねぇか。

 こんなに入れて大丈夫なのかい?

 おいら、さっき払った16文以上は払わないぜ」

「結構でございますよ。

 ご安心なさってください」

 と、店主の風格を滲み出させて是田が言う。

 うん、僕と数歳違うだけでも、こういうときは有利だよな。


「美味いなぁ。

 8文たぁ、高いと思ったけれど、こんな贅沢はなかなかできねぇ」

 うん、ありがとうよ。

 そのわざとらしい反応で、様子見していた客が一気に動いてくれたよ。

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